そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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『魔力に反応して光る石』

ころ、こつ、がごん、と。

 

小さい石ころや大きな岩、土砂など、さまざまなものが頭上から降り注いだ。幸いなことに、上記のそれらを全身に被ることはなかった。

 

それらよりももっと重い板のような岩が直撃していて、というか覆い被さっていて、それが傘になっていた。こんな重くて硬い傘で身を守るくらいなら、少し大きめの石までなら我慢したというのに。

 

「と、徹……っ!」

 

「あ、い坂さっ……け、けがっ!」

 

俺の真下にいるフェイトとアサレアちゃんが、心配そうに俺を見上げていた。見た感じ、二人に目立った傷はなさそうでなによりだ。

 

「ん?……ああ、ひどい怪我はないから安心してくれ。ちょっと頭ぶつけただけ」

 

身じろぎした感じ、俺もどこも折れてはいない。ただ上から降ってきた()が俺の頭を打ちつけてくれていたせいで頭が少し切れて、血が顔の左側を流れている。

 

流れる血に砂や土がついて不快だが、左目を隠してくれる形になるので、それだけは都合が良かった。

 

「頭ぶつけたって……結構落ちたのに……」

 

「ごめんね、徹……私、足引っ張って……。しかも、庇ってもらって……」

 

「二人にはここに入る前にいっぱい働いてもらったし、俺は頑丈なのが取り柄だからな。このくらいならぜんぜんおっけー。二人は痛いとこないか?落ちた時、怪我とかしてないか?」

 

「大、丈夫……。落ちた時も、上から何か大きいのが降ってきたときも、逢坂さんが守ってくれたから……」

 

「……私も、大丈夫。痛いところ、ないよ」

 

「そうか、ならよかった」

 

こんなことになったのも、あのゴーレムのせいである。

 

ゴーレムの巨腕の振り下ろしによって俺たちが昼食を取ったドーム状の空間の床、その大部分が崩落した。落下する最中、坑道内の影響を受けにくい足場用障壁を展開して落下しながらも跳びまわり、フェイトとアサレアちゃんを抱えたまでは良かった。しかしアサレアちゃんを確保した頃には地面は間近に迫っており、瞬間的に障壁を張って緩衝材にして背中から床に落ちるのが俺にできる精一杯だった。

 

一息つく暇もなく、上から降ってくる諸々で二人に傷がつかないよう、上下で身体を入れ替えて今に至る。

 

なるべく下に落っこちたくないなー、などと願っていたが、結果的には笑えるくらい正反対となった。任務の先行きは真っ暗だが、土砂で生き埋めにならなかっただけ幸運だったと最大限ポジティブに考えよう。

 

「ちょっと待ってろよ。すぐ上のもん、どかすから」

 

「ちょっと……あんまり無理しちゃ……」

 

「……徹」

 

「不安そうな顔すんな。このくらいならなんてことねえよ。目、つぶってろよ。砂入るぞ」

 

ぐっ、と腕に力を入れて、背中に乗っかっている雑多なものを下ろす。総重量は相当なものだったようだ。地面を伝う地響きに音、舞い上がる砂埃が、その重量感を表していた。

 

漂う砂煙が落ち着いてから、立ち上がって周囲の安全を確認する。頭上をぶち抜く大穴にため息を飲み込み、二人に声をかける。

 

「……ふぅ。とりあえず安定したみたいだな。でもまた崩落する可能性はあるから、ここから離れたほうがいい」

 

フェイトとアサレアちゃん、二人に手を差し出す。二人とも俺の手を取ったので引っ張り上げる。

 

そのまま立つものとばかり思っていた。

 

だがどちらも自分の力で立つこともできずに俺にもたれかかるように身体を預けた。

 

この付近はさっきまでいた上の層よりも暗い。そのせいで、顔色もわからなかったようだ。

 

背筋が、凍る。

 

「お、おい、まさか……」

 

まだ歩くことはできると思っていた。

 

俺の失態だ。読みを外した。二人の性格は知っていたのだから、気づいても良かったはずなのに。

 

フェイトは黙って無理をして苦しくても背負いこむタイプだし、アサレアちゃんは強がって虚勢を張って弱みを見せたがらない。

 

「逢坂さ……ごめん、なさい……」

 

「足に、力……入らな……っ」

 

「魔力欠乏症……っ、こんなに進んでたのか」

 

