そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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集中しろ、これ以上痛い思いをしたくないのなら、これ以上敗北を重ねたくないのなら。

 二重に張られた結界の内側に、戦闘訓練をするために集まった人間はいた。

 

もちろんのことだが、その中には俺も含まれている。

 

 一辺五百メートル、縦にも五百メートルという立方体の形になっている結界内が今回の訓練で使用される。

 

結界内には、様々なシチュエーションを想定して取り組むことができるようにと建造物なども配置できるそうだが、今回は魔導師同士、一対一(タイマン)での試合となるので障害物と成り得るようなものは一切排除されている。

 

 足元はデフォルトである土の地面。

 

視界を遮る物はなにもなく、見晴るかす茶色の地平線が広がっている。

 

果てしなく続いているように見えても、五百メートルのエリア限界線を越えることはできないらしく、透明の壁が行く手を妨げるとのことだ。

 

つまりはこの地平線も一種の演出と言えるだろう。

 

 言うまでもなく、そんな空間がアースラの中に存在するわけがないので転移してここまでやってきた。

 

 俺の左手にはオーソドックスな杖のデバイスが握られている。

 

アースラに乗艦している時空管理局局員の魔導師さんたちと同じデザインのデバイスである。

 

 これは訓練前、結界の中へと足を踏み入れる前にクロノから貸し出されたものだ。

 

クロノ曰く、デバイスがあった方が楽だろう、とのこと。

 

 魔法を発動させるための演算に思考のリソースを振らなくてもいいのはありがたいのだが、杖という形状をしている以上、片手が塞がるのは如何(いかん)ともしがたい。

 

 バリアジャケットの代わりになる、時空管理局推薦の防具……というより服も、俺の身体を採寸してまた今度渡すと言われたが、それは慎んで辞退した。

 

外見の衣装まで揃えてしまうと完全に時空管理局の一員みたいになってしまうのでは、という懸念があったのだ。

 

その懸念もデバイスを受け取っている時点で遅い気もするが。

 

「次戦うやつは位置につけ」

 

 クロノの声が遮蔽物のない結界内に響く。

 

 いくつかの試合が繰り返され、次の対戦カードには俺の名前が書かれているので俺は持ち場につく。

 

 彼我との距離は目測五十メートルといったところ。

 

あまり距離を開けると近接型の魔導師に不利となるし、あまり距離を詰めると射撃・砲撃を得意とする魔導師に分が悪いとのことなのでこのあたりに落ち着いた。

 

そもそも近接型という人間はあまりいないようだが。

 

今まで見学していた戦いでも、俺やアルフやフェイトのように身体が触れるほど近づく魔導師はいなかったし。

 

 五十メートル先に立つ赤髪の対戦者を見やる。

 

身長はぱっと見俺と同じ程度、そこそこに高身長だが魔法だけでなく身体の方も鍛えているらしく、ひょろいイメージはない。

 

目にかかるほどに長い燃えるような赤い髪と、精悍な顔立ちが印象的な男性だ。

 

歳は俺より幾つか上というところだろう。

 

 ここまででわかるとは思うが、俺の対戦相手はクロノではない。

 

 この模擬戦闘訓練、当初は俺とクロノでやりあう手筈だったのだが、ノリのいい局員さんたちが『俺たちも参加したい!』と言い出したことにより、突如トーナメント形式へと変貌を遂げた。

 

彼ら彼女らの要望を聞き入れて計画をこのような形に組み直したのだから、意外とクロノも楽しんでいるふしがある。

 

「それでは始める。三、二、一……」

 

 クロノのカウントダウンが始まった。

 

 戦闘開始前に、いつも通り魔力付与による身体強化を全身に纏わせる。

 

この魔法による身体能力向上効果で接近、攻撃、防御まで行うのだから、これがなくてはどうしようもない。

 

始まらないどころか、始まる前に終わってしまう。

 

 デバイスを使った魔法の行使は、デバイスに念じるか、またはボイスコマンドでできるらしい。

 

慣れない手つきで行使してみる。

 

