そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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九頭龍が、ここに顕在した

 視界はアースラの艦橋(ブリッジ)から、本能的に(まぶた)を閉じてしまうほどに(まばゆ)い光を経て、曇天の空へと移り変わった。

 

 遥か下方には荒れ狂う白波と、のたうちまわる大蛇のような水柱。深さ故か、俺の心理状態故か、はたまた天候故か、海はとても暗く、どこまでも沈んでいく奈落を思わせる。

 

「さすが兄さんですね! 時空管理局艦船の艦長と執務官の意見を変えさせるなんて!」

 

 上空からの転移による落下と吹き荒ぶ風に黄土色の髪をはためかせながら、耳元を過ぎる風音に負けないようユーノが大声で言う。

 

「リンディさんもクロノも、本心ではフェイトたちを犠牲にするような策は取りたくなかったんだ。一見正論のように見える言い訳を並べれば許してくれるとは思っていた」

 

「一瞬でも兄さんのことを疑ってすいませんでした! やっぱり兄さんは僕の兄さんですね!」

 

「兄貴分ではあるけど、俺はユーノの兄貴じゃないんだぞ。って、久しぶりに訂正した気がするな」

 

「でも徹お兄ちゃんならリンディさんやクロノ君に許可をもらわなくても、はっきんぐ? っていうので、無理矢理にでも転移門を使えたんじゃないの?」

 

 転移と同時にバリアジャケットへと着装したなのはが、スカートの端を風に遊ばせながら尋ねてきた。

 

 なのはは俺を見ているせいで気づいていないのだろうが、空気を孕んだロングスカートが膝の上までずり上がり、ふとももの際どいところまでちら見えしている。なのはの健康的で発展途上のおみ足が、大変けしからんことになっていた。

 

「それこそ命令無視の独断専行だろうが。穏便に事を運べるんなら、わざわざ手荒な真似はしないっての」

 

「そうだったんだ。いっつも力尽くの強引ごり押しだから、あえてそんなやり方をしていると思ってたの」

 

「どんな目で俺を見ているんだ。いつだって俺はその場で一番最適な方法を取ってるつもりだぞ」

 

 そうは思えないの、と数分前まで半泣きだった顔を、今では嬉しそうな笑顔に彩っていた。

 

 なのははフェイトの力になれるのが相当に嬉しいのか、アースラの艦橋で作戦が決まって転移してからというもの、ずっとにこにこ顔である。

 

 そんななのはを見るのは俺としても喜ばしい限りなのだが、喜んでばかりもいられない状況が目前に迫っている。

 

《徹。マスターやユーノに、今の差し迫った事態を説明しなくて良いのですか?》

 

 なのはが携える杖の先端、赤い球体が一瞬(きら)めいたかと思えば、俺の脳内にレイハの声が響いた。

 

 口頭で……レイハの場合どこが口なのかわからないが……直接言わずに念話を使って俺に訊いてくるあたり、質問しながらもレイハはだいたいの当たりはつけているようだ。

 

《フェイトたちのことだけでもここまで考えているんだ。今はなのはとユーノに他のことまで、できる限り(わずら)わせたくない》

 

《危険性を知らないことが油断には繋がりませんか?》

 

《ジュエルシードを相手にして油断するような性格は、なのはもユーノもしてないだろ。ジュエルシードへの警戒は俺がする。レイハはなのはのフォローを頼むぞ》

 

《……言われなくても》

 

 夜空に瞬く星のように一度輝き、レイハは俺に了承の意を示した。

 

「まずはフェイトとアルフに合流する。常に周囲に注意を払えよ、あの水柱に捕まると面倒なことになる。自分だけじゃなく、できれば仲間の援護もするように。互いに助け合いながらの行動を心掛けろよ。合流してからのことはまた後で、な」

 

「わかったの!」

 

「了解です!」

 

『能力的に、一番注意すべきは徹ですがね』

 

「レイハー、一言多いぞー」

 

 レイハの暴言に俺が返すと、なのはとユーノがくすくす、と笑い声をもらした。

 

