緋弾のアリア~裏方にいきたい男の物語~   作:蒼海空河

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双剣双銃と円の出会い

 それはそれは素敵で純粋な呪文。

 陳腐だけど心に残る歌詞がある。

 

『世界の全てが敵にまわっても、君がいれば大丈夫』

 

 それは親友だったり、恋人だったり、我が子であったり。

 歌でなくとも、映画や物語ではたまにあるだろう魔法の言葉。

 だがキンジは、違うのだと、まやかしであると悟った。

 各新聞社は一面に大々的に報道した。

 

『大事故! 浦賀沖海難事故で船と漁業被害は合わせて十億円以上! 一部では訴訟の動き!?』

『クルージング・イベント社の対応は及第点! 同乗した武偵が無能を晒した!?』

『被害に遭った乗客は武偵に訴訟は起こせないかと抗議! 法律ではどう解釈する?』

 

 なぜ助けるために頑張った者が責められないといけないのか?

 いや、真実など彼らにはどうでもいいのだろう、ただ面白半分にTVで報道し、視聴者の興味をひければいいのだから。

 記者とカメラを片手にマスコミは好奇の視線で少年に詰め寄る。

 

『アナタのお兄さんが事故を防げなかったそうですが、それについて一言お願いします!』

『弟なんだから謝罪の一言くらいないんですか! それが武偵を目指す人なんですか?』

『おいおい子供じゃないんだからダンマリはよくないよ? そんなんじゃ心象悪くなるってわからない? ゴメンナサイって言えばいいんだよ』

『両親がいないんだってね。もしかしてお兄さんは普段の素行が悪い部分もあったんじゃない? ねえそこら辺教えて貰ないかなー?』

 

 デリケートな部分にも否応にもなく踏みにじる者たち。

 集団で子供を追いまわす姿を咎めるものは少なく、目を閉じ、耳を塞いで逃げるしかなかった。

 ネットは嘲弄で無責任な文字を打ちこみ騒ぐ。

 

『この前、沈没事故って無能な武偵のせいで沈んだって聞いたぜ。マジ死ねばいいのに。浜辺に船の油が漂着してくせぇ』

『名前なんだっけ?』

『猿山だっけシラネwwでも偉そうに武偵なんてカッコつけて死ぬとかイミフww自分の頭の中でも探ればいいんじゃねww』

『犯罪者よりアイツラの方がアブねージャン』

『武偵なんてそんなもん。探偵気取った奴らがうまく金を吸い取るシステムを作っただけに過ぎないよ』

 

 お前たちは何を知っているんだ? 武偵という職業で救われた人だって多いはず。

 だが百の成功より一の失敗を彼らは嗤い、指摘する。

 中には真面目な意見があっても「自演乙ww」「身内だろ?ww」などと書かれ、まるで聞く耳を持たない。

 携帯の着信には『星伽 白雪』の名前がズラリと並ぶ。だが出る気にはなれなかった。そんな余裕もなかった。

 

 キンジは思う。

 これが自分の目指した武偵の姿なのか? 死体に石を投げるような仕打ちをする……そんな奴らを護るのが自分の目指した仕事なのか?

 人を護ろうとしたのに後ろから刺され罵られるような仕打ち。

 兄が行方不明という事実だけでも気絶しそうな衝撃を覚えたのに、世論はさらに彼の心を抉る。

 絶望という言葉は、望みが絶たれるとも書けるが、絶たれるというより熱意や希望、感情などをゴッソリ抜き取られるものだと感じだ。

 取材陣の目から避け、捜査願いを出したり、警察に兄の特徴などを聞かれたりと過ごして数日。

 学生寮にも忍びこむのだから、その歪んだ熱意に恐怖すら覚えていた。

 中学から武偵として磨いた、犯人の視線を逃れる隠蔽技術、誰かいないか探る捜査技術などなど……記者から逃れるのに使う自分の姿にキンジはそこはかとない笑いがこみ上げる。

 まるで犯人のようだ、と。

 

 体力も精神もガリガリに削られ、ただ眠りたかった。

 しかし自分の部屋の前には記者の姿。舌打ちをする。「しつこい」と吐き捨てるように呟いた。

 運良く、教務科の先生が摘まみ出していたが自分の部屋に戻るのも嫌な気分だった。

 それでも自分の部屋はそこしかない。

 友人たちも単位集めに年末の依頼を受注して大忙しか、余裕な者は実家に帰省しているのが大半だろう。

 ただ通路を歩いているとゲームらしき甲高い音がした。心に余裕が無い分、神経が尖り、僅かな物音を察知できたのだ。

 場所は自分の隣の部屋――一年足らずの付きあいだが、犯人にも情を移す、生粋のお人よし。

 

