そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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幸せになってほしいと、そう望むのだ。

「ほんほん、この子らが例の美少女姉妹で、リンディさんは徹の上司にあたる人、ってことやね?」

 

「そう」

 

「そ、そうです。は、初めまして、真守さん」

 

「こらご丁寧に。徹がお世話になっとります。姉の逢坂真守です。ずいぶんユーモア(・・・・)を解した上司さんみたいで、こちらも接しやすいです」

 

「さ、先程は失礼しました……」

 

無駄に強調された笑顔に、リンディさんは萎縮してしまった。

 

姉ちゃんが含みを持たせた物言いと表情をしたのは、初対面の出会い頭にリンディさんが仕掛けてしまったお茶目なドッキリに対するちょっとした意趣返しだ。ドッキリの前段階でしていた話が話だったので、そこからのアリシアの『パパ』発言と、リンディさんの『あなたの子』宣言で、それはそれは多くのことを一度に考えてしまったのだろう。その結果、優秀過ぎた姉ちゃんの脳みそがオーバーフローして気絶してしまった。

 

そんな姉ちゃんが起きるのを待って、お互いの自己紹介を含めてお話をしていたのだった。

 

まあ、気を失うほど驚くのに充分すぎるインパクトではあったけれど、リンディさんは忙しい合間を縫ってせっかく家まで来てくれたのだ。姉ちゃんの棘はこのあたりでしまっておいてもらおう。

 

姉ちゃんの脇腹を肘で小突く。

 

「きゃふっ。なにすんねん!」

 

「そのくらいにしとけって。悪気があったわけじゃないし、俺しかいないと思ってたんだよ、きっと」

 

「まあ、うちも驚いただけやから別に怒ってへんけど」

 

「気絶してたけどな」

 

「やかましわ」

 

手の甲でぱちんと額を叩かれた。胸にツッコミを入れなかったのは、すでにそこが埋まっていたからだ。

 

「パパのお姉ちゃん、怖い人?」

 

あぐらをかいた俺の上に、アリシアの身体がすっぽり収まっていたのだ。

 

膝の上のアリシアが真上にある俺の顔を仰ぎ見る。

 

俺が答える前に、隣に座っている姉ちゃんがアリシアににじり寄った。裏などない、純粋な満面の笑顔だった。残念なことに『仲良くなって触れ合いたい』という不純な気持ちには、不純物は一切入っていない純度百パーセントなのである。

 

「怖ないでー?めっちゃ優しいねんでー?君はアリシアちゃんやんな?」

 

「そう、アリシア。お姉ちゃんは……」

 

「そこの椅子のお姉ちゃんやで!」

 

「椅子って……」

 

「真守お姉ちゃん、って呼んでな?」

 

アリシアは首をこて、と傾けて、姉ちゃんをまっすぐ見つめた。

 

「まもりお姉、ちゃん?」

 

「〜〜っ!?かっ……わいぃっ!」

 

「きゃあ!あはあっ、くすぐったいっ」

 

「姉ちゃん、抱きつくな。重い」

 

「重ないわ!」

 

「徹のお姉さん、元気な人、だね」

 

「そうだな、それはずいぶんいい表現だ」

 

俺の隣、姉ちゃんの反対側で寄り添うようにフェイトは座っていた。

 

フェイトは人見知り、とまではいかなくともそれに近しいものがあるので、うるさい、もとい過度に明るい姉ちゃんとの距離を測りかねているのだろう。

 

そうやってゆっくりと距離を詰めていくのもフェイトらしいといえばらしいが、誠に遺憾ながら、相手がどんな性格をしていようが接し方を変えない人もいるし、そもそも距離を測ることすらしない人もいる。

 

アリシアにすりすりしている姉ちゃんなど、そのハイブリットである。

 

「そっちのシャイな子はフェイトちゃん、やんな?」

 

「っ……」

 

アリシアをぎゅうっとしたまま、姉ちゃんは俺の背に隠れるようにしているフェイトに狙いを定めた。

 

びくっとフェイトの身体が揺れる。警戒しすぎじゃなかろうか。さすがの姉ちゃんでも、いくら可愛い子がいるからといって取って食いはしない。はずだ。

 

「そ、そう、です……」

 

俺の影からちょっとだけ顔を出して、フェイトが頷いた。

 

「あははっ、そない他人行儀にせんでええよー。仲良うしよーっ!」

 

なにも考えてない、にぱーとした姉ちゃんの笑顔でとりあえず悪い人ではないと判断したのだろう。フェイトは一度俺の顔を覗いて、姉ちゃんに向いた。

 

フェイトは俺の服を握ったまま、まだ打ち解け切れていない様子で、それでもちょっとだけ表情を緩めて。

 

「真守、お姉さん……」

 

「ーーっは!やばい、一瞬呼吸の仕方を忘れた!」

 

「姉ちゃんはなんかもうやばいよ。いろいろやばいよ。準変質者だ」

 

「失礼なっ!かわいい子をかわいいと愛でてなにが悪いんや!」

 

「かわいいのは事実だしかわいいと思うだけならいいんだけど、姉ちゃんはコミュニケーションが過剰なんだよ」

 

