そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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大筋は変わらないと思いますが、この回から少しづつ原作と違ってくるかもしれません。
注意してください。無理かも、と思った方はすぐにお戻りください。

あと若干一名、後半でキャラ崩壊が激しいです。
こちらにもご注意を。



第二章
15


「知らない天井……って馬鹿か、俺は」

 

 知らない天井なのは、確かなんだけどな。

 

 アルフが運んでくれた、とは思うけど……どこだろうな、ここ。

 

あまり物が置かれていなくて、少し寂しい部屋。

 

俺が寝ているパイプベッドの横にサイドテーブル、あとは書類整理でもするのか机が一つあるだけだ。

 

時計もかけられていない。

 

カーテンも薄く、日が差し込んでいる。

 

一時的なアジトだから物を置いてないのか、俺という部外者がいるから足の着きそうなものを片づけたのか。

 

「あーあ、太陽昇っちまってんじゃん……」

 

 やばいなぁ、姉ちゃんになんと言い訳したものか、学校もサボりだな……。

 

 まぁ、それよりも先に考えるべきことがあるか。

 

 ひとまず動こうと思い、掛けられていた布団をどけて、起き上がろうとしたが、また布団をかぶった。

 

なんで、俺、服着てねぇの……。

 

制服はぼろぼろだったし、俺自身傷だらけだったから全部脱がしたのだろうか。

 

でも、パンツまで剥ぎ取らなくてもいいのでは……。

 

アルフがこれやったのかな、そうだとしたら次会うとき、どんな顔して会えばいいかわかんねぇよ。

 

 そういえば傷がなくなっている。

 

腕とかの見えやすい場所しか見てないが、完全に治癒されている。

 

あれだけ戦えて補助魔法すら使えるのか? 万能すぎるだろう、もしかしてまだ仲間がいるのか?

 

 身体の調子を確かめるために、ブリキの人形のようにぎしぎしと響く身体で立ち上がる。

 

傷は治してくれたようだが、筋肉はかなり軋むような感じだ。

 

 この際に全身をチェックしておこう、誰も入ってこないみたいだし。

 

腕や肩、腹などの上半身は完璧だな。

 

アルフに抉りこむように腹を蹴られたが、痣も残ってない。

 

足や太もも、腰といった下半身も完治している。

 

魔法による攻撃だったので、ほとんどがかすり傷や打撲といった怪我だっただろうが、ここまで全身を完全に治療できるものなんだな。

 

魔法ってのは本当、便利なもんだな。

 

頭を使いすぎたせいでまだ少し、じんじんと痛むがこれはそのうち引くだろう。

 

 だがここで問題が起きた。

 

誰もいないから、ということで安心しきって、身を包んでいた布団をベッドに置いて、傷の具合を見ていたのが原因だろうな。

 

あぁ、すべての責任は俺にあるだろう。

 

「失礼します。もう起きられまし、た……か……」

 

 裸体を女性に晒すことになってしまったのは。

 

せめてもの救いは、扉に背を向けていたことくらいだ。

 

「あ、いや、あのこれは……」

 

 弁解しようとして振り向こうと思ったが、振り向いてしまったら、あのまぁ……それこそ見えてしまうわけで。

 

ベッドに乗っけた布団を取ろうにも、身体がきしんで動きづらく、すぐに取ることができない。

 

こ、この状況どうしたらいいんだっ。

 

かなり焦っていると彼女の方から切り出された。

 

「す、すいませんっ、申し訳ありませんっ! 決して、あ、あの覗こうとか、そういう不埒なことを考えてたわけではなくてですねっ、たしかによく引き締まっていて、でも筋肉はちゃんとついていて、とても私好みのいい身体だとは思ってましたけどっ! あれっ?! 私は何を言っているのでしょうかっ?! 部屋っ、で、出ますので! 服も、用意してきます!」

 

「え、はい。お願いします」

 

 彼女の方がテンパっていて、逆に冷静になってしまった。

 

彼女は言葉より先に行動に移したようで、言い終わる前にドアが閉まる音がした。

 

しかし俺、素っ裸で背を向けながら仁王立ちとか、どれだけ高度な変態だよ。

 

俺の黒歴史が新たに追加されてしまった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 服をもらい、着替えて扉に手をかける。

 

ちなみに服を持ってきてもらった時は、まずノックをして返事を受けてから扉をわずかに開けて、服を部屋に押し込み、すぐに扉を閉めた。

 

同じ轍は二度と踏まないとばかりの早業に驚愕したものだ。

 

 服は、灰色のパーカーに青のインナー。

 

黒みの強い青のジーパンと、下着は無地で黒色のトランクスだった。

 

うん、まぁ……無難? 服まで用意していてくれたのは、無論感謝しているが。

 

 動きづらい身体を無理くり動かし、部屋を出て、右を見ると玄関になっていたので左へ進み、一応ノックしてから扉を開く。

 

そこには民族衣装のような、日本では見ることのない変わった服をお召しになっている女性が立っていた。

 

服自体は別にいいんだが、いかんせん、胸元が大きく見えてしまっているので、これは情操教育上よろしくないかもしれない。

 

薄茶色っぽい髪に猫耳と、服の加減で見えづらいけど触り心地のよさそうな尻尾がある。

 

アルフと同じような、半獣半人みたいな人……なのだろうか?