 真剣に取り掛かるのはいいことだが、それも過ぎれば『上手くやらなければ』という緊張から動きが悪くなる。少しゆるいくらいの空気が個々人のパフォーマンスを遺憾なく発揮できるのだ。

 

 モチベーションが上がったなのはとユーノは、口元にかすかに笑みを形どったまま、それでも真面目な表情をする。重力による降下に、飛行魔法の後押しを加えて勢いよく海面を目指した。

 

 自由落下に身を任せている俺は遠ざかる二人の背中を眺めながら、額に浮かぶ冷や汗を拭う。この辺り一帯に(わだかま)る強烈なプレッシャーが、俺を威圧するのだ。

 

 海には狂乱の沙汰にあるような大蛇を従える、一際巨大な水龍。

 

 ジュエルシードから溢れた余剰魔力が、波飛沫と同化するように迸っていた。波同士がぶつかりあって飛散した青色の海水と、その海水が風に煽られることにより白く濁ったコントラストは、ジュエルシードの魔力粒子と遜色(そんしょく)ない。

 

 海上の激戦の余波が上空にいる俺にまで届くようだ。

 

 落下による空圧。悪天候による強風が身体をなぶり、空を満たすどす黒い雲の奥には遠雷が空気を震わせている。モニターで見ていた映像などとは、飛び込んでくる情報量と迫力に天と地ほどの差があった。

 

 胸中に押し寄せる恐怖を飲み込みつつ、戦域に突入する。

 

 とうとうフェイトとアルフの声が聞こえる距離にまで入った。なのはとユーノは俺より一足早く行動に移している。

 

「くっ、この……っ!」

 

 液体で組成されている大蛇を拘束魔法の鎖で縛りつけるという離れ業をやってのけていたアルフだったが、一本の鎖が過負荷に耐え切れず破壊される。束縛を解かれた大蛇は大きな口を開けてアルフを呑み込み、捕らえた。

 

 大事な使い魔(パートナー)が攻撃を受けたため、フェイトは慌ててアルフの元へ飛行する。

 

「アルフ! すぐに助け……っ」

 

 だが、それがいけなかった。フェイトがそう動くだろうと予期していたかのように、数条の大蛇がフェイトを取り囲む。平行移動だけでなく、フェイトが上にも迂回できないように大蛇は天面にまで長い体躯を伸ばした。

 

 射撃魔法では、動きを止めることはできても道を開くことはできない。

 

 逃げ場を失い、万策が尽き、窮地に陥ったフェイトを救ったのは桜色の閃光だった。

 

「な、なに……?」

 

「フェイトちゃん! 早く!」

 

 なのはは一撃で三匹もの大蛇を撃ち払い、フェイトを囲んでいた包囲網の一部を破壊する。残った大蛇がこじ開けられた空間を埋めようとするが、道が閉ざされる前に、フェイトは飛行魔法全開の猛スピードで蛇の檻から抜け出した。

 

 目をやれば、驚愕に染まるフェイトと『助けることができて良かった、間に合った』というなのはの安堵の表情が見えた。

 

 フェイトをジュエルシードの包囲網から助け出したなのはは連れ立って空高く舞い上がり、フェイトへと話しかける。

 

 フェイトのことは、なのはに任せておいても問題ないだろう。

 

 幾度となく戦い、剣ならぬ杖を合わせた相手にも、なのはは優しい思いを寄せられるのだ。その純粋さとひたむきさは、きっとフェイトにも伝わる。その想いは、きっと。

 

 なのはは自分の仕事を見事成し遂げた。俺もそろそろ働かねばいけない。このままではどんな顔をしてアースラに帰艦すればいいかわからないからな。

 

「ユーノ! アルフを拘束している水の動きを止めてくれ! 俺が水を弾き飛ばす!」

 

「わかりました!」

 

 第一目標である彼女たちとの合流の半分は達成されている。あとはアルフの救出だけだ。

 

 アルフを呑み込んだ大蛇は他のものたちとは少し離れたところにいる。フェイトを囲むために他の大蛇が一箇所に集まっていたのだ。なのはが砲撃で数を減らしてくれたのもファインプレーとなっている。周りに気を使わず、アルフを取り込んだ一条のみに集中できる。

