そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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一部編集。話の本筋に変更はありません。


「歴史上の偉人」

俺たちとの戦闘で疲弊していたのか、それとも精神的に追い詰められたのか、気付いた時にはゴーレム使いの少女は意識を失っていた。

 

ぎょっとして少女に駆け寄ったら呼吸は乱れていなかったし心拍にも異常なし。とりあえず命に支障があるわけではなさそうなのでよかった。

 

地面に寝かせておくわけにもいかないので少女を抱えて移動しようとしたが、合流したアサレアちゃんからひどく冷たい視線を向けられるものだから諦めた。かといってフェイトやアサレアちゃん、クレインくんに少女を抱えて移動する体力は残っていないのでランちゃんに頼んだ。

 

大広間を探索していると、小休憩していたところのような、トンネルに扉をつけたような住居エリアが並んでいた。無断で侵入するのは後ろめたいが、緊急性もあるのでその一室をお借りさせてもらうことにした。

 

「……どうだ?感覚掴めたか?」

 

「はい……だいたいわかったような気がします」

 

少女のことはランちゃんにお任せするとして、俺はクレインくんを診ていた。

 

トンネル型の小部屋はやはり住居として使われているらしく、四基ほどベッドがあった。その一つに少女を寝かせ、違う一つにクレインくんを寝かせた。

 

下層に落ちて別行動になる前、ランちゃんには魔力を抑える方法を手解きできたがクレインくんにはできずにいたのだ。こうして無事でいてくれてよかった。

 

「ここも魔力を吸われることはないから今すぐ問題はないけど、帰りもあるからな。魔力の抑え方を知っとかないと」

 

「ご迷惑おかけしました……ランさんには本当にすごく助けてもらって……」

 

「助け合ってこその仲間よん。気にしなくていいわぁ」

 

俺たちと分断された後、クレインくんにはランちゃんが魔力を抑える感覚を教えたそうだ。それでも完全に抑えることはできず、体調が悪くなるたびにランちゃんが魔力を供給してあげていたらしい。

 

本当に、ランちゃんがクレインくんと一緒にいてくれたのは幸運だった。

 

「診た感じ異常はなさそうだ。疲れは相当溜まってるはずだから、今はゆっくり寝てな」

 

「……すい、ませ……」

 

やはり堪えていたようだ。一言うわごとのように謝ると糸が切れたように眠りに落ちた。

 

寝たところで魔力は回復しないが、体力は戻る。必要最低限しか魔力はないとはいえ、体力が戻ればいくらか気分もよくなるだろう。

 

「……クレイン兄は?」

 

アサレアちゃんが近くまで歩いてきて、素っ気ない口振りで聞いてくる。だが、手は自分の服をぎゅっと握りしめていた。この子は、言動と内面がとてもわかりやすいほどに裏腹な子なのである。

 

「大丈夫。寝て起きれば体調は戻る」

 

「そう……ふうん」

 

「安心できたか?」

 

「なっ、ばっ……べつに?!安心も不安もないわよ!あいさ……あんたが診てたんだから心配する理由なんてないわ!」

 

「怒るのか褒めるのかどっちかにしてくんないかな……声と内容にギャップがありすぎて心臓に悪い」

 

「ふんっ……」

 

「お嬢ちゃん、静かになさい。この子もクレインちゃんだって眠ってるのよ?」

 

「わ、かってるわよ……」

 

「まったくもう、フェイトちゃんを見習ったらどうかしらぁ?すごく手伝ってくれてるのよ?」

 

「ほかにできることがないからだよ」

 

「そしてこの謙虚さ。慎ましいわぁ……それにひきかえ……」

 

「ぐぬぬっ……。な、ならわたしも手伝うわよ!」

 

流れるような手際でランちゃんに乗せられている。アサレアちゃんのちょろさはちょっと心配になるレベルだ。

 

「それじゃあお水を換えてきてちょうだい。場所覚えてる?」

 

「覚えてるわよ!ばかにしすぎだから!」

 

