「小学校でもテストがあったのか。タイミングは高校と同じだな。手応えはどうだった?」
「問題ないわ。今やってる範囲はずいぶん前に終わらせたし」
「すごい自信だな……すずかは?」
「アリサちゃんほどじゃないですけど、まあ……それなりに」
「徹はどうなのよ。補習で済みそうなの?」
「なんで補習が確定してんだよっ!」
補習で済みそうなのかって、アリサちゃんは俺のことをどういう人間だと思っているのか。退学させられそうなレベルのあほかと思われているのだろうか。
実際、喧嘩が理由とはいえ停学になった経験はあるし、今日の一時限目のテストは合格ラインに届いているかどうか危ないラインだろうから、強く否定もできないけれど。
「てっきり脳みそまで筋肉でできてるタイプかと思ったけど、そうじゃないの?」
「アリサちゃん、徹さんはすごく勉強もできるよ?前の勉強会でも教える側だったんだし」
「そうだったっけ?教えてもらってないから覚えてなかったわね」
「アリサちゃんに勉強教える必要はなかったもんな。なんならあの場にアリサちゃんがくる必要もなかったくらいだし」
「み、みんなで遊ぶのにわたしだけのけ者なんてひどいじゃない!」
「あくまで勉強会なんだけどな」
塾の前で俺のとち狂った音声データを消去してもらおうと交渉して条件が合わずに決裂してから、今は数分後。ようやく俺たちは帰路についている。
塾の話や小学校でも行われているテストの話をしながら、のんびりと夜の街を歩いていた。お巡りさんに補導されないかだけが目下心配の種である。
「どこもテストの時期は同じみたいで、今日はテストで出題された問題の解説みたいな感じだったんです」
「そうだったんだ。そいつはまぁ……アリサちゃんにとっては退屈だったろうに」
「ほんとよ!一問一問これの解き方はー、とか、わからないところがあったら質問するようにー、とか!全部わかってるのに!こちとら全問正解よ!」
「あ、アリサちゃん、そう言わずに……」
「まだテストの答案は返ってきてないはずなのに満点を確信している……」
「一番注意したのは書きまちがえていないかの確認くらいね」
「ここまでともなると
「どうかしました?」
「ああ、いや……」
夜の街の帰り道。
気をつけるべきは日夜治安維持に勤しんでいらっしゃるお巡りさんだけかと思い込んでいたが、もしかするとそうでもないのかもしれない。
着信を確認するふりをしてポケットから携帯を取り出す。セルフ用のカメラを起動して背後を確認。そして発見した。
「…………」
風景に馴染むような動き。ただの通行人の素振りをしているが、常にこちらを視界内に入れるような位置取りをしている人物が複数人いた。
考えすぎかもしれないが、以前にアリサちゃんの誘拐未遂があったことを考慮すると、あながち深読みしすぎというものでもないだろう。厄介なことになってきた。
「どうしたの、徹。誰から?彼女?」
「えっ……徹さん、お付き合いしている女性……いるんですか?」
「アリサちゃん?わざわざ俺に悲しい否定をさせないでね?彼女いねえよ」
「でしょうね」
「でしょうねってなんだ!可能性だけはあるだろ!」
「そ、そうなんですか……。あはは……」
「……すずか、さすがに笑うのはひどいぜ……」
「え?あっ、ち、ちがうんです!あのっ……」
「まあ……それはいいんだよ。ただ時間を確認しただけだ」
女子小学生に心を浅く傷つけられながら、提案する。
俺たちを尾行してきている人間がいるかもしれない。もしものことがあってからでは手遅れなので、そういう前提で行動する。
家まで送るにしても、まずは不審人物のマークを外しておこう。
「二人とも、これから時間あるか?」
*
帰途。不審人物の監視の目を外すために寄り道することにした。どこか行きたいところがあるか、と二人に聞くと、即座にアリサちゃんがゲームセンターに行きたいと挙手したので、ボリュームの大きい音楽が鳴り響くゲームセンターに遊びにきた。
このゲームセンターには以前、恭也や忍と訪れたことがある。出入り口が複数あって、視線を遮る障害物も多いここなら、追っ手を巻くにはうってつけだ。
ただ俺たちの年齢では、とくにアリサちゃんとすずかは条例による年齢制限で店員さんに追い出されそうなので戦々恐々である。