 

 生み出されてから主だった動きを見せない巨大な水龍の存在は不安要素だが、動かないと言うのなら今のうちに為すべきことを為したほうがいい。距離もあるし、動き出したとしてもすぐには攻撃可能範囲に入らない。

 

 ユーノは淡緑色の魔法陣の上に立ち、前方の標的目掛けて手を伸ばした。魔法陣と同じ色の鎖が、アルフを捕らえた大蛇に絡みつく。

 

 大蛇はユーノの拘束魔法を避けるような挙動を見せたが、鈍重な巨体ではユーノの魔法からは逃げられなかった。

 

「兄さんっ! 後は任せました!」

 

「おお! 任された!」

 

 今まではスカイダイビングの平行姿勢のように風の抵抗を受けやすい体勢を取っていたが、ここからはスピードが(かなめ)になってくる。なので水面と平行にしていた身体を垂直に、ちょうど水泳のストリームラインのように流線型の構えを取り、空気抵抗を限りなく低下させて落下スピードを上昇させる。

 

 大蛇の姿が近づいてきたところで、だめ押しとばかりに足元に障壁を展開して思い切り蹴り、さらに加速。蹴ると同時に身体を縦回転させながら、大蛇の胴体へと肉薄する。

 

 落下速度と回転による遠心力、跳躍移動から生じた慣性に魔力付与を加えた(かかと)落としを、アルフを捕縛した蛇の土手っ腹にぶち込んだ。俺の蹴撃は大蛇の胴体を容易く食い破り、貫き、分断する。様々な力を乗せたことで、大蛇はまるで水風船が如く爆ぜた。

 

 断ち切られた部分よりも末端はジュエルシードからの魔力供給が失われたのか、再び元の海水に戻った。

 

 身体が接触した時になにか不可解な感触を覚えたのだが、それが何に起因するものなのかがわからない。とりあえず差し迫って解かなければいけない疑問ではないので、頭の片隅に追いやって一時保留とした。

 

「アルフ、大丈夫か?」

 

「けほっ、こほっ……。だ、大丈夫。徹……助かったよ」

 

「俺だけじゃない、ユーノも手伝ってくれたんだ。アルフが無事でよかった。動けるか? ひとまず退避するぞ。集まってきやがった」

 

 大蛇を蹴り割った後は足場用の障壁を展開し、跳躍移動を繰り返してアルフに駆けつけた。

 

 水の監獄で囚われていたアルフは疲弊している様子ではあるが、特に目立った傷などはなく、戦闘の続行は可能である。

 

 第一フェーズはクリア、次に移行する。といっても第三フェーズまでしかないのだが。

 

「ちょ、ちょっと徹、どこ触ってんのさっ」

 

「前の仕返しだ。まだちょっと動きが悪いみたいだからな、俺が運んでやるよ」

 

 飲んでしまった水が気管に入ったのか、咳き込み続けるアルフをお姫様抱っこしてなのはたちに合流する。別に肩を貸せばよかっただけなのだが、以前にアルフと戦い、ぼろ負け……大敗を喫して彼女たちのマンションに搬送された時に、アルフは俺をお姫様抱っこで運んでくれやがった。返済が遅れてしまったが、その意趣返しをここで払わさせて頂くとする。

 

「か、格好つけるんじゃないよ……徹のくせに……」

 

「次いつあるかわからない俺の見せ場だからな。決めれる時に決めとくのが俺の性分なんだ」

 

 アルフを抱えながら障壁を踏み込み、大きく跳ぶ。

 

 足場を蹴り上がりながらユーノがいる場所まで向かえば、爽やかな笑顔で迎えてくれた。

 

「お疲れ様です、兄さん。相手がどんなものでも、兄さんはとりあえず殴りかかるんですね」

 

「おいこら、馬鹿にしてんのか。それ以外に手段がないんだから、仕方ないだろ」

 

「徹、もう大丈夫だから降ろしてくれないかい?」

 

