忍と武が歩む道   作:バーローの助手

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第十話

 

視界が揺れていた

全身の毛が逆立った様だった

酸欠になったかの様に意識が揺れていた

気づけば体は小刻みに震えていた

 

口の中は空々に渇き切って嫌な腹痛と吐き気を催し、気を抜けばその場で胃の中の物を全部ブチ撒けて卒倒してしまいそうだった。

 

――俺ハ何ヲ目ニシテイル?――

―― 一体ナニガドウナッテイル?――

 

真っ白になった大和の頭の中で、そんな声が響く

目の前にあるのは、嘗て置いてきた筈の過去の廃棄物

視線の先には、嘗て己の心に巣食っていた衝動の具現化

 

(―え、どうして!?何で!マジで!?俺ぜんぶ処分したよ!捨てたよ!燃やしたよおぉ!―)

(―何でココにソレがあるんだよおぉ!っていうかどうしてこの人が持ってるんだよおぉ!!―)

(―見たの!?読んだの!?っつか何処で手に入れたんだよおぉ!一体ナニがどうなってんだあああぁぁ!!!―)

 

――と、大声で喚き散らそうになるのを、大和はグっと堪える

ここで下手に騒ぎ立てて騒ぎを大きくすれば、騒ぎの誘爆を引き起こす可能性もある

幸いここにいるのはイタチ以外はファミリー面々、ここは川神院の一室

つまり被害を出来る限り最小限に留めるのは、十分に可能という事だった。

 

ならば、大和の取るべき行動は一つ

 

(…迅速に穏便にあのノートを回収し、そしてその後跡形もなくこの世から消し去る!…)

 

 

 

 

 

 

 

「あ、は、ははは、中々変わったタイトルですね」

 

朗らかな笑顔を浮かべて大和はイタチに歩み寄る。

そんな大和を、ファミリーの面々は注視する様に見て

 

(……お、何とか耐えた……)

(……あ、でも弟のヤツ大分キツそうだなー…下手すりゃ吐くぞ?……)

(……吐き気を催しながらも、己の黒歴史を消し去りたい大和…そんな所も好き……)

 

こと己の黒歴史に対しては過剰とも言える大和に対して、皆はそれぞれ思いを巡らせながら様子を見守る

これは大和自身の戦い、それなら部外者である自分達が干渉するのは筋違いと判断したからだ。

……まあ、実際は事の成り行きを存分に楽しみたい、という思いがあるかもしれないが

 

 

(……さて、どう取り返す?……)

 

ファミリーの暖かい?視線を背に受けて、大和は考える

一番確実で尚且つ素早く取り返す方法としては、やはりアレが自分の物だと告げるのが良いのだが

 

(……ない、コレはない…というか、無理……)

 

真っ先に思い浮かんだ方法を、大和は首を振って否定する

さっきの発言から察するに、この人は既にこのノートをある程度読んでいる

という事はここでソレが自分のモノだと告げれば、自ずとソレを書いたのが自分だとバレてしまう。

 

(……出来る事なら、それは避けたい……)

 

ならばどうする?答えは簡単だ。

 

(……書いたのは俺じゃないけど、持ち主を知っている事にすればいい……)

 

それならば特に大きな問題もなくスムーズに話を進められる

暫くはファミリーの面々から冷やかし等を受けるだろうが、それで済むのなら安いものだ

ならばさっさと事を終わらせよう。

 

そう考えを纏めて、改めて大和はイタチに向き直り

 

「あー、その、イタチさん、少しいいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

 

大和の言葉に反応してイタチが視線を大和に置く

そして大和はそれを切っ掛けに、話を進める。

 

「そのノートなんですけど、もしかして誰かの忘れ物とかじゃないですか?」

「ああ、やはりそうなんですか? 書庫の本棚の裏で埃をかぶっていたのを、偶然自分が見つけたんですよ」

「成程、川神院の書庫で…ですか」

 

乾いた笑いと共に、大和は古い記憶を掘り起こす

確かに自分が一番『のっていた』時期に、ひっそりと川神院の書庫にその手の物を隠した気がする。

 

(……たしかに、自宅と秘密基地以外の物は見落としてかも……)

 

冷静に考えてみれば、可能性の一つとして十分に考えられた筈

大和は自分の詰めの甘さを恨み、後悔し、そして改めて考えを切り替える。

 

「じ、実はなんですけど、そのノートの持ち主に心当たりがありまして…」

「そうなんですか?」

「はい。差し支えなければ、一回そのノートをこっちで預かっても良いでしょうか?

