そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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俺に味方はいなかった。

どうやら俺は今日、本当にバニングス邸に泊まることになっているらしい。冗談かと思っていたが、というか冗談だろうと自分に言い聞かせていたのだが、夕食後にごく自然にお風呂へと誘導されたあたりでようやく諦めた。

 

ただこの空間をお風呂と表現すると語弊があるかもしれない。大浴場といったほうが適切だろう。足元がとても滑りやすいことを恐れないのなら、フットサルくらい余裕だ。足を伸ばしてお湯に浸かれるところは最高だが、ここまで広いとかえって落ち着かない。

 

「晩飯、うまかったなあ……」

 

湯船の端に背を預けて天井を仰ぐ。肩まで浸かって寛ぎながら晩ご飯の味を思い出していた。

 

と、同時にプレッシャーも感じていた。

 

それというのも、バニングス家の料理人、北山氏の料理に夢見心地で舌鼓を打っている時にアリサに命じられたのだ。

 

『明日のお昼は徹が作りなさい』と。

 

もともと俺が料理を振る舞うという約束もしていたのでなんにせよ避けようはなかったのだが、今日の超絶美味な晩ご飯の後に作るというのは、多かれ少なかれプレッシャーを感じざるをえない。

 

「……ん?なんの音だ?」

 

今から献立を思案していると、ライオンの口から吐き出されるお湯の音とは違う音を聞き取った。

 

かすかな物音と話し声、だろうか。

 

念のためタオルを腰に巻き、音と声のする方向へと近づいてみる。

 

「……こ……なことばれたら……。やめたほうがいいよ……」

 

「とか……いいながら……かだって、一緒に……てるじゃない」

 

「だいじょうぶなの!徹お兄ちゃんならこれくらいで怒らないよ!」

 

「なのはちゃ……声大き……」

 

「……じゃない?どうせ……らもう気づ……るでしょ」

 

「そ……そういうことじゃなくてっ……」

 

「アリサちゃん。相手にばれないようにのぞいてるっていう背徳感がいいんだよ。ね?すずかちゃん?」

 

「やめて、同意を求めないで……。同じ趣味を共有する同志みたいに言わないで……」

 

「……なにやってんのお嬢様方……」

 

扉を開くと、お嬢様たちが三人とも揃っていた。

 

「あはは、ばれちゃったの!」

 

「うん、相変わらずよく鍛えてるわね。いいことよ」

 

「ち、ちちがうんですっ!わたっ、わたし、止めたんですけど、覗きなんて悪いって言っ……言ったんですけどっ」

 

驚くべきことに、すずか以外悪びれる様子がなかった。

 

なのはは笑って誤魔化して腕のあたりを重点的に見ていて、アリサに至っては腕を組み全体的なバランスを眺めて頷いている。

 

良いか悪いかは別として、いや当然悪い意味なのだが、この中ではアリサが一番堂々としている。風呂の覗きをしていた引け目なんてまるでない。

 

その点でも、すずかとは正反対と言える。悪いこと、いけないことをしていたという自覚のあるすずかは居た堪れなさそうに縮こまっている。そして目が泳ぎっぱなしだ。

 

「わぁ、やっぱりすごぃ……ひゃぁ……」

 

下腹部を見ては目を伏せて、胸元を見ては顔を背け、首元を見ては頬を赤らめる。恥ずかしそうにはしているのだが、なんというかこう、一番反応が生々しい。こっちが恥ずかしくなってくるタイプである。恥ずかしがるわりに目を瞑つぶろうとはしないんだな。

 

まあ、何よりも問題なのは、それとは別のところにあるけれど。

 

「なあ、お嬢様方。女の子が男の入浴中に侵入するという世にも珍しい逆覗きがばれたんだからさ、急いで脱衣所から出るくらいの恥じらいを見せてくれてもいいんじゃない?」

 

一向に退出しようとしない三人に苦言を呈してみる。

 

するとアリサが、口元に手をやって悩むような素振(そぶ)りをして、一つこくりと頷いた。

 

「徹、なにかポーズ取ってよ」

 

俺の苦言はまるで届いていなかった。

 

「アリサ、アリサお嬢様。俺の切実な訴えは聞いてくれてなかったのか?」

 

「聞いたわ。聞いた上で無視したのよ。べつにいいじゃない。せっかくいい身体してるんだから。へるもんじゃないし」

 

