そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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ここのリニスさんは主人公の熱弁(第二章15)により、耳と尻尾を隠しておりません。あしからず。

前回の後書きかなにかで今回は短くなる予定、とかなんとか書いた覚えがありますが、なぜか前回よりも長くなりました。
なぜでしょうかね。


幕間~各々の諸事情~

 時の庭園は、動力炉が備えられた次元航行可能な巨大建造物である。

 

壮麗な建物の中は意匠を凝らした装飾が為されているが、頻繁に使われる部屋以外は明かりすら灯されておらず、広大な敷地がかえって寒々しかった。

 

多くの部屋があるがそこには一切の生活感がなく、廊下は静まり返り、耳が痛くなるほどである。

 

 今現在、時の庭園には二人しかいない。

 

かように巨大な建築物であるにもかかわらず、魔導師とその使い魔のたった二人しかいなかった。

 

「……そう、もう来てしまったのね。フェイトたちに怪我は?」

 

 その二人のうちの一人にして巨大建造物の主、プレシア・テスタロッサは執務机の天板を覆い尽くさんばかりの書類に向かいながら、傍らに(はべ)る自身の使い魔、リニスへ問いかける。

 

「怪我はありません。一時は拘束されたらしいですが、徹が助けてくれた、とのことです」

 

「前にアルフが言っていた、あなたが裸に剥いたという少年ね。その子には敵味方という概念がないのかしら」

 

「その少年で間違いないですが、わざわざ『裸に剥いた』という話を持ち出す必要はありませんでしたよね?」

 

 鋭く細められたリニスの眼光を、しかしプレシアはなんてことはないと言わんばかりに気にもせず、書類にペンを走らせる。

 

机の上が紙でいっぱいなのでサイドテーブルへと追いやられた紅茶を一口飲み、プレシアは口を開いた。

 

「ジュエルシードは……今いくつあったかしら」

 

 抗議の視線を流されてリニスは小さく唸りながら尻尾を垂らすが、やがて小さくため息をつき、プレシアに答える。

 

「二つ、ですね」

 

「二つ……とてもじゃないけど足りないわね」

 

「……本当に実行に移すのですか、プレシア。まだなにか手があるのでは……」

 

「――っ!」

 

 リニスの控えめなボリュームで発せられた言葉に、寸時、部屋の空気が凍る。

 

狂気が込められた爆弾が爆発する前の静寂のように感じられたが、プレシアの声音は、波長としては落ち着き払ったものだった。

 

「……これまで調べてきて、他に使えそうな情報はなかったでしょう。期待できそうな手は尽くした……尽くし切った。もう、残されていないわ」

 

 リニスの苦言に、プレシアは手元に雑然と置かれている書類のうちの一枚をくしゃり、と音を立てて握り潰したが、それ以上激情が周囲にぶつけられることはなかった。

 

プレシアは眉間に深く皺を刻むものの、自分の頭を冷やすように数秒の間固く目を(つぶ)り、先までと変わらぬ口調で諭すように言う。

 

「しかし、そうなると……」

 

「いくつも予想はしていたでしょう。その予想の一つを一つを引いた、それだけよ。予想通りと言ってもいいわ」

 

 リニスはあくまでも食い下がった。

 

だがプレシアは、今回は感情の起伏も見せずに、握り締めてくしゃくしゃにしてしまった紙のしわを取るように伸ばしながら、素っ気なく返す。

 

 導火線に着火された火が積み上げられた火薬へと近づいていくようなぴりぴりとした緊迫感が、二人しかいないうら寂しい部屋に流れる。

 

「ええ、そうですね。いくつも考えていた内の最悪に近いシナリオに入ってしまったこと以外は概ね予想通りですね」

 

「いやにしつこいわね。そんなに気に食わないの?」

 

「っ! 当たり前でしょう!」

 

 他人事のようなプレシアの言い様に、とうとうリニスは語気を荒げて(まく)し立てる。

 

「このままでは全員で幸せになるという結末には辿りつけない! すべてのシチュエーションを想定したのはあなたなのですから、当然覚えているでしょう!」

 

「はあ……わかっているわよ。そもそも、魔法の存在が確認されていない第九十七管理外世界で収集の邪魔が入った時点で、最善の道筋からは狂い始めていたじゃない」

 