当人に確認を取りたいので」

 

「ええ、もちろん。問題ないですよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、大和は心の中で渾身のガッツポーズを取る。

考えられる限りの、ほぼ理想通りの形で事が進んだ

ファミリーの軍師の肩書きは伊達ではない!そう心の中で力強く宣言する。

 

だが

 

「ですけど、今日一日は借りたままでも良いですか?

こっちのノートも、もう少しで読み終わりますので」

 

思わぬイタチの申し出

大和としては、一刻も早くノートを回収して葬り去りたい所なのだが

 

(……読まれた時点でほぼ一緒か、ならここら辺が妥当だな……)

 

頭皮を掻き毟りたい衝動をグっとこらえて、大和はイタチの言葉を考える

もはやこの人に読まれたという事実は覆せない

それにイタチの口ぶりでは、かなり多くの部分を読まれてしまったのだろう

ならばここまで来れば全部読まれてしまっても、こっちのダメージに今更変わりはない。

 

(……気になるのが姉さんやワン子の動きだが…後で釘をさしておこう……)

 

あとでファミレスで何か奢ればそれで済むだろう

寧ろそれで二人の動きが抑えられれば安いものだ。

 

「ええ、勿論。それでは明日の昼にでも取りに――」

 

 

と、そこまで会話を進めたところで

突如大和の全身に、痛烈な違和感が駆け巡った。

 

(……なん、だ…この、感じ……)

 

頭から爪先まで、電撃の体中を駆け巡ったその感覚

悪寒の様な気色の悪さを伴ったその感覚

言い換えれば不吉、言い換えれば悪い予感、言い換えれば不幸の前触れ

 

そんな薄気味悪い感覚が、大和の全身を駆け巡る

次いで大和は先のイタチの言葉を思い返し

 

そして

 

 

 

――こっちのノート『も』、もう少しで読み終わりますので――

 

 

 

その瞬間、全ての疑問が氷解する。

 

「…ぁ、あ…あの、イタチ、さん…つかぬ事をお聞きしますが、このノートも、って、事は?」

「ああ、その事ですか?」

 

表情こそは必死に冷静さを取り繕いながら、どもった口調で大和はイタチに問いかける

そんな大和の言葉を聴いて、イタチはどこか納得しながら呟いて

 

 

 

「一緒にあった『聖杯現界の章』と『七騎英雄の章』の方も既に読み終わったので」

 

 

 

――ぎゃああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!――と

瞬間的に叫びそうになったのを、大和は必死に押し込める

無茶な力の入れ方で顎が馬鹿になりそうになるが、それでも必死に口を綴じ込む。

 

(……うっわー、きっつ……)

(……流石の弟も、想定外だったみたいだなー……)

(……倍プッシュを超えた三倍プッシュかよ……)

(……そういえば、僕もアレ見た覚えあるよ…シリーズものだったんだ……)

(……私も見たことあるわ。でも難しい漢字ばっかで全然読めなかったのよねー……)

(……苦痛に悶えながらも必死でそれを隠す大和…そんな所も好き……)

 

次いでファミリーの面々も、思い思いに心の中で呟き漏らす。

 

まさかの三部作、単純計算で威力は三倍

黒歴史による三位一体のジェットストリームアタック

 

その破壊力たるや、大和の意識を根っこから刈り取る程のモノであった。

だが、大和は耐える。

 

(……この程度、まだ想定の範囲内だ……)

 

まだやれる、まだ戦える

そんな風に大和はフラフラになった体と意識を無理矢理に奮起させて

 

「ぁ…あ、はは…、そ、そですか…すいませんが、一回中身の確認をしてもいいですか?」

「はい、勿論」

 

強ばった笑顔を無理やり顔に貼り付けて、大和は己の黒歴史を受け取る

今のコンディションで中身の確認を行うのは、正直言って危険極まりない行為である。

 

しかし、だからと言って避けては通れない

人間の性、というべきだろうか?怖い物見たさというべきだろうか?

大和はそれを自分の目で確かめたくて仕方がなかった

それを抜きにしても一度自分の目で確実な確認を行わなければ、大和の不安は払拭されないだろう。

 

「…すーはー…ふぅー…はぁー…」

 

ゆっくり深呼吸して、呼吸と態勢を整える

そんな動作を数回、大和は繰り返して

 

「…よし…」

 

覚悟を決める、腹を括る

次の瞬間、大和はそのノートを一気に開く

そして

 

 

 

――この書を開く者よ、一切の希望を捨てよ――

 

 

 

うおらああああああああああああああああああぁぁぁぁ!――と

その一文が目に入った瞬間、ノートを力の限り破り捨てたくなるが、大和はソレをグっと堪え

 

