緋弾のアリア~裏方にいきたい男の物語~   作:蒼海空河

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遅くなってすいません。
悩み過ぎるとなかなか文章が進まないものですね……。


侍と貴族と巫女

 ――かーごーめぇ、かーごーめぇ――

 何処かで聞こえる少女の唄。

 朝に昼に夕焼けに。森に囲まれ、社にこもり、巫女は巫女と共に有る。

 隠れた二つの雪は見えず、風は流れに身を任せ、粉はハラハラ白積もり、華は器用ならずも皆を慕う。

 その中心には棘を纏い、気丈に振舞う、星伽の白薔薇。一目見れば幸せ其のもの。

 なれど寄りそう星伽の巫女は、しきたり、因習、伝統と。飛べる術を知らず識らず詩り得ない。

 飛ぶ術知らぬ、鳥は飛べない。其れは籠の中と変わりない。鳥すら飛べぬ世界の中で、翼を持たぬ乙女は出れぬ。

 いついついつもこの時も。見えぬ格子(こうし)は日差しを通し、巫女は捕らえて通さない。

 だけど、それでも、いつだって。

 御伽の王子は唐突に。姫の心を救わんと。やってくるのが世の常か。

 

「こんなつまらない場所にいないで、外に行こうぜ――――しらゆき!」

「あなたといっしょならどこまでもついていきます――――キンちゃん」

 

 夜空に華が咲く季節。ミンミンゼミは彼らを送る。

 闇夜の森を駆け回り、祝福するは赤青緑、宵の華。

 白魚の手に、重ねられたは幼き侍。侍ならば鎖も断てよう。

 少女の心は救われた――――――――――だからこそ、引けぬ想いと惹かれる想いは緋色に染まって恋焦がれる。

 

いつまでも(・・・・・)おそばにおつかえさせてくださいね、キンちゃん♪」

 

 心の鳥は、(おうじ)の中で飛び立たぬ――

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 

 熱したフライパンに入れたオリーブ油をひく。

 サイコロステーキをのせるとジュウッと油が撥ねて肉の焼ける匂い漂う。

 薄くスライスしたニンニクを入れて塩コショウを振りかける。

 ガツンと鼻を通り抜けるパンチの効いた香りが宙へと踊りだす。まるで焼き肉屋の店内だ。換気扇の処理を超えた煙はなかなか凄いモノがある。火事のセンサーは念のためカバーしてたり。意味ねえなこれ。まあとにかく。

 この濃厚な香りだけで唾液が溢れ、夕飯に期待感が増すってものだ。

 やはりお肉最高! アニメ的なでっかいステーキは買えないけど、半額セールをやっていたから丁度よかった。 

 肉をひっくり返して満遍なく火を通す……ちょっと油を少なくし過ぎたかな?

 隅っこの肉がフライパンにへばりついている。もう一度、油を足そうとオリーブ油の容器を手に取ったとき、

 ぴん……ぽぉ~ん

 相変わらず変に間延びした呼び鈴の音が室内に木霊した。

 あちゃ、誰かきたのか。とりあえず火を止めてっと。

 急いで玄関へと向かう。

 ……あ、油を持ってっても意味ねえじゃん。まあいいや。

 

「はいは~い、どなたですガッ!?」

 

 足に衝撃。

 ギャアアアッ!? あ・し・の……小指がァァァァッ!

 拳銃の弾を保管している木棚に直撃、して!

 更に不運だったのが、棚の上には剥き出しの非殺傷弾やこの前もらった武偵弾を適当に置いていたこと。

 バラバラバラバラァ!

 衝撃で床に一面にばら撒かれてる。

 俺は痛みでケンケンパの片足状態。つまり。

 ズルリ

 すっ転ぶ。丸みを帯びた円柱状の弾丸のせいで。それはもう盛大に足を取られ倒れる。ポーンと手の中のオリーブ油が宙を舞っていた。

 

「ぶっはぁ!? いっっった~~~~っ! 何だよこのコントみたいな流れは――」

 

 そのとき不穏な音が玄関の方から聞こえてきた。

 べちょっ

 ……べちょ? べちょっとなんだよ。

 恐る恐る顔を上げて見てみると、キャップの外れた油が通路や壁に四散していた。

 それだけども嫌だったのだが、容器が逆さまの状態で犬神スタイル(足は無いけど)を取っている。

 靴の上で。ドクドクとマイシューズの中に、油が、流れ込んで。

 

「ちょい待てよもーーーっ!?」

 

 何で玄関に行くだけでこんな大惨事に発展するんだよ……。発展するのは懐の経済と男女仲だけにしてくれ……。

 あとの掃除を思うと泣きたくなる光景だった。

 もし呼び鈴を鳴らした相手がキンジなら愚痴の一つでもこぼしてやる!

