そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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その言葉だけで、

「ふむ、軽く調べてみたところ、指名手配などはされていないようだ」

 

「そうですか……よかった」

 

アポなしの電撃訪問にもかかわらず、ノルデンフェルトさんは時間を作って会ってくれた。

 

とりあえず今回赴いた世界での任務、そして結末のあらましを説明して、目下一番気がかりだったことを調べてもらった。

 

それは『陸』の管理局員で、かつ立場の高いノルデンフェルトさんは適任だった。

 

「姿を見せていなかったからだろう。証拠はない、誰に襲われたかもわからない、では指名手配はできないさ」

 

『陸』の局員がオンタデンバーグの鉱山に入った時『陸』の魔導師とフランちゃんは戦闘になっている。いかに知らなかったこととはいえ、危害を加えていることには違いないので何らかの罪に問われているのではと危惧したのだ。杞憂で済んでよかった。

 

気がかりはフランちゃんのことと、もう一つ。

 

「『フーリガン』のほうは……」

 

「君たちの行った世界での『フーリガン』の行為についての罪状は含まれておらんな。やはり最初に事件を発見したのは君たちのようだ」

 

「そう、ですか……」

 

「……聡い君のことだ。もう理解はできているだろう。気持ちはわからなくもないが、この件については明らかにしないほうが『君たち』にとって好都合だろう。……感情を押し留め、清濁併せ呑むことも大事だよ。……仮令(たとえ)、それが納得できることでなくとも」

 

「ええ……そうですね。私的な怨恨や復讐心でフランちゃんの立場を脅かすなんて、間抜けが過ぎて滑稽です。奴らには、他にも立件するのに充分すぎるほど証拠が揃った余罪が、それこそ山のようにありますから」

 

オンタデンバーグで『フーリガン』によって行われた国民大虐殺。それを事件として立件して『フーリガン』によって行われた罪だと報告し、重い刑罰を受けさせたいが、事件として報告するとなると詳細に状況を説明しなければいけなくなる。無論、犯行の瞬間を俺が目撃したわけではないので唯一の生き残りであるフランちゃんによる証言が必要になる。

 

だがそうなると、今度はフランちゃんの存在が明らかになってしまう。奴らがどうやって住人を殺害したのか。鉱山への侵入方法について。『フーリガン』の犯行だという証明。なにより、フランちゃんがどうやって生き残ったのか。そうやって証言していく過程で、ゴーレムを創り出す魔法で『陸』の魔導師と戦ったことに感づかれるかもしれない。そこから重箱の隅をつつかれると分が悪い。

 

フランちゃんが傷害なり公務執行妨害なりの罪を訴えられることは、状況を鑑みてほぼないだろうが、リスクは芽のうちから摘んでおきたい。

 

人間性や倫理観が狂っていると後ろ指を指されようと、すでに失われた国と、フランちゃんのこれからの平穏な生活のどちらかを選ぶのならば、俺は迷わず後者を選ぶ。

 

もちろん、いずれ必ず『フーリガン』の連中には所業に(あがな)うだけの苦痛と罰を与えると心に誓いはするが。

 

「それで、話の主題だ。そちらの身寄りのない少女についてなのだが」

 

「……少女」

 

「どうしたね?」

 

「えっと、少女、んー……少女にしか見えないんですけど、少女じゃないんです」

 

「……どういうことかね?少年……にはとても見えないが」

 

「もちろん女性ですよ、性別は。ただ成人しているだけです」

 

苦笑いしながら首を傾げるノルデンフェルトさんに言う。

 

ちらりと目配せすると、フランちゃんがこくりと頷いた。ここまでずっと横一文字に閉じていた唇が開かれる。

 

「二十三歳」

 

「……十三歳かね?」

 

「聞き間違えたかなって思うのもわかるんですけど、二十三歳だそうです」

 

「な、なんと……不思議なことも、あるのだな……」

 

「そう?これがふつう」

 

「そ、そうか……失礼した。しかし成人女性であるのならまだ手続きは簡単になりそうだ。問題はどこで生活するか、だが」

 

「……王、と一緒がいい」

 

「王とは?」

 

「えっと……俺のあだ名みたいなもんです。俺と一緒がいいってずっと言ってるんですけど、どうなんでしょうか?」

 