「うちはこれをオーバースキンシップと呼んどる」

 

「かっこよさげに言ってんじゃねえよ……ってか『オーバー』なことは自覚してんのかよ」

 

「あの……いいかしら?」

 

置いてけぼりになっていたリンディさんがおずおずと手を挙げた。

 

「あ、ごめんね、リンディさん。どうぞ」

 

「ありがとう。真守さんは徹くんからお話を伺っていたのかしら?」

 

「どういった経緯でこの子たちと知り合ったのか、っちゅうところは聞きました」

 

「…………」

 

口を(つぐ)んで、リンディさんは俺を見た。

 

どこまで、というニュアンス。プレシアさんの一件のどこまでを話したのかという意味だ。

 

全部です、そう言う前に姉ちゃんが口を開いた。

 

「魔法、とかって話も聞きました。実際に目にはしてませんけど」

 

相変わらず、人の反応から何を言わんとしているかを読み取るのが早い姉である。

 

そんな姉にとっては。

 

「っ……」

 

「…………」

 

フェイトとアリシアの感情の機微、身体に走る緊張や、一瞬の空気の強張りすら、感じ取るのは容易だろう。俺がフォローに入るまでもない。

 

この姉は、特に女の子相手ならばなおのこと、メンタル面のケアもお手の物なのだ。

 

「フェイトちゃんのことも、アリシアちゃんのことも聞いてます」

 

「二人の身の上を聞いて、どう思いましたか?」

 

「……?どう、とは?」

 

「なにか思うところはなかったのでしょうか?」

 

「いえ?とくには」

 

あっけらかんと、あくまでも端的に姉ちゃんは言った。考えるまでもないと示すかのように、即答だった。

 

そんな姉ちゃんに、リンディさんはさらに踏み込む。

 

「……この世界では、いえ、私たちの世界でも認められてはいませんが……真守さんや徹くんの住む世界では、クローン技術もコールドスリープも禁じられているはずです。どうしてそんなに簡単に認められるのですか?」

 

リンディさん本人も、フェイトやアリシアの前で言及したくはないだろうが、二人と関わらせるのだからちゃんと確認しておきたいのだろう。そういった技術に、そしてその技術が使われた子たちに抵抗があっては、二人のためにならない。誰のためにもならない。

 

そう考えての、リンディさんの問いなのだろう。

 

だが、それでも姉ちゃんは態度を変えない。アリシアをハグして、かつ、フェイトの手を握るという欲張りなスタンスに変化はない。

 

「ちょっと食い違い、ちゅうか……なんやろ。考えの行き違いがありますねぇ」

 

「考えの……行き違い?」

 

「そうです。たしかにクローン技術は宗教的やら人道的やら倫理的やら問題があるて言われてますし、この日本でもクローン技術規制法とかありますけど、大多数の人はあんま深く気にしてへんでしょ。身近なことやないですし。それを使っとったからなんやって話です」

 

あっけらかんとした風に、姉ちゃんは続ける。自分の考えを、言葉にする。

 

「大事なんはそういうとこやないって思うんです。倫理とか、法律とか、そんな小難しい理屈やないでしょ?」

 

にへらと頬を緩めて。あくまでも自然体で、どこまでもお気楽に。姉ちゃんは笑いながら言う。

 

「どう生まれたかなんて、うちは気にしてませんよ。どう生まれたかより、どう生きていくかってほうが、うちは大事やと思うてます。うちの理屈ですけど、この子らには幸せにのびのびと生きてってほしいなって思います」

 

そんな姉ちゃんの持論に、リンディさんは目をまん丸に見開いた。

 

表情を緩めて、口を開く。

 

「真守さんの後ろ姿を見て育ったから、徹くんはいい子に育ったんでしょうね」

 

「そうなんです!うちの教育が良かったんです!ようおわかりで!」

 

「反面教師に使ったところもあるけどな」

 

「否定しきらんとこがかわええねんなぁ、徹は」

 

「うるっせえわ」

 

「まもりお姉ちゃんはやっぱりパパのお姉ちゃんだ!」

 

姉ちゃんの言葉に感じ入るところがあったのだろう。抱かれるままだったアリシアが、今度は明確に自分から抱きついた。

 

「くっ……すごい、破壊力……っ!な、徹。うち鼻血出てへん?大丈夫?」

 

「鼻血は大丈夫だけど頭のほうはもう手遅れかもしれない」

 

「よかった。仕様や」

 

「ああ、手遅れだ」

 

「……真守お姉さん」

 

「おっ、フェイトちゃん?どないしたん?」

 

姉ちゃんの手を、フェイトは握り返したようだ。フェイトが呼ぶ前にぴくと反応していた。

 

「……あり、がとう。勘違いしてて、ごめんなさい」

 

おずおずと、奥ゆかしく、フェイトが謝った。

 

うるさい人っていう評価から、うるさいけど理解のある人だとでも覆ったのだろう。気をつけろ、フェイト。そう簡単に気を許してはいけない人種だぞ、我が姉は。

 

「かっふ……。あっかんわぁ、めっちゃかわええっ……。めっちゃかわええ!どないしよ!なあ徹どないしよ!」

 

