そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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さすがに毎日投稿は厳しかったです。
休日に二話投稿できるよう努力するんでご容赦を……



俺たちは歩き始めた。

 

姉ちゃんは今日、バイトが入っていたそうだ。俺は予定を聞かされていなかったし、自分で起きなかった姉ちゃんが全面的に悪いはずなのになぜか俺が怒られた。まあ朝ごはんを食べれば打って変わって上機嫌になる切り替えの速さが、姉ちゃんのいいところである。

 

さて、せっかくの休日なのにわざわざ早起きした理由だが、それは昨日フェイトが少し話題に上したように嘱託魔導師試験の為である。

 

管理局に所属することが罪の減免の条件に含まれているのだから本来は入局する試験を受けるべきなのだろうが、とりあえずは嘱託魔導師として働く運びとなっていた。クロノやリンディさんが、フェイトが自分のペースで働けるように手配したのだろうと勝手に踏んでいる。

 

ちなみに俺が試験を受けた会場とは違う場所である。おそらく各地で試験が行われているのだろう。俺が試験を受けてから一ヶ月程度しか経っていないし、クロノが無理矢理フェイトをここの試験にねじ込んだくさい。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

「そんなに緊張すんなって。フェイトならふつうにやれば余裕で合格できるって」

 

「そ、そう、かな……」

 

「そうだよ、フェイト。なのはや徹みたいな相手が出てくるわけじゃないんだからさ」

 

「そうだよね、うん」

 

「でも最近身体動かしてなかったんでしょ?フェイト、身体なまってるんじゃない?」

 

「あ……たしかに、そうかも……」

 

「アリシア」

 

「パパなに?」

 

「ネガティブな発言禁止」

 

「はーい!」

 

「ほんとにわかってんのかこいつ……」

 

会場は違っても段取りはだいたい似通っている。午前のうちに学科と儀式魔法を終わらせた。

 

学科についてはアースラ拘留(滞在)中に主にエイミィから勉強を教わっていたらしく、こちらについても困りはしなかったようだ。基本的に頭のいい子なので大丈夫。

 

ちなみに使い魔がいる魔導師には使い魔との連携を採点する試験もあった。俺は使い魔がおらずやっていないので何をどうすれば合格なのかわからないが、フェイトとアルフならば問題などありはしないだろう。

 

午後からの戦闘試験は魔導師個人の力量を測るものなので、フェイト一人で(おもむ)くことになる。

 

そもそも、フェイトは地球にくる前からリニスさんに教えてもらっていたのだ。机に向かってのお勉強もそうだが、どちらかといえば杖を握っての戦闘訓練こそ重点的にやっていただろう。学科試験を難なく終わらせている時点で、恐れる課題なんてないのだ。

 

「俺でも嘱託試験は通ったんだぞ?フェイトなら楽勝だ」

 

「徹の強さは数字で表せないし……」

 

「パパはまともじゃないもんね!さすがパパ!」

 

「アリシア?『まともじゃない』って言葉は多くの場合いい意味で使われてないんだぞ?」

 

「あはは……言葉通りだからフォローもできないや」

 

「うっせ。……んで?フェイトはなにに緊張するんだ?なのはのスターライトブレイカーを真正面から受ける以上に怖いことがあるのか?」

 

「その言いかたはなのはに悪いよ……」

 

「んー……まあ、クロノにあんなふうに言われたら、フェイトが緊張する気持ちもわかるけど」

 

「え、なに?クロノに意地悪されたのか?きつく言っておくぞ。リンディさん経由でな」

 

「仕返しのやり方が小狡いよ。……アースラを降りる前にクロノが言ってたんだ。『任務の予定をすでに組んでいるから、資格を取れなかったら徹と一緒に行けないぞ』ってね」

 

「なんであいつは試験に臨む相手にわざわざプレッシャーをかけるんだ……」

 

プレッシャーをかける相手は選んでほしい。なのはあたりはかえってやる気が出るかもしれないが、フェイトは確実に自然体で送り出すべきタイプだろうに。

 

「試験の内容にもよるけど、フェイトくらいの魔導師なら小細工抜きの正面突破でもなんとかできる。自信持ってどーんと行け」

 

「う、うん……」

 

どうにもフェイトの表情は固い。多少気を張っていようとフェイトがこの程度の試験に落ちるわけはないが、自分のリズムを崩して思わぬ怪我をしてしまわないとも限らない。

 

どう応援すれば良いものか。これがなのはなら適当に褒めてやれば勝手に調子を上げてくれるのだが。

 

試験開始時間はもうまもなくだ。送り出す前に何か声をかけてやりたい。だが、気の利いたセリフなんて出てこない。

 

どうするべきか悩んでいると、くいくいとアリシアに服を引かれた。

 

「パパー、お手」

 

とんでもない発言をされた。

 

「なんだよいきなり」

 

とか言いつつも素直にアリシアに手を差し出しているあたり、俺は親友二人のノリにだいぶ汚染されている。

 