 激語を吐くリニスに、プレシアは相変わらず一瞥することすらなく、目線を机の上に向ける。

 

それが今できる唯一の行動と、言外に示すかのようだった。

 

 プレシアにも、このままではみんなで笑って暮らすような生活に戻れないということは痛いほどにわかっている。

 

それでも、(おの)が信念に基づき歩みを進めるのが、プレシア・テスタロッサという女性であった。

 

「私もあらゆる可能性ごとに組み上げられた行動指針案は、全部くまなく目を通したのですからわかってますよ! だから、今回はロストロギアを……ジュエルシードを諦めて、次の機会を(うかが)ってみるのもいいのではと!」

 

「今回を逃せば、リニスの言う『次』がいつくるかわからないわ。もう……何年も待たせてしまった。あの子(・・・)をこれ以上待たせることはできない、引き延ばすことはできないわ。時空管理局が介入してきたその瞬間に、私たちにとっての最良の結末は失われているのよ。かといって、後ろに道が残されているわけでもない。それなら突き進むほかにないじゃない」

 

 プレシアの言葉は感情的に荒げられたものではない。

 

だからこそ、内側に押し込められた想いは……覚悟は密度を増し、一寸のぶれもなくリニスに伝わる。

 

リニスは下唇を噛み締め、俯いた。

 

プレシアの語調は穏やかだったが、内心の乱れが身体の末端に如実に現れていた。

 

ペンを持つプレシアの手は震え、ペン先は小刻みに揺れ、紙に字を書ける状態ではなくなっている。

 

目の前に置かれている難解な文章が羅列された書類も、長い時間同じ位置から動いていない。

 

いまだに目を通していない証左であった。

 

「リニス、あなたの意思は汲むわ。どうしてもやりたくないというのなら、手伝わなくてもいい。私一人でやるから」

 

 プレシアは使わなくなったペンを置き、黙り込んでしまったリニスに告げる。

 

かすかに微笑みまで(たた)えながら、プレシアはリニスへ目を合わせた。

 

 プレシアの申し出にリニスは小さく首を振り、深く息を吸って口を開く。

 

リニスの尾骨から伸びる薄茶色の触り心地の良さそうな尻尾は、まっすぐ天を仰いでいた。

 

「一緒にどこまでも行きますよ。私は、あなたの使い魔なのですから」

 

「そう、……………(・・・・・)。なら報告を続けなさい。話がだいぶ逸れてしまったわ」

 

 リニスの心からの言葉を受け、プレシアはそれに短く返事し、ぷいっと使い魔から目線を外して机に戻す。

 

手元から一番近い書類を取り、リニスに続きを促した。

 

 命令されたリニスはプレシアの返答に一度大きく目を見開き、頭の上の耳をぴょこぴょこと動かして喜色満面とした表情を浮かべる。

 

 部屋の空気に、かすかに柔らかさが帯びた。

 

「ジュエルシードについての報告の途中でしたね。今こちらにあるのは二つ、徹たちに五つあり、残りは十四つです」

 

「なるべくなら多いほうがいいけど……最低でも半分は欲しいところね」

 

「九十七管理外世界、地球の海鳴市近辺にあるとは思いますが、正確な場所までは掴んでいません」

 

「そう、そのあたりは仕方ないわね。フェイトには回収を急ぐように強く(・・)言っておいてくれるかしら」

 

「はい、わかりました」

 

 小さいフォントで印字されているものや、ところどころにグラフが挿入されている書類に目を通し、机の端の邪魔にならない狭いスペースにねじ込むが如く、読み終わった紙を重ねて置く。

 

プレシアは左手にまた別の書類を取り、右手ですでに冷めている紅茶を口に運ぶ。

 

 プレシアはリニスに次の報告をするように言いかけるが、気にかかることに思い当たり急遽言葉を変える。

 

「時空管理局に拘束されたって言ってたわね。どうやって逃げたのかしら。現地で助けてくれた少年も捕まってたのではないの?」

 

「いえ、アルフによると、拘束魔法にかけられたのはフェイトと、現地の茶色い髪をした少女だけだとか。突如結界を貫いて割り込んできた管理局の執務官にバインドをかけられ、執務官が口上を述べようとしていたところに徹が殴り込み、距離が開いた時に少女とフェイトのバインドを破壊。そこから徹は執務官と戦闘になり、アルフとフェイトはその隙に戦闘領域から離脱したそうです」

