「…………」
一つわかれば、わかったもの以上にわからないものを発見するのが、俺の宿命なのだろうか。
限定的だとしても、魔力の補給が可能なのは嬉しい発見だが、それよりも不安になる事案が浮上した。
鉱山の住人の集団失踪。いや、殺害遺棄に、想像したくはないがフランちゃんが関与している可能性がある。確証はないが、状況は彼女が深く関わっていることを示唆している。
こうなってくると、フランちゃんとの距離感や接し方もわからなくなってくる。筆談の時の急激な感情の昂り、情緒不安定さも、今となってはとても危うさを感じる。
「っ……違う。別にフランちゃんがやったって決まってないだろ……」
まるでフランちゃんが犯人かのような考えに、反吐がでる。
一時は戦闘にもなったが、どうにかこうにか工夫してコミュニケーションを取った結果、仲良くできている。その上、身体を休めるところも、飲み水も、食べ物すら提供してもらっておいて、まるでフランちゃんが大量殺人の犯罪者かのように考えている自分の恩知らずさには、もはや嫌悪しか出てこない。
しかし、被疑者の候補はたった一人しかいないのだ。
「……フランちゃんしか……」
フランちゃんしか、この地にはいないのだ。
この鉱山はある種の密室に近い。しかも二重に閉ざされている。
まず鉱山の外。この鉱山に辿り着くには無数の凶暴な生き物を相手にしなければならず、相当に高度な戦闘技術を持つ魔導師でなければ近づくことすらできない。
次に鉱山の内。フェイトクラスの魔導師でさえ、一人で歩けなくなるほどに
加えて遺体を隠している場所と、その方法も問題だ。広大な面積のある大広間、その土の下。形跡から判断してもかなりの範囲が掘り返されていて、おそらく掘り返されている場所の下には遺体が隠されているのだろう。どれほどの数に上るのか想像したくもないが、人の手で一つ一つやるのは骨が折れる。だが俺たちと戦っていた時のようなゴーレムの使い方をできるフランちゃんなら、問題はない。土を掘り返し、大量の遺体を埋めるという点において、フランちゃんの魔法以上に便利な手はない。
極めつけは、この大量殺戮のあった現場で唯一無事で生き残っていることだ。古典的にして王道的な推理小説の代表的作品が如く、そして誰もいなくなるほうがまだ自然だ。なのに、ただ一人で、たった一人でこの地に居続け、この地に生き続けている。
決定的な証拠があるわけではない。だが、状況は限りなくフランちゃんが怪しいと示している。
これらの情報を、こんな状況を前にして、俺はどうしたらいいのだろう。どうすべきなのだろう。
秩序の維持を職責とする嘱託魔導師として、事件の究明をするべきなのか。それとも鉱山からの脱出を優先し、穏便に済ませてフランちゃんから出口を教えてもらったほうがいいのか。
「どうしたの、徹。やっぱり疲れた?」
「ああ、いや……ちょっと考え事しててな」
「考え事、とは?」
「まあ……あれだ。ここから出る方法、とか?」
大広間から住居スペースに戻って座っていた俺を、フェイトとクレインくんが心配してくれていた。
休憩のローテーションは年長者のランちゃんに任せていた。相談した結果、大広間にくる前に一眠りしたフェイトと、晩御飯の直前まで休んでいたクレインくんが起きて、ランちゃんとアサレアちゃんが先に仮眠を取ることにしたらしい。
「ここから出る方法……ですか。出口を知ってるのは……」
「ん……ああ、そうだな。サーチャーで調査することもできない以上、フランちゃんに頼むしかないんだよなあ……」
「徹、フランは?」
「こっちに戻ってくる時に寄るところがあるっつって、ふらっと歩いてった。すぐに戻るって言ってたけどな」
大広間から住居スペースに戻るまでの途中でフランちゃんと別れた。かたつむりの殻を置いた部屋に向かっていた様子だった。
