無駄に長くなったので三分割と相成りました。
なぜこのように長くなるのでしょうか……。
バニングス家の広大な中庭で鮫島さんと向かい合う。
鮫島さんと俺との距離はおよそ四メートル、試合を行う時の距離だ。
バニングスさんとアリサちゃんは屋根の下で、どこかから持ってきた椅子に腰掛け、これまたどこかから持ってきた白くて丸いテーブルの上に置いたジュースを飲みながら見物している。
なんだかローマの奴隷剣闘士みたいな気分だ。
ちなみに椅子もテーブルも飲み物も、用意したのは当然ながら鮫島さん。
移動しているときに気付いたらいなくなっていて、中庭に着いた時には既に準備がなされていた。
さすが執事、これくらいのことはお茶の子さいさいということか、さすが執事。
練習試合、俺は別に殴り合いが趣味で肉が飛び散り血の雨の中に、生きる価値を求めるような戦闘狂ではないが、普段ならこういう力試し的な催し物は非常に気分が高揚する。
だが今の俺の気分はグルーミーだ、恐らく結婚を目前に控えたお嫁さんよりもブルーだ。
せっかくの試合だというのになぜこんなに気持ちが落ち込んでいるのかというと、配置に着く寸前、俺に近付いた鮫島さんが投げかけた言葉が原因だ。
『今の徹くんは、昔の徹くんより力に飢えているような、そんな瞳をしていますね』
力に飢えている……確かにその通りだろう。
力がなければと何も守れない、最近は強くそう思ってきたのだから。
魔法を知る前の俺の目は、きっと今のような目はしていなかっただろうな。
あぁ……だめだ、こんな気持ちで試合するのは鮫島さんに失礼なのに。
「すみませんね、徹くん。さっきの言葉は悪い意味で言ったのではないのです」
少し離れたところで拳闘を見物しようとしている貴族たちには、聞こえない程度の声量で話しかけてきた。
悪い意味ではない? てっきり俺を戒めるつもりで言ったものと思っていたのだけど。
「昔の君は楽しそうに武術を学んでいました、その学びの姿勢はとても良い事です。ですが、力を欲するという理由で武術を学ぶのが悪いと言いたいわけでもないのです。どのような理由で力を追い求めても結局使うのは自分です。あとは……師範の言葉を思い出して頂ければ、この先を言う必要はありませんね?」
そうか、鮫島さんは俺を心配してくれていたのか。
力ばかりに固執して道を違えないように、力に飲み込まれないように、目的と手段が逆にならないように、俺を諭してくれたんだ。
はは、この人は昔っから変わってないなぁ。
いつも周りに気を配ってくれて、辛いときは励ましてくれて、間違えそうになったら優しく導いてくれる。
こんな人がお爺ちゃんだったら孫は真っ直ぐ健やかに育つんだろうな……なるほど、その結果がアリサちゃんか、過ぎるほどに真っ直ぐ健やかに育ったな。
そういえば道場でもバランス取れてたな、飴の鮫島さんと鞭の師範で。
師範の場合、鞭どころか金棒の方がよく似合っていたけど。
鮫島さんのお陰で師範の言葉を鮮明に思い出した。
「『大いなる力には、大いなる責任が伴う』とかなんとか」
「その直前に映画観ていましたね」
「うん、スパイダーマン観てた」
映画のケースを片手に持ちながら、空いてる片手を腰に添えて劇中のセリフの受け売りを堂々と声高に叫んでいた。
でも師範の言いたいことは、道場にいる人は全員分かってた。
師範は脳みそまで筋肉で出来ているせいで口下手なところがあったから映画のワンシーンからパクっていたけど、気持ちはみんな伝わっている。
結局は力も道具でしかない。
人間がその道具をどう扱うか、使い方によって良くもなるし悪くもなる。
師範は、力という道具を世の中にとって良いとされるように扱ってくれと、そう伝えたかったんだ。
「あははっ、くくっ。……すぅ……はぁ、もう大丈夫。俺の勘違いは解けたよ、なんだか胸のつかえが下りたみたいだ。ありがとうございます」
深く頭を下げる。
将来はこんな大人になりたいな、俺には難しいかもしれないけど。
「いえいえ、老人のお節介ですから。もうそろそろ始めましょうか、さっきから旦那様から鋭い視線が飛んできているので」