 キンジと違い、大石啓という男はとにかく騒がしい。

 武藤と教室で堂々と猥談をしたり、芸能やアイドルの話題に一喜一憂したり……でも依頼ではここぞという場面で現れ、劣勢でも一気に覆す。

 その鮮やかさと凄さは一度組んだだけでは判らない。数回パーティーを組んだとき、狙っているのだと理解できる。

 将棋やチェスを指す相手を盤面ごとひっくり返すのがアイツの得意技だと誰かが苦笑いして言っていた。

 今はただ誰かに会いたい。

 そんなときにしっかり居るケイに、キンジは少しだけ口元をゆるめながら、指は呼び鈴を押していたのだった。

 

 

 

 

 

「だから新聞はいらないって………………キンジ?」

「…………あぁ……すまん、ちょっと……中入れて貰っていいか?」

「おいおい、顔青いぞ! とにかく入れよ」

「…………あぁ」

「メシは?」

「……まだ、今日は喰ってないな……」

 

 そんな余裕すらなかった。

 貯金は依頼をこなしていたから余裕がある。

 都内のビジネスホテルに泊まっていたのだ。

 食事はコンビ二でパンやおにぎりで済ましていた。

 

「なら喰ってけよ。今のお前、まるでゾンビだぞ」

「……はは、ひでえなソレ」

「ホントに調子狂うな……。少しにおうからシャワーだけでも浴びといた方がいいぞ。その間に作っておくからさ」

「……わりぃ」

 

 寮の作りは基本どの部屋も同じ。

 キンジは勧めるがままにシャワー室へ入る。

 シャァァァァァ……

 暖かい湯水が肌に沁みる。たった数日なのに、長いこと暖かさを忘れていた気がしていた。

 シャンプーも失敬してキンジは頭を洗う。柑橘系の香りに包まれながら泡を流す。

 壁を背にすると、ひやりと冷たい感触。だが温水の雨が頭上に降りそそぎ冷気は消えていった。目をつぶり顔をあげる。バチバチと顔に当たり、湯けむりが室内を白く染めていった。

 体温の上昇に伴い、血流が増し、淀んでいた血液も正常な流れでどんどん脳へと送られていく。

 

 綺麗に流れていくお湯とは裏腹に、心は黒く淀んだ思いがこびりつく。

 内心にぐるぐると渦巻くのはマスコミや、無遠慮な人々の悪意。ネットで放たれた言葉が鋭い刃となって己の心を傷つける。うっ屈した想いを抱いたまま、十分ほど、ただぼうっとシャワーにうたれるがままになっていた。考えすぎか、無意識の行動か、気づくとキンジはテーブルに座っていた。

 

「よっしできたっと。さてキンジは……ってうわあっ!?」

「……おう」 

「心臓に悪い……まあいいや。適当に食べてくれ」

「ほんと悪りぃ。いま自分の部屋には行きたくなくてな……」

 

 侵入した記者はドアの前にで呼び鈴を押し、中には窓から撮影を試みるマスコミもいる。

 部屋のPCでネットの内容を見てしまい、無情な批難を見る場合だってあった。今はあまり近寄りたくなかった。

 

「別にいいけど、言えたら後で話してくれよ」

「……ああ……」

 

 濃厚な味噌の味とニンニクの香りが喉と鼻を刺激する。

 温度的にも、栄養素的にも、暖かく気遣いのあるラーメン。

 こういう、ささやか気遣いも大石啓の魅力だった。

 だがキンジが気になったのはふわりと鼻に薫った香水の甘い匂い。発生源はテーブルの隅に置いてあった手紙だった。

 目に入ったのは偶然。ただそれが兄、金一からのものだと自然と判った。

 香水の匂いは女装した兄が使う香水と同じだったからだ。

 文面を見て、キンジは呟く。

 

「……なあ、ケイは……やめるつもりなのか?」

「そう、だな。辞めるつもりだけど」

「本当にそうなのか? お前は結構、できる奴だと思うぞ……」

 