たらいのような容器を抱えてぷんすか怒りながらアサレアちゃんが部屋を出る。

 

どこか休める場所を探しているときに井戸を発見していたのだ。光る石の結晶で野菜を育てていたので、その生育にも使われているのだろう。

 

「その子、どうだった?怪我はさせてないと思うんだけど」

 

「ええ。それについては大丈夫だったわ。ただゴーレムの中にいたからでしょうねぇ、土で汚れてしまってるのが可哀想だわぁ。シャワーとかあればいいのだけれど」

 

「たしかに……私もシャワー浴びたい」

 

「水はあるから、あとはなにか大量に水を貯めれるものさえあればお湯にできるんだけどな。あとで探そう。今はこの子のことだ」

 

「ま、きっと疲労でしょうねぇ。この子もだいぶ魔法使ってたみたいだもの」

 

「一人であの数の、ゴーレム?を操ってたのかな?」

 

「たぶんそうだろ。この子が戦意喪失した直後に他のゴーレムが崩れたし」

 

「だとしたら、すごい力だよね」

 

「こういう言い方はあんまり好きじゃないけど……」

 

「……徹?」

 

首を傾げて俺を仰ぐフェイトを見て、続ける。

 

「……どこにだって、天才ってやつはいるんだろうよ」

 

この子に関しては、才能が特化しすぎているけれど。

 

他の魔法を知らないのか、もしくは使えない代わりに、ゴーレムを操る能力に長けている。サンドギアで出会ったジュリエッタちゃんとちょっと似ている。ジュリエッタちゃんの場合は単体をとても精密に操作する、というものだったが。

 

このゴーレム使いの少女やジュリエッタちゃんのような尖ったセンスを持つタイプの天才や、なのはやフェイトのような幅広い戦況に対応できる天才もいる。

 

天才などという形容のしかたはあまり好きではないけれど、そうとでも表現するほかない人物もやはりいるのだ。

 

「……天才がどうとかを徹が言うのはちょっとおかしいけど」

 

「え?」

 

「徹ちゃんの場合、天才というより異才って感じねぇ。ただ能力が高い人間より、考え方がぶっ飛んでる人間のほうが厄介よねぇ」

 

「あんまり褒められてる気はしないな」

 

「すごい魔法を使えるとか、頭がすごくいいとか、そんな人なんてたくさんいるよ。徹のすごいところは、誰にもできないことができるところだよ」

 

「フェイト……」

 

「良いことか悪いことかは別だけど」

 

「オチをつけるな」

 

せっかく褒められているみたいだったのに、最後の最後で歯切れが悪かった。ただ良いことも悪いこともどっちもしているので、なんならその比率は後者が勝っているので、否定はできなかった。

 

「とにかく、俺たちが戦ったゴーレムについてはこの子が一人で操ってたんだろうけど、この子一人で鉱山にいるっていうのは……おかしいよな……」

 

この住居エリアもそうだし、大広間にくる前の休憩所でもそうだが、一人しかいないというのは絶対にありえない。この部屋でさえ、ベッドが複数備えられている。

 

もっとたくさん人がいるはずなのだ。その人たちはどこにいるのか。

 

この鉱山唯一の住人をじっと見る。

 

長い前髪に隠された顔はよく見えないが、今は穏やかな寝息を立てている。

 

薄汚れていた顔や腕はランちゃんが濡らした布で丁寧に拭いていたので綺麗になっている。その肌は驚くほどきめ細かく、ぞっとするほどに白い。フェイトやアリシアが健康的な白さだとすれば、この子は病的だ。ずっとこの鉱山で暮らしていれば紫外線を浴びることもない。だろうから肌は焼けないにしろ、人という生き物はここまで色素がなくなるものなのだろうか。

 

「……徹」

 

「どうした、フェイト。おおう、なになに?どうしたんだよ」

 

ゴーレムの脅威は去ったが、またいくつも疑問が生まれた。少女が何者なのか、他の人はどこに行ったのだろうかと考え事をしていると、ぐいっとフェイトに袖を引かれた。らしくない、強い力だ。