「姉ちゃんはわりと前からどうしようもないよ」

 

「今は徹の軽口も心地ええくらいやわぁ。はー……幸せ。こないかわええ子らと仲良うなれるなんて。いつまでおれんの?日にちによっては生活用品準備せなあかんし」

 

「えっ?」

 

「へ?」

 

気まずい空気がリビングに立ち込める。

 

なんだか話が噛み合っていないような。

 

「え、あら?と、徹くん?真守さんにお話ししてなかったのかしら……」

 

「……あ」

 

「え?え?なんなん?なんの話なん?フェイトちゃんたちお泊まりするんちゃうの?!」

 

姉ちゃんにぐらぐらと揺らされながら、クロノとのやり取りを思い出す。

 

フェイトとアルフの裁判は無事終わり、アリシアの身体の経過観察も異状はないとのこと。となればアースラを降りなきゃいけないわけだが、親であるプレシアさんはまだ裁判が終わっておらず、他に身を寄せる親類はいない。

 

という話だったので、俺の家で預かるという運びにした。

 

まではいいのだが、それを姉ちゃんに伝えるのをすっかり失念していた。言い訳にしかならないが、姉ちゃんは仕事(探し)でよく家を空けているし、俺も俺で忙しかったのだ。

 

少々伝えるのが遅れてしまったが、この場で姉ちゃんに説明した。

 

呆れたようなアリシアと、心配そうなフェイトの瞳が実に居心地悪い。

 

俺の説明を終始ふむふむと頷いていた姉ちゃんは全て聞き終えて。

 

「ってことは二人のお母さんの判決が出るまではうちに住むってことやんやったー!」

 

思考時間ゼロ秒で許可が出た。

 

まあこうなるだろうとは想定していたけれど。

 

「いいの?まもりお姉ちゃん?」

 

「あたりまえやん!いつまでもおってええよ!」

 

「で、でも、急にお邪魔するのは……」

 

「お邪魔するなんてよそよそしい言いかたせんといてー。そもそも徹から二人の話聞いた時からうちにきてくれへんかなーって思っとってんから!」

 

大歓迎やー、などと叫んで姉ちゃんは二人に飛びついた。

 

それはいいのだが、アリシアは俺の膝の上、フェイトは俺のすぐ隣という立地条件。二人に飛びつけば必然、俺も被害を受ける。

 

アリシアやフェイトが挟まれて痛い思いをしては大変なので、俺も一緒に倒れ込むほか手はなかった。

 

「巻き込んでる!姉ちゃん、俺を巻き込んでる!」

 

「今日からうちの子や!」

 

「俺はもとからこの家の子だ!」

 

俺と姉ちゃんのやり取りがおかしかったのか、それともこの状況自体が面白かったのか、アリシアはきゃっきゃと賑やかに喜んで、フェイトも困惑しつつだが柔らかく受け入れていて、リンディさんは穏やかに笑っていた。

 

なんだかんだで一件落着、だろうか。最初にしていた彼女云々の話もうまいこと誤魔化せ

 

「……彼女の家にお泊まりした件は、また後でじっくり、な?」

 

耳元で囁かれた。

 

誤魔化せていなかった。

 

 

 

 

 

 

いろいろ話を済ませ、お昼前。

 

本当ならもっと早くにお話は終わっただろうが、姉ちゃんがフェイト・アリシア両名を事あるごとに可愛がるせいで話の本筋があっちへふらふらこっちへころころとまともに進まなかったのだ。

 

そんなこんなで、お昼前である。

 

「パパー……おなかすいた」

 

こんな時間になれば、アリシアのお腹も空くというものである。

 

「そうだな、昼飯にするか。リンディさんも一緒にどう?腕振るうよ」

 

アリシアの頭を撫でながらリンディさんに水を向ける。が、返事がない。

 

「これもおいしいのよ?ほら、紅茶やコーヒーにもミルク入れるじゃない?それと同じよ」

 

「試したことあらへんかったなぁ。でも言われてみたら合いそうやなぁ。抹茶って苦味あるし。それがおいしいねんけど」

 

「おすすめするわ。あら……この紅茶おいしいわね!」

 

「リンディさん味わかるなぁ!この茶葉はつい最近仲良うなった子が送ってきてくれてん!あんまし流通してへんらしいから数は少ないねんけど、めっちゃおいしいて」

 

「そうそう口にできない品質ね。はぁ……幸せね」

 

「せやねぇ……至福やねぇ」

 

いつの間にか、姉ちゃんとリンディさんがめちゃくちゃ仲良くなっていた。飲み物談義に花を咲かせていた。

 

紅茶を一口含んで心地よさげに吐息を漏らすリンディさんに、ふたたび声をかける。

 

「リンディさん、リンディさん」

 

「へ?あら、徹くん。どうかしたのかしら?」

 

「寛いでくれてるみたいでよかったよ。もうすぐお昼だけど、お昼ご飯どうする?」

 

「いいわね!お昼ご飯!私もそろそろお腹すいて……」

 

途中でリンディさんが停止してしまった。

 

