そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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虚無、空虚、伽藍堂

 リンディさんとの短い会話も終わった後は、自分たちの年齢や魔法の得手不得手など、自己紹介より少し踏み込んだ説明をしたり、時空管理局がどういう組織なのかを()(つま)んで教えてもらったりした。

 

彼女によれば時空管理局ではわりと若年者も採用されているらしく、なのはくらいの年齢の子も珍しくはあるがいることはいるそうだ。

 

目の前にいるクロノも相当若いのだから、さもありなんという印象でさほど何も思わなかった。

 

 そっちよりもクロノが現在十四歳で、俺とたった二つしか変わらないという事実にこそ驚愕した。

 

背も低く顔も幼いので、てっきりなのはと同じかちょっと上くらいだと踏んでいたのだ。

 

 なんにしろ、年齢は俺が上でも魔法についてはクロノのほうが圧倒的に先輩なので見下すつもりはない。

 

というよりも見下せない。

 

つい数十分前に白星を恭しく捧げたばかりなのだ、口ではからかいこそするものの少年のほうが実力は上という認識は常に持っている。

 

 ただ、まだ若いのにそれだけの技術を身につけていることにある種尊敬に近い感情まで抱いているが、クロノにそういう態度を見せるつもりは一切なかった。

 

年上としての小さな小さな最後の矜持(きょうじ)であった。

 

我ながら、なんと(わび)しく、またなんとみすぼらしいプライドだろう。

 

 一通り話も済んで携帯を確認すれば、時間は十九時を回っていた。

 

船の中なので外の様子を見ることはできないが、我らが地球の海鳴市ではすでに日が沈んでいることだろう。

 

 なのはをこんな時間まで拘束していては後日、厳密に言えば明日の学校で恭也にまた(・・)いびられる。

 

なので俺は不躾ながら『もう帰っていいですか』と申し出たが、しかしリンディさんは気にした様子もなく快く了承してくれた。

 

 正座から立位へと移行する。

 

俺は武道で、なのはは家が家なので正座には慣れていたが、ユーノは経験がなかったようで(それなら無理に正座しなくても、と思うところだが生真面目なユーノはなのはと俺に(なら)ったようだ)すぐには立てなかった。

 

 痺れた足を俺となのはにいじられながら、ユーノはまだ若干痺れを残す足をおして立ち上がり、脱いでいた靴を履いてクロノの誘導の下、出口の扉へ向かう。

 

「あ、徹君は残ってもらえるかしら。もうちょっとお喋りしましょう?」

 

 やっと帰れる、やっと湯船に浸かって温まれる、やっと布団にくるまり眠りにつける。

 

そう思っていた俺を、リンディさんは明るく軽快に扉をくぐるぎりぎりのタイミングで呼び止めた。

 

 ばっさりと切り捨てるように断って一目散に逃げるように帰路に着きたかったが、これから共闘することになる組織の、俺が会う人の中では最上位の役職のお方に居残りを命じられたのだから無碍(むげ)に拒否することもできない。

 

老獪(ろうかい)……もとい、怜悧(れいり)なこの人のことだ、断ったほうが面倒なことになるだろう。

 

そう自分の中で正当化させるように理由をこじつけて、彼女へ振り向く。

 

「はぁ……。わかりましたよ、なるべく手短にお願いします」

 

 嫌みったらしくため息をつき、応接室と呼ぶには広すぎる部屋を出て廊下で待ってくれていたなのはとユーノに向き直る。

 

「なのは、ユーノ、悪いが先に帰っててくれ。クロノ、二人を家まで送り届けてくれ」

 

「言われなくてもわかっている。最初からそうするつもりだった」

 

「そうかー、クロちゃんは優しいなー」

 

「次そんな呼び方をしたらスティンガーレイを零距離から腹に撃ち込む」

 

「風穴空くわ」

 

「むぅ……わかったの。おやすみなさい、徹お兄ちゃん」

 

「ごめんな、一緒に帰れなくて。おやすみ、なのは」

 

「そう、ですか……わかりました。なにかあればまた念話でもなんでもいいので連絡してくださいね」

 

「おう、了解。じゃあな」

 

『あまり無理をしないようにしてください、心配しますので。……マスターが』

 

「やだ、悪意のある倒置法。一瞬どきっとした俺の純情に謝れ」

 

 なのはもユーノも不服そうな表情をしていたが、相手が相手なので食い下がることなく承服してくれた。

 

 俺は一度廊下へ出てなのはとユーノ、ついでにクロノにも手を振って、姿が見えなくなってから応接室へ戻る。

 