 キンジのケイに対する評価は高い。

 近接戦闘は入試で見せたまま、それ以降は発揮することは少なかったが、なにより対犯罪者の先読み能力では極めて優秀な技能を有する。

 気付けば先回りをして犯罪者を取りにがす余地を残さないのだ。それでいて、仲間の武偵たちの活躍をさせるように動く。

 自分は裏方に徹し、だけど他者には気持ちよく依頼を消化させる。中には逮捕された犯罪者もケイの姿と言動を見て、更生する者すらいる。

 その縁の下の精神を評価する者は少ないが、確かに存在していた。

 ケイは自嘲げな表情を浮かべる。

 

「俺はそんな凄い奴じゃない。重いんだよ……それにキツイ。積み重なっていくのがさ……」

「……お前も色々辛い思いしてるのか……」

 

 謙虚過ぎるケイ。だからこそか、不思議とキンジの口は動いていた。

 

「兄さんが、行方不明になった」

「え?」

「……TV見てないか? 浦賀沖海難事故で船が沈んだ……そのとき一人の武偵が行方不明になったって話を、さ」

「お前の兄さんって遠山金一さんか? まさか本当に?」

 

 ケイは先読みに優れる。

 諜報科にいてTV関連の情報収集を忘れるわけがない。

 キンジはそれが彼なりの気遣いだろうと感じていた。

 

「あぁ…………試験の日に綴先生に呼ばれて、な」

「大丈夫なのか!? …………いや、悪い、だったら行方不明って言わねえよな……」

「……今まで手続きやらマスコミの奴らを大挙してやってきたから避けたりで忙しかったんだ……」

「手続きは判らねえけど……なんでマスコミが関わってくるんだよ。被害者に取材でもしたかったのか?」

「…………船が沈んだのは“武偵殺し”っていう犯罪者関わっているらしい……。兄さんは沈み始めた船の中で犯罪者と対決して、それで……うぅ……」

「……キンジ」

 

 胸に渦巻くのはドス黒い感情。

 思いだすだけでキンジは怒りがこみ上げてきた。

 

「兄さんは必死に乗客を避難させて、しかも一人船に残ったんだ! それがあの船の会社……クルージング・イベント会社は乗客の訴訟逃れでもしたいのか兄さんが悪いって言い始めやがった……!」

「おい……キンジ」

「『私たちの対応は問題ない。無能な武偵のせいでうちは被害に遭った。どうしてくれるんだ』……TVの前で被害者面だッ。……それにマスコミも便乗してバッシングが止まらなくなってる。ネットに、TVに、新聞に…………クソォッッッ!! 兄さんは最高の武偵なんだ! それを武偵のぶの字もロクに知らなそうな奴がしたり顔でいいやがって……ッ!」

「おい、キンジ!」

 

 肩を掴まれる。だがキンジは俯いたままだった。

(ケイだって辞めようとしてる、俺ももうたくさんだ。武偵なんか辞めて一般校にでも――)

 そのときカサリと手に触れる紙の感触。

 鼻にふわりと懐かしい匂いがした。昔の思い出がふと蘇った。

 キンジは母親を失い、泣いていた。

 金一はそんなキンジを慰めようと女装をしてカナとなった。まだ幼い弟の心を護るために。

 

「なあ…………ケイ、これ、ちょっと持っていっていいか?」

 

 ケイの目線が下がり、手紙に目が止まる。ふっと笑い、

 

「ああ、いいぜ」

 

 気持ち良く了承した。

 彼にも判っていたのだろう。

 たぶん手紙を読むと泣いてしまう。そんな姿を友人には見せたくない。

 キンジは立ちあがり、部屋に戻ることにした。

 

「…………ありがとう。部屋ぁ……戻るわ……」

「キンジ!」

 

 条件反射でキャッチしたのは鍵。それは気持ち、暖かかった。

 

「これは……」

「合鍵だよ。武偵憲章第一一一条だっけか? 『仲間を信じ、仲間を助けよ』ってな。通報したけど、うるさいマスコミっぽいのも侵入してた。自分の部屋より、俺んとこなら少しは平和に過ごせるぜ」

 

 おちゃらけながら、親指を立てる。重い空気は霧散していた。

(……まったく本当にいつも決める奴だよお前は)

 思わず笑いがこみ上げる。

 数日ぶりの笑顔だった。

 

「ははっ……憲章増えすぎだろ……」

 

