そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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ここからちょっとばかりシリアスパートです。
愉快なリニスさんを期待していた方々には申し訳ないです。


現実はいつも無慈悲で残酷だ

「それは悪かったな。いろいろとこっちは立て込んでたんだよ。例えば、レーダー機器がハッキングを受けていたからそれを退けたり、とかね」

 

「やはり徹でしたか。専門機材の設計や管理局が使っている機械類のプログラム調査には時間をかけてかなり念入りに行ったのですが、見つかった途端にあれほどあっさりと跳ね除けられるとは思いませんでしたよ。アルフが言っていた変な力の効果でしょうか」

 

 くすくす、と上品ながらも愛らしく笑うリニスさんの表情は、前に顔を合わせた時と同じはずなのだが、漂わせている雰囲気が一変している。

 

ぴりぴりと肌を刺すような気配に、妖しい光を灯す瞳。

 

腹を空かせた肉食獣がいる檻に裸で投げ込まれたような心境だ。

 

彼女たちのマンションでお喋りした時の人と同一人物とは思えない。

 

「技術云々はどうでもいいんだ。なんであんなことをしたか、その理由が知りたい。時空管理局という強大な存在に面と向かって楯突けばどうなるかなんて、そんなこと俺よりもよくわかってるんじゃないのかよ」

 

「……管理局に取り込まれましたか。管理局の執務官とともに転移してきた時からわかってはいましたが、残念ですね。徹とは仲良くやっていきたいと思っていたのですけれど」

 

「取り込まれたわけじゃない。手を貸しているってだけだ。俺たちの戦力と規模で、管理局とあんたたちの二つの勢力を相手取るのは現実的じゃないからなるべく自由に動けるような選択をしたまでだ。俺の質問に答えてくれよ」

 

 ふふ、とリニスさんは目を細めて笑みをこぼす。

 

以前の彼女からは想像もできない、(あざけ)るような仕草だった。

 

「理由なんて、他にないでしょう。ジュエルシードを誰よりも早く集めきる。その際に邪魔をするであろう管理局のレーダー網に穴を開けて、私たちが動きやすいように細工をした。ただそれだけのことですよ」

 

「俺も最初はリニスさんの行動をそう捉えていた。でもよくよく考えたらおかしいだろ。管理局にハッキングかけれるくらいに技術があるんなら、その技術を利用してジュエルシード自体を見つけることに力を注いだほうが手っ取り早い。なんで敢えて、管理局の顔に泥を塗るように敵愾心(てきがいしん)を煽る方法を選んだのか。どうにも腑に落ちない」

 

 リニスさんの唇の端がぴくり、と引きつったように震えた。

 

「俺をここに呼び寄せたのもそうだ。ジュエルシードを目の前にして封印をせず、魔力を垂れ流しにさせて俺たちに察知させた。俺が管理局のレーダー機能を奪還していなかったらそのまま回収していたことは想像に難くないが、機能が復旧したのにも(かかわ)らずこの場に留まっていたのはどういうわけだ。俺になにか話したいことがあったからじゃないのか」

 

「そうですね、用があるからここで待っていました。こちらに徹ではなく執務官が来ていれば速やかに撤退していましたが、二つのジュエルシードが反応を示した現在の状況では、きっと徹がこちらの回収にあたるだろうと予想できていましたし。念の為周囲にサーチ魔法を放っておきましたから、徹と執務官の少年が転移してからは全部見ていましたよ。ちなみに徹が空から落ちてきて地面に転がっていたのもばっちり収めました」

 

「そこは見て見ぬ振りするとこだろ!」

 

「ふふ、人とはあれほど転がるものなのですね……っ。これは関係ありませんでしたね、失礼いたしました」

 

 一瞬空気が弛緩したが、リニスさんは思い出したかのようにきっ、と唇を横一文字に引き締める。

 

左右にゆらゆら揺れていた触り心地の良さそうな尻尾もぴん、と上を向いた。

 

 前のリニスさんに戻ってくれたかと淡い期待を抱いたのだが、どうやらこのままゆるい展開には運べそうにない。

 

「執務官とともに来られては私もあまり余裕を見せてはいられませんから、今回はタイミングが良かったと言えます」

 