俺の手を掴んだアリシアは、そのままフェイトの頭に移動させた。

 

「なでなでー。これで安心できるでしょ、フェイト?」

 

「アリシア?」

 

「いつも通りやればいいの。フェイトがたくさんがんばってたとこ、わたしも見てたよ」

 

「アリシア……ありがとう」

 

アリシアに励まされ、フェイトは目をつぶってされるがままに撫でられていた。

 

やっぱりなんだかんだでアリシアはフェイトのお姉さんなんだな、と感動したところで、アリシアに質問である。

 

「……で、なんで俺の手?」

 

「パパの手はデトックス効果があるんだよ!」

 

「そんな便利な機能あったのか、自分の手なのに知らんかったわ。リラックス効果か?」

 

「そう言ったよ!」

 

「言ってねえよ」

 

「ふふっ、ありがとう、みんな」

 

顔面蒼白だったフェイトは、笑ったからか顔色が良くなっている。アリシアの言う通り、緊張感をデトックス(・・・・・)できたらしい。

 

「それじゃ、行ってくるね」

 

微笑むフェイトを、俺たちは送り出した。

 

 

 

 

 

 

「なんのつもりだあの野郎……」

 

俺の時とは違い、フェイトの実技試験は訓練場みたいな広場で試験官と一対一の戦闘という形式だった。

 

それだけならば、近距離から中距離を己が戦場としているフェイトに断然有利に働く。試験会場()良かった。問題は相手がおかしいことだった。

 

『……以上、説明を終える。他に質問などなければ速やかに試験を始める』

 

『な、なんで、クロノが……』

 

『僕が試験官を務めるというだけだ。他に質問がなければ開始する』

 

『は、はい……』

 

クロノ・ハラオウン。

 

アースラでは艦長のリンディさんの次に偉い立場で、かつ、なるのが極めて難しい執務官でもある彼が、なぜか嘱託魔導師試験の実技試験官なんぞをやっていた。

 

「うーん……これは……」

 

実技試験にはいくつか種類がある。

 

俺の時だと市街地での作戦行動を想定した試験だった。合格条件は、エリアのどこかに置かれているフラッグを取るか、エリア内を徘徊している試験官の無力化、そのどちらかだった。

 

索敵に自信があるのなら敵性対象を避けてフラッグを狙い、腕っ節に自信があるのなら試験官に殴り込む。自分の得意分野に応じて、どちらかの合格条件を目指せばいい。

 

俺の場合はそうだったが、フェイトの場合は選択の余地がない。

 

相手の顔が見える位置から試験スタート。障害物もない。純粋な正面戦闘。

 

通常ならば手っ取り早くかたがついてラッキーだとさえ思えるだろうが、今回の場合相手がえげつないくらい悪い。

 

「あ、クロノだ。パパ、クロノ!」

 

「そうだなー……俺の見間違いとかじゃないよなー……」

 

「……徹の見立てだと、フェイトは勝てると思う?」

 

「……難しいな。なのはとフェイトと俺で向かって、運が良ければ勝てるかな、くらいだろうな」

 

クロノの全力を未だに目にしていないのでなんとも言えないが。

 

「……パパ、フェイト勝てないの?ぜったい勝てないの?」

 

「絶対、なんてことはない。いつだってどこかには勝機はある。とっても難しいってだけでな」

 

フェイトなら、飛行魔法と射撃魔法で撹乱(かくらん)しつつ、拘束魔法を仕込んでおき、時間を稼いでフォトンランサー・ファランクスシフトで蜂の巣にする。という手が、勝利(・・)するのなら一番可能性が高いだろう。

 

三人でああだのこうだの考察している間に試験の準備ができたようだ。

 

カウントダウンが始まる。

 

クロノはいつもの制服で杖を構え、対するフェイトも黒と金の装飾が施されたデバイス、バルディッシュを握り、バリアジャケットを着装する。相変わらず光が強くて直視できない。

 

「バルディッシュいたのかよ。久しぶりだし挨拶したかったのに」

 

「バルディッシュならさっきクロノから手渡されてたよ?」

 

「やっぱり嘱託魔導師にでもならないと、デバイスも預けてくれないのかな」

 

「あー……そういう制約はありそうだな……」

 

「そんなことより!フェイトさフェイトさ、あのかっこはずかしくないのかな?前にお店で見てたパジャマよりあのかっこはずかしくない?布少ないよね!」

 

「ああ。あのマントは腰に巻いて、せめて足を隠すべきだよな。露出しすぎだ」

 

「パパはあれでもいいんじゃない?嬉しいんでしょ?」

 

「そうだな眼福……ってこらアリシア」

 

「きゃーっ!」

 

ごほん、とやけに大きな咳払い。

 

見ればクロノがこちらを睨んでいる。

 

フェイトはなにやらしょぼんとしていた。俺たちが楽しそうにお喋りしている場に自分がいないことが寂しいのだろう。ちょっと申し訳ないけれど、よかった、こっちの話は聞こえていなかったようだ。聞こえていたら試験どころの話ではない。