「アリサちゃん良いアイデアなの!徹お兄ちゃんっ、こう……腕を、こうっ!」

 

アリサのとんでもない提案に、真っ先に食いついたのはなのはだった。

 

「なのは……お前……」

 

「い、いいでしょっ!こんな時にしかお願いできないもんっ!」

 

腰にタオルしか巻いていない状態なんてそう何度もあってたまるか。一度としてあってはならない機会だこんなもん。

 

「だ……だめだよっ、なのはちゃんっ」

 

熱に浮かされたようなおかしいテンションのなのはに憐れみの目を向けていると、すずかが大きな声でなのはを(たしな)めた。

 

まだすずかがまともな神経を常識を持ち合わせてくれていて助かった。すずかも覗きには加担してしまっているが、それだってなのはとアリサを止めようとして失敗しただけなのだ。どちらかといえばすずかは俺の味方側なわけで

 

「こういうのは自然体がいいんだよっ!」

 

俺に味方はいなかった。

 

「湯船に浸かってリラックスしてる時の表情と弛緩した筋肉、濡れた髪から滴る水滴が首筋を伝うところなんてこれ以上ないくらいのカットだったじゃないっ」

 

「…………」

 

俺が気配を感じたのは湯船から上がる寸前だったのだが、いったいいつから覗かれていたのだろうか。

 

「す、すずかちゃん、よくそこまで見れたの……。あたしは湯気でもくもくしててそこまではっきりと見えなかったのに」

 

「自然体、ね。やっぱりなのはの言う通り、背徳感がそそるの?」

 

「あ……ち、ちがっ……」

 

ようやく自分がとんでもない発言をしたことに気づいたようだ。なのは、アリサ、そして俺を順繰りに見て、顔を真っ赤に染め上げた。

 

「わた、わたしっ……ちがうんですーっ」

 

懸命に何かを否定しながら、すずかは脱衣所から走り去っていった。

 

多少タイミングを外している感は否めないが、本来そういうリアクションが正解である。

 

すずかの後ろ姿を見送って、アリサがため息をついた。

 

「はぁ……すずかはもう、しかたないわね」

 

「そうだね」

 

「あとから写メでも見せてあげればいいでしょ」

 

「そうだねっ!」

 

「いや、出てけよ」

 

 

 

 

 

 

一方的に見られるのは癪なので『お前らも風呂入ればいいだろ』と強がったら『それもそうね、ついでだし今入っちゃおうかな』と平然としたトーンでアリサに更に上をいく切り返しをされた大浴場での一騒動もなんとか収まり。ちゃんと俺が上がってから、アリサ、なのは、すずかの三人はお風呂に入った。

 

「……で、泊まるっていっても、俺はどこで寝ればいいんだ?」

 

交代で湯浴みを済ませて、再びアリサの部屋。

 

テストの復習勉強にも飽きたので、俺たちは寝るまでの暇つぶしにゲームをしていた。世界的有名メーカーから出されている某大乱闘ゲームでキャラクターを選びながらのアリサへの質問である。

 

しっとりと水気を孕んだ髪を揺らしてアリサが時計を確認する。

 

「ん、もういい時間だったのね」

 

「明日も休みなんだし、少しくらい夜更かししてもー」

 

「だ、だめだよ。お休みの日に夜更かししちゃったら学校がある日に起きるのが大変になるよ?」

 

「すずかの言う通りだぞ、なのは。そんなに朝強くないだろ」

 

「そうだけど……すずかちゃんよりは強いかも?」

 

「うう……」

 

「おい、本当のこと言う必要ないだろう」

 

「徹もフォローに見せかけた追い討ちやめなさい。明日も動くつもりだからもうそろそろ寝るとして……問題は徹の寝る場所ね。……わたしのベッドでいいんじゃない?」

 

お嬢様がとんでもないことを言い出した。このままだと俺にとって都合の悪い流れになるのは目に見えている。

 

どうにか場の空気がそっちに流れる前に、断ち切る。アリサにやんわりと反論する。

 

「いやいや、さすがにほら……だめだろ」

 

「なにがだめなの?」

 

心底不思議そうに小首を傾げるアリサ。ここまできょとんとされると言葉が引っ込んでしまいそうになるが、どうにか絞り出す。

 

「あー、俺身体大きいからお嬢様のベッドには……」

 

「なのはとすずかと三人で寝て転がってもあまってるくらいよ。徹が入ったところで問題なんてないわ」

 

