そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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日常~勉強会~9:10の殴抱と、9:30の来客。

「そ、それじゃ、昨日のあれはお姉ちゃんとのデートとかじゃなくて……」

 

「そんなわけないだろ。ただの買い出しだ」

 

「そうなんだ……わたしたちびっくりしたんだよ? 仲良さそうに手を繋いで楽しそうに笑ってたから。あれ、でもそれじゃあ、なんで手を繋いでたの?」

 

「特別理由はない。ただそんな流れになって、手を離す機会もなかったってだけ。すずかも、アリサちゃんやなのはとかの親友とは手ぐらい繋ぐだろ? そんな感覚だ」

 

「それって同じ、なのかな……?」

 

 すずかは首を傾げながら苦笑いを浮かべた。

 

 俺と話をしているせいで、すずかの朝食は全くといって進んでいない。

 

冷めてはいないだろうけれど、湯気が立ち上っていた味噌汁はすでに沈黙している。

 

 すずかの部屋で一騒動あってから、すずかの服を着替えさせるというファリンに従い、俺は一旦部屋を出た。

 

扉から数歩横にスライドして腕を仁王立ちしてしばらく、猫の柄が描かれていたパジャマから淡い青色のワンピースに着替えたすずかが、カチューシャで止められた長い紫髪を左右にふらふらとさせながらご登場遊ばれた。

 

すずかは俺に気づくと、普段のおっとりした喋り方からは想像できないほどに驚きの声を上げ、廊下からダイニングに移動するまでの間『なぜこんな時間にいるのか』『なぜわたしの部屋の前にいるのか』などと質問を浴びせた。

 

ダイニングに移動し朝食が食卓に並んでからもいくつも訊いてきて、そして今に至る。

 

 ちなみにダイニングに到着したあたりでファリンは姿をくらました。

 

おそらく自分の仕事に戻ったのだろうが、無言でいなくなるのは感心しない。

 

せめて一言くらい伝えてから仕事に戻ってほしいものである。

 

 会話中で触れたが、昨日アーケード街を歩いている時に聞こえた物音はすずかたちだったそうだ。

 

勉強会に備えて筆記用具を買い足すために、学校の帰りに足を伸ばして買い物に来ていたのだとか。

 

いつもの三人組、すずか、なのは、アリサちゃんで出かけていたが、その帰りに俺と忍を目睹したという。

 

 手を繋いで喋喋喃喃(ちょうちょうなんなん)と話をしながら歩く俺と忍を見て、驚くことに『もしかして二人は付き合っているのでは』などという空想妄想絵空事をすずかたち三人は夜遅くまで繰り広げて、寝るのが遅れたらしい。

 

「徹さんは仕込みのために早くから来たんだよね? 何時くらいから来てたの?」

 

「最初は一人でやるつもりだったからな、六時くらいに家に上がらせてもらった」

 

「そんなに早かったんだ……手伝えなくてごめんね?」

 

「いいって、お宅のメイドさんたちが協力してくれたし」

 

 実際に尋ねたわけではないが、すずかは自室での騒動……寝惚けて俺に抱きついてきたことの記憶はすっかり飛んでいるようだった。

 

いくら長い付き合いといえど、寝顔を男に見られてすずかもいい気はしないだろう。

 

忘れているのなら、わざわざ思い出させる必要もないと判断し、俺も黙ったままであった。

 

「わたしも手伝いたかったのにな」

 

「そう思ってくれるだけで充分だ。飯、冷える前に食えよ。俺は手伝えることないかノエルさんに訊いてくる」

 

「うん、わかった。せっかく徹さんが作ってくれたんだもんね、美味しいうちにいただきます。あと……い、いってらっしゃい……」

 

「はは、行くっつったって屋敷内のどこかにはいるんだけどな。くく、行ってきます」

 

「わ、笑わないでよ……」

 

 チラ見しながらおずおずとすずかが言ってきて、俺はそれに笑いを我慢しつつ返す。

 

 すずかが箸を伸ばしている朝食は、俺がちゃかちゃかっと作ったものである。

 

作っておいた鰹節を利かせた味噌汁と、鰆の塩焼きとご飯。

 

小皿に海苔とたくあんを乗せただけの簡素な朝食だが、すずかは喜んでくれていたので助かった。

 

「あら、徹様。いかがなさいましたか?」

 

 ダイニングを出てノエルさんを探し歩くが、すぐに目当ての人物に行き当たる。

 

