そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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全の中の個

「どっち、かな」

 

「ねえ、どっちよ」

 

「光の加減がどっちも似たり寄ったりなんだよなー」

 

小部屋を出て、再び光る石が放つあかりを道しるべに歩いていたが、分かれ道にきた。

 

フェイトにばれないようこっそり左目で確認しても、魔力の密度にさほど違いはない。どちらに進むべきか、判断しかねる。

 

「でも、どっちもだいぶ明るくなってるってことは、どっちの道もゴールに近いってこと、だよね」

 

「そうなんだけど、なるべくなら近いほうがいいからな」

 

せっかく小部屋で休憩できたのだ。できるのなら、このまま一気に踏破したい。

 

まだ俺は魔力の残量に余裕があることだし、壁に手をつけて吸われる魔力の流れで道を決めることにする。考えが正しければ、より目的地に近いほう、魔力を集約している大本に近い方向へ魔力が流れて行くはずだ。

 

「うっお……」

 

やってみて、驚いた。思わず声が出た。

 

まるで身体ごと引っ張られるような感覚。俺が流したぶんの魔力をまるごと奪おうと、どころかそれ以上に俺に残っている魔力を根こそぎ掻っ攫おうとするような勢いだ。

 

ハッキングなどしようものなら、一分ともたずに干からびることになる。

 

魔力を吸い取ろうとする力、その威力を、この段階で知れて良かったということにしておこう。

 

「……左の道だ。行こう」

 

「徹……ちょっと顔色悪いんじゃ……」

 

「光の向きでそう見えるんじゃないか?……ほら、行くぞ」

 

フェイトが心配そうに俺の顔を覗き込む。気にするなという気持ちが伝わるように、頭を撫でる。

 

「っ……」

 

左手を握るアサレアちゃんの力が、少し強くなった。

 

アサレアちゃんも、おそらく心配してくれていたのだろう。なのにフェイトだけ褒めるのは不公平かも知れない。

 

ただアサレアちゃんの性格だと、普通に感謝してもフェイトの手前、つんつんして返してきそうだ。なのでまた、耳打ちで伝えておく。

 

「……ありがとな」

 

「……ど、どう、いたしまして……」

 

もしかしたら、他に人がいなければアサレアちゃんはつんけんした口調にならないのかもしれない。一つ、発見である。

 

「……ねえ、徹、アサレア」

 

「っ?!わわわたしなにもしてないわよ!ほんとに!」

 

なぜ自ら暴露しようとしているのか。

 

「アサレアちゃーん、落ち着こうなー。で、どうした、フェイト」

 

「音」

 

たった一言発した。

 

俺の顔を見るフェイトは、俺を見ていながら意識は違うところに向けられているようだ。

 

「音?」

 

「音が……する」

 

自然と三人とも口を閉じて、フェイトの言う音の正体を探ろうと、耳を(そばだ)てる。

 

すると、確かに聞こえた。

 

遠くのほう、大太鼓を打ち鳴らしたような腹の底に響く音が、地を這って微かに届いた。その中に、地響きのような鈍くて低い音が散発的に含まれている。

 

「……ゴーレムと戦っている時の音に似てる。ランちゃんのデバイスの音も混ざってるぞ」

 

音が坑道内を乱反射しているせいで方向は分かりにくかったが、どうやら左の道から伝わってきている。やはりこちらの道が近かったようだ。

 

「ちょっと急ぐ。二人とも、ちゃんとしがみついといてくれよ」

 

「わ……」

 

「ひゃあっ?!ちょ、ちょっとっ?!」

 

俺は二人を抱えて走り出す。

 

魔法を知らない一般人も同然な身体能力にまで落ち込んだ今、フェイトとアサレアちゃんに激しい運動を強いるのは、先行きが不透明な現状では堅実とは言えない。しかもこの辺りはまるで掘り返したかのように地面がふかふかしていて歩きづらいのだ。ここまでの整えられた道よりも体力を奪われるだろう。スピードを優先するのなら、多少は魔力が(かさ)むが足場用障壁を瞬間的に展開して、二人を小脇に抱えて俺が走ったほうが早いし安全だ。

 