 

 おそらく彼女が、さっき部屋に入ってきた人だろう。

 

顔を見ていないので自信はないが。

 

「先ほどは、た、大変失礼しました。逢坂徹さん、あなたのことはフェイトとアルフから聞いてます。私はリニスと申します。以後よろしくお願いいたします」

 

 リニスと名乗った目の前の女性は、慇懃な口調で深々と頭を下げた。

 

前かがみになったおかげで……前かがみになったせいで、谷間が強調されてどぎまぎしてしまう。

 

「いや、俺もさっきは悪かった。リニスさん、頭上げてくれ。あと俺相手にそんなに丁寧な喋り方しなくていいから。治療してくれたのはリニスさんなんだろ? 助けてくれてありがとう。……ちょ、頭上げてってば」

 

 ついさっき起こった事件にはなるべく触れず、口調の訂正と感謝をしておく。

 

……この人なかなか頭上げてくれねぇな、なんかすごい申し訳ない気持ちになるからやめてほしいんだけど。

 

よく見ると、耳がぴくぴくしてるし、ちょっと顔赤いな。

 

「ではフェイト達と同様、と、徹と呼びますね。ですが、えっと、さっきいろいろ口走ってしまったので、顔を見づらいといいますか」

 

「あぁ確かにいろいろ言ってたな。身体が好みとかどうとか」

 

 俺の何気なしに放った言葉のせいで、さらに頭が下がってしまった。

 

耳が垂れて、尻尾も足につくように巻かれてしまっている。

 

「いや、ごめん! 口に出すつもりはなかったんだけど、つい。そっちの発言は特に気にしてないからさ、顔上げてくれ」

 

「徹は天然でいじわるですね」

 

 やっと顔を上げてくれたリニスさんは、まだほんのりと頬を赤く染めていたが、こちらへ返してきた言葉をかんがみると調子は上がってきたようだ。

 

「俺は基本的には優しいんだぜ? ところでいくつか質問していいか?」

 

 『どうぞ』とリニスさん。

 

「俺はどのくらい寝てたんだ? あんまり長い間寝てたりしたら、後が怖いんだけど」

 

「アルフがあなたをここへ連れてきたのが昨日の二十一時だったので、だいたい十五時間ですね。予想より早く目覚めて安心しました」

 

 何日も寝込んでたとかじゃなくてよかった。

 

これならまだ釈明のしようがあるだろう。

 

 それじゃあ、今は昼くらいの時間なのか。

 

このリビングにも時計が置かれていないので、時間が把握できなかったから助かった。

 

時間を知ってしまったせいで、どれだけ飯を食っていないか計算してしまい、俺の身体が空腹状態を知らせてきた。

 

「ふふ、時間はお昼ですが、朝ごはんにしましょうか。質問は後にしましょう。座っていてください、準備しますので」

 

「ご、ごめん、催促したみたいで……。ありがとう」

 

 恥ずかしい……年上の女性に笑われてしまった。

 

 料理なら手伝いたいところだけど、こんな身体の俺が台所に立ったところで邪魔にしかならないだろうから、ソファに座ってくつろぎながらご飯を待つとしよう。

 

 俺が寝ていた部屋とは違い、リビングにはいろいろ置いてあるようだ。

 

こちらの部屋にはソファもあるし、テレビもある。

 

小さめながらも女所帯のためか、鏡も鎮座している。

 

ソファに座り、テレビから目を右にずらすと、台所で食事を用意してくれているリニスさんが見えた。

 

なんかいいな、こういうの、新婚さんみたい。

 

馬鹿なこと考えてるなー、とは自分でも思っている。

 

左に頭を向けるとバルコニーになっていた。

 

窓の外の風景を見る限り、相当な高さがあるようだ。

 

ここはマンションなのか? いい部屋だし家賃とか高そうだなー。

 

 部屋をきょろきょろと見回していると、台所から声がした。

 

「できましたよ。すこし作りすぎたので徹も運ぶの手伝ってください」

 

「はーい。……すごいなこれは、この場には二人しかいないのに」

 

 なんかこうしてると、敵対した勢力だってことを忘れてしまいそうだな。

 

実際ほとんど気にしてないから、忘れてるも同然か。

 

「男の子がどのくらい食べるのかわからなかったので……アルフが食べるのと同じ量くらいに作りました。多かったら置いといてくださいね」

 

「いいや、残らねぇから大丈夫だ。めちゃくちゃ腹減ってるし、それにこれだけうまそうな料理を目の前にしたら、箸が止まらねぇよ」

 

 はにかみながら『ありがとうございます』と笑うリニスさんと一緒に、リビングへ皿を運んでテーブルに置く。

 

 時間は昼時だが、俺が起きたばっかりなのでメニューは朝食に近いものだ。

 

目玉焼きやベーコンに、レタスやトマトなどの彩り豊かな野菜も添えられている。

 

コーンスープだろうものもカップに入っていて、テーブルの中央にはバゲットが何個か入っている籠が置かれていた。

 

ここまでなら、朝食だった。

 

山盛りのご飯に、生姜焼きにした豚肉がこんもりと積まれている。

 

俺が多少なり血を流したから、という配慮だろうか?