体内を循環する魔力が必要最低限度を下回り始めたことによる疲労感、脱力、身体機能の低下。体内魔力の流出が危険域に達している。早く処置をしないと、ますます悪化する。

 

空気中に魔力がないこの空間では、体内の魔力が尽きれば最悪の場合、死に至る。

 

おそらく上層にあった人骨、そのご遺体も魔力を根こそぎ吸い取られて亡くなったのだろう。このままだと、二人も同じ道を辿ることになる。

 

「こっの……っ、もっと早く言えよばか!」

 

「ごめ、なさい……。これ以上、逢坂さんに迷惑……かけたく、なくて……ごほっ」

 

「……そうかい。今現在、絶賛迷惑を(こうむ)ってるよ……」

 

「こほっ……。とお、る……」

 

「……なんだ」

 

「……ごめん、ね……」

 

「……謝るくらいならさっさと教えといてもらいたかったよ。まあいい、説教は後だ。すぐ処置する」

 

こんな砂と石ころまみれのところで女の子を寝かせたくはないが、ここに清潔なスペースなんてない。適当に石や砂利を蹴り飛ばし、担いでいるリュックサックを枕がわりにして二人を横にさせる。

 

「今から俺の魔力を流して、これ以上魔力が出ていかないようにする。集中力が残ってるなら体内の魔力の流れに全神経を注いで集中しろ。魔力を操る感覚を肌で掴め」

 

二人の間で膝をつき、胸の中央に手を置く。

 

俺の手に、フェイトは自分の手を重ね、アサレアちゃんはびくっと緊張するように反応した。

 

「ちょ、っと……っ」

 

「リラックスして心開け。抵抗したら魔力が反発してお互い危ない」

 

「で、でも……」

 

「不安なのはわかる。細かい調整は俺に任せてくれたらいい。力抜け。いつも通りで。自分の中にだけ意識を向けろ」

 

繊細な作業とはいえ、さっきランちゃんに施した際に手応えの変化は記憶した。リンカーコアにハッキングするよりかは難易度も低い。二人同時でも自信がある。

 

「やるぞ。集中しろ。感覚掴めよ」

 

「ひぐっ……うっ、んっ……」

 

「っ……」

 

まず俺の魔力を二人に流し入れる。

 

身体の表面を覆っている魔力を押し退けるようにして俺の魔力を注ぐ。俺の魔力で表面が満たされれば一度引き抜いて、もう一度繰り返す。多少強引だが、身体の表面から自分の魔力が引いていく感覚がわかれば、俺のアシストなしでもできるようになるはずだ。

 

幸いにして、二人とも飲み込みは早かった。

 

「こんな感じなんだけど……わかったか?」

 

「わかっ……わか、った……からっ、も……やめ、っ……」

 

「ぃっ……ぁっ、はぁっ……」

 

「……大丈夫か?」

 

フェイトもいるので控えめに左目を開き、二人の魔力の流れを確認する。

 

計画通り、体表面からは魔力は出ていない。これでこれ以上魔力が奪われることはないだろう。

 

ただ、ちょこっと二人とも様子がおかしい。胸に手をやって喘ぐように息をして、目元には涙まで蓄えていた。足は内ももを擦るようにもぞもぞとさせている。その光景はいつかのリニスさんを想起させた。まあ、あの時のリニスさんのほうがもっといろいろ大変だったけれど。

 

「おい、しっかりしろ。なるべく早くここを移動したいんだ。さっきからぽろぽろと石が落ちてきてんだよ」

 

ぽん、と肩を叩いた。声をかけても反応がなかったからだ。

 

ただそれだけだった。だが、二人の反応は劇的だった。いや、劇的というより、過敏というべきかもしれない。

 

「ひゃあっ?!」

 

「きゅっ……ぅっ」

 

アサレアちゃんはびくん、と肩を跳ね上げ、フェイトはらしくない悲鳴をあげてぷるぷる震えた。

 

「な、なんなんだよ…………」

 

その女の子女の子した反応に、俺は反射的に手を離した。なんだかいたいけな少女に狼藉を働いているような気分だ。なんなら医療行為に近いはずなのに。

 

吐息の荒い二人をどうしようか手を(こまぬ)いていた、その時だった。

 

すぐ後ろで、俺の背後でがらがらと石や岩が転がる音がした。

 

「っ……」

 

