そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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狂人の所業

 

 

「たしか、ここだな」

 

記憶と照らし合わせながら、敵魔導師を叩きのめした家屋、その近くまでやってきた。

 

「本当にその記憶力には驚くわ。凄いわねぇ」

 

「すごいっつってもただ憶えてるってだけなんだけどな」

 

風通しが良くなった壁の縁から中を覗き込む。敵のおっさんが倒れている姿は見える。そのほかには人が動く気配も、物音すら聞こえないので、敵側の魔導師と鉢合わせ、なんてことにもならないだろう。

 

ランちゃんに目配せし、まず内部に俺が侵入する。得物と得意分野による隊列である。

 

「…………」

 

「……徹ちゃん、どうかしたの?」

 

日が暮れ始めていることもあり、家の中は薄暗くなっているが、まだぎりぎり光は差し込んでいた。そのおかげで光源に乏しい家の中であっても、しっかりと確認できた。

 

「……事切れてんな」

 

血の池に沈む敵の姿が、しっかりと確認できてしまった。

 

「あらぁ……徹ちゃん、力入りすぎちゃったの?」

 

「いや、これは俺じゃない。俺は刃物は持ってない……ていうか使えないからな」

 

「そうねぇ……これは、心臓を一突き、って感じだものね」

 

魔導師が倒れている場所は、俺が気絶させた位置から動いていない。つまり気を失っているところで左胸を刺された、ということだろう。

 

「…………」

 

血溜まりの端のほうを、近くにあった布で擦ってみる。血溜まりの一番外側は跡が残っていたが、内側のほうはまだ乾いてはいなかった。

 

「血は固まりきっていない。そう時間は経ってないな……ちっ」

 

「お嬢ちゃんを連れてこなくてよかったわね」

 

「ああ……まったくだ」

 

アサレアちゃんがこんな現場を見てしまえば、最悪吐いてしまうかもしれない。ランちゃんは慣れているのかけろりとしているが、俺でもさすがに多少は気分が悪い。

 

それでもまだ向き合えているのは、俺自身が血溜まりに浸かったことがあるからだろう。ただ、自分で経験するより客観的に眺めるほうがグロテスクで、ショッキングな光景だ。

 

そして、この光景が指し示す『意味』は、それ以上に吐き気を催すものである。

 

「相手側の捕虜にさせないようにするのに、わざわざ自分たちの陣営にまで担いで帰る必要はないものね」

 

「……合理的だよな、最低最悪に合理的だ」

 

状況的に、味方を回収できない。しかし捕虜として捕まって相手に情報を知られたくはない。

 

ならばどうするか。

 

殺して、情報を引き出せなくさせればいい。それなら人一人を回収するよりも少ない労力で済み、処理も短時間で済む。

 

非人道的。しかし、ぐうの音も出ないほど合理的でもある。

 

欠員をすぐに補充できる、もしくは補充する必要がないのなら、これほど楽な方法はない。

 

ただこれは、隊員を消耗品として割り切っている。まともな神経では到底できない行為。人間を人間として見ていない、狂人の所業だ。

 

「わりと近い距離にいたはずのユーノちゃんたちが気付けなかったのも、これじゃあ仕方ないわねぇ……」

 

「ああ。人を殺めるのに、大層な道具も、大仰な魔法も必要ない。ナイフの一本もあれば充分すぎるほどだ。なんなら尖ってさえいれば事足りるんだからな。そこらへんにあるものを使えばいいし、魔法の反応もしないし、大きな物音もたたない。気付くのは難しい」

 

「一応ほかの場所も確認してみる?」

 

「いや、無駄だろうな。こうまで情報を消す相手だ。そのあたり手抜かりはないだろ。他の場所にはサーチャーを飛ばして確認しておく。生き残ってりゃ御の字ってくらいの心持ちでな」

 

気は進まないながら、血の凝固状態を確認したついでに魔導師の持ち物も調べてみる。期待はしていなかったが、やはりめぼしいものはなかった。デバイスすら、取り上げられている。

 

執念すら感じる周到な手際だ。

 

この付近を鳥瞰する形でサーチャーを配置もしていたが、それにも不審な人影が映った記憶はなかった。建ち並ぶ家の影を伝って移動されれば姿を捉えることはできない。

 

