試合はすでに再開している。
機先を制するという意味を込めて、先に動いたのは俺だった。
なにより遠距離からの攻撃手段を持ち合わせていないのだから、近づかないことには始まらない。
地を踏みしめて接近を試みるが、彼も
左右に三発ずつ、計六発の魔力弾がタイミングを外すように散発的に放たれた。
軌道を読み切り重心を崩さぬように体勢に留意しつつ躱し、時に右に左に進路を転換し回避する。
最後の一発は角度変更型障壁で勢いのベクトルをずらしながら防いだ。
『発破』で射撃魔法を破壊した時、あまり重い手応えがなかったので何枚も障壁を張る必要はないと判断した。
残り三十メートルを切り、相手との距離が二十メートルちょっとを残すのみとなったので、満を持してあの移動法を使う。
周りからは『人間離れ』と評される神無流の技、『襲歩』である。
クロノをして『瞬きでもしようものなら瞬間移動としか思えないぞ』と言わしめた高速移動だ。
二連続の『襲歩』により、二十メートルという空間を一息で詰める。
拳が届く距離まで肉薄すると、赤髪の彼が信じられないものでも見たように目を丸くしたのが視界に入った。
接近した速度を乗せて、左腕を振るう。
「くっ……。たしかに常軌を逸した機動力ですね……」
完全に意表を突いたと思ったが、インパクトの寸前で俺と彼の間に淡い赤色の防御魔法が滑り込んだ。
『たしかに』なんて言いかたをするということは誰かから俺の情報を聞いて、どのような戦法を取るかを知っていたのだろう。
頭の片隅にその情報があったからこそ防御が間に合ったのか。
誰だよ、俺に不利になるようなことを吹き込んだやつは……どうせクロノに決まっている。他にいないし。
だからといって構いはしない、シールドに防がれたのならそれを食い破るまでである。
拳がシールドに触れた瞬間に相手の術式へとハッキングを仕掛けようと画策していたが、最初の一撃で身を守る盾としては致命的なほどに大きな亀裂が走った。
なのはやアルフの障壁で感覚がおかしくなっていたみたいだが、どうやら俺の攻撃にはそこそこの威力があるらしい。
なにはともあれ、障壁がこの有様であればハッキングを使うまでもない。
もう一撃ぶち込めば貫通するだろう、追撃あるのみだ。
間髪入れず、右足による蹴りを叩き込めば、かすかな手応え(この場合足応えというべきか)ののちにガラスを砕くような甲高い音。
予想通り二撃目で障壁を破壊できたが、それ以外の感触は伝わってこなかった。
「近接格闘は凄まじい、というのは本当でしたね。近寄られてしまうと私では相手になりません」
赤髪の彼は高さ五メートルほどの空中に浮遊していた。
俺の初撃を障壁で防いだその時から退避すると決めて動いていなければ、とてもじゃないが回避できなかったはずだ。
最初から接近戦を捨てていたということか。
「クロノ執務官の言っていた通りです。教えてもらっていなければさっきの蹴りでノックアウトでした。まだ若いのに大変お強いですね」
「やっぱりクロノかよ……。俺はまだまだだって。あんたのほうが……えっと名前は……」
「失礼しました、レイジ・ウィルキンソンといいます」
「レイジさんね、憶えた。俺は逢坂徹、呼ぶ時は徹でいいよ」
「徹さん、とお呼びすることにしますね」
「『さん』もいらないんだけどなー」
俺の対戦相手である赤髪の魔導師こと、レイジ・ウィルキンソンさんが自己紹介してくれたので俺も返す。
派手な髪色などといった見た目は性格には関与しないのだろう、とても礼儀正しい人だった。
穏やかな口調で丁寧な物腰……なんだろうな、俺の対極といっていいかもしれない。とても女性におモテになられそうなお方だ。
「適性検査をしている時の会話が聞こえていました。盗み聞きをしていたようで申し訳ありませんが、ここからは空中戦でお相手をさせてもらいます」