体温が二度ほど下がったと錯覚するほど肝が冷えた。

 

上層と、俺たちが今いる下層はかなりの高低差がある。魔法を知らない普通の人間なら生存を諦めるような高さだが、人間でないものならまだ動けるのかもしれない。

 

例えば、頭のない土の人形とか。

 

振り返ったそこには、俺の背丈を優に超える土くれでできた人形。ゴーレムが、すぐ近くにいた。

 

おそらくフェイトとアサレアちゃんを守った際に俺の背中に降ってきた石やら岩と一緒に、ゴーレムも落ちてきたのだ。

 

「くっ……あれ?攻撃して、こない?」

 

俺でも一歩踏み込めば届く距離。ゴーレムの長い腕ならあまりある。二人を守るように身構えたのに、襲ってくる気配がない。

 

「なんなんだよ……こいつ……」

 

そもそも、このゴーレムにはおかしな点が多すぎる。魔力を吸い取るようなこの空間で土の体を保てていたことも、頭がないのに俺たちを正確に狙ってくることも、他の部位をどれだけ吹き飛ばしても迫ってくるくせに胴体を飛ばしたらそれだけで沈黙することも。

 

「これは、チャンス……か?」

 

完全に静止したゴーレム。こいつを調べれば何か手がかりを掴めるかもしれない。すぐに行動に移す。

 

ごつごつとした、文字通りの岩肌に触れるがどうにも魔力が入りづらい。魔法の気配はあるにはあるが、石や土、砂といった不純物が多すぎて著しく捗らない。魔力を流すたびに外気に放出されるので効率もひたすら悪い。

 

「無理だな、これは」

 

早々に諦めた。

 

このゴーレムが時の庭園で言うところの傀儡兵みたいな自動迎撃システムではないのがわかっただけ収穫だったと捉えよう。

 

「……壊しとこ」

 

今はまったく動かないが、いつまでも動かないままかどうかはわからない。いきなり背後から、ぐしゃっ、とされる不安をなくすためにも破壊しておいたほうがいいだろう。

 

「……一応、試しとくか……」

 

ふと、胴体に何があるか気になった。

 

胴体、特に人間で当てはめるところの丹田あたりを攻撃すれば簡単に破壊できることはわかっている。

 

なので、逆にそこだけを残すことにした。丹田あたりを外して上下に手のひらを添える。

 

「……ふっ」

 

両手で発破を使う。別々の場所を同時に攻撃するのは初めてだったが、うまく行った。

 

くぐもった音の次の瞬間、ゴーレムの表皮(と呼んでいいか疑問だが)を隔てて中身が砕けていくのが手に伝わった。表皮はほぼ無傷だったが、その数ミリの表皮で重たそうな上半身を支えられるべくもなく、ぐしゃりと音をたてて土砂に戻った。

 

一つの塊を除いて。

 

「……ここだけ固まったままだ」

 

衝撃が入らないよう留意した丹田の周囲だけ、石や砂に戻らない。

 

ほぼ確実に、この塊の何かに、この塊のどこかに、ゴーレムを構築するための種がある。

 

「なんか出てくんのかな」

 

循環魔法で手の魔力量を増強させ、素手で土の塊を殴り砕いていく。はたから見れば異様な光景なことだろう。

 

しばらく叩いて、発見した。

 

「なんだ、これ……石じゃない?金属か?」

 

拳ほどの大きさはない。おおよそ鶏の卵くらいだろうか。その程度のサイズの金属。形も楕円形で、本当に卵のようだ。

 

これがゴーレムの中心にあったことを確信したのは、この金属の『性質』に気づいたからだ。

 

「これから魔力を供給してたのか……」

 

卵型の金属から魔力が放出されている。しかも奇妙なことに、その色彩は一定ではなく、複数の色が混在している。複数の色が視えるといっても、虹色みたいに綺麗なものではない。いろんな色の絵の具を無作為に溶いた水のような、有り体にいって汚い濁った色だ。

 

魔力が含まれるならと思って魔力を送って中身を調べようかと思ったができなかった。魔力を放出するだけでなく、吸収もするようだ。携帯充電器みたいな感じか。

 

新たな謎が生まれてしまったが、この金属のおかげで色々合点がいった。

 

「あの場所、あの近くに、魔導師がいた……」

 