「わーっ!一度きてみたかったのよ!」
周囲の騒音に負けないよう、アリサちゃんが声を張り上げる。実によく通る高音だ。ゲームに集中していたお兄さんが声に驚いて、さらに外見に驚いていらっしゃる。そりゃこんな時間帯に小さい子がいたら驚くことだろう。その甲高い愛らしい声で店員さんまで呼ばないか、肝が冷える思いだ。
とはいえテンションの上がったアリサちゃんを抑えることなど俺にできるべくもなく、まあ気の向くままにやらせてあげよう。店員さんにばれた時は謝って退店すればなんとかなるでしょう。
アリサちゃんに顔を近づけて言葉を返す。
「そうかい。喜んでもらえて嬉しいよ」
「なんて言ってるか聞こえないーっ!」
「喜んでもらえて嬉しいよ!」
「うるさいわね!」
「理不尽すぎるだろ!」
「あははっ!」
本当にテンション高いこの子。
「結構、人……いるんですね」
「このくらいの時間帯が一番盛り上がるな。学生の下校時間と社会人の帰宅時間がかぶるから」
「な、なかなか異様な雰囲気です……」
「ははっ、最初はそう感じるかもな。人多いから離れないようにな」
「はっ、はいっ」
「アリサちゃんも!離れないように!」
「わかってるってば!」
二人の手を握りながら施設内を見て回る。この店舗は駅の近くという好立地と規模の大きさに加え、筐体の数も多く、新しい機種も多く導入されているので、利用客も比例している。背の低いアリサちゃんとすずかだと、迷子になったら大変だ。
だが、その混雑ぶりや並び立つゲーム機の壁は、俺にとって都合がいい。追跡を撒くのに、都合がいい。
「わ、あの人すごい!こう、こうっ、手がババって!指がシュバババって!」
「リズムゲーうまい人はほんと人間やめてる気がするよな」
「わたしにはできなさそうです……」
「すずかはピアノとかやってるんだし、初見でも結構できそうだけどな」
「動きがぜんぜん違うので……。ああいうのも練習して上手くなるんでしょうか?それとも才能とかがあるんでしょうか?」
「クリアするだけなら反復練習すればできるようになるもんだ。ただ、精度を上げようと思うとセンスが必要になるな」
「ねぇっ、徹!こっちの飛行機のもすごいわよ!」
「シューティングゲームもわりと品揃えいいんだよな、ここ」
「画面を埋め尽くすくらい弾があるのに、なんでゲームオーバーにならないの?」
「やり込んでるんだろう。弾が飛んでくる方向や安全地帯を覚えてるんだ。あと自機に向けて撃ってくる弾はゆっくり動いた方がかえって安全だったりもする」
「……これだけたくさんやり込んで、なにかメリットがあるんですか?」
すずかのある種、的を射たシンプルな疑問はゲームをプレイしていた人にまで届いてしまったようだ。ぴくっ、と動きが止まり、飛行機は撃墜されてしまった。リズムゲーム機から聞こえていた軽妙な音楽が途絶えたところを鑑みるに、そちらもプレイヤーがフリーズしてゲームオーバーになってしまったようだ。
たった一言で数多くの人の心を砕いてしまった。
「すずか。その発言はな、この場では禁句なんだ。頭に浮かんでも決して口にしてはいけないんだ」
「そ、そうだったんですか……。ごめんなさい……」
弾幕系のシューティングゲームのスティックを握ったまま動かなくなってしまった男性が居た堪れなくて、というか俺たちの周囲の人たちが俯きがちになってしまったのが居心地悪くて、この場を逃げるように後にした。
しばらく回っていると、アリサちゃんとすずかの足がとあるゲーム機の前で止まった。
UFOキャッチャーだ。
「わーっ!かわいい!」
「ほんとだ。……結構大きいね」
「大きいわね!ほしい!」
「こういうのって……取るの難しいんじゃないかな?」
「でもほしいわ!売ってないの?」
「非売品って書いてあるね」
「……このUFOキャッチャーごと買うっていう手が……」
「アリサちゃん」
「だめ?」
「だめ」
「だめ……」
二人が景品を指差しながら、華やかな笑顔と愉快な会話を振りまいている。少女二人の熱視線の先には、世界的に有名なゲームに登場する青くて丸い形をしたモンスター。
そういえばアリサちゃんは意外にゲームが好きでよくするとかと聞いたことがある。実際にアリサちゃんの部屋にもゲーム機があったりもした。
「やたら大きいけど、取れないって決めつける理由はないよな」