「別に申し訳なく感じる必要はないよ。戦いの中で相手の弱点を突くのは当然のことだ。それを非難するつもりはないし、できない」
レイジさんはさらに高度を上げていく。
十メートル、十五メートルとどんどん高空へと上昇する。
相手の弱みにつけ込むのは、戦いの中では当たり前に行われて然るべきだと俺は考えている。
わざわざ相手の土俵で戦う理由などない。
自分に利がなく、相手に有利なのであれば尚更だ。
逆に俺の飛行適性が壊滅的でぼろ雑巾以下だと知っていて、それでも試合開始早々に空中戦に移行しなかったレイジさんに疑問を抱くくらいのものである。
おそらく彼は生真面目で実直なのだろう。
聞こうとしたわけではないにしろ、耳に入ってしまった個人情報を利用して戦闘訓練を有利に運ぼうとすることに後ろめたさがあったのかもしれない。
俺なら率先して、なんなら口角を釣り上げて高笑いしながら、相手が苦手とするシチュエーションに追い込むところである。
べつに俺の性格が捻じ曲がっているのではない、俺以外の人間の性格が真っ直ぐすぎるからその対比でちょっとだけ根性が歪んでいる俺がおかしく見えるのだ。
上空、おおよそ二十メートルを越えるえたあたりでレイジさんが杖を振り下ろす。
地上で作り出していた射撃魔法の数は最大ではなかったようで、天から降り注ぐ魔力弾は合計二十発を軽く上回っている。
瞬時には数えられないほどの量の射撃魔法が、頭上から俺めがけて押し寄せる。
一度にこれだけの数を展開させる魔導師を見るのは初めてだ。
この
「その
俺はまず、弾丸の雨を振り払うように地を駆けた。
第一陣をやり過ごし、間があいたところで力強く踏み込み、跳び上がる。
アルフ戦での反省を生かして効率化省力化したというのに、これまで使う機会に恵まれなかったこの技術。
やっと日の目を見る時が訪れた。
真上に跳び上がった最高到達点、ジャンプした力と重力とが釣り合って動きが止まるその瞬間を狙い撃ちにするように、レイジさんの怒涛とでも言うべき射撃魔法が再び襲い来る。
それらを視界に納めて、俺はそこからもう一度跳ぶことで群れを成した射撃魔法を回避する。
アルフと戦った時に考案した対空中戦用移動術、跳躍移動だ。
足元に障壁を展開し、それを足場とすることで飛行魔法を使って空を飛ぶ魔導師と相対する。
飛行適性が目も当てられないほど可哀想なことになっている俺が、必要に迫られて涙目になりながら必死こいて編み出した方法だ。
アルフ戦では防御に使う障壁と同じものを足場にしていたため、消費魔力量もそれなりに多かった。
ただ足場にするだけの障壁に防御力は必要ないので硬度を削り、飛んで跳ねるだけなので面積もいらないと判断して足よりも少しだけ大きいくらいの障壁を両足分の二つ構築することで、消費魔力の大半を節約することに成功したのだ。
今ではこの移動術が原因で、魔力切れを起こすリスクはほぼないと言えるまでとなった。
第二射を回避してからも何度か跳躍し、レイジさんと同程度の高さで障壁を展開、維持し静止する。
「飛行魔法は……使えなかったはずでは……」
「ああ、俺には飛行の魔法は使えない。でもさ、他のやつらは使えるんだよ。まるで舞い踊るように、自在に空を飛ぶんだ。そんな中俺一人だけ地べたに這い
跳躍移動という空中戦を可能とする術を確立させ、なのはとの模擬戦でユーノにも見せて言われたことがあった。空戦に対応できない魔導師は、魔導師として大成できないんです、と。
ユーノ曰く、飛行技能を持たない魔導師……まさしく俺のような魔導師を総称して陸戦魔導師というらしい。
そういった魔導師は総じて、飛行技能を持つ魔導師より昇進するのに年数がかかるそうだ。