 

「見すぎ」

 

眉を寄せるというレアな表情で、フェイトは俺に文句を言う。新しいフェイトの一面は嬉しく思うが、言ってる意味はまったくわからない。

 

「え、みすぎ?なにが?」

 

「徹、この人のこと見すぎ」

 

「……は?」

 

「仕方ないわよ、フェイトちゃん。男っていう生き物はね、悲しいくらいおっぱいに目と心を奪われる生き物なの」

 

「…………」

 

「やめろ、ランちゃん。フェイトに余計な知識を与えるな」

 

「否定はしないのね、ふふっ。ごめんなさいな」

 

「…………」

 

「フェイト、フェイト。本気で悲しそうに哀れんだ目を向けるのはやめて。なんかすごい心が痛い」

 

「この人、背はアサレアより小さそうなのに、胸大きいもんね」

 

「…………」

 

その言い方は、アサレアちゃんも傷つけることになる。アサレアちゃんが席を外してくれていて本当によかった。

 

「徹も大きいほうがいいの?」

 

「…………」

 

実に返答に困る。

 

「……真守お姉さんが言ってた」

 

「な、なんだ?姉ちゃん?」

 

「『沈黙は肯定や』って」

 

「くっ……」

 

変なところにアクセントがついているなんちゃって関西弁で、フェイトが俺を追い詰める。

 

姉ちゃんめ、不要にして不純な情報を純粋なフェイトに吹き込んでんじゃねえ。

 

「私、大きくなるかな……」

 

「ぶっ……」

 

胸に手をやって、本気のトーンでフェイトが呟いた。思わず吹き出した。

 

「大丈夫よ、フェイトちゃん」

 

「ラン……」

 

励ますように、フェイトの肩にランちゃんが手を置いた。

 

慈愛に満ちた表情で、ランちゃんはゆっくり頷く。

 

「おっぱいを大きくする方法はあるわ」

 

「ほんと?」

 

ランちゃんは自信満々に微笑んだ。

 

できる限り即刻やめていただきたい話題だが、俺の友人にも胸の大きさで悩んでいる女の子がいる。一応聞いておこう。

 

「妊娠したら大きく……」

 

「今すぐその口を閉じろ!」

 

「妊娠……?」

 

「フェイト、ランちゃんの言ったことは忘れるんだ。いいか、忘れろ」

 

「もう少し大きくなったら産める身体になるわよぉ」

 

「もう少し、大きく?それって具体的に……」

 

「それ以上とち狂った性教育を続けるつもりなら、俺は今後『シャフツベリーさん』と呼ぶことになるぞ」

 

「そ、それはやねぇ。黙っておくわぁ」

 

もう充分にいらない情報を垂れ流してくれたが、やっと口を閉じてくれた。

 

「徹」

 

「な、なんだ?」

 

「妊娠ってどうするの?」

 

「くそぅ!」

 

プレシアさんちのリニス先生は、魔法は丁寧に教えても性教育は(おろそ)かだったようだ。

 

「ね、徹?」

 

「あー、えっと……」

 

「むふふ……」

 

歴史の問題の答えを尋ねるのと同じように、どこまでも純粋な瞳で俺に聞いてくる。

 

こんな状況に追い込んだくせに俺とフェイトを眺めてにやにやとほくそ笑んでいるランちゃんを今すぐ叩きたい。

 

「ん、んぐっ……」

 

どう逃げようかと考えていると、この上ないくらいのベストなタイミングで少女が目覚めた。これを理由にさせてもらおう。

 

「お、おっと、起きたみたいだ。てなわけで、フェイト、この話は家に帰ってから姉ちゃんにゆっくり教えてもらいなさい」

 

「そう……うん、わかった。今はお仕事中だもんね」

 

「そ、そうだ。えらいぞ、フェイト」

 