無力化された魔導師の口封じを行っていた人物は、自身を発見されないように細心の注意を払っていたようだ。

 

「面倒事が増えたな……」

 

思わず、こめかみをおさえた。

 

 

敵魔導師からなんの収穫を得ることもできず、俺とランちゃんはユーノたちと合流した。

 

ユーノと治癒術師さんの治療により動けるようになった隊員さんは自力で、自分の足で動けないという人には手を貸して俺たちは司令部へと戻った。

 

食事というには簡素が過ぎるカロリー摂取を経て、今は部隊ごとに割り当てられた大きな天幕で一休みしていた。

 

「……はぁ」

 

やっと一息つけたが、気分は暗いし重い。懸案事項が多すぎるのだ。

 

全貌の見えない敵勢力、その敵勢力がこの街で求めたもの、コルティノーヴィスさんが寝返った理由、コルティノーヴィスさんと一緒にいた女の子。味方部隊の損害や指揮系統の乱れも深刻だ。

 

動員された人数と任務の規模から、短時間で済むと、正確には一日弱、長くても二日あれば終わるだろうと事前に通達もあったし俺自身も推測していたのだが、雲行きが怪しくなってしまった。

 

明後日までには絶対に帰らないといけないのに。学校があるのに。

 

「あんなのご飯なんて言えないわっ!量も味も最悪じゃない!」

 

テンションが右肩下がりに落ち込んでいる俺とは正反対に、アサレアちゃんは元気だった。元気溌剌(げんきはつらつ)として声高にクレームを叫んでいた。

 

「それになんなの!?お風呂もないなんて!一番動いていたのはわたしたちなのに!いっぱい働いたのに!」

 

「この部隊がよく働いていたのは事実よ。でも『わたしたち』って、今日お嬢ちゃんなにかしてたかしら?」

 

「はぁ?!わたしもいっぱい働いてたじゃない!」

 

「大声出して部隊の居場所を敵に報せて、広場では腰抜かしてへたりこんでて、安全な上空から目眩しの射撃魔法を撃ってただけみたいに思えるけれど?まともな役割はユーノちゃんの護衛くらいね」

 

「なっ……はっ、はぁ?!」

 

「徹ちゃんとユーノちゃんがいなかったら、この部隊も他のところと同じように人数が半減していたわね。お嬢ちゃんなんて、今頃治療用テントの一角を占領してたでしょうに」

 

「うううるさい!ご飯がおいしくなかったのはほんとでしょうが!」

 

「食糧を支給されるだけマシよ。とはいえ、私もシャワーくらいは浴びたいけれどね。この部隊には女の子も多いことだし」

 

「……その女の子に、あんたは?」

 

「もちろん含むわよ?」

 

「はぶきなさいよ!」

 

二人のやり取りを、同部隊のほかの隊員は遠巻きに眺めて笑っていた。エッジの鋭いアサレアちゃんの発言をランちゃんが的確に突っ込んでいるので、顔合わせの時とは違って友好的な目線で見られるのだろう。

 

人によって対応を柔軟に変化できるランちゃんは、まこと社交性に富んでいた。

 

「逢坂さん、まだ怪我のほうが痛むんですか?」

 

「あ、クレインくん。怪我?もう大丈夫だぞ?あれくらいなら軽いほうだし」

 

「あれくらいって……左腕を亀裂骨折していたらしいですけど……」

 

椅子に座って賑やかな一角を眺めていると、俺の隣にクレインくんが座った。

 

俺が今後の行く末を考えて渋い顔をしていたので、心配して様子を見にきてくれたようだ。

 

「ユーノが治してくれたからな。もう完璧だ。ユーノは前衛は苦手だけど、治癒やら防御やらの後衛仕事は強いんだ。おかげで安心して俺は前に出られる。……こう言うとユーノから小言をもらいそうだけどな」

 

件のユーノは、今はこの天幕にはいない。負傷者があまりに多く、治癒術師の人手が足りなかったので心得のあるユーノも駆り出されたのだ。

 

今日ユーノは神経の使う治癒魔法を多用し、制空権確保の際も常に防御魔法を発動させていたので魔力の消費量は多いはずだ。なので治癒術師召集の令が発された時、俺から断ろうとしたがユーノは自分から名乗り出た。『僕は戦えないので、これくらいは』と、軽く笑って行ってしまったのだ。