 そう思いながら扉を開けるとそこにいたのは、

 

「……白雪さん?」

「あ、大石さんこんばんわ。そちらにキンちゃんはいらっしゃいませんか? お部屋に居なくて」

 

 愚痴は却下。女子に文句は言えません。

 緋袴に長い黒髪に白リボン。雄大な二つの富士山をお持ちでいらっしゃる女性――白雪さんだった。

 

 彼女は「んしょっ」と言いながら手に持っていた白袋を降ろす。

 中から覗かせるのはブロック肉や玉ねぎ、カレーのルゥ……カレーだな。

 たぶんキンジのために買ってきたものだろう。相変わらず人生の勝利者街道まっしぐらな男だ。武藤の血涙が目に浮かぶよ。

 たまにキンジが遊びにやってくることもあるから白雪さんがこっちの部屋に来たんだろうけど……学校で別れたままだったので、どこをフラついているから知らない。

 

「悪い、キンジとは学校で別れたまんまだから判らないんだ。ごめん」

「そうですか……。大丈夫かなキンちゃん。この前のチャリジャック犯も捕まってないし」

 

 あー……あれはシャレになってないもんな。俺だって一歩間違えれば、あの世で母さんや父さんに説教されてたかもしれない。他人事じゃないんだ。

 心配そうに瞼を下げる白雪さん。大切な幼馴染がついこの間、危険な目に遭って今日もどこにいるか判らないとなっちゃ彼女も気が気でないのだろう。

 美少女の悲しみはできるだけ解消するように努めるのも男の仕事ってもんだ。そうじゃなくとも、知り合って長いのだし手助けしたい。

 不安材料だけでも取り除ければいんだけど……。あぁ、そういや別の人がいるじゃないか。

 

「あ、でも今は大丈夫だと思う。たぶんだけど。今日はキンジの近くに心強い仲間が一緒にいるはずだから」

「仲間ですか? 武藤さんや不知火さんですか?」

「いや最近知り合ったアリアって女の子。ちっこくて可愛いんだよなー」

「………………それ、詳しくお教えいただけますか。微に入り細に入り、一から十まで、ふふ、ふふふふふ」

「お、おう、別にいいけど」

 

 な、なんか笑顔なのに目が笑ってない気がするのはなぜだろう?

 背後にゴゴゴって擬音が視覚的に出てきそうな、妙なプレッシャーが……いや白雪さんに限ってあるわけないか。清楚な大和撫子を地で行く人だし。

 彼女からすれば、見たことも聞いたこともない人がキンジの近くにいるから安心だと言っても信用できるかは別だろう。

 見知らぬボディーガードより、顔の知れた友人や家族の方が、感情面では大丈夫だって思うのと同じ。

 ならば俺がその不安や心配事を無くせるようにアリアさんのことを売り込んであげよう。

 無論、彼女に感謝されたらいいなーという下心付きでだけど。

 

「なんか心配そうだけどキンジに危険はないと思うぜ。なんてったって、爆弾事件でキンジを助けたのがアリアさんなんだから。キンジにとっちゃ命の恩人なんだし、一緒に行動してるくらい普通じゃないか? 御礼とかしてるのかもしれん」

「お、御礼……私だって滅多に褒められないのに……で、でもキンちゃんが大怪我したら嫌だし……ここは夫の無事を喜ぶ妻としての姿を見せた方がいいかな……」

 

 お、少しだけ威圧感が失せたかも。ちょっと俯き加減にぶつぶつ呟く姿は微妙に怖いけど……。

 ……よし! もう少しアリアさんが凄いってアピールしよう。そうすれば白雪さんも安心できるはず!

 

「キンジを助けるときとか凄かったよ。パラシュートで一気に降下してきてさ。爆弾付き自転車を漕いでたキンジを、小さな身体なのにぎゅっと離さないようにしっかり抱きしめて助け出したり――」

「ぎゅ、ぎゅっと!? 抱きしめて!? そそそんな羨ま……じゃなくて嬉し……でもなくて、と、とにかくやってたんですかっ!?」

「あ、ああそうだけど」

「ほほほ他には何かあるかな? かな?」

「え? ええっと、朝一緒に部屋から出てきて――」

 

 ――熱心に朝から事件について調査するアリアさんなら信用できるよ、といいたかったのだが、肩を震わせながらこちらの声が聞こえていないようだった。

 

「同じ部屋……あ、朝帰り……? キンちゃんに……泥棒猫が…………ふ、ふふふふふふふふふふ♪ お、追い払わなきゃ。まずはキンちゃんに仕掛けた愛妻ちゃん三号機(という名の発信機)を頼りに……きっとそこに盛った野良ネコもいるはず。うふ、うふふふふふふふふ……」

「ええっと、あの白雪さん……な、なにか気に障ったことでもありましたでしょうか?」

 

 ゴゴゴの次はオドロオドロしい雰囲気に押されて、思わず変な丁寧語で喋ってしまった。

 両手をゾンビみたいにぶらんとさせて、静かに笑う白雪さんが少しホラ―チックに見えてきたのは見間違いでしょうか……?