徐々に顔色が悪くなっていく。

 

「ど、どうしたのリンディさん?大丈夫?」

 

「あの、えっとね?本当は今日一日お休みもらおうかと思ってたんだけど、先週もお休み頂いちゃったから午前休しか取ってなかったのよ……」

 

「なんか言葉の端々にブラックさが滲み出てるよ……」

 

「だから急いで戻らないと……」

 

「どうせクロノとエイミィはいるんでしょ?大丈夫じゃないの?あの二人がいるんなら」

 

「最近はいきなり出動要請があったりすることが多いのよ。ちょっと前にもそういうことがあったし……徹くんが手伝ってくれたって聞いたわよ?」

 

「あー……先々週のことか……。なるほど、たしかに要請が重なったら大変だ」

 

アースラの乗組員はトップであるリンディさんを筆頭にクロノ、エイミィ、レイジさんなど優秀な魔導師が多い。『海』所属の魔導師は能力の高い魔導師が多いらしいが、アースラはそんな中でも別格ではないだろうか。

 

ただ、唯一の弱みは優れた人材を選りすぐっているからこその慢性的な人員不足だ。与えられた任務を確実にクリアする腕はあるが、いかんせん取り組める任務の数には限りがある。

 

艦長であるリンディさんがいなければ、必然、次席であるクロノが代理をしないといけなくなる。結果、一人でも任務をこなせそうな人間が向かえなくなる。それは人員の限られたアースラにとってはかなりの痛手だろう。

 

「だから、今日はここでお(いとま)させてもらうわね。それじゃフェイトさん、アリシアさん、真守さん、またね。徹くんは、きっとまたすぐに会えるわね」

 

また会いましょ、と三人に手を振ると、リンディさんは口の中で何かを呟き、目を閉じた。するとリンディさんの身体が光に包まれ、光が収束した頃にはリンディさんの姿はもうなかった。

 

「ほぁ……これが魔法なんやなぁ、一瞬で消えてもうた」

 

「真守お姉さん、徹から見せてもらったことなかったの?」

 

「徹は見せてくれへんねん。隠しよんねん」

 

「本当はこっちじゃ使っちゃいけないし、そもそも俺の魔法は見せたくても見せらんないんだよ」

 

「パパー、おなかーすいたー」

 

「はいはい、ちょっと待ってな。でもそうだな……材料はあるけど、どうせこれから日用品とか買いに行かなきゃいけないんだし、外で食べたほうが早いかもな」

 

「えー、徹のご飯のがおいしいやん」

 

「徹、ケーキだけじゃなくて料理もできるんだね。……食べて、みたいな」

 

「わたしもパパの食べたーい!」

 

「……ここまで言われたら俺も(やぶさ)かでもないな。でも準備してなかったしこれから出かけるから、手抜き料理で良けりゃな」

 

 

 

 

 

 

「ほら、これなんかええんちゃう?めっちゃかわええやん!」

 

「ほんとだ!フェイト!これにしたら?かわいーよ!」

 

「わ、私はもうちょっと落ち着いた色のほうが……」

 

「なに言うてんの!可愛いお顔、艶々のお肌、綺麗な髪してんのに!」

 

簡単に昼食を家で済ませてから、俺たちは買い物にきていた。これから我が家で暮らすのだからと、姉ちゃんに手を引かれてまずは服を見にきていたのだが、ほぼ部屋着ばっかりである。

 

二週間前、アースラを訪れた時リンディさんとエイミィがいなかったのは、もうすぐ艦を降りるフェイトたちに服をプレゼントするためだったようだ。外行きの服はたくさん買ってもらったようなので、部屋着や寝間着などを重点的に回っている。よっぽど姉ちゃんは二人を着飾らせたいようだ。

 

「ほ、ほら、こっちの黒いのとかいい感じで……」

 

「あかんてそんなん!地味やんか!あっ!でも同じ黒でもあっちのはフリルとレースで透けとってめっちゃかわええ!」

 

「あはは!フェイト、これ!これにしたら!あはは!すけすけ!」

 

「い、いやだよっ。と、徹もいるのに……」

 

「ほんじゃこっちのキュートなピンクいのんは?」

 

「フェイトフェイト!こっち!これ一番いいよあっはは!ふっふふ、けほっ、けほっ、あははっ」

 

「こ、これ、足とか胸元とか出しすぎ……」

 

「いーじゃん。フェイトのバリアジャケットも布面積おんなじくらいだよ?」

 

「私のバリアジャケット、はたから見たらこれと同じなの……」

 

「黒でもこっちやったらフェイトちゃんに似合いそうや!黒に綺麗な金髪が映えるわぁ」

 

「なんでこんなの置いてるの……」

 

「フェイトは黒、あたしは白でおそろいにしよ!これでパパをめろめろにしようよ!」

 

「こっ、これ着て徹の前に出るなんてできないっ」

 

姉ちゃんやアリシアがフェイトにいくつか服を渡して、フェイトが顔を赤くしたり青くしたりしながら突き返している。どうしよう、このままでは俺の家が安息できない地になってしまう。

 

「姉ちゃん、頼むから違うところに買いに行こう。子ども用のとこに」

 