「ん? もういいのか? 腕の中で猫みたいに丸まってるから気に入ってもらえたんだと思ってたんだけど」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

「兄さん、セクハラです」

 

「お姫様抱っこしてるだけで犯罪者扱いか……。世知辛い世の中だ」

 

 ユーノから忠告も受けたので、泣く泣くアルフを抱えていた腕を解く。俺の隣に降ろされたアルフは飛行魔法を展開し、浮遊した。

 

「兄さん、ここからはどうするんですか? 九つという数のジュエルシードが強制発動状態にあるんです。一つを封印しようとすれば、他の八つが邪魔をしますよ」

 

「それに他の蛇より倍くらい大きい龍への対処はどうする気だい?」

 

「策なら用意している。その前に……」

 

 視線を下方に向ける。なのはの砲撃で吹き飛んだ個体や俺の踵が砕き絶った個体も含めて、龍型を除いたすべての蛇型が迫ってきていた。総数は七、少なくはない数だ。

 

「……あれらを退ける。総員! 射撃魔法用意!」

 

「くっ、僕に射撃魔法が使えたら……」

 

「徹はいつも急すぎるよ!」

 

「へ? わ、わかったの!」

 

「私も、なのかな……?」

 

 俺は右手を頭上に掲げ、声を張り上げる。

 

 アルフだけにではない、俺たちよりも後方上空にいるなのはとフェイトへも指示を出す。デバイスをなのはに譲ったユーノは射撃魔法を使うことができないらしく、悔しそうに歯噛みした。

 

 三人は戸惑うような返事をするものの、俺の言葉を受け入れて射撃魔法を展開してくれた。隣にいるアルフの魔力の他にも、背後から頼りになる魔力の反応が空気を通して肌に伝わってくる。

 

「放て!」

 

 号令に伴い、暗い海色をした大蛇の一群へ、色取り取りの射撃魔法が降り注いだ。

 

 一発二発程度では、ジュエルシードから供給される濃密な魔力を宿した大蛇を屠ることはできない。しかし、この場に集まっているのは生半可な魔導師たちではないのだ。

俺とユーノを除外した三人、なのは、フェイト、アルフが放った射撃魔法の総射出数は五十を軽く超え、まさしく数え切れないほどである。

 

 射撃魔法の暴風雨を叩きつけられた大蛇の群れは穴だらけになり、その数と体積を大幅に減少させた。

 

 さしものジュエルシードであれど、総攻撃を受けると修復に時間がかかるようだ。このわずかな空白の時間を逃す手はない。

 

 なのはとフェイトが降りてきたのを確認してから、俺は口を開く。

 

「これから作戦を伝える。よく聞いてくれ。一つ一つ封印作業をやっていたら、周りのジュエルシードに邪魔をされて怪我をする危険性もあるし、時間も食う。時が経つほどにジュエルシードから放出される力は増すんだ。これ以上悪化させる前に一度で封印したいと思う」

 

「一度でって……どうするつもりですか? なのはの火力でも百パーセント可能とは言い切れませんが……」

 

「あの数を一撃で封印するのは、フェイトにもできるかわからないよ」

 

「そうだろうな、だから二人(・・)でやってもらう。なのは、フェイト。二人同時に、自分が撃てる最高の攻撃をしてくれ」

 

「徹お兄ちゃんが言うならやるけど……チャージしてる間に敵に近づかれたらどうしたらいいの?」

 

 俺たちは今、敵味方関係なく、そんな事情なんかかなぐり捨てて、一つの目的のために手を取り合い協力している。これは俺が目指している未来への第一歩だ。ここから互いに歩み寄るためにできることは全て行い、最善の道を選択する。

 

 初めに感じていたプレッシャーや恐怖は、もう感じない。高揚感だけが俺の心を満たしている。失敗する気はしなかった。

 

 なのはの問いかけに、俺は自信を持って答える。

 

「俺とユーノとアルフで相手の動きを封じる。なのはとフェイトは俺たちを信じて、攻撃することだけに集中すればいい」

 