 

「徹、アリシア。静かに、応援しようね」

 

「……うい」

 

「はーい」

 

カウントがゼロになり、試験が始まる。

 

と、同時に両者が動く。

 

クロノは杖を横一閃、魔力弾を放つ。単純な直射型ではあるが瞬時に六発を展開、発射する手際はさすがの一言に尽きる。

 

それに対して、フェイトは。

 

「お、接近戦?」

 

飛行魔法を行使しての猛ダッシュ。クロノとの距離を半ばほど一気に潰したあたりでデバイスを鎌の形状にチェンジ。魔法刃を構築。直撃コースの弾丸を刃で切った。

 

「わー!フェイト器用!かっこいー!わたしの妹かっこいー!」

 

「そういやジュエルシードの九頭龍が吐いたどでかい水弾も叩っ切ってたっけ」

 

「なにそれ?!パパっ、フェイト竜退治してたの?!」

 

「また今度話してやるよ。いずれ、実際にな」

 

「もう……なんでわざわざ危ないことするのさ。障壁使いなよ……」

 

「まあまあアルフ。障壁使えば安全に対処できるだろうけど、足が止まっちまう。クロノが相手だからこそ、だ」

 

「むむ……」

 

アルフはフェイトの戦いを心配そうに見つめている。アルフからすれば、もう気が気ではないだろう。だが、勝とうとするなら(・・・・・・・・)少々リスクのある綱渡りくらい越えて行かねばいけない。

 

クロノに近づいてきたところで、フェイトがバルディッシュを振るう。しかし、まだ全然届かない距離だ。

 

「あ、あれもあったっけ」

 

振るった後、バルディッシュの先端から魔力の刃がなくなっていた。高速回転してクロノに迫る。

 

「障壁を貫けは……しないか」

 

クロノが張った障壁と、フェイトの投擲した魔力刃が接触する。離れた位置にいる俺たちの元まで衝突の音が聞こえた。

 

「あれ?あの輪っか、クロノの壁から飛んでかないよ?」

 

「弾かれずに障壁に噛みつくって特性があるらしい。ずっと残って障壁にダメージを与え続けるし、障壁を割れなくても相手に精神的なプレッシャーをかけられる」

 

「しかもうるさい!」

 

「たしかにがりがりうるさいな……」

 

「戦闘訓練の先生が先生だからね……フェイトが狙ってなくてもリニスはそれ込みで教えてそうだよ……」

 

「うーん……ありえる」

 

クロノの障壁を魔力刃ががりがり削っているそのすぐ上を、フェイトは絶妙なコントロールで浮き上がり、クロノを飛び越えて背中を取って再び鎌を振るう。

 

投擲したはずの魔力刃はすでに充填されていた。

 

「パパー、クロノって接近戦できないの?」

 

「いいや?殴り合いくらいまで近づきゃ杖が邪魔になるから俺のほうが有利だけど、杖を使っての近接戦闘もばかみたいにできるぞ」

 

「拳が届く距離で戦うって、さすがのクロノも徹以外では経験ないだろうからね」

 

「言うけどアルフも同じ土俵だからな?」

 

背面取りを敢行したフェイトの一閃。

 

だが、回転して抉り込んでいる魔力刃のせいで視界が狭まっていたにもかかわらず、クロノは即座に反転。自身の杖で防いだ。

 

「わー、ほんとだ。反応いいんだね」

 

「ん、まあ……そうだな」

 

フェイトはよく考えて戦えている。攻め方を工夫して、一手を次の一手に繋げて、ちゃんと布石も打てている。

 

順調そのものだが、なんだろう。どうにも違和感が拭いきれない。

 

「あっ!?」

 

アリシアが大声を上げた。何かと思えば、戦況が動いていた。

 

フェイトの鎌を防ぐために伸ばされたクロノの腕に、金色に輝く捕縛輪がかかっていた。

 

それだけじゃない。

 

「うまく隠したもんだな」

 

クロノの背後から数多くの槍状の魔力弾が飛んでくる。

 

「え、え!なんで?!どういうこと?!」

 

「フェイトがクロノに魔力刃を射出する前に、背中に隠すようにして発射体を配置してた。そこから魔力刃を放って、自分はフォトンランサーの発射体とは反対側に移動。魔力刃は障壁に食らいついて発射体を見つけにくくする。いや、うまかったな」

 

「もしかして徹、それぜんぶ見えてたの?ここから?」

 

「ん?客観的に見られるぶん、ここのほうが見つけやすいと思うぞ」

 

「……徹はほんと、出会った時から今までずっと、成長してるんだね」

 

「えへへっ!パパかっこいい!」

 

「自分のどこが褒められてるのかわからんから喜びにくい……」

 

さっきの一連の流れ。似たような手法を見た覚えがある。

 

堂々と、相手にばれないように一手を仕込む。人の盲点をするりと利用するその手口。時の庭園(どこか)で戦ったリニス(誰か)さんを彷彿とさせる。

 