 

ランちゃんとアサレアちゃんの話ではないが、ユーノも働き詰めなのに。

 

ちゃんと疲れた時には疲れたと断っておかないと、余計な仕事まで回されてしまう。そのうち過酷な環境に放り込まれてしまいそうで、兄貴分の俺としてはとても心配だ。

 

「……逢坂さんとスクライアさんはとても仲がいいですよね。もう付き合いが長いんですか?」

 

「付き合い?そうだな、かれこれ……一ヶ月ちょっと、か」

 

「はあ、一ヶ月も……一ヶ月?!短くないですか?!一年の間違いではなく?!」

 

かたん、と椅子を揺らしてクレインくんは立ち上がった。驚いた時も大きな音を出さない、どこか優しげな挙動である。

 

「いやいや、本当に一ヶ月とちょっとくらいの付き合いだ。時間的にはそんくらいだけど、知り合ってからほとんどずっと一緒にいたからなあ。感覚的には二年とか三年くらい一緒にいるような気分だ」

 

「……一ヶ月で、あんなに仲良くなれるものですか?」

 

動かしてしまった椅子を戻し、ゆっくりと着席しながらクレインくんが訊ねる。

 

「そうだなー……出会いかたが特殊っていうのもあっただろうけど、接しかたがよかったんだろうな。真摯で、誠実に、相手の気持ちを考えていた。あ、もちろん俺じゃなくてユーノがな」

 

自慢ではないが、俺のコミュニケーション能力は飛行魔法の魔力適性と同じか、下手をすればそれ以下である。初対面の人と会話するだけでやっとなくらい、仲良くなるなんて困難を極める。

 

その点ユーノは明るく邪気のない笑顔で喋るので、自然と相手の精神的な壁を切り崩していく。今回だって、ユーノが間に入ってくれていなければ同じ部隊の人たちとこうまで打ち解けるなんてできなかっただろう。

 

期せずして、ユーノとクロノの心配が的を射ていた。

 

「……喧嘩など、しなかったんですか?」

 

「喧嘩……喧嘩か。それはなかったかもな。俺が一方的に注意されることはあったけど。その注意も、俺が無茶なことするから注意されてただけで」

 

「そう、ですか……」

 

俺が答えても、クレインくんの表情は暗い。

 

クレインくんが何を俺から訊こうとしているのかが、ようやくわかってきた気がする。

 

「アサレアちゃんのこと、か?」

 

「えっ?!な、なんで……」

 

「当たりか。今日一日だけでもいろいろ見てたからな」

 

俺とユーノの、まるで本当の兄弟みたいな関係から得る物がないか探しているのだ。良好とはとても言えないクレインくんとアサレアちゃんの兄妹関係。アサレアちゃんと接するにあたって良い方法がないかを模索している。

 

俺としても、これ以上ウィルキンソン兄妹の険悪なやり取りは見たくない。かといってあまり踏み込みすぎるのは禁物だし、どちらか一方の肩を持つのも避けるべきだが、それでも悩んでいるクレインくんの相談に乗るくらいは構わないだろう。

 

「……家の中や、ぼくだけにあんな態度なら構わなかったんですけど、周りの人にまでとんでもない言動をするので……どうにかしないといけないと思い……。学校でもあの調子なので敵を作りやすいんです。以前には物置小屋に閉じ込められたりもして……」

 

「それは……穏やかな話じゃないな。アサレアちゃんは無事だったのか?」

 

「大泣きしていたので無事かどうかは微妙なところですけど……まあ、はい。時間はかかってしまいましたけど見つけることはできました。アサレアは性格には難がありますけど、男子には人気があるので、同性のクラスメイトに妬まれていたみたいです。その子たちと一度ちゃんと話しました」

 

「たしかにあの外見だもんな。同級生の男子が言い寄るのも納得だ」

 

アサレアちゃんの場合、つんけんしている外見と、それに見合った性格をしていることこそがポイントが高い。ここまで外と内で釣り合っている人物は、そうはいまい。

 

というかアサレアちゃんを閉じ込めた女の子たちと話したのか。クレインくんは、手をつけたら最後の最後まで突き詰めるタイプのようだ。

 