「八体を全部抑えるなんて、徹は無茶なことを言うね。信じてるから任せたよ」

 

「ああ、任せとけ、フェイト」

 

「フェイトちゃんと一緒に……できるんだ……。わたしがんばるねっ、徹お兄ちゃん!」

 

「頑張るのはいいけどな、あんまり気負いすぎるなよ? 失敗したってやり直せばいいんだからな。何度だって、成功するまでやり直せばいい」

 

「軽く言ってくれますね。兄さんは僕を買いかぶりすぎてませんか? あの数を拘束し続ける自信はないんですが」

 

「ユーノならできるって。まずはやってみりゃいいんだよ。やってみて、やり続けてりゃできてるもんだぞ」

 

「とんだ精神論だね。動きを止める側のあたしたちに一度聞いてから提案してほしいよ」

 

「アルフの能力は俺の身体に刻まれてるからな。これは独断じゃない、信頼の裏返しだ」

 

 物は言いようだね、とアルフは苦笑いで返した。

 

 眼下の海面にはジュエルシードの青白い光が波に揺られながら灯り、それらを守るように海水が盛り上がる。水柱が天に(そび)え、波飛沫が収まった頃には再び海水が大蛇の形を()していた。

 

 予想よりだいぶ修復が早かったが、作戦の伝達は済んだ。これまでずいぶん好き勝手にやってくれたのだから、ここからは俺たちのターンである。

 

「さあ、みんな配置につけよ。そろそろやりたい放題の暴れん坊にお仕置きするぞ」

 

 俺の(とき)の声に、みなの力強い応答が返る。

 

 意気は揚がったが、俺の中では安心できない要素が解消されないまま残っていた。

 

 複数の大蛇の後方に控える巨大な水龍は、沈黙を守ったままぎらぎらとした敵意をこちらに向けている。それだけが、俺の心に不安の種を植え付けていた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「んっ……重い、けど……案外なんとかなるもんだね」

 

「この数を相手に拘束魔法を行使するのは初めての経験ですが、できるもんですね」

 

 俺の右側からは薄緑色の鎖が八本、ユーノが足場にしている魔法陣から伸びている。左からも同じくオレンジ色の鎖が八本、海から生えるように屹立(きつりつ)する大蛇の胴体に絡みついていた。

 

 二人の強固な拘束魔法は大蛇を縛るだけでは飽き足らず、隙でも見せようものならそのまま捻じ切ってやろうという強気の姿勢がありありと見て取れる。

 

「かっ。俺の想定通りだってのに、なぜこうも悔しいかね……」

 

 ユーノとアルフの力であれば、余力を残しても抑え込めるだろうとは踏んでいた。しかし、口元をへの字にしているとはいえ、額に汗すら浮かべずに余裕を持って封じているのを目の当たりにすると、同様の作業を(おこな)っている俺からしたら面白くない。

 

「兄さんはなにをしてるんですか?」

 

「見てわからないか? お前たちに習って俺も魔法を使ってんだよ」

 

「いや、見てもわからないよ。見えないんだからさ。ていうか、徹。あんた拘束魔法使えたのかい?」

 

「僕、拘束魔法の術式は教えていませんでしたよね?」

 

 ユーノとアルフは前方に注意を払いながら、大蛇の群れに両腕を向ける俺に話しかけてきた。

 

 ユーノの言う通り、たしかに誰にも拘束魔法の術式はご教授願っていないが、俺がこれまでいったい何度拘束魔法に縛り上げられたかを考えれば答えが出る。鎖に捕縛されるたびに、魔法の内部プログラムにハッキングを使っていたのだ。真面目で堅牢な組み立て方のクロノ、理路整然として無駄のないリニスさんの拘束魔法を幾度となく身体に教え込まれれば、必然教えられるまでもなく術式なんぞ憶えてしまうというものである。

 

「経験から学習したってことだ。お前らみたいに、鎖一本でジュエルシード一体の動きを止めさせることはできないからめちゃくちゃしんどいけどな」

 

「たしかに、兄さんは拘束系の適性もそれほどではなかったですからね……」

 