これが並の相手なら、射出された回転魔力刃と発射体(フォトンスフィア)からの魔力弾連射で張られていた障壁を破壊、術者をノックダウンまで持っていけただろう。

 

まあ、並の相手ではないので試験終了とはならないのだが。

 

「あれくらいじゃ慌てもしないか……」

 

「おー!クロノ、ちっこいのにすごいね!」

 

「たしかにそうなんだけどアリシアが言うのはどうにもおかしい」

 

杖を捕縛輪がかかっている手に持ち替え、空いている手を障壁へと向ける。魔力を追加で注いで強度を上げた。

 

結果、魔力弾は障壁を貫けず、魔力刃もとうとう障壁の抵抗に負けて回転を落としてついに霧散した。

 

フェイトの攻撃の手が止まったかと思われたが、まだ、続いていた。

 

「なのはと戦った時よりも、もっと考えて組み立ててる」

 

音、衝撃、光。それらを発し続けていた魔力刃がなくなったことによる気の緩み。油断よりももっと小さな、一瞬の緩み。その一瞬をフェイトは狙っていた。

 

杖を握る右手、障壁に向けた左手、両足。金色の輪がクロノの動きを空間に縫い止める。

 

「輪っか!拘束魔法だ!フェイト隠してた!でもいつ?!いつ隠したの?」

 

「ずいぶん慎重だったな。クロノの頭上を飛び越えた時に足元に、鎌で切りつけた時に右手に、隠していたフォトンスフィアの連射と魔力刃で追い込んだ時に左手に。一つずつ丁寧に無理せず仕掛けた。でもなぁ……」

 

「どうしたの?」

 

「いや、あのクロノがな……」

 

クロノの動きを封じたフェイトはすぐさま距離を取った。魔力が膨れ上がる感覚。フェイトの足元に魔法陣が広がった。

 

横に並ぶように金色に光り輝く発射体(フォトンスフィア)が浮かび上がる。

 

「おっと、まずい……」

 

「こ、この試験会場、防護手段ってどうなってるんだろうね……」

 

「見た限りまともな装置がないんだけど……こっちに流れ弾飛んでこないだろうな……」

 

「パパ、守ってね」

 

「言われるまでもないし、言うまでもないだろ」

 

「えへへっ」

 

フェイトの大規模術式の構築が先か、クロノが拘束を破るのが先か、時間の勝負だった。

 

ばぎん、と耳障りな音が響く。

 

拘束魔法の一つが砕けた。四つの拘束全てを解除するのではなく、杖を持つ右手の捕縛輪を優先して術式を解析、破壊した。

 

自由を取り戻した右手で、クロノは杖を振るう。即座に呼応したのは水色の魔力球。待機状態からして特徴的なその魔法は、スティンガースナイプ。

 

術者の意思で自在に操作できる誘導制御型の射撃魔法だが、クロノが操るあの魔法の厄介さは別格だ。螺旋を描く不規則な軌道、貫通性能、威力、弾速も悪くないし加えて本人のタイミングで加速させることもできる。

 

自由に使わせたくはない類の魔法だ。

 

フェイトもそう考えたのだろう。

 

「フェイトー!やっちゃえー!」

 

「……足りない。少ないな」

 

なのはの時に見せたフォトンランサー・ファランクスシフトよりも、発射体の数が断然少ない。半分か、三分の一か。やはりあの術式のネックは、あまりにも長すぎる準備時間か。

 

クロノのスティンガースナイプが放たれるよりも一足早く、フォトンスフィアから槍状の魔力弾がもはや壁のように吐き出される。

 

ファランクスシフトの全力の五十%未満の完成度だとしても、四秒間でおおよそ三百から五百発近い弾丸が降り注ぐ。

 

なのはクラスの防御魔法適性でなければ防ぎきるなんて芸当できようはずもないが、フォトンランサーの波に呑まれる寸前に、見えた。

 

前面が湾曲した障壁。バリアタイプの防御魔法。その三重。

 

「『防ぐ』よりも『弾く』ことを念頭に置いた対処……。クロノもあの魔法をアースラから見てたんだもんな……対処法も考えてたか」

 

「こっちにまで飛んできてるね……ぜんぶ任せちゃってごめんね、徹。あたし、まだ魔法使う許可もらってないから……」

 

「たぶんこういう非常時は使っても怒られないと思うけど……いいよ、別に気にしなくて。このくらいの密度の流れ弾なら」

 

「パパはどうやって防いでるの?」

 

「ん?障壁使うほど多くもないから、ふつうに魔力弾殴って弾いてる」

 

「それはきっとふつうじゃないよね」

 

フォトンスフィアからの一斉射が終わり、巻き上げられた砂埃がじわじわと晴れてくる。

 

「あーっ!クロノ立ってるよ!たおせてない!」

 

「わっかりやすいくらいにアリシアはフェイト贔屓だなー……」

 

「あたりまえだよ!わたしのかわいい妹だもん!」

 

「あははっ、いいお姉ちゃんだね、アリシアは」

 