急がなければいけない。ランちゃんのデバイスの発砲音も聞こえるということは、何者かと、もしくは何物(・・)かと戦っているということだ。

 

 

 

 

 

 

「あっ!明るくなってきた!あっち!」

 

「わかってるって、アサレアちゃん。俺も見えてるから。だから頭をぽこぽこ叩かないでくれ」

 

「ランのデバイスの音も聞こえるよ。……あと」

 

「ああ。発砲音とは違う、巨人の足音みたいな地響き……やっぱりあのゴーレムもいるみたいだな」

 

細い坑道の終着点。

 

行き着いた先は、これまでで一番広い空間だった。上層の広間の倍以上はありそうだ。

 

なぜ山の中でここまで広々とした空間があるのかと驚いたが、なによりもこの環境にこそ驚いた。

 

坑道と大広間の間あたりで身を潜め、周囲を確認する。

 

ドーム状の空間、その中央付近には青々と生い茂る草花。そうやって色まではっきりわかるのは、煌々と周囲を照らす光源が中央上部にあるからだ。

 

「光る石と同じ色……あのでかいのは土に含まれてる光る石の結晶体か?」

 

高さも距離もかなりある。比較するものもないし、なにより光る石の結晶がまさしく太陽のように輝いているので直視するのも難しく、大きさは把握できない。

 

「もしかして、あの大きな光る石に魔力をたくさん使ってるから、ここに魔力が集められてたってこと、なのかな」

 

「それが一番現実的なんじゃないか?調べてみないことにははっきりしないけどな」

 

幻想的とも言える光景に目を奪われていたが、爆ぜるような銃声で意識が引き戻される。

 

音の発生源に目を向ける。

 

「いた!……やっぱりゴーレムに襲われてたんだ」

 

数十メートル離れた場所。ここと同じように細い坑道から広間へ出てきたのだろう。坑道と広間の境目で、ランちゃんのデバイスのマズルフラッシュが見えた。

 

光に誘き寄せられる虫のように、そこへゴーレムがわらわらと集まっている。

 

ランちゃんたちに近いゴーレムから順に破壊されていっているが、数が数だ。徐々に距離が詰められていく。

 

「…………」

 

「……徹?」

 

「ちょっと!はやく行かないと!」

 

不思議がるフェイトと、俺の頭を揺らして声をあげるアサレアちゃんが、なぜ早く助けに行かないのかと言い募る。

 

その声は無論届いている。

 

ランちゃんには、フェイトやアサレアちゃんと同様に魔法を使えないクレインくんがいるはずだ。彼を庇いながらでは、いかにランちゃんと言えど長くは凌げない。すぐに応援に行くべきなのは理解している。

 

だが。

 

「ここで出て行っても結局同じなんだ……っ。元から断たないといけない……」

 

このまま助けに向かっても、上層でゴーレムに包囲された時の二の舞だ。

 

あの時は床が崩れたせいで(もしくはおかげで)場が流され、状況が一度リセットされた。また追い込まれる前に、ゴーレムを操っている術者を見つけ出して、湧き出してくるのを止めなければいけない。

 

「……ん?あれ……」

 

何か情報はないかとあたりを見渡して、気づいた。この大広間は、鉱山の中でも毛色が異なるようだ。左目が違いを察知した。

 

相変わらず空気中に魔力の素となるものはないが、他と違って乾いたような、枯渇したような状態じゃない。魔力の自然回復はさすがにしないだろうが、魔法の発動を阻むほどではない。

 

なぜだ、と考えてすぐにぴんときた。フェイトも推測していた。頭上の結晶が、その理由だ。

 

「ここには魔力が集められてきている。飽和状態になってんのか……」

 

「ほーわ?」

 

「魔力を吸う金属もお腹いっぱいってこと。水をたらふく含んだスポンジみたいなもんだ。一度吐き出さないと、次を吸い取れない。ここなら魔法は使えるんだ」

 

「でも……魔法は使えるかもしれないけど、魔力が……」

 

「っ……」

 

「ここなら魔法が使えるのに、ここまで辿り着いた頃には魔力は空。よくできてんなー……」

 

悔しそうに俯き、(ほぞ)()む二人の手を握る。

 

「……でも、俺はまだある」

 

魔力の供給。

 