実際、俺が預かることも考えはしたのだ。家の部屋は余っているし姉ちゃんもまず渋りはしないだろう。俺のところの世界では魔法を使っちゃだめという制約はあるが、そこさえ我慢できれば暮らしてはいける。今のところ経済面でも苦労はしていないことだし。

 

しかし、身寄りのない人間を引き取るということは、存外に煩雑(はんざつ)(しがらみ)があるようだ。

 

ノルデンフェルトさんの表情が曇る。

 

「管理外世界となると……少し厳しいかもしれん。魔法技術が周知されていないということで時空管理局の目が届かない、という認識として扱われるのだ。嘱託ではなく正規の局員であれば、責任の所在を明らかにして一任してもよいと許可が下りるかもしれないが……。私の責任で君に委任するという形にできればよかったのだが、管轄や役職の関係上それも難しい……力になれず、すまない」

 

「い、いえ……今でもすごく助けて頂いてるんですから、これ以上もたれかかるわけにはいきません。その気持ちだけで……充分ですから」

 

そう、嘱託では後見人や身元引き受け人などの立場になれない。

 

俺の肩書きでは『ある程度』は信用されるが、裏を返せば『ある程度』までしか信用してもらえないということ。一般市民よりは多少ましといったところだろう。それほど労なく免許を取れることもあってか、法的な手続きを介さなければいけない場では効果を示さない。ほとんど役には立たない。

 

フェイトとアリシア、アルフを俺の家で預かることができているのも、法的な責任者の欄にクロノやリンディさんの名前が記されているからである。書類上、俺はあくまで『友人』として住環境を提供しているに過ぎないのだ。

 

「…………」

 

本来は学業に専念しなければならない身の上なのでどうしようもないことなのだけれど、こういう時、己の力のなさを痛感する。

 

「逢坂くんのもとで生活させるのは難しいが、住む場所なら心当たりがある」

 

「本当ですか?!」

 

「うむ。私の旧友、アルヴァロ・コルティノーヴィスの嫁と娘が、近隣世界の孤児院にいる。嫁の方はそこで働いてもいる。住居と職場を兼ねているのだ」

 

「ジュリエッタちゃんの……。ですけど、フランちゃんの身分証明とかって……」

 

「それは新たに発行するしかないな。というよりも、そもそも管理局に認知されていない国から訪れているのだから、最初から持っていないだろう」

 

「それって簡単にできるものなんですか?」

 

「新規発行となれば少々説明に費やす書類申請が面倒だが、言ってしまえばその程度だ。あとは発見、保護した人物の欄に君の、書類を確認した、証明者の欄には私の名前を記入すればよい」

 

「……前に引き続き、今回もありがとうございます。お世話になります」

 

「構わないさ。乗りかかった船でもあるし、友人が困っているのだからな。ともあれ、すべては彼女の気持ち次第だが」

 

そう、なのだ。

 

いかに提案しようと、フランちゃんが拒めばそれまでだ。

 

ここまであまり意思表示がなく、唯一見せた積極的な意思表示が俺のもとがいい、というものだった。

 

ただでさえ家族、親戚、知り合い、友人、どころか国まで失ったのだ。故郷から着の身着のままここまできた。何もしてあげることができない以上、可能な限り彼女の気持ちを優先したい。

 

ここまで黙していたフランちゃんを見やると、つぶらな瞳が俺を見つめていた。輝くような(しろがね)の虹彩に、今は不安の色が滲んでいた。

 

「王は……そっちのほうが、いい?」

 

『そっち』というのが何を示すのか少し迷ったが、ノルデンフェルトさんの提案のことを指しているのだろう。

 

「俺はフランちゃんの意思を尊重するよ。フランちゃんが行きたいところでいいんだ。俺は、フランちゃんの選択を叶えられるよう努力するから」

 

彼女が行きたいところへ行けるよう努力する。それはオンタデンバーグでフランちゃんを保護して連れてきた俺が果たすべき最低限の責任だ。地球で暮らすのもクロノやリンディさんに頼み込んで助言や助力を仰ぐという正攻法な手もあるし、管理局のデータバンクにハッキングして資料をいじくるという非合法な手だってある。フランちゃんの気持ちに応えるためならば多少のリスクくらい喜んで引き受けてやる。