 キンジはそういって自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 現在も行方不明となった兄、金一の捜索はされているが、沈没時は荒れくるう嵐の真っただ中。そして真冬。希望を抱くにはあまりにも厳しい現実だった。

 キンジもまた兄の生還を願いつつも絶望していた。

 空は星灯りが見えず、東京の人工灯が波に反射してゆらゆらとゆれる。

 ベット横の照明をつけつつ、手紙を開く。

 薔薇を基調とした香りが鼻腔を強く刺激する。ある意味これが兄の最後の形見と言っていい。

 他にもあったバタフライナイフとベレッタM92Fも御守りとして持っている。

 

「兄さん……ぅ……」

 

 ベットにも入らず、窓の前であおむけで手紙を見る。

 灯りはベットの横のライトのみ。下手に灯りを付けるとまたうるさい奴らがくるかもしれないからだ。

 また込み上げそうになる涙を抑えつつ、ゆっくり、ゆっくりと文面を読む。

 それが友人に当てた手紙だと判ってはいても、兄が残した最後の言葉でもある。

 だが読んでいくうちに不思議な感想を抱くようになった。

 

「……これは……何かおかしく、ないか?」

 

 違和感。

 勘違いなどの部分はおそらくケイが謙虚ゆえに、それに類する言葉を送っているのだろうとは想像できる。

 しかしおかしい。

 

「『アナタもアナタの友人もね』……ってまるで俺に対しても言ってるような……」

 

 武偵の性か、それとも常に目標としてきた兄の言葉からか、その裏があるように思えてならない。

 いつしかキンジは食い入るように手紙の文面を凝視していた。

 

 十分……一時間……。

 

 時計の秒針はコチコチと時の音を室内に響かせる。

 壁に背をもたれて読む。

 ベットの上でうつ伏せになりながら文字をなぞる。

 ベランダに出て、空を半分覆っている星雲の下、頭を冷やしながら手紙を眺める。

 

「……くそッ……やっぱり気のせいなのか? だが『一つの真理に、四つの信念、七つの勇気』なんてポリシーは聞いたことないぞ」

 

 判らない。やはりなにもないのか?

 だが一度、疑問に思ったらならトコトンやるべし、ともある。

 キンジは飽きることなく手紙を片手に一夜を過ごした。

 

 チュンチュン

 小鳥のさえずりが耳に届く。瞼の裏を焼く陽光。ゆっくりと開けると太陽が出ていた。

 

「あ……寝ちまってたのか……」

 

 床の上で寝てガチガチに固まった筋肉を軽く動かしながら起きあがる。

 どんな最悪な日々でも朝日は全てに平等だ。

 雲ひとつない晴天を眩しく見つめながら、キンジは手紙を広げた。すると――

 

「……これは!?」

 

 文字に太陽にかざすと特定の文字だけ、うっすらと痕が見えた。

 微量の油が用紙についたように、ごく一部だけ付着した痕が浮き出ていたのだ。

 そのときバラバラだったパズルのピースがかちりと嵌った。

 

「『迷ったときは太陽の光がアナタを導くでしょう』……そうか、そういうことかっ」

 

 ただの油ではなく、特殊な紫外線だけに反応する香料を使っている。

 もともと医学に精通した兄は薬品には詳しい。

 そして、手紙に散りばめられたヒントの数々。

 斜に構えて……一、四、七の数字……心に止める……。

 

「斜めに、一四七行目……止めるのは……七文字ってことか」

 

 浮かび上がった文字はバラバラで、漢字も含めてあった。

 だが全ての意味を理解したとき、キンジは笑った。

 あまりにもおかしくて、ても嬉しくて、涙を流しながら呟く。

 

「……は……はは……ははは! 『キンジがんばれ なかまをしんじ なかまをたすけよ』……本当に、最高の兄だぜ……ッ」

 

 あまりにも簡素な言葉。

 だけどそれは確かに、亡き兄が自分を励ます黄泉からの言葉だと感じた。

 不思議と心の中がスッと軽くなる。

 茶封筒に入っていたらしい手紙。

 だが最後に遠山金一の名前はあれど、宛名は書いていない。

 

「ケイというより、俺に対してだったのか……」

 

 文面を読んでわかった。

 実力以上の評価とは大石啓ではなく、HSS……ヒステリアモードというスーパーマン状態になってしまうキンジに対しての言葉。

 それならばしっくりとくる。

 兄、金一はもしものために、この手紙を送ってきたのだ。

 だが新たな疑問も出てくる。

 それは友人のケイについて。

(だけどケイもまた悩んでいたのは事実だった……じゃあ俺とケイの両方だったのか?)

