「はぁ、乗り切った…」
一番店が混む時間帯を乗り越え、落ち着いてきたので一息ついた。
桃子さんの料理の腕を盗んだり、常連さんと少しだけどお喋りしたりして、忙しかったけど充実感のある疲労を感じていた時、桃子さんがやってきた。
「お疲れさま徹くん。今日はありがとう、もうあがってもいいわよ」
「え、いいの?別に最後まででも構わないけど」
「もともと本当は休みだったんだから、少し早めにあがるくらいはさせてあげたいなーってね」
なんか怪しい。
付き合いが長い俺には分かる、どこか違和感がある。
「本音は?」
「なのはがダウンしちゃったから、送ってもらおうと思ってね」
あぁ、なるほど。
今日はえらく頑張ってたからな、厨房にも声が届いて(轟いて、とも言える)いたし、張り切っていたのだろう。
「最初からそう言ってくれよ、快く了承したってのに」
「あら、今日は悪い事したなぁって思っていたのも、本当なのよ?」
疑わしいけどここまで言うのなら本当なんだろう。
気にしなくていいってのに。
「構わないっての。どうせ今日の混雑は、忍の所為だろ?」
「忍ちゃんの『おかげ』ね。彼女今日、お手伝いに行っていいですかってわざわざ聞くものだから、是非きて頂戴って返事したのはいいんだけど…」
「俺が休みだったのを忘れていた、と。そんな所だとは思ったよ、いつも程度の客の数なら、俺がいなくても桃子さんの本気の50%…いや30%位で十分に回せるだろうしな」
忍は習い事や、家の予定などが無い時は、(恭也と一緒にいる為)翠屋にお手伝いに来ている。
テキパキとよく動くし、気が利くし、声もハッキリして聞き取りやすいし、実際助かる所も多いのだが、そもそも忍が手伝いに来ていなかったら、そこまで忙しくなる事はなかったという事も多々ある。
外面は本当に美人で、働いている時は常ににこにこと笑顔を振りまき、愛想よく、物腰は丁寧でおだやか。
こんな女の子が、ひらひらのウェイトレスの制服を着て(ぱっと見)かいがいしく接客しているのだから、リピーターがつくのも当然と言うべきか。
俺だって、強化外装に包まれた悪魔染みた中身を知らなかったら、もしかすると惚れてるかも知れん。
「あら、その言い方だと私がいつもは、手を抜いてるみたいじゃないの」
「手を抜いてるわけじゃないけど全力じゃないだろ?」
「料理は常に100%よ」
ふふん、と自信に満ちた表情で豊満な胸を張る。
「料理は、って言っちゃってるよ…。接客はどうしたの、接客は」
矛盾点を指摘すると、胸を張った姿勢のまま、顔を赤らめた。
「もうっ!ほら後は大丈夫だから、なのはを家に送りなさい!はいっお疲れ様!」
赤くなった顔を見せないようにする為か、ただ単に早く行かせる為か、背中を押して俺を厨房から追い出した。
本当に、三人の子供がいるとは思えない、男なら全員落ちてしまうような可愛さである。
スイーツなどの美味しさもそうだが、やっぱり翠屋の人気の一番の理由は、桃子さんがいるからだろうな。
「お疲れ様でしたー」
厨房の扉越しに挨拶をして、更衣室へ向かった。
バイトの制服を着替え終わり、帰る準備も完了したのでなのはを探すが……見当たらない。
どこにいるのかと探し回ると、奇怪な現場に遭遇した。
ホールの端の方を客も
原因判明、なのはが寝ちゃっているようだ。
「ってか忍、お前は眺めてちゃ駄目だろ!」
「うるさいわね、起きたらどうすんのよ!」
なぜか俺が怒られ返されるという理不尽。
これだけ大声を出しても、騒ぎの中心人物は目覚めない。
仕方がないので、可哀想だが起こすことにする。
周りの人間は、殺意を添付した視線を送ってくるが、耐える。
ここで寝かせておいて、風邪を引きでもしたらその方が俺は耐えられない。
「なのは起きてくれ、一緒に帰るぞー」
うぅん、と短くうなる。
長いまつげに縁取られた綺麗な瞳がうっすら見えたと思ったら、また閉じられてしまった。
睡魔には勝てなかったか、と思っていたら半分寝ているのか、目を閉じたまま両手を伸ばしてきた。
「抱っこ」
甘えるような声だった。
後ろの客の半分と
なるほどこれが悶死か。
危うく俺も落ちるところだった、
本人の注文通り、なのはを抱っこした。
これ以上面倒事が起きる前に退散するとしよう。
倒れている忍と、末妹のあまりの愛らしさに身悶えている恭也に、お疲れと一言告げて店を出た。
春とはいえ夜は少し肌寒かったのか、なのはが、きゅっ、と胸元のシャツを掴んで、身体を俺にくっつけてきた。
その天使のような仕草に足を折らず、倒れず、腕の中の天使を傷つけずに、踏ん張った俺は今日一番のMVPだという自信がある。
話がなかなか進みません。
一応今の予定では次で魔法に関わるはずです。
あくまで予定ですが。
この小説では高町さん家の末妹は少し甘えん坊スキルが高いです。