「わざわざ言ってくれんなよ、へこむから」

 

「どれだけ展開してるんだい? 視認できないのは武器になるけど、頑張ってくれてるところも見えないのは辛いね」

 

「武器になるのならそれでいいんだ。褒めてもらいたくてやってるわけでもないからな。で、俺は質では勝負できないから、数で稼ぐしかないわけだ」

 

 俺にはデバイスがない分、自分の頭で魔法の演算をしなければならない。戦闘中などではやることが多くなってきて、煩わしく思うこともあるにはあるが、別にデメリットばかりというわけではないのだ。

 

 クロノから借りたデバイスを使ってみて知ったが、デバイスに複数の魔法の代理演算を依頼した場合、頼まれた魔法の先頭から順番に演算をしていくことになる。普段の戦闘であれば、順繰りに発動していくシステムで問題はないのだろうが、同じ魔法でも一つ一つ演算をし直すというそのシステムはロスがあるのだ。

 

 その点、自分でやる場合にはコピーアンドペーストの要領で同じ工程を省くことができる。これはデバイスを使わずに自分で演算する数少ないメリットといえるが、その恩恵は演算のみだ。魔法を展開してから維持するのは術者に一任されるので、数が多ければ負担がかかることには違いはない。

 

 とはいえ、俺の適性ではユーノやアルフほどの強度の拘束魔法を作り出すことができないので、自然、量に頼ることになる。魔法を維持するための魔力コントロールには神経を使うが、しかし、ハッキングではさらに脳みそをフル回転させるのだから、これくらいならば造作もない。

 

 俺の拘束魔法は、一本では簡単に引き千切られ、二本でも動きを抑えきれず、三本巻きつけることで(ようや)く使い物になるようなお粗末な品だ。二人の魔法とは比べるべくもない。

 

 されど、なのはとフェイトの砲撃の時間を稼ぐという結果だけなら、努力如何(いかん)(もたら)すことが、俺にだってできる。俺にだって、こいつらと同じ舞台に立つことはできるんだ。

 

「一体につき三本、八体いるから二十四本だな」

 

「に……二十四本ですか?! あ、本当だ……。見えないけど、水柱を縛りつけるように三箇所細くなっているところがあります……」

 

「二十四もの拘束魔法を同時に扱うなんて……これで適性まで優れていたら末恐ろしい人間になってたね」

 

「適性があればこんな戦い方してないっての。弱いからこそ工夫するんだ」

 

 クロノとリニスさんのお手本とするべき綺麗な仕上がりの術式を覗き見て、そこから俺でも使いこなせるように手を加えたのが、今使っている拘束魔法だ。今回の相手に合わせてプログラムを書き換えもした。伸長する速度や射程距離には目を(つぶ)って最低限のラインを確保した上で、ひたすらに拘束力だけに力を注いだ。そこまでしても、一本では使い物にならないのが泣きたくなるところだが。

 

「兄さん、もうすぐなのはたちのチャージが終わるのであまり関係ないことではあるんですけど、あの龍のような水柱はいったいなんなのでしょうか……」

 

「あれは不気味だね……。とくに目立った動きを見せてないけど、あの龍は他の蛇みたいなのと比べてすごく硬いよ。いざ戦いになったら苦労しそうだ」

 

ユーノが俺に向けていた目を前方に戻し、蛇型の後方に控える龍型の水柱について言及する。アルフも言い知れぬ危機感を龍型からは感じ取ったようで、声音にはぴりっとした緊張が含まれていた。

 

「あれは俺も見当がつかない。とりあえず、急に動き出されて邪魔をされたら元も子もないんだ。他と同じように動きを止めるしかない」

 

「そうですね……わかりました」

 

「小揺るぎもしないのが気持ち悪いよ」

 

 他と個体とは違い、泰然として動くことをしない龍型は常にこちらを向いている。

 

 蛇型は俺、ユーノ、アルフの三人から計五本の鎖を巻きつけられて、縛り上げられる痛みにもだえるように――拘束から抗うように振り解こうと暴れているのに龍型だけはぴくりともしない。龍型に向けている鎖だけは、弓弦のように常に張り詰められて、まるで地深く根を伸ばした大樹を引っ張っているような気分だ。