 友人もまた武偵について悩んでいた。

 文面にもケイと友人――つまりキンジに対してと暗にほのめかしていた。

 では、その彼が辞めると明言したことの真意は?

 そこまでの事実に思いいたりキンジは愕然とした。

 

「……俺か……? もしかして……俺のことが、アイツの最終的な決断を後押ししてしまったのか……?」

 

 マスコミやネットで兄や自分が叩かれていることは既に承知のはず。

 悩みつつも歩みを止めなかった一人の将来有望な武偵であり大切な友人。

 だが……彼は決断したのだ。もう武偵になるのは諦めよう、と。世間に武偵に失望したのだ。

 夕陽に照らされながら、深く底の知れない黒曜の瞳は失意に沈んでしまった。

 それは仕方ないかもしれない。

 明日無き学科と言われる強襲科は生存率97.1%。2.9%は卒業をまたず、事故などで死亡する。他の学科でも死亡する生徒は、ごくわずかだが……確かに存在していた。

 もともと一般校出身の大石啓は冷静に考え、結論を下した。ならば自分がとやかく言うべきではない……だが。

 キンジは活力が戻った瞳で晴れた空を見上げる。

 

「俺は武偵を、諦めない。兄さんを超える武偵になって、そして武偵殺しも捕まえてやる。……ケイ、これは俺のワガママだが……お前はやっぱり凄い武偵になれる。『仲間を信じ、仲間を助けよ』……自分勝手かもしれない……だが今度は俺がお前を助けてみせる!」

 

 脳裏を焦がすのは、半年前の麻薬少女たち。彼女たちは他の誰よりも熱心に、全力でカリキュラムをこなし更生の道を爆進中だった。

 犯罪者すら魅了する素晴らしい友人をこのままにしてはおけない。

 優しく諭すような手紙。それを見て、片方が武偵を諦め、片方が武偵を再度目指す……なにか悲しかった。

 しかし彼の決意は固いように見えた。

 言葉を口にしても、ただ闇雲に説得してもダメだろう。

 悩んだ末、出た結論は同じ科目を選択すること。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。近いほうが行動もしやすい。

(俺だけじゃない……他にも頼もしい仲間(・・)たちがいる。俺なりにやってみせる……)

 夢をあきらめた友人を立ち直らせるため、キンジは第一歩を踏み出した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羽田空港、国際線。

 ファーストクラスの乗客にのみ許されたVIP専用の出入り口から一人の少女が現れる。

 ピンクのツインテールを揺らし、カメリアの瞳は真っすぐ前方を見据えながらきびきびを歩く。

 小学生にしか見えない小柄な少女がたった一人で進むのだ。

 近くの人間はぎょっとしながらも声を掛けることはできなかった。

 そうさせるほどの風格が少女にはあった。

 桃色の唇が開く。

 

「相変わらずゴミゴミしているわね。だけど……この日本に来ているはずね“武偵殺し”は……」

 

 コツコツと荷物の受け取りに向かう。

 彼女の目的はある組織の者たちの逮捕。

 そしてその犯罪者たちが行った罪を被らされた女性の冤罪を証明するため。

 武偵殺しもその組織のものだった。

 ひらりとスカートが舞う。ふとももには二丁の拳銃が見え隠れしていた。

 それを見咎めた空港の職員が目を細めて少女に近づく。

 

「すみませんがそのスカートの下に隠しているものはなんですかね?」

 

 百九十はあろう巨漢が少女を見下ろす。

 並の人間ならその威容に驚き、目を伏せてしまうくらいに……。

 さらに万が一のことがあってはならないと警備員もさりげなく周囲を固めていた。

 だがそんなことはおかまいなしに、少女は目尻を上げながら、

 

「あら、日本の男性に英国紳士の真似をしろとは言わないけれど、いきなりレディに向かってスカートの中身を見せろとはHENTAI国家というのもあながち間違いじゃないのね」

「……保安上の理由です。こちらに来ていただけますか?」

 

 こめかみに青筋を浮かべた男性が近づくと少女はバッと手帳を見せた。

 

「これは……」

「神埼・H・アリア、武偵よ! 帯銃の許可くらいちゃんと貰っているわよ。それくらい搭乗者記録からちゃんと調べなさいッ!」

 