 

 皿を置き終わり、向かい合わせに椅子に座って、手を合わせる。

 

「いただきます」

 

 さぁ食べようかと思ったら、リニスさんが、きょとんとした目でこっちを見ていた。

 

「ん? なに、どうした? 変なとこあった?」

 

「いえ、さっきの手を合わせてからの言葉が不思議で……この国の文化ですか?」

 

「あぁ、それか。まぁ文化と言えば文化なんだろうな。食事をとる前の挨拶みたいなものなんだ。肉や野菜といった食材や、作ってくれた人への感謝とかを表したものらしい」

 

 『いい文化ですね』とリニスが笑いかけてくれるのが、なんだか面映ゆくて視線を逸らした。

 

リニス達とはこうして普通に話ができてるし、顔かたちもそう違わないので違う世界の人間であるということをつい忘れてしまう。

 

猫耳、猫尻尾完備の美人に屈託のない笑顔を向けられると……とても落ち着かない。

 

 なので食べながらで行儀が悪いが、質問させてもらって空気を変えることにした。

 

「そういえばさ、リニスやアルフってどういう種族なんだ? 猫耳とかついてるけど」

 

 そう聞くとリニスは、バッと手で猫耳を覆い隠した。

 

「えっ、ちょ、どうしたんだよ」

 

「わ、忘れてました……えぇっと、これはですね」

 

 なにやら恥ずかしそうに目を伏せて、猫耳を隠したまま教えてくれた。

 

猫耳、隠すの遅い気がするけどな。

 

「アルフも私も使い魔なんです。アルフはフェイトの、私はフェイトの母、プレシアの。使い魔というのは犬猫とかと契約することが多いので、そういう場合は耳とかが……こんな感じに……」

 

 使い魔、だったのか。

 

魔法使いっぽいワードだな。

 

「ならなんでリニスさんは隠してんの?」

 

「私は……あの、恥ずかしくて……。普段は帽子をかぶってるんですけど、この国は家では帽子を取るそうなので外していて……」

 

 その言葉を聞いて俺は、かたりと椅子から音をたてながら、やおら立ち上がった。

 

……恥ずかしい? ……隠す? なんてもったいないことしているんだ!

 

「リニスさん、あなたにも色々と考えはあるかもしれないけど、すこし俺の話を聞いてほしい。それは隠すものでは、ましてや恥ずかしがるものでは決してないっ! 自信をもって見せびらかしていいような萌えポ……素晴らしいものなんだっ。実際、この国でも一部の人間は、猫耳が持つ可愛らしさから、猫耳のように見えるカチューシャとかをつける人だっている。そのような萌えポ……萌えポイントを恥ずかしがる必要はないっ。むしろ誇るべきだっ!」

 

 俺の身振り手振りを交えながらの、熱意のこもった説得に心を打たれたのか、リニスさんは感動で顔を真っ赤にして俯いた。

 

俺は、立ち上がった時とおなじようにゆっくりと座り、食事を再開。

 

あぁ、おいしいなぁ、人に作ってもらうご飯って。

 

 ちなみに俺の熱弁以降、リニスさんは食べ終わるまで喋ってくれなかった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「料理作ってもらったし皿は俺が洗うわ」

 

「い、いえ。客人にそんなことさせられません」

 

 やっとリニスさんが喋ってくれた。

 

つか俺客人だったのか? 敵じゃねぇのかよ。

 

「なら一緒に片付けよう。皿をどこに片付ければいいかわからねぇし」

 

「それなら、まぁ……」

 

 食い下がってきそうだったので、お互いの中間あたりで落としどころを見つけた。

 

食事のおかげか、慣れたのか、筋肉の痛みも大分治まってきた。

 

 台所で皿洗い中にまた質問。

 

「フェイトやアルフは? お出かけか?」

 

「はい、今はジュエルシードの探索です。詳しい場所はわからないから足で探すしかない、と。アルフは家を出る時、徹の事をとても心配していました。その元気な顔を見せてあげてほしいですね」

 

 戦った相手の事を心配してどうすんだよ、敵だぞ一応。

 

でもまあ、俺がここを出るまでに帰ってきたら、礼を言っとかねぇとな。

 

「帰ってきたら礼を言うよ。傷を治してくれたのはリニスさん、なんだよな?」

 

 皿を洗って、泡を水で流して渡す。

 

「は、はい。治癒は私がやりました。傷が見えないとやりにくいので、服も脱がしましたが……決してっ、決して見てませんのでっ! 目をつぶりながら脱がしましたが、服を着せるのは……できませんでした……」

 

 リニスさんは皿を清潔なタオルで拭いて、棚へとしまう。

 

その時の事を思い出してしまったのか、顔がすこし赤くなっている。

 

 見ていない、というその言葉を俺は信じることにした。

 

それがお互いにとって一番幸せだろう。

 

なので、服脱がした云々の話には触れずに話を続ける。

 

「ありがとう。言っちまえば俺は敵なのに、助けてくれて。どこにも傷残ってなかったし、随分腕がいいんだな」

 

「それは私も驚きましたよ。アルフがいきなりあなたを担いで帰ってきたので、そこでまず驚きました。倒した相手を拉致するような子だったかな、って。私はそこまで補助魔法は得意ではなかったんですが、なんとかなりました」

 

 どうやらリニスさんは、俺と同じような考え方みたいだ。

 

ジュエルシードを奪い合う、という今の状況なら相手の戦力を削るために、倒した相手を拉致、拘束して、情報を抜き取り次第、消す。

 

このくらいは考えてもおかしくはない。

 

なのはもフェイトもアルフも、こういう考えは持っていないようだけど。

 

「そしたらアルフは『治してやってくれ』って言うし。フェイトはあなたを見て、アルフを叱るし、よくわからない状態でした」

 

 リニスさんは苦笑いしながら皿をしまい終わり、食後のお茶の準備をする。

 

コーヒーと紅茶どっちにするか聞かれたので、コーヒーにしてもらう。

 

「フェイトがアルフを、か? アルフと話していて、二人は仲良さそうに思えたんだが」

 

「徹の傷があまりにひどかったので、取り乱したのでしょう。普段は仲良しなんですよ? それこそ姉妹みたいに」

 