ちらりと即席の観覧席を見やると、バニングスさんがこちらを凝視しながら腕時計を指先でこつこつと叩いて、早くしてくれとサインを送っている。
テーブルの上、飲み物の隣に携帯がほっぽり出されているので、もしかしたら会社から戻ってくるように連絡が来ているのかもしれない。
アリサちゃんは、俺と鮫島さんが言い争いでもしていると思っているのか不安そうに見ている。
俺と鮫島さんが言い争いになるとか万が一にもない可能性なので杞憂もいいとこだけども。
「そうだな、バニングスさんが涙目で携帯をちらちらしているし早く始めた方がよさそうだ。武道の練習試合は久しぶりだからテンション上がってきたっ」
「衰えてはいますが旦那様やお嬢様の手前、そう簡単に白星を差し上げるわけにはいきません。老人の技巧、味わってください。では、よろしくお願いします」
謙虚で慎み深い鮫島さんだが、こと武芸に関してだけはかすかにだが誇らしげに振る舞う。
それだけ自信とプライドを持っている証左だ、これはいい経験ができそうだっ。
よろしくお願いします、と礼を返す。
さあ、やっと勝負開始だ。
*******
開始と同時に後ろに飛び退き距離を取り、目を閉じ深呼吸する。
黒服の男達と戦った時は小指の先ほども気にしなかったが、万が一にも鮫島さんを大怪我させるわけにはいかないのでリンカーコアの魔力供給を出来るだけ減らそうと考えたのだ。
蛇口の水をイメージし、少しずつひねって量を微調整していく。
内臓の方にまわっている魔力を抑えると動作に支障が出るので、腕や足などの身体面に関してだけ可能な限り魔力の供給を制限する。
……うむ、このくらいなら魔法を知る前の身体能力とさほど変わらないだろう。
正面を見据える、目を閉じていた俺を鮫島さんは攻めてこなかった。
昔と変わっていなければ鮫島さんの戦い方は
カウンター使い相手に距離を取ったのは愚かとしか言いようがないが……こればかりは仕方ない、諦めよう。
鮫島さんは無駄な力を抜いた右手をほぼ伸ばし切り、左手は胸の前の辺りに置くという構え。
対して俺は特にこれと言った構えはない、俺の戦法が固まる前に道場をやめてしまったので決まっていないのだ。
うだうだと考えていても埒が明かない、こういう時は突撃あるのみだ、と師範から教えられたんだから、それを実践する!
足に力を込めて地を蹴り、猛然と突っ込む。
長くしなやかな右腕を横に払うので膝を曲げて姿勢を落としてやり過ごし、膝を伸ばした勢いで拳を振るおうとしたが、二つの懸念を思い出したので勢いを殺さぬよう右斜め前へ、鮫島さんの左脇を抜けるように転がりながら躱す。
懸念通り、恐ろしく出の速い蹴りが俺の左肩をかすめた。
緊急避難的に身体を逸らしていなければ直撃していた、あ、危なかった……。
二つの懸念、その一は先ほどの速さを重視した蹴り。
その二は師範の教えは一般人には適用されないという点だ。
師範のモットーは『当たって砕けろ、砕けてから考えろ』、人間という分類から外れつつある師範ならともかく、普通の人間は砕けてそれでお終いだ。
いやぁ、思い出してよかった、一瞬で試合が終わるところだった。
「あの体勢からよく避けましたね。決まったと思ったのですが」
「俺も成長してるってことだよっ」
「安心しました、この程度ではお嬢様を任せるわけにはいきませんので」
「なんの話だっ?!」
叫びつつもう一度突貫。
今度は勢い任せではなく、相手の目の前でスピードを抑え近距離で張り付くように立ち回る……つもりだ。
鞭のようにしなる足の射程範囲ギリギリで近付くのを止め一拍置き、やり過ごしてから踏み込んで距離をつぶす。
視界の右端でなにかがちらりと見え、反射的に右腕で顔面をガード――した瞬間に右側から衝撃、左の肘打が視野の限界近くで見えたおかげで防げた。
右腕に衝撃はあったとはいえ、全身の動きを止め得るほどのものではない。
鮫島さんの顎を狙って左拳を突き出す、が……気付いたら俺は宙を舞っていた。
どこを狙うか読み切って右手で俺の拳を掴み、合気道のように俺の力を利用して投げたのか。