 一喝して少女は去っていく。

 国家間の法律の違いなどケースバイケースではあるが、武偵は航空機に銃器を持ちこむとは可能だ。

 彼女は欧州でも有名な武偵の一人。

 その活躍から双剣双銃(カドラ)のアリアという二つ名も持っている凄腕武偵。

 武装しながらファーストクラスに入れたのも、万が一ハイジャックなどの事件が起きても早急に解決できるよう準備していただけだ。

 それくらい調べれば判ることをわざわざ職員が連れて行こうとするのだから、怒るのも無理はなかった。

 二本髪を揺らしながら、進み手荷物を受け取る。

 ガヤガヤと賑やかな空港を出ると、黒塗りの車が彼女を待っていた。予約していたのだ。

 運転手に荷物を渡す。

 空を見上げながら彼女は呟いた。

 

「イ・ウーの奴らなんて、みんな私が捕まえてやるんだから。だから待っててねママ……早く無実を証明して見せるからッ」

 

 

 

 

 数日後――

 

 アリアは女子寮に荷物を運びいれ、学園島や東京の主な場所も全て頭に叩きこんだ。

 本日は登校日。

 東京武偵高校での生活が始まる。

 

「……これで準備はオーケーね」

 

 お気に入りのヘアピンで前髪を止め、立ち上がる。

 まだ高校一年生。三学期からの編入だが成績に問題はない。

 欧州でも強襲科のSランクとして活躍したプライドもある。

 だが重要なのは他にあった。

 時間まではまだあったので、PCを開き、知り合いの武偵に調べて貰った生徒の記録を出す。

 まずどういう人材がいるのか知りたかったので、質より量……大半の生徒の記録がある代わりに写真などはなかった。

 

「狙撃科のSランク一年レキ……寡黙だが依頼は着実にこなす、ね。これはキープしましょう。超能力捜査研究科のAランク星伽白雪……接近戦もこなすが能力は不明、優等生だが感情が不安定。連携に難しいわねパス――」

 

 武偵にとってパーティーは重要だ。

 ただ彼女は基本、一人で任務を行うことが多かった。

 だが先日、新宿警察署で母親と面会したときに口を酸っぱくして言われたのだ。

 

 ――優秀なパートナーを見つけなさい、それが貴女のためにもなるから――

 

「…………判ってるわよ、それくらい……」

 

 マウスを動かしながらスライドさせると彼女は口元を緩める。

 

「やっぱり最有力候補はこれね」

 

 マウスをクリック。

 ぴっと表示されたのは大石啓一年という文字。

 左手を顎に沿えながら情報を精査する。

 

「大石啓一年、武偵歴一年弱だが将来有望な武偵。二つ名は“円”《シルクロ》の啓。強襲科Sランク、諜報科Cランク、今季は探偵科へ移る。転科直後のためランクは暫定E、様々な技能を磨こうとする向上心はプラスね。しかも連続検挙率77件達成中、同じメンバーでやることを良しとせず、様々なメンバーで今も依頼をこなしている。その高い柔軟性や協調性が二つ名の“円”の由来である……か。あたしにピッタリじゃない! あとはあの噂さえなければ、だけど」

 

 画面をスライドさせて出てきたのはもう1つの情報。

 『大石啓の二つ名は妥当ではないのではないか?』という言葉を始めとした問題。

 武偵では二つ名は凄腕の称号としてブランドの一つとなっている。

 授与できれば知名度はうなぎのぼり、個人指名されやすいし、依頼者の中には二つ名の武偵にしか依頼をしない者までいる。

 そんな中、彗星のごとく現れた新人に当初は新年には正式に発表となる見通しであった。だがそれに異議を唱える者が現れた。

 現在はCランク武偵ではないか、それに一部の者が働きかけて要望しているではないか、と。

 事実、秋ごろから一部の武偵たちが大石啓という少年に二つ名を与えるべきと主張する動きがあった。

 上でごたごたしている間、結局二つ名の公表は春以降とされている。

 だがアリアにとっては関係なかった。

 二つ名があろうがなかろうが関係ない。有望ならパートナーに少々強引な手を使ってでも引きずりこむ。

 

「どのみち時間(・・)がないわ。少し手荒なまねをしてでも引き込まなくてはいけないわね」

 