別行動でもしない限り、フランちゃんはなぜかほぼずっと俺の隣にいる。考え事が多くて頭を悩ませている今、彼女が別行動してくれているのは、言い方は悪いがタイミングが良かった。
仮に、あの謎の多いフランちゃんに出口を教えてもらうことができたとしても、鉱山の外では凶暴で強大な魔法生物たちがわらわらしている。そのまま無事に帰られるとは限らない。鉱山の中も外も、問題でいっぱいだ。
「……この山を出たら出たで、今度は魔法生物に追いかけ回されるんだろうな」
「そうだね。こっちにきたばっかりの時でも追い払うのがやっとだった。今の魔力量でもう一回襲われたら、次はきびしいかも」
「あのでかい鳥だけならまだしもなあ……。小さい鳥は数が多かったしなあ……」
「徹は一対一には強いんだけどね」
「大勢でこられるとどうにもな」
鉱山から出る方法も見つかっていないのに出た後のことを考えても仕方がないのだけれど、いざ脱出できた時に無策ではどうしようもない。フェイトと対処法を考えるが、今の時点で普段のコンディションの半分以下なのだ。外に出られたところでできることも限られている。
「んん……」
クレインくんが腕を組んで唸っていた。彼も何か案を考えているのかもしれない。
「クレインくん、なにか思いついたか?」
「ええ。出会う生き物すべて、なぜあんなに凶暴だったのだろう、と……」
「……って、鳥の群れの対処法じゃねえのかよ」
「あ、すいません……ずっと気になっていまして」
「まあいいけど。……あ、そういえばでかい鳥と戦った時も言ってたな」
「本当は鳥や猪はもっと大人しいの?」
「はい。といっても図鑑ではそう書いていたってだけですけど」
「あんなに必死に追ってきたってことは、それだけ鳥も猪もお腹を空かせてたってことだよね?」
「そのはずです。無意味に殺して楽しむような習性はありませんし、魔法を受けても怯まず、血眼で襲ってくるのは自然ではありませんから」
「…………」
クレインくんが抱いていた疑問は、一度輸送船の中で聞いていた。緊急時を理由にその時は流してしまったが、よく考えてみるとおかしい。
肉食動物が飢えるのは、草食動物が減ったせいだ。草食動物が減ったのは、主食となる草が減ったせいだ。そういう理屈だろうと予想はできるが、同時に疑問にも思う。
「徹、なにか気づいたことあるの?」
「気づいたっていうか……な」
「何かわかったのなら教えて欲しいです」
「えっと……フェイトは知ってると思うけど、家の庭、あるだろ?」
「うん。真守お姉さんが一生懸命お世話してるよね。あの家庭菜園」
「いや……本当はフラワーガーデンの計画だったんだけどな……。で、だ。あの庭の土には、あかねの魔力が含まれているんだけど」
「あかね?」
「フェイトにちゃんと説明したことなかったっけ?時の庭園にあった魔導炉に組み込まれていたロストロギア、あれのことだ」
「え?たしか逢坂さんの住んでいる世界は魔法が周知されていないんですよね?魔力を使ってて大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ。……今のところは」
「今のところはって……」
クレインくんが苦笑いで頬をひくつかせていた。まだ野菜や花が動き出したりはしていないので、おかしいと疑われることはないだろう。うねうね踊り出したらさすがにまずいけれど。
「話を戻すぞ。あの庭の土にはあかねの魔力が満たされている。その効果らしいけど、土の中に魔力があると肥料のような役割になって植物の生長が促進されるらしいんだ」
「えっと……ぼく、あまり植物については詳しくなくて……」
「大丈夫。魔力があったら植物が育ちやすいってだけわかればいい」
「あ、そっか。この世界はたくさん魔力がある。それなら、魔法生物が飢えるほど草がなくなるわけないよね」
相変わらず話が早くて助かる。