 俺は相手の一挙手一投足を見逃さないよう前方へと集中の矛先を向けながら、デバイスへ魔力付与の術式演算を依頼したが、初めて自分以外の存在に演算を任せるせいか、どうにも気持ちの悪い違和感が拭えない。

 

構築されるスピードや、体表面へ展開される感覚もどこか異物感があった。

 

 気になるといえば気になるが、今から模擬戦とはいえ戦闘行為をするのにそんな曖昧な感覚に(かかずら)ってはいられない。

 

使っていればそのうち慣れるだろうと思い、思考を切り替える。

 

「始め!」

 

 クロノのソプラノボイスで、戦闘演習開始の号令がかけられた。

 

 と、同時に俺は一歩踏み出し、対戦相手である赤髪の魔導師へと駆ける。

 

 発動時に感じた違和感はやはり気のせいだったのか、身体を動かしてもいつもと異なる要素は見受けられない。

 

踏み込んだ時の力の流れも平常、接近時のイメージも通常通り。

 

魔法を発動させようとした時の、魔力が滞るような感覚はいったいなんだったのかは、結局掴めないままだ。

 

 俺が十メートルほど距離を詰めると、赤髪の魔導師は音叉のような形をした杖の先端を俺に向け、魔法を放った。

 

技の名前までは知らないが、射撃魔法の一種だろう。

 

 展開されるまでのスピードと浮かび上がらせた魔力の弾丸の数から、彼がどれほど優秀かがわかる。

 

それだけではなく、俺の接近を見て取るや否や、射撃魔法を作り出しつつすぐさま後ろへ下がったことから、俺が肉弾戦タイプであるとあたりをつけたのだろう。

 

射撃魔法で牽制しつつ相手の出方を見て、隙があればそれを突くというところか。

 

状況判断も速やかなものだ、厄介だな。

 

 俺へと迫る魔力弾は五発。

 

彼の周りには後三つの魔力球が宙を泳いでいる。

 

一気に全部撃ってこないのは戦略上当然とも言えるが、なんともいやらしい。

 

いつ飛んでくるかと常に気を張ってなければならない。

 

 彼の髪より鮮やかに輝く淡い赤色の魔力弾は、スコードロンでも組むように仲良く横一列に並んで飛来する。

 

 避けるためには姿勢をとても低くしてやり過ごすか、左右両端より外側へ退避するかしかない。

 

だが姿勢を低くすれば次弾を躱すことは困難になるし、慌てて左右どちらかにサイドステップしても、結局安全に次の攻撃を対処するだけの余裕はない。

 

相手はこちらの行動を見てから綽々(しゃくしゃく)と対応できるのだから最善手とは言い難い。

 

 なのはやユーノくらいに丈夫な障壁を築けるのなら、殺到する魔力弾を障壁で防げばいいだけなのでこんなに悩むことはないのだろうが、障壁の耐久性に不安が残る俺にとっては一つ一つが致命傷になりかねないのだ。

 

クロノほどの威力を有していないにしても、楽観視はできない。

 

この艦に乗っている以上、目の前の彼が落ちこぼれのへっぽこ魔導師なわけがないのだ。

 

なるべくなら安全な選択肢を選びたい。

 

「いよっと」

 

 よって俺は、横一列に並んだ魔力弾の左から二つ目と真ん中の間に身体を差し込んで回避した。

 

これならしゃがんで躱すより体勢が崩れないので次の動きも取りやすく、左右どちらかに大きく避けるよりゆとりもある。

 

 赤髪の彼が撃ち放った射撃魔法をこうも冷静に捌くことができたのは、ひとえにこれまでの経験あってこそだ。

 

今までフェイトやアルフの雨あられとばかりな弾幕に晒されたり、クロノのレーザーの如き超高速射撃魔法を目の当たりにしている俺からすれば、申し訳ないが今回の対戦相手の魔法では少々迫力に欠ける。

 

俺に危機感を与えるほどではなかった。

 

 俺の躱し方を考慮していなかったのか、赤髪の魔導師は一瞬驚きの表情とともに固まったが、やはりそこは本職、すぐさま愕然とした精神状態から立ち直り、残りの魔力弾を追撃に向かわせる。