 

そう内心息巻いていたのだが、俺が思うより、そしてやはり外見以上に彼女の精神は大人であった。

 

「わたし、王と一緒じゃなくても……大丈夫」

 

「ほ、本当に?無理する必要はないんだぞ?」

 

「……いい。大丈夫。王には、たくさんめいわくかけたから、もう……大丈夫」

 

口でそう淡白に言うわりに、表情は強張っていた。

 

でも、たしかに彼女は微笑んで、心配ないよと伝えようとしていた。

 

「そう、か。……わかった」

 

フランちゃんの気遣い、その優しさを、意固地に否定するのは(かえ)ってフランちゃんに失礼だ。

 

その気持ちを受け取っておく。それが正しいと信じる。

 

受け取り、信じた上で、俺は俺のできることで彼女の支援をしてあげられるように努力しよう。

 

「ノルデンフェルトさん、ここからさきほど言われてた施設って近いんですよね?」

 

「ああ、何時間とかからない距離だ」

 

「そっか……ありがとうございます。……フランちゃん」

 

「……なに?」

 

溢れ出しそうな気持ちに蓋をしているような、意識して感情を表に出さないようにしているような、端的で平坦な声。

 

寂しげな、瞳。

 

「なるべく顔、見に行くから」

 

「っ……」

 

そう伝えた。

 

これでお別れじゃない。もう一生会えないわけじゃない。また、すぐに会える。そう伝えたかった。

 

ただ、フランちゃんにとってはあまりに重い言葉だったようだ。

 

必死に(こら)えていたのだろう。我慢していた感情の奔流が溢れ出してしまった。ぽろぽろと、涙が次から次へと流れ出しては止まらない。一度溢れてしまえば、もう歯止めは利かなかった。

 

「うぐ、っ……イッヒメヒトミッズィ……ひっく……ズザン、ブライブ……」

 

弱音を吐かないようにと閉じていたフランちゃんの口が、思わずといったように動く。

 

あなたと一緒にいたい(イッヒメヒトミッズィアズザンブライブン)。震える声で紡がれたそれにどう答えるべきか逡巡した俺に、フランちゃんは続ける。

 

「っ……すぐ、ひっく……会いに、きて……ぐすっ」

 

フランちゃんは、今度ははっきりと俺に伝わるように言った。

 

さっきの零れ落ちた本音は、フランちゃんの心の中に留めていたものなのだろう。意図して口に出したものでは、おそらくない。ベルカ語で発せられたあの言葉は、無意識下で口をついて出たからミッド語に翻訳されなかった。

 

きっとフランちゃんは、自分にずっと言い聞かせていたのだ。

 

俺の迷惑になるからと、もうこれ以上世話にならないようにと、ずっと感情を抑えつけていたのだろう。ずっと堪えていたのだろう。

 

しかし俺には何の権限もない。問題が発生した時、責任も取れない。無理を通そうとすれば、俺以外の誰かに責任を押し付けることになってしまう。

 

彼女の身元を引き受けることは、できない。

 

今は、俺のいない所でも頑張れるというフランちゃんの言葉と気持ちを頼りにさせてもらうことしかできない。

 

悔しさと無力感を呑み込んで、フランちゃんに別れの言葉を贈る。

 

「……すぐ顔を見に、声を聞きに行く。元気でやるんだぞ?向こうの人たちと、ゆっくりでもいいからお喋りして、ご飯いっぱい食べて、あとちょっとずつでもいいから運動もできるようにな」

 

「ふふっ……ぐしゅ、うん……がんばる」

 

雫を落としながら、それでも笑ってくれた。

 

ノルデンフェルトさんは背を向けて、俺たちが喋りやすいよう配慮してくれていた。『陸』の人たちがみんなこの人くらい真面目で、心優しく、気配りができればいいのに。

 

「……王」

 

「ん、なんだ?」

 

くい、と控えめにシャツを引かれる。屈め、ということらしい。

 

その命令に従って、中腰くらいに姿勢を下げる。

 

すると、思いがけない素早さと躊躇のなさで俺の顔に手が伸ばされ、また、彼女自身も近づいた。

 

「王……イッヒダンケイマーンディッヒ」

 