「えーっ。かわええの置いてんで、このお店」

 

「可愛いことは可愛いと思うよ。ただどうにも方向性がおかしいって」

 

「パパー、こっちとこっち、どっちがいい?」

 

「あ、アリシアっ」

 

慌てたフェイトに追われながら、アリシアが二着持っててこてこ駆け寄ってきた。

 

端的に表せば、ふりっふりにしてすっけすけのネグリジェか、布の量がおかしいワンピース。もはや二つ目はベビードールである。

 

アリシアの持ってきている服に加えて、俺への呼び方でお客さんの視線がこちらに突き刺さる。痛い、女性客の目がとても痛い。

 

「どっちもアウトに決まってんだろ。選べ。店を変えるか、服を変えるかの二択だ」

 

「徹はショーパン好きやで。足フェチやからな」

 

「話は決まった。俺が帰る」

 

「ごめんごめんごめんて!もうちょい健全なん選ぶって!……せやけどショートパンツ好きなんはほんまやろ?」

 

「否定はしない」

 

「否定はしないんだ……」

 

「それじゃあ足見えるのにしよーっと!」

 

俺の捨て身の直談判によって、フェイトは黒色、アリシアは白色の、肌触りの良い生地を使った動きやすいゆったりとした半袖のTシャツとショートパンツに相成った。実に健全で健康的な、双子コーデのルームウェアである。

 

前述したネグリジェを姉ちゃんがレジに持って行こうとしていたのでチョップを入れたのは余談。

 

後頭部付近をさすりながら店を出る姉ちゃんの背中を追う。もちろん俺は荷物持ちである。

 

たくさんの紙袋を手に空調の効いた店内から外に出ると、少々蒸し暑さを覚えた。

 

「これから夏やからなー、かわええのたくさんあったなあ」

 

暮れ始めた太陽に身体を向けて、姉ちゃんは光合成でもするかのようにぐぐっと背伸びした。

 

その口振りからして、まだ見て回りたいなどと考えているのだろう。

 

「他のはまた今度な。荷物がかさばる」

 

「パパ、重い?わたし持つよ?」

 

「はは、ありがとう。そんじゃ落っことしちゃいそうな小物の袋を頼む」

 

「大きいのでもいいよ!」

 

「それは小さくて、ほかの大きな袋に隠れて持ちにくいんだ。アリシアが持ってくれたら助かるんだけどな」

 

「それじゃこれ持つ!」

 

「ありがとな」

 

「……いいの?全部、買ってもらっちゃって……」

 

俺の手から雑貨店の袋を受け取っているアリシアの横で、フェイトが言う。レジでの支払いの際にも、フェイトは気後れした感じだった。

 

後ろめたそうにするフェイトに、しかし姉ちゃんは平常運転だった。

 

「なに言うてんの。妹の服買うてんねんから、なんもおかしないやろ?」

 

「おおよそ姉ちゃんの言う通りだ。家族の分なんだから気にしなくていいんだよ、フェイト」

 

「フェイトちゃんはなんも気にせんでええ。ただおってくれたらええんや」

 

「でも……」

 

「着てるとこ見せてくれたり撫でたり触ったり髪いじったり抱っこさせてくれたら……それでええんや」

 

「……ちがう意味で買ってもらったことを悔やみそう……」

 

いい話をしてる風なニュアンスで、姉ちゃんは言った。声のトーンや表情は真剣そのものなのに、どうしてそんなに変態的な言葉を吐けるのか。

 

「俺からしたら姉ちゃんの相手をしてくれるだけでもありがたいんだから、気にしないでいいんだよ」

 

「徹……。うん……ありがとう。嬉しいよ」

 

煮え切らないような口調で、フェイトは儚げに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「そういえばさ、二人ともこれからどうすんの?学校とか行くん?」

 

日が暮れる前に家に帰ってきて、リビングで一息ついている時に姉ちゃんがふと切り出した。

 

「学校……私、は……」

 

「うちはバイトとか職探しで家空けてること多いし、徹は平日学校やからなぁ」

 

「ああ、それなら話はついてる……っていうか言い忘れてた」

 

「なんや、まだ言うてへんことあったんか」

 

フェイトたちのこれからの身の振り方と姉ちゃんのお仕事の件、その両方ともが既に決まっているようなものなのだ。

 

「姉ちゃん、もう仕事探さなくていいよ。実は」

 

「いやや!いくら徹の稼ぎがよくたってうちは養われるつもりはあらへん!徹はちゃんと学校行って、友だち作って楽しい思い出を……」

 

「違う違う、話を全部聞けっての。知り合いの社長さんの会社が人手不足らしいから雇ってもらえないか聞いたんだ。そしたら面接とか試験次第で雇いたいって言ってくれたんだよ。姉ちゃん、そのあたりは得意だろ」

 

「知り合いの社長ってのがもう響きが強烈やわ……。どこで知り合ったどなたよ」

 

「アリサのお父さん。いろいろ込み入った事情から人が減っちゃったから人員募集してんの」

 

「……なんかコネ入社みたいや」

 