 ノエルさんは廊下を音も立てずに歩きながら、俺がさっきまでいたダイニングの方向へと足を向けていた。

 

ノエルさんは、起きているのか寝ているのか定かではない幽鬼のような状態の忍らしきものを右手に繋ぎ止めている。

 

なんでも、忍は朝が弱いにも(かかわ)らず、無謀にも夜遅くまで起きていたらしい。

 

 一応半死半生とはいえ主人の手前、ノエルさんの俺の呼び方には『様』がついていた。

 

「すずかを起こしてくるように、っていう仕事は果たしたから次は何をすればいいかなって」

 

 ノエルさんに、ついでにすずかには朝飯も摂らせていると付け加えて報告をした。

 

「朝食の支度まで、ありがとうございます。もうゆっくりして頂いても構いませんよ? 既に色々とお手を(わずら)わせてしまっていますが、徹様は本来客人の立場なのですから……」

 

「いいって、客がどうとかそういうものはさ。俺は自分の仕事をノエルさんにも手伝わせちゃったんだし、次は俺が手伝う番だ。新米執事に指導するつもりでなんでも言ってくれていいよ」

 

「そう言って頂けるのはとても嬉しいです。頼りになりますね、徹様が月村の屋敷に永久就職してくださるなんて……」

 

「違う、違う違う違う、違うよ、ノエルさん。新米執事に指導するつもりで、っていうのはそういう心構えで接してねってだけで、俺が執事を目指してるとかそういうことじゃないから」

 

 そうなのですか? 残念です、とノエルさんは上品にころころと笑った。

 

 ノエルさん一流のジョークなのかなとも思ったのだが、声のトーンや視線から若干本気の色が窺えたので、あながち百パーセント冗談というわけでもなさそうだ。

 

「それでは玄関の掃除をお願いしてもよろしいですか? すずか様のご友人がお早めに来られましたら、部屋の方へと案内もお願いします。忍様のご友人方へは私が屋敷の車でお迎えする手筈となっておりますので、そちらはお任せください」

 

「玄関の掃除ね、了解」

 

 すずかを起こしに行くという任務を受領した時と同様に、月村邸のメイド長へと敬礼をし、玄関へと向かおうとしたが、聞き流せないセリフがくっついていた。

 

 もちろん掃除云々のくだりではない、ご友人方へは車で迎えに行くという部分だ。

 

「って、ちょ、なにそれ。俺は忍からそんな話一切聞いてないんだけど」

 

「お伝えしようとしたのですが、忍様が『徹ならどうせ、昼食やデザートの仕込みとかで早く来るだろうから伝える必要はないわ』と申されましたので」

 

「くそ、忍め! 俺のことをよく理解してやがる! ……ノエルさん声真似上手いね」

 

「お褒めの言葉ありがとうございます」

 

 優秀なメイドさんはあらゆる分野に精通しておかねばならないのか、忍そっくりの声真似という一発芸を披露してくれた。

 

顔の角度や目線の運び方、抑揚をつけるポイントまで押さえた素晴らしい物真似である。

 

主人の物真似を従者がするのってどうなんだろう? とも気に掛かったが、完成度が予想以上に高かったでそんな些細な問題どうだっていい。

 

 ノエルさんの隠された一芸に全部持って行かれたので、忍への憤りなども吹っ飛んでしまった。

 

もともと俺の扱いに対してはいつものことなので、そこまで怒りを覚えていたわけではないが、欠片ほどの悪感情も全て取り除かれてしまった。

 

 主人へと向けられるネガティブなイメージを逸らす、ここまでがノエルさんの配慮なのだとしたら、この人の気遣いスキルは高すぎる。

 

ここまで出来ないとメイドになれないのだとしたら、俺はきっとなれないな。元から俺にメイドは無理だけども。

 

「あぇ……徹……。ぉはよう、やっぱり早くから来てたのね……」

 

「ああ、お前の意に違わずにな。あとおはよう。お前、なんで夜更かしなんかしたんだよ」

 

「…………うぅっ」

 

 俺の声で夢から現実のほうへと針が揺れたらしく、やっと忍が声を発した。

 

 九時を回っているのにお前はなぜこんな状態なのかと詰問すると忍は、ぐすん、と涙ぐんだ。

 

ノエルさんに目を向けるも彼女は苦笑いを浮かべるばかり。

 

気乗りしないが、仕方がないので俺が事情を聞くことにした。

 

 えぐえぐと喉を詰まらせながら忍が説明する。

 