「閉じ込められた、っていうのは一番大きな事件でしたけど、それ以外にもクラスメイトと小さな衝突はしていたようで……どうにかしたいとは思うんですけど……。性格を直せとまではいきませんが、わざわざ敵を作るような言動を取らないようにしてほしいんです。けど……アサレアは年上だろうが同い年だろうが年下だろうが不遜な態度で……」

 

「いくらそれがアサレアちゃんの個性って言っても、さすがに限度があるか……。アサレアちゃんの性格は集団行動に支障が出かねないもんなあ……」

 

「ランさんにもそうですが、特に逢坂さんには失礼なことをたくさんしていますから……申し訳なくて……」

 

「顔合わせの時とかも結構辛辣だったしな。俺はあんまり気にしてなかったけど」

 

その顔合わせの際には俺が話しかけにいったせいで、まるで俺が年少者をいじめる悪者みたいな構図になっていた。

 

クレインくんは喉を潤すように、支給されていたミネラルウォーターに口をつける。

 

「もう随分長く、アサレアとは仲が悪いんです。自分では原因もわからなくて……」

 

手を組んで、クレインくんは視線を落とした。

 

そんな少年(クレインくん)と、遠くで未だにランちゃんにからかわれて騒いでいる少女(アサレアちゃん)を見比べる。

 

髪の色や魔力色や顔の作りなど似通った部分も多く散見されるが、どうにもこの兄妹は対照的だ。

 

品行方正で生真面目なクレインくんと、傍若無人で小生意気なアサレアちゃん。外だけでなく、家庭内、というか身内相手にも振る舞いがそう変わらないのであれば、理由には見当がつく。

 

兄妹間の不和の原因としては、よくある話だ。

 

「クレインくんは、勉強とかできるほうか?」

 

どう言うべきか迷うように目線を彷徨(さまよ)わせて、照れるようにたれ目がちな瞳を細めた。

 

「え、まあ……はい。あまり率先して前に出ることができず、友だちも少なかったので……勉強や家の手伝いをするくらいしかやることがありませんでしたので……」

 

なんだか急にこの子に親近感が湧いてきた。友だちが少ないとか、家の手伝いをしていたとか、俺とめちゃくちゃかぶるんだけど。

 

俺との共通項はともあれ、クレインくんは有力な情報を教えてくれた。ほぼこの線で確実だろう。

 

「きっと、アサレアちゃんはクレインくんと比べられてきたんだと思う」

 

自発的に勉強もして、率先して家のお手伝いもして、しかも無闇に騒いだりもせず落ち着いていて手のかからない模範的な良い子。それがクレインくんのイメージだ。

 

対してアサレアちゃんは、内心はどうあれ初見では横柄で横暴な、小さな暴君だ。勉強やら普段の生活態度までは知らないが、彼女を見る限りクレインくんほど落ち着いているなんてことはないだろう。

 

仮にアサレアちゃんが注意されて、一時的にでも反省してお勉強やお手伝いをしても、クレインくんと比較されれば分が悪い。周りから、ちゃんとやってない、と評価されることも少なくはなかったことだろう。

 

だからこその、アサレアちゃんのクレインくんに対する跳ね除けるような反応だ。見た目からしてクレインくんとアサレアちゃんは歳が近そうだし、親や身近な人たちからクレインくんと比較されて小言を言われ続けてきたのだと、容易に推測できる。

 

「それが長いこと続いて、アサレアちゃんは比べられることが嫌になっちゃったんだろうな。だからクレインくんの助言や気遣いに反発するんだろうよ。『一人でできる、わたしはできる』ってな」

 

これは、アサレアちゃんが特別悪いわけじゃない。そのくらいの年齢なら、特に意味も理由もないのに反抗心が芽生えることもある。

 

この兄妹の周りの人たちもそうだ。手のかかる子ほど可愛いとも言う。本気でアサレアちゃんのことを煙たがって説教していたわけではなかったろう。

 

しかし、周囲の様々な人から異口同音に言われてしまえば、アサレアちゃんも理解はできても承服しかねるところが出てくる。それが積み重なって、今に至ってしまったのだ。

 

「ぼくと、比較されて……。思えば、親戚の集まりとかだと、とくに機嫌が悪かったりしました……」

 

「そういう可能性もあるってだけだぞ。本当のところはアサレアちゃん本人にしかわからないんだしな」

 

「…………」

 