 

「管理局の執務官に殴り込む……無茶苦茶な子ね。そんなに乱暴な子なの? ケーキを差し入れしてくれた人と同一人物だとは思えない荒っぽさだわ」

 

 プレシアの質問に、リニスは視線を逸らして苦笑いを浮かべる。

 

「いえ、徹は口調や外見こそ粗暴な感じはありますが、中身は真面目で礼儀正しく、心優しい少年です」

 

 リニスは徹の印象を悪くしないようフォローし、続ける。

 

「えっと、それがですね……どうやらフェイトとアルフが逃げるための時間を稼いでくれたんじゃないか、と」

 

「……え、どういうことかしら。もう少し説明を加えなさい、さっぱりだわ」

 

「確信はないらしいのでアルフの言も曖昧だったのですが、茶髪の少女とフェイトのバインドを破壊して……」

 

「正直そこもわからないのよ。執務官がかけた拘束魔法ではないの? なぜ簡単に壊したみたいな扱いで話を進めるのよ。以前の報告で、最近魔法を憶えたばかりと言ってなかった? 私の記憶違いかしら?」

 

「魔法を知って日が浅いはずだったんですけどね、なぜでしょう。そのあたり私も言及したのですが……アルフもフェイトも、三秒とかからず握り潰すように破壊した、としか」

 

「素人という触れ込みはなんだったのよ……。いいわ、話の続きを」

 

 新たな心配事が降って湧いたおかげで苛まれる頭痛に、プレシアは顔をしかめた。

 

これ以上シナリオに支障をきたしては管理が困難になると憂いたのだ。

 

 リニスは首肯し、続けた。

 

「少女とフェイトのバインドを破壊して自由にした時に、徹は執務官に見られないよう背中に手を回して撤退するように指示を送ってきたそうです」

 

「なぜ彼がそんなことをする必要があるの?」

 

「徹のことですから、おそらく気を回したのだと思います。フェイトとアルフが管理局に捕まらないように」

 

「変わった少年ね、本当に。戦闘になってそこからどうなったのかしら」

 

「途中で離脱したので最後までは見れなかったらしいです。ただ、押されながらも懸命に食らいついていた、と言っていました」

 

「…………」

 

 プレシアはとうとう閉口し、深く考え込んだ。

 

 つい最近まで一般人だった人間が、気合や根性などの精神論でどうにかできるほど、時空管理局の執務官という相手は甘いものではないことを、ミッドチルダで生活していたプレシアは知っていた。

 

多岐に渡る専門知識に迅速な判断、指揮能力も必要になる上、戦闘能力も非常に高い水準を要求される。

 

そのため執務官になるための試験はめったやたらに難易度が高く設定されており、合格率は二割を割り込むほど狭き門なのだ。

 

 だからこそプレシアは得心がゆかなかった。

 

日夜知識を蓄え、技術を磨く執務官相手に素人上がりが善戦するなど、常識で考えれば到底不可能だ。

 

執務官との実力の差は、生半可な努力や諦めない心なんかで覆るほど、浅いものではない。

 

世界は、弱者に優しくできていないのだ。

 

 もしかするとなにか稀少技能(レアスキル)でも持っているのかもしれない、とプレシアは考量するが、結局情報不足の現状では憶測の域を出ないと判断し、そこで考察を切った。

 

「情勢の変化はそれで以上かしら」

 

「そうですね、これより踏み入った情報はまだ得られていないようです」

 

「わかったわ。また何か入れば報告しなさい。その都度調整していくわ」

 

 確認し終わった書類を、再度机の端に束ねる。

 

 次の作業に移ろうとした時、こんこんとプレシアが咳き込んだ。

 

駆け寄ろうとしたリニスをプレシアは、大丈夫だから、と掌を突き出して止める。

 

「プレシア、少し休んだほうがいいのではありませんか? 顔色もよくありません」

 

「時間がないのよ、多少無理を押してでもやらなきゃいけないわ」

 

 プレシアの容体を心配したリニスが進言するが、聞く耳を持とうとはしなかった。

 

この話は終わりと言いたげにサイドテーブルを右手の人差し指でかつかつ、と叩き、リニスに飲み物のお代わりを要求する。

 