忍曰く、俺とアーケード街に行って、喫茶店にも寄って帰宅した昨日の夜、すずかに話しかけたら素っ気ない対応をされたらしい。

 

二度目にはおざなりな接し方をされ、三度目にはとうとう無視されたのだとか。

 

そのことがショックで、すずかにとうとう反抗期が到来したのかと悲嘆し、自分を見る冷たい目が頭をぐるぐると回り、寝るに寝られなかったとのこと。

 

 背中からから黒いもやもやを出していたので、どうせすずか絡みだろうと、俺は見当がついていた。

 

忍がここまでへこたれた姿を見せる時は恭也と(いさか)いがあったか、そうでなければすずかと口喧嘩でもしたかのどちらかである。

 

 全く、そろそろ忍は妹離れすべきではないのだろうか。

 

姉離れできていない俺はあまり強く言えないが。

 

 しかし、すずかが忍に対してそんなぶしつけな態度を取るというのも珍しい。

 

シスコンな忍がすずかを猫可愛がりして溺愛しているのは論を俟たないし、すずかも忍には親愛の情や尊敬の念を抱いていたはずである。

 

 なぜ急にすずかの振る舞いが変化したのだろうと考えを詰めていくと、一つ思い当たった。

 

 すずかは昨日アーケード街で俺と忍を見たと言っていた。

 

忍は恭也と付き合っている(とまでは明言出来ないもののそれに準ずるレベルで仲良くしている)はずなのに、俺とデート(ではないものの傍から見た場合それっぽく見える行為)をしているのを目撃し、すずかは『もしかして姉は二股でもかけているのでは』と思ったのではなかろうか。

 

 なるほど、これなら辻褄が合う。

 

 二人の男に粉をかける悪女……まんざら間違っていると言い切れない気もするが、すずかはそうと勘違いして姉に失望し、すげなく接したのだろう。

 

 そして答えがこれで合っているのであれば、問題はもう解かれている。

 

すずかにはもうダイニングで誤解を解いているのだ。

 

思い違いであったのだから、すずかがこれ以上忍に冷たくあたる理由はない。

 

 という俺の推論を忍に説いた。

 

「あんたのせいじゃないのっ!」

 

 忍は俺の胸郭のど真ん中へと掌底を繰り出した。

 

胸を貫かんばかりの一撃に、くぐもった息が俺の口から漏れる。

 

 きっと、すずかに勘違いされたのは俺のせいだと言いたかったのだろう。

 

 なんてやつだ、せっかく教えてやったというに。

 

「でもあんたのおかげっ! ありがとうっ!」

 

 忍は掌底を繰り出した右手をすぐさま引っ込めたので、第二撃が間髪入れずに押し寄せるのかと恐れ戦いたが、忍はノエルさんの右手から離した左手も使って俺の身体を抱き締めた。

 

このまま鯖折りへと移行するのかと危惧した俺の喉からは細い悲鳴がこぼれる。

 

 きっと、勘違いされたのは俺のせいだけど、俺の釈明のおかげですずかとまた仲良くできると言いたかったのだろう。

 

 なんだこいつ、情緒不安定か。

 

 鋭い痛撃と柔らかな感謝の落差が激しすぎて、俺の身体はまるでついていけていなかった。

 

「すずかとお喋りしてくるわ!」

 

 さっきまでの気落ちが嘘のように元気さを取り戻した忍は、ここまで引っ張ってきてくれたノエルさんと、サンドバッグにした俺を置き去りにダイニングへとダッシュした。

 

 鬼が走り去ったことで気が抜けた俺は、床へと膝から崩れ落ちた。

 

 忍はお淑やかとは程遠い作法でダイニングの扉を開け放ち、行儀が良いとはお世辞にも言えない音を打ち鳴らしながら扉を閉める。

 

その様子を遠目に眺めていたノエルさんは顔をこちらに向け、俺に声をかけた。

 

「徹君……少しお休みになりますか?」

 

「いや……ちょっとだけ息を整えたらすぐ仕事に入るよ」

 

 ノエルさんは俺の身を案じて歩み寄り、立たせるために肩まで貸してくれた。

 

 ふわりとしていてボリュームのあるメイド服では分かり辛いが、ノエルさんの肩は薄く、か細い。

 

なのに俺をすんなりと立ち上がらせることができるというのは、筋肉の使い方の巧みさか、身体運びの妙なのか。

 

とりあえずいいにおいがしたことは確かであった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 玄関で掃き掃除。

 

といっても日頃から念入りに清掃されているらしく、ゴミというゴミも、汚れという汚れもたいしてありはしなかった。

 