うわ、キッつうううううううううううううううううううううぅぅぅぅ!――と

ファミリーの面々もついツッコミたくなったが、その言葉を必死で飲み込む

ツッコミ気質でないキャップやワン子でさえ、つい叫びそうになってしまう程に『こじらせている』一文だった。

 

 

(……た、えろ…耐えるんだ、直江大和……)

 

 

心の古傷が開くとは、まさにこんな感覚だろう

力の限り叫び喚き、その場でのたうち回りたくなる衝動を、大和は全力で押さえ込む。

 

今ここで自分がそんな行動を行えば、イタチは確実に不審がる

そうなれば自分に他のノートを渡すのを躊躇うかもしれない

如何に自分が持ち主に返すと言っても「自分で返す」と言われてノートの処分が難しくなるだろう

 

(……だ、だけど…これで確認できた……)

 

しかし代償に見合った対価は得た。

これは正真正銘の自分のノート…しかもかなり『ヤバめ』のヤツだ

その危険度を再認識できただけでも、このダメージは無駄ではない。

 

「あ、はは…やっぱり、それっぽい感じですね…では残りの方も、後日改めて」

 

そう言って、大和は無理矢理に笑顔を取り繕って話を進める

一刻も早く、一秒でも早くこのノートを処分したい

もはや大和の頭にはそれしかなかったからだ。

 

だがしかし

 

 

「それと一つ、頼み事をしてもいいでしょうか?」

 

 

ここで場の流れが再び変わる。

 

「…え、ぇ…ええ、なんでしょうか」

「そのノートの持ち主が見つかった時の話なのですが、新しい話や読み物があるのか聞いてきて貰えませんか?」

 

「…ぇ、ぁ…ああ、そうですか…分かりました」

 

無いよ!あっても絶対見せねえよ!と、心の中で大和は呟く

次いで小さく頭を振って、今までのやり取りを思い返す。

 

(……落ち着け、不慮の事態こそはあったが…全体的にほぼ理想通りに事は進んでいる……)

 

何もネガティブになる必要はない、どうせだったらポジティブに考えよう

そう思考を切り替えようとした所で

 

「いや、しかし…中々に興味深い、考えさせられる内容でした」

 

そんな言葉をイタチは呟き、そして――

 

 

 

 

「特に『人生は死ぬまでの暇潰し』と言っていた主人公が、徐々に変わっていくのが良かったですね」

 

 

 

 

その瞬間、誰かの時が止まった。

 

「それに中々難しい言葉や漢字、熟語に諺が多用されていたので国語の勉強にもなりましたし」

 

その瞬間、誰かの息が止まった。

 

「後分かったのが、この話って様々な国の神話や逸話も数多く取り入れられていて」

 

その瞬間、誰かの思考が止まった。

 

「さらに実際にあった史実も使われ物語に絡められていて、中々読み応えがあり」

 

その瞬間、誰かの何かが止まった。

 

「あと、別冊に解説読本の様なノートもあって、造語や専用単語の意味も直ぐに分かったのでスムーズに読み進める事ができました」

 

その瞬間、誰かの意識が止まった。

 

「いや、何にしても持ち主が見つかって良かったです」

 

そして

 

「やはり、他人の所有物を勝手に読むのは失礼と思っていたので」

 

次の瞬間

 

 

 

「――お手伝いさんや門下生の方々に、一人一人中身を確認して貰ってたんですよ――」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

叫んだ、今度こそ叫んだ

理性も思考もなく、ただ感じた衝動と感情に任せて

直江大和は力の限り絶叫した。

 

「ほああああああああああああああああああぁぁぁ!うおあああああああああああああぁ!

あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!」

 

空間を切り裂く様に、鮮烈な叫び声が響き渡る

部屋ごとビリビリと揺らす様な音の塊が、大和の大きく開いた口から放出されて

 

「タオルだあぁ!タオルを投入しろ!」

「色々と酷いよ!オーバーキルにも程があるよ!」

「皆どいて!私が人工呼吸をする!」

「こっちも止めろ! 収集つかねえぞ!」

 

壊れた拡声器の様な荒声と叫び声を上げて、大和は頭を抑えながらゴロゴロと転がり

ファミリーの皆がそれを止めに入る。

 

「あはははは!うひゃひゃひゃひゃ!殺せよ!もういっそ殺せよ!フザケンナヨ!まじでふざけんなよ!アンタ一体なんなんだよおぉ!!!」

「…何かまずい事をしたでしょうか?」

「いやーまー、そのー…なんというか…思春期にありがちな症状っつーか…」

「イタチさんは悪くない…悪くないんだ、あーあれだ、運と間が悪かったんだ…」

「?」

 