二人に、僅かばかりとはいえ渡す。節約して使えば、短時間戦闘する分には足りるだろう。

 

アサレアちゃんが、有無を言わさず魔力を渡した俺をはっとした表情で見た。

 

「あんたっ、どういうつも……」

 

「ランちゃんへの加勢は二人に任せる」

 

「徹はなにを?」

 

「俺はゴーレムを使ってる魔導師を探す。俺が見つけ出すまでの間、ランちゃんを手伝ってやってくれ」

 

「それなら……わかった。はやく見つけてね」

 

「あい、っ……あんたも気をつけなさいよ!敵がどこから見ていて、ゴーレムがどこから出てくるのかわからないんだからね!」

 

「ああ。わかっ……」

 

ふと、何かが引っかかった。

 

ゴーレム使いの魔導師はどこで見ているのか。

 

サーチャーでは魔力効率が悪すぎる。となれば目でターゲットを確認しなければいけない。そうしているものと思っていたが、図体の大きなゴーレムで囲い込んでしまったらターゲットの姿が見えなくなる。見えないのなら当てずっぽうで攻撃するしかないが、当てずっぽうや偶然と呼ぶにはできすぎているくらいに俺たちを狙っていた。

 

つまり、ターゲットの姿は見えていないのに、居場所は掴んでいた。

 

それは、目以外の器官で俺たちを『視て』いることに他ならない。

 

「……待て」

 

「え?」

 

「なによ」

 

今まさに俺の肩から降りて走り出そうとしていた二人を制止する。

 

なにかわかったわけではない。ただ、複数ある中の一つの可能性が脳裏を()ぎったのだ。

 

「飛んで行け。飛行魔法で向こうまで行ってくれ」

 

「なっ、なんでわざわざ魔力を無駄遣いしないといけないのよ!あんたが分けてくれたんだから、大事に使わないとっ」

 

なぜと問われても、明確な答えなど持ち合わせてはいない。返答に窮するところだったが、フェイトが間に入った。

 

「アサレア」

 

「なによ、テスタロッサ。ていうかアサレアさんって呼びなさいってこれもう何回も……」

 

「徹は、意味のないことはしないよ」

 

その一言には、ありありと俺への信頼が見て取れてしまい、嬉しい反面、面映(おもはゆ)くもあった。

 

「わ、わたしだってっ…………知ってるもん」

 

小声で呟いて、アサレアちゃんは俺の顔を鋭く見据えた。

 

「飛んでいけばいいんでしょっ!わかったわよっ!」

 

「それじゃ、行ってくるね」

 

「ああ、頼んだ」

 

ふわりと浮かび上がり、ゴーレムの山へと向かう二人の少女の背中を見送る。

 

魔力の節約のためか、ふだんより速度は控えめだ。

 

二人は接近しつつ魔力球を複数展開。確実に命中させられる距離まで詰めると、一気に解き放った。

 

どうやら全弾命中したようで、ランちゃんの近くにいたゴーレムの群れは一掃された。

 

破壊されたのを見てか、再びわらわらとゴーレムが湧き上がるが距離は離れている。時間に余裕はできたようだ。

 

「やっぱり……視認しているわけじゃないな」

 

さっきの一幕で、いろいろと情報を得ることもできた。

 

まっすぐと隠れもせずに飛翔していたフェイトとアサレアちゃんには一体も迎撃の動きを見せず、破壊されてから他のゴーレムが受動的に動いた。視覚でターゲットを認識していないことは確定だ。

 

ならば、どうやってターゲットを捕捉しているのか。

 

「目じゃない……音や匂いでもない。もっと……別?」

 

聴覚でも嗅覚でもないように思う。

 

今日も今日とてアサレアちゃんは元気に声を張り上げていた。聴覚で相手の居場所がわかるほど鋭敏な耳を持っているのならアサレアちゃんの騒がしい、もとい、賑やかな声ですぐにばれるだろう。

 

この鉱山は妙に風の通りがある。俺たちが入った裂け目から中に吹き込むように風が通っていた。今も、背後の細い坑道から大広間へと空気が流れている。優れた嗅覚を持っているとしたら、居場所も察知できるはずだ。こっちにゴーレムが向かってこないということは、俺の存在に気づいていないということだ。