ゴーレムは魔法で作られたものだった。ゴーレムは魔力を溜める金属を核として、構成されていた。ゴーレムには目も、鼻も、耳も、そもそも頭がない。魔力を感知するような器官があったようにも思えない。

 

であるなら、どこかで見ていたのだ。ゴーレムを生み出した術者が、俺たちの姿をどこかで観察しながら、ゴーレムを操っていた。

 

「人がいたようには、思えなかったんだけどな……」

 

「徹、徹……どこ?」

 

「逢坂さん……っ」

 

二人の心細そうな声がした。

 

俺が屈み込んで土弄りしている間に意識を取り戻したようだ。

 

「悪い悪い、ここだ」

 

「あ、徹、いた……よかった」

 

「あ、あんた、勝手にどっか行かないでよ……不安……じゃなくて!心配!心配するでしょ!」

 

「屈んでただけで近くにいたんだけどな。元気になったんならよかったよ」

 

「徹は?」

 

「俺は大丈夫だぞ。こんくらいの怪我じゃどうってことない」

 

「そっちもだけど、魔力も……」

 

「俺はみんなみたいに魔力吸い取られてないからそこまでひどくない。坑道に入る前から魔力が身体の外に出て行かないようにしてたからな。なんてことねえよ」

 

「…………」

 

フェイトが問い詰めるような瞳で俺を見る。

 

「……はぁ」

 

その悲しそうな瞳からは逃げられなかった。

 

「……体内の魔力量にはまだ余裕がある。それは本当だ。嘘じゃない。二人に渡してもまだ、な。俺はみんなほど魔力量がないから、魔法の術式から身体を流れる魔力まで見直して常日頃から節制してるんだ」

 

「……やっぱり」

 

「えっ、ちょっと……どういうことよ!」

 

「こうなるってわかってるから言いたくなかったのに」

 

「言いなさい!ぜんぶ!」

 

「……さっき、魔力をコントロールする手伝いしただろ?」

 

「うっ、うん、そう、そうね」

 

アサレアちゃんは急におどおどして頬を赤らめた。大人しくなったので、まあいいや。

 

「あれって結局、魔力の漏出を止めただけなんだよ」

 

例えるなら、怪我をした時に出血を止めただけだ。元通りに見えても、失われた血液は戻っていない。それと同じこと。

 

「これ以上体調は悪くならないけど、ここには魔力のもとになるものがないから体調が良くなることもない」

 

「で、でも、今わたしは気持ち悪くないし、頭も痛くないし、ふらふらもしない……。テスタロッサも顔色良くなってるし……」

 

「…………」

 

フェイトの目を直視できない。

 

辛そうで、悔しそうで、寂しそうで、悲しそうな表情が、とても心苦しい。

 

「だから……魔力の抑え方を教えた時についでに俺の魔力を渡しといた」

 

「わ、わたしにも?」

 

「フェイトにだけ渡してアサレアちゃんを見捨ててたら俺くず野郎じゃん。どっちもだ」

 

「で、でもっ、あいさっ……あんた、そんなに魔力量多くないんじゃ……」

 

「はっきりいってくれるなー……。俺にだって魔力少ないって自覚はあるんだ。だから、さっきも言っただろ。極力魔力の消費は抑えるようにしてるし、身体強化みたいな魔法も浪費(ロス)がないようにしてる。俺は射撃も飛行も使わないし、バリアジャケットもないんだ。たぶんこの環境で一番有利なのは俺だ」

 

「そういう問題じゃないの!魔力返す!足ひっぱりたくない!」

 

「これ以上魔力なくなったら歩けないだろ。それが一番困るんだ。なにが出てくるかわからないんだから、自分の身は自分で守ってもらわないといけない」

 

「んぐっ……」

 

「…………」

 

厳しいようだが、上の層で現れたような量のゴーレムに囲まれたら、今度こそまずい。魔法を使って、とまでは言わないが、走って逃げるくらいの体力は残しておいてもらわないと、俺も対処のしようがない。

 

二人が俺を気遣ってくれているのはわかっている。悔しそうに拳を握りしめるアサレアちゃんと、自分を責めるように唇を噛むフェイトの姿は胸が痛い。しかし、その気遣いや二人の意思を汲み取っていては、この先進めないのだ。

 

そのあたりは理解してもらうしかない。

 

「……そろそろ動くぞ。ここからどうするかだが……」

 