投げられた俺は猫よろしく空中で身体をひねって体勢を整え、足から着地する。
「おお素晴らしい、軽業師のような身体捌きですね」
「地面に叩きつけずに、わざわざ空中に放り投げたくせによく言うよ」
全くもう、これだから同じ流派の人間相手はやりにくいんだよ。
俺が通っていた道場、そこの流派の名を
師範が全国を練り歩いて見て聞いて経験した様々な技を、各人に合わせて使いやすいように調整して身体に叩き込むという教え方なので、この流派に型という型は存在しない。
それぞれ自分の性に合ったスタイルで技術を磨いていくので、人によっては同門なのに真逆の戦法の型ということもある。
例えるなら、師範は防御という構えが一切存在しない超攻撃型、鮫島さんは力を受け流し隙を作り打つという柔の型。
ただ一つ共通していることは技のバリエーションの豊富さだ。
強欲にも、各地で習得した使えそうな技を全て自分へ取り入れることを目的とした流派なので、思いもよらない状況で古今東西の多種多彩な技術が飛び出してくる。
さっきの鮫島さんの合気道のように。
余談だが、最初流派の名称は無流というものだったが、名前に派手さが欠けるということで改名。
変えようと言い出したのが十月だったこともあり神無月から流用した。
このように細かいことに気を配らないのが師範である。
「まだこれだけ動けるのにっ、なんであんな男達に苦戦してたんだっ」
左拳を放つが、横から軽く手を添えることでいなされる。
「歳を取るといくら鍛えようにも衰えが隠せないのです。力がない分、立ち回るしかないのですが、あの時は背後に車があり、加えて二人に囲まれてしまい防戦一方でした」
言い訳にしかなりませんが、と苦笑いしながら俺の回し蹴りを一歩二歩後退して回避する。
今現在行われている試合を思い返しても、確かにそうだ。
俺の攻撃を躱すかいなすしかしていない、防御すらしないというのは極端だ。
鮫島さんからの攻撃も一撃で墜とせるような技以外は、相手の力や勢いを利用しての攻撃だった。
「歳を取るって……嫌だなぁ……」
大きく息を吸って溜息と一緒に吐く。
「ええ、全くです」
肩をすくめて苦々しく笑いながら嘆息するだけでも、この人がやると品がある。
俺と何が違うのか、人生経験か、そうか。
「それより徹くん、昼に暴漢と戦った時より拳の重みも足運びのスピードも落ちているようですが……どうしたのですか? それではこちらとしても本気を出せないのですが」
「あぁいや……その……」
まかり間違っても魔法が云々、とか言えない。
しばらく会わない間に変な宗教にでも傾倒したのかと思われそうだし……どう言い繕うべきか。
「私の身を案じているのなら心配には及びません。幾分成長したとはいえ、まだ若い徹くんに後れを取る程老いてはいませんよ」
「…………」
力強い響きを孕んだ言葉だったので、観客席で離れて見ているバニングスさんやアリサちゃんにも聞こえたのだろう。
バニングスさんの『おぉ……』という言葉やアリサちゃんの『鮫島があんなこと言うなんて……』という驚きの声が聞こえた。
正直俺も驚いた、何に驚いたって鮫島さんが挑発するような言葉を吐いたことだ。
考えてみれば、鮫島さんの立場からしたら手を抜かれていると感じてもおかしくないのか。
自分に置き換えてみる…………うん、俺も耐えられねぇな。
同情されて勝っても何も嬉しくないし、久しぶりにこうして拳を交えているというのに手加減されては興が削がれるというものだ。
そしてなにより……さっきの発言に俺も火が付いた。
魔法を使うわけでは決してない、ただ魔力供給を普段通りに戻すという……ただそれだけだ。
「本気で行くからな……怪我しても知らねぇぞ」
「ありがとうございます、やっとこちらも本気で戦えます。ここからは神無流の技も使います。手加減なしの全力です、そちらこそお気を付けください」
*******
リンカーコアからの魔力供給は通常通り、身体能力はさっきまでとは格段に上がっているはずだ。
魔力付与の魔法は使っていないので常軌を逸するほどではないにしろ、師範クラスのスピードに近いはずなのに、なぜ……なぜっ!
