そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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校内の諸々について独自設定がふんだんに盛り込まれます。ご注意ください。


2014.7.19 前書きに注意事項を加筆しました。


日常~誤解深まる昼食会~

 『エ』の字型になった普通棟と実習棟(北の横棒が実習棟、南の横棒が普通棟だ)を繋ぐ渡り廊下を示す縦棒の延長線上を南に進めば大きな建物があり、その一階に食堂がある。

 

ちなみに食堂の上、二階部分には旧体育館があり、体育の授業でも使われるし昼休みには開放されていることもあって生徒たちの遊興の場となっている。

 

 食堂へ向かう道、クリーム色の屋根の下を歩く。

 

右手側を見ればテニスコートを囲うフェンスがここからでもちらりと見えた。

 

左手側には花壇に色とりどりの花が百花繚乱咲き誇る。

 

ベンチが何脚か設置されており、この時期は過ごしやすい気温ということもあってか、弁当箱を膝に乗せた女子生徒が数人固まって可憐な花を愛でながら談笑していた。

 

ちなみにこの中庭の花壇、大変美しく整備されているのだが業者には依頼していないらしく、保健師免許と看護師免許の両方を持った養護教諭が趣味でやっているらしい。

 

その奥には暗褐色のグラウンド。

 

上着を脱ぎ、Tシャツ姿になって男子生徒がすでに球技に興じている。

 

すでに昼食を摂った後なのか、はたまた食べる前にグラウンドに遊びに出てきているのか。

 

 食堂の扉を開き、足を踏み入れた。

 

右側には『食事の前には手洗いうがい!』と大きく書かれたポスターが貼られており、その下に手洗い場、左側には男子用女子用のトイレがある。

 

数メートル歩くと大きく開けた空間が目に飛び込んできた。

 

食堂のど真ん中には大きな柱が一本あるが、他には邪魔な柱は一切なく、見た目に窮屈な印象は与えない。

 

逆にその中央を貫く泰然とした柱に『この柱があってこそ、この食堂』と愛着を抱く生徒がいるほどだ。

 

入り口から見て右手側、左手側どちらもガラス張りになっており外の景色が見えるようなデザインとなっている。

 

 中央は食事をするスペース、木目調のテーブル一卓に四脚の椅子が置かれていて、それがだいたい六十セット、単純計算で二百四十人収容可能な広々とした食堂。

 

なのに食堂の中は人、人、人でごった返している。

 

それもそのはず、ここで提供される料理は値段は安く、注文してから出てくるのも早く、そしてなにより味が良いと評判なのだ。

 

舌の肥えたお坊ちゃんやお嬢様な生徒を満足させるために、有名なレストランから料理人を招聘(しょうへい)したとのこと。

 

 俺は弁当派なのでここに足を運ぶ機会が今までなかったが、一度味わってみたいと思っていたのだ。

 

 注文の仕方は時間の無駄や手間をなくすため食券制を採用している。

 

券売機は入り口から見て左奥にあり、計六台並んでいるのだが、昼休みが始まってしばらく経ったこの時間でも数人の生徒で列ができていた。

 

 この食堂、広さやデザイン、料理の美味さもさることながら、メニューのバリエーションにも定評がある。

 

一通りの定番所、日替わり定食だったりラーメン、カレーなどは当たり前と言わんばかりに手堅く抑え、一高校の食堂とは思えないほど他の料理、和洋中も豊富に用意されている。

 

お茶目なコックさんでもいるのか奇抜でユーモアあふれる、ここでしか食べられない創作料理もあって三年間通い詰めても飽きることはない。

 

さらにデザートまで専門店顔負けに取り揃えられており、これがなければダイエットに成功できたと嘆く女子の悲鳴を教室内で幾度となく聞いたことがある。

 

 カウンターごとに麺類、丼類などとコーナーがわかれているのが作業効率向上の一助となっているようだ。

 

「太刀峰、長谷部には連絡しといてくれたんだよな?」

 