「徹さん」
「徹!あれ取れる?」
「ま、チャレンジしてみようか」
コインを投入して挑戦。位置を調節して、アームが下がる。青くて丸いぬいぐるみの真ん中を狙ったが、景品が大きいためにアームが景品を掴みきれず、ほぼほぼ動きすらしなかった。
「おお……むやみにでかいだけじゃないな」
「むぅ……序盤に出てくるわりに強いわね」
「やっぱり難しいんじゃ……」
「いや、やりようはありそうだ」
もちろん1回目で取れるなんて甘い考えはしていない。
さらに何枚か投入。景品の重さと重心の位置、アームの強さ、引っかかりやすい角度を把握した。丸っこいという形を生かし、アームの片側を使ってころりころりと少しずつ転がす。
そして、八回目のチャレンジのことだった。
「もうちょい……おっ」
「わぁっ!」
狙ったポイントにぴったりアームが入り、ようやくゲットできた。
ゲーム中では何百と倒す敵のくせに、なかなかの強敵だった。
UFOキャッチャーの取り出し口から、景品の大きさゆえに少々苦労したが引っ張り出した。
「『仲間になりたそうにアリサちゃんを見ている』」
「あははっ!仲間にしてあげるわっ!徹、ありがとっ!」
俺が差し出したぬいぐるみに、アリサちゃんは満面の笑顔で抱きしめた。ぬいぐるみが大きすぎてアリサちゃんの上半身が隠れてしまっているが、とりあえず喜んでくれているようでよかった。
「よかったね、アリサちゃん」
「うん!大事にするわ!ベッドに置いておこうかしら!」
「……あのベッドならこの子を置いても大丈夫だね」
「すずかのベッドでも余裕よね!」
「まあ、うん……そうだね」
ぬいぐるみを抱えて嬉しそうなアリサちゃんと、歯切れの悪いすずか。
「……ふむ。アリサちゃん、すずか。ちょっとこっちで休んどいてくれ」
「わたし疲れてないわよ?」
「わたしもそれほど……」
「まあまあ、いいからいいから」
戸惑う二人の背中を押して、端っこの方に寄せる。ついでに自販機で飲み物も買って手渡しておく。
「はい、ちょっとゆっくりしといてくれ」
「……あ、そういう」
「アリサちゃんどうしたの?」
「なんでもないわ。わたしちょっと楽しすぎて疲れちゃった。休憩しましょ、すずか」
「え、そんなに急に疲れるの……」
「ええ。もう立ってられない。腕も足も疲れたの」
「腕が疲れたのはその大きなぬいぐるみが原因だと思うけど……」
「いいのいいの。徹からジュースももらったし。ほら、すずか行くわよ」
「え、えー……」
アリサちゃんは景品の頭部のちょろんと出っ張っている部分を器用に握って片手で持ち、もう片方の手ですずかの手を取り、強引に引っ張っていった。
俺の考えを、アリサちゃんは察してくれたようだ。
*
「おまたせ。はい、すずか」
「え、これ……」
五分から十分ほどだろうか。アリサちゃんとすずかと合流した。
アリサちゃんに渡した景品と同じ物の二つ目を持って。
「よかったわね、すずか」
「う、うん、それはよかったんだけど……わ、わたしももらっていいんですか?」
「あたりまえだろ。すずかのために取ったんだから」
「わたしのためにっ……あ、ありがとうございますっ」
そう言って、すずかはぬいぐるみを抱えた。
アリサちゃんにあげてすずかにあげないというのは不公平だ。でもすずかの性格を考えると遠慮しそうなので席を外してもらったのだ。景品を再配置してもらうために店員さんも呼ばなければいけなかったこともあるし。
「ふふっ。やるじゃない、徹」
長椅子で足を組みながら、アリサちゃんがすずかと俺を見て目を細めていた。
「コツは掴めたからな。難しくなかったよ」
「そういうことじゃないわよ……。やっぱり、徹は所詮徹ね」
「なぜか評価が下がった……。あとこれ。持ち運びにくいから、袋もらってきた」
「あ、ありがとうございます……」
「気が利くわね」
「どういたしまして」
さて、今日の思い出にもなる戦利品も獲得できたことだし、そろそろゲームセンターを後にしようかと出入り口に目を向ける。
「っ……」
怪しげな風体の輩がいた。
そういえば不審な奴らがついてきているからゲームセンターに逃げ込んできたのだった。
どうやら俺たちの姿を捉えているわけではないようだが、運悪くこちらへ向かってきている。