そうだった、フェイトはとても真面目なのだった。仕事を理由にすればすぐに回避できるのだ。流れで姉ちゃんに押しつけることもできたし、もう大丈夫。

 

さて、大事な話はここからだ。

 

屈んで、少女に目線を合わせる。

 

「おはよう。痛いところはないか?」

 

起き上がってぼんやりとしていた少女が、うつろな瞳をこちらに向けた。そこでようやくどういう状況か思い出したようだ。

 

首でも絞められたような声にならない悲鳴を漏らして、可哀想なくらい身体を縮めて俺たちから距離を取ろうとする。

 

『トゥーテミッヒニヒト』だとか『ヒーフミア』だとか、恐怖で張りついた喉を震わせて呟いていた。ゴーレムから引っこ抜いた時も言っていた言葉だ。

 

「君に危害を加えるつもりはないから、安心してくれ」

 

「っ……ぅぅっ」

 

布団を搔き抱いて、凍えるように少女は自分の身体を抱いていた。

 

俺では話が進みそうにない。子どもを安心させるならユーノが適任なのに今日に限っていないとは。

 

クレインくんは眠っているし、ランちゃんも顔だけは綺麗だが身体が大きくて威圧感がありそうだ。アサレアちゃんは席を外しているし人格的に問題がある。ここはフェイトが適役か。

 

「……フェイトちょっと話してみてくれ」

 

「え……。わ、私、できるかな……」

 

「俺じゃかえって怖がらせちまいそうだ」

 

「……たしかに」

 

「おい」

 

一言も否定しなかったフェイトには文句を言いたいところだが、さらに少女を怯えさせてしまう。我慢である。

 

「は、はじめ、まして……こ、こんにちは」

 

「…………」

 

大事なことを忘れていた。フェイトもフェイトで人見知りだった。

 

ただ、その人見知り具合が逆にいい印象を与えたようだ。小さい可愛い女の子(フェイト)が頑張って話しかけてきているのを見て、悪いやつだとは思わないだろう。

 

まだ布団を抱きしめてはいるが、顔はフェイトを向いている。

 

しばし二人は見つめあって、フェイトが振り返った。

 

「な、なにを話したらいいの?」

 

まず第一には、ここがどういうところなのか情報を得たい。そのためには警戒心を解いて、信頼されなければいけない。つまりは普通に話ができるようになればその内容はなんだっていいのだけれど、それだとフェイトも困るだろう。今もとってもテンパってる。

 

「俺たちの言葉を話せるか、聞いてみてくれ」

 

「う、うん」

 

少女の口から出てきた言葉には聞き覚えがなかったし、小部屋にあった本に目を通した限り、この鉱山に住んでいる人たちはまだベルカ語を使っているようだった。

 

話が通じなかったら、情報を得るどころではなくなるのだ。

 

「えっと、あの……言葉、わかる?話、わかる?」

 

なぜか片言になっているフェイトに、少女は小さく頷いた。

 

「ちょっと、だけ。ビミョウに……」

 

難しいニュアンスの言葉をご存知のようだ。ともあれ、こうして言葉が通じるのは助かった。

 

「つ、次はどうしたらいい?」

 

「ああ、そんじゃ自己紹介とかしとこうか」

 

再び俺を仰いだフェイトに提案すると、安心したように笑んで、また少女に向き直る。その様子をランちゃんはにこにこしながら眺めていた。たしかにすごく可愛いけれど、これでいいのかランちゃんよ。俺たちなんの役にも立っていないぞ。

 

「私は、フェイト・テスタロッサ、です……。あなたは?」

 

「イッヒ……ワタシ、フランツィスカ・ヴァルトブルク。フラン。いう。みんな」

 

「フラン……よろしく、ね?」

 

「…………」

 

フェイトの精一杯の歩み寄りに、フランツィスカ・ヴァルトブルクちゃん、愛称フランちゃんは沈黙で答えた。沈黙は肯定、とフェイトが姉ちゃんの受け売りで言っていたが、この沈黙は肯定とも否定とも違う。警戒や懐疑が、一番近い。