そんな(かたく)なな姿勢にリニスは無言で頷き、鈍く銀色に光るトレイに磁器製のティーカップとソーサーを乗せて、部屋を出るため扉に手を掛けた。

 

 プレシアは使い魔の背中と垂れた尻尾を見やり、言葉を投げかける。

 

「リニス、フェイトとアルフに指示を出しておいて。内容は言わなくてもわかるわね?」

 

 リニスは扉の取っ手を握ったまま、振り返らずに答える。

 

真摯に――誠意を言の葉に籠めて、答える。

 

「わかっていますよ……。プレシアがその道を選ぶのなら、私はあなたに従い、あなたの一歩後ろをついていきます。どこまでも、ついていきます。ただ、ただできることなら……」

 

 ――後悔しない、明るく幸せな未来へ続く道を歩んでほしいです――

 

 リニスが残した囁くような声は、静寂に呑み込まれた。

 

 扉が小さく軋み声をあげて開き、そして閉じる。

 

部屋に残されたのは、主一人だけ。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「リニスから連絡きてたの?」

 

「うん、ついさっき聞き終わったところだよ。すぐご飯作るからね……って、またそんな恰好で……」

 

 海鳴市中心部からは少し距離があるものの、駅からはほど近く、セキュリティは万全で清潔感を感じさせる大きなマンション。

 

その最上階である十二階の一室に、(まばゆ)い光を放つ金色髪の少女、フェイト・テスタロッサと、橙色の髪を腰まで伸ばしているフェイトの使い魔、アルフはいた。

 

 玄関前の廊下と、リビングダイニングを隔てる扉が開き、フェイトが現れる。

 

風呂上がりらしいフェイトは頬を上気させ、下ろされた長い金髪の毛先から雫を滴らせていた。

 

ほぼ肩にかけているだけの大判のバスタオル以外に、少女の起伏の乏しい肢体を覆う布はない。

 

 台所に立っていたアルフが、もたつきながら髪の水気を取ろうとしているフェイトに近付き、タオルを奪い取って代わりに拭く。

 

フェイトとアルフは、主とその使い魔という主従関係だが、目を瞑ってされるがままになっている主人と、小言を言いながらも世話を焼く従者という光景は、まるで親子のようだった。

 

「りにゅっ、りにゅしゅはにゃんていってたにゃ?」

 

「にゃにゃ? なんだにゃ?」

 

「ばしゅ、バスタオルちょっと置いて、喋れないからっ」

 

「あははっ、ごめんごめん」

 

 優しくも荒々しく、丁寧ながらも乱暴に髪を拭うアルフのせいで、ちゃんとした言語を発声できなかったフェイトがか細い腕で抵抗する。

 

従者は遊びまじりになりつつあった手を止め、慣れた様子で手際良く主人の長い金色の髪を頭の上部でまとめ上げ、髪から滴った水が床に落ちないように、近くの棚から新しい乾いたタオルを取り出してくるくると巻く。

 

次いでアルフは、チェストにしまう前の、畳んでおいたフェイトの服を引っ掴み、おかんさながらに手際よく着せた。

 

 季節は春で部屋の中とはいえ、いつまでも一糸まとわずふらふらしていると風邪をひいてしまう。

 

主の体調管理も使い魔の仕事の一つであった。

 

「で、にゃんだっけ?」

 

 パジャマとして使っている、黒を基調とした肌触りのいいシンプルなワンピースを着せ終わると、アルフがにやにやと意地の悪い顔を浮かべながら訊いた。

 

フェイトは風呂上がりとは別の赤みが差した頬を小さく膨らませる。

 

「リニスはなんて言ってたの?」

 

「ああ、時空管理局の態勢が整う前に急いでジュエルシードを収集するように、だってさ」

 

「まだたった二つしかないもんね……もっとがんばらなきゃ」

 

「あとリニスは、プレシアから違う仕事を頼まれたらしくて、しばらくこっちに合流できないってさ」

 

「そう、なんだ……」

 

 フェイトは弱々しく呟いたが、頭を振って、年相応に小さな手のひらをきゅっ、と固く結んで下がった視線を持ち直す。

 