戦闘評価などがあり、それにクリアできなければ昇格も見送られる、そういうシステムとのこと。
時空管理局は、有能な人材であれば年齢や過去に多少問題があろうと登用する。
長年在籍していようがつい最近入ったばかりであろうが活躍すれば関係なく評価し、『実力』があればとんとん拍子に出世するのだ。
その『実力』という括りには飛行技術が重要な位置を占めている。
だからこそ、飛行技能を持たぬ者には立身栄達への道は険しく、白日昇天への壁は高い。
前にアルフから言われた『苦労するよ』という言葉はこれが理由であった。
だが俺は、これからの進路として時空管理局への入局を目指しているわけでも、管理局への就職を見越しているわけではない。
管理局内での昇級がどうとかなんてまったく意識になかったし、眼中にもなかった。
俺が空中戦にも対処できるよう努力したのは、たった一つの簡単な理由だ。
空へと手を伸ばすばかりでは、天を見上げるばかりでは、やはりつらいのだ。
彼女たちと対等に戦うことができない、渡り合うことができない。
遅れをとるのが嫌で、遠く離れた背中を眺めるのが嫌だった。
当然俺は空戦だけではなく、他の技能においても勝るどころか劣ってしかいない。
それでも、最終的には無様に地を舐めることになったとしても、せめて一矢報いたかった。
負けてばかりではいたくないという男の小さなプライドをあらん限りに費やし、掻き集めて凝縮させたのが、この跳躍移動なのだ。
「身体に一切のブレがない……魔法で足場作っているのですか。そんな使い方をしている人を初めて見ましたよ。聞いたことすらありません。そんな人だからこそ、クロノ執務官も一目置くのでしょうね」
「クロノが一目置いている? 俺に? そんな目や扱いを受けた覚えはまったくとっていいほどないんだけど」
「つんけんした方ですからね。それより……やはりその状態でも、先ほどの高速の接近技術は使えるのですか?」
「使えるぞ。自分好みに足場の角度を変えられる分、これのほうが動きやすいくらいだ」
「研究熱心で勉強熱心、努力も怠らないのですか。年上としては立つ瀬がありませんね」
「その気持ちは良くわかる。俺の周りにはちっこいのに優秀なやつが多くてな、年上の矜持とかずたぼろだよ」
「魔導師の素質に年の差は関係ありませんからね。さて、この限られた空間では私には打つ手はありません。近接攻撃には
レイジさんは端正な顔に柔和笑みを浮かべながら両手を上にあげる。
まだ余力を残していそうではあるが、レイジさんは負けを認めた。
俺みたいな若造にわざわざ勝ちを譲る道理など思いつかないし、年下ではあるが役職においては上司であるクロノの前で、演習とはいえ敗北を喫することにプラスになる要因はない。
なぜここで諦めるのかはわからないが、今はレイジさんの言葉を額面通りに受け取っておこう。
なんにせよ勝てたのだ、せっかくの白星を返却するわけにはいかない。
「レイジ・ウィルキンソンの棄権により、勝者は逢坂徹とする! 徹! 聞きたいことがある、さっさと下りてこい!」
「クロノ執務官があのように仰ってますので戻りましょうか。私も徹さん聞きたいことがありますし」
「うわぁ、なんか根掘り葉掘り追及されそうで嫌だな……」
「それは諦めてもらうより他にないと思いますよ」
微笑を湛えながら、レイジさんは飛行魔法を調節してゆるやかに下りていく。
それに続くように、三メートルおきに障壁を展開して俺も飛び降りるように地面へと近づく。
こうして、審判役を自ら担っていたクロノの宣言により、俺とレイジさんの試合は幕を閉じた。
*******
レイジさんと一緒に地面に降り立つと、クロノからいくつかの質問(と本人は表現していたが俺にとっては尋問)を受けた。
主立った内容は俺が使っていた魔法、特に跳躍移動についてである。