 

 だが、その心配をするのもこれまでのようである。

 

「準備完了! みんな下がってね!」

 

「最大出力……いくよ」

 

 なのはとフェイト、攻撃担当のチャージが終わったようだ。

 

 天稟(てんぴん)という言葉が過言にならないなのはと、才能の上に努力の城を築きあげたフェイトの全力の一撃。一人であっても甚大なパワーだ、二人の攻撃を同時に防げる道理はない。

 

「よし、俺たちの仕事は完遂した。射線から外れ……っ」

 

「龍型が……っ」

 

「ここで動き出すのかい!」

 

 なのはとフェイトの攻撃の邪魔にならぬよう移動しようとしたが、拘束魔法の鎖に尋常ではない張力を感じた。五つの鎖で雁字搦(がんじがら)めになっていたはずの龍型、そいつがとうとう動いたのだ。

 

 ちっぽけな鎖など意に介さないと言わんばかりに突き進む。

 

 淡緑色と橙色の鎖は軋みながらもまだ龍型と繋がっていたが、俺の脆い鎖はあまりの負荷に耐え切れず、三本が三本とも弾け飛んだ。

 

 龍型がなにを意図しているかはわからない。わからないが、このまま見過ごしては危険であるということは本能で理解した。

 

 込み上げる危機感のまま、俺は声を荒げて叫ぶ。

 

「ユーノ、アルフ! なのはとフェイトの射線上から退避しつつ、あの龍型の動きを止めろ! 蛇型はもういい! あの動きにはなにかある!」

 

「了解しました!」

 

「わかったよ!」

 

 龍型は大波を立たせながら突き進む。ユーノとアルフが蛇型の水柱に割り振っていた鎖の分も回して動きを阻害させているというのに、それでもなお、突き進む。

 

 縛りつけられた箇所から血を噴き出すかのように水の飛沫を撒き散らすが、狂ったように前進を続ける。

 

「ディバインバスター!」

 

『Divine Buster,fire!』

 

「サンダーレイジ!」

 

『Thunder Rage』

 

 フェイトの魔法が天空より降り注ぎ、範囲内のすべての個体へ雷撃の雨を撃ち据えた。金色の閃光が辺りを照らし、爆発するような雷轟が空気を叩く。

 

 蛇型は苦しみ弱り、龍型も進行速度が緩めたが、依然として突進を継続する。

 

 そしてついに、決め手となるなのはの砲撃が到達する間際、俺たち三人の網のような拘束魔法をものともせず、龍型は蛇型群の前に躍り出た。

 

 龍型は桜色の魔力の奔流に向かって大きく(あぎと)を開き、青白い輝きを見せた。

 

 なのはの砲撃が龍型と激突し、ぶつかった魔力の余波が辺り一面に散らばる。あるものは曇天に向かって飛散し、あるものは海面へと着水した。

 

「くっ……一度退く。なのはたちのところまで撤退するぞ」

 

「わかり、ました……」

 

「どうなったんだい? ここからじゃ、ちゃんと見えないね……」

 

 なのはの砲撃の破片がどこに飛ぶかわかったものではないし、海に着弾した魔力が海水を宙へと巻き上げた為視界が悪い。霧が晴れるのを待つのが賢明だと判断した。

 

「どうだった? 徹お兄ちゃんっ! わたしちゃんとやれた?」

 

「……ああ、なのはの砲撃は文句の付け所なんかないくらいに完璧だったぞ」

 

「徹、怪我はなかった? 抑えてくれててありがとうね」

 

「役割分担だからな。フェイトの魔法も抜群に良かった。さすがだな」

 

 戻ってきた俺たちをなのはとフェイトが迎えてくれる。

 

 俺はこれ以上ない働きをしてくれた二人を褒める。なのはは、えへへ、とはにかみながら顔を赤くして照れて、フェイトは両手を後ろに回して仄かに頬を染めながら、口元を緩めて俯いた。