空気が抜けるような音とともに扉が閉まったのを背中で感じながら、畳が敷かれている一角へ足を運んで履いたばかりの靴を脱いで上がり、リンディさんの正面に座る。

 

 緊張感で満ちていた先刻の話し合いと違う内容みたいなので、失礼、と一言挟み、足を崩して楽にした。

 

「なのはさんもユーノ君も、あなたのことをずいぶん頼りにしているのね」

 

「分不相応なほどに、ですけどね」

 

「立派にお兄さんをできてるわよ。あと無理に敬語を使わなくてもいいわ。お互いにリーダーなのだから。私もくだけた喋り方にしているし」

 

「かたや時空管理局の巡航船の艦長、かたや総勢三人のちっぽけなグループ。規模にかなりの差があるけど……そう言ってもらえるのならお言葉に甘えようかな」

 

「ええ、腹を割った話(・・・・・・)がしたいし、自分らしい喋り方で結構よ」

 

「……はぁ」

 

 目敏い人間には気づかれるだろうとは思っていた。

 

そして、気づくならこの人だろう、とも。

 

 いつかその点を突かれるとは覚悟していたが、まさか今日のうちに追及されるとは思っていなかった。

 

緊張感とはまた別の意味で気を使う事案だが、面倒事はさっさと片付けたいし俺も聞いておかなければいけないことがある。

 

この機会にある程度話して信頼を勝ち取り、こっちもあらかた尋ねて信用できる組織か判断の材料にさせてもらおう。

 

「今日じゃなくても良さそうなものなのに。俺が疲れているこの時を狙ってやっているというのならなかなかに策士だな」

 

「いやね、私が悪い人みたいじゃない」

 

「悪い人ではないかもしれないけど、ただ優しいだけでもないだろ?」

 

「ふふ、辛辣ね。でもそのあたりお互い様と思うけど? 徹君に守らなければならないものがあるのと同じように、私にも守らなきゃいけないものがある。それだけのことよ」

 

「まぁ……そりゃそうだけどさ。俺にとってはなのはとユーノ、リンディさんにとっては乗組員全員。リンディさんはその安全を守るために聞かなきゃいけないことがあって俺を残したんだろ?」

 

「理解が早くて助かるわ。といっても、急いて進めるのも興醒(きょうざ)めだし、お茶でも飲んでからにしましょうか」

 

「そんなに明るい話でもないんだから興醒めもなにもないだろうに……いや、もらうけどさ」

 

 リンディさんはぱちんと柏手(かしわで)を打つように手を鳴らし、お茶にしましょうと笑顔で提案してきた。

 

時間に余裕があるわけでもないが、これからまた話をするのに今のままでは集中力に欠ける。

 

休みを挟むのは俺にとっても好都合だったし、なによりもう一度お抹茶をいただきたかったという本心もあり、リンディさんの案を快諾した。

 

 リンディさんが茶筅で点てたお茶、二杯目を頂く。

 

質の良い品を使っているのか、それとも腕が良いのか、実においしいものである。

 

 目を細めて一息つきながら、煎茶などとも一味違う抹茶独特の旨みを味わっていると、リンディさんも自分のぶんを点てたようで碗を正面に置いているのが見えた。

 

が、次の瞬間目を見開くことになる。

 

 俺の位置からは見えないどこかにあらかじめ用意していたらしい、紅茶やコーヒーに使うようなミルクジャグをいそいそと取り出した。

 

同時に角砂糖が入っているシュガーポットと、角砂糖を取り出すためのシュガートングも備えられている。

 

「……なにしてんの?」

 

「え? ミルクとお砂糖を入れようとしてるだけよ?」

 

 呆然としながらも問いかけた俺にリンディさんは、見てわからないの? と言いたげに極めて自然に返答する。

 

俺の常識から外れすぎていて理解が及ばず、再度問う。

 

「な、なんで?」

 

「なんでって、苦くて飲みづらいんだもの」

 

「そんじゃなんで抹茶を点てたんだ……。そのまま飲めないのなら紅茶とかでもよかったんじゃ」

 

「この部屋の雰囲気で紅茶なんて味気ないじゃない。そぐわないわよ」

 

「……おいしいの?」

 

「おいしいわよ。飲んでみる?」

 

 たぽたぽ、と粘度の高い純白の液体と角砂糖二つが投入された抹茶(?)を、リンディさんからご丁寧に手渡しされてしまった。

 

鮮やかな緑をしていた抹茶はミルクと混じりあい、元の色より白みがかっている。

 

なぜか、ユーノの魔力色がこんな色だったな、などと思い出してしまっていた。

 