クレインくんは、ふたたび顔を伏せた。組んでいる手には、力が入っているように見える。

 

俺の言い方も悪かったのだが、それにしたって深く思い込みすぎである。この子は、本当に優しくて、本当に妹思いのようだ。

 

「仮に俺の考えが正しかったのだとしても、クレインくんが悪いわけじゃないんだからな。ちょっとした勘違いとすれ違いがあっただけだ。お互いにその感情のずれを理解できれば、仲違いも解消できる。深く気にしすぎんな」

 

「わわっ……」

 

目を伏せてしまっているクレインくんの頭をくしゃくしゃっと荒めに撫でる。

 

この子は悩み事を一人で抱え込んでしまうタイプなのだろう。この兄妹のさらにお兄ちゃんのレイジさんがいれば相談もできたろうに、そのお兄ちゃんはアースラで休みなく(比喩ではなく実際に最近は休みがなかった)働いているので、相談する相手がいなかったのだ。

 

こういう生真面目な子を、俺は何人か知っている。

 

とくにクレインくんは、以前のユーノとどこか印象がだぶるからか、どうにも放っておけない。今のユーノは誰に似たのか随分したたかになってきているが。

 

「アサレアちゃんが自分の周囲の人たちに意識を向けられるほど余裕ができれば、クレインくんの優しさにも気づく時がくる。考えすぎて抱え込む前に、誰かに相談しろよ?なんなら俺でもいい。頼りになるともアドバイスできるとも言えないけど、話くらいなら聞けるんだからな」

 

おそらく俺に相談するより、ランちゃんに相談したほうが有力な助言をもらえると思うけれど。

 

俺が乱暴に撫でてくしゃくしゃになった頭のまま、クレインくんは穏やかに微笑んだ。悩みがすべて解消されたわけではないが、どこか憑き物が落ちたような表情だった。

 

「……レイジ兄さんとは違いますけど、逢坂さんはどこかお兄さん、という感じがします……。スクライアさんが逢坂さんをお兄さんと呼んで慕っている気持ちが、すこしわかった気がしました」

 

「……ユーノは勝手に俺のことをそう呼ぶようになった気がするけど……。俺の兄弟は姉しかいないんだけどな」

 

「逢坂さんもお姉さんがいるんですね。ぼくのところも四つ上に姉がいます」

 

「クレインくんのところは兄弟多いんだな。兄、姉、妹……クレインくんはちょうど中間か」

 

「ちなみにぼくの三つ下に弟が、五つ下に妹がいます。ぼくとアサレアは双子なので、中間なのはアサレアもですね」

 

「双子だったのかよ!それはまあ……比べられることも多くなるよな……」

 

兄弟というだけで比較対象にされる機会は多かろうに、それが双子ともなればより一層だろう。アサレアちゃんが反抗期に片足突っ込んじゃうのも納得である。それはプチグレちゃってもいい。

 

クレインくんとの相談が雑談に移行し始めて数分した頃だった。

 

「この部隊の指揮官はいるか?」

 

バッ、と勢いよく天幕が開かれた。

 

出入り口に目を向ければ、知らない顔の隊員が立っている。顔を見たことがないということは同じ部隊ではない。

 

視線を服装に下げると管理局の制服で、小綺麗なままだった。この時点で、この隊員さんがどういう仕事をしているかは大体わかる。なにせ、前線に出ていた隊員は全員もれなく薄汚れてしまっているのだから。

 

「いいえ、おりませんわ。隊長さんなら治療用テントの方で休んでいらっしゃるかと」

 

この部隊の天幕にやってきた隊員さんからの問いには、ランちゃんが答えた。驚くことに、隊長さんが撃墜されてしまったこの部隊の中ではランちゃんが最年長者なのだ。平均年齢若いな、この部隊。

 

誰が答えるべきなのか迷っていたので、ランちゃんが前に出てくれて助かった。

 

返答を受けた隊員さんは、後頭部をがりがりと掻く。

 

「ここもか……」

 

不穏なワードを耳が捉えてしまった。

 

「何かご用でもありましたか?」

 

「いや、部隊長を招集して以後の会議をするところだったのだが……多くの部隊で隊長格が墜とされていてな。……ミーティングもままならん」

 

「…………」

 