 

 手放しで諸手を挙げて任務遂行の喜びに浸りたいところだが――MVPの二人を抱き上げてべた褒めに誉め殺して可愛い姿を眺め回したいところだが、まだ終わったわけじゃない。九つのジュエルシードの封印を確認したわけではないのだから、気を緩めるのはまだ早い。

 

 二人の才気溢れる少女のフルパワーを同時に受けて、まだ立っていられるとは到底思えないが、内心では気づいていた。あの龍型が蛇型の前に出た、その理由に。

 

《まだだ! まだ封印できていない!》

 

 焦慮に駆られたクロノの声が、俺の頭に大音量で響いた。アースラのモニターで反応を確認していてくれたのだろう。

 

 素早い報告はありがたいが、どうにも喜べない。やはり封印するにはあと一歩届かなかったか。

 

 できなかったのであれば、次の手段を考えるまでだと意識を改めて策を練り始めるが、思考を力尽くに断ち切る光景が目の前に広がる。

 

「きれい……」

 

 なのはが思わずといったふうに、呟いた。たしかに『きれい』と表現するに足るだけの景色である。

 

 九つの青白い光の筋が霧の中心から周囲に伸びた。未だ払われずに立ち込める霧の水分に強烈な光量の光が反射する。

 

 あまりに幻想的で幻惑的な光景に、切迫した状況を忘れて目を奪われ、つい見入ってしまった。

 

 そして、その刹那の油断を突かれた。

 

 九条の光が放たれている中心に、なによりも力強く、おどろおどろしい九つの小さな輝きに気づくことができなかった。

 

 九つの燐光が同時に瞬いた。

 

 途轍もなく大きい魔力の反応を感じ取り、俺は一歩踏み込んで前に出た。

 

 目を見開いて全神経を前方にのみ集中させる。霧の中から飛び出してきたのは膨大な量の魔力が練り込まれた水、狙いは先ほどジュエルシードへと攻撃を行ったなのはとフェイト。

 

 攻撃されたことによる単なる仕返しか、それとも封印するに足る火力を備えているのがこの二人であることを理解しているのかは俺には知る由もないが、ここで二人を()とされれば封印する手がなくなる。ジュエルシード側の戦力を知るためにも、二人にはなるべく無傷で生き残っていてもらわなければならない。それにこんな海の上では戦闘不能になった人間を寝かしておく安全地帯も確保できないのだから、撃墜されては困る。

 

 上記のような言い訳染みた戦術的見解を考えて用意したのは、なのはとフェイトの正面に立って障壁を展開した後だった。

 

 誰だって、少し頭を捻れば答えはすぐに出る。戦力として活躍できる二人より、役に立つ分野が限られている俺が盾になるほうがずっと効率的だ。なんであれ、元来男が女の子を守るということに、理由なんて必要ない。

 

「徹お兄ちゃんっ?!」

 

「徹っ!」

 

 霧の向こうから放射された水は回転しながら砲弾のような勢いで迫り、俺の障壁を切り裂き、腹部へと突き刺さった。障壁で威力を殺せたのか、身体を貫通して背後にいる少女たちに怪我をさせなかったのは、望外の幸運に恵まれたと言える。

 

 被弾の衝撃でたたらを踏み、畳み掛けるように壁と勘違いするほどの突風が吹いたため、身体が後ろへ傾いた。バランスを崩したことで足場の障壁を踏み外し、俺は海へと落下する。

 

 落下の途中、俺は見た。一陣の風により霧のカーテンが取り払われ、奥にいた存在の姿を。

 

 一つの大きなジュエルシードと見紛(みまが)うくらいに接近した九つの青白い宝石。それらを守るように包み込む、巨大な水の球。そして九本の龍の頭が、水の球から伸びている。

 

 伝説や伝承で語られているような九頭龍が、ここに顕在した。




無印編のキーワードともなるジュエルシード。ジュエルシード本体との戦いはここが最後になるので、ちょっと気合を入れすぎたらちょっとでは済まないほどの長さになってしまいました。
次話に続きます。申し訳ないです。

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