「ううん、弱気はだめだよね。リニスには戦い方をたくさん教えてもらったんだから、私たちだけでジュエルシードを集めて、もう一人前なんだってところを見せなきゃ。母さんだって、私たちがジュエルシードを持って帰ってくるのを待ってるよね。早く集めなきゃ、管理局よりも早くっ」

 

 垂れていた頭を上げて、フェイトはアルフの目をまっすぐ見上げる。

 

つぶらな瞳にやる気の炎を(とも)らせ、内気なフェイトらしからぬ気炎を吐く。

 

「そうだね。早く集めて、またみんなで庭園に集まっていっぱい遊ぼう」

 

 子どもの成長を見届ける母親のような優しい表情をフェイトに向け、アルフはフローリングに膝をつけて抱き締める。

 

数秒ほどぎゅうぅっ、と熱い抱擁を交わしたのち、アルフは一歩分後ろに下がって立ち上がった。

 

「集めるにしてもまずは力をつけなきゃ、だね。すぐご飯作るから待っててよ」

 

 フェイトは首肯すると、ぺたぺたとフローリングを歩き、扉の前からカーペットが敷かれているリビングダイニングに移動して、キッチンから一番近いソファに華奢な身体を預ける。

 

 アルフは台所に戻り、調理の邪魔にならないようにオレンジ色の長い髪を後頭部の少し上で一本に束ね、晩御飯の用意に取り掛かった。

 

「徹……大丈夫かな」

 

 ソファの向きとは逆、背もたれの上に肘を置いて座部に膝をつき、上半身を対面式キッチンへと向けるフェイトが心配そうに言った。

 

アルフは晩ご飯を作り続けながら、半ば励ますような語調で返す。

 

「大丈夫さ。徹は魔力こそあたしたちほど大きくはないけど、頭はいいからね。相変わらず無茶苦茶な戦法だけど」

 

「初めて手合わせした時と同じだった。相手が誰でも正面から突っ込むんだね。でも……管理局に真っ向から歯向かったら、ただじゃ済まないかもしれない……」

 

 アルフの言葉に最初こそ明るい表情をしていたフェイトだが、次第に影が混じる。

 

料理を進めていた手を一旦止め、アルフは無理矢理笑みを貼りつけてLD(リビングダイニング)にいるフェイトへと視線を投げかけた。

 

「だ、大丈夫だって、きっと切り抜けてるさ! 徹だって弱いわけじゃないんだから。フェイトだって見てたじゃないか、徹の人間離れした突進力を。それにあたしとやりあえるくらいに近接戦闘ができるんだ。並の魔導師くらいなら圧倒できるよ!」

 

「相手は並じゃないよ、執務官なんだから。相手を挑発するようなことを言って、私たちが逃げる隙と時間を稼いでくれたんだ……。徹、怪我してないといいけど……」

 

 んぐっ、と喉を詰まらせ、ふわふわと視線を彷徨(さまよ)わせてアルフは言葉を探す。

 

 時空管理局が戦場に干渉し、茶色の髪を両側で結った少女、なのはとフェイトが拘束された時、徹は一も二もなく攻めかかった。

 

彼我との間に距離を確保し、二人の少女の身体を縛るバインドを破砕したところで、本来であれば逃亡してもよかったはずなのだ。

 

なのにそうせず、どころか少年の性格を鑑みれば似つかわしくないほどに乱暴で剣呑な言い様で煽りすらして、注意を引きつけ、敵意を引き寄せた。

 

自分より遥かに格上の相手に舌鋒鋭く非難して見せ、啖呵を切りながら、ジュエルシードを巡る敵であるはずのフェイトとアルフに後ろ手で撤退するよう指示をした。

 

そんなことをする理由は一つしかない、フェイトとアルフが捕まらないようにするためだ。

 

ジュエルシードこそ回収できなかったものの、そのおかげで二人は怪我なく、時空管理局に追跡されることもなく、無事に工場跡を離れることができて住処であるマンションに戻ることができた。

 

 いくら実力があるフェイトとアルフとはいえ、執務官を相手にすればどうなるかわからない。

 

浅くない傷だって負っていたかもしれないし、管理局の索敵に追われてマンションにも戻れなかったかもしれない。

 

だからこそ、二人は徹を身代わりのように、管理局を阻む壁のようにしてしまったことを気に病んでいた。

 