「各国に支社がある一流企業だから、普通にやれば書類選考でフィルターに弾かれるでしょ。だから半分その通り。まあ試験はするんだからいいんじゃない?」

 

「ほんじゃ、アリサちゃんパパの会社の試験受けて合格して実際に働き始めるまでは、家におれるっちゅうことか」

 

「う、うんまあ……その通り、かな?」

 

どんな試験かもわからないのにすでに合格を確信している姉だった。

 

そんな過剰とも言える自信を裏付けする能力が姉ちゃんにはあるから困ったものだ。試験もそうだが、人と対する面接のほうが姉ちゃんは得意だろう。もはや洗脳と呼んだほうが適切なくらいの人心掌握の術を心得ている。好印象を相手に植えつける方法も、悪感情を抱かせない方法もどちらも知っていて、なおかつそれらを意識せずに行うのだから、コミュニケーション能力に乏しい俺からしたら羨ましくも妬ましい。

 

まあ、好印象を相手に与え過ぎて行き過ぎた好意を向けられることを鑑みると、羨ましいことばかりではないようだが。

 

「せやけど、しばらくは家おれるやろうけど、いずれ働き始めるわけやからなぁ……フェイトちゃんとアリシアちゃんが心配や」

 

「それも大丈夫。フェイトとは話したことあったけど、学校行きたいみたいだしな」

 

抱き枕みたいに姉ちゃんに抱えられているアリシアと、俺と姉ちゃんの間に座ることをほぼ強制されたフェイトを見る。前に話した時にはフェイトは好感触だったけど、アリシアはどうなのだろう。

 

「学校って?」

 

アリシアは見上げるようにして姉ちゃんに尋ねる。にへらぁ、とばかみたいに緩んだ表情で姉ちゃんは答えた。

 

「えへへぇ、学校っていうんはみんなと勉強したり、運動したり、遊んだりするとこやで」

 

「たのしいの?」

 

「楽しいで!最初はつまらんなーとか思ったりするかもしれへんけど、絶対楽しなる!大きなった時、絶対いい思い出になる!」

 

あくまで個人の見解です。

 

「パパもいるの?」

 

「やー……アリシアちゃんが行くとしたら小学校やから、徹の高校には入られへんなぁ。でも小学校やったらがんばって無理言うてねじ込んだら、なのはちゃんたちのクラスに二人とも編入できるんちゃうかな?」

 

頑張ったり無理言ったら編入するクラスを選べるのだろうか。姉ちゃんの異常に広い人脈の中には学校の関係者もいるだろうから、その人たちに何かと理由をこじつけてお願いして、通してしまいそうな気がしないでもない。

 

「なのは……あの子か。わたし、パパとおなじところがいいなー」

 

「さすがにアリシアが俺の隣の席に座って授業受けてる風景は想像できねえわ」

 

「聞こう思とってんけど、アリシアちゃんはなんで徹のことパパって、呼んでるん?」

 

姉ちゃんが話を脇道に逸れさせた。

 

だが正直なところ、俺も気になっていた点ではある。なかなか踏み込みづらい領域なだけに、深く聞くことができなかったのだ。

 

アリシアは姉ちゃんからの質問に、きょとんとした顔を浮かべ、とくに何も気にしていないという風に平然と答えた。

 

「ママが、パパは大変な時に助けてくれるって言ってた。パパはわたしやママやフェイトが大変な時にがんばって、一生懸命助けてくれたから、だからパパ」

 

「……んむ?」

 

なかなかに特殊で難解な論理だ。『パパ』という単語が男親を指しているのか、それとも助けてくれる人という大きなくくりの概念を指しているのか、よくわからない。

 

ただ、アリシアの口振りから家庭内にママはいても本当のパパがいなかったことを、姉ちゃんは悟ったらしい。必要以上に追及すると思いもよらぬ地雷を踏みかねないと判断したようだ。

 

疑問符は浮かべつつ、まいっか、と話を区切って踏み込むのを諦めた。

 

「そういえば学校の話やったな、ごめんごめん。ほんで、アリシアちゃんはどないする?徹と同じとこは行かれへんけど、フェイトちゃんと同じとこには行けるで?」

 

「フェイトと一緒に……。ねえパパ」

 

「ん?どうした?」

 

「パパは、どう思う?行ったほうがいいって思う?」

 

行ったほうがいいか。その問いに、俺は一瞬間を置いた。

 

アリシアは(フェイトもそうだが)プレシアさんの娘で、将来的には魔導師かそれに類する職業に就くことになるだろう。つまりは管理局絡みだ。

 

将来だけを見据えれば、こっちの世界で普通の学校に行くことに、なんら得があるとは思えない。

 

学校に拘束される時間をすべて魔法の勉強やら訓練につぎ込んだほうがいいに決まっている。だから『行ったほうがいい』か『行かないほうがいい』のどちらかなら『行かないほうがいい』のだろう。

 

それでも、それでも俺は

 

「……行ってほしい(・・・・・・)って、俺は思う」

 

立派な魔導師になるための効率だけを見れば、学校なんか行く必要ない。

 