「っ……」

 

イッヒダンケイマーンディッヒ(貴方のことをずっと想っています)。そう言われるや、同時に頬に柔らかくて温かい、ぷるぷると水気のある感触。

 

感情が昂るとベルカ語を喋る方のフランちゃんが顔を覗かせるのか。これは人格解離の影響なのだろうか。この妙な積極性は二次的人格のフランちゃんに共通するものがある。

 

驚きのあまり言葉が出ない俺に、フランちゃんは。

 

「王……わたしの王(マインクーニヒ)……助けてくれて、ありがとう。地獄から救ってくれて、ありがとう」

 

未だ止めやらぬ涙も、濡れそぼつ頬も気にせず、彼女は俺にミッド語とベルカ語を混在させながら感謝を告げた。

 

その言葉は、

 

「あ……」

 

俺の心に、強く響いた。

 

ふと、ジュリエッタちゃんの時を思い出す。

 

助けにはなれた。でも本当の意味では救えなかった少女のこと。

 

胸が締めつけられるのと同時に、熱いものがこみ上げる。

 

「俺の、ほうこそ……っ」

 

細い、むやみに力を入れれば壊れてしまいそうなほど細い身体を抱き締める。

 

『救われた』

 

その言葉に、俺のほうが救われた気がした。俺の、いや、俺たちの努力はちゃんと意味があったのだと言ってもらえた気がした。報われた気がした。

 

正しいことだったのか不安だった。俺の自己満足や、欺瞞(ぎまん)や、偽善を押しつけてしまっていたのではと、不安だった。こうして言葉で示してもらえて、形で表してもらえて、ようやく誰かの力になれたのだと実感できた。

 

「あり、がとう……っ」

 

この仕事は、悪事を働くならず者を逮捕すればいいというだけの仕事ではない。自分の力ではどうしようもない時だってある。手遅れになる時だってある。自分の判断が正しいかどうかもわからなくなるし、みんながみんな幸せな結末を迎えられない時だってある。

 

厳しい事を言われる時もある。辛く苦しい時だって、泣けてくる程に多い。

 

『全力を尽くしてもどうにもならないことなんて、いつだってある』

 

クロノがいつか言っていたことだ。過ぎ去った過去に対する諦念にも似た表情を浮かべながら。

 

そこまで苦労してるのに、そこまで苦しんでいるのに、なぜ管理局の仕事を続けているのかと疑問に思ったこともあった。

 

その答えがきっと、こういう瞬間なのだろう。

 

そう言ってもらえた瞬間の、胸の内から溢れ全身を駆け巡る名状しがたい温かな感情が、辛く厳しい仕事を真摯にまっすぐに続けていける原動力に、きっとなっているのだ。

 

「助けさせてくれて、ありがとう……救われてくれて、ありがとう……っ」

 

 

 

『助けてくれて、ありがとう』

 

 

 

その言葉だけで、俺はまた頑張れそうな気がした。

 

 

 

 

 

 

「……遅いですよ。何をやっていたのですか?」

 

『あっは、こりゃあ失敬。少々仕事に追われていたんですよ。ようやく形になりそうなんで』

 

照明の落とされた暗い部屋、モニターに向かってアロンツォ・ブガッティは眉を(ひそ)めた。

 

「時間は決めていたでしょう。合わせて頂かなければ」

 

『すんませんすんません』

 

ブガッティに咎められた相手は、しかし悪びれる様子もなく軽い調子で謝るのみ。

 

通信の相手は毎度そんな態度なのか、ブガッティは乾いた溜息を一つ吐いて、続ける。

 

「……それで、進捗は?」

 

『ええ、そいつは(つつが)なく。穴を埋めることも、まあなんとか目処が立ってきましたからね。いやはや、大変でしたよ。いざ向かって、穴埋めに使えそうな術式を快く教えて頂けたとしても、それが実際役に立つかどうかは調べて確かめて当て嵌めてみなければわかりませんので』

 

「進めてもらわなければ私が困りますね。どれだけ時間と金と手間をかけたと思っているのですか」

 

『はっはっは。これは耳が痛いことですね。ですがこちらとしても、あなたの頼みを聞いて頑張っているわけですので、やはり必要経費は援助してもらわないと、ねぇ?』

 