口で説明し、時に実演してクロノの疑問を解消させ、トーナメント形式の訓練を再開したのだが、予定以上に長引いてしまった説明やら訓練やらが終わった時にはもう昼飯時、しかも終わり頃。
まだ俺に言いたいことがあるらしいクロノだったが、時間が時間ということもあり、先に昼食を摂ることにした。
ちなみにトーナメント式実技訓練の結果は、果然というべきか案の定というべきか、意に違わず予想に違わず実力通りの下馬評通りにクロノが頂点に輝いた。
俺も決勝まで勝ち進んだが、相手が相手なので善戦虚しく地に伏した。
十五分間に渡り、粘って食い下がったのだから、俺にしてはよくやったほうだと自画自賛して自分を慰めておく。
「あの空中移動術、跳躍法だったか? 実際のところ、あれの使い勝手はどうなんだ?」
アースラ艦内の食堂で昼食をぱくつきながらのクロノとの会話。
長椅子に、これまた長いテーブルが数セット設置されている清潔感に満ちた空間だ。
白色をメインに使われた床材に、テーブルの天板も白なので頻繁に清掃しておかなければすぐに汚れが気になるが、そのあたりしっかりと手が行き届いている。
「一応呼称としては跳躍移動な。呼び方なんかどうでもいいけど。使い勝手はなぁ……飛行魔法が使えるならそれに越したことはねぇよ」
クロノは、俺が演習の決勝戦や工場跡でも見せた、拘束魔法や障壁を内部から破壊するハッキングより、無理筋に近い空戦適応術である跳躍移動に強い興味を示した。
ハッキングについては結界内でどういうものかをさらっと喋っただけで納得したが、跳躍移動についてはこっちが驚くほどの食いつきだ。
飛行魔法を離陸から着地まで完璧に使いこなすクロノにとって役に立つ話とも、取り入れるべき技術とも思えないのだが。
「なぜだ? 徹はその移動法で鋭く動いて射撃魔法を容易く回避し、跳躍を繰り返して多角的に攻めていただろう。回避するという点においては、鋭角的な機動ができない飛行魔法より優れているとすら言える。これをマニュアル化することができれば、技術の向上にも繋がり、怪我を負う確率を減らすことができるかもしれない」
「あぁ……なるほど、そういうことか」
なぜこうまでクロノが跳躍移動に固執するように深く尋ねてきたのか……それは仲間の安全のためだったのか。
今回演習を行って俺は初めて知ったのだが、飛行魔法というのはそれほど万能ではない。
いや、正確に言えば、かなり上位の適性がないと敵味方が入り乱れる乱戦や複雑な機動ができない、ということなのだが。
俺は『普通』の飛行適性を持つ魔導師を知る前になのはやフェイトなどの才能を見て知ってしまったが故に、適性があればみんな彼女たちのように天空を舞台に舞い踊るように戦えるものだと思い込んでいた。
しかし実情、そのように空を自由自在に飛び回り、アクロバットな動きをできる人間はそうそういないのだ。
適性は多少伸びることはあっても生まれ持った素質により限界があるし、素質があっても魔力コントロールが苦手であれば細かな出力調整はできない。
才能と努力があってやっと、実戦で使える技術と言えるものだろう。
なるほど、管理局で飛行魔法を厚遇する要因はこういう点にもあったのか。
「革新的と言い換えることもできる技術なんだ。たった一人で編み出した徹からしてみれば、築き上げた成果だけを
クロノ自身は資質と並々ならぬ精進の結果、十全に飛行魔法を操れるのだから彼にとっては関係のないことで、なくても困らない技術だろう。
それでも、仲間が負傷する可能性を少しでも減らしたい、その一心で新たな手法を模索するクロノの気持ちは痛いほど伝わるし、協力するに
別に俺だけで独占しておきたいという考えもないので、技法を