でも、人生はそれだけじゃないことを俺自身が知ってしまったから。友人たちと一緒の時間を過ごして、遊んで、ばかをする楽しさを知ってしまったから。

 

だから、そんな時間をアリシアにも過ごしてほしいと思うし、そんな友人を見つけてほしいと願う。

 

幸せになってほしいと、そう望むのだ。

 

「きっとアリシアにとって、アリシアのこれからの人生にとって、そのほうがきっと実りあるものになるはずだから」

 

「そっか。ほんとはパパとおなじとこがいいけど、フェイトも一緒ならそれでもいっかな。学校」

 

「そうか、よかった」

 

アリシアの外見はフェイトやなのはよりも幼いし、身長も小学校一年生から贔屓目に見て二年生といったところだが、そのあたりは方々手を回せばどうとでも調整できるだろう。結局は住民票発行の手続きのために必要な資料の請求を管理局と繋がりがあるという組織にしないといけないのだ。その時にアリシアの年齢をフェイトと合わせておけばいい。

 

双子じゃないほうが違和感があるくらいそっくりなのだ。年齢が違うほうが疑念を持たれる。

 

「それじゃ、アリシアはフェイトと一緒に学校に……」

 

「私、行かない……」

 

「って、えっ?!な、なんで、どうしてだ?前は、なのはと同じ小学校行きたいって……」

 

俺の視線から逃げるように、フェイトは顔を背けた。

 

わからない。なぜここにきて意見を翻すのか。

 

実は学校なんて行きたくなかったけど俺がしつこく言ったから嫌々行くと言っていたのだろうか。どこかで俺がフェイトの意思を(ないがし)ろにして、強制させてしまっていたのだろうか。

 

あの日の会話の記憶を引っ張り出しては頭の中でぐるぐると回っている。わけがわからない。

 

どう声をかけていいか分からずあたふたしている中、フェイトの細い肩に手が伸びた。

 

「そない気にせんでええんやで?甘えてもええんや。フェイトちゃんもアリシアちゃんも、まだ子どもやねんから」

 

安心させるように、それこそまるで本当の姉のように、フェイトの顔を胸に抱き寄せて頭を撫でていた。

 

「ちょ、え、どういうこと?」

 

俺はというと話の流れがさっぱり読めていなかった。

 

「わからんの?はぁ……徹はなぁ、頭はええけど、人の心がわからんからなぁ」

 

「人を冷酷な男みたいに言わないでくれる?これでも一応コールドリーディングの心得は……」

 

「そうやって小難しい知識や技術で補完しようとするからわからんねん。あんなもん、統計のデータでしかないやん。せやから行動パターンは読めても、その裏にある感情が読まれへんねん」

 

「うぐっ……」

 

「フェイトちゃんは子どもやけど、めっちゃ賢いからなぁ。賢うて、優しすぎんねん。迷惑かけてまうって思ったんや」

 

「んえ?迷惑?」

 

驚きのあまり変な声が出た。

 

「学校行くんもお金がかかる。それがうちらに負担かけることになるんちゃうかって思うたんや」

 

「ふむ……ん……はぁっ?!」

 

「ひぅ……」

 

びくっと肩を跳ねあげて、フェイトは姉ちゃんに隠れるようにさらにくっついた。

 

大声を出した俺にも責任はあろうが、それにしたってフェイトもフェイトだ。

 

「おっきい声出さんといてや。フェイトちゃんが怯えてもうてるやん」

 

「いや、だってそれは、うん……俺が悪いけど……でもフェイトも悪いだろ!」

 

「パパうるさーい」

 

「うるさくない!……フェイト」

 

「っ……だ、だって、エイミィが……」

 

「えいみー、さん?どなた?」

 

「リンディさんの部下。フェイトやアリシアをよく気にかけてくれてた子。エイミィがなんだって?」

 

「エイミィが……学校は、いろいろお金がかかるんだよね、って……」

 

「エイミィ……あのやろう」

 

「ひっ……」

 

「徹!その顔やめっ!フェイトちゃん怖がらせとる!」

 

「パパはただでさえお顔怖いんだから、低い声出したらなおさらだよ?」

 

「怖がらせるつもりなんてない。あとアリシアおい」

 

「きゃー、パパこわーい」

 

「くぉら徹!うちの妹たちをいじめんな!」

 

「いじめてない!アリシアについてはあとからお仕置きだ!」

 

「やー、オシオキだなんてパパやらしー」

 

「やらしさは微塵もねえだろうが……。で?フェイト、調べたりしたのか?」

 

「嘱託魔導師の試験勉強の合間に……ミッドチルダの学校だったけど。制服とか、教科書とか、学費とか、いっぱいお金かかるって……」

 

怖々(こわごわ)と、フェイトは姉ちゃんに抱かれながら俺の顔色を窺う。

 

その様子にも、余計な心配をすることにも歯痒い思いはあるが、ぐっと堪えて深呼吸とともに飲み込む。

 

優しすぎて、考えすぎて、自分の気持ちすら抑え込んで押し殺してしまうのがフェイトの性格だってことは知っていたはずなのに、そのフェイトの苦悩に気づけなかった自分に腹が立つ。

 