これだけ人の目のある場所ならばすぐに乱暴な手に打って出ることはなかろうが、騒がしい場所でもある。多少の物音はかき消されてしまうし、やはり遭遇しないほうがいいだろう。
「……明日も学校があることだし、そろそろ帰ろうか。ぬいぐるみも取れたことだしな」
「まだ回ってないところもあって名残惜しいけど……そうね。続きはまた今度ね!」
「次来る時はなのはちゃんや
「なるべく誰か保護者を連れてな。さ、行こう」
「あれ?こっちから入ったっけ?」
「違った、よね?」
「……ほら、違うところも見ておきたいだろ?」
「ほー、なるほどー」
「今度遊びたいところもわかっていいですね」
「そ、そうだろー……って、あ」
それっぽい言い訳をしながら別の出口に向かう。が、ここにきて非常事態。
前方から、店員さんがこちらに向かってきていた。まだ距離が遠いこともあり俺たちには気づいていないようだが、このままではいずれ接敵してしまう。
「うおっとこっちに面白そうなのあるぞー!」
「えっ、えっ……」
「ちょっと徹、帰るんじゃないの?」
店員さんと鉢合わせすると面倒なことになりそうだという一心で、隠れるように近くの物陰に二人を連れて入る。パーテーションがあって、店員さんをやり過ごすにはぴったりだった。
「っていうか、これ……」
「徹、プリクラ撮りたかったの?」
「あれ?いやぁ……」
「初めてゲームセンターに来た記念に、ってことですか?」
「……だ、だいたいそうかな!」
まったくもって入る気なんてなかったけれど、そういうことにした。
というかゲームセンターに目隠しになるようなパーテーションがあるものなんて、プリクラか本格的なホラーシューティングくらいしかないのに、なぜ気がつかなかったのか。
姿を隠すのにはばっちりなのだが、いかんせん身の回りのシチュエーションが多々危険である。
「わたし初めてなのよね!これ!」
「そりゃゲーセン来んのが初めてだったらそうだろうよ」
「徹さんはやったことあるんですか?」
「だーいぶ前に?」
「ど、どなたと……」
「なのはの兄とすずかの姉とだな」
「いつもの代わり映えのしないメンツね!」
「テンション上がってるのはわかってるけど言葉を選ぼうねーアリサちゃーん」
今日のアリサちゃんはエンジンがぶっ壊れている。ブレーキがかかることはなさそうなので、プリクラも撮って帰ることとした。どうせ店員さんもやり過ごさなければならないことだし。
「設定、フレーム……いろいろあるね。どれがいいのかな?」
「こんなの感性で選べばいいのよ!これでー、これとー、これ!」
こういった時のアリサちゃんの決断の早さは本当に頼りになる。ずばばっとボタンを押して決めてくれた。
撮影が始まって、カメラからの映像が画面に映る。
「……二人がちゃんと映ってないな」
「映ってないわね」
「ど、どうしましょう……」
ここで身長差という問題が噴出した。
「たぶん台とかが……」
「いいこと思いついたわ!」
おそらくこういうところならこういう事態を想定して台が用意されているだろうと探していると、なにやらアリサちゃんが妙案を閃いた。そこはかとなく不安ではあるがとりあえず聞いてみよう。
「徹がわたしたちを抱えればいいのよ!」
「アリサちゃん台あったぜ」
「聞きなさいよ」
余計な事案を起こさないうちに踏み台を発見したが、アリサちゃんは俺を睨みつけたまま
「ほら、台なんてないわ。はやく抱えなさい?」
「アリサちゃん、徹さん、あの……」
「ないんじゃなくてなくなったんだ。アリサちゃんが蹴っ飛ばすから」
「ちょっと屈みなさい」
「なに?」
「あの、二人とも……」
「か・か・え・な・さ・い」
「おいおいお嬢様胸ぐら掴むのはちょっとお行儀悪いんじゃないのっ」
「二人ともっ!」
なに、と言おうとした時、フラッシュが焚かれた。プリクラの一枚目が撮影されたらしい。撮影までカウントダウンされていただろうに、まったく気づかなかった。
「…………」
「…………」
「もうすぐ始まっちゃうよって、わたし言ってたのに……」
プリクラは何枚か撮影するが、この
「アリサちゃーん、なんで撮り直そうとしてるのかな?こんないいシーンを」
「くっ……このわたしとしたことが証拠を押さえられるなんてっ」
「もっとなごやかにできないのかな……」