 こうして受け取ってしまった以上突き返すわけにもいかず、上司に無理矢理飲酒を強要された部下のような心境になりながら茶碗に口をつける。

 

どんな物であれいただいた物なので一口ぶんを含み、口内で転がしてしっかりと味わったのち、こくっ、と飲み下した。

 

意外なことに悪くない、悪くはないが……。

 

「どう? おいしいでしょっ?」

 

「たしかにおいしくはあるけど……完全に抹茶オレだな。しかも甘いやつ」

 

 きらきらと瞳を輝かせながらにじり寄ってきたリンディさんには大変言いづらいものだったが、ここは断言させてもらった。

 

変に気を使って相手に誤解させるのが一番悪いだろう、と熟慮を重ねた結果である。

 

 『外国の人は日本の抹茶とか、人によったら緑茶にも砂糖やミルクを入れるんやって』……以前、姉ちゃんとコーヒーを飲んでいる時、俺が黒い液体で満たされたティーカップに砂糖とミルクを注いでいるのを見て、姉ちゃんが言っていたのを今更ながら想起した。

 

なるほど、この人はそういうカテゴリの人なのか。

 

「あんまり評判よくないのよね、これ。おいしいのだけど」

 

「おいしいことはおいしいんだけどな、ただ抹茶ではなくなってる」

 

「でも部屋に合わせてお茶は飲みたいじゃない?」

 

「部屋に合わせちゃったのか……。それじゃ甘みと渋みのバランスがいい煎茶とか、甘みの強い玉露とか、香ばしい玄米茶とか他のお茶にしてみれば? どれか一つくらいは口に合うだろ」

 

「……え? お茶って……これのことじゃないの?」

 

「いやいや、たしかに抹茶もお茶の一つではあるけど、他にも種類はいっぱいあるぞ? 抹茶の苦みや旨みが好きって人は多いけど、苦手な人もわりといるし。抹茶は点てるのが手間だしな。作法無視すりゃそこまででもないけど。お茶っていうとさっき言った煎茶とかが一般的だ」

 

「そ、そうなの……私はてっきりお茶というのはこれだけだとばかり……」

 

 端正な顔を淡い桃色に染め、恥ずかしそうに頬に手を添えるリンディさんは、艦長とか提督とかそんなもの関係ない普通の女性のように見えた。

 

弁論を交わらせていた時に感じた黒い印象は影も見えない。

 

仕事がオフの時はのほほんとした感じの、気のいい人なのかもしれない。

 

「抹茶を知ってて、しかも作法や点て方まで修めているだけでも俺はびっくりしたけどな。またこの船に来る機会もあるだろうし、その時に茶葉を持ってくるわ。いくつか味見してみるといい」

 

「ありがとう、楽しみに待ってるわ。さて、一休みしたところでそろそろ本題に移ろうかしら。このままお喋りするのも楽しいけれど、それだと徹君がいつまでたっても帰れないものね」

 

「わかってるんならそうしてくれよ。こっちはもう眠いんだって」

 

 ふふ、と口元を手で覆って笑みをこぼす。

 

一頻(ひとしき)り笑い終えると、かすかに瞳に真剣さを滲ませてリンディさんは口を開いた。

 

「まずは……そうね。徹君はどうやってクロノの魔法を防いだのかしら? 映像ではなにもしていないように見えたのだけど」

 

 いくつか質問されるだろうと思っていた内の一つだ。

 

 あまり自分の武器となるカードを詳らかにしたくはないが、どうせもう敵対することはない。

 

時空管理局に楯突いたところで勝てる見込みなど一パーセントほどもないし、リンディさんと戦えば俺如きなどきっと三秒ともたずに沈められる。

 

その場合、俺の魔法の色云々など関係なしに突き破ることだろう。

 

教えても教えなくても結末が変わらないのであれば、信用を得るために俺の能力を開示したほうが拾えるものは多い。

 

そう結論づけて言葉を紡ぎ始める。

 

「べつに特別なことをしてたわけじゃない、ただ見えないってだけだから」

 

 口頭で説明してもいいのだが、どうせなら実際に体感してもらったほうが手っ取り早いし信憑性もあるだろう。

 

そう思い、障壁を展開して、リンディさんに手をつき出すようにジェスチャーする。

 

ゆるゆると手を伸ばすが、ある程度進んだところで透明な障壁に阻まれそれ以上伸ばせなくなった。

 

 指先には確かな感触がある、なのに目には見えない。

 

俺からすればすでに慣れた光景でなんらおかしなところはないのだが、リンディさんからすると不可思議な現象なのだろう。

 

目を大きく開いて固まっていた。

 