 俺の傷がひどかった? 戦っていた時は全くと言っていいほど気にならなかったから、てっきりかすり傷とかそんなもんだと思っていた。

 

不思議そうに首をかしげる俺を見てリニスさんは、ふふっと笑い、指折りしながら数えるように教えてくれた。

 

「まず全身傷だらけから始まり、左腕は折れてましたし、右足にもヒビがはいっていました。肋骨も二~三本いってましたし、なにより腹部がひどかったですね。赤黒く変色していて、内臓も傷付いていたようで」

 

 想像以上にひどいな、なんで俺気付いてねぇんだよ。

 

痛みに鈍感すぎるのか、戦闘に集中しすぎてアドレナリン出まくって麻痺してたのか。

 

やっぱり腹は酷かったんだな、そりゃあアルフの蹴りをもろに食らったんだから、さもありなんって感じだ。

 

「それを見てフェイトが驚いて泣きそうになったり、アルフもまさかそこまで重症とは思っていなかったのか、とても慌ててました。二人とも今から思い出せば、笑いそうになるくらいに取り乱してましたよ。もちろん、二人ほどではありませんが私もです」

 

「そりゃ驚くだろうな。わりと平気そうに殴り合ってたんだから」

 

 フェイトもアルフも基本は心優しい女の子だからなぁ。

 

敵とはいえ、滅茶苦茶心配しただろうことは容易に想像できる。

 

 トレイに俺のコーヒーとリニスさんの紅茶を載せ、リビングに移動して、ソファの近くにある木目が綺麗なローテーブルに置いた。

 

隣り合うようにソファに座り、話を続ける。

 

「空き部屋に――徹を寝かしていた部屋ですね。二人を追い出して、あの部屋のベッドに寝かせて手当てしようと思ったんですが……正直なところ、私も焦っていました。私の魔法で治せるかわからなかったほどに傷がひどかったので」

 

 リニスさんがいくつ? と聞いてきたので十六と答えると、くすくすと笑って、なら私は十八個くらい入れないといけませんね、と言われた。

 

コーヒーに入れる砂糖の話だった、また恥かいた。

 

「どこまで治せるか分かりませんでしたけど、魔法を使いました。すると自分に使うのと同じくらいに、魔法がすんなりとあなたの身体に満ち渡りまして。まるで私の魔法を受け入れるような感じでした」

 

 再度、いくつ? と聞かれて今度は三つと答える。

 

リニスさんは、ふふっと笑いながら俺のコーヒーに砂糖を三つ入れた。

 

なんだよ、コーヒー苦かったら飲めねぇんだよ、仕方ないじゃねぇか。

 

「普通は自分のものではない魔法は、ある程度拒絶するような反応があるんです。自分が信用している相手からの魔法はわりあい、すんなりと入るものですが、徹のようにほぼ無反応というのは、珍しいんですよ。それが驚いたところの二つ目ですね」

 

 ミルクも入れますよね? と入れる前提で聞かれたが、入れないと飲めないので頷く。

 

またリニスさんは、可愛いものでも見るかのような目をして笑うので、少し仕返しすることにした。

 

「なら驚いたところの三つ目は、治した人間が好みの身体をしていた、ということか」

 

「もうっ、それは忘れてくださいよっ!」

 

 コーヒーカップをこちらに寄せながらの苦情。

 

ちっぽけながらも仕返しすることができて、俺の面子も保たれた。

 

女性にぼろ負けにされて、敵対している相手に傷を治してもらった時点で、面子もくそもあったもんではないが。

 

「でもリニスさんはなんで俺を治してくれたんだ? フェイトやアルフなら、言い方は悪いけど、甘いところがあるからわかるが。リニスさんは俺と近い考え方、もっと現実的な考えを持っている、と話を聞いてて思ったんだけど」

 

 カップを傾け、甘いコーヒーに口をつけながら、疑問をぶつける。

 

コーヒーんまい。

 

「徹の想像通り、私は二人より戦略的な面を持っていますが……二人の顔を見て、良い方向に成長していると、そう思いました。家族以外と顔を合わせることのない生活を送っていましたので、性格の歪んだ子達になっていたらどうしよう、と常々思っていたんです。ですが、あなたを心配する二人を見て安心しました」

 

 紅茶を一口含んでから、リニスさんは語ってくれた。

 

その横顔はまるで、子を心配する母のように愛が溢れ、口調は困った妹をもつ姉のようでもあった。

 

「その二人がそれ程までに心配するあなたを、消してしまうなんてことはできませんでした。私も若い命を摘むようなことは、したくありませんしね」

 

 この人は、ちゃんと現実を見ている。

 

見た上で、どうするかを判断したんだろう。

 

どれを取ったらいいかを、天秤にのせてはかって、一番得をするだろう選択をする。

 

たしかに優しいけれど、時と場合、状況を考えるのだ。

 

優しいだけじゃない、必要とあらば手を汚す、そういう理知的な女性なのだろう。

 

 大変なんだよなぁ、こういう人が相手側にいると。

 

「思った以上に借りができちまったなぁ。どうやって返したものか」

 

「ジュエルシード集めを手伝ってくれれば、借りもなくなるんじゃないですか?」

 

「それができたら苦労はしねぇよ。無茶言ってくれんなよ、俺にも通さなきゃいけねぇ筋があるんだから」

 

 答えはわかってました、とばかりに綺麗な顔から笑みをこぼす。

 

……ハニートラップにかかる男の心が理解できた気がする。

 

それからは俺もリニスさんも、コップを傾けるだけだった。

 

そんな空気でも息苦しくないのは、リニスさんの醸し出す雰囲気のおかげなんだろうな。 

 

 コーヒーを飲み終わり、一息つく。

 

 今の時間はわからないけど、そろそろ各所に連絡しとかないとな。

 

昨日から意図せずにだが、音信不通を貫いてしまっている。

 

「ごめん、俺の携帯ってどこに置いてんの? 心配かけてるだろうから、電話の一本でもしとかないとまずいんだけど」

 

「あっ、すいません気を使えなくて。すぐ持ってきますね。昨日の服と一緒にかためて置いてるので」

 

 リニスさんは一言謝って、すぐに取りに行った。

 

ここには置いていないのか、俺が入る時に開けたドアを通り、少し歩いて左の部屋に入った。

 

部屋の配置的に考えて……洗面所か? 