俺たちの部隊。そして俺たちの部隊が救援に入った部隊でも、隊長さんが撃墜されていた。部隊の頭を潰すのは定石とはいえ、ほかの部隊でも同様となると、少々不自然さが目立つ。

 

俺たちの部隊は隊長さんを除いて嘱託魔導師か、『海』所属の新米魔導師で編成されている。一見して服装の違いがわかるので、隊長さんを特に狙うのは、まま可能だし理解できないことはない。

 

だが、ほかの部隊は『陸』に所属している魔導師だ。徽章の差異は当然あるだろうが、離れた位置では確認は難しいはず。

 

この街の生存者捜索作業中に、隠れて隊長格の割り出しを行なっていたのだろうか。

 

「負傷した隊長格は救護用テントに搬送されているため、満足に報告も行われていないのだ。このままでは我らが置かれている状況の把握すら進まない。まったく、嘆かわしいことだ」

 

部隊長は撃墜され、その上司令部も襲撃を受けた。司令部にいたお歴々も負傷していれば、指揮系統も崩れているだろう。現在の統制はどうなっていることやら。

 

「そこで、だ。背に腹はかえられないので、各部隊に所属している人間を部隊長の代理として挿げ替えることとした。代理を立てて、形ばかりとはいえ会議を執り行うこととなる」

 

あ、嫌な予感がする。

 

「この中に適任者はいるか?この際、自薦でも他薦でも構わない。時間もあまり残されていないことだからな」

 

隊員さんが天幕の中にいる人間を全員に聞こえるように言うと、ざっ、と音を立てて、十を超える瞳が一斉に俺を見た。

 

その光景は一種のホラーである。

 

「その役目は、徹ちゃん以外にいないわね」

 

「逢坂さんが適任です。よろしくお願いします」

 

「隊長が生きてた時からわたしたちに命令してたし、あんたしかいないわ」

 

「うわ、うわぁ……」

 

仲間たちからの期待の眼差しが痛い。

 

これはあれだ、クラスの委員長を決める時みたいなそんな空気だ。自分以外なら誰でもいい的なあれだ。でなければ俺みたいな、思考と言動に難がある危険人物を推薦するわけがない。

 

「ていうかアサレアちゃん、まだ隊長さんは死んではいない。それに俺は命令していない。……はぁ、本当に俺でいいのか?」

 

溜息をこぼしつつ、周りを見渡しながら問い掛ける。みながみな、こくこくと頷く。異議を唱える者はいなかった。

 

この雰囲気の中、嫌だ、などと拒否することはさすがに(はばか)られた。まあ俺としても結果を残すチャンスを貰えるのはありがたいことだ。なんせ、エリーとあかねの身がかかっているのだから。

 

椅子から立ち上がり、出入り口へと足を向ける。

 

「それでは、みんなからの推薦ということで俺になりました。逢坂徹といいます。よろしくお願いします」

 

「ああ、奮戦を期待する。それでは向かおうか」

 

「すいません、その前に……会議に出席する人数って一人でなければいけないんですか?」

 

「原則一人だが、報告に必要とあれば二人でも構わない。そもそも今回の場合は異例づくめの緊急措置だからな」

 

「それなら……ランちゃん」

 

「はぁい。何かしら、徹ちゃん?」

 

俺は無意味に(しな)を作るランちゃんにお願いをする。

 

「ランちゃんも一緒についてきてくれ」

 

「いいわよん。一番年上なのに何もしないっていうのもどうかと思ってたところなの」

 

「助かるよ」

 

「もう、構わないわよ」

 

ランちゃんは二つ返事で了承してくれた。

 

さあ行こうかという段になったのだが、俺の時には何も言わなかったのにここにきて一人、異議を申し立てる人物が現れた。

 

「だからっ、なんでランドルフなのよ!付き添いならわたしでもいいでしょっ!?」

 

アサレアちゃんだ。

 

何が不服なのか、とってもお怒りだ。こういう面倒なことは嫌いかと思っていたのだが。

 

と、ここでふと、彼女が放っていた言葉を思い出した。

 

アサレアちゃんは目立たなければいけないのだった。

 

活躍し、成果を残し、認められなければならないのだと、顔合わせの際にわざわざ大声でそう宣誓していた。

 

自分の優秀さを知らしめる機会を奪われたとあっては、アサレアちゃんも黙っていられなかったのだろう。

 