「で? そんなリスクを背負ってまで俺に会う理由ってなんだ? 色っぽい理由だと嬉しいんだけどな」

 

「申し訳ありませんが、ご期待には添えられそうにないですね。徹は戦闘能力こそ今一つぱっとするものがありませんが、重要な部分は(ことごと)く防いできました。あなたの取る行動と、引き起こされる現象は予測が立てられません。これ以上計画を引っ掻き回されては(たま)りませんので、徹には舞台から退場して頂こうかと思いまして」

 

 穏やかな笑顔のまま、リニスさんはそう言った。

 

まるで世間話でもするような表情で、言い放った。

 

セリフを『今日はいい天気ですね』に()げ替えても違和感など微塵も感じないくらいに清々しい表情で、なんてことないように、あっさりと。

 

 俺の身体は凍りついたかの如く固まった。

 

指先足先の感覚は遠ざかり、心拍は上昇し、胸の奥は冷たくなってくる。事実凍りついたといってもいいのかもしれない。

 

 彼女が何を言っているのか理解するのに数秒を要した。

 

 『退場』させる。精神的な衝撃を与えるには申し分ない言葉だが、なによりもその言葉をリニスさんからぶつけられたという事実が、どうしようもなくショックだった。

 

俺の心に揺さぶりを掛けるには十二分以上のセリフだった。

 

「い、言ってる意味がわからないな。退場させる? あまりにも唐突に過ぎるってもんじゃないか?」

 

「大丈夫ですよ、殺しはしません。徹を消してしまえば徹の仲間の子たちの士気をがくっ、と削ることができるでしょうけれど、そんなことをしたらその代償にフェイトやアルフまで落ち込んでしまいそうですから。舞台から()けてもらうだけです。捕虜、と言い換えても構いませんね。私たちの本部で虜囚となって頂きます。自由に外を出歩くことを許可することはできないかもしれませんが、食事や部屋などは手厚い待遇を約束します。なんなら、私がメイドとして甲斐甲斐しくお世話をしましょうか?」

 

 これなら徹が期待した色っぽい話にもなりそうですね、とリニスさんは淡々と締め括った。

 

 その麗しいご尊顔には相変わらず笑顔が貼りついているが、目は微かにも笑っていない。

 

声のトーンや立ち居振る舞いには、一切友好の情は感じ取れなかった。

 

「どちらにしますか? なけなしのプライドを捨てて黙って無抵抗で私についてくるか、ここで無謀にも(あらが)ってしばらくの間戦線に戻れない程の瀕死の重傷を負うか、二つに一つです。

 

 機械にハッキングで侵入したあとよりも視界が真っ白になる。

 

自分の耳が本当に正しく働いているのかと疑うほどの、重く暗い響きを伴っているリニスさんの発言だった。

 

 頭がくらくらする、吐き気までしてきた。

 

 この人は本当にリニスさんなのか。

 

フェイトやアルフに慈愛に満ちた眼差しを向け、敵であるはずの俺の傷を癒して柔和(にゅうわ)な表情でお喋りしていたあのリニスさんなのか。

 

 初めて会った日のリニスさんとのやり取りを想起する。

 

たしかに俺は言葉を交わしているうちに、彼女は目的の為なら非道な行いもできる人なのだろうとの印象を受けた。

 

それでも、できることなら誰かを傷つけることはしたくないという優しさも、彼女の中には混在していたはずなのだ。

 

 あの時に話していた内容がすべて偽りで染め上げられていたなんて、俺は思いたくない。

 

あの時のリニスさんの仕草や、態度や、笑顔がすべて演技だったなんて、俺は疑いたくない。

 

あの部屋の温かくて柔らかな空気がすべて嘘だったなんて、俺は信じたくない。

 

 ならば考えろ、思考を放棄するな。

 

偽りだったなんて思いたくないのなら、演技だったなんて疑いたくないのなら、嘘だったなんて信じたくないのなら、どんな些細なことも見逃さずに考え続けろ。

 

「リニスさんはこれまで積極的にジュエルシード回収の任に就いてなかったよな。なんで今になって表に出てきたんだ」

 

「どうしました? 急に」

 