 綺麗なのが余計に凄みがあるというか……でも、こちらを見上げるとニコッといつもの笑顔を向けてくれた。

 なぜか最初と微妙に違う気がするけど、気のせい、か?

 

「大石さんありがとうございます……私も幼馴染として……その雌――アリアさんにたっぷり御礼参り(おれい)したいので……ちょっと行ってきます」

「ああ、うん。行ってらっしゃい?」

「はい、それでは……失礼致しますね……」

 

 そのままヒタヒタと足音も聞こえないほど小さな足取りで階段へと向かい、姿が見えなくなった。

 

「あ、袋置いていっちゃってるけど、そんなに急ぎだったんかな? ……とりあえずキンジの部屋の前に置いておくか。まだ四月だし、野菜も痛まないだろう。あーーーそれより、油の掃除がメンドーだなぁ……」

 

 白雪さんのことは気になるけど、まあアリアさんのことはある程度、説明できたと思うし大丈夫だろう。

 それより後ろの目も覆いたくなる惨状を思い出し、気が滅入ったまま、洗剤を取りに室内へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 

 そして愛という名の科学の力によってキンジたちを発見した白雪は、隣に居たツインテールの少女を即座に敵だと判断し、刀を抜く。

 白雪は担ぐように持った刀をアリアの肩口から斜めに袈裟斬りを行う。

 問答無用の攻撃。全ては囚われの王子様(キンジ)性悪な雌猫魔女(アリア)から取り戻すために。

 触れれば頭と胴が永遠にサヨナラしそうな一撃に、アリアは小柄な体躯を生かしてしゃがみながら横っ跳びで距離を取る。白刃が目の前を通り過ぎ、ひやりと背筋が凍る。

 

「キンジ、なんなのよコイツはぁッ!? わひゃッ!」

「悪霊退散、煩悩退散、雌猫退散ァーーンっ!」

 

 空気を切り裂く音が耳元を掠める。

 悲鳴混じりのアリアの声に、一時硬直していたキンジの意識が戻り、幼馴染を止めようと声をあげる。

 

「し、白雪、ストップ! ストップだっ! これはだな――!」

「大丈夫だよキンちゃん! そこの淫乱ピンクに騙されてるんでしょっ! 私が今助けるからねっ!」

 

 絶対正義であるはずのキンジの言葉も届かない。悪い女に騙されているのだと脳内補完していた。実のところ彼女の暴走は一度や二度ではない。

 キンジはモテる。本人は気付いていないが女子たちの評判は高い。

 鋭く冷たい目つきに猥談に興じる下世話な男子たちと違い、下心の無い視線。

 女子は相手の視線に敏感だ。特に胸を見ているかどうかはすぐに察する。

 本人はヒステリアモードにならないためにという理由でも、周囲の女子はぶっきらぼうだが紳士的な態度と捉え好反応だ。更に天然ジゴロな発言も飛び出すことがある。不知火と並んで人気があるのも仕方がなかった。

 白雪からすればたまったものではない。なので度々暴走しては物理的に排除することも多かった。

 

 常人ならいきすぎた行為。しかし良くも悪くも彼女は純粋だった。

 彼女の実家、星伽神社は古来より長く続いている名家中の名家。宮内庁とも繋がりのある特殊な家系。

 その家の長女である彼女は英才教育が施されている。無論、淑女としての教育も。

 生涯ただ一人の男性を愛し、共にあり続けるべし。

 その対象はもちろんキンジだ。幼き頃、かごのとり同然だった彼女を花火大会に連れ出したことが切っ掛けで淡い恋心を胸に秘めたまま、今でもなお彼だけを見つめていた。

 高校で再会して以降はほぼ毎日、炊事洗濯掃除とお世話してきた。

 殿方の心を掴むためにはまず胃袋から――そんなちょっぴり腹黒な思惑も胸に抱いたままやってきている。

 ポッと出の(アリア)に奪われるなど論外だった。

 

「天誅天誅天誅天誅天誅ぅーーーっ!」

「わひゃ!?(速い! ここま接近されると不用意に拳銃も抜けないっ)」

 