クロノの服は埃っぽくなっていたが目立った傷はなし。直撃はなかった様子だ。

 

五十%でこの結果。もしかしたら、万全の状態でぶちかまして、最後に余剰魔力を掻き集めて作る大槍の投擲まで直撃すれば、もしかしたらもしかしていたかもしれない。

 

「ま、普段の(・・・)クロノならここまですんなり嵌りはしないだろうけどな」

 

「パパ、それってどういうこと?」

 

「これはあくまで試験ってこった。……おい、まだ頭上げるなよ。砂埃が飛んできてる。アルフもな」

 

「あ……あり、がと……」

 

「きゃーっ」

 

「楽しそうだな……」

 

ふるふると頭を振って、被ってしまった砂を払うような仕草のクロノ。まだまだ余力があるという様子だ。

 

対してフェイトは疲労が見えている。

 

それもそのはず、あの大規模術式は圧倒的破壊力に見合っただけの魔力を消費する。フェイトはクロノに反撃の隙を見せないように絶え間なく魔法を使っていた。飛行魔法も最高速を瞬時に出して、かつ繊細な魔力制御で地面すれすれを移動したりクロノの近くを飛んでいた。ずっと神経を張り詰めさせていただろうし、すっからかんではないにしても既に魔力の残りは心もとないだろう。強引なマニューバで体力的にも不安がある。

 

本人も口にしていたが、あのファランクスシフトはフェイトの切り札だ。それを凌がれた今、フェイトはまだ打つ手を残しているのか。

 

「フェイトーっ!がんばれーっ!フェイトーっ!」

 

アリシアの声援が届いたのか、フェイトはバルディッシュをきゅっと握り直す。

 

先端をクロノに向けて、発射。

 

砲撃魔法、サンダースマッシャー。

 

使用頻度の低い砲撃をここで使った。

 

直接命中させようとしたというよりかは、クロノへの牽制という意味合いが強い。だが、この試験でどころか、これまでで使う機会が他と比べても格段に少なかった魔法だ。虚を突いていてもおかしくはなかった。

 

それをクロノは、直立したまま地面を滑るような挙動で回避する。正直、とても不可解な動きである。

 

「なになにあの動ききもちわるい……」

 

「アリシア。素直なのはいいことだけど、いいことばかりじゃないんだぜ……」

 

「だってさっきのぜったいおかしいもん!」

 

「あれは飛行魔法の応用だよ、アリシア。ほんの少しだけ身体を浮かせて高度は変えずにスライドするように移動したんだ。あんなに地面から近い位置でバランスをまったく崩さずに動くのは、魔力のコントロールがすっごく難しいんだよ」

 

「まるで技術を見せびらかしてるみたい。感じわるー……」

 

「し、辛辣だな……。フェイト寄りっていうか、アンチクロノみたいになってるぞ」

 

「クロノはわたしの裸見たもん。パパ以外の男に見られるなんてやだ」

 

「はぁっ?!なんだそれいつ……ってあれか?時の庭園のあの時か?」

 

「そ!やらしい!」

 

「やらしいって……クロノも悪気はなかっただろうよ」

 

「でもパパ、わたしが裸見られたって言った時、むすってしたよね?したよね?」

 

「は?い、いや、してないし」

 

「したよ!してたよ!えへへー、だいじょうぶだよー、わたしはパパにしかくっつかないよー、ほかのやつには触らないし近づかないし近づかせないからねー!にゅふふっ!」

 

「自分の中だけで話を完結させるな。俺がつっこむ暇もねえよ」

 

「……アリシアは、徹のことすっごい大好きなんだね……」

 

「こんなに気に入られるようなことをした覚えはないんだけどな……」

 

滑るような飛行魔法でフェイトの砲撃を回避したクロノは杖を振るって光球を生み出す。フェイトに向かって射出した。

 

魔力弾が通った軌跡しか、目に映らない。それほどまでの弾速を誇るクロノの射撃魔法、スティンガーレイ。光球が動き出してから回避行動をしていたのではまるで間に合わない。

 

フェイトはクロノがスティンガーレイを展開した段階で飛行魔法の出力を上げていた。そのおかげで一発目は回避、二発目はとっても賢いバルディッシュが弾道の予測計算をして作り出した障壁でなんとか弾き、三・四発目は魔力弾の連射で誘爆させた。

 

「ほー、撃ち落とすって方法があったか……。待機状態の光球目掛けて弾幕張るのは効果的だな……」

 

「あれってすっごいはやいけど、バイヤーできないの?」

 

「なぜいきなり仕入れの話に。バリアな」

 

「言ったよ!」

 

「言ってない。……バリアできないこともないけどそれだと安心できないんだ。同時発射数が少ない代わりに弾速と貫通性能を極端に尖らせてる。まっすぐにしか飛ばないし燃費もよくはないらしいけど、直撃すりゃ一発で撃墜される危険性がある。今回はフェイトの運がよかったな。俺も対処にはいつも苦労してたんだけど、弾幕で誘爆って手もあったんだな」