それなら部隊長代理を立てる際にでも立候補すればよかったのに、と思わなくもない。アサレアちゃんの自薦がみんなに認められるかどうかは置いといて。

 

「こればっかりはごめんな、アサレアちゃん。ランちゃんじゃないとだめなんだよ」

 

「なんでよっ!わたしじゃ頼りないって言うの?!そんなにわたしには魅力がないってのかぁっ?!」

 

「魅力って、一体なんの話をしてるんだ……?」

 

「徹ちゃん、ごめんね。ちょっと待っててちょうだい」

 

話の流れを完全に見失っている俺に、ランちゃんが助け舟を出してくれた。

 

なにやら(たか)ぶっている、というか荒ぶっているアサレアちゃんを鎮めるように、ランちゃんは落ち着いた声音でゆっくりと説明を始める。

 

「お嬢ちゃん、私と徹ちゃんはこれから報告と会議に行くのよ。わかってる?」

 

「わかってるわよっ!だから、その付き添いならわたしでもいいでしょって言ってるのっ!」

 

「あのね、お嬢ちゃん。私の役目は『付き添い』じゃなくて『報告』なのよ?」

 

「だからわかってるって……ん?報告?んー?……まぁいいわよ!ならその報告もわたしがやればいいだけのことじゃない!」

 

もうだいぶアサレアちゃんの思考能力はしっちゃかめっちゃかなことになっているようだ。

 

アサレアちゃんの後ろで、痴態を演じている妹を見てクレインくんが恥ずかしそうに縮こまっている。普段からこれではお兄ちゃんは大変だな。

 

「ふぅ……。最初の広場での戦闘しかり、待ち伏せにあった街中での戦闘しかり、徹ちゃんと私は別行動していたの。憶えているかしら?」

 

「そういえば……広場の戦いの時、ランドルフの姿を見てない……かも」

 

「視点が違うと得られる情報も変わってくるから、徹ちゃんは私を連れて行くことにしたのよ。とくに街中では私はずっと上空、徹ちゃんはずっと地上で動いていた。徹ちゃんにしか見えないものがあると同時に、私にしか見えないものもある。だから徹ちゃんは報告の場に私を同行させようとしているの。……それ以上の意味も、感情もないのよ」

 

「…………」

 

理路整然としたランちゃんの説明だったが、最後の方はアサレアちゃんに耳打ちするような形だった。小さく聞こえてきてはいたが、聞き取れなかった部分もあるのかよく意味はわからなかった。

 

アサレアちゃんは黙りこくって顔を伏せる。

 

「お嬢ちゃんはもう少し感情の発露をコントロールするべきね」

 

そんなアサレアちゃんに、ランちゃんは一言忠告を付け加えた。

 

「は、はぁっ?!なんあなになにがっ、なんの話をしてるかわからないわよ!?」

 

「想いが真っ直ぐなのはいいことだけど、時と場を選ぶことも大事なのよねぇ」

 

「うるるすうるさい!わかったからっ、早くいけぇ!」

 

アサレアちゃんの甲高い声に背中を押されて俺とランちゃんは天幕を出る。隊長代理を呼びに来ていた隊員さんはすでに出ていた。

 

結果的に待たせることになってしまったのでお叱りを(たまわ)るのではと戦々恐々だったが、意外にも怒られることはなかった。どころか、かすかに微笑んですらいた。

 

その笑みの真意を探ろうにも、この隊員さんの人柄を俺は知らなさすぎる。あまり迂闊なことはできないし、口にもできない。

 

「君たちの隊は、随分友好的な関係が築けているな」

 

隊員さんのこの発言も、ウィットに富んだ皮肉なのか、はたまた本音なのか判断がつかない。

 

なのでとりあえず当たり障りのない返答でお茶を濁すこととする。

 

「いえ……。時間がかかってしまってすいません」

 

「構わない。時間がかかったと言うが、他の部隊と比べればまだ早かった方なのだ」

 

「そういえば違う部隊も隊長格が……。そちらも他薦で選んだんですか?」

 

眉間に皺を刻みながら、隊員さんは首を横に振った。どこか疲れているような印象だった。

 

「いや……このチャンスを逃してはならないとばかりに、自分が自分が、とな……」

 

「代理であっても部隊長ですものねぇ。評定に影響があると値踏みして、立候補している、と」

 