 

 軌道はさっきの五発と似通っていて横並びとなっているが、放つ順番に手を加えてきた。

 

左右に分かれる二発の後を追うように真ん中の魔力弾が迫り来るという仕組みだ。

 

隙間が空いているからと動かずにいて左右の魔力弾をやり過ごせば、遅れてやってくる真ん中の弾丸が直撃することになる。

 

なるほど、理に適っていると言える。

 

 そういえばクロノの射撃魔法もこんな感じの配置だったなぁ、なんてことをふと思い出した。

 

管理局の教練でそういう訓練がなされているのだろうか。

 

たしかに有効な攻め方ではある。

 

「ここらで威力を計らせてもらおうかな」

 

 防御魔法を展開するためデバイスに代理演算してもらう。

 

 使う魔法は、一番最初にユーノから教えてもらった行使者の正面に展開される一般的なシールドタイプの魔力障壁。

 

俺の雀の涙ほどの適性ではそのまま使えばすぐさま蜂の巣なので、独自でプログラムを書き換えた特別仕様の密度変更型障壁を使用する。

 

アースラに乗艦している魔導師たちは皆さん優秀とはいえ、フェイトやクロノほどの天稟(てんぴん)までは持ち合わせていないようで、射撃魔法の速度自体はさほど脅威ではない。

 

クロノと戦った時に初めて知覚した超高速演算に頼らずとも、魔法弾の射線上に障壁を合わせるのは容易だ。

 

 対戦相手の周囲に浮遊していた射撃魔法はすでに残弾が尽きている。

 

ここで仮に、防御に失敗したとしてもすぐに追い打ちを受けることはないだろう――

 

「え……ちょ、なんで!?」

 

 ――などと少し心に余裕を持ってしまったからだろうか。

 

決して侮っているわけではないし、力を抜いたわけでもないが、ここでアクシデントが発生する。

 

 手のひらから数センチ離れた空間に展開されるはずだった障壁が、なぜか現出されなかった。

 

 煌々と輝く淡赤色の魔力で編み込まれた弾丸は俺を射抜かんと迫ってきているというのに、障壁は現れてくれない。

 

左手に握るデバイスにはちゃんと『防御魔法作ってね』という俺の命令が送られているようだが、なぜか構築されることはなかった。

 

 密度変更型障壁のど真ん中に当てて魔力弾を逸らそう、障壁を叩くその衝撃からどの程度の威力か見積もろうという算段だったので、突き出した俺の手のひらから右腕は彼の射撃魔法の射線上にばっちり乗っかってしまっている。

 

今更手をどけるのは間に合わないし、手をどけたところで魔力弾の軌道は俺の右胸をも貫いているのだ。

 

どちらにせよ、事ここに至った以上、避けるという選択肢は消え去った。

 

 残された手札は、身体を固めて直撃に備えるか、襲い来る赤色の魔力球を壊すかの二者択一だが、右腕は伸ばしきっているも同然だ。

 

 こんな構えから繰り出せる攻撃などありはしない……と諦めかけたが、いやいや、あるではないか。

 

工場跡地でクロノが放った誘導弾を打ち砕いた、文字通りに粉砕した技が。

 

 あまり悠長に考えている時間はない。

 

いくら人の命に危害を加えないスタンモードの魔法攻撃とはいえ、直撃すれば不快な衝撃は身体をなぶるし、痛覚が神経を貫くのだ。

 

痛い思いをしたくないのなら、こうする他に手はない。

 

 クロノの誘導弾を木っ端微塵にした時は標的が拳に接触するような状況だったため、筋肉から生み出される力を増幅させながら拳まで運ぶことだけに集中できたが、今回はそうもいかない。

 

 数センチを、数ミリを、一瞬よりも短い時間で埋めることにより、絶大な破壊力を(もたら)すあの技は、インパクトのタイミングこそが肝要なのだ。

 

如何に優れた技であっても万全の力を引き出せなくてはなんの意味もない。

 

 早すぎても遅すぎてもいけない。

 