フェイトの言う通り、魔力が充満していると植物の生長はとんでもなく早い。なんならちょっと困るくらいの速度で生長するので、昼食のサンドイッチの材料にも使ったのだ。
家の庭では土にしか混ぜられていないが、この世界では土以外にも空気中、降る雨の中にもほかの世界とは比べ物にならないほど魔力が混ざっているだろう。庭に植えられている野菜よりも、この世界の植物のほうが生長速度は早いはずだ。
「草があるのなら草食動物は減らないし、肉食動物も飢えることがない。なのに飢えているということは、つまりその根幹が揺らいでいるってこと……生態系のバランスが狂ってるってことだ」
「で、でも、そのバランスなんてそう簡単に狂うものなんでしょうか?」
「んー……なにか大きな要因があれば、ありえない話じゃないとは、思うんだけどなあ。気候変動とかあれば環境が崩れることもあるだろうけど……」
鉱山の外はとても穏やかで、気温も異常に高かったり低かったりしていたわけではない。日照りが続いて干ばつが起こっているわけでも、豪雨が続いて洪水が起こっているわけでもなさそうだった。
「ねえ、徹。外来生物が現地の生態系を乱してる、ってテレビで言ってたよ。そっちの可能性ってないかな?」
「外来生物か。それなら……」
「ペットや食用として輸入された動物が野生化して生態系を乱すというのはどの地域でも聞く話ですけど、この世界では難しいんじゃないでしょうか」
「ほう……クレインくん、その心は?」
「外来生物が運ばれてきた地域の生態系を荒らすのは、その地の在来生物よりも強いからです。ただこの世界の場合は……」
「並みの魔導師よりも強い生き物がうじゃうじゃいるんだもんな。違う世界で猛威を振るった生き物を持ってきたとしても到底太刀打ちできない。勝負にもならないだろうな。たぶんこの世界で一番強いのは、身体の大きさとか毒とか力とかじゃなくて、魔力をより有効活用できる生き物だ」
「あ、そっか。そうだね……うん」
「……いや。フェイトの考えはそう間違ってない。着眼点はきっとそこなんだ」
「え?」
外来生物。そうフェイトが口にして、絵本にあった内容を思い出した。元あった国を追われ、この鉱山に移り住んできたという内容。
でもそれらはもっとずっと昔の、おそらく何百年も前の出来事だ。住人たちがこの世界に移り住んできたことで生態系が狂ったのであれば、この世界の生態系は既に死んでいてもおかしくない。
だから、もう少し近代のことだ。最近起こった出来事。そう考えて、一つ、思い当たる。
「鉱山の人たちが、原因……か?」
「この山の住人と、この世界の生態系が関わっているとは思えませんけど……」
「昔は、大気や河川の汚染のせいで自然破壊が深刻だった、とかって真守お姉さんと勉強して教えてもらったよ」
「おお、フェイトの勉強の成果がこんなところにまで」
「でもそういうのの原因って、工場排水や生活排水が原因って言ってた」
「そう、ですよね。鉱山の中で、しかも技術レベルもそう高くなさそうなここでは影響も少なそうですけど……」
「すまん、言葉が足りなかった。正確には、鉱山の住人がいなくなったから、だ。フランちゃんが言ってたんだが、最近かたつむりの数が増えてるって」
「……かたつむり、ですか?」
「うん。クレインが寝てる時に、フランと、徹と私とランでかたつむり退治に行ったんだ」
「かたつむりっつっても、ランちゃんより背の高い巨大かたつむりだけどな」
「ランさんより大きい……それは恐ろしいですね……」
クレインくんの言い方だと、巨大なかたつむりが恐ろしいというよりも、ランちゃんそのものが恐ろしいというように聞こえてしまうが、今は触れないでおこう。
「巨大かたつむりを退治するのがフランちゃんだけになって、かたつむりの数が増えた。かたつむりが増えたせいで、草食動物の餌である草が少なくなってるんだ」
「あれ?かたつむりのご飯って、魔力を吸収する金属じゃないの?」