「いいアイデアだよアリサちゃむぐっ」

 

「なのは、ちょっとだけ静かにな」

 

「むーっ」

 

余計なことを口走ろうとするなのはの口を手で塞ぐ。なんだかむーむー呻ってるけど気にしない。

 

いざアリサを説得する。

 

「わ、わたしも賛成かなーって……思ってたり……」

 

安心しきっていた背後からぐさっと刺された。

 

「すずか……お前まで」

 

「す、すいませんっ」

 

「べつにいいじゃない、一緒に寝るくらい。前も寝たのに」

 

「なにそれきいてないの!」

 

この話に流れ着くだろうと思ってどうにか早めに決着をつけたかったのに。

 

仕方なくなのはに説明する。

 

「ほら……ちょっと前にお嬢様とすずかが俺の家に泊まりにきたってのは言ったろ?その日は姉ちゃんがうるさかったから全員リビングに布団敷いて雑魚寝したんだよ」

 

「んむーっ……」

 

なのははとても不服そうだ。前も文句を言っていたし、自分も呼んでほしかったのだろう。

 

「また一緒に寝ましょ?徹が隣にいるとゆっくり眠れるのよね」

 

「でもな……」

 

今回はなのはイン、姉ちゃんアウトでピッチ上がまずいことになっている。さすがの俺でもこれには思うところがある。

 

「みんなで同じベッドに寝れば問題ないの!」

 

「問題しかねえんだよ」

 

「わ、わたしもなのはちゃんの意見に賛同、しますっ」

 

「すずかまで……」

 

「なによ、徹。いやに食い下がるわね。そんなにいやなわけ?」

 

「む……」

 

嫌ではないから業が深いのである。別に誰に知られるわけでもないし見られるわけでもない。(やぶさ)かではないというか断る理由がそもそも希薄なくらいだが、ロリコンだのなんだのと揶揄(やゆ)される身の上とあっては、なるべく槍玉に上げられそうな行為は避けたいのだ。

 

「……いやってわけじゃないけど、この部屋ならカーペットも上等なの使ってるし、床でも普通に寝れるから……」

 

実際、寝ようと思えばフローリングだろうと畳だろうと布団がなくとも寝ることはできる。つい最近、管理局の任務で刑務所の方がマシに思えるような悪辣(あくらつ)にして過酷(かこく)な環境で就寝したことを思えば、たとえこの部屋の床でもだいぶ恵まれている。大判のタオルケット一枚あればお釣りがくるくらいだ。

 

しかし、我が儘ではあるがベースが心優しい俺のお嬢様は、それでは納得してくれなかった。

 

「徹を床で寝させるなんてできるわけないでしょ。んー……そうだ!ゲームするの!」

 

「……ん?ゲームなら今もしてるけど……」

 

「ちがうわよ。んにゃ、ちがわないけど」

 

どっちだ。

 

「賭けをするの。最後に一回対戦して、徹が勝てば、徹の好きなようにしていいわ。床でもソファでも違う部屋でも寝ていいわよ。あ、もちろん、ベッドでもね」

 

「俺が負けたらそっちの要望通りにする、と」

 

「そういうこと。公平だし、きりもいいでしょ?」

 

「そうだな。いつまでも話し合って寝るのが遅れるよりずっといいか。よし、やろう」

 

俺はアリサの申し出を受け入れた。

 

三人と同じベッドに入ることを良しとしない俺と、頑として譲らないアリサでは話は平行線だ。

 

アリサのこの取り引きは、時間という面においても、内容においても俺にとって都合がいい。

 

なのはは普段から頻繁にゲームをしているわけではないので戦力にはならないだろう。

 

習い事もたくさんあるのに、いったいどうやって時間を捻出しているのか知らないがゲーム好きなアリサは強敵といえば強敵だが、何度か戦って立ち回りと戦術は覚えた。

 

難敵はすずかだ。なのはと同じく常日頃からテレビゲームに触れてはいないはずだが、持ち前の真面目さと堅実さ、吸収力、それらに加えて異常なまでの動体視力の良さがある。ゲームを始めてから夜も深くなってきているというのにリザルトは右肩上がりに向上する一途だ。

 

すずかは脅威となるが、さすがにまだ俺のほうが実力としては上だろう。

 

この賭けは俺が勝つ。

 

そう確信していた。勝ち切るという自信があった。

 