困惑気味のイタチにガクトとキャップがそれとなくフォローを入れる。

眼前で繰り広げられるその混沌絵図

未だ奇声を発し続ける大和に視線をおいて、イタチはやや躊躇いつつも

 

「あの様子から察するに、もしやあのノートは…」

「そこから先は言っちゃだめえ!」

「イタチさん、武士の情けだ!そこから先は言わないでやってくれ!!」

 

先の言葉を繋げようとするイタチを、一子と百代が必死で止める

下手にこれ以上大和に刺激を与えようものなら、それがトドメの一言になるかもしれないからだ。

 

(……成程、コレ等を書いたのは大和さんだったか……)

 

手に持った黒塗りのノートに視線を落としながら、イタチは考える。

確かに人によっては自分の書いた創作物、作文や絵を見られて恥ずかしいと思うだろう

彼もその類の人間だったのなら、たしかに自分の行動は少々配慮に欠けていたかもしれない。

 

しかし、そんな今までのやり取りの中に少しだけ

イタチの中で引っかかっているものがあった

 

(……思春期に、ありがち…か……)

 

その言葉を心の中で呟いて、イタチは改めてノートをめくる

目に映るのはギッシリと言っても言い程に並べられた文字列

そこに書かれている内容、ストーリー、世界観、キャラクター、神話に逸話、武具に道具

そこに書かれている全てに、改めて目を通して

 

 

「成程、恐らくですが…自分にも似たような時期があったのですね」

 

 

喧騒の中、その言葉が響きわたる。

予期せぬイタチのその言葉に、少なからずイタチに皆の視線が注がれて

 

「禁じられた力を眼に宿す一族、全てを焼き尽くす黒い炎、自身の破滅と引き換えに得る強大な力…」

『…っ!』

「一国の軍事力に匹敵する魔獣、その魔獣を制御し支配下に置くために贄となった人柱、

そしてソレを狙い奪おうと暗躍する組織…」

『…っ!っ!!』

 

「正直に言うと、どこか身に覚えがあるというか…読んでて凄く親近感が湧きました」

 

イタチに言葉に合わせて、二度三度と一瞬大和の体がビクンと大きく痙攣する様に跳ねたが

次いで静かに語りかける様に、イタチの言葉は続く。

 

「恐らく、自分もこの様に空想の世界を想像し、架空の冒険譚を脳裏に描いていた時期…

もしくは似た様な事をしていた時期が、自分にもあったのだと思います」

 

自分がこの物語をここまで読み進めた理由

自分がこの物語に出てくる人物に入れ込んだ理由

それは他ならぬ自分自身に、思う所があったからだ。

 

「…うーむ、イタチさんが、か?」

「何て言うか、イメージができないわね」

「でも、大和が聞いたらちょっとは安心するかもな」

「まあ、普通の人よりも『同類』の人の方がダメージ少ないかもね」

 

そんなイタチの言葉を聞いて、百代と一子がやや疑惑混じりの言葉を呟く。

次いでキャップとモロが思い思いの言葉を述べ

 

「んで、肝心の弟はどうした? さっきから随分静かだけど?」

「あれ」

 

百代の問いに、ガクトが指をさしながら簡潔に答える

ガクトが指差す方向、そちらに視線を向ければ仰向けで寝転ぶ大和とその大和に膝枕をして恍惚の表情を浮かべている京が目に入った

どうやら一通り叫び終わった後に、パタリと意識を失った様だ

 

「こりゃもうお開きだな」

「…すいません。折角来ていただいたのに、この様な事になってしまって」

 

キャップが肩を竦める様に言って、イタチは申し訳なさげに頭を下げる

しかしキャップはイタチに対して「いいっていいって」と軽く笑いながら言って

 

「っていうか、状況的に謝るのはこっちの方だろうしな」

「流石に、ちょっと予想外だったからね」

「おまけに京のヤツも悪ノリしてかんな」

「ついカっとなってやった、反省している。だが後悔はしていない」

「アホか」

 

と、そんなやり取りをして今日の集まりは一旦解散となった

気を失った大和の方も流石にそのままにしてはおけなかったので、ガクトが担いで島津寮まで連れ帰る事になった。

 

そして件の引き金となったノート

これに関しては、こうなった以上下手に刺激しない方がいいと判断され

ノートは一旦風間ファミリーに、更に言えば今回の事で下手にからかったり刺激しない様な人間

ノートを失くしたりせずにしっかりと大和に返せる様な人間

 

消去法でノートはモロが一旦預かり、改めて大和に返す事になった。

だがしかし

 

 