 本日も快晴、風も弱く、太陽の暖かな光が差し込み非常にのどかである。

 

こんな気持ちのいい日には、目の前に広がる庭にでも寝転がってお昼寝と洒落込みたいところだが、お仕事を引き受けた以上ほっぽり出すことはできないし、なにより現在時刻は九時半、お昼寝にはあまりにも早すぎる。

 

 かすかに出てきた木の葉などのゴミをポリ袋に入れて端に置き、掃除道具もしまって玄関の段差に座り込む。

 

 天を見上げれば、深く青い空に白い雲。

 

最近はとんと忙しくて空を仰ぐなんて全然していなかった。

 

前までは時間が空けば昼ともなく夜ともなく眺めていたはずなのに。

 

 極端な刺激なんてなくたっていい、単調でも平和な毎日が続けばそれでいい。

 

隣りには親友がいて、周りには仲の良い友達がいて、だらだらとした取り留めのない話をして笑い合う。

 

そんな日常に満足していたはずなのに、なんて危険で物騒な事象に足を踏み入れているのだろう。

 

 なのはが心配で、ユーノの健気な努力に感化されて、今でこそ済し崩し的に手伝ってはいるが、よく考えればずいぶん俺らしくないことをしているものである。

 

後悔はしていない、それこそ判断を間違えたなどとは毛頭思いはしないが、目的を見失っているような、漠然とした焦燥感が胸の内に燻っていた。

 

 空に広がる青と白のコントラストを仰視しながら曖昧模糊とした考え事をしていると、遠くで車のエンジン音が聞こえた。

 

時間も時間だしノエルさんが恭也や鷹島さんたちを迎えに行くのかと思ったが、エンジン音は遠くからこちらへ近づいてくるようだ。

 

 音の発信源へと辿れば、一台の車影が見えた。

 

黒く輝き、車体は長い。

 

見覚えのある車、鮫島さんが操縦するバニングス家の送迎車だ。

 

 であれば、乗車しているだろう人間はアリサちゃんと予想されるが、俺が言うのもなんだがなんとも早い時間に来たものである。

 

 玄関近くでごく緩やかに停車し、扉が開いた。

 

 車から飛び降りたのは予想通り、鮮やかな黄金色の髪をたなびかせる少女、アリサちゃんだった。

 

だが予想に反し、その後ろに続く影があった。

 

ブラウンの髪を頭の両側で結った少女、なのはだ。

 

まさかなのはまで一緒に来ているとは考えていなかった。

 

てっきり恭也と一緒に来るものとばかり思っていたのだ。

 

 車から降り、俺へと一直線に歩みを進めるアリサちゃんの表情はどこか険しい。

 

麗しい面貌は固くなっている。

 

眉間にはしわが寄り、色素の薄い唇は真一文字に結われていた。

 

「アリサちゃん、おはよう。早かっ……」

 

「徹っ! すずかの言っていたことは本当なの?!」

 

「な、なに、どうしたんだ?」

 

 アリサちゃんは到着早々、座ったままの俺のシャツを握り、ともすれば半ば胸ぐらを掴むような勢いで詰め寄ってきた。

 

頭の左右でちょみん、と結ばれている金髪はアリサちゃんの心中とリンクしているのか、小刻みに震えながら上を向いている。

 

「あ、アリサちゃん、冷静に……。徹お兄ちゃんもなんの話かわからないよ……」

 

「なのはもおはよう。早かったんだな」

 

「あ、うん。徹お兄ちゃん、おはよう」

 

 アリサちゃんの後方でなのはが慌てるように忙しなく両手を動かしていた。

 

 なのはの言葉を受けて、徐々にアリサちゃんの勢いは落ち着いてきたが、シャツを握る手だけはそのままである。

 

「だからっ、あの、えっと……」

 

 最初こそ気炎を吐いていたアリサちゃんの口は、最後にはもごもごと不明瞭な音を刻んでいた。

 

射抜くように真っ直ぐと向けられていた視線はだんだんと下がり、頬にはかすかに朱が差される。

 

 要領を得ないアリサちゃんの問いかけだが、いつも忌憚なく喋る彼女らしからぬ様子に、このまま追及することはできなかった。

 

なにを言おうとしているのか必ずしも訊かなければならないわけではない、俺が察すればいいだけである。

 

 というか、だいたいの目星はついていた。

 

「俺は、忍と、付き合ってなどいない。これが聞きたかったんだろ?」

 