集中しろ、これ以上痛い思いをしたくないのなら、これ以上敗北を重ねたくないのなら。

 

 赤髪の魔導師が射出した赤色の光球の軌道は寸分違わず俺の読み通り。

 

その軌道線上に右の手のひらを乗せ、俺の技のリーチに侵入する瞬間を待つ。

 

 最大威力発揮距離は数ミリ、技の威力は減衰させて距離を長くしても最長射程数センチという神無流の零距離奥義の範囲に、魔力弾がその身を捻じ込んできた。

 

射程距離にターゲットが入ったことを知覚する前に、脳からの伝令を待たずに身体が動く。

 

全身の筋肉をほぼ同時に駆動し、流動させ、右肩から一直線に手のひらまで押し出す。

 

 障壁を張ろうとしていたので手は握り込まれておらず開かれていたので、結果として掌底のような形になった。

 

「神無流奥義『発破』」

 

 一度クロノとの実戦で成功を経験していたおかげか、全身を流れる力はスムーズに接触点である手のひらの底まで伝わり、見事に彼の射撃魔法を崩壊させるに至った。

 

粉末のような魔力粒子にまで細かくなった射撃魔法『だったもの』は、俺の周囲をふわふわと漂い、空気に溶けるように消えた。

 

 離れた位置で俺と赤髪の魔導師の試合を見学していた局員たちの『オオォッ!』という、驚嘆なのか歓声なのかよくわからない声が俺の耳朶をうつ。

 

甲高い音を響かせる指笛や拍手まで聞こえてきた。

 

 別に大道芸のつもりでやったわけではないのでそんなオーバーリアクションはしないでいただきたい。

 

窮地に追いやられた末の行動であり、苦し紛れとでも言うべきものだったのだから、試合運びの手落ちを責められこそすれ、賞賛されては逆に羞恥すら感じる。

 

 赤髪の男性も俺がやったような防がれ方をされたことはなかったのか、度肝を抜かれたように目と口を大きく開いて呆然としていた。

 

せっかくの男前が台無しだ。

 

 この一瞬生まれた空白を逃す手はない。

 

 俺は突き出していた右の手のひらを胸の前まで持っていき、左手は地面と平行にして右手の上に乗せる。

 

杖は首と左肩で落とさないように持つ。

 

 そして元気よくはきはきと発声。

 

「ちょっとタイム!」

 

 俺が動きだしたことにより、警戒して前傾姿勢を取っていた対戦相手の赤髪の魔導師は、俺の言葉を聞いて倒れるようにずっこけた。

 

整った顔立ちに反して、彼は意外とおもしろい人なのかもしれない。

 

「なんなんだお前は。何をし出すか全く予想ができない」

 

 唐突な試合中断に、何事かとクロノが飛んできた。

 

 俺は首と肩に挟んで持っていた杖を右手で握り、クロノに突き出す。

 

「ごめんな、いきなりストップさせて。これ、デバイス返すわ」

 

 俺が返却した杖を、クロノは両手で受け取って『なぜ戦闘中に返すのだろうか』という疑問を顔に浮かばせながら小首を傾げる。

 

 小憎たらしいセリフをはかずにいると、クロノはただのカッコかわいい男の子だな。

 

ユーノも加えて女装とかさせたらすごく盛り上がりそう。

 

口に出したら今度こそスティンガーレイがお腹に風穴を開けそうなので、もちろん黙っておくけども。

 

 この場に相応しくない考えを頭から振るい落とし、クロノに向き合う。

 

「演算処理速度が遅い。俺にはちょっと合わねぇみたいだ」

 

「お、遅いだと? 管理局で正式採用されている品だぞ?」

 

「そう言われてもな。たしかに良いものだとは思うんだけど、俺のタイミングで発動しないし、発動しても言い表せない違和感が残る。これなら俺はデバイスがないほうが楽みたいだ。ごめんな、好意を無下にしちまって」

 

 最初に感じた気持ちの悪い感覚に、俺はようやくその正体に気づいた。

 

タイムラグだったのだ。

 