「なぜ当たらないっ!」
「老い木に花咲く、というところでしょうか。楽しいですね、道場で師範と手合わせした時と同じくらいに」
右、左、右と三連打で拳を放っても躱し逸らし、いなされる。
微かに俺の動きが止まった瞬間を狙いすましたかのように、例の出の速い蹴りが飛んでくる。
気が急いて大振りになればその力を利用されて投げ飛ばされて、空中で連撃を叩き込まれた。
忘れていたぜ……あの道場の実力トップは考えるまでもなく師範一択だったが、ナンバーツーは鮫島さんだったのだ。
「歳を取ると体力も腕力も速さも衰える一方、悲しい話ですけどね。そんな私に出来ることと言えば技術と経験で補うことくらいのものです。一対一でなら最大限に活用できますよ」
フェイントに引っかかり踏み込んでしまうと、ローキックで足を止められ、重心が崩され、上半身が下がったところに顔面へと、早すぎる二発目が射込まれる。
頭が浮き上がるような感覚、魔力供給による基礎的な身体能力向上がなければ余裕で意識が刈り取られていた。
蹴り込まれた勢いのまま後ろへ飛び退き、ダメージの緩和をはかりながら距離を取る。
「老いた? 冗談言わないでくれ、十分現役だよ」
「そう仰ってもらえるのは嬉しいですね。さあ徹くん、私が学んだ神無流の技を披露しましょう。身体で覚えてください」
「了解っ。盗ませてもらうよ、さすがに俺でも一回で盗める自信はないけどなっ!」
もちろん俺はまだこの試合に勝つ気でいる。
チートじみた身体能力向上を使っていながら、ここまで圧倒的にやられるとは思わなかったが。
全神経を集中させて相手の一挙手一投足に注意しながら接近する。
懐に入るというフェイントを間に挟んでサイドステップ、真横に位置取り。
完全に不意を突けたと思い右ストレートを打とうとした時、俺の動きが止まった。
肩と二の腕の辺りが燃えているかのように熱を持っていた。
「これが神無流『不動』です」
「かっは、マジかよ……魔法みたいだ……」
腕が動かないのなら左足による足刀で攻めようと思い、身体の重心を移動させ繰り出そうとした。
今回は見えた、鮫島さんの動きとそのカラクリが。
俺の左大腿部へ、鮫島さんお得意の出の速い蹴りが突き刺さっていた。
人間が動くには常に重心の移動を繰り返さなければいけない。
座った状態から立とうとした時に額を押されると立てないというのと原理は同じ。
重心を動かすことにより人は動ける、逆に言えば、重心を動かさないように押さえてしまえば人は動けなくなる。
理屈を言うのは簡単だが実行するのは至難の業、どこをどの程度の力で押さえれば動けなくなるかを把握しておかなければならない。
さすがに……それを容易くやられると圧倒的な力の差を感じてしまう。
アルフと戦った時ですら思わなかったほどの無力感と敗北感。
地面を無様に寝転がる前に敗北を悟ったのは初めてだ。
「ふっ」
短く息を吐く。
攻撃のせいか、あまりの驚愕のせいか、未だ自由な動きを取り戻さない俺の身体の中心に両手による掌底が叩き込まれた。
なにが『力が衰えた』だ、男子高校生を吹き飛ばすような人間は力衰えてねぇよ。
絶対に暴漢連中程度を相手取って負けるはずねぇよ、この人。
どうせ
冷静そうに見えて突発的な事象には弱いタイプだぜ、きっと。
だめだ、あまりにも実力の差が開いていたせいで無駄な方向へ思考力を使ってしまっていた。
落ち着け、俺。
頭を冷やして考えろ、向上した身体能力を使って今の俺に出来ることを考えろ。
吹き飛ばされた余波のまま一度後退し体勢を整えてスピードで翻弄する、スピードだけなら鮫島さんにはついてこれないはずだ。
よし、これで行くぞ!