それに現状では形式的なものとはいえ俺の上司にあたるのだから、命令という形で『情報を開示しろ』と強制させることもできるだろうに、こうやって筋を通すところが、クロノの好きなところだ。
俺としても率先して力を尽くしたいと思う。
しかし、跳躍移動をマニュアル化したいということだが、これはかなり難しいと言わざるを得ない。
手伝いたいのは山々だが、俺一人が手を貸したところでなんとかなる問題ではないのだ。
豆が入ったスープを飲みながらクロノに答える。
「クロノが言っているような権利がどうとかってのは構わないんだ。そもそもあの技術は閃いただけだからな。任務の成功率と生還率が上がるのなら是非とも使ってほしい」
ぱぁっ、と顔を明るくして口を開きかけたクロノが喋り出す前に、重ねるようにして俺は続ける。
「だがな、今思いつくだけでも問題点が三つあるんだ」
「三つ……?」
首を傾げるクロノへ俺は頷く。
「ああ、厄介なことに三つもある。まず一つ目だが、他の魔法と重ね掛けで使うのが基本で、そして前提なんだ」
魔導師の身体にはリンカーコアから流れる魔力が循環していて、特に何もしていなくても一般の人間とは隔絶した身体能力がある。
だが、身体能力が格段に高いと言っても、それは魔法を知らない人間と比べて、という条件付きだ。
その状態で跳躍移動をしようとしても、一度の展開で移動できる距離は精々よくできて四~五メートルが限度。
戦闘中は幾度となく、それこそ数え切れないほどに足場を作り出すのだからあまりにも効率と燃費が悪い。
俺は魔力付与と併用しているからこそ、なんとか使い物になっているのだ。
一気に彼我との距離を埋める『襲歩』という武器があるのも大きいだろう。
なんの肉を使っているのかわからない唐揚げを頬張りながら一つ目の問題点を挙げると、クロノの眉間に皺が刻まれた。
解決するのが難しいと考えているのか、もしくは解決策自体が見つからないのか。
心苦しく思いながらも俺は続ける。
「二つ目に、演算量がバカみたいに増える。一つのデバイスでやろうとすると、そう遠くないうちに熱暴走起こすんじゃねぇかな」
「ん? それはなぜだ? 飛行魔法でも術式の演算はしているのだから大して変わらないんじゃないか?」
「空で戦うという似たような結果でも、飛行魔法とは工程の数が違うんだ。やらなきゃいけない術式の演算数が余計に増えてくる」
状況で例えるなら、飛行しながら射撃魔法を使うとする。
上昇するにしても平行移動するにしても飛行は常に使っているのだから、射撃と合わせて二つの操作で済む。
だが跳躍移動の場合、動く時は必ず足場となる障壁を展開しないといけないのだ。
飛行魔法であればデバイスは恒常的に演算のリソースが割り振られるが、跳躍移動はその性質上、障壁の展開と消滅を何度も繰り返すため演算処理に波が生まれる。
一つ一つでは簡単な術式だが戦闘時間が長くなれば、戦いが苛烈になればさらに使う頻度は高くなっていく。
処理の軽い魔法でも積み重なればデバイスに相当の負担がかかるのだ。
見たことのない野菜がふんだんに使われたサラダを
俺はなにも意地悪でこんなことを言っているわけではない。
局員の方たちの死傷率低下に貢献できるのなら喜んで協力するのだが、跳躍移動の中身のシステムだけ教えてあとは勝手に頑張ってね、なんて放り出すようなことをしたくないから、こうして課題を挙げ連ねているのだ。
今こうしてクロノとやっているように導入を想定して話を進めなければ、いずれ実現しようとした際に結局行き詰まることになるのだ。
ならば最初から実現が可能かどうか考察し、あまりにも難しいようなら諦めるというのも一つの手である。
個人でやるにせよ集団でやるにせよ、時間と費用を無為に垂れ流すわけにはいかないのだ。