「アブゾプタルな。あれはたぶん、普通のかたつむりで言うところの、カルシウムの代わりなんだ。殻の成長のために摂取してるだけだ。普通のかたつむりと同じなら、野菜とか草が主食になる」
「なるほど……その巨大かたつむりが増えたのだとしたら、草食動物と食べるものが競合するわけですね……」
「でも、大きな草食動物とかたつむりなら、かたつむりのほうが負けそうだけど……」
「いや、案外そうとも言い切れない。さっき言ったことだけど、魔力を効率よく使える生き物が一番強い。一番生き残れるんだ。それで考えれば、かたつむりは他の生き物よりも断然強い。なんたって、殻に魔力を溜めておけるんだからな」
かたつむりは魔力を奪われる鉱山の中でさえ、ゴーレムの攻撃を防ぎきるほどのタフネスぶりを誇る。鉱山の外ともなれば、あの強固な守りを貫く相手など限られているだろう。それこそ輸送船を襲撃した巨大な鳥くらいなものではなかろうか。
攻撃手段に
実際、鉱山の周囲数キロメートルはもう、巨大かたつむりの縄張りのようになっているのかもしれない。
「鉱山の近くじゃ山肌が禿げていたし、入り口の近くで折れた動物の骨もあった。あれは巨大かたつむりと何かしらの動物が争った跡なんだろうな」
「それじゃ、かたつむりに餌場を追い出されたせいで、ほかの草食動物が減っちゃったってこと?」
「たぶんそうなんだろうな」
「まさかかたつむりが、動物の凶暴化に影響があったなんて……。でも、たくさんいるかたつむりが原因なのだとしたら、その解決は容易ではありません。一日二日で鉱山の外を安全にすることはできそうにないですね……」
「……ああ。そうだな」
本来穏やかな気性の生き物たちが凶暴化しているのは、かたつむりが原因という仮説は立てられる。そう間違ってはいないだろうという自信もある。
鉱山の外を安全にする解決策は見つからなかったが、おおよその原因は見つけられたのだ。数学の難問を解いたような、すっきりとした感覚があってもおかしくない。
なのに。
「…………」
なのに、なぜだろう。棘が刺さっているような、気持ちの悪い感覚が残っている。
とくに深く捉えていなかったこの事象が大きく関係しているような、漠然として曖昧な気持ちが押し寄せる。
その不安感には、結局答えを出せなかった。
*
フェイトとクレインくんを部屋に残し、俺はフランちゃんを探す。
正直なところ、フランちゃんに面と向かってこの鉱山のことをあれこれ深掘りして聞くのは気が進まない。筆談していた時のような感情の昂りがあると、手がつけられなくなる。
気は進まないが、しかし、これ以上うやむやにもできないだろう。
情報の量は少ないし、その情報も断片的で不明瞭だ。真偽や確度を検証しようにも、照らし合わせて検証するだけの下地となる情報がない。
無闇につついて蛇を出したくはないが、フランちゃんが持っているだろう情報が必要だ。
「たしか……かたつむりの殻を置いといた道あたりに行ったはず……」
食事の前、かたつむり駆除の帰り道のこと。
かたつむりの殻を引きずって持ち帰ってきていたが、小部屋に戻る前に、不意にフランちゃんがとある道を指差した。小部屋までの道から一本外れるその道は、そう奥行きがあるわけではなく、それほど広くもなかった。
ただ、奥のほうに雑多に物が置かれていた。
倉庫とも呼べない、部屋では決してないその道に、殻を置いておくようにとフランちゃんには言われた。その殻をどうするのか、何も手を加えずそのままにしておいていいのかと尋ねてみたが、フランちゃんは小首を傾げ、置いておくだけでいいと言っていた。
「このあたりだったよな……」
大広間の畑を見学させてもらった後、フランちゃんが向かった方角には他に目ぼしい場所はない。殻置き場にいるのはほぼ確実だろう。
殻を置いた道に近づいた時、何か異様な音と振動に気づいた。
「な、んの音だ……なにやってんだ」
壁に背をつけて、道の先を窺い見る。