 さしものSランク武偵であるアリアも、同じ武偵高の生徒からの奇襲にたじたじだった。

 剣術の心得がある白雪の白刃が幾重にも重なり、蜘蛛の巣のような線を作りだす。

 振るわれた刀がアリアの前髪を数本ほど剪定した。ボンサイと違い、こちらは根元から叩きおる勢いだが。

 割って入るには激し過ぎる。キンジは止めるタイミングを窺いつつ、再度静止するために声をかける。

 

「なにやってるんだ! 白雪やめろって! そいつは敵じゃないっ!」

「大丈夫っ、だからっ、キンちゃんはっ、助けるっ、から!」

「こっちっ、は全然っ、安全じゃないっ、んだけっ、どっ!」

 

 お互い短く息を吐きながら一方的な攻撃にスカートがめくれるのも気にせずに回避していく。

 袈裟斬り、逆袈裟、水平斬りに反転して逆水平、兜割り。

 防弾制服なら多少の刃程度は防げる。白雪も判っているのか制服しか狙わない……たまに頭を狙っている風にも見えるが。

 どのみち服のうえでも直撃すれば骨折は免れない。

 拳銃を取り出そうにも当たれば大怪我必至。白雪が真上から真下に振り下ろした攻撃を避けたアリア。

 背中に隠し持っていた二本の小太刀を素早く抜きはらいクロスさせると白雪が即座に攻撃する。

 ガキィンッッッ!!

 LED式小型街灯が照らすなか、オレンジ色の火花が少女たちを彩った。

 動きが止まったところを見計らい、キンジが白雪を後ろから羽交い締めにする。

 

「いいかげんにしろ白雪! 怪我でもしたらどうするんだ!」

「ぁっ……。す、すみませんッ、キンちゃん様!」

「……つ、疲れた……」

 

 アリアはバックステップで刀の攻撃圏外へ逃れるとへなへなとしゃがむ。

 今まで経験したどの犯罪者とも違う鬼気迫るプレッシャーで精神的に疲れていた。戦妹のあかりの友人となぜか同種の気配を感じる。

 大和撫子ってこういう人種ばかりなのかしら、と頭の片隅で思っていた。

 

 白雪の方はというと、怒気を孕んだキンジの声でようやく正気に戻り、アリアに背を向けながらちょこんと地べたに正座している。

 彼に触れられた肩をそっと撫でながら両頬が朱色に染まっていく。泥棒猫(アリア)に見せていた般若の形相とうって変わって、乙女の顔そのものだった。

 なにか期待するような瞳でキンジを見上げるが、日本人離れした肌色の峡谷が彼の煩悩を激しく刺激する。

 ドクンッ

 熱を帯びた血液と鼓動。慌てて目を逸らす。

 瞬時に視界から外す。ゴホンゴホンとワザとらしく咳払いしながら白雪の手を取って立たせた。

 

「怒鳴って悪かった……とりあえず立てよ。汚れるぞ」

「キンちゃん様ぁ……ッ!」

「そのキンちゃん様ってのはやめろよ」

「ご、ごめんねキンちゃん様ッ。私がうっかりしてたから……」

「……はぁ~~~っ」

 

 話しを聞いているのかいないのか、天然気味に返す幼馴染に深く溜息を吐く。キンジが袴に付いた土を払う。

 なぜか「とても幸せです……♪」という声が洩れていた。

 白雪の後ろでアリアが説明しろとばかりに、カメリアの瞳が抗議の視線をキンジの顔面に突き刺していた。

 この場で一番の被害者は彼女なのだから当然といえば当然。小太刀を収めつつ、いつでも二丁のガバメントを抜けるように警戒しながら距離を取っていた。

 

「コイツは俺の幼馴染で星伽白雪。SSRのAランク武偵だ。白雪、このちびっこいのはアリアで強襲科のSランクだ。分けあって一緒に行動している」

「こ、行動を共に!? 私だって朝と夕しか一緒できないのにっ。このストーカー女! キンちゃんから離れてぇーーっ」

「ス、ストーカー!? な、なんでアタシがこここんな奴の後ろを追わなくちゃいけないのっ。キンジはドレイっ! アタシの忠実な犬なのっ!」

「い、犬……ドレイ……だ、駄目だよキンちゃん! そんなアブノーマルな遊びは、遊びは私に対してやってくださいぃー! 犬耳でも尻尾でも……そそその、ふりふりの裸エプロンだってしちゃうんだからっ。お早うからお休みまで、三つ指ついてずっとずっとお側に侍りますからぁー!」

「待て待て待て待て! 二人とも落ちつけよ! どっちも変なことを抜かしてるんじゃないっ!」

 