「ふと気になったんだ。ただの知的好奇心だよ。どの選択肢を取るべきか悩んでいるから、その繋ぎの話題みたいなもの」

 

 イニシアチブを奪われているから後手に回るのだ。

 

主導権を握るなんて高望みはしないから、少しでも時間を稼ぎ、可能であればリニスさんから情報を引き出す。

 

 外部からだけではなく俺の内部からも、こんな時くらいしか役に立つことのない脳みそを絞って思い出させる。

 

彼女の言動、周囲への対応、記憶の底を洗いざらい浚うようにして探れ。

 

推考して答えに辿り着くだけの情報を集めろ。

 

 リニスさんは前に会った時とは比べるべくもないほど、別人のように威圧的になっている。その違いとはなんだ。

 

 もちろん高圧的な物言いや神経を逆撫でするような態度などは、聞いて取れるし見て取れるが、その根幹にはもっと単純に簡単に言い表せるようなものがある気がする。

 

 そう、俺が口にした言葉がすでに捉えていた。『敵愾心を煽るような』、つまり挑発しているような言動なのだ。

 

先刻よりずっと一貫していることがあった。

 

リニスさんはまるで誘導するように怒りを煽っている。

 

敵意を引きつけるように、なにか一つの事柄へと結びつけさせようとしているのではないのか。

 

「まあいいでしょう。それであなたが納得するのであれば。とてもシンプルですよ。フェイトやアルフがちんたらと手間取っているので、私にもお鉢が回ってきた、というところです」

 

 頬はひくつき、眉間にしわが寄る。

 

タイムリミットを引き延ばす手段としてしか考えていなかったリニスさんとの会話で、聞き流せない単語が耳に入った。

 

「……ちんたら(・・・・)? ずいぶんな……あまりにもずいぶんな言い様だな。怪我をすることも(いと)わずに、ジュエルシードを必死に集めているフェイトやアルフに対して使う言葉じゃねぇよな? フェイトとアルフが時間も苦労もかけて一生懸命探してんのは、あんたが一番わかってんじゃねぇのかよ」

 

「言葉使いが荒くなってきていますよ、徹」

 

 思考の一部が熱を持ち始める。

 

考えを深めているからではなく、その辛辣なリニスさんの言い方に対して怒りを覚えたからだ。

 

 落ち着け、と自分に言い聞かせる。

 

リニスさんはなにか意図を持って、俺を挑発しているんだ。

 

乗ってやる必要はない、情報収集と集積、そこから推論される解答を導くことに専念すべきである。

 

「リニスさんがらしくないことを言うからだろ。あんまりそういう言い方をされると、あなたのことを悪い方向に誤解していまいそうになる。やめてくれ」

 

「私『らしさ』なんて、徹にわかるのですか? 一度二度会って話しただけの相手のことを、徹はすべて理解できるのですか? なにか嘘があったかもしれないのに、なにもかもが嘘であったかもしれないのに」

 

 リニスさんが口を開くたびに俺の思考にノイズが走る。

 

会話で時間を稼ぎつつ考察する手筈だったのに、まったく進まない。

 

 普段の俺であれば話を聞きながら考え事をするなんて容易くできるのに、今はリニスさんの言葉を捉えて返答するのが精一杯だ。

 

 彼女の言うことが本心だと思いたくない、その一心で俺は反論する。

 

「嘘じゃなかったはずだ。そうでなければ十日前、アルフと戦って満身創痍だった俺を助けることなんてしなかった。あれはリニスさんの優しさだ。意識はなかったけど、あの時の治癒魔法の温かさを憶えている」

 

「あれも計算した上です。どちらがより多くの利益を生み出すか天秤にかけたにすぎません。フェイトとアルフがあなたのことを気に入っているようだったので、命を奪うことをしなかった。ただそれだけですよ。見知らぬ土地で膨大な魔力を有する危険な代物であるジュエルシードを探索するというのに、探し始めた序盤で戦意を(くじ)かれてはどうしようもありませんから」

 

 これが彼女の演技だと信じたくて、俺はなおも論駁する。

 

「……あの時、俺の所持品の中にジュエルシードも入っていたのに抜き取らなかった。大事だと(うた)うジュエルシードよりも他人の、敵対している人間の命を優先したじゃねぇか」

 