 

とてもではないが、信用はしてもらえていない。戦ったばかり、目覚めたばかりの初対面で、信用も信頼もないけれど。

 

「えっと……あと二人いるけど、先にこっちの二人を紹介するね。こっちはラン」

 

「ランドルフ・シャフツベリーよ。ランちゃんって呼んでねぇ?」

 

「…………」

 

「ふふっ、ゆっくり時間をかけて、仲良くなりましょ」

 

外見だけは柔和でモデル顔負けなランちゃんが微笑を伴って語りかけたのに、フランちゃんは警戒の姿勢を崩さない。

 

「それで、こっちが……」

 

フェイトが身体を傾け、手のひらを俺に向ける。

 

「っ……っ!」

 

フランちゃんの警戒指数が跳ね上がった。きっとランちゃんの時より三段階くらい度合いを強めている。これは俺がフランちゃんをゴーレムから引きずり出したからであって、俺の風貌とは関係ないことを祈ろう。

 

「だ、大丈夫、とても優しいよ?顔が、怖いだけで……」

 

たとえ事実だとしてもいらないことを言わんでいい。

 

「えと……こっちは徹。意外と頭もいいんだよ」

 

「っ……」

 

「意外とってなんだ。こほん……俺は逢坂徹。君が暴れたりしない限りは絶対に危害は加えない。約束するよ」

 

「……タウル?」

 

「ちょっと発音違うけど、そんな感じ。徹な。と、お、る」

 

これまでとは異なるリアクションだった。俺の名前を復唱しようとしただけではない。白眼視でも生温いくらいの眼光を長い髪の隙間から浴びせてくれていたが、その瞳がまん丸に開かれた。

 

「……ヴィルクリッヒ?」

 

「え?どういう意味……て、ちょっ、近っ……」

 

俺から可及的距離を取ろうとベッドの端に避難していたのに、名乗った途端四つん這いににじり寄ってきた。どんな心境の変化があったのか、真反対なくらいの態度が変わった。

 

とりあえず、警戒はされなくなったらしい。どんどん近づいてくるし、四つん這いで近づくせいで襟ぐりが下がってとても深い谷が覗けてしまっている。精神的にも服的にも警戒が緩んでいる。

 

「ああ……タウル……っ!オンザークーニヒ!」

 

「えっ、なに、なに?!」

 

「あらぁ……」

 

「…………」

 

状況が読めない俺たちを放ったらかしに、フランちゃんのボルテージは上がっていく。俺の名前を若干間違えながら連呼し、生地の薄いワンピースが乱れるのも気にせずにベッドを這って俺に近づく。取り縋るように俺の服を握って、見上げた。

 

長い前髪の隙間から見えるライトグレーの瞳は、今日日(きょうび)少女漫画でもやらないほどにきらきらと輝いていた。

 

「えっと、徹ちゃんの知り合いだったっていう、可能性は……」

 

「い、いやそんなわけあるか!」

 

「……徹」

 

「フェイト、待って。俺もなんでいきなりこんなことになってるのかさっぱりで……。だからじわじわ離れていこうとしないでくれ……」

 

なぜこの子が俺にここまで関心を示しているのかわからないが、名前を呼ぶ時にベルカ語と思しき言葉も口にしている。それがどういう意味かわかれば冷静に話もできるはず。

 

「と、とりあえず……ちょっと落ち着いてくれ。君の言葉は俺たちには……」

 

「あ、ぅ……」

 

「……って、ちょっ……っ!」

 

ベッドの上で膝立ちになって俺の服を掴んでいたフランちゃんが、急に後ろに倒れこんだ。意識を失ってから急に動いたからだろう。身体から、ふと力が抜けたのだ。

 

フランちゃんが倒れこんだ先には、石の壁があった。

 

「……はぁ。ぎりぎりセーフ……」

 

思わず身体が動いた。壁にぶつからないようにフランちゃんの頭の下に手を置き、一緒に倒れ込まないよう壁に手をつく。

 