「落ちる前は……徹はここから出るみたいなこと言ってたよね?」

 

「ああ。危ない気がしたから出ようと思ったんだけどな。遅かった」

 

「ここ、上がれる?」

 

「んー……二人担いでも上がれないことはないけど、クレインくんとランちゃんも一緒に落ちちゃったし、探さないと」

 

「そう……そうよ!クレイン兄とランドルフのやつは?一緒じゃないの?」

 

「上の層から落ちる時にランちゃんがクレインくんを確保してたから、たぶん無事だとは思う。だけどどのあたりにいるかはわからない。やたらめったに掘り進んだのか、この坑道は道が枝分かれしてるみたいだしな」

 

「念話で……」

 

「目印もない、現在地もわからないのにどうやって合流地点を伝えたらいいんだよ。しかも、念話は使えない」

 

「な、なんでよ」

 

「ここの土は魔力を吸う。そのせいで念話も使えない。上層でランちゃんと念話したけど至近距離でもノイズが入ってた。距離が開いたら絶望的だ」

 

「じゃあ……進むしかないんだね」

 

「そうだな。一番奥があるはずだ。そこまでの間に休む場所もあるだろ。この状況で集まれる場所っつったらそこしかない。ランちゃんならきっとそこまで考えが至るだろ」

 

「でもっ!どっちの道が奥に続いてるかなんてわかんないわよ?!」

 

俺たちが落っこちたのは、ちょうど道のど真ん中というところ。右に進むか、左に進むか、選択肢は二つに一つ。これを指運で決めてしまうのは体力を考えるとリスキーだ。信じてもいない神様に任せたくもない。

 

一見、どちらの道に進むか選びようがないように思えるが、しかし何事も考察のしようはあるというものだ。

 

「それがわかるんだなー。これを見てくれ」

 

俺は二人に、ゴーレムから出てきた楕円体の金属を差し出す。

 

アサレアちゃんが真っ先に覗き込んだ。と同時に首を傾げた。

 

「……なにこれ?なにかの卵?」

 

「徹、これって?」

 

「ゴーレムの核になってたもんだ」

 

「……っ!ゴーレムの卵?!もしかしてこの中からゴーレムがっ!」

 

「いや、欠片もまったくこれっぽっちもそういうことじゃない」

 

「っ、っ、っ!」

 

「痛いって、アサレアちゃん蹴らないでくれ」

 

「……魔力が……。もしかして、今回の任務の目的って、これ?」

 

「たぶんそうなんだろうな」

 

フェイトはすぐに勘づいたようだ。

 

とんちんかんな発想をして顔を赤くして怒っているアサレアちゃんに、思い出させるように話す。

 

「今回の任務は、この世界の鉱山の地質調査。珍しい金属が産出されるからってことで俺たちは派遣された。その調査対象が、この金属ってわけだ」

 

「……なんでこれって決めつけるわけ?証拠があるの?書いてたの?」

 

的外れな回答をしたのがよほど恥ずかしかったのか、それとも小馬鹿にした俺の返事に怒ったのか、若干不機嫌なアサレアちゃんである。

 

「この金属は魔力を溜め込む性質がある。そう多くは存在しない稀少な金属であることは確かだろう。魔力絡み、魔法絡みの金属だしな」

 

「魔法第一主義の管理局からすれば、重要な金属ってわけね。……はいはい、納得したわよ。……あれ?それじゃ、これを持って帰れば任務はおしまいってこと?」

 

「最低ラインは、な。評価を気にしたら埋蔵量とかどのあたりに多くあるとか調べるべきだろうけど、今はそんな悠長なこと言ってられねえし。そもそも調べ方も道具もないし。だから、任務の最低条件をクリアした俺たちの次の優先事項はランちゃんとクレインくんの二人と合流することだ」

 

「そのために坑道の奥に進むんだよね」

 

「ふむふむ……はっ!だから!その一番奥に行く道がどれかわかんないんじゃないの!」

 

「そうそう。やっと話が戻ってきた。そんでこの金属の存在ってわけだ。この金属はこの鉱山のどこに埋まってると思う?」

 

「どこにって……そんなの、専門家じゃないんだからわかるわけないわよ」

 

「……わからない」

 

早々に考えることを放棄したアサレアちゃんとは違い、しばし頭をひねったフェイトも、答えは出なかった。

 