「…………」

 

「現状を打破できる人物を選ぼうともせず、この作戦が終わった後の事ばかりを計算している。部隊長として隊を率いて任務の遂行に貢献した、という評価が欲しいのだよ、彼らは。前任者が敵の攻撃により負傷したために自分たちにお鉢が回ってきたのだということを、まるで理解していない。事ここに至っても未だに相手を軽んじているようだ」

 

「隊長さんも、そんなところがありました。敵の能力を確認する前から侮ってたり、出世に飢えているような……」

 

「我々は名高い時空管理局なのだからごろつき風情に遅れを取るわけがない、相手は時空管理局という強大な組織に歯向かう愚か者だ……そういったエリート意識だけが肥大しているのだよ。強大なのは時空管理局という組織と、一部のエースと呼ばれる魔導師であって、局員個々人ではないというのにな」

 

この人の言い方はとても手厳しいものだが、そう言われて納得できた部分もあった。隊長の潜在意識にそういった認識が根付いているのであれば、敵戦力に対する異常な軽視も理解できる。

 

理解した上で、その考え方は間違っているとも、断言できるけれど。

 

「だがどれだけ自意識が高くとも、結局は『陸』の局員だ。昇進するスピードは『海』の局員とは全く違う。自身のプライドを慰めるために、無闇に相手を扱き下ろし、だからこそ地位や役職に固執する。……出世するために努力するということ自体を否定はしないが、そのやり方が、努力する方向性が正しくない」

 

「…………」

 

全く嘆かわしい、と隊員さんは眉間の皺を深くしながら(かぶり)を振った。

 

この隊員さんがどういった役職に就いているのか知らないが、どうやら相当どろどろとした出世競争の現場を目撃してきているらしい。

 

口をついて出てこようとしている素直な言葉のままでは後々問題になりかねないので、俺は沈黙を選んだ。

 

「昔からそういった傾向はありますわね。こう言っては何ですけれど、『陸』に入りたくて時空管理局に入局した魔導師は少ないでしょうし、『海』の局員に対する羨望、あるいは嫉妬は、強いのでしょうね」

 

口を閉ざす俺の代わりにランちゃんが開いた。

 

「大多数はそうだろうな。()く言う私もそうであった。それほどの魅力がある。厳しいが華やかで、責任があり、人々からの賞賛も得られる。厳しい職務の結果として、昇進も早く、給与も良い。どこに魅力を感じるかは人によってそれぞれ違うだろうが、『陸』にはない魅力があるのは確かだ」

 

もっとも、その『海』に配属されるのは才のある一部の魔導師で、目覚しい活躍を残せるのはさらにその中の一握りであるが。

 

そう隊員さんは締め括った。どこか自虐的な色を滲ませていたように思ったのは、おそらく気のせいではない。

 

『海』の人間を羨ましく思う『陸』の隊員さんたちの気持ちは、俺にもわかる。きっと俺が抱いていた感情と同じものなのだろう。

 

魔法適性。生まれ持っての素質。才能。

 

本人の努力では太刀打ちできない部分で線を引かれる。頑張ったところで覆すことができない抗いようのなさは、諦念にも通じる。

 

その気持ちは、痛いほど、わかる。

 

「……詮無きことだがな。おっと、雑談が過ぎてしまったな」

 

ふと、隊員さんは前を見やる。

 

そこには見覚えのない天幕があった。

 

距離的には司令部があった場所なのだが、この土地に到着したばかりの時に張られていた大きい天幕とは外観が変わっている。司令部は少数精鋭の敵魔導師に強襲されたと言っていたので、その際に天幕も破損してしまったのかもしれない。今張られているものはその代わりの天幕なのだろう。

 

「着いてしまったな。君たちとはもう少し踏み込んだ話をしたかったのだが、まあ良い。君たちの為人(ひととなり)を知ることが出来たのは収穫だ」

 

隊員さんはそう言って天幕の出入り口を開いて入るよう促した。

 

「すいません、ありがとうございます。失礼します」

 

「痛み入りますわ」

 

若輩に気を遣ってくれた隊員さんに一礼し、中に入る。

 

「構わないさ。なにせ……これから君たちには、大変な苦労を背負わせてしまうことになるだろうからな」

 

入る際、隊員さんが不穏な台詞を呟いた。

 

 

 

 


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