 

 几帳面そうな性格だ。

 

わかりやすいところに置いていたのだろう、すぐに戻ってきた。

 

「服に入っていたものは、これですべてです」

 

 言葉通り、俺が持っていたものは全部あった。

 

携帯、財布、家の鍵、ジュエルシード。

 

…………ジュエルシードは取っとけよっ!

 

「なんでこれがあるんだ……ジュエルシードはもう俺のじゃない、アルフのものだ。戦って、俺が負けたんだから」

 

「ふふっ、そういう子なんです。アルフもフェイトもジュエルシードになんか目もくれず、あなたを心配してましたから」

 

 残りのものは俺の近くにおいて、ジュエルシードだけリニスさんに返す。

 

「全く……アルフに渡しておいてくれ。勝負の約束くらいは守りたい」

 

「わかりました、ちゃんと渡しておきますね。それにしてもどうやったんですか?」

 

 渡すことを約束してもらって、質問された。

 

内容がわからないので『なにを?』と聞き返す。

 

「すいません、主語がありませんでしたね。あの二人がずいぶんとあなたに心を開いているようだったので、どうやったのだろうと不思議に思って」

 

 心を開いている……なんでだろうな。

 

俺もわからねぇや、大したことしてないと思うけど。

 

「それは俺も知らねぇよ。俺がやったことなんて、精々二人と戦ったことくらいだ」

 

 正確にいうと、戦って『負けた』ことくらいだ、が正しい。

 

「そうでしょうか。二人とも、初対面の人間に対してするような、心配の仕方じゃなかったんですけどね。フェイトは『もう一回戦わないといけないからっ』と普段より語気を強めてましたし、アルフは『すごく楽しい戦いだったんだよ』と話していましたし」

 

 結局どっちも戦うことに関してじゃないか、なんと血生臭い心配だろう。

 

「フェイトとは、戦って負けたから、次は勝つから首洗って待っとけって話になった。アルフなんて、本当にステゴロで殴り合っただけだぜ」

 

「それならきっと、正面から向き合ってくれた事が嬉しかったんでしょうね。治療した後、喜色満面といった顔であなたの事を話してくれました。あと、二人ともが『無茶苦茶な人』と表現していたんですが、なにをやったんですか?」

 

 正面から向き合った、ねぇ。

 

姑息な手段すら、打たせてもらえなかっただけなんだが。

 

 そしてあの二人が俺を『無茶苦茶な人』と表現するのは絶対におかしい、納得いかない。

 

俺は、無茶苦茶強い人間を相手に、必死になって使えるもの全部使って、がむしゃらに戦っているだけなのに。

 

「あいつらの感性が間違ってるんだ。俺は全力を出して、精一杯戦っただけなんだから。ごめん、すこし席外すわ、電話してくる」

 

 携帯を持って、よく壊れてなかったな、とまず思った。

 

あの戦闘を経験してなお、まだ活動している携帯にすこし尊敬の念を抱く。

 

 俺は立ってリニスさんへ一言断りの文句を告げた。

 

「ふふっ、はい。ご家族の心配をぬぐって差し上げてきてください」

 

 顔を綻ばせながら返事をくれた。

 

リニスさんはまるで子供の成長を見ているような、嬉しそうな顔をするものだからつい、見惚れて立ち止まってしまった。

 

どうしたんですか? と尋ねるように可愛らしく首を傾げるので、俺はさらに顔を熱くしつつ、な、なんでもないと、急いでリビングを出る。

 

 自分の心の奥底からわいてきた感情に、驚き、そして焦った。

 

あのままあそこにいたら、リニスさんを押し倒してしまいそうだったから。

 

どんだけ飢えてんだよ……俺。

 

そんなに軽い男ではなかったはずだろう。

 

最近知り合う女性が、あまりにも警戒心が薄い人達ばっかりだから、モテてるとでも勘違いしてんのか?

 

三度ほど深呼吸して心を落ち着かせる。

 

顔の熱が引くまで、電話すらできそうになかった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 もうだいぶ遅いが一応、学校へ『風邪で寝込んでました』と連絡しておく。

 

次に親友二人(恭也と忍)にだが、こいつらには風邪がどうのこうのと言ったところで、俺の声から仮病と瞬時にばれるので『寝坊したから休む』と伝えた。

 

ついでに恭也に『用事があるから今日はバイト行けそうにない』とも伝えておいた。

 

なぜか二人ともすんなりと、俺の話を聞いてくれたのが気持ち悪い。

 

翠屋にもバイトを休みますと連絡。

 

恭也にも言ってはいたが、中途半端なことはしたくないので桃子さんにも話を通す。

 

桃子さんは突然休むといった俺を叱ったりせず、『そうなの~、何か見つけたのかな~』とか『なのは……』とか意味深なことを呟いて、了承したあと、電話を切った。

 

 最後に……今から電話する相手が一番の難敵だ。

 

我が姉こと、逢坂真守(あいさかまもり)

 

俺のたった一人の家族である。

 

あぁくそ……覚悟は決めたはずだろうっ。

 

携帯を持つ手が震える、心臓が激しくビートを刻む、壁を背もたれにしていなければ、今にも倒れてしまいそうだ。

 

携帯を操作し、姉の名前を選択して、あとは発信ボタンを押すだけ。

 

それだけなのに、指が……動かない……っ!