「っ……ふう。気にしなくていいんだよ、フェイト。俺もちょくちょく嘱託で仕事もらってるんだし、蓄えはある」

 

「だめ、だよ……住むところまでお世話になってるのに、その上学校なんて……。私、お金持ってないし……」

 

「っ……はあ。平常心……平常心……。フェイト、こっちこい」

 

「っ……や、やだ……」

 

「…………」

 

フェイトに拒否られた。どうしよう、尋常じゃないくらい心が痛い。

 

でも、怯えたような表情と仕草のフェイトは胸が苦しくなるくらい可愛くて、更にどうしようもない。

 

「大丈夫やで、フェイトちゃん。徹が怒ったら、うちが徹を怒ったる」

 

「なんだよその三竦み」

 

「つまりその三すくみの中央にわたしがいるんだね!」

 

「それだとアリシアはほとんど無関係になるんだけどいいのか?」

 

「それはやだっ!」

 

「ほれ、フェイトこい」

 

「無関係やだ!パパ!無関係やだ!」

 

「嘘だから、超関係者だからちょっとアリシア静かにしてて」

 

「っ……」

 

姉ちゃんに背中を押されるような形で、フェイトはおずおずと俺に近寄る。

 

目線は一切合わない。フェイトが俯きっぱなしなせいだ。

 

いつもより低い位置になってしまっている金色の頭を乱暴に掴み、かいぐり撫でる。

 

「子どもが余計な気を使ってんじゃねえよ。甘えときゃいいの。もう家族なんだから」

 

「かぞ、く……?」

 

「一緒に暮らすんだから、家族だ。そんでそん中でもフェイトは一番下の妹なんだから、甘える権利があんだよ」

 

「もはや義務やな」

 

「ねえパパー、わたしもー!わたしもなでて!」

 

「……アリシアは権利を振りかざしすぎだけど、まあそういうことだ。細かいことなんざ気にしないで、厚意を受けてりゃいいの」

 

ところどころあほ毛が跳ねた頭のフェイトが、ようやく顔を上げた。口を開いた。

 

「……やだ」

 

「頑固だな!ここは折れるとこだろ!」

 

「あっはっは、徹が人のこと頑固とか傑作やな」

 

「あははっ!自虐ネタっていうんだよね!おもしろーい!」

 

「自虐でもねえしネタでもねえわ。……あ、そうだ」

 

「なん?また悪だくみ?」

 

「悪だくみじゃねえよ。ってかまた(・・)ってなんだ!……なあフェイト、フェイトもいずれは管理局で働くんだろ?」

 

「う、うん……そうだけど」

 

「はぁっ?!」

 

「ひぅっ」

 

今度は姉ちゃんの番だった。

 

いきなり声を荒げた姉ちゃんに驚いたフェイトは、するりと俺の背に隠れた。

 

「怒鳴るなよ。フェイトが怖がってんだろうが。アリシアも目を回してるし」

 

「きゅぅ」

 

「あぁっ、ごめんなアリシアちゃん!せやけど!」

 

「声大きいぞ」

 

(せやけど!)

 

「どうやって発声してんの?!」

 

「せやけど、危ない仕事なんやろ?フェイトちゃんに傷がっ……珠のようなお肌に傷がついたらどないすんねん!」

 

「俺に言うなよ。管理局で働くことが罰の減免や情状酌量の条件みたいなとこあるから、こればっかりは仕方ねえの」

 

「なんっやそれ!労働基準法とか児童福祉法とかどうなっとん!」

 

「……ないんじゃない?」

 

俺と同年代のエイミィや、年下のクロノがアースラでばりばり働いている光景を思い出すと、もはや苦笑いしか出ない。

 

「そっちの法整備はひとまず置いといて……。働き始めたら給料ももらえる。だから後払いにすればいいだろ。それまではこっちが肩代わりしておくって形だ。給料が入ったら返してくれればいい」

 

これなら誰に負担がかかることもない。五分と五分の関係だ、と説明する。

 

「それじゃあ……」

 

「うん?」

 

不安と期待が入り乱れる瞳で、フェイトが俺を見上げた。

 

「それじゃあ、私も学校……行っていいの、かな?」

 

庇護欲をくすぐる表情と仕草に、思わず、抱きしめた。

 

「最初から言ってるだろ。行っていいんだって。やりたいことやりゃいいんだよ」

 

「わっ……」

 

「フェイトは、もう少し素直に甘えてもいいんだ。これまでがんばってきたんだから、そのぶん甘えたってばちは当たらねえよ」

 

「徹……っ、うん……ありがと」

 

「パパ!わたしも!わたしも甘える!」

 

「アリシアはもう充分甘え上手だから大丈夫」

 

「なんでー!えこひいき!ずるい!」

 

「ずるくない。アリシアは基本的にくっついてるし……って言ってるそばから飛びついてるし!」

 

「ちょお徹!二人とも取るんはずるいやろ!独占禁止!」

 

「さっきまで姉ちゃんが二人とも抱え……ちょ、やめ」

 

姉ちゃんが飛びかかって、結局全員床を転げた。

 

 




次は話の展開上シリアスになります。

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