「ん……。席、取ってくれてる……はず」

 

「ど、どこにいらっしゃるのでしょうか。なるべく男の人がいないところがいいのですけど……」

 

 長谷部には、遅れるから先に食堂に行って席を確保しといてくれ、と太刀峰を介してメールで伝えておいた。

 

太刀峰を中継して頼んだのはとても簡単な理由、長谷部の携帯の電話番号もメールアドレスも知らなかったというだけだ。

 

 笠上さんと話し込んでいたこともあって時間はけっこう経っている。

 

長谷部がちゃんと待っていてくれているのか、ほんのちょっとだけ心配だ。

 

その笠上さんは食堂に入ってからは怯えるように、太刀峰の小さな背中に隠れて縮こまってしまっていた。

 

昼休み突入直後という一番混雑する時間帯を外したといっても、いまだに中は混みあっている。

 

当然、食堂に入る前と比べたら男子との距離は近づくので、笠上さんは生まれたての小鹿のようにぷるぷると震える羽目になっていた。

 

「いいとこ、取れたって言ってた」

 

「場所を示せよなぁ、わかりにくいぜ……。あ、あれじゃね?」

 

 食堂左奥の券売機のほど近くに見覚えのある赤褐色の頭を見つけた。

 

「笠上さん、大丈夫か?」

 

「は、はい。ご迷惑おかけします……」

 

「……わたしの後ろ、ついてきて」

 

 太刀峰が先導し、その後ろにくっつくように笠上さんが続き、俺は笠上さんに男子生徒が近寄らないように殿(しんがり)を務める。

 

 手入れが行き届いた綺麗な草木を眺めることができる食堂左手側のガラス沿いに歩き、長谷部がいる席に到着した。

 

 首を回して周囲を確認する。

 

券売機から近いのは人が多く通りそうでちょっとマイナスだが、カウンターからも近いというのは利点か。

 

食堂の端の四人席、他の生徒に気を使う必要もなく喋りやすいというのはたしかにいい席だ。

 

 長谷部は券売機側で窓寄りの席に座っていた。

 

入り口の方向を見やすい位置を取ったのだろうが、それはあまり意味を成していないな。

 

 テーブルには予約済みは示すためにか、水の入ったコップが長谷部の分も含めて三つ置かれている。

 

「んぐ、あ。やっと来たね。待ってたよ」

 

「……遅れた」

 

「待ってた? なんの冗談だ。もう食い始めてんじゃねぇか」

 

 そう、長谷部はすでに食べ始めていたのだ。

 

今はかき揚げキツネ肉うどんなるものに箸をつけ始めているところ。

 

同じダンスステージでポップとロックとブレイキンが繰り広げられるような豪華さと満足度だ。

 

 長谷部から見て右、丁寧に剪定(せんてい)された草木が見える西側のテーブルの端っこには、空いた皿が三つほど積み重ねられて追いやられている。

 

つまり今食べているもので四品目、どんだけ食うんだよ……。

 

「僕はてっきり二人ともすぐ来ると思っていたからね。先に注文してしまっていたのさ。僕だってお昼ご飯を一緒に食べようと言って誘ったのだから、それは待ったよ。でもいくら待てど暮らせど逢坂も薫もやってこない。これでは僕が頼んだ角煮チャーシューラーメンが冷めてしまうではないかっ。せっかく丹精込めて作って頂いた料理を冷めさせてしまうのはいかがなものかと僕は考えた。料理は美味しい時に食べるのが一番だ、というのが僕のポリシーでね。二人には心苦しく思いながらも泣く泣く、両手をぱちっと鳴らして頂きます、というわけだよ」

 

「長ぇよ、簡潔に言え」

 

「お腹すいたんだ」

 

「んむ、実にわかりやすい」

 

「食欲に、忠実……」

 

 ふふ、という上品な笑い声。

 

太刀峰の後ろにいる笠上さんが俺と長谷部のやり取りを見て、口をおさえて笑っていた。

 