 

ここで携帯が震え、画面が変わった。

 

画面には『姉ちゃん』の文字。

 

お、俺がかける前に、姉ちゃんからかかってきてしまった。

 

ごくりと生唾を飲み込み、深く息を吸って吐いて、再び意を決する。

 

受信ボタンを押し、携帯を耳にあてた。

 

《徹くん……? 徹くんなん? 返事して?!》

 

「あ、あぁ姉ちゃん。俺だ、徹だよ」

 

 めちゃくちゃやばい状態だ、声で、喋り方でわかるよ……。

 

《なんで……なんで昨日帰ってこおへんかったん? お姉ちゃんめっちゃ心配しとってんで?》

 

「う、うん、ごめん。連絡する暇がなくて……」

 

 誤解されないように言っておくが、姉は普段、もっときりっとした喋り方をする。

 

俺に対しては『徹』と呼ぶし、自分の事は『うち』と言う。

 

年上に対しても尻込みせずはっきりと話すし、気さくで愛想もよく、しかも頭脳明晰でスタイルもいい、誇れる姉なのだ。

 

俺はそんな姉を尊敬しているし、迷った時は強気に引っ張ってくれる、そんな大好きな姉……なのだが。

 

心配させてしまったり取り乱した時は、今のような弱々しい喋り方になってしまうのだ。

 

《連絡する暇すらないてどうゆうことなん? 昨日の夜から一日中……なんかしとったん? 『だれかと』……なんかしとったん?》

 

「違うって、な、なにもなかったよ。昨日は高校の友達の家で遊んでて、そのまま寝ちゃったんだ。姉ちゃんが心配するようなことは、なにもなかった」

 

 姉ちゃんは少し、俺を気に掛けすぎるところがある。

 

よく言うと心配性、悪く言うとブラコンだ。

 

そのせいで姉ちゃんは彼氏一人、家に連れてきた試しがない。

 

いや、連れてきたら連れてきたで、俺は泣きながら全力疾走して家から離れるだろうから、まぁ似た者姉弟かもしれない。

 

《嘘……やな。いつもより徹くん声震えとるし、それにキーも高いやん。ちゅーか恭也くんとか、忍ちゃん以外に高校で友達おらんやん。なんで嘘ついたん? お姉ちゃんに言われへんようなこと……してんの?》

 

 とても傷付くことを言われたっ!

 

「きょ、恭也の家に……」

 

《恭也くん家に泊まったとか、そんなあほなこと言わんといてや? そっちにも当然連絡してんねんから》

 

 なるほどな、電話した時いろいろ違和感を感じていたが、このせいか。

 

恭也達にも情報が伝わったのか……くそっ、面倒事が増えただけじゃねぇか。

 

どう言い訳したらいい……こういう時の姉ちゃんは全体的にスペックが上がる、生半な釈明ではすぐに看破されてしまう。

 

今の状態の姉ちゃんは――特に頭の回転速度は――もはや異常とも言えるほどだ。

 

なにか、なにか姉ちゃんが納得できるような言い訳がないか、と頭をフル回転にして考えていた時、俺の目の前に希望の糸が垂れ下がった。

 

「徹、食後のデザートを用意しました。電話が終わったらすぐ戻ってくださいね」

 

 はい、蜘蛛の糸ですね。

 

さしずめ俺はカンダタか、悪いことはしてないぞ。

 

リニスさんは電話中なのを考慮してか、声のトーンを落としていたが……今の姉は、蜘蛛の足音すら察知する。

 

《徹くん……今の女だれなん? ちょーっとばかし、お姉ちゃんに教えてほしいんやけどなぁ……なぁ? ……ト オ ル ク ン……》

 

 あぁ、もうだめだ。

 

電話だけではもう……解決しないっ。

 

結局、面倒事を後回しにするだけだが、やむをえん。

 

「姉ちゃん、姉ちゃんっ! このことはっ、また後日ちゃんと家で話すからっ! だから今はごめんなさいっ!」

 

 俺の言葉をしっかり聞いているかどうかもわからないが、全力で謝って電話を切った。

 

なんともならないんだもん、しゃあねぇよ。

 

そんなこんなで、未来の自分に託すことにした。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「はぁ、どうしたらいいもんか……」

 

 テーブルには苺のショートケーキが置かれていた。

 

さっき言ってたデザートはこれなのだろう。

 

 リビングへ戻り、ソファの背もたれへ体重をかけて天井を見る。

 

さっきの電話では、昨日のことを――今日のことともいえるが――釈明しなければいけない人間が、三倍ほど増えたことを知っただけだった。

 

なにか、それっぽくて筋の通った『完成度の高い』言い訳を考えておかなくてはいけない。

 

姉ちゃんを騙くらかせる言い訳があるのか、とも考えてしまうが。

 

「徹、さっき連絡してたのは彼女ですか? とても必死なように聞こえましたよ」

 

 恋バナなのかと勘繰っているリニスさんが、とてもきらきらした瞳で聞いてきた。

 

あなたのせいで、さらに話がこんがらがってきたんですがね……。

 