「信頼を勝ち取るためです。手厚い歓迎を受けたということで負い目を抱かせ、こちら側へ肩入れさせてあわよくば引き抜こうと策略を巡らせていましたが、これからという時に管理局の横槍が入りましたからね。そっちの計画は断念しました」

 

 頭の回転は鈍り、歯車は軋んで火花を散らす。脳みその中はぐちゃぐちゃだ。

 

「フェイトもフェイトです。何度も戦っている茶髪のツインテールの女の子、徹が可愛がっている女の子ですね。あの子はジュエルシードを四つも持っているというのに、奇襲をかけて奪い取ろうとはしないんですよ。愚直すぎますね。正々堂々と戦って勝ち取らなければ意味がないとでも思っているのでしょう。子どもの浅い考えです。先が見えていません」

 

「可能な限り、周りに迷惑をかけないようにっていう、フェイトなりの配慮……だろうが。浅いんじゃねぇよ……純粋さから波及する正しさだ」

 

 信じたくない、これがリニスさんの本性だなんて信じたくない。

 

 頭には深い霧がかかり、視界はぼやける。

 

「アルフも、あなたに入れ込んでいるのか知りませんが、最近はジュエルシードの捜索よりも徹のことを気にかけている(ふし)があります。もとより使い物にならないというのに、さらに使えなくなりました。脳みそまで筋肉でできているからでしょうか、安直すぎます」

 

「アルフの優先順位の頂点には常にフェイトが君臨していて、フェイトの意を汲んでいるからこそのアルフの行動なんだよ。その理念は『主のため』がなによりも(とうと)ばれて、自分の都合は二の次三の次だ。……リニスさんが言うほどに単純な女じゃねぇよ」

 

 酷薄な嘲笑を浮かべて、まるで演説するかのように声高に語るリニスさんを目に入れることすら苦痛で、俺は固くまぶたを閉じる。

 

フェイトの優しさを、アルフの献身を捻じ曲げて罵られて、その悔しさに耐えるように俺は唇を噛み締めた。

 

「そういえば、案外時空管理局も大したことはありませんでしたね。ハッキングの件についてです。警戒心がまるでありません。強者は、いつまでも強者足り得るとでも思っているのでしょうか。徹がいなければ、おそらくあと一週間は気づかなかったでしょうね。局員は寝ているのでしょうか」

 

「たしかに今回不手際はあったが、局員の人たちはみんなよくやっている。仕事や訓練、知識を得るための勉学。プライベートの時間まで削って日々平和のために尽力してんだよ。……知った風なことを言わないでくれ」

 

 クロノに案内されてアースラ艦内を歩き回り、局員の部屋にまでお邪魔したが、部屋の中にあったのは数多くの専門資料やデータ。

 

彼ら彼女らの努力を、デスクに山積みになっていたそれらが語り、証明していた。

 

 あの人たちの頑張りを踏み(にじ)るような発言に熱い感情が湧き上がる。

 

「昔から管理局の人材不足は言われていましたが、落ちるところまで落ちたようですね。魔法を覚えたばかりの少女に、知識やサポートには秀でていても戦うことのできないフェレット、変わった力はあっても魔法の才能に欠ける徹を招き入れるくらいですから」

 

 だめだ、もうだめだ。俺のアキレス腱を突いてこられては、とてもじゃないが冷静に対処することはできない。

 

 心臓が一際強く鼓動を打ち、血管を通って熱い血潮が身体を駆ける。

 

 まぶたを開いて前方を見やり、視界の中央にリニスさんを据える。

 

茫然自失で白くぼやけていた俺の視界は、今は憤怒と激情で赤く滲んでいた。

 

「たしかになのはは魔法を覚えたばかりで駆け出しだ。荒削りなところはまだまだ多いしスマートな戦い方ではないかもしれないが、それでもそれらを補って余りある才能と信念を持っている。ユーノだって、攻撃魔法こそレパートリーは多くないが、なにも前線で射撃や砲撃を放つだけが戦闘ではない。相手の攻撃を代わりに防ぐことも、動きを止めることも、負傷した人を治療することも充分戦いのうちだ。あいつらを侮辱することは絶対に許さねぇ……。撤回しろよ、リニスさん」

 