 二人の乙女はいがみ合い、キンジが間に入って仲裁する。

 どこかの誰かが振りまいた誤解を解くのに、キンジは四苦八苦しつつ、一応の納得をしてもらえた。

 とはいえつい先ほどまで全力で戦っていた二人が仲直りするのも難しい。

 白雪は心のなかで敵認定しているのは変わらず、アリアは元々素直じゃない。

 お互いに牽制するような目で睨み合い、結局微妙な空気を保ったまま、彼らは男子寮に向かって歩きだした。

 

 

 

 キンジを中央に左右にアリアと白雪が並ぶ。意外にも先に奇襲をしてきた白雪の方がいつもの調子を取り戻していった。

 ときおりキンジと自分の掌を交互に見ながら、嬉しそうに両手を胸に抱く。雪のように白くきめ細かい手が双子山を雪山にしていた。途中からは「駄目……そんな朝からなんて激しいよぉ……」「いっぱい、中に……ッ♪」など蕩けた表情でぶつぶつと独り言を呟きながら自分の世界に没頭していた。

 アリアは犬歯を覗かせながら最初こそ威嚇していたものの、相手の敵意が薄れていくのを感じ、意識を携帯に移す。なにやら操作をしていた。

 三人の間に会話はない。居心地の悪さを感じていたキンジは、そんな空気を払拭しようと携帯を弄っていたアリアに声をかける。

 

「そんなに携帯をいじってどうしたんだアリア。周知メールでもあったのか?」

 

 学校から生徒へ連絡事項や緊急事態を発信する場合のもの。

 キンジが爆弾事件(チャリジャック)に遭った際も他の生徒たちに連絡がいっていた。

 可能性は低いがもしかしたら武偵殺しが――と思ったキンジだったがアリアの口から返ってきたのは聞きなれた名前だった。

 

「気になったことがあったから、アンタの戦妹の風魔陽奈にケイの調査を頼んでいたのよ。まあケイは曲がりなりにも元諜報科のCランクだし、あの子じゃ見つかるだろうから念のために依頼内容をボカしてたんだけど、うまく調査してきたみたいね」

 

 先輩に決闘などで勝つことを“上勝ち”と言われるように、学年が一年違うだけでもかなりの実力差が生まれてしまう。

 拳銃、格闘、捜査、法律、心理等々――帯銃帯剣を認められる武偵には平和な日常生活では知り得ない知識を数多く勉強しなくてはならない。

 一部の天才たちを除き、学年差は学校差(・・・)と認識した方がいいほどだ。中学生が高校生に、脚の速さや腕っ節で勝負を挑むようなもの。

 風魔陽奈が見つかってしまうのも仕方がなかった。

 アリアもそれを見越していた。キンジは疑問そうに聞く。

 

「そりゃアイツならそれくらいできるだろうけど、ケイについてか? そんな気にすることがあったか?」

「ん~っ、武偵殺しの方の調査が芳しくないから片手間なんだけどね。ケイって今までの実績と射撃や格闘の成績に格差があるじゃない? アンタみたいに何か裏があるんじゃないかなってね?」

「お、俺はともかく……ケイかぁ。確かにその可能性はあるかもしれないな」

 

 未だにHSSを隠しているキンジはアリアの探るような視線に、心の中でひやひやしながら誤魔化し気味に話題を変える。

 彼もケイの成績を不思議に思っていた。

 もしかしたら自分のように何かしらの隠し玉があるのか。彼ならもう秘密を明かしてもいいかもしれない。

 だが今まで中学時代には女子にバレて酷い目にも遭った。それとなく話したときには冗談だと受け取ったらしく、そんなラノベ主人公がいるかよと言っていた。

 結局、キンジはまたいつかにしようと問題を先送りにして話を施す。

 

「それでどうだったんだ?」

「ちょっと待ってね……」

 

 携帯の小さな画面に風魔陽奈からの調査概要が並んでいる。

 要約して手帳に書いていく。

 

《大石啓二年生調査書》

『壱――調査対象との彼我距離三○m追跡。隠密行動も、最初から見破られていた模様。発言内容から他者の気配を事前に覚えれば目視せず察知が容易とのこと。諜報科BまたはAランク相当の実力有り。

 弐――RPG(対戦車擲弾)の射撃による一斉制圧が得意とのこと。同系統のパンツァーファウスト、ロケットランチャーなどの武器も同様と推測。拳銃より重火器全般の扱いに長けている可能性有り。

 参――幼少期より母親と一万回以上組み手をしていたとのこと。実家は大石神影流創始者、大石種次の分家であり、潜在的な高い近接能力また英才教育を受けている可能性大。母親の実家も何かしらの武家である可能性有り。ただし詳細不明。また武偵高校の格闘成績との乖離(かいり)に何かしらの意図があるものと見る。