まあ、俺もたぶんこれが正解だろう、という仮説しか持っていないのだけれど。しかし、状況的に一番可能性は高いと思われる。

 

「正解は、土の中だ」

 

「…………」

 

「…………」

 

二人の目が冷たく鋭い。コンディションが悪くなかったらまず間違いなく魔力弾が飛んできていたことだろう。

 

魔力弾の代わりの罵詈雑言が飛んでくる前に、加えて説明する。

 

「えっと……より正確に言うと、この辺りの土に細かく細かく含まれてるんだと思う」

 

「……なにがどう違うのよ」

 

「こうしてちゃんと考え始めるまで気がつかなかったのが恥ずかしいくらいなんだけど、坑道に入った時からちょっとおかしくなかったか?」

 

「……?体調はおかしくなってきてたけど……」

 

「んー、それもおかしいっちゃおかしいんだけどな。もっと変なのは、魔力に反応して光る石のことだ」

 

「それはべつにおかしくないでしょ?ランドルフも言ってたわ。そういう石とか金属は違うところからも採れてるって」

 

「光る石があったのがおかしいんじゃないんだ。その石が、光ってたのがおかしいんだ」

 

「……ん?んー……ん?」

 

よくわからなくて、一度よく考えて、やっぱりよくわからなかった、というアサレアちゃんの図であった。

 

俺のヒントは分かりづらかったのかもしれないが、フェイトは気がついたようだ。

 

「あ、この坑道で光る石が光るのは、おかしいんだ……」

 

「え、え?なんで?なにが?」

 

「この坑道は空気中の魔力を吸い取っていく。道を歩く魔導師から奪い取るほどにな。そのくらい魔力がないのに『魔力に反応して光る石』が光ってるなんて、おかしいだろ?」

 

「っ……あぁっ!そういうっ……。そう、そう……ね」

 

今やっと気づいたことを恥じるように、でも納得はしたようで、アサレアちゃんはぐぬぬと小さく頷いた。別に悔しがるような話でもないのだが。

 

「空気中には魔力はない。でも『魔力に反応して光る石』は光っている。ということは?」

 

「……あっ!そっか!つ……」

 

「土の中に魔力を吸収する金属が含まれていて、その金属の魔力に反応して石が光ってる……ってこと?」

 

「そういうこと。いい子いい子」

 

「ふふっ」

 

見事正解したフェイトの頭を撫でる。こうして褒めることが、子どもの勉強や学習において大事であると、俺はなのはで学んでいる。

 

「わ、わたしも言おうと……わ、わかって、たのに……」

 

「ん、なに?」

 

「なんでもないばかっ!」

 

「な、なんで怒られたの俺……。ま、まあ……それで、だ。この金属は壁や天井、床など、俺たちを囲むようにして存在してる。その金属に魔力を奪われたせいでみんな体調を崩したわけだが、少しおかしいと思わないか?」

 

「つ、次の問題ね……絶対正解するわよっ」

 

「べつにそういう形式でやってるわけじゃないけど……」

 

「どうして魔力が溜まり続けてるのか、ってこと?」

 

「おお、フェイト早い。そうだ。いい子いい子」

 

「んー……ふふっ」

 

「そっ、れっ、がっ!なんの役に立つって言いたいの!?」

 

クイズと捉えているからだろうか、問題に正解できなくてアサレアちゃんのフラストレーション指数が上昇の一途だ。勝手にクイズだと思うのは構わないけれど、それで答えられないからって俺を怒らないでほしい。

 

「ずっとこの地にあるのに、乾いたスポンジみたいに魔力を吸い取ろうとする。限界まで溜まることなく、な。それはなぜか?」

 

「っ!は、はい!え、えっと……空っぽになるまで放出されてる……から?」

 

「そう。よくできました」

 

ぱぁっ、とアサレアちゃんの表情に笑顔が咲いた。が、次第に笑顔が散っていき、最後は木枯らしの風より寒々しい目で俺を睨みつけた。なんなのだ、褒めたのに。

 

気圧されていると、フェイトがこつんこつん、と頭で腕のあたりにぶつかってきた。俺を見上げて、声は出さずに口をぱくぱくと動かした。『アサレア』『正解』『ご褒美』と、読み取れた。

 

勝手にアサレアちゃんがクイズにしているだけで、こっちがご褒美の景品をあげる理由なんてないのに、と一瞬思ったが、フェイトは最初に教えてくれていた。こつんこつん、と腕を示してくれていたのだ。