「……目の色が、変わりましたね。仲間想いの徹なら、きっとそのあたりには弱いだろうと踏んでいましたよ」

 

 俺の顔を見て一度仰け反らせるように上半身を引いたリニスさんだったが、見せた反応はそれだけだった。

 

「元を正せば、私たちはジュエルシードという願望器を巡る敵同士。仲良しこよしを演じているほうがおかしかったのですよ」

 

「俺は『演じて』いるつもりはなかったよ。リニスさん……今ならまだ、俺も怒りを(しず)めることができる。だから教えてくれよ、なんでこんな真似をするのかを」

 

「……で、そ……に……いんですか……っ」

 

 今までかすかに顎を上げ、見るからに不遜という態度を貫いていたリニスさんが、顔を伏せてなにかを呟いた。

 

俺は倉庫から数歩ほど入ったところ、対してリニスさんは倉庫の奥にいる。

 

リニスさんの声は俺の耳にまで届かなかった。

 

「ジュエルシードを集め、目的を達成する。私の主の願いはたったそれだけ、その一つだけです。そういえば、徹。あなたもジュエルシードを持っていましたね。随分人に懐いたジュエルシードを」

 

 魔法を知った次の日、自然公園でニアスに取り憑いたジュエルシードを狙って初めて会った時のフェイトの顔を、俺は思い出していた。

 

悲痛な表情で俺にバルディッシュを向けるフェイトの面立ちを。

 

 見るからに痛ましく辛そうだったフェイトの表情と、見下すような目と嘲るような笑みを貼りつけるリニスさんの表情は似ても似つかぬはずなのに、俺にはどうしようもなく重なって見えた。

 

 なぁ、リニスさん。あなたは今、なにをしようとしているんだ……。

 

俺にはもう、なにもわからない。

 

「あれを隅から隅まで調べ上げて調べ尽くせば、ピーキーなジュエルシードの出力をコントロールすることが出来るかもしれませんね。研究の過程で破損する可能性も無きにしも非ずですが、実験に犠牲はつきものですし、それにたくさんあるのですから構いませんよね。合計で二十一個もあるのですから」

 

 ばらばらに解剖されるのではという恐怖からか、身勝手な都合を押しつけられた怒りからか、ネックレスの台座に戻っていたエリーがかたかたと震えた。

 

俺にも明確なところがわからないということは、おそらく二つともが震えている原因なのだろう。

 

 なんにしたところでエリーにそんなことをさせはしないので、エリーの抱いている心配は杞憂というものだ。

 

エリーはもう俺の相棒も同然なのだ、こいつを傷つけるようなことは俺が絶対にさせない。

 

 破損したって構わない、などと平然ののたまったリニスさんへは、怒りを通り越して悲しみや寂しさまで込み上げてきた。

 

 所詮は、こういうことだったのだろう。

 

「もういい、わかった。理解した。言葉でどうにかなるような状況ではないんだな。俺に見る目がなかった、そういうことなんだろう」

 

 また歩み寄れると思っていた。知り合って間もないし、短い時間しか話もしていなかったけど、一度は離れてしまってもまた仲良くやれると思っていた。

 

 俺は忘れていたのだろう……いや、忘れようとしていたのだ。

 

目を逸らして見えないふりをして、直視しないようにしていた。

 

そんなことをしても無意味なのに、究極的にはなにも変わらないのに。

 

 敵であるという事実から目を背けていたんだ。

 

 いくら楽しくお喋りしたって、いくら笑いながら食事をしたって、いくら丹精込めたケーキを差し入れしたって、根っこの部分は変わらない。

 

事実は小揺るぎもしないし、真実は厳然と立ち塞がるし、現実はいつも無慈悲で残酷だ。

 

 いつか全員同じ場所で、敵味方なんて関係なく笑い合えたらいいのになぁ、なんて俺の思い描いた夢は、まさしく言葉の通りに夢幻だった。現実味のない絵空事。

 

泡のように弾け、煙のように空気に溶けて流される幻想だったのだろう。

 

 睨みつけるように鋭い目でリニスさんを見、手を固く握り締める。

 

「リニスさん。あんたは俺の敵だ」

 

 俺と彼女の道は、決定的に別たれた。


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