 四――デモニアバイラールという技を母親から伝授されている模様。詳細は聞けず。母親、大石杏子は探偵科Dランク武偵。正式な二つ名は無し。負傷経験無し。ただし過去の経歴に一部不審な点があるも、武偵局のデータベースでは判明せず。

 

 ……PS・メロンパン美味しかったです』

 

 以上だった。最後の文字に呆れたように溜息を吐いたキンジ。

 餌付けされてんじゃねえよ、と思いながら感想を言う。

 

「風魔はあとで説教するとして。改めて文字にすると凄いな。やっぱり学校の成績は手を抜いていたのか……?」

 

 まるで強襲科だ。幼少期から鍛えていたのなら納得できるとキンジは思った。

 能ある鷹は爪を隠す。

 相当の実力者なら本来の実力を誤魔化すことも容易だろう。昼行灯と呼ぶに相応しかった。

 しかしアリアは渋い顔をしながらキンジを窘める。

 

「ちょっとキンジ! 字面をそのまま信用しないの。ちゃんと考えなさいっ。探偵科でしょ?」

「お前、風魔の調査結果を疑うのか? なんだかんだいって実力は確かな奴だろう」

「よーく考えて。ケイは何故、普段の成績が悪いのかってことを。そこに秘密があるはずよ」

「秘密か……う~ん……」

 

 運もあったが曲がりなりにもBランクの探偵科になった彼は、額に手を当てながら考える

 大石啓。一年からの友人。一般中学出身なのに並の武偵生を遥かに凌ぐ実績。評判はまちまちだが武藤と同じく、お調子者ながら話しやすいタイプ。

 だがその影で忘れていたことをキンジは思い出す。それは初めて出会った日の出来事。対峙したときには驚かされた。

 ヒストリアモードでやや記憶が曖昧だったが額に触ったとき、あのとき撃たれた傷を思い起こした。

(そういえば……アイツは入学試験のときに戦ったが、無意識の銃弾(アンコンビレ)を放った以外は逃げの一手だったな。なぜ得意な近接に持ち込まなかったんだ……? いや普段の訓練でも俺や他の奴と組み手をしてもいつも負けている……。だから昼行灯って呼ばれ……いや、もしかして――――ッ!)

 ハッとした表情で見上げた。

 不透明だった謎という名の霧が晴れ、一つの真理に至る。

(昼行灯――つまりそれが鍵だったんだ! アイツは出来るだけ実力を発揮しないように動いている。俺の過大評価は全てHSSに依るがアイツは過小評価を狙っているんだろう。結果としてチグハグな評判と成績になったんだな……)

 アリアは彼の表情を見て、満足そうだった。

 

「判った?」

「ああ、判った。俺は勘違いしてたんだな。表面だけじゃなく裏を見るようにしないとな……能ある鷹は爪を隠すってのは正にこのことか……」

「この場合なら『大賢は愚なるが如し』の方が適切かもね。賢いがゆえに愚かとみさせるってね。アタシもケイの扱いについて判った気がするわ」

 

 頷きながらアリアは思う。

(やっぱり答えまでの道標を用意すればキンジはアタシの考えを判ってくれるのね。そう――アタシの足払いなどを避けれなかったケイの格闘能力が低いのは間違いない。でも実績がある。周囲の人間の活躍も著しい。つまり智略、陽動、洞察力、ハッタリ……言葉や行動で相手の先の先を読んで行動し、先回りして制圧する知略型の戦闘方法。ああいうタイプは嘘とか平気で吐くし。風魔の出した結果もたぶん表面上じゃ騙される。おそらく格闘と駆け引きを駆使して戦うのね。けどデモニアバイラール……あれだけは情報のなかで浮いてるわ。あとで調査すれば面白い事実が見つかるかしら……?)

 微妙にお互いの考えがズレているが気付かない。

 アリアが自分の考えを話そうとしたとき、先んじて声を発した人物がいた。

 妄想世界から帰還した白雪だった。

 

「あのキンちゃん。そこの雌猫と二人で、なんで大石さんのことを調べているの? 能力がどうとか……」

 

 途中からしか聞いていなかった彼女は不思議そうな表情でキンジを見上げる。

 アリアに絶対零度の視線を浴びせつつ、キンジには花が咲いたような笑顔を向けるという歌舞伎役者も驚きの器用さを見せる白雪。

 

「雌猫じゃなくてアリアよっ! アタシはキンジと契約してるの。ケイに武偵の道をもう一度歩んでもらうのを協力するってね。代わりにアタシの事件に付き合って貰うの」

「内容が違うぞアリア! 『武偵についてもう一度考えさせる』だ。あーとだな白雪……能力云々は脇道に逸れてたからいいとして……ケイが武偵高校を辞めるらしくてな。俺に原因があるんだが、一度考えて欲しいって思ってるんだ。俺のワガママなんだがな……」