さっきの少女漫画のたとえではないが、まるで壁ドンだ。

 

「わぁお、徹ちゃんったら大胆ねぇ」

 

「…………」

 

「これは違うだろ!緊急で……」

 

「ヴィエントゥアウン……」

 

俺の身体の下で、フランちゃんが呟いた。フェイトの信用を犠牲に、彼女は無事だったようだ。

 

川のように流れて顔の大部分を覆う白い髪。その隙間に、まっすぐと俺を射抜く瞳がある。俺の左目と似た虹彩、いや、より輝いている。俺の左目が灰色だとすれば、彼女は銀色だ。

 

腕の中で俺を見上げる。敵意と警戒に満ちていた態度はすでに影も形もない。不可解なほど気を許した表情。白い肌は、薄紅に染まっていた。

 

「ほんと、なにがどうなって……」

 

「……なにしてんの」

 

がしゃん、と重たい物が落ちる音。ばしゃん、と大量の水がこぼれる音。

 

「っ?!」

 

声がした方向を見やる。開け放たれた扉には、可愛らしい女の子が

 

「殺すわ」

 

もとい、鬼がいた。

 

 

 

 

 

 

「つまり、なに?あの子が倒れたから庇った、って言いたいの?」

 

「言いたいもなにもそれが事実だからな」

 

「それじゃ、逢坂さん悪くないじゃない。もっと早く言ってくれれば」

 

「言ってたんだ。アサレアちゃんが殴ってる間に」

 

「ご、ごめんなさい……。押し倒してるように見えたから……浮気、してるのかと……」

 

「誰とも付き合ってないのに浮気とはこれいかに……」

 

「うっ、うるさいわね!聞かなかったふりするとこでしょ!」

 

なぜかアサレアちゃんに折檻された後、俺とアサレアちゃんは再び水を汲みに行っていた。

 

似たような道が続くので間違えないように記憶して、ついでに他の見回っていない場所も立ち寄ったりして、今は部屋に戻るところである。

 

「そもそもなんであの子は逢坂さんにあんなにべたべた……好意的なのよ。本当に初対面なの?」

 

「あたりまえだろ。こんなとこ、一度きたら忘れないって」

 

「それもそうね。なにかきっかけとかなかったの?口説いたとか」

 

「口説くどころじゃなかったぞ。名乗る前はもう親の仇ばりに睨まれてたのに」

 

「名乗る前は、ってことは……」

 

「名乗った後急に、って感じだった。有名人じゃないんだから、俺の名前を知ってたってわけじゃないだろうに」

 

「もしかしたら悪名が轟いてるんじゃない?」

 

「世界に、しかも山の中にある国にまで轟くような悪行は……うん、まだやった記憶ないな」

 

「その言い方だとそれなりの悪行はやってるみたいに聞こえる……っていうか、まだってなによ、まだって」

 

「それに微妙に名前間違えてるっていうか、イントネーションがおかしいし、その線はないだろ」

 

「まず悪行を否定してから進めなさいよ……。おかしいってどんなふうに?」

 

「タウル、とかって。俺の名前って発音しにくいの?タウルのほうが発音しにくいよな?」

 

「タウル、タウル……。どこかで……ん?絵本に出てこなかった?タウルって」

 

「絵本?」

 

俺の名前を言い間違えているのだとばかり思い込んでいた。アサレアちゃんに言われて、ようやく思い出した。

 

「そう……そうだ。絵本に出てきた国、オンタデンバーグのゴーレム使いの集団の頭領。その息子の名前がタウルだった」

 

「えっと、たしか……その息子のタウルが大国との戦争を逃げ延びて、この鉱山まで辿り着いて、国を作った。っていう話だったわよね?」

 

「絵本のストーリーではそうだった。ということは……フランちゃんは、この山に国を作ったタウルって人と俺を間違えているってことなのか?」

 

「そんなわけない、と思うんだけど……。だってこの山の国の王様が亡くなったのって、いつの時代?きっととっても昔の話でしょ?本人だとは思ってない、はずよね?」

 