 

「なんにしたってパパはできないけどね」

 

「…………」

 

「はっはー!今の俺にはほぼ百%で回避余裕なのだよ!」

 

「え、えっ!なんで!」

 

「と、徹、本当に?」

 

とんとん、と左目をノックする。

 

「おう!こいつのおかげでな。単発の射撃魔法なんざ怖くねえ」

 

「パパすっごい!いつから魔族になったの?!」

 

「いつからもなにも生まれてこのかた人族だ」

 

フェイトの高速機動の先読みをしつつ、クロノは砲撃を数発放っていく。フェイトの動きの予測は正確だったが、さすがに連射の効かない砲撃では高機動のフェイトは捕捉できない。

 

もちろん、クロノもそのくらいは予定のうちだろう。

 

だからこその、もう一手。

 

マルチタスクで砲撃しながら別の魔法の構築。スティンガースナイプの準備。

 

フェイトが対抗策を講じる前に、生き物のように暴れる魔力球が(くびき)を解かれる。

 

さきほどスティンガーレイを撃ち落としたように弾幕を張るが、スティンガーレイと違いこちらは術者の意思で操作・誘導できる。その上そもそもが螺旋のような回転運動をしながら飛翔する弾丸だ。容易に墜とせるものではない。

 

「もうっ!いっそのこと障壁で防いじゃったらいいのに!」

 

「フェイトの掲げるコンセプトとちがうんだよな。フェイトはなのはみたいに重装甲と障壁で防いで一撃で撃墜、って戦いかたじゃない。およそ真逆だ。多少防御が薄くなろうと身軽になって機動力を押し上げる。足を止めて障壁で固めるとかそれこそまずい。自分の生命線断って防ぎにいったら、もう手がなくなる」

 

「徹の時はどう対処したの?クロノとも一度戦ったんだよね?」

 

「そうだよ!パパならどうするの?」

 

「俺はなのはともフェイトとも方向性がちがうしなー。参考にはならねえよ」

 

「どっちか!どっちかなら?」

 

「フェイト寄り……か?前に使われた時は殴って壊したけど」

 

「ほんとうに参考にならない!」

 

「聞かれたから答えたのに……」

 

スティンガースナイプを撃ち落とせなかったフェイトは飛行魔法の速度を上げる。

 

上下左右に身体を揺らして機敏な動作で振り切ろうとするが、術者の技量に魔法のスペックもあいまって逃げきれない。

 

徐々に距離が詰まっていく。

 

「こればっかりは相手が悪かった。なのはの誘導弾なら綺麗にかわしてたのに」

 

「こういう時って、フェイトはどうしたらいいの?やり返せないー!」

 

「試験の場所は開けてるし、障害物もない……こうなると難しいな」

 

「ちょっとパパ!どっちの味方なの!」

 

「どっちも味方じゃねえか。んー……実戦なら話が変わるけど、試験だからな。流れを変えようと思ったらどこかで無茶をするしかないな。賭けになる。ほら、やるみたいだ」

 

「え?」

 

フェイトは飛び回ってスティンガーレイを回避しながら、発射体を一つずつ作り出す。いくつか用意できると急上昇。

 

マントを掠めそうになるほど近づいたスティンガーレイも追尾してくるが、途中でくるりと宙返り。

 

急激な方向転換にフェイトは苦しげな表情をしていたが、おかげでスティンガーレイを後方に突き放した。

 

急上昇からの、クロノへと急降下。

 

フェイトはバルディッシュを再びモード変更。フォトンランサーを乱射しつつ、サイズフォームのバルディッシュを振りかぶってクロノのもとまで一直線に飛翔する。

 

「真正面からの、一点突破……」

 

「だれかさんの後ろ姿ばっかり見てたせいでわたしの妹がイノシシに!」

 

「俺を見ながら言うんじゃありません」

 

フォトンランサーの斉射は障壁で防ぎ、クロノは杖を構える。ただ待ち受けているようだったが、さざ波のような違和感を感じる。

 

「あっ……あー」

 

「なにっ?!パパなに!?」

 

「そろそろ試験、終わりそうだなって」

 

「そ、そうだよ!もうすぐ終わるよ!フェイトが勝つの!」

 

フォトンランサーの弾幕でクロノを地上に縫い止めたフェイトは、バルディッシュを振るう。あの魔力を帯びた斬撃なら、俺が張る障壁もどきはもちろんダメージが蓄積されたクロノの障壁も切り裂くことだろう。障壁突破の特性が付与されていることだし。

 

だが、クロノの守りを突破することと、クロノを倒すことができるかはまた別の問題だ。

 

「やった!クロノのバリヤー切っ……あっ?!」

 

「……フェイトには、自分の足りないところを認識するいい機会になりそうだな」

 

障壁を叩き切った。そこまでは良かった。

 

剣筋を見切ったクロノは屈んでフェイトの横薙ぎの一閃を回避。フェイトの鎌は大柄で、一度振るうと戻すのに時間がかかる。その隙を突かれた。

 