「頼み?それは冗談のつもりでしょうか、笑えませんねぇ。……取引だろうが」

 

『やだなー、場を和ませるためのお茶目なジョークではありませんか』

 

「一対一の定期連絡に場も何もないでしょう。それに必要経費と?あなた方が動く度に、どれだけ私が事態のもみ消しに動いているとお思いで?誤魔化すのも火消しをするのも限度というものがあるのですがねぇ」

 

『どうせ決行する暁には、それはそれはど派手に動くんでしょ?なら構わないんじゃないんですか?』

 

「その前に露呈してしまえば全てがご破算になってしまいます。これは賭けなのですよ。ミスは許されない、理解しているのでしょうね。これだけ掛けたのですよ。元の木阿弥水の泡、なんてことにはしたくはありませんねぇ」

 

『わかっておりますってば。言われずとも、念押しされずともね』

 

「……外からそう見えれば私も安心できるのですけれどね。行く地行く街であなた方がどれだけ暴れているのか自覚がないのですか?『陸』の管轄ならばまだ、根の回しようも策の施しようもあるというものですが、『海』にまでは手が出せないのですよ。これ以上目をつけられないよう、自重して頂きたいものですねぇ」

 

『その(げん)やごもっとも。ふむ……しかしですねー、こちらの強みは弾数(たまかず)……ならぬ頭数でして。その数を一定数確保するとなると、やはり補充するための謳い文句が必要なんですよ。曰く……暴れたい人この指とーまれ、ってなもんで。その為に見たくもない汚い顔を見て団体行動しているわけですから、そこを抑圧してしまうと、最悪裏切りなんてこともありえます。例えゴロツキだとしても背中を刺される危険性を考えながらでは、おちおち研究もできません』

 

「……だから見逃せ、とそう言いたいわけでしょうか?面倒ごとはお前が片付けろと」

 

『そんな言い方をするつもりじゃあ、ありませんって。ある程度自由にガス抜きさせておいたほうが手綱は握りやすいってだけで。何人寄ろうと下種(げす)は下種ですが、一人の好士より三人の愚者と申しますれば、脅威とならないとも限りませんで』

 

「…………」

 

『内心複雑なところでしょうが、そんなゴロツキだからこそ潰しも替えも利きますし、心置きなく使い捨てにできるってなもんです。一長一短ですよ』

 

「……もう良いです。あとわずかの辛抱なのですからね」

 

『……ええ、まさしく仰ります通りで』

 

「例の場所、嗅ぎつけられてはいないのでしょうね」

 

『そりゃあ、もちろんです。そういう場所、見つけられない場所だからこそ、これまであれも発見されなかったのでしょうから。あなたには奇妙なほどに好都合でしょう。比較的近場で、環境的に発見されにくく、不審な物音を立てても疑われるほど付近に民家はなく、特殊な物資を送っても違和感がない程度に最寄りの街は発展している。いやはや、運命とはかくも戯れに絡み(もつ)れるものなんですねー』

 

「はっ……この短くはない期間で貴方のやり方、性格はある程度学ばされましたよ。貴方がそれっぽく含めて語る時は、大抵意味はない」

 

『はっはっは、これは手厳しい限りで』

 

「有用なことだけ伝えて頂いてよろしいでしょうか?あと、どれくらいかかりますか」

 

『そうですね、会話が成り立たないのでこれまでは難しかったのですが、ほら、あの提供して頂いた拘束具。あれが思いのほか便利に使えました』

 

「拘束具……犯罪者拘束用の首輪でしょうか?発声も制限するという」

 

『ええ、それです。こちらが教えたことができなければ首輪を通してショックを与えて躾をしました。今は言うことをちゃんと聞くようになりましたよ。あとはプログラムの微調整と、実際に使ってみて擦り合わせていく作業と、操縦桿(・・・)で出来上がり、ってなもんです。ただ一つ問題点がありまして、前に報告しました通りなんですけどね』

 

「ええ、はい。魔力が不足しているという話でしたか」

 

『その案件です。プログラム同様、本体にも不具合が発生しているようでして、どうにも調子が上がらないんですよね』

 

「そちらについては私が対策を講じています。不足分を補って余りあるほどのものを。無視して進めて良いですよ。それを踏まえて、あとどれ程で実用可能に至りますか?」

 