「ええと、事情は判らないんけど……大石さんに直接言えばいいんじゃないかなって、思うんだけど。一年からのお友達ですし……。あ、ごめんなさいキンちゃん! 偉そうなこと言って……」

「……いや、白雪の言うことはもっともだ。回りくどいってのは判ってるんだが……。ただな、言えない、いや言っちゃいけない(・・・・・・・・)。それだけは直接言っちゃいけないんだ」

「どういうことよキンジ。前に言った理由が全てじゃないってわけ?」

「ああ……」

「えっと……?」

 

 話が見えない白雪は僅かに首を傾げる。

 対してキンジは言い難そうにしていた。

 白雪の言葉はまさに正論。ケイももしかしたら単刀直入に聞いてほしいのかもしれない。

 そんな想いが脳裏をよぎっていた。

 しかしいつもと違うキンジの雰囲気に何をいうのかと二人は静かに次の言葉を待っていた。

 コツコツと三人分の足音だけが響く。

 キンジは顔を上げて暗くなった空を見る。

 見上げた空は一片の曇りもない薄い青が海のように広がる。

 だが田舎と違い、大地を照らす都会の人工灯が星空の輝きを打ち消していた。

 希望の光を奪い、絶望がそこにある――そんな底なし沼が今も都会のそこかしこに存在する。

 キンジはよく知っていた。痛いほど理解していた。それはいつも、すぐ傍にあることを。

 

「兄さんが死んで、マスコミや他の奴らに責められて、一度は武偵を諦めかけた。白雪には随分心配かけたな。悪りぃ、あんときは碌に返信しなくてよ」

「そ、そんなことないよっ! それにキンちゃんはやっぱり正義の味方だもん! あの時から、ずっと…………」

「そんな大層なもんじゃねえけどな……。アイツ――ケイは武偵を辞めようとしている。アリアにも話したよな? 俺を救ってくれたアイツが救われないのは嫌だってな」

「……そうね、確かにそんなことを言っていたわ」

 

 ケイが武偵高を辞めようとしていることは白雪にとっては初耳。驚きを隠せない表情だった

 風が吹く。都会の排ガスまみれの空気は生ぬるく、どこか纏わりついてくる不快感。

 二人の数歩先を歩いていたキンジは振り返る。自嘲げに笑い、その顔には陰が差していた。

 

「嘘だ」

「え」

「最初にこう言った――『自分勝手で子供染みたエゴ』だってな。その通り、これはエゴ――――そして単なる意地なんだ。入学以来、何度も依頼で助けてもらって……勉強も、友人関係も、武偵の進退すらアイツがいなきゃ駄目だった。対して俺はどうだ? 友達や仲間と言うが何もしちゃいない。将来のことすらアイツを頼って、兄に助けられて……。おんぶに抱っこの情けない奴じゃないか…………ははっ、笑えてくるぜ」

「そんなことないよキンちゃんッ! キンちゃんは――」

 

 白雪の悲鳴にも似た声を遮るようにキンジは大声をあげた。

 

「だからっ! 俺は俺のやり方でアイツを説得することにした! ケイに話せばアイツは自分で解決してしまうかもしれない。それじゃだめだ。俺が俺のやり方でアイツの度肝を抜いてやる! そのとき初めて、俺はアイツと対等になれると思う。助けてもらってばかりの関係に終止符(ピリオド)を打ち――――心の底から『親友』と呼ぶことが出来る!! ……こんな回りくどいやり方はアホらしいかもしれないが、そんな餓鬼染みた意地を……俺は通したいんだ……。笑いたければ笑ってくれ。俺の鈍い頭じゃこんなことしか思いつけないんだ……」

 

 友人、仲間とは本来対等であるべきだ。いつも一方が助けられる関係がいいのか――いや良くない。いいわけがない。そんな救われてばかりの自分自身が許せない。

 だからこそキンジはケイに相談することを避けた。

 もしかしたら……どこかで怖がっていたのかもしれない。ハッキリと拒絶されて、望みが断たれるのが嫌なだけかもしれない。

 だけど、それでも――――自分なりの意地を通したかった。理路整然とした理由など微塵(みじん)も存在しない。

 ……通過儀礼なのだ。

 真の仲間(とも)と呼ぶための、親の友と呼びたいがための……自分に課した試練。相手に対して迷惑極まりない行い。でも譲れなかった。

 キンジは不器用だ。口が達者でも、勉強ができるわけでも、要領が良いわけでもない。

 ヒステリアサヴァンシンドロームという奥の手は存在する。口調がキザになって女子のお願いを断れない天然ジゴロ少年になるデメリットを割いても活路をなりふり構わないならそれもアリだろう。