「長谷部さん、部活の時とは少し印象が違いますね」

 

「か、果穂も来てたの!? な、なんだか恥ずかしいね……」

 

「ほら、男の前……だから」

 

「やめてくれないかい、そんな軽い女みたいな言い方」

 

 挨拶がてらに話し終えてから俺、太刀峰、笠上さんの三人は券売機で食券を購入し、カウンターで食券と交換に料理を受け取り、また席へ戻る。

 

 俺は焼き魚定食、笠上さんはお嬢様な外見を裏切らないサンドイッチのセット。

 

太刀峰は生姜焼き定食と塩ラーメンと小うどん。

 

その小さな体のどこに入るんだと言いたくなるような量である。

 

 長谷部の隣に太刀峰が座ったので長谷部の正面の席、窓ガラス側に笠上さん、その隣に俺という配置となった。

 

これなら隣のテーブルに男子生徒が座っても俺を挟むことになり、笠上さんに男が近づくことはないのでゆっくり食べれるだろう。

 

「そういえば果穂と一緒に来たんだね。途中で会ったのかい?」

 

 席を立っていた長谷部が笠上さんに水が入ったコップを手渡しながら訊いてきた。

 

カウンターで料理を受け取り、席に戻ったら長谷部がいなくてどこに行ったのだろうと思っていたのだが、笠上さんの飲み物を取りに行っていたのか。

 

その気配りを俺にも一割でいいからわけてほしい。

 

 笠上さんは礼を言いながら受け取り、事情を話す。

 

昨日あったことと今日のことを絡めたざっくりとした説明。

 

長谷部も昨日、同じ場所にいたのだから多くを語らずとも気持ちは十全に伝わっただろう。

 

 落ち着いた口調で話していたので俺も太刀峰も笠上さんが話す様子を安心して見ていられた。

 

いや、太刀峰は聞いているのか聞いていないのかわからないほど料理に夢中になっていたのだが、それは笠上さんへの信頼の裏返しだということで納得しておく。

 

 真面目な顔をしながら訊き終わり、長谷部はさまざまなことが腑に落ちたように深く首肯した。

 

「それで、逢坂だけは大丈夫だと」

 

「話を全部聞いてなんでそこをピックアップしたんだ」

 

「食事に、誘ったのも……逢坂」

 

「昼飯まだなら一緒に食べようぜって言っただけじゃねぇかっ。自然な流れだっただろ!」

 

「逢坂くんの隣は安心しますね」

 

「とても嬉しいけど、このタイミングで言われると誤解が加速するから笠上さんはご飯食べてようか」

 

「頂きますっ」

 

 ったくこの暴食女子二人は面白半分で俺をいじってきやがって。

 

周りの生徒が聞き耳を立てるように静かにしているのに気づいてねぇのか。

 

「女の扱いには慣れたものだね」

 

「さすが……同学年の女子半分と寝た、と噂される逢坂……」

 

「ちょ、ちょっと待て! 前の噂から悪化してる!」

 

 さくっ、と良い音を奏でながらかき揚げを食べる長谷部が、こちらににまにまとした笑みを向ける。

 

太刀峰は食べ終わった塩ラーメンのどんぶりを邪魔にならない場所に押しのけながら、ぱっと見わからないほどかすかに唇をへの字に曲げていた。

 

ってかもう塩ラーメンまで食べたのか、早いな。

 

「このまま女子バスケ部全員制覇する気かい?」

 

「部内で、注意喚起……しておかなきゃ」

 

「もういい、わかった……。デザート奢ってやるから、その有る事無い事をめったやたらに吐き出す口を閉じてくれ……」

 

 頭を抱えながら苦渋の決断を下す。

 

テロリストに屈する政府はきっとこのような気分なのだろう。

 

「悪いね逢坂っ、そんなつもりはなかったのだけど!」

 

「途中から確実にそのつもりだっただろうが」

 

「ごち、です。ちなみに……噂は本当」

 

「嘘であってほしかった!」

 