 

「もっと、別種の……(へび)とか蝙蝠(こうもり)みたいな……いや」

 

一部の種類の蛇は『ピット』と呼ばれる器官で赤外線を感知して獲物を探せるし、蝙蝠は超音波を発して物体にぶつかって反射した音波から位置を把握することができる。

 

そういった第六感と呼ばれる感覚は、なにも人間は使えないというわけではない。蛇のピット器官はサーモグラフィ、蝙蝠のエコーロケーションはソナーなど、機械という形にして人間も使えるようになった。

 

だが、この鉱山に電力が通っているようには思えない。しかも使えているのなら。

 

「飛んで向かった二人にすぐ気づけるはず……」

 

答えには近づいているはず。なのに確信に至る答えが見つけられない。

 

「俺は、どこで引っかかった……なにが気になった……」

 

二人がランちゃんの支援に行こうとした時、なにかが脳裏をよぎったのだ。

 

「どこで……どこからだ。人影はない。隠れるところだって……」

 

この大広間にはいるはずなのだ。

 

近くにはいないだろう。とはいえ、決して離れてはいないはずだ。この大広間以外は魔法の発動が阻害されるのだから、どうあってもこの場にはいないといけない。

 

「そう、いえば……ゴーレム以外、なにも……」

 

ここまできて、ようやくそれに気づいた。

 

ゴーレムは、それこそ無数に湧いて出てくるが射撃や砲撃といった魔法はない。

 

「ゴーレムと遠距離魔法を併用すれば、それが最善のはずだ……。なのに、使ってこない……つまりは使えないんだ」

 

大きな身体を揺らして、ランちゃんやアサレアちゃん、フェイトに近づいていくゴーレムの群れ。その動きをじっと眺めて考える。

 

ゴーレムを操る以上、そこには術者の意向が介在するはずだ。それを読み取ることができれば。

 

「相手の立場なら……俺が同じ状況なら、どこに……」

 

数えるのも嫌になるくらいの、似たような色と形のゴーレム。その動きは単調で、単体ではなく群体で、個にして全で、全にして個。そうして一つの存在として形成されている。

 

「……ん?」

 

システマチックに動く中、一体だけ馴染んでいないものがいる。異質とまでは言えないし、異物となんて到底呼べない。その一体も同じような外観で、同じような動き方だ。

 

ただ、じっと注意して観察すると見えてくる。紛れるように動いてはいるが決して前線には出ない。常に盾にするようにゴーレムがいる、気がする。

 

「……他に攻撃手段はなく、防ぐ手立てもない。ゴーレム以外はなにもない……。そのゴーレムだって、戦闘能力も強度も心許ない。俺なら……どうする?」

 

術者がゴーレムを創り出す魔法しか使えないのだとしたら。

 

それは、敵を排除する唯一の剣であり、自分の身を守る無二の盾でもある。

 

術者だって馬鹿ではない。自身の脆さを理解していれば、絶対に見つからないように工夫を施す。だからこそ、森の中に木の葉を隠す。

 

全の中の個になる。

 

「ゴーレムの中の一つ……っ!ずっといたんだ……中にいたんだ!」

 

ゴーレムの中で物を見れるわけはない。もちろん匂いも音も満足に届きはしない。

 

ならば、どうやって狙いを定めていたのか。

 

ゴーレムの中に潜んでいるのだと仮定したら、一つ思い当たる。

 

ゴーレムの、妙に太い両足。重い身体を支えるにしても、あまりにも大きすぎる。そのせいで移動速度と攻撃手段が制限されているくらいだ。

 

もしそれが、何か意味があってのことなら。

 

俺自身、とある動物のようだと比喩したではないか。まるで『象』のように太い足だと。

 

象はあれで耳がいい。しかし、大きい耳から聞くのではなく、地面の振動を足の裏から感じ取り、骨を伝って知覚しているという。三十〜四十キロメートルも離れた場所の雨の音を聞く能力があると、研究によりわかったらしい。

 

そんな象のように、地面の微細な振動を検知する技術があの太い足に含まれているのだとすれば。もしくはそれに類する能力を魔導師が有しているのだとすれば。

 