地面に手をついて後方宙返りして距離を稼ぎつつ、地に両足をつけ、鮫島さんの姿を捉えようと前を向いた。
「これを『襲歩』と言います」
目の前にいた。
どれだけ距離開いてたと思ってるんだ。
吹っ飛ばされた勢いに乗っかったまま、バック転でお互いの両者間の距離広げようと頑張ったんだぞ。
なのになんで目の前にいんだよ、あんたは。
突発的な事象に弱いのは俺の方じゃねぇか。
普段頭の中であらゆる可能性を予想して組み立てるタイプの俺は、咄嗟の判断が遅れるんだよ。
今もそうだ、鮫島さんに俺の予測の範疇をはるかに超える、予想外の動きをされて瞬時に身体が動かせない。
ここからどういう動きをすればいいか、後ろへ距離を取るべきか、いやこの際前へ出て攻めに転じるべきか、また蹴りが来るかもしれないから一度左右どちらかへ移動すべきか。
一瞬で色んな行動方法が出てくる分、どの選択をするのが一番正しいのかを判断できない。
情報や選択肢は多ければいいというものではないんだ、そんな事とっくに理解できている。
だが理解できていても脳みそが提示してくる情報を無視することができない。
今も両の目から入ってくる視覚情報を取り込んで、頭が勝手に答えを叩きだしてくれる。
瞬間移動じみた動きは一応物理法則に則っているらしい。
道場で一番最初に習った踏み込み、体重移動、筋肉を同時に駆動させることによる瞬発力、その証拠の痕跡が中庭の地面に残っている。
地面の土が抉り飛ばされていてその痕跡が三つ四つ見えた。
十メートル近く開いた距離を助走もなしでかつ、速やかに埋めるとか自分で言っといてなんだけど本当に物理法則に則っているかわからなくなってきた。
そして目の前の鮫島さんの情報も視覚が入手する……彼にしては珍しく攻撃的な構え。
姿勢を少し落として右の拳を俺の胸のど真ん中に触れる寸前で止め、左手は右手の前腕――肘から手首の間の部分――に添えられている。
これだけ思考は回るのに、身体は情報過多と選択肢の競合で未だに動けず仕舞い。
「けほっこほっ……少し、無理をし過ぎましたが……これが最後。切り札となり得るであろう技、『発破』と言います」
「手加減してくれてもいいけど?」
唯一できた反撃が口撃だった、というか敗北宣言だった。
一瞬、鮫島さんの全身の筋肉が膨れ上がったかと思ったら、次の一瞬では俺がまた吹っ飛んでいる。
今日はよく宙を飛ぶ日だな。
またしても吹っ飛ばされ、バニングス家の敷地内にある池へとダイブするまでの時間がすごくゆっくりに感じる。
これが走馬灯というのか、初めての経験だ、走馬灯処女をここで散らしてしまった。
全ての光景がスロー再生で流れる中、俺は決めた。
この土日、鮫島さんに稽古付けてもらおう。
バニングスさんの慌てる声とアリサちゃんの泣きそうな声を最後に、俺の意識は暗闇へ、身体は池の底へと沈んだ。