人影があった。動く影が、二つあった。住人の生き残りかと思ったが、違う。片方はフランちゃんだが、片方はゴーレムだった。
ああゴーレムだったのか、住人じゃなかったのか、と落胆したが気づいた。
なぜゴーレムを人と勘違いしたのか。
フランちゃんの操るゴーレムは一応人のような形をしてはいるが、縦にも横にも大きいし、足なんて異常に太いし、なにより頭がない。間違えようがないが、人と間違えた。
その理由は、フランちゃんの操っていたゴーレムとはだいぶ形状が変わっていたからだ。
隣にいるフランちゃんと見比べる限り、背丈は二メートルも絶対にない。俺とランちゃんの中間くらいだろう。腕も足も胴体も、全体的にスリムになっている。相変わらず頭部は見当たらないが。
「……なにか、砕いてんのか」
がり、ごりと、何か固いものを砕くような音がしていて、音と連動するように振動がある。
どうやらゴーレムになにか作業をやらせていて、フランちゃんはその作業の進捗具合を覗き込んで確認しているようだ。
その何か固いものというのが人の骨とかだったらどうしようと嫌な想像が脳裏をよぎったが、音が途絶えるとゴーレムは近くに置かれていたかたつむりの殻を抱えて、また同じ位置に戻った。砕いていたのは殻のようだった。
「サーチャーは……ここはまだ使える範囲か。よかった」
魔法を阻害されずに使えるのは、大広間にある光る石の結晶を中心とした限られた範囲だ。ここは居住区よりも少し離れたところにあるのでどうかと思ったが、魔法は使えるようだ。
サーチャーを一つ展開し、フランちゃんの手元を映す位置に移動させる。
「……なんだ、やっぱり殻から作っていたのか……」
しばらくサーチャーで作業する手元を視ていた。
だいたい流れとすると、かたつむりの殻を細かく潰し、比重の差を利用して殻と殻に含まれるアブゾプタルとを選り分け、選り分けられた細かなアブゾプタルを金型のような容器に入れ、成型する、というもの。
熱して金属を溶かしてから金型に入れるんじゃないのか、と不思議に感じたが、すぐにその疑問は解決した。フランちゃんは金型を両手で持つと、魔法を発動させる。魔法の展開が終わると、左右開きに金型を外した。ころん、と金属の塊が金型から転げ落ちる。その塊は、俺も見たことのある卵のような形だった。
つまり、ゴーレムに使うアブゾプタルを、フランちゃんは作っていたようだ。
「……なんだ。べつに怪しいことしてないじゃん。……よかった」
もしかしたら、絶対にありえないけどもしかしたら、フランちゃんがこの鉱山の住人を殺めて遺棄したのではないかと、そんな失礼で恩知らずな疑惑を持ってしまっていた。こうして何をしているのかわかった今、フランちゃんに勘付かれないようにこそこそ確認していた自分が情けない。
というか、こうしてアブゾプタルを精錬するだけなのなら、フランちゃんもその作業をすると教えてくれればよかったのに。絵本の中でも金属加工や精錬技術がどうとかと書いてあったし、やはり門外不出の技術だったりするのか。
「フランちゃん。寝なくていいの?手伝おうか?」
フランちゃんは危ないことをしているわけでも、怪しいことをしているわけでもなかった。大広間で骨なんて見つけてしまったせいだ。妙に神経質になってしまっていたのだろう。
罪悪感もあいまって、作業を続けているフランちゃんに手伝いを申し出る。まるで浅はかな罪滅ぼしだ。
物陰から現れた俺に対するフランちゃんの反応は、劇的だった。
「きゃあっ?!」
フランちゃんは肩を跳ねさせて悲鳴をあげ、勢いよく振り返った。
「……フランちゃん?」
暗い場所で、しかもフランちゃんしかいないところで俺が急に声をかけたから驚いたのかと思った。
だが、違った。そうじゃなかった。
俺の姿をきちんと視認しても、彼女の表情は驚きから変化しない。いや、ある意味変化はした。驚きから、恐怖としか言いようがない表情へと。