「地面の揺れで……」

 

ターゲットの居場所を把握している。それなら、説明がつく。

 

「それなら……近づくのは簡単だ」

 

ここまで推測が立てば、あとは実証するのみだ。

 

足場用の障壁を展開し、地面に足がつかないよう跳躍。

 

ドーム状の大広間は高さにもゆとりがある。俯瞰(ふかん)してみればゴーレムの動きが規則的に偏っていることが見て取れた。

 

ゴーレムの配陣、その中央よりやや後方気味の位置。動きの少ない一体。

 

おそらくは。

 

「あの()にっ!」

 

ゴーレムの直上に移動し、そこから急降下。

 

していく最中に、視界に入る金色の閃光。

 

フェイトは一撃必殺を念頭に置いたのか、フォトンスフィアは作らずに一つ一つ丁寧に魔力球を生み出し、ゴーレムの弱点である丹田を正確に撃ち貫いていた。

 

だが、ここでは魔法の維持がいつも通りできることが確認できると、バルディッシュをサイズフォームにして魔力刃で叩き斬っていった。魔力刃を投げ飛ばさない限り、叩き斬って回るほうが魔力的に安上がりだと判断したようだ。

 

飛行魔法を巧みに使い、ゴーレムの間を縫うように飛翔しては、分厚い胴体を裂いて回る。

 

一撃受ければ撃墜される可能性もあるが、フェイトの技術は並のそれではない。鈍重なゴーレムののろまな巨腕では掠りもしない。

 

なにより、地面の振動からターゲットの居場所を探る術者では、飛び回るフェイトを捕捉できない。

 

たしかに効率はいい。それはいいのだが。

 

「まずいまずいまずい!」

 

フェイトの仕事が早すぎた。ゴーレムの山を文字通りに切り崩して、術者が入っていると思しきゴーレムにまで迫っていた。

 

魔法自体は非殺傷設定(スタンモード)になっているだろうが、あの設定もわりと曖昧なものだ。近距離戦においての魔法など、殊更に。

 

万が一、ゴーレムの殻と一緒に中身も斬ってしまうと大変である。フェイトの資格が早速剥奪されてしまう恐れがある。

 

「フェイト!ちょっとストップ!」

 

「え?」

 

術者本体がインしているだろうゴーレムに、今まさに鎌を振り上げたところでフェイトが急停止した。

 

その時、術者のゴーレムの胴体、だいたい腹から胸あたりだろうか。薄く、黒い帯ができた。

 

それは、よく見るとゴーレムの色が変わったわけではなくスリットのような空洞。西洋鎧の兜みたいな、視界を確保するための隙間に近い。

 

なんのためにそんなスリットを開いたのか。そんなことをすれば、中に人がいるということを自ら証明するようなものだ。狙いが集中する事は想定に難くないはず。

 

そこまでのリスクを負ってでも、身近な危険を払いにきた。他のゴーレムを巻き込みかねないのに、巨腕を横に持ち上げて、薙ぐ。

 

「っ!バルディッシュ!」

 

『Yes,sir』

 

ゴーレムの腕がぶつかる寸前、金色の盾が差し込まれる。

 

轟音と砂煙。ゴーレムの腕は肘から先がぼろぼろと崩れ、対してフェイトは無傷。魔法の行使が阻害されなければ、物理的な衝撃など大抵防げる。フェイトのスペックならなおさらだ。

 

ただ、魔力の残量という問題が鎌首を(もた)げた。

 

「っ……」

 

飛行、魔力刃、障壁。

 

残り少ない魔力では、その負担は平時より重くのしかかった。

 

急激な消費に飛行魔法の出力が落ちる。地に降りてしまう。ゴーレム使いの領域に、フェイトの足が触れる。

 

「フェイト!」

 

「ひゃっ……」

 

フェイトを抱き上げて距離をとったのは、ゴーレムの腕が振るわれる寸前のことだった。

 

「あ……ありがとう、徹」

 

「俺が急に声かけたせいだ。危ない目に合わせてごめんな」

 

「いいよ、そんなの」

 

「ありがとな。あとバルディッシュ、よく反応してくれた。助かったぜ」

 

『いえ。感謝には及びません。それに』

 