「魔法が見えない、そんなことがあるのね……」

 

「特殊な細工をしてるとかじゃなくて元からこうなんだ。ユーノ曰く、俺の魔力色は無色透明らしい」

 

「『魔力の色は術者の気質から表出する』なんていう論文が昔あったわ。矛盾するところも多くて妄説だなんて言われて叩かれていたけど私は好きだったのよ、そういうの。その論文を基にした時、徹君の魔力色はどういう診断をされるのかしら」

 

「さぁ? 色がない、なにもない……空っぽってことになるんじゃないか?」

 

 『魔力色は術者の気質から表出する』……たしかに面白い発想ではあるが、人間の気質なんてのはずっと一定に保たれるわけではない。

 

年を取ったり、あるいは人生の大きな転換(パラダイムシフト)を迎えれば、人間の魂は否応なく変質するだろう。

 

その学者さんの言を信用するとしたら、その度に魔力色は変わって、変わり続けることになる。

 

それは妄説と言われて糾弾や非難を浴びても仕方ないと言えよう。

 

 しかし、個人的に興味はある。

 

自分の周囲に当て嵌めてみると、案外合致している気もするのだ。

 

 たとえばなのはの色、桜色で考えてみる。

 

桜色、淡いピンクというと……柔らかさ、やさしさ、控えめな華やかさ、初々しくもここから始まる、そんなイメージ。

 

あつらえたようになのはにぴったりだ。

 

 フェイトやアルフ、ユーノも同じように、色彩と本人の性格が合う。

 

金色は、そう……存在感や特別感、黄色が輝くとも捉えられるので希望や夢といったところか。

 

橙色は……陽気で元気、暖かい、秋の紅葉も彷彿とさせるので落ち着いたイメージもある。

 

淡い緑色……安定や安心、自然を思い起こすところから癒し、淡いというところから成長や再生。

 

各人に対しては俺個人の勝手な印象でしかない上に、色のイメージも人によって受け取り方が違うのだが、それでもそれぞれに一致しているように思うのだ。

 

 そして、俺にはそれがない。

 

無色透明で『見えない』ということは『ない』と同義だ。

 

存在しない、虚無、空虚、伽藍堂のようになにもない。

 

なるほど、笑えるくらいに俺と噛み合っている。

 

「空っぽ……ねえ。私はそうは思わないわね」

 

 悲観的な思考に陥った俺を呼び戻したのは、ネガティブな考えを取り払うリンディさんの凛とした声だった。

 

柔和そのものといった顔で俺の目をまっすぐ見てきて、思わず息を呑んだ。

 

「他を受け入れるような包容力、包み込んで透明感を加えて輝かせるような感じ。あら、徹君にぴったりね」

 

 やっぱりあの論文は正しかったのかもしれないわ、とリンディさんは締めくくる。

 

 人によって色に対する感覚というものは違うものだとは思っていたが、こうまで差異があるとは想像していなかった。

 

「あぁ、それはいいな。その捉え方のほうが、ずっと前向きだ」

 

 結局は血液型占いとか手相占いと同じ。

 

誰にでもある程度当てはまることを、さもその人個人にしか適用されないように感じる……バーナム効果というものか。

 

色のイメージなんて、多少は誰にでも重なる部分がある。

 

俺の色の場合は特殊といえるが、それだって個々人の考え方次第でどうとでもなる。

 

『気質で決まる』たしかに面白い発想だが、結局は話の種程度であって面白い止まりの論考でしかない。

 

 リンディさんがどのような心積もりで無色透明という魔力の色を表し述べたのかわからないが、少なくとも暗澹(あんたん)とした胸中を晴らしてくれたのは事実だ。

 

こんななんてことないフォロー、誰にでも言えるような慰藉(いしゃ)で救われたような感情を抱いている俺も俺である。

 

意識してか無意識か、どちらにせよ俺の捻くれた性根から成る心をいみじくも撃ち貫いたことには賞賛を送りたい。

 

 彼女の相貌に裏を見て取ることはできなかったが、それすらも演技であったとすれば俺は間抜けもいいところだ。

 

よしんば甘言を弄して抱き込む目論見を立てていたのだとしても、もう徹底した敵意を向けることはできない。

 

これでは弁舌巧みに情に絆された、などと言い訳をこさえることすら難しい。

 

かけられた言葉は多くなく、またその内容も取り立てて洗練されたものではないのだから釈明のしようもない。

 

これではただ俺がちょろいだけだ。

 

 俺自身、傷心中の甘口に弱いのは自覚していたが、これほどとは思っていなかった。

 