『そうですねー、あと数週間もあれば一応使えるようにはなるんじゃないかと目算を立ててはいるんですけど。ただ不安材料は、本体の耐用期間ですかね。発見した時からかなりのポンコツでしたんで』

 

「最悪、一度使えればそれでも構いません。こちらにも使える切り札があると示すことが肝要ですから。もちろん、長く使えることに越したことはありません。調整、抜かりなくお願いしますよ」

 

『はーいはいっと。(かしこ)まりましたよ』

 

「……それでは、今回はこれで。わかっていることでしょうが……」

 

『心配性ですねー。何かイレギュラーがあればその都度連絡を取る、てな感じの毎度お決まりの注意事項でしょ?承っておりますよってなもんで』

 

「…………それなら構いません」

 

これといった挨拶もなく、相手方の返答も待たず、ブガッティはぶつんと通信を切った。

 

「ふん、軽薄で無礼な輩め。もう少しで奴らを切れると思うと楽しみで仕方ない」

 

革張りのオフィスチェアに深く腰掛け、デスクの端に置かれていたティーカップに手を伸ばす。注がれていた紅茶は既に熱が失われていた。

 

ゆうるりと水面を揺らしていたブガッティの視線が、モニターの隣にある写真立てに移る。苦々しく顔を(しか)めて、深々と眉間に皺を刻んで、紅茶を胃に流し込む。甲高い音を打ち鳴らしてティーカップをソーサーに戻した。

 

「ようやく……もうすぐだ。もうすぐ、愚劣で蒙昧(もうまい)な低能どもを……」

 

忌々しげに恨みがましく、怨念に近い淀んだ感情を言葉に込めて、ブガッティはチェアを半回転させ振り返る。

 

そこには仰々しい機械が据え置かれていた。何にどういう用途で繋げられているのかわからないチューブやコード、重厚な金属の塊がある。

 

なによりも目を引くのは、それらの雑多な装置に囲まれた二つの透明な強化ガラス製の円筒状の容器。その容器を満たす液体。液体の中央付近を浮沈する二つの宝石。空色と夕暮れ色の、美しい宝石。

 

ブガッティは朽ちた大木の(うろ)のような黒く暗い眼窩(がんか)でその二つを眺めながら、口元に不気味に歪んだ笑みを貼り付けた。

 

「く、くくっ……。見返してやる……後悔させてやる……」

 

(きら)びやかな二つの宝石が発する力ない明滅だけが、黒よりも暗い闇に抗うように部屋を照らしていた。




気持ちよくすっきりとした話では終わらせられない。これはもはや僕の性癖なのでしょうか。

一ヶ月と少しの間、再びお付き合い頂きありがとうございました。
一年も間が空いてしまったのに待っていたと言ってくれた方々には、とても励まされました。本当にありがとうございます。

さて、とりあえず連日の更新はこれでお終いです。打ち止めです。もう空っぽです。書き溜めるのは時間がかかっても、投稿すると一気になくなってしまいます。
僕の書き進め方として、出来上がった分から逐次投稿する、という感じにできないのでまた再投稿するまでには時間がかかってしまうでしょう。もし待ってくれている方がいるのでしたら申し訳ないのですが、しばらく待っていてくださいとしか言えません。

今の幕間編は一応次の投下の分で片付く予定でいます。やりたい話(アリサの話とかその他色々)があったとはいえ、最初はこんなに長くなると思っていなかったんですけどね。こればっかりは僕の悪い癖と技術的な問題なので、お許しくださいと平身低頭詫びる他ありません。ごめんなさい。
若干話がそれてしまいました。次の予定ですが、メインとして据える分はすずかの話と幕間編の最終章です。ところどころに短編でも挟んでいければなぁ、とも考えています。

えっと、他になにかあったかな?疑問質問があれば、感想欄なりなんなりで聞いて頂ければ答えられるかと思います。

最後にもう一度。ここまでお読みくださりありがとうございます。
次の投稿分がまだ全然手付かずなのでいつになるかわかりませんが、なるべく早く再開できるように努力します。

長々と書き連ねてしまいましたが、そろそろこのあたりで失礼します。
どうかまたお会いする日までお元気で。

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