「最後の三つ目だが、これはデバイスがどうの、っていう二つ目と被る部分もあるな。普通の管理局の人が実際に使おうとしたら、消費魔力量が多くなるだろうっていう懸念だ」
「……徹もそれほど魔力量に恵まれた魔導師ではないだろう。なぜ長時間戦えるんだ」
「俺は使い分けてるんだ。防御のための障壁と足場のための障壁ってな具合に。足場用の障壁は不要な術式を削って可能な限り消費魔力を抑えてるんだよ」
「じゃあ他の魔導師にもそうさせればいい。防御用と足場用と用意させれば事足りるんだろう?」
「俺の試合の初戦、レイジさんと戦った時のこと憶えてるか?」
「ああ、当然だ。その試合で徹が移動術を見せたのだからな。それがなんだ」
「その時、俺、借りてたデバイス返しただろ? それが理由だ」
「それのなにが……そうか。処理速度が遅い、あの時そう言っていたな。あれはそういう意味だったのか……」
クロノは理解してくれたようだ。
足場用として違う術式を展開するとなるとデバイスに余計な負荷がかかる。
移動しやすいよう斜めに配置したりすれば、よりいっそう処理動作は重たくなるだろう。
防御用と同一のものを用いれば消費魔力が増大し継戦能力を失い、足場用として術式の違う障壁を取り入れれば演算処理のスピードが落ち、そのまま使い続ければデバイスがオーバーヒートする。
どちらに転んでも結果は変わらないのだ。
長い口上で渇いた喉を潤しながらクロノを見やれば、もう顔を伏せてしまっていた。
「ご、ごめんな。クロノがやろうとしていることを否定したいわけじゃないんだ。でもどうしたって避けられない道だからさ、言うしかなかったんだ」
心の中は申し訳なさで埋め尽くされているが、だからといって苦言を呈さずにいることを良しとすることも、俺にはできなかった。
ただ技術を提供するだけというのは些か無責任が過ぎる。
若干瞳を荒ませつつも、口元を緩めながらクロノは俺へと顔を向けた。
「いや、簡潔で分かり易かった。どうせだから結論まで聞いておこうか」
「言えってんなら言うけど……。俺の見解では、もう一段階技術革新がないと不可能だ」
「徹の意見を聞いて僕も同じ感想を持った。はぁ……。なにかを変えられると……思ったんだが……」
笑みを
俯いて、テーブルの下で拳を固く握り締められている。
クロノが注文した料理は、話し始める前に数度口にしてから手をつけられていない。
向上心と仲間を大事にする気持ちというのは、強すぎてもいけないようだ。
優しすぎては心労がかかり過ぎる。
「今は無理でもこれからできるようになるかもしれないだろ。俺が考案した技術よりも安全で簡単な方法が降って湧く可能性だってあるんだからな。飯冷えるわ、さっさと食おうぜ」
いくら大の大人以上に戦える力があって、広く深い知識が頭脳に詰め込まれているのだとしても、クロノはまだ十四歳の少年だ。
いくら立派な役職を任じられているとしても、全ての仕事を完璧にこなすなんて難しいだろう。
そんな期待なんて重たすぎる。
背負える物なら一緒に背負ってやりたいと、こんな俺でもそう思えたのだ。
「そうだな、冷めさせてしまったら作ってくれた料理人に申し訳ない」
くく、と堪えるように笑いながら、クロノが返事をする。
気のせいかもしれないが、クロノの声が心なし明るくなった気がした。
昼食を済ませると、ついでだからと言ってクロノがアースラ内部を案内してくれる運びとなった。
なぜか局員の居住スペースから始まり、訓練で顔を合わせた非番の人たちの部屋に押し入……お邪魔したり、遊戯室に顔を覗かせて色々遊んで……もとい見て回ったりと、アースラ艦内の意外なまでの快適さを楽しんだ。
俺がクロノにジュエルシード探索の進捗状況について訊いたのは、医務室を見学して退室した時だった。