こちらからも質問して、その答酬(とうしゅう)如何で背中を預けるに足るか否かを考量しようとしていたのに、なんたる体たらくだろう。

 

 とはいえ、致命的なまでにミスを犯すつもりは毛頭ない。

 

全幅とまで贅沢を言うつもりはない、どんな名目であれ幾許かでも信用できる確証を得ておくという当初の目的くらいは達成してみせる。

 

下手に信じて、その結果陥穽(かんせい)に陥るなんてことにはしたくないのだ。

 

俺だけならまだしも、なのはとユーノの身の安全も肩に乗っている。

 

いくら俺の中で彼女の心証がよくなったとしても、油断して気を抜いていい理由にはならない。

 

そう肝に銘じて正面を見据えた。

 

 並の日本人よりも美しい姿勢で正座しているリンディさんは、先とさして変わらない相好を俺に向けている。

 

心境の変化を悟られぬよう努めて平静を保つ。

 

「俺も訊いていいか?」

 

「ええ、どうぞ。機密に係わらなければなんでも」

 

 リンディさんの質問には答えた、次は俺の番である。

 

 脳髄が(にわ)かに熱を伴い、思考が回り始めるのを知覚する。

 

 人員不足という相手のウィークポイントを突いた時、他にも疑問を感じていた。

 

俺とクロノの戦闘中、力量の差もあって長時間に渡り戦っていたわけではないが、短い時間で決着がついたかと問われれば断じて否だ。

 

その短くない時間は、何か行動を起こすには充分に過ぎるだろう。

 

そしてリンディさんの『記録されていた映像を見た』という発言。

 

どこかから(言うまでもなくこの船の艦橋(ブリッジ)か情報管理室に属する場所だろうが)俺とクロノの戦いを目睹できる状況にあったということだろう。

 

その点について、疑問の氷が解けずに残っていた。

 

考慮すべき事柄があったのか、もしくは……止めずにいたことになにかしらの意図があったのか。

 

「俺とクロノの戦い、なんですぐに止めに入らなかったんだ?」

 

 相手の言葉を鵜呑みにはしない。

 

態度や仕草、目の動き、声の波、視野を広く持って得られた全ての情報から真実かどうかを推し量る。

 

 意気込んだ俺だったが、それは肩透かしに終わる。

 

「あー、えっと……んんっ」

 

 返事はとても曖昧なものだった。

 

 リンディさんは人差し指を下唇につけて、言いづらそうに濁す。

 

さらには目を泳がせ、頬を引きつらせて苦笑いを浮かべた。

 

 なんというか、私は隠し事をしています、という反応のステレオタイプを見ている気分だ。

 

秘密にしていることを言及されると人間はこんな態度を取ります、という模範的なリアクションである。

 

 かえって難しいぞ、これはどう取るべきなんだ。

 

言っちゃ悪いが、権謀術数を蜘蛛の巣のように張り巡らせているようなリンディさんが、ちょっとやそっとで動揺を素直に顔に出すとはとても思えない。

 

演技か、それとも知られたら本当に困るものなのか。

 

 一言も聞き逃さぬよう、一瞬も見逃さぬよう身を乗り出してリンディさんの二の句を待つ。

 

言おうか言うまいか悩むように口を開閉して、視線は宙を彷徨っていたが、意を決したのか姿勢を正してついに口を開いた。

 

「歓迎しようと思ってここの準備をしてて……ちょっとだけ、本当にちょっとだけ目を離したらあんなことになっていたわ」

 

 そこから慌てて取り繕うように言葉を積み重ねていくリンディさんを、俺は遠い目をしながら見ていた。

 

呆然と絶句と困惑をかき混ぜて、かすかなギャップ萌えを添えたこの複雑な感情を、いったい俺はどう表現すればいいのだろう。

 

 俺が言葉に窮した(あるいは言葉を失った)のをリンディさんは呆れられたと取ったのか、さらに取り乱して身振り手振りまでまじえて弁明し始めた。

 

完全無欠の如才ない女性というイメージはがらがらと音を立てて脆くも崩れ去り、新たなイメージが構築されていく。

 

 リンディさんの狼狽(うろた)える姿を見て、俺はなんとなく、あぁ……これなら友好的にやっていけそうな気がするなぁ、とそんな益体もない雑念を垂れ流していた。




おかしいな……ぱぱっと終わらせて半分くらいは別サイドの話にするつもりだったのに、どうしてこうなったんだろう。
保護者サイドの二人の質疑応答は二つずつ残っているのに、一話使っちゃいました。
序盤の雑談に尺をとってしまったのが予定外の長さの原因。
削るということを知らない僕の拙さのせいですね、すいません。

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