だから、だろうか。油断があったのかもしれない。

 

参加を決めた俺に、アリサはにやりと意地悪な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「はーはっはっ!」

 

「なっ、な……」

 

時間制限がゼロとなり、画面に順位が発表されると同時にアリサは高笑いした。

 

結果は、俺の一人負けだった。

 

「やったーっ!」

 

「えへへ、うまくいってよかったね」

 

「わたしの……ううん、わたしたちの勝利よ!」

 

三人はぱちんとハイタッチする。

 

迂闊(うかつ)だった。

 

俺の算段はあまりにも見込みが甘かった。

 

勝利条件を見誤ったこと。三人の仲の良さと、三人が目的と手段を共有していたこと。だが、やはり一番の原因はアリサの閃きだったろう。

 

「くっ……いや、いやいや、ちょっと待て。いつからストック制からタイム制に切り替わってたんだ……」

 

「徹がちゃんと画面を見てないのが悪いのよ。ちなみにすずかが徹にお茶をすすめて、なのはがじゃれついてた時にやっておいたわ」

 

「ち、チームプレーじゃねえか……狙ってただろ!」

 

「えー?そんなことないけどー?チームプレーって言うけど、ゲーム中は徹以外にも攻撃してたし?」

 

「ぐっ……」

 

たしかに三人は俺だけを集中的に攻撃していたわけではない。俺対アリサ・すずか・なのはのチームバトルにもしなかった。対戦前はチームバトルにしなかったことにも安心してしまっていたのだ。それがアリサの策の一部だとも思わずに。

 

「結局俺はなのはを一回撃墜しただけ……三人のうちの誰かにダメージが重なったら、一番低い一人が俺について、残りの二人が俺から離れて戦ってた……俺にポイントを取らせないためにっ!」

 

「ふふっ……」

 

真相に辿り着いた俺を、ほぼ確実に首謀者であるアリサは悪びれもせずに影のある笑みを浮かべた。

 

「いまさら気づくなんてね。そうよ。ストック制だと、どうごまかそうとしてもなのはが最下位になるのは避けられない」

 

「思いもよらぬところであたしがさらっと傷つけられたの!」

 

ショックを受けるなのはを放ってアリサは続ける。

 

「だからこそのタイム制。それなら、スマッシュぶっぱしかしないなのはでも勝たせることができる。だって徹は……」

 

「……ポイントを、稼げないから……くっ」

 

「ふっふ……あーはっはっ!徹はわたしたちの作戦にきれいに引っかかったわけよ!」

 

結果が出てしまった今では、何をどう言おうが負け犬の遠吠えにしかならない。このずる賢さ、何処かの誰かと重なるところがある。まさか姉ちゃんから教えてもらった『頭脳プレー』をここで発揮してくるなんて。

 

悪女のように高笑いするアリサは、一位に、すずかに振り返る。

 

「さあ、すずか!徹に命令するのよ!今この瞬間、この場所での王はすずかなんだから!」

 

「そ、それでは徹さんは……」

 

賭けの順位は俺が最下位、次いでブービーがやっぱりなのは、僅差で後塵を拝したのがアリサ、王者に輝いたのはすずかだった。

 

事前の取り決めでは、俺が勝てば俺の好きなように寝床を決められた。他の人が勝った場合、その人の好きなように選べるという、まるで王様ゲームのような図式になっていたのである王様ゲームやった事ないけど。

 

諦念のため息をついて、王女様からの下知を待つ。ご主人様の命令は絶対だが、女王様の命令もまた絶対なのであった。

 

コントローラーを静かに置いたすずかが、伏し目がちに俺を見る。その瞳は、鈍く、されど妖しげな光を放ったように見えた。

 

「……ソファで寝てください」

 

「そうよ!ソファで……え?」

 

「す、すずかちゃん?!」

 

共犯者二人は同時に大きく目を見開いた。

 

俺がベッドで寝たくないような態度だったのをすずかは察してくれたようだ。気を使ってくれたのだろうが、なぜだろう、ざわつく悪寒が拭えない。

 

すずかがこちらへ手を伸ばす。しっとりとして艶のある紫髪が一房、すずかの顔にかかる。

 

「ありがとう、すずか。俺を気にして……」

 

夜が更けるごとに、背筋をぞくりとさせるような響きを言葉に乗せてきたその口が、再び開かれた。

 

「徹さんだけ一人というのは寂しいでしょうから、わたしもソファで寝ますね」

 