 自分の頭で演算して構築するよりも、デバイスに任せたほうが若干の遅延があり、身体に展開されるのも遅れがある。

 

 それでも、魔力付与であればまだなんとかなった。試合前の準備として発動させておけるのだから少しばかり時間がかかろうが支障はない。

 

 だが防御のための魔法ともなればそうはいかない。

 

刹那の遅れが命運を左右するのだ。

 

ゼロコンマ数秒以下であったとしても、その遅れを俺は看過することはできなかった。

 

 その論理で言えば、クロノから(というより時空管理局から、であるが)借用した杖型のデバイスは、命を預ける相棒とするには不適格と言わざるを得ない。

 

 もちろん、管理局で採用されていて、実際に局員の方たちは俺が借りたのと同じデバイスを使いこなしているのだから、質の悪いデバイスというわけではないのだろう。

 

他の試合を見学していても障壁や飛行魔法は滞りなく発動していたし、俺の対戦相手である赤髪の魔導師も射撃魔法を見事な速さで作り出して見せた。

 

間違いなく、貸してもらったデバイスは一般的な魔導師からすれば非の打ち所がない一級品だ。

 

 原因はデバイスにではなく、俺にある。

 

 フェイトやアルフと渡り合うために、俺は術式のいたるところに手を加えている。

 

魔力の保有量にも劣り、持って生まれた残念な適性により障壁の耐久性も心許ない俺の魔法では、デフォルトのままではすべからく使い物にならない。

 

戦い方に合わせて必要な部分は増強し、それ以外はばっさりと切り捨てるくらいの潔さがなければ対峙できないような連中と戦っているのだ。

 

その改造に改造を重ねた成れの果てが、俺が普段使っている密度変更型障壁や角度変更型障壁である。

 

自身で練り上げ、しかも幾度となく行使して慣れているのだから、自分で演算を行い展開させるぶんにはなんら不都合はない。

 

 しかしデバイスからしてみれば厄介この上ないだろう。

 

例として障壁を挙げれば……毎回出現させる場所も異なるし、毎回障壁の角度も変化する。

 

跳躍移動の足場としても使うので強度や大きさまでもが変動する。

 

発動させるたびに術式内の数値や仕様が変更されているようなものなのだ。

 

 プログラムの様々な箇所の変更は、演算処理のラグとなって積み重なっていく。

 

普通の障壁であれば固定されたプログラムを走らせるだけでいいのだから、俺の魔法はデバイスに無理をさせているということに他ならない。

 

反応が鈍いからといってデバイスを(なじ)るわけにもいかなかった。

 

「性に合わないというのなら無理強いさせるわけにもいかないからな。受け取っておこう」

 

「ほんとごめんな、気を使ってもらったってのに」

 

「いい、人それぞれだ。しかし変わった人間だな、徹は。デバイスがないほうが戦いやすいとは」

 

「自分で演算することに慣れちまったっていうのが一番の理由だろうな。あと俺の魔法にオリジナルの要素が組み込まれすぎている、というのも一因だ。それに俺は素手でやりあうのが身体に染みついてるから、左手に杖を持ってたら不便で仕方がない。手ぶらが一番肌に合うんだ」

 

「せっかく貸与してやったというのになんていう言い草だ」

 

「あはは、悪かったって。言葉の綾だ」

 

 クロノの責めるような視線を笑って受け流す。

 

 事実として、やはり手に杖を、杖でなくてもいいのだが何かを持っているというのは、いつもと重心が変わってしまい、動きにくいというのはあった。

 

 俺が末席を汚している武門では、古今東西の武技の粋を集め、集約し、系統ごとにわけられて伝授されている。

 

その技は途方もない数に及び、 分類こそされているが数が数なので俺も全てを把握していないし、記憶していない。あの鮫島さんをして、知っている技よりも知らない技の方が多いと言わしめるほどなのだから、その量たるや推して計るべし、である。

 

 だが、我らが神無流の(おびただ)しい数の技や技術において、唯一共通している事柄が一つだけあった。

 

条件と言い換えてもいいそれとは、徒手空拳であることだ。

 