「ん?それに?」

 

『日頃、手入れして頂いておりますので調子が良いのです』

 

先日の嘱託魔導師試験後、バルディッシュはフェイトの手に戻ってきた。家で久しぶりの再会で雑談に花を咲かしていると、バルディッシュがどこかくすんでいるように見えたので、レイハにやったようにお手入れしてあげていたのだ。

 

レイハ同様、バルディッシュも気に入ってくれたらしい。

 

「はは、帰ったらまた綺麗にしてやるよ」

 

『心待ちにしております』

 

「私が言うときよりも返事の声が強かった気がするんだけど、バルディッシュ」

 

『…………。気のせいかと思われます』

 

「…………」

 

フェイトがじとっとした目でバルディッシュを小突いた。

 

なかなかに珍しい光景だ。

 

「……それで、どうして止めたの?」

 

「そうそう。フェイトが斬ろうとしたあのゴーレムなんだけど、あの中にゴーレム使いの魔導師が入ってる」

 

「中、に?」

 

「たぶんゴーレムを操る魔法しかできない魔導師だ。一番安全なのは、ゴーレムの中に潜むことだろうからな」

 

「……たしかに。私はなにしたらいい?」

 

「話が早くて助かるよ。本体は俺が行く。俺が魔導師を引きずり出すまでの間、周りのゴーレムを抑えといてくれ。魔力、残ってるか?」

 

間を置いて、フェイトは頷いた。

 

「……周囲にいる分なら、大丈夫」

 

「そうか」

 

「と、徹?あ、の……え?」

 

フェイトを抱き寄せ、おでこを合わせる。

 

フェイトに負担を強いたのは他ならぬ俺だ。その分は補填するべきだろう。

 

「これできっちり、半分こ、だ」

 

「また……」

 

不服そうに声を漏らしたが、実際問題余裕はあまりなかったのだろう。文句は言わなかった。

 

「障壁使わせちまった分だ、取っといてくれ」

 

「大丈夫って言ったのに」

 

「安全策だ。そんじゃ……やるぞ」

 

「うんっ」

 

「バルディッシュもな。頼んだぞ」

 

『Yes,sir!』

 

「徹に言われると音量上がってるよね、本当に」

 

『…………』

 

「黙った……」

 

微笑ましいやりとりを見つつ、行動に移す。

 

フェイトには自力で浮いてもらってから、俺は急降下。

 

落下の最中、俺を追い抜いて金色の槍がゴーレムを襲う。刺さった魔力の槍は深々とゴーレムを貫いた。核となる金属を砕いたかまではわからないが、すぐに動けはしないだろう。

 

この好機、逃さない。

 

ゴーレムとほぼ同じ位置まで降下し、障壁に着地した。

 

魔導師を引きずり出すために、ゴーレムを抉っていく。

 

「うっ、お……」

 

削り始めてすぐ、ゴーレムがぐらりと大きく揺れた。

 

膝らしきところが折れて、地に膝と手をつけるような姿勢になった。

 

重量のある巨体で無理に逃げようとして足が壊れたのかと思ったが、違った。

 

「な、なんっ……っ!」

 

ごごっ、と大広間自体が鳴動する。

 

床の土が隆起して、左右から挟み込むように迫る。

 

こんな魔法を隠していたのかと息を呑むが、土石流じみたその二つは手のようにも、見ようによっては見える。ゴーレム使いはゴーレムの巨大な両手としてみなして、二つの土石流を生み出したのかもしれない。

 

耳を(つんざ)く轟音を撒き散らし、周囲に残っていたゴーレムを当然のように巻き込みながらゴーレムの両の手は合掌した。

 

途轍(とてつ)もない質量。質量に伴う途方もない破壊力。土石流の中身は細々(こまごま)とした石から大きい岩まで、大小問わない。

 

加えて左右から挟み込まれれば力を受け流すこともできない。障壁を張っても無事でいられる保証はない。

 

窮状を打破するための切り札としては、申し分ない隠し球だ。

 

しかし、まあ、あれである。

 

「あたらなければ、どうということはないんだよなー」

 

フェイトに攻め込まれて警戒していたのだろう。ゴーレム使いの前方には壁になるようにゴーレムが密集していた。その壁役が脆くも崩れ去ったのだ。ゴーレム使いは、こう考えたのだろう。