「そりゃそうだろ。……そのはずだよな?言っちまえばこの国、オンタデンバーグの歴史上の偉人みたいなもんだろ?間違うほうがおかしいはずだし」

 

「そんな立派な王様と間違うのはびっくりするけど」

 

「おや、なんだか『こんな怪しい奴と間違うなんてありえない』みたいなニュアンスを感じるぞ?」

 

「でも、逢坂さんからしたら嬉しいんじゃないの?おっぱ……胸の大きな女の子にくっついてもらえたわけだもんね」

 

「あっと、この話地雷だったか」

 

急に声に棘が出てきた。再び問題のシーンを思い出しでもしたのか、冷え切った目で俺を見た。

 

「他人の空似なのかもしれないけど、よかったわね!柔らかかった?柔らかそうだもんね、あの子!背はわたしより小さいのにっ!」

 

冷え切った状態から熱量が急上昇。再びアサレアちゃん山は噴火した。一部分は天保山(標高四.五三メートル)より起伏に乏しい平野なのに噴火した。

 

早いとこ鎮まってもらわなければ、まだ宥めるのに時間がかかってしまう。どうにかフォローしなければ。

 

「胸の大きさだけが女の子の魅力じゃないって……」

 

「みんなそう言うわよ!でも大きな要素なんでしょ!大部分を占めるんでしょ!」

 

「それは一つの要素ってだけで、その割合は人の趣味によって変動するから……痛い痛い。蹴らないでくれ、せっかくここまで運んできた水がまた溢れるって」

 

「男はっ、胸っ、ばっかりっ!そんなに脂肪の詰まった袋が大事か!」

 

「いや、それは待ってくれ。あれには男の夢が詰まって」

 

「それじゃわたしには夢がないって言いたいのかぁっ!」

 

「ごめんごめんごめん」

 

失言だった。これ以上ないくらいの失言だった。

 

つい、考えるより先に言葉と気持ちがあふれてしまった。

 

「わたしだって……いろいろ、努力……してるのに……っ」

 

「スタイルがどうとかって言われるけどさ、ほら、本当の魅力っていうのは接しやすいとか、優しいとか、性格面だから」

 

「……わたし言葉遣い荒っぽいし、優しくないし……」

 

怒りが一周回ったのか、かなりテンションが下がっている。情緒不安定で心配になってくる。

 

何をそんなにへこむことがあるのか、俺にはわからない。

 

「使う言葉が荒っぽいだけだろ?少し接したらわかるって」

 

「いいわよ、そんな慰め。自分でもわかってるもん……」

 

しょぼん、と肩を落とし、俯きがちにとぼとぼ歩く。足元にあった手頃な石ころを蹴っ飛ばした。こっ、こんっ、と音を立てて遠くへ転がっていく。

 

慰め、とは違うのだけれど。

 

「伝わりにくいところもあるけど家族を大事にしてるし、初めて任務をするフェイトにもよくしてくれてる。善意にもすぐ気づいて恩返ししようともしてる。緊張してうまくいかないこともあるけど、それだけ成功させたいっていう向上心があるからだし、人の見えないところで頑張る努力家だ」

 

「え?」

 

流れるように口をつくこの言葉たちは、慰めでも励ましでも、お世辞でも嘘でもない。紛れもなく、真実だ。

 

呆気に取られたように振り返るアサレアちゃんに続けて言う。

 

「優しいよ、アサレアちゃんは。人に伝わりにくくて、わかってもらいにくいだけ。その優しさに気づく人は、ちゃんといる」

 

不器用で恥ずかしがりな優しさ。その魅力に惹かれる人はきっといるはずだ。

 

「えっ、う……あ、ありがと……ございます……」

 

「あははっ、なんで敬語なんだよ」

 

「わ、わかんない……」

 

またしても、アサレアちゃんは俯きながら歩く。

 

足元に石ころがあったけれど、今度は蹴っ飛ばさなかった。


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