「ま、まだ……っ?!ぅ、あ……っ、シュランクネヒト!」
「お、おい、フランちゃん!……っ!」
シュランクネヒト。そう彼女は叫んだ。
フランちゃんの隣にいたゴーレムが動き出す。明確な敵意を宿して、俺のほうを向いた。
なぜ俺のことを見てからゴーレムを動かしたのかわからない。今の彼女からはなにか、異物感を覚えるが、その正体を探る前に、身に迫る脅威を払わなければいけない。
注意をフランちゃんからゴーレムに移す。
「は……っ?!」
ゴーレムに注視した頃には、すでに腕を振り上げて俺の目の前にいた。
「くっ、そ……速いっ」
身体を傾けて振るわれた土の腕を避けるが、すぐさまゴーレムの反対側の腕が拳を振るう。
手のひらで受け止めて事なきを得た。
「いつものゴーレムより、動きがいいなあおい。ダイエットしたからか?」
これまでのゴーレムよりもスリムなぶん、打撃に重みはなくなったが俊敏性が桁違いだ。攻撃手段も腕を振り下ろすだけではなく、人のように拳を打つことができる。動きに柔軟性がある。ゴーレムを操るというところは同じだが、とても同じ魔法とは思えない。
でかいゴーレムより数倍厄介だ。
「ま、動きはいいけどそこまでだな」
厄介とはいえ、近接格闘が巧みというわけではない。鈍重なゴーレムからの差が激しくて慌てたが、アルフやクロノ、鮫島さんみたいな格闘戦のノウハウはないし、ジュリエッタちゃんの魔法のような精密な動きや柔軟性もない。
「ふっ……」
横から鎌のように払われるゴーレムの両腕を弾いて、胴体に掌底を抉りこむ。外見は大きく変わっていたが、強度に大きな変化はないようだ。ぼふっ、と鈍い音がして胴体が丸く吹き飛んだ。
「やだ……やだっ……やだっ!死にたくないっ!シュランクネヒト!」
「死にたくないって……なに言ってんだ、俺だって!フランちゃん!」
ゴーレムを土の山に戻してフランちゃんを見やる。ひどく怯えたように身体を震わせて、再び魔法名を叫ぶ。
「なんなんだよ……あれは、ほんとに……」
一抹の不安が不意によぎる。本当にあれは、フランちゃんなのだろうか。
この付近はざっとだが調べた。すぐ見つかる範囲に生き残りの住人がいないこともわかっている。目の前の人物の外見的特徴がフランちゃんに酷似しているのも、見てわかる。
だが、あまりにも、おかしい。
「ちっ……邪魔だ」
地面から生えるようにして創造されたゴーレム三体を相手取る。
動きは俊敏で、打撃はコンパクト。非常に面倒な相手だ。普通の魔導師なら充分相手にできるだろう。
だが、基本的にいつも顔を突き合わせての殴り合いをしている俺からすれば、もう一つ二つ、ステージが物足りない。
「っ、はっ、ほっ!」
突き出された右端のゴーレムの腕を受け止め、掴んだまま壁を駆け上がる。掴んだ土の腕を捩じ切りながら、右端の一体を飛び越えて左端のゴーレムに足を振り下ろす。そのまま、胴体が斜めに抉れた左端の一体は動きを止めた。
「フランちゃん!俺だ!徹だ!フランちゃん!」
「な、なんで、わたしの名前……っ」
やっぱりフランちゃんで間違いはない。なのに会話にならない。
「話を聞い……あれ?ベルカ語じゃ、ない……」
ようやく彼女の異変に気づいた。
襲ってくるゴーレムをあしらいながら、違和感と異物感の正体を追及する。
ずっと、魔法以外でフランちゃんはベルカ語を使っていない。ゴーレムだけは正式名称であるシュランクネヒトと呼んでいるが、会話自体はずっとミッド語だ。こんなに臨機応変にミッドチルダの言葉を、彼女は使えただろうか。
それに、顔色が細かく見えているのもおかしいのだ。いつもフランちゃんは人の目を遮るように、自分の顔を隠すように髪を垂らしているのに、今は前髪をかき上げている。
おかしなところを見つけ始めると、他にも見えてくる。どこか、声が少し低くなっているような気がする。