 

「えっと……よ、よくできました?」

 

「ふ、ふんっ……べつに、正解したからって嬉しくないけどっ。ないけどっ!」

 

言葉とは裏腹に頬が緩んでいる。アサレアちゃんの機嫌が直って何よりだ。

 

フェイトに感謝しつつ、続ける。

 

「それで、だ。なんで魔力が空になるまで放出されているのか。二つ、可能性があると思っていた。一つは植物みたいに昼夜とか、時間によって放出と吸収のサイクルがあるのか。もう一つは、それこそ植物の根のように、どこか大本が末端で吸い上げた魔力を集約しているのか」

 

「徹はどっちだと思ってるの?」

 

「それだけだと判断はつけられない。でももう一つ、判断する材料があった。ここってさ、暗いけどまだお互いの輪郭くらいは見えるだろ?」

 

「そう、ね。おかげでまだましかしら」

 

まし、というのは暗所恐怖症の件のことだろう。もう少し暗くて狭くなるとアサレアちゃんの精神衛生上よろしくなさそうだ。

 

「上にいた時ってさ、もうちょっと明るくなかったか?」

 

「たしかに……上にいた時はなんとも思わなかったわ」

 

そういう迂闊な発言をするから、ランちゃんに揶揄(からか)われるんだぞ、と思わないでもない。でもランちゃんとアサレアちゃんとやり取りは見ていて楽しいから俺も注意しない。

 

「あ、そっか。上にいた時はみんな魔力を奪われてて、だから明るかったんだ」

 

「はん、そういうこと……。ここにはわたしたちだけしかいないし、魔力を取られないようにしてるから、金属が魔力を吸収できない……つまり、光る石も反応が弱くてあんまり光らないってことね」

 

「そういうこと。えらいえらい」

 

「徹って、人を乗せるの上手だよね」

 

「教え上手って言ってくれたら素直に喜べるんだけどな……」

 

「もうっ、いいから続きを話しなさいよ!」

 

つんけんしながらも手を払おうとはしなかった。

 

フェイトからも褒められたことだし、最後の締めに向かうとする。

 

「ここで、どちらの道に進むかって話に戻ってみようか。二つの道をよく見てくれ」

 

右と左の道を指差す。

 

「右の道は……奥のほうはずいぶん暗いわ。先が見えない。……なるべくならこっちは行きたくないわね……」

 

「え?左の道は先のほうまで続いてるよ。薄暗くはあるけど」

 

「一定のサイクルで魔力の吸収と放出を繰り返してるんだとしたら、こんなに左右の道で明るさに違いは出ないはずだ。ってことは、細かな坑道で吸収した魔力はどこかで一箇所に集約されてるって考えていいと思う。土の中に埋まっている金属の、より吸収力が強い方向に魔力が移動してるんだ。金属間を魔力が移動する時に、光る石が反応して道を照らしてる」

 

「えっと……つまり、光を追っていけばいいってこと、よね?」

 

「そういうこと。道標(みちしるべ)に灯りまでついてる。ラッキーだったな」

 

「……なんでわたしを見て言うの?ねえ?なんで?わたしわかんないなー」

 

「だってアサレアちゃん、暗いとこ苦手もが」

 

「ば、ばかぁっ!後輩がいるんだからそういうの言わないでっ」

 

「やっぱりアサレア暗いところ苦手なの?」

 

「だ、だから苦手じゃない!きらいなだけ!っていうか呼び捨てすんなっ!」

 

なんだかんだでフェイトのことをしっかり後輩扱いしているアサレアちゃんが、一生懸命背伸びをしてお姉さんぶろうとしているのは見ていて実に微笑ましい。こうして人は成長していくのだろう。アサレアちゃんはもう少し成長に時間がかかりそうだけれど。

 

「なんか失礼なこと考えてないでしょうね?」

 

さすがは女の子。こういう視線は鋭く察知する。

 

「そ、そんなことないぞ!よ、よし、それじゃ動くとしようか!」

 

「……ごまかした」

 

「どこからなにが出てくるかわからない。ちゃんとお互い警戒するんだぞ」

 

「うん、わかった」

 

「ふんっ、わかってるわよ」

 

フェイトとは対照的に、つんつんと棘の多いアサレアちゃんだった。

 


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