 だが、それは、遠山家代々に伝わる遺伝的資質であり、努力して得た技能ではない。

 運良く神様から授かった、宝クジのようなもの。それをしたり顔で誇れるほど彼は厚顔無恥(こうがんむち)ではない。

 泥に塗れようが、下手を打とうが、自分なりの意地でやってみせる。決意は揺るがない。

 熱い感情を瞳の奥に窺わせる。数ヶ月前のキンジではなかった。

 白雪もまた、そんなキンジの気持ちを察し、協力を申し出た。

 

「き、キンちゃん! 私も協力するよ! その……大石さんには色々お世話になってるし、出来るだけサポートするからっ!」

「いや申し出はありがたいけど……やめとけ。アリアは人使いが荒いからな。下手すりゃチャリジャック犯を捕まえる手伝いもさせられるぞ」

「アタシはそこまで鬼じゃないわよ」

「嘘つけ。俺は半ば脅し文句も用意してたくせに」

「それは戦略っていうのよ!」

 

 口喧嘩を始める二人。

 しかし嫌悪な雰囲気ではなく、どこかじゃれ合いにも似たやり取りだった。

 危機感を覚えた白雪が大声を張り上げる。

 

「だ、だったらチャリジャック犯のお手伝いもするぅーっ! アリアからも犯人からもキンちゃんを守るからっ!」

「お前は何を言ってるんだ白雪……。言っとくがケイの一件の代わりに、俺はこの前のチャリジャック犯をアリアと一緒に追うって約束している。危ない橋を渡るかもしれないんだぞ!」

「そ、その、キンちゃんは覚えてないかもしれないけど……ずっと昔、花火大会で私はキンちゃんに救われたの。籠の中にいた私をあの暗い社の中から連れ出してくれた。それに大石さんも普段からよくしてくれる。恩返しする理由がたくさんたくさんあるのに、キンちゃんが頑張ろうとしてるのに私だけなにもしないなんて嫌だよっ!」

 

 グッと両手を握りながら熱弁する白雪。

 不退転の決意を感じ、キンジは困っていた。

 諭すように白雪を真っすぐ見据えた。

 

「だけど白雪、お前は実家の方はどうするんだ。この事件は武偵殺しが絡んでいるかもしれない。兄さんの仇を取るためにも、俺はこの事件から手を引くつもりはない。最悪、爆弾で死ぬことだって――」

「いいじゃないキンジ。人は多い方がいいわ」

「アリア!? なに言ってるんだ。白雪は関係ないだろう!」

 

 キンジが大声を出すが、アリアは白雪をじっと見た。真っすぐと、カメリアの瞳が黒曜石の瞳を覗く。

 白雪もまた力強い視線を返す。

 

「超能力捜査研究科Aランク武偵、星伽白雪。死ぬかもしれないわよ?」

「それでも私はキンちゃんのために尽くしたいの。誰でもない私の意思で」

「だってさキンジ。断ってもくっついてきそうよ? 諦めなさいな」

「はぁ~~っ……他人事だと思って。……白雪、危なかったらすぐ逃げろよ?」

 

 その言葉にパッと白百合の花が咲いた。

 

「大丈夫! 危ないときはキンちゃんが守ってくれるって信じてるからっ。あ、そういえば腕時計ないよね? 新しいのを買ってきたから付けてみて!」

「い、いや、修理に出してるんだが……」

 

 満面の笑みを浮かべながらいそいそとキンジに腕時計を付ける白雪。ジト目でアリアを見るも、彼女はくすりと笑って楽しそうな顔をしていた。

 反論するのもバカらしくなるほど、嬉しそうな顔で。

 それを察知した白雪が割って入る。

 

「い、いちおー許してあげるけど、キンちゃんを誑かしたり、誘惑したら承知しないからねッ!」

「ゆゆゆ誘惑ってアタシが!? アア、アンタにゃに言ってるのよっ、ああアタシはこここんな奴、別に好きじゃないしっ! ただ倉庫でカッコいいし、お姫様だっこは良かったけど……じゃなくて!」

 

 瞬間湯沸かし器になったアリアが湯気を頭上に湧かせながら反論すると、白雪もヒートアップしていく。

 

「思いだしたっ! キンちゃんと抱き合ったってどういうこと! 返答次第では――」

「何よやる気! 言い値で買うわよ!」

「だーーーっ! なんで途中までいい話だったのに喧嘩し始めるんだお前等はっ!」

 

 お互い拳銃と刀を向けあって、いがみ合いつつ、キンジが仲裁する。

 ビュォッ!

 三人の間に通り過ぎた風は、いつもより激しく湿り気を帯びたものだった――

 


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