クロノの杖に打ち上げられたフェイトは慣性を殺せずに、クロノの後方へと身体が流れる。

 

「あっ?!フェイトっ、地面にっ!」

 

「心配すんなって。フェイトは飛行魔法下手じゃないし、万一地面についても受け身は取れる。いざとなったらバルディッシュがフォローしてくれるって」

 

「クロノー!フェイトをきずつけたらゆるさないぞーっ!」

 

「クロノも仕事だから。アリシアは静かに見てなさい。ほんとにつまみ出されるぞ」

 

「みーっ!みーっ!」

 

不安定な状態で魔法を使うのは危険だと判断したのか、地面に手をついてうまく受け身を取る。

 

すぐさま体勢を整えて杖を構えるフェイトだったが、クロノは慌てることなく悠然と振り返る。動き出そうとしたフェイトの手足に青の光が瞬いた。

 

「っ……だめ、だったね……」

 

「よく頑張っただろ。クロノ相手に」

 

フェイトに拘束魔法がかけられる。

 

クロノのバインドは一級品だ。物理的にも、プログラム的にもとても堅牢なのだ。術式を解析しての破壊もすぐにはできない。

 

身動きはもう取れない。

 

つまりは。

 

「フェイト……負けちゃったの?」

 

「これで負けてないって言い張るほうが無様だからな。でも、負けから得られる物もある。クロノクラスの強者との一戦はフェイトにとってきっと実りになる。……悔しくは、あるだろうけどな」

 

 

 

 

 

 

「っ……ぐすっ……」

 

「……フェイト、そんな落ち込むことないんだから……顔上げて?」

 

「よく頑張ってたぞ。なのはと戦った時の教訓をちゃんと活かせてたし」

 

「そうだよフェイト。徹もずっとほめてたんだよ。だから……」

 

「だから泣くなって、フェイト」

 

試験終了後、ふらふらとした足取りで俺たちのところまで歩いてきたフェイトに労いの言葉をかけたら、瞳を潤ませて俺を避けるようにアルフに抱きついた。よほど悔しかったようだ。なにげに避けられたこともショックである。

 

「ごめ……なさっ……。わた、私っ……勝て、なかった……っ」

 

絞り出すようにそう言って、フェイトは謝った。

 

アルフは震えるフェイトを抱きしめて、落ち着かせるように背中をぽんぽんと叩いて大丈夫と言い聞かせる。

 

「謝らなくていいんだよ。フェイトは、一生懸命がんばったんだから……」

 

「全力を出し切ったんだろ?それで負けたんならしょうがないって。今の実力がこのラインだったってことだ。全力で立ち向かうフェイトはかっこよかったぞ」

 

「っ、でも……ぐすっ……」

 

「フェイト、泣かないで……」

 

「だ、だって……っ。負け……ぐすっ。試、落ちっ……」

 

「……ん?」

 

ぐすぐすとしゃくり上げながらだったので何を言っているか不明瞭だったが、どうやら俺とフェイトで試験の捉え方に齟齬(そご)がありそうだ。

 

「だっ、だいじょうぶ!フェイトなら次はぜったい合格できるっ!お姉ちゃんが保証するよ!」

 

「でも、ひっく……落ちちゃったから、来週の任務……っ、一緒に行けない……ぐすっ。ごめん、なさいっ……」

 

「わ、わたしと一緒にお留守番してよ?ね?そ、そうだっ!まもりお姉ちゃんにお勉強おしえてもらおうよ!いつかは学校に行くんだから、お勉強も大事だよ?ね?」

 

「ぐすっ……ひっく」

 

「だから、だから……泣かないで……ぐす」

 

天衣無縫というか天真爛漫というか、あらゆる意味で自由奔放なアリシアではあるが、なんだかんだでフェイトのお姉ちゃんなんだな、と思い知らされる。アルフに抱きついているフェイトの頭を、優しく撫でていた。

 

(なり)はフェイトよりも幼いのに、時折考え方や振る舞いが大人っぽくなるのを、本人は自覚しているのだろうか。まあ、慰めているはずなのにフェイトから貰い泣きしそうになるくらい子どもっぽくもあるのだが、それはご愛嬌。

 

「…………」

 

まあもしかして、とは思っていた。

 

いくらなんでも落ち込みすぎではないかとは、思っていたのだ。フェイトは争い事を好まない性格だし、クロノと戦えばおよそ負けるだろうことも理解していたはずだ。なのに泣くほど悔しがるのはおかしいなとうすうす感じていた。そしてはっきりわかった。

 

どうやら嘱託魔導師試験に落ちたと早とちりして、それがショックで泣いてしまったようだ。

 

「……って、んなわけあるかい!」

 

「わぁ?!ど、どうしたのさ徹、いきなり……」

 

「フェイト」

 

「っ……ご、ごめんなさい、徹……。私、もっと、がんばるから……だからっ」

 

「んあ?ああ、俺もフェイトもこれから頑張らないとな」

 

「……うん。私は出遅れちゃったけど、すぐ追いつけるように……」

 