 両の手を自由にし、両の足を身軽にし、己が肉体のみで戦うことこそを至高とするような一門なので、得物を携えて戦うという状況をまず大原則からして取り除かれてしまっている。

 

相手が鈍器や刃物、銃器までをも装備していることは想定されていても、自分がそういった武器を持つということは一切想定されていない。

 

 神無流の武術にどっぷりと慣れ浸っている俺にとっては、片手が塞がれるなど枷以外のなにものでもないのだ。

 

「用が済んだのならすぐ再開するぞ」

 

「了解、中断させて悪かったな」

 

「後も詰まっているんだ。精々観客を楽しませるんだな」

 

「楽しませることができるかはわからんが、まぁ精一杯やらせてもらおう。……一応聞いとくけど、これって訓練なんだよな? 楽しませるとかってちょっと違う気がするんだけど」

 

 俺の質問は聞こえなかった振りをして、クロノは局員たちのもとへと戻った。

 

 もしかして見世物のような扱いにされているのでは、という一抹の不安はあるが、真面目なクロノのことだから訓練の中に遊び的な要素も取り入れているのだろうと結論づける。

 

そうすることで技術の向上にも繋がる……のかどうかは知りようもないが、淡々と修練するよりかは実りがあるんだろう。うん、きっと。

 

 俺は赤髪の彼へと手を振って、今から試合を再開するという旨を伝える。

 

 彼も腕を上げて返答してくれた。

 

男前がやるだけでこうも様になるなんて、容姿というのはかくも不平等である。

 

「それでは試合を再開する! 三、二、一……始め!」

 

 中断される前の立ち位置に戻ると、すぐさまクロノの声が結界内に反響する。

 

戦闘開始の合図と似たようなセリフだが、今回はカウントダウンのテンポがずいぶんと速くなっていた。

 

俺のせいでこの試合だけ無駄に長引いているからだろうな。

 

『巻きでやれ』ということが言外に示されていた。

 

 三十メートルから四十メートルほど離れた彼は一旦間があったというのに集中力は途切れていないようで、長い杖型デバイスを身体の後ろや腕で回転させ、勢いよく先端を俺の方向へと突きつける。

 

気概十分といった様子だ。

 

 俺も魔力付与を使って全身をコーティングし、拳を向けて構えを取る。

 

瞬時に身体の各所へと構築されるこの感覚、いつもと同じ……いや、いつもより鋭いように感じられる。

 

体調は万全、絶好調だ。

 

 戦況の動向を把握しつつ、相手の攻撃を回避したり防いだりと立ち回りながら自分の頭で魔法の演算というのは負担になる時もあるが、やはり自分でやるほうが安心できる。

 

デバイスに丸投げしたらたしかに楽ではあるが、それが気がかりになって戦闘に意識を傾けることができなければ元も子もないのだ。

 

 試しに障壁を作ってみる。

 

無色透明なので見ることは叶わないが、魔力の流れで察知できた。

 

イメージ通りの場所、予定通りのタイミング、期待通りの強度、想像通りの大きさの障壁が俺の手元に現れている。

 

やはり自分で演算処理をするほうが、臨機応変に作り変えることができるので都合がいいな。

 

 昔から計算に関しては得意な分野であったが、最近はとみに脳みそを回転させることが増えたのでさらに成長を遂げたのか、術式の演算もかなり速やかにできるようになっている。

 

思考のリソースを割り振ることによるマルチタスクの併用の恩恵だ。

 

 魔法の技術や攻撃力、防御力といった面ではどうしようもないが、思考速度と魔法の同時展開であれば俺にも自信がある。

 

俺の心中には負けるかも、なんてネガティブな想像は欠片も浮かばなかった。

 

対戦相手の彼も大変有能な魔導師だが、クロノやフェイトなどの強者と比較すれば付け入る隙はいくらでも見いだすことができる。

 

 久しぶりに勝利を味わえるかもしれないと思うと、俄然やる気が湧いてきた。

 

よくよく考えると、魔法を知ってからこの方、俺は負けっぱなしなのだ。

 

ここらで白星というご褒美を与っても罰は当たらないだろう。


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