「と、徹は頭だけじゃなくて舌もよく回るから、きっとうまいこと言い(くる)めてなんとかやってるはずだよ! フェイトは知らないだろうけど、ジュエルシードが暴走した時はそれはもう、適性や能力がどうの、向き不向きがこうのって理屈っぽく並べ立てられて丸め込まれてさ。だから管理局が相手でも、なんやかんやとうまいこと言い繕ってるさ!」

 

 徹が目の前にいれば物言いが入ること間違いなしなほどに失礼なことを言うアルフだったが、彼女とて、気を揉んでいなかったわけではない。

 

フェイトと同様、もしくはそれ以上に彼の身を案じていた。

 

それでも明るく言ってのけるのは、徹がどういう人間かを理解しているからである。

 

 人が傷つくのは怖がるくせに、自分の血を流すことは全く思慮に含まない。

 

――心配してくれるのは嬉しいけど、悲しませることは本意じゃない――

 

きっと徹であれば、そんなふうに虚勢を張りながら顔を背けて(うそぶ)くだろう、とアルフは確信していたのだ。

 

 その気持ちはフェイトにも正しく伝わったようで、LED電球が使用されている照明の下で俯き、影に覆われていた顔を上げ、アルフに向き直る。

 

「そう、だよね。徹のことだから、大丈夫だよね」

 

「そうそう、またどうせ、筋が通っているのかいないのかよくわからない論理を、あたかも完全に正しいかのように胸を張って捲し立てて煙に巻いてるよ!」

 

「ちょっと言いすぎだよ、アルフ」

 

 アルフの軽口を注意するフェイトだが、注意する本人もくすくすと堪えるように笑っているので、そこに説得力はない。

 

それでもこの場に限っては、徹を(おとし)めるつもりではないという本心を互いに理解しているので、そもそも(たしな)める必要などなかった。

 

「徹には、今度会った時にお礼を言おう」

 

「うん、そうだね。逃げるのに協力してくれてありがとう、って一緒に言おうか。でも徹は助けたなんて認めないだろうね。絶対言うよ、自分のためにやったんだ、とかって」

 

「ふふ、言いそうだね。腕組んで目を逸らして、でも嬉しそうに口元を緩めるところまで想像できた」

 

『私も彼には礼を言いたいです。今回は挨拶することもできなかったので、ジュエルシード暴走時の恩も含めて』

 

 テーブルに置かれている、金色の台座に乗った三角形をしたインテリジェントデバイス、バルディッシュが、その身を点滅させながら唐突に音声を発した。

 

 フェイトはキッチンへ向けていた身体を、ばっ、と振り返らせ、自身のデバイスであるバルディッシュへと大きく見開かれた目を向ける。

 

予想外の方向からの言葉に、驚きの色が声に(にじ)む。

 

「バルディッシュがそんなこと言うのも珍しいね」

 

『そうですか?』

 

「ちょっと違うよ、フェイト。バルディッシュが喋ること自体珍しいんだ」

 

 片手にお玉を携えたアルフは料理の味見をしながら、オレンジ色のポニーテールを揺らして茶化すように言う。

 

『…………』

 

「ご、ごめんってば。あ、フェイト、料理できたから運ぶの手伝って」

 

 長い沈黙がバルディッシュの返答であった。

 

無言の圧力に屈したアルフは旗色が悪いと見て早々に謝り、そそくさと話を変える。

 

そんなやり取りを見ていたフェイトは、可憐な蕾が花開くように柔らかく微笑んで、アルフに短く返事をする。

 

 春と言えども、夜の(とばり)が下りれば花冷えの冷たい風が吹き、気温を下げるが、薄い窓ガラスを一枚隔てたフェイトたちの部屋は、暖かな空気に包まれていた。




全部書き終えて、いつも通り読み直して、そして気づいた。
フェイトノーパンじゃないか。
寝間着のワンピースを着させてから、なにも着させてなかった。
この後書きを読む前に気づき『ノーパンきた!』などと思った人は相当重篤なロリコンです。
そんな人は名乗り出なさい、ロリ要素鑑定士準一級の資格を授与します。
気づいたものの、これはこれで……と思ってしまった僕も、たぶん重症です。
フェイトの脱衣癖の力がここまで及ぶとは……これは抗えない、うん。

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