顔も身体も、もちろん名前もフランちゃんなのに、俺のことを覚えていない。まるで出会って話をする前みたいな警戒心だ。
「まずは、落ち着いて話さないと……っ」
腕を捻り切った右端のゴーレムと、中央にいた無傷のゴーレムから一度距離を取る。左右に分かれて攻めかかってくる二体のゴーレムのど真ん中を、両腕を広げてラリアットの要領で襲歩を使って駆け抜ける。
「さすがにちょっと……腕、痛いな……」
じんじんと両腕が痛むが、ゴーレムは二体とも腰あたりから上下に両断された。
やはりフランちゃんが操るゴーレムは、大広間で戦った時のような数で押し潰す戦法が一番有効なのだろう。ここのような細い道では、一体一体の強度が不十分なこともあり各個撃破できてしまう。
「ひっ……っ」
「ゴーレムを……じゃなかった、シュランクネヒトを向けてきたことは怒らない!だから、まずは話そう!なんか嫌なことがあるんならちゃんと聞くから!」
「また……また、殺すんだ……次はわたしを……殺しにきたんだっ!シュランクネヒト!」
「もう、なんなんだ……」
錯乱したように叫びながら、フランちゃんは両手を床につけた。
その動作は知っている。ゴーレムを身に纏う時の動きだ。ゴーレムの鎧を着込む前に抑えたいが、フランちゃんは俺との間にまたゴーレムを生み出そうとしていた。
護衛を倒しているだけではきりがない。新たに生み出されるゴーレムはこの際無視する。襲歩で床を蹴り、壁を二、三歩走り、彼女の後ろに回る。
「え、あれ……」
一瞬下を向いた時に俺の姿を見失ったらしいフランちゃんが、呆然と呟いた。
後ろに回った俺は、地面に下半身が埋まりかけているフランちゃんのお腹に腕を回して地面から引っこ抜く。
「フランちゃん。俺言ったよな、暴れたりしない限りは危害を加えないって。怒らないから、襲った理由を教えてくれ。じゃないとみんなの安全のために、俺は君を拘束しないといけなくなる」
「ぁ……は、あ……っ」
後ろから抱き上げて、よくわかった。
震えていた。がたがたと、凍えるように。
緊張状態にあるのか筋肉は硬直しているし、息も荒くて過呼吸に近い。
フランちゃんの突然の敵対行為にかなり戸惑っているし、なんでこんなことをしたのかとほんのちょっとは苛立ちもないとはいえないが、震えさせるほど怒気を含んだ声を出してはいない。なぜここまで怯えているのか、わからない。
「フランちゃん、落ち着いて息を吸え。ゆっくりと……」
「やめて、お願いっ……。殺さ、殺さないで……っ。なんでも、なんでもしますっ……お願……ぃ。た、すけ……」
俺が抱き上げたままフランちゃんは身を守るように丸まって、殺さないでと請願し続けた。力ない声で救いを求めて、やがて脱力した。腕がだらりと垂らされる。
「おい、フランちゃん!おい!」
いきなり気を失ったので心配だったが、脈もしっかりとあるし、さっきのパニック状態の時よりも呼吸は安定している。心配なことは心配だが、とりあえず命に別状はない。
「『殺さないで』『助けて』……そういえば、フランちゃんも最初……」
先程までのフランちゃんは、大広間で出会ったばかりの彼女の精神状態と似ていた。そう感じて、思い出す。大広間でゴーレムから引きずり出したフランちゃんも、呟いていたのだ。あの時はミッド語ではなかったのですぐに理解できなかったが、読み方を勉強した今ならわかる。
『
『
ベルカ語で、大広間の時も同じことを呟いていた。
殺さないで。助けて。
実際に殺人を犯した者が、気が動転している窮地の際で真に迫って、そんなことを呟くだろうか。
俺は、そうは思わない。これが自分への疑いを他へと逸らすためのフランちゃんの演技とは、思いたくない。
殺さないで。助けて。
そう嘆願したということは、そう嘆願しなければいけない相手がいたということだ。
つまりは。
「……誰か、他にいた……」
フランちゃんではない誰かが、この国を殺したのだ。
第三者が存在した。