「よ、よかっ……じゃないわよっ!じゃあなんで昨日……」

 

「そのあたりのことはもうすずかに説明したから、詳しいことはすずかから聞いてくれ」

 

「なんだかすごく雑に扱われている気がするわ……」

 

「ほら、やっぱり付き合ってなかったでしょ? 恭也お兄ちゃんに聞いたら、『それくらいよくあることだ』って言ってたもん」

 

 自分は成り行きを知っていた、という風に言ってのけるなのはだが、言葉と態度がまるでちぐはぐだった。

 

 落ち着きを取り戻したアリサちゃんは二歩ほど下がり、遅まきながらも『……おはよう』と挨拶する。

 

二度目になるが俺もそれに『おはよう』と返した。

 

 おそらくすずかがアリサちゃんとなのはに連絡をしたのだろう。

 

昨日の夜にもメールかなにかでやり取りしていたようだったし、朝食の席で俺の弁解を聞いて、それを二人に伝えたというところか。

 

 まさかその連絡を受けて、わざわざ早くに来たのだろうか? もしそうなのだとしたらご苦労様ですとしか言いようがないが。

 

「おはようございます、徹くん」

 

「おはよう、鮫島さん。火曜日のことはみんなを送ってくれてありがとう。助かったよ」

 

 鮫島さんが運転席から降りてこちらへと歩いてきた。

 

 俺は即座に玄関前の段差から立ち上がって挨拶する。

 

 四日前にあった自然公園での一悶着の時、女子バスケ部の四人を送り届けてもらった時の礼を、ずっと直接に言いたかったのだ。

 

「いえいえ、お役に立てたのであれば光栄です。お礼を楽しみに待っていますよ」

 

「任せといて。またいずれお邪魔するからさ」

 

 互いに拳をこつんとぶつけ、鮫島さんはそれではこれで、と締めくくると車に戻り、月村家の敷地を出ていった。

 

ぶつけた俺の拳にはいつのまにか、なのはとアリサちゃんの勉強道具が詰まっているであろうバックを握らされている。

 

どうやって俺に持たせたんですか、マジシャンですか、鮫島さん。

 

「ほんと徹は鮫島と仲良いわね。なんか態度まで違うし」

 

「年長者には敬意を表すものだろう? しかも武術の先輩でもあるからな、そりゃ態度も変わるというものだ」

 

「徹お兄ちゃんは年上の人と話す時は感じちがうよね、なんだかかわいいの」

 

「ほぉ……なのはが俺をイジるのか、なるほどな。へぇ……」

 

「にゃあっ! ちがうの、そういうことじゃないの! 怖い目しないで!」

 

「な、なのは怯えすぎでしょ……。徹、あんたなのはにいつもなにしてるのよ。アヤシイことしてるんじゃないでしょうね……」

 

「してないよ、アリサちゃん。ほら玄関で立ち話ってのもあれだし、部屋までご案内しますよ、お嬢様方」

 

「徹お兄ちゃんっ、冗談だったんだからね?! あとになってお返しとかやめてね?!」

 

「なのはが母犬に見捨てられた子犬みたいになってるわよ?! ちょっと徹! あんたなのはになにしてんのよ!」

 

「さぁお嬢様方、こちらです」

 

 にゃあにゃあきゃんきゃんと鳴く少女二人を見るのは存外に楽しいのでそのまま流しつつ、俺は左手にお嬢様二人のバッグを持ちながら、右手で玄関の大扉を開く。

 

 二人は両側から俺の服を引っ張って文句を言いながらも中へ入った。

 

 俺はノエルさんからの(ことづ)け通り、客人を部屋へ案内するため先導するが、アリサちゃんもなのはもまだ言いたいことは残っているらしく、服を掴んだまま離そうとしない。

 

それだけに留まらず、気になることは先に解決したいようで足すら動かそうとしてくれない。

 

仕様がないので二人を引っ張りながら無理くり進む。

 

「徹お兄ちゃん! ねぇっ! ねえってば! 許して? ねっ?」

 

「徹! こら、こっち見なさいよ、徹!」

 

 女の子二人分の重力を踏みしめながら、今日の勉強会で用意してもらった部屋まで歩みを進めた。




話が進まない。
どうやったらテンポよく進ませることができるのでしょう。
いや、無駄な部分を切らない僕の悪癖のせいなんですけども。

勉強会当日に入って二話使っているのに勉強会が始まらないとはこれいかに。
急ぎたいのは山々なんです、本当なんです。

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