 PCの電源を落とし立ちあがる。

 鞄を片手に髪を払う。。

 トットットッと体重を感じさせない足取りで玄関から外に出ていった。

 

 一月の東京。

 ヨーロッパと比べて湿度のある空気に少しだけ目を細める。

 だが大都会とあって気温はそこまで低くない。

 空気が悪いが、朝日は心地良い。

 母親と久しぶりに会え、パートナー候補も豊富そうな東京武偵高校、武偵殺しも僅かだが手がかりも見つかった。

 全ての風が自分の良い具合に吹いていると思えた。弾んだ気持ちで通学路を走っていく。

 アスファルトの道を掛けながらアリアは武偵高を目指していると、

 ドガァンッ!

 轟音が静かな朝を破る。

 道の先で突如、車が衝突し、一台が横転。

 横転した車にぶつかってきた車の中から数人の男たち出てきて、拳銃を片手に銃撃戦を始めたのだ。

 

「登校初日から事件なんて……面白いわ、ねッ!」

 

 ジャキジャキィ!

 二丁のガバメントを持って、ツインテールを後ろに流しながら疾走する。

 距離は三十m……二十m……十m。

 犯人が気付き、振り返る。だが遅い。

 ドンドン!

 

「コノ……チビッ!」

「そんな腕前でアタシに当たるわけないでしょ!」

 

 相手は四人――内二人の拳銃を弾く。

 銃口から射線を予測。

 避けざまにゴムスタン弾を肩に撃ちこむ。苦痛に歪み身体を折る。

 くの字に折れた相手の顎に素早く蹴りを一線。

 

「がはぁ!?」

「……ぐぇ!」

「あと二人!」

 

 もう一人には拳銃を複数個所撃ちこむ、痛みで気絶させる。

 最後の一人――というところで犯罪者は大声で、

 

「止まれぇ! 止まらないとコイツを撃つぞ!」

「……い……いや……ッ!」

「チッ……人質ね」

 

 横転した車の前に銀色のアタッシュケース。

 空いた中身は札束が大量に入っていた。

 現金輸送車を襲ったか、銀行強盗か……人質がいる点から銀行強盗の線が強いだろう。

 追ってきた数人の武偵たちも手出しができない。

 

「よ~しオメエらぁ……拳銃は捨てろよ、じゃないとこのアマの頭を撃ち抜く!」

「面倒ね……」

 

 せめて僅かな隙さえ見つかれば……そう思ったとき、いきなり横転した車の裏から、

 チャリンチャリンチャリンッ!

 人間悲しいもので硬貨の落ちた音には無意識に反応してしまうものだ。 

 それが人の金を掠め取る者ならなおのこと。

 首だけ右を向いた瞬間、

 

「――あ?」

「――今!」

 

 拳銃を投げ捨てながら小柄な体格をさらに低くして急接近するアリア。

 肌を撫でる空気を感じながら、犯人の目がこちらを捉えたときには、

 

「ぎゃふぅ!?」

 

 拳銃をカチあげた勢いのまま腹にひざ蹴り。

 身体を崩したところで首裏に肘打ちをして気絶させた。

 捕まっていた女性は一度恐怖に顔を歪めたが、大丈夫だと判ると、急いで武偵たちの元へと逃げていく。

 髪を払う。

 武偵グループのリーダー格らしい男が握手を求めてきた。

 

「ありがとう助かったよ。小さいのに凄いね」

「小さいは余計よ! それより、さっきの音は貴方たちの仲間?」

 

 その言葉に相手は微妙な顔つきで否定する。

 

「いや、違うな。…………まあ運悪く銃撃戦に巻きこまれたってところだろう」

「ふ~ん、ちょっと失礼するわね」

 

 仮にも硬貨をバラまいて犯人の意識を逸らしたのだ。

 ちょっとした興味で車の裏を覗く。

 すると「ナイス機転!」「いや、ちょ!?」とバンバン肩を叩く者と、困惑している黒髪の少年がいる。

 寝ぐせがたち、眠たそうな目つきが特徴的だ。

 叩かれている方は散らばったお金を拾おうとしているのに、叩かれてさらに散らすという状態だった。

 アリアは気にせずずかずかと進む。

 

「ちょっといいかしら?」

「え? …………おおっすんばらしくキュートでデコ可愛い! なんですか麗しいお姫様! アドレス交換ならいつでも受け付けていますけど!」

 

 困惑した表情をあっという間に引っ込めて満面の笑みを見せる。

 アリアはボンッ! と瞬間沸騰。仕事の賞賛はともかく、容姿をストレートに褒められるのは慣れていないのだ。

 

「にゃにゃにゃァ!? にゃに言ってんのよアンタバカなの!」

「あだ!」

 

 スパン!