「そういやジュエルシードの索敵はしてるんだよな? いくつか反応あったんじゃねぇの? 俺たちにはそのあたりの報告きてないんだけど」
『俺たち』というのは言うまでもなく、俺、なのは、ユーノのことを示している。
これまでのペースで推測すれば一つくらいは見つかっていてもおかしくはない。
設備の整った巡航船であるこのアースラであれば、二つ三つと発見している可能性だってある。
手伝うと言いながら管理局任せにしてしまっているのではと憂慮したのだ。
今回の一件は最後まで携わりたいという思いもあって、だからこそ、この場にいるのだからちゃんと関わっておきたい。
報告がこないのは危険な目に合わせたくないがためなのだろうと勝手に考えていたが、クロノの返答でそうではないことがわかった。
「報告がないのも当たり前だ。二十四時間体制で調査をしているが、まだ一度も反応を捉えてはいないからな。発見したら、徹には真夜中だろうと遠慮なく念話を送って叩き起こすから期待しておいてくれ」
笑いながらクロノは話していたが、俺には危惧の火が燻り始めていた。
胸騒ぎのような焦燥の念が、熱を伴いながら俺の思考の片隅をちりちりと焦がしていく。
――最初見たフェイトの表情――ジュエルシードを集める理由――自分の身を犠牲にしてでも成し遂げようとする目的――
自分で意識していないのに、様々な情報の糸が
無理矢理背中を押されて走らされるような感覚がとても気持ち悪い。
心臓がばくばくとうるさい音を身体に響かせ続けている。
午前に行われた訓練でもここまで早い律動を刻みはしなかった。
言いようのない不快感に苛まれているのに、思考は止まるどころかさらに回転数を上げていく。
――市街地での事柄――意図せず発生したジュエルシードの暴走――クロノやリンディさんといった時空管理局の介入――工場跡での出来事――魔導師にとって時空管理局というの存在の意味――ジュエルシードの反応を捕捉できていない――
「……る、と……っ! 徹! ……大丈夫か? いきなり黙り込んでどうしたんだ」
クロノの困惑したような声で、アンコントローラブルとなっていた俺の思考が正常化する。
あと少しで何か掴めそうな気配ではあったが、根本的に絶対的に情報が不足しているのだ。
パズルを完成させようとしているのにピースが揃ってないどころか枠すら手元にないようなものである。
すべてを解明できないのであれば、ここで足を止めて考え続けても時間の無駄だ。
「クロノ、ジュエルシードの調査はどこでやってるんだ。レーダーみたいなものがあるんだろ。場所を教えてくれ」
「いきなりなんなんだ。様子がおかしいぞ、医務室で休んだほうが……」
「いいから、案内してくれ」
俺の態度が急激に変化したことで圧倒されたのか、それとも雰囲気から緊迫感が伝わったのか、クロノは黙って頷くと足早に歩き出した。
嫌な予感が俺の心臓を鷲掴みにする。
俺の気のせいや勘違いであればそれでいい、一人で勝手にシリアスを演じたピエロとして笑い話になるだけだ。
だが、もし万が一、俺の想像通りであれば手遅れになるどころではすまない。
この考察が間違っていることを祈るが、俺の予感などといった曖昧な感覚、第六感は妙に鋭いところがある。
的中率もまた高い、嫌な予感は殊更に。
俺を心配するように、胸元で青白い光が温もりを伴って淡く輝いた。
クロノだけではなく、エリーにも心配をかけてしまっているようだ。
ありがとうという気持ちを表そうとエリーに手をやれば、いつの間にか冷たくなっていたらしい俺の手を、まるで包み込むように優しく温めてくれた。
自分で思っている以上に動転しているようだ、情けないな。
服越しにエリーを強く握って感謝を示す。
跳ね続ける心臓と心を落ち着かせるように深呼吸をして、俺はクロノの後を追って歩み続けた。