「一緒にだ」

 

「え?」

 

「いや、だから、フェイト受かってるって。確実に」

 

クロノに負けたら試験失格って、そんな理不尽な試験あるわけない。

 

フェイトが試験に通らなければ、およそほとんどの魔導師が失格になる。そもそもクロノに勝てるような魔導師が、管理局に何パーセント存在するのだという話だ。そんな目の細かい(ふるい)で試験をしていれば、人が激減して管理局などとうに消滅しているだろう。

 

「で、でも、私、負けちゃったし……」

 

「たぶん今回の一対一形式の試験は、勝敗で合否を決めてるわけじゃない。戦い方で評価してるんだ」

 

「それって、どういう……」

 

「攻め方、守り方、対処の方法、戦術の組み立てや柔軟性、魔法の活かし方やコンビネーション。そういった魔導師としての全体的な能力を採点してるんだろ。管理局が定めた基準に達してたら勝ち負けは関係ない。というか、試験の趣旨を考えると、受験者が敵わないような力量の試験官をあててるんだろうな。じゃないと評価する前に勝負が終わっちゃうから」

 

「そ、それじゃあ、パパ……フェイトは……」

 

「フェイトで無理なら俺も嘱託できねえよ。ふつうに合格だろ」

 

「やったーっ!やったねフェイト!」

 

「そっか……フェイト、よかったね」

 

「う、うんっ……。ありがとう、アリシア、アルフ」

 

「そうだよもー。心配なんてすることないんだよ!わたしの妹はかわいくて強くて、すごくかわいいんだから!」

 

「あ、アリシア……恥ずかしいよ」

 

「それにしたって、クロノは教えてくれなかったのか?どういう試験があるとかって」

 

「どう、だったかな……」

 

「学科試験の勉強に必死で、もしかしたら聞き逃していたかもしれないね」

 

「むっ!クロノめ!」

 

もはやクロノをディスるのはアリシアの持ちネタみたいになっている。世話になっている相手なのはアリシアも理解しているだろうけど、行き過ぎないように突っ込んでおこう。

 

「アリシア、それは逆恨みだから」

 

「じょうだんっ、パパじょうだんだよっ!だから頭わしってするのやめてーっ!」

 

「ふふっ、あははっ」

 

「ああ、アリシア……ふふっ、頭がわさわさになっちゃったよ」

 

「れでぃにこの仕打ちはひどい!まじ許す!」

 

「それだとすごい勢いで許しちゃってるぞ。許すまじ、な」

 

「言った!」

 

「言ってない。あとから髪結ってやるから」

 

「まじ許す!」

 

「それは正しい使い方だな」

 

「ふっ、ふふっ……徹も、アリシアも、おかしい……っ、ふふっ」

 

今泣いたフェイトがもう笑っていた。やっぱり、泣き顔よりも笑顔のほうがずっといい。

 

そんなフェイトを見て、アリシアは嬉しそうに口元を綻ばせていた。どうやらアリシアはこんな展開を狙っていたようだ。相変わらず、妙なところで機転が利く。

 

「あははっ、くくっ、どこかでネタ合わせでもしてたの?はぁ、笑い疲れちゃったよ……さ、どうする?今日中に試験の結果が出るらしいけど」

 

「せっかくだし、見てから帰るか」

 

「うん。やっぱり合格してるか気になるから」

 

「うんっ!お腹すいた!」

 

「まったく会話が繋がってないんだが……まあ時間はあるし、軽くなんか食べに行くか」

 

「そう、だね。試験全部終わったら、私も安心してお腹すいてきちゃった」

 

「それじゃ、フェイトの合格祝いかな?」

 

「そ、それは待って……。これで落ちてたら……」

 

「フェイトなら大丈夫だよ!ほらいこ!わたしはこっち、フェイトはそっち、アルフはフェイトの手ね!」

 

「……俺の手が完全にふさがるんだけど」

 

「そんなの知りませーん!」

 

アリシアはとててっ、と駆け寄ると俺の右手を勢いよく掴む。ただアリシアの手が小さくて、手を掴むというよりかは指を掴むという感じだった。

 

「なんだか……ちょっと恥ずかしいけど」

 

対してフェイトはおずおずと、迷うように俺の左手を伸ばしてそっと触れて確かめるようにゆっくり握った。

 

「なんだかこれって……や、やっぱりいいや……」

 

アルフはぼそっと呟いて、結局フェイトの左手を握った。

 

アルフが言いかけたセリフの続きが、予想できてしまった。俺たち四人をはたから見たら、いったいどういう関係に見えるのだろうと。

 

「……ま、このくらいはいいよな……」

 

ちょっと照れくささはあるが、どことなく達成感のような感慨を覚えるのは、なぜだろう。

 

「……このくらい、ご褒美もらっても……いいよな……」

 

緩む頬を誤魔化しも隠しもできないまま、口の中で呟く。

 

小さな手の温もりを確かに感じて、俺たちは歩き始めた。

 

 


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