一目散に『撮り直し』ボタンを押そうとしたアリサちゃんの手を握って止める。ぐぎぎ、と悔しそうにしているところは、この子にしては珍しい。ちょっと気分がいい。
「ふんっ」
空いているほうの手でボタンを押そうとするが、それに反応できない俺ではない。
細い手首をキャッチした。
「はい、だめ」
「撮り直しを要求するわ!」
「却下しまーす」
片手でアリサちゃんの両手を掴んで妨害できないようにしてから、撮り直しせずにゆっくりと次の撮影に進むボタンを押す。
「はい。次が始まるぞ。アリサちゃん、怒り顔やめて笑顔にな。すずかも苦笑をやめていつもの心安らぐ微笑みをしてくれ」
「むー……」
「あはは……。でも、アリサちゃんが負けるところは珍しいよね」
「負けてないわよ!……ほら、徹さっさと抱えなさいよ。さっきの写真も抱えなかったせいでフレームの下枠いっぱいだったんだから」
「はっは、今なら耳に心地いいな。ほら、落ちないようにちゃんと掴まれよ」
もともとこの筐体のために用意されていた踏み台はアリサちゃんが隣の筐体まで蹴っ飛ばしてしまったので、一度かがんでアリサちゃんの要求通り抱える。抱えるというか、二人のお尻の下に腕を回して、腕を椅子みたいにしているわけだ。
「わっ、わわっ……」
「すずかー、頭に抱きつかれると前が見えないんだけどなー」
「ご、ごめんなさいっ」
「安定感あるわねー」
「ならなんで頭掴んでんのアリサちゃん。すずかはともかくアリサちゃんはわざとだろ」
「そんなことないわ。……すずか、ちょっと……」
「え?」
アリサちゃんは高いところを怖がっている、ふうに装いながら俺の頭を抱くように目と耳を塞いですずかと内緒話を始めた。ところどころしか聞こえない。
カメラからの映像が画面に映ることを考慮して目も隠すところが抜け目ない。
「……えーっ、で、でも……リサちゃ……」
「ほら……のお礼も兼ねて……プリは常識っていうし……」
「それどこの常し……」
驚いて戸惑うようなすずかと、なにやら言いくるめるというか策を巡らせているかのようなアリサちゃんの声が、塞がれた耳に漏れ聞こえた。
話は終わったようで、ぱっと目と耳が自由になった。画面に映る姿を見るに、すずかは乗り気じゃなさそうである。恥ずかしそうにしているのはなぜなのか。
「ほら、二枚目撮るわよ!」
俺が蚊帳の外に追いやられている間に撮影開始の秒数はスリーカウントまで降りてきていた。
「なんの話ししてたんだ?」
「えっ、あの……」
「ほら撮るわよ!」
言い淀むすずかを、アリサちゃんは勢いで押し通した。
カウントが順調に若くなり、
なにが起こったのかよくわからないまま、正面の画面が移り変わる。撮影された画像が映し出される。
「……アリサちゃん?」
「これは喜んでしかるべきじゃない?男ならとくに、ね?」
「……すずか?お前は中立の立場だと思ってたんだけど」
「で、でも……ちゅーぷり?っていうのは常識らしいですし……今日のお出かけとぬいぐるみのお礼も兼ねてって……」
「……アリサちゃんから?」
「アリサちゃんから……」
「…………」
「わたしたちの感謝の印、ありがとうの証よ?それを『撮り直し』なんかでなかったことには、まさかしないわよね?」
「…………」
アリサちゃんがやられたままで引き下がるような子じゃないことは重々わかっていたはずなのに、
恥ずかしそうに真っ赤に照れるすずかとは違い、アリサちゃんは少しだけ顔を上気させつつも楽しそうに意地悪い笑みを浮かべた。
「これは引き分け、痛み分けね?」
「……はぁ。残りのはふつうにやろうぜ、頼むから……」
「あははっ!そうね、せっかくぬいぐるみも取ってもらったんだもの、これを抱えて撮りたいわ!すずか!」
「うん、そうだね。……でも、顔映るかな?」
「顔の下にくるようにしましょ。……なんかそんな感じのモンスターもいたわね」
「上に鎧が乗ってるモンスターだよね」
「そう!これはこれでありね!」
「アリサちゃん的にそれはいいんだね……」
「……決まったんなら準備してくれよ。時間が迫ってるぞ」
アリサちゃんはきゃーきゃー楽しそうに笑って、すずかも彼女にしては珍しくテンション高めにお喋りしながら次のシャッター音に備えていた。
なにやら短時間で弱みをいくつも握られたような気はするが、二人とも楽しそうなので、まあいいか。