 

『さっきと同じように、相手は正面にいる』と。

 

だから土石流の合掌はゴーレム使いが巻き込まれない正面ぎりぎりで行われた。多少動いたところでどうにかなる攻撃範囲ではなかった。

 

対して俺はというと。

 

「んじゃ、失礼しまっす、と」

 

ゴーレムの背中に張りついていた。

 

地面が隆起し出した時に、白い魔力が揺らめくのを左目で視ていた。不穏な魔力の流れを感じて、背中側へ移動していたのだ。

 

おかげで飛び散る石飛礫(いしつぶて)もゴーレムが盾になって一つも掠りさえしなかった。悠々とゴーレムの背中から手を突っ込んでいく。循環魔法で最大限まで底上げしていれば腕を抉りこませることができるのは確認済みだ。

 

「ん……あれ、以外と……」

 

想定していたよりもすんなりと腕が入っていく。もしかしたら、前と後ろで硬度が違うのかもしれない。

 

腕を肘くらいまでいれてゴーレムの中にいるはずの魔導師を手探る。隠れる場所などないのに、存外見つからない。

 

一度腕を引っこ抜いてゴーレムの土を抉り飛ばしてから、もう一度手を差し込む。すると、人らしき柔らかい感触に行きあたった。

 

「……これ以上暴れても無駄ってことは、わかるだろ」

 

ゴーレム使いは抵抗しようとゴーレムを動かそうとしていたが、フェイトの障壁を殴った際に片腕は半壊。土石流を発生させる際に両足も半ばから折れているので、満足な抵抗などできていなかった。

 

もぞもぞと揺れ動くゴーレムの中で手足を拘束し、ゴーレム使いの鎧であり最終防衛ラインであり、生命線である土くれから引きずり出す。

 

しかし、それは。

 

「よくここまで手間かけさせてくれやがったな。観念、し……ろ?」

 

思いがけないほど、軽かった。

 

引きずり出したゴーレム使いは、土と砂に薄汚れていて、正直みすぼらしかったのだが、あまりそちらには意識が向かなかった。

 

「ニ、ヒト……っ、トゥーテ……ミッヒ。ヒーフ、ミアっ……」

 

「……え」

 

俺の知らない言葉を操る、小柄な女の子だった。長い白髪は手入れもされず伸ばしたままで、ほつれて傷んでしまっている黒いワンピースを纏っていた。腰にはベルトの代わりのようにウエストポーチが回されている。

 

魔導師の才能に年齢も性別も関係はない。歳若い女の子だったのは、まあいい。なによりも問題なのは、その子の状態だった。暴れられては困るので両手両足を拘束したのだが、腕を身体の前で拘束したため、なりは小さいのに不思議なくらい大きい胸がいやに強調されてしまっている。

 

しかもゴーレムから引っこ抜いて放り出したものだから、ワンピースの裾がずり上がって肉付きのいい柔らかそうな足が露わになっていた。

 

そんな状態で地に伏せてしとしとと泣いているので、ぱっと見ではまるで俺が悪役である。

 

「……はあ。……どうなってんだよ」

 

ともあれ、少女にはもう抵抗の意思はないようだ。

 

まだ相当数いたはずのゴーレムは土の山に戻っていた。少女も刃物なりなんなりの凶器らしきものを隠し持っていたりしない。とりあえずは安全を確保できたと言える。

 

一つため息をつき、天を仰ぐ。

 

「フェイトー、もう大丈夫だー、降りてきていいぞー」

 

「わかったー」

 

「あと!」

 

「なに?」

 

「この子頼むわ!」

 

今まさに鬼の形相で駆けつけてきているアサレアちゃんがこの惨状を見る前に、せめてはだけてしまている服の裾だけでも直してあげてもらいたい。

 




一応勉強したり調べたりしたのですがベルカ語()はお粗末さが目立ちます。自信がありません。おかしいところは暖かい目で見逃してください。ここは違う、とか、こっちの方が適切、などと注意や訂正を頂けるとありがたいです。
お客様の中にベルカ語()の専門家さんはいらっしゃいませんかぁ?!

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