「いいや、姉だよ。とても心配性な姉なんだ。連絡もせずに外泊したのを、めちゃくちゃ心配してた。家に帰るまでに言い訳を考え付かないと、俺の身が危険なくらいに心配性なんだよ」

 

 天井を見ていた頭を下げ、抱える。

 

それを見たリニスさんは悩んだように、少し黙って、声を出した。

 

「彼女の家にいたことにすればいいんじゃないんですか? 徹くらいの年の男の子なら自然なのでは?」

 

 きょとんとした顔で、人差し指を口元に当ててリニスさんが提案する。

 

はっ、なんだよ……嫌味かよ。

 

別に、泣いてねぇよ……。

 

「そうですねー、俺に彼女がいればそういう言い訳も使えたかも知れませんねー」

 

「棒読み……彼女いないんですね。いえ、失礼なことを聞きました。…………あ、そうです」

 

仮に彼女の家に泊まったとか言っても、あの姉を言いくるめられるとは思えないが。

 

 リニスさんは、またなにか考え付いたようだ。

 

次は、どんな言葉で俺を傷付ける気かなぁ。

 

もうやめてほしいなぁ、俺フィジカルは丈夫だけどメンタルは豆腐なんだけどなぁ。

 

 あまり期待せず聞いていたが、リニスさんは俺の予想の斜め上どころじゃない答えを口にした。

 

 

「私を彼女、ってことにしたらどうですか?」

 

 

「…………はい?」

 

「それならほとんど嘘にならないので、喋りやすいでしょうし」

 

 この人、ちゃんと自分の言ってる意味が分かって言ってんのかな。

 

ほとんど嘘にならないって……いや……たしかにそうかも。

 

彼女がいないっていうところだけは嘘だが、この家で一日世話になったのは本当だしな。

 

彼女がいる、という悲しい嘘をつかないといけないが。

 

「それにこの家には電話もないので、確認を取ろうにも取れません。なかなかいい案だと思いますが」

 

 あれ? なんだかいけそうな気がしてきた! 言いくるめられた感は否めないけど!

 

「そんじゃ、この作戦使わせてもらっていいか? 迷惑をかけることに……ならないとは思うけど、もしかしたらなるかもしれないぞ?」

 

「えぇ、構いませんよ。代わりといってはなんですが、フェイトやアルフと仲良くしてあげてくれるのなら、尚いいです」

 

「ジュエルシードが絡んだ時は別だが、ここまでしてもらったんだ。言われなくても仲良くするつもりだぜ。ありがとうな」

 

 微笑みを浮かべながら、俺を見るリニスさん。

 

こんな、美人で猫装備完備の女性を、嘘とはいえ彼女と呼んでいいなんて。

 

ラブコメの神様はなかなか粋なことをするじゃねぇか。

 

俺は初めて、神に感謝した。

 

 もっと先の未来で、この日の事を後悔することになるが、今の俺は知らなかった……とかそれっぽい伏線でも張っておくか。

 

自分でフラグにすることにより、フラグが折れることを祈ってな。

 

何もないに越したことはないが。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 午後四時過ぎ、時間も遅くなってきたし、そろそろ帰らないと。

 

フェイトやアルフには言いたいことがいっぱいあるので、なるべく待っていたかったのだが、残念だ。

 

「リニスさん、長い間邪魔して悪かったな。そろそろお暇させてもらうわ。フェイトやアルフにはよろしく言っておいてくれ。今日の借りは必ず返す、とも」

 

「そうですか、二人は間に合いませんでしたね。まぁいずれ戦場で相見えるでしょうし、礼も返してくれるそうですし? 心配ないですね」

 

 茶化すようにウインクしてくるリニスさん。

 

猫耳美人のそんな仕草に、心臓が跳ね上がる。

 

ほんとやめてほしいぜ、いつか襲っちまいそうで怖い。

 

 しかし仲良くなっちまったもんだな。

 

何度も言うようだが、本来は敵同士なんだから、こんなに和気藹々としてちゃダメなんだけど。

 

スパイとして疑われても仕方がないレベル。

 

まず疑うような人間が、俺の所属する勢力(俺含め三人)にいないが。

 

もう逆に、疑わな過ぎて問題なレベル。

 

「はいはい、また来させてもらうよ、近いうちに。改めて、傷治してくれてありがとう。それじゃ」

 

「あっ、傷で思い出しました。さ、最後にちゃんと確認したいので、診させてもらっていいですか?」

 

 リビングのドアを開けて、玄関へ行こうとした時、リニスさんに呼び止められた。

 

この人の性格上、中途半端な仕事は嫌いそうだからな。

 

「もう大丈夫だと思うけど、それじゃ一応診てもらおうかな」

 

「はいっそれはもう、こちらに座ってください」

 

 リニスさんは、食事をとった時の椅子を引っ張ってきて、俺を座らせた。

 

ちょうどリビングのドアが背になる感じだ。

 

「さぁ、服脱いでもらっていいですか?」

 

 え、脱ぐの? ……傷を見るんだから仕方ないか。

 

指示に従い、パーカーを脱ぐ。

 

な、なんか、リニスさんの目が肉食動物よろしく、ぎらぎらと光ってるような気がするんだけど、気のせい……だよな?

 

「なにしてるんですか、インナーとジーパンもです」

 

「いや、そこまでしなくてもいいんじゃ……軽く見るくらいで」

 

 恐る恐る、弱々しくそう言うが聞いてくれる雰囲気じゃない。

 

リニスさんの、まさしく猫のような瞳が言っている。

 

『さっさ脱げ』、と。

 

こうなってしまっては、草食男子は言うことを聞くほかない。

 

インナーもジーパンも脱いだ、リニスさんの瞳が一際輝いたのは、もはや気のせいではない。

 

「ええはい、それでいいんです。すぐに、すぐに終わらせますから。み、見るだけ、見るだけですから……」

 

 もうだめだこの人!