 アニメ声で喚き散らしながら思わず叩いてしまう。

 膝をついていた相手の頭の位置がちょうどいい具合にあったのも原因と言えば原因だった。

 さすりさすりと痛そうに頭をさする男。

 動揺を隠すように早口で先ほどの件について聞く。

 

「とととにかく、さっきは助かったわ! あんた名前はなんていうの!」

「えっとー大石啓って言うんだけど。あ、一年ね! よろしくっす!」

「そ、そう。私は神埼・H・アリア! 一年よ。今日から東京武偵高校に転校してき、て……って大石啓?」

「あっと、そうだけど?」

 

 このときケイはさりげなく二つのファインプレーを行っていた。

 一つはアリアの言動。

 我が強く、上から目線になりがちなアリアの言葉に反発する者は多い。事実、今も一方的に叩かれている。だが可愛いが正義! の彼にとっては些末なことだったのでスルーしていた。

 さらに年齢。アリアの体格はおせじに見ても幼い。小学高学年といっていい。だが鉄鼠という先生なのに成人を過ぎたロリ可愛い教諭もいたので特に気にすることはなかった。

 だが相手の機微に疎いアリアもまた、そんなケイの対応をスルーする。

 それ以上に重要な情報があったからだ。

 

「じゃあアンタがあの(・・)大石啓ってわけなのね。ふーん……」

「え、俺なんかやったっけ?」

 

 じろじろと観察するアリア。

 美少女に見つめられるのは嬉しいが、下手なことを言っても逆上されそうだと感じケイはじっとこらえる。

 だが不機嫌そうな顔でアリアは、

 

「ちょっと立ってくれない?」

「あ、ああ、いいけど……」

 

 立てと命令する。

 戸惑いながらも立ち上がるといきなりアリアはパンッ! と足払いをしてみせた。

 意味が判らないまま、転倒し、青空を見上げるケイ。

 そんな相手を情けないとばかりに罵る。

 

「武偵憲章第五条――『行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし』。今のだけでも風穴だらけになるわよアンタ! 隙だらけだし、どーしてこんな攻撃も避けれないの!」

「いや、さすがにいきなりやられたら、ちょっーっと無理かなー、と」

「『無理』『疲れた』『面倒臭い』、この三つは人間の無限の可能性を押しとどめる悪い言葉よ。そんなんでよく二つ名を得ようとしたわね」

「良く判らないけど、そんな悪い言葉なのかな? 疲れたり、面倒臭いって思うのは、割と普通にあるよーなって思うんだけど。人間辛いときだってあるし、言葉だけでもバーっと吐きだす方が楽になると思うんだけど。いやもちろん、怠惰が素晴らしいとはいわんけどさ」

「…………はぁ~、もういいわ。別にアンタだけが必要な訳じゃないし。失礼するわ、悪かったわね」

 

 背を向けて去っていくアリア。

 追おうにも小銭をぶちまけたまま、なのですぐ向かうこともできず、結局ケイがアリアを追うことは無かった。

 そして彼女のケイに対する第一印象は『期待外れ』。

 小銭で犯人の気を逸らした機転は素晴らしいが、あまりにも実力不足。

 一流の武偵である彼女の目には、大石啓の能力は低く見えた。

 どんな隙だらけでも強者なら即座に対応できる攻撃に反応できない。

 あまりにも稚拙、あまりにも未熟。

(まだ大丈夫よアリア。あんな外れだっていることは想定の範囲内。きっと噂の方が正しかっただけね。別の武偵のも当たってみましょう

 風を切って歩くアリア。

 そんな少女を熱っぽい視線で見つめる者がいた。

 

「凄い……あんなに小さくても戦えるんだぁっ!」

 

 ライトブラウンの髪を短く纏めたツーサイドアップ。

 中等部の制服を身に纏った女の子はキラキラした目でアリアを見つめていたのであった――

 

 

 

 

 

 

 

 




ぶっちゃけ手紙ネタはほとんどノーヒント状態ですし、わかった人は凄いです。
探偵科に推薦いたします。
つ東京武偵高校推薦状


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