 はぁ、とため息をつきながら椅子に深く腰掛ける。

 

 奢るのは予想外の出費だが、料理だけでなくデザートの質も確認しておきたかったしちょうどいいといえばちょうどいいんだ。

 

四種類のデザートを一日で見られると思えば安いもの、と考えよう

 

 箸で手際よく鰆の腹を解体する。

 

魚に春と書いて鰆、前までてっきり春にしか獲れないと思っていたのだが周年獲れると知った時は驚いたものだ、懐かしい。

 

 適度な塩味に柔らかく脂の乗った白身を口に放り込んでいると、隣の席から視線を感じた。

 

サンドイッチをはむはむしている笠上さんだ。

 

 両手でサンドイッチを持っているため、豊かな双丘が両腕に挟まれて大変けしからんことになっている。

 

正面に座っていなくてよかった。

 

まじまじと見える位置にいたらその誘惑から逃れられるとは思えない。

 

きっと俺はガン見することだろう、仕方ないじゃない、男だもの。

 

「笠上さん、どうしたんだ?」

 

「い、いえ。なんでもありません……」

 

 交錯した視線を断ち切るように目を伏せる笠上さん。

 

目線を下げつつも長谷部をちらりと見やり、横にスライドして太刀峰に移った。

 

そしてもう一度俺に戻ってくるが、俺がずっと見ていたため再び視線がぶつかる。

 

目が合った笠上さんはデジャヴのようにまた顔を伏せた。

 

 笠上さんの一連の行動……どういう意味があるのだろう。

 

『あ、もしかして』と、思い当たることが一つあったので笠上さんに口を近寄せ、正面の肉食系大食い女子二人に聞こえないよう耳打ちする。

 

「……笠上さんも、デザート食べる?」

 

 耳打ちした右耳まで真っ赤にして俯いたまま笠上さんはこくり、と桃色の髪を揺らした。

 

 俺が明言してなかったのも悪かったよな、と白身に大根おろしを乗せながら考える。

 

長谷部と太刀峰に奢るんだから言うまでもなく笠上さんにもご馳走するつもりでいたのだが、笠上さんにはそれがどうも伝わっていなかったようだ。

 

正面に座り、女子としてそれはどうなのだろうといらぬ気を回してしまいたくなるほど元気よく(オブラートに包んだ表現)食べている二人がこの事に言及してこなかったところを見ると、二人とも俺が笠上さんにも絶対奢ると思っていたのだろう。

 

この二人は付き合いが短いというのに俺の考えを的確に読めるのだ。

 

まぁ、読めるのなら……俺に(まつ)わる不本意な噂を助長させるような発言は控えてほしいものだが。

 

「ぁ、ありがとう、ございます……」

 

「どういたしまして」

 

 目を伏せながら小さなお口でちょっとずつサンドイッチを食べる笠上さんが、蚊の鳴くような声で囁いた。

 

礼を言われながらこんな可愛い反応をされたらまたなにかしてあげたくなる、庇護欲をそそられてしまう。

 

 あまりにシャイな笠上さんを見て、つい口元が緩んだ。

 

「果穂になにか呟いて熟したりんごみたいに赤面させたかと思ったら、今度はにやにやしだしたね。怪しさは変質者のそれと同レベルだよ」

 

「こんな公共の場で、調教……するなんて、逢坂ったら大胆」

 

「してねぇよそんなこと!」

 

 

 

 後日、『一年の逢坂は人目のある校内で女子生徒と過激なプレイに興じていた』というのを風の便りに聞いたと長谷部太刀峰両名が笑いながら(太刀峰はいつもの無表情でだが)教えてくれた。

 

悪意交じりのにこやかな表情で、根も葉もない噂に背びれ尾びれどころか羽まで付け足した情報を伝えてきた二人のその空っぽな頭に手刀を叩き込んだのは言うまでもないこと。




次で本編が帰ってきます。
と言ってもまたすぐに日常編に戻ってくるのですが。

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