 

凛とした女性かと思ったけど……やっぱりこの人だめだっ、きっと筋肉フェチとかそういうのなんだ!

 

「もう、いいだろ? 十分見たよな? リニスさんが治してくれたんだから、完璧に決まってるぜ。も、もう服着るぞ?」

 

 なるべく平静を装うが、あまり意味があったとは思えない。

 

声震えてるし、リニスさんの様子は変わらないし。

 

いや、リニスさんの様子は変わったか? 悪化という変化だが。

 

「何言ってるんですか? ぁっ、じ、じっくり見ておかないといけません。はっ、心配性なお姉さんを、ふ、不安にさせるわけにはいき、いきませんから。ふふっ、そうです、心配させてはいけませんからね」

 

 息まで荒げてきた。

 

末期だこの人っ! いろいろと肉食なんだ!

 

ぺとぺと、と身体まで触ってきた。

 

「ちょっと、ちょっとちょっとリニスさん! これ以上は洒落にならないからっ! 今も十分洒落にならねぇけど!」

 

「もう、暴れないでください。じっくり味わえないじゃないですか」

 

 味わうとか言い出しちゃったっ! 見るだけって言ったの忘れちゃったのかよ!

 

もはや鶏も同情するレベル、一歩も動いてないからな!

 

「もうっ、こ、これ以上は俺の許容範囲外だ! リニスさんには悪いが、帰らせてもらっ……っ!」

 

「いえいえ、もう少し、ふふっ。ゆっくりしていけばいいじゃないですか。徹はっ、私たちの友達、ふぅっ……なんですから、ね?」

 

 足を拘束された、当然魔法だ。

 

まさに神速、拘束されたことにすぐに気付けないほどの速さだった。

 

ここでリニスさんの魔法技術の優秀さを垣間見るなんて。

 

俺の足と椅子の足を拘束して動けなくされた。

 

腕は、椅子の背中越しに縛られたようだ。

 

ようだ……じゃねぇよ! 大ピンチじゃねぇか!

 

リニスさんは徐々にギアを上げてきたのか、ヒートアップしてきた。

 

なんと……さっきまでのはエンジンを温めていただけのようだ、末恐ろしい。

 

 

 

「はぁっいいですよ。本当にっ私好みの身体ですっ。ふふっやはり僧帽筋はこのくらいふくらみがないといけませんよね。はふぅ……っあぁしなやかでいい三角筋です。そうですそうなんです大胸筋は大きすぎると見栄えが悪いのでこのくらいがいいんですよ。わかってますね徹。ふふっ素晴らしいですこれは芸術ですね。外腹斜筋内腹斜筋腹直筋腹横筋の緻密なバランス。さながら徹はアーティストですねあはっ。私は大腿部の筋肉が一番好きなんですよ。もちろん大腿四頭筋などのメジャーな部分ではありません。大腿四頭筋もそれはそれで魅力はあるんですけどね。私は内転筋群の釣り合いに一番魅力を感じるんです。えへへ欲張りですよね。徹は内側の筋肉の鍛え方が甘いですね。大内転筋と短内転筋が少し弱いですが安心してください。これから伸びますから。下腿三頭筋、武道でもやっていたのですか? わかりやすく言うと腓腹筋がよく発達しています。素晴らしいですねここまで美しい身体は筋肉はそう見ることができません。ふふ、あぁすごいですよ。プレシア……アルハザードはここにありました……っ」

 

 

 

 逃げなきゃっ!

 

喋り方に抑揚がないっ! いつ息継ぎしてんのっ! 目がやばいっ!

 

予想外だ、ここまでとは本気の本気で予想外だ。

 

早くもラブコメの神様に裏切られた!

 

さっきからずっと、ぺたぺたぺたぺたと身体触られっぱなしなのに、全然いやらしくも感じない。

 

恐怖が先行してしまっている。

 

やばいぜ、いつか取って食われちまうよ……誰か、誰かぁ!

 

「そ、そろそろ。ああ、味の方を……まずは首元ですよね、わかってますよ。ふふっ」

 

「誰か、誰かぁ!」

 

 これ以上はアウトだ。

 

これ以上、アンコントローラブルなリニスさんにいろいろやられたら、もうターミナルまでノンストップだ。

 

車庫もぶっちぎる勢い。

 

 だがやっと、ここでやっと、一筋の光が差し込んだ。

 

 祈りが実ったのか、俺の日頃の行いがよかったのか、ラブコメの神様がさすがに気の毒に思ったのか、やっと救いの女神が現れる。

 

がちゃり、という音が、俺の耳に届いた。

 

「リニスただいま。徹起きて、る……?」

 

「帰ったよ、徹は目ぇ覚ました……か、い……」

 

 ジュエルシードの探索から帰った二人だ。

 

こんな形でだが、会えてよかった、本当に。

 

リビングの扉は開いていたので、玄関から俺の姿は丸見えだろう。

 

新たな火種を生むことになったが……ひとまず俺の貞操は守られた。

 

よかった、本当に、掛け値なしに。

 

 

 





リニスさん、大好きなキャラの一人なんです。
出したかったんです。
こんなことになるとは思いませんでしたが。

これからも彼女の方向性はこんな感じです。
筋肉の件はわりと適当です。
違和感はあると思いますが、本編になんら影響はないので『気持ち悪いなー』くらいで流してください。

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