光へ誘う救いの手かと思いきや、闇へと引きずる絶望の手だった。

 

「ちょっとちょっとすずかっ!計画とちがうじゃない!」

 

「すずかちゃんだけずるいの!」

 

しかし、ここで待ったが入った。首謀者のアリサと協力者のなのはが異議を申し立てた。

 

すずかは二人に真っ向から反論する。

 

「ずるいなんて言わないでほしいなぁ。だって、わたしが聞いたのは徹さんに勝つ方法、その作戦だけだよ?」

 

「なに言ってるの!わたしたちが勝ったら徹はわたしのベッドで寝るって決めてっ……」

 

「違うよ?決めてた条件は、徹さんが勝てば自由に、負けた場合は勝者に決めさせるってことだよね?」

 

「わたしは、勝ったら徹はわたしのベッドでって……」

 

「それはアリサちゃんが勝った場合の要求でしょ?わたしの要求じゃないよ」

 

「わひゃぁ……」

 

「おおう……」

 

すずかは長い髪を手櫛でかき上げ、据わった瞳でアリサを見やる。ばちばちと火花が散るような舌戦の最中だと言うのに、すずかの口元にはかすかな笑みすら浮かんでいる。今宵のすずかは、纏う雰囲気から異なる。

 

「はわー……すずかちゃんって、けっこうすごいんだー……」

 

なのはに至っては既に話についていけずに思考停止していた。

 

しかし、これはどうしたものか。空気が(にわ)かに剣呑なものへ推移してしまっている。このままでは気の強いアリサと喧嘩に発展しかねない。なんとかせねば。

 

「すずか、すずか」

 

背後に回り、アリサと軽いがんの飛ばし合いをしているすずかの肩をちょんちょんとつつく。

 

「はぁい?」

 

瞳の奥に妖しげな輝きを灯すすずかが、普段とは異なる、どこか色気を感じさせる声で振り返った。

 

「そいっ」

 

「ぴゃっ!?」

 

すずかの目の前で、遠慮なしにそこそこ強めに柏手(かしわで)を打った。いわゆる猫騙しである。

 

音の衝撃で目を白黒させているすずかの両頬に手を添えて話しかける。

 

「起きたか、すずか?」

 

「ち、ちきゃ……徹さ、近いですっ……っ!」

 

「俺が質問してるんだ。起きてるか?」

 

「は、はいっ!しっかり起きてますっ!」

 

「そっかそっか。それならいい。ちょっと寝ぼけてるみたいだったからな。前にも見た」

 

以前、すずかの家、つまりは忍の家、月村邸にて勉強会を開いた時、朝の弱いすずかを起こしに行ったことがあったが、その時もさっきのようなおかしな雰囲気を醸し出していたのだ。もしかしたらと思ってやってみたが、どうやらあたりだったようだ。

 

「あ、あれ……わたしなにしてたんだっけ……?というより、え?前に……前に見た、っていつですかっ?!最近泊まりに行った時の言い方じゃなかったですよね……」

 

「ああ、あれも覚えてないのか」

 

さっきの妖艶な寝ぼすけ状態の記憶がはっきりしていないのと同様に、勉強会の朝のことも覚えていないようだ。眠たくなっている時のすずかには要注意である。

 

「い、いつ……ですか?わ、わたし、寝てるところなんてっ……」

 

「あー、それは……」

 

俺が説明しようとしたその瞬間、両肩をぎゅっと掴まれた。

 

「女の子の寝顔を無断でのぞき見た件も含めて……」

 

「……しっかり話してもらうの!ベッドで!」

 

振り向けば、アリサとなのはが心胆寒からしめる冷たい笑顔で俺を見ていた。

 

照明の具合、だと思いたい。二人のお顔には影がさされていてとても迫力がある。

 

「いや、だから……はあ……」

 

容疑者を連行する警察官のように両隣をアリサとなのはに挟まれる。俺が逃げないようにしているのか、それともただ単に真っ赤に染まっている顔を見られたくないのか背後にはすずかが控えている中、小学生が寝るには大きすぎるベッドへ向かう。どうやら俺の釈明が、子守唄がわりの寝物語になりそうだ。

 

女の子の寝顔を覗いたのは悪いとは思うが、人が風呂に入っているのを覗くのも同等以上に悪いと思う。なので罪は相殺されて然るべきだが、それとこれとは別なようだ。


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