「今日、川神院に行ってからの事を全く覚えていないんだけど、なんかあった?」

 

 

と、大和が事の顛末を綺麗さっぱり忘れてしまったため、ノートを返そうにも返せなくなったのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――こんな所か」

 

今日の授業の復習と予習を終えて、イタチは軽く背筋を伸ばしながら呟く

既に今日の分の家事手伝いは終わらせてあるし、これと言った私用もない

時計を見れば既に時刻は深夜、明日のも早朝から仕事があるのでこの辺でもう床についても良いだろう。

 

そう判断して、イタチは手早く片付けをして畳んであった布団を敷いて部屋の明かりを就寝用に切り替える

目覚ましの確認をして布団に入り込み、今日の出来事を思い返す。

 

 

(……思い出したくない、事…か……)

 

 

思い出すのは、些細な切っ掛けで始まったあの騒動

直江大和のノートによって起きた、あの騒動

 

(……自分にも、あるのだろうか?……)

 

思うのは、未だに戻らない自分の記憶の事

未だに自分の名前も素性も思い出せない、自分自身の記憶の事

 

(……出来る事なら思い出したくない、目を背けたい…そんな過去が……)

 

(……一度目を向ければ、あの様に嘆き、叫び、衝動に侭に暴走したくなる様な過去が……)

 

(……そんな過去が、俺にもあるのだろうか?……)

 

 

そこまで考えて欠伸が一つ、それを切っ掛けに重くなる瞼と微睡む意識

そして沈む様にイタチの意識が微睡みの中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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――何だ、ここは?――

 

先ず目に入ったのは夜の帳だった

そこにあるのは何処かの居住地、人々が寄り添って暮らす生活の地

 

目に映るのは夜空の月、星空、建物や木々のシルエット

一面に広がる血の海、屍の山

 

眼前に広がる光景、凄惨極まるこの世の地獄の様な光景

自分の足元にあるのは、嘗て自分が心から大切に思っていた人たち

 

――知っている、自分は知っている――

――この風景を、この有様を、惨劇を――

 

――知っている、自分は知っている――

――ここに生きている者はいない、ここに在るのは全て人間だったモノ――

 

――知っている、自分は知っている――

――知っている、自分は誰よりも何よりも知っている――

 

――でも忘れている――

――知っているくせに忘れている――

 

――忘れちゃいけないのに忘れている――

 

 

 

――だから、笑ってる――

――忘れているから、笑えている――

 

――あんなに苦しかったのに、忘れている――

――あんなに悲しかったのに、忘れている――

 

――あんな事があったのに笑えている――

――あんなに酷い事をしたのに笑えている――

――あんなにたくさん酷い事をしたのに、笑っている――

 

 

 

――だから思い出せ――

――ソレを思い出せ――

――ソレをやったのは誰なのか思い出せ――

 

 

――思い出せ――

――自分が誰なのか思い出せ――

――思い出せ――

――自分が何なのか思い出せ――

 

 

――だから思い出せ――

――後悔したくないのなら思い出せ――

 

――だから思い出せ――

――これ以上、笑う前に思い出せ――

 

――だから思い出せ――

――これ以上、楽しい思いをする前に思い出せ――

 

――だから思い出せ――

――これ以上、幸せを感じる前に思い出せ――

 

 

――思い出せ、全てを思い出せ――

 

 

 

 

 

 

「――おい、大丈夫か?」

 

気が付けばそこは自分の部屋だった

目に映るのは見知った顔、視線を動かせば見慣れた光景が映った。

 

「…おはようございます、幸平さん」

「おうおはよう…って、大丈夫かよ? 珍しく寝坊かと思って様子を見に来たら、すっげえ魘されてたぞ?」

 

「寝坊?…魘されてた?」

 

身を起こしながら時間を確認する

既に時刻は六時半、完全に寝坊していた。

 

「…すいません。直ぐに支度して」

「あー、いいっていいって。今日は休んどけ、知らない所でお前も疲れが溜まってた事だろ?」

 

立ち上がろうとするイタチを制しながら、幸平と呼ばれた男は言葉を続ける

 

「今日は割と人手があるし、どっちにしろ朝の仕込みは大方終わってるし無理せずゆっくりしとけ。

それでも気になるんなら、昼の仕込みに改めてきてくれ」

 

じゃーなー、と

手に持った手ぬぐいをヒラヒラとさせながら、幸平は退室しイタチ一人が部屋に残された。

 

「失態、だな」

 

少し悔やむ様に呟く

反省すべき事だが、やはり指摘された様に自分も少し疲れが溜まっているのかもしれない

ならば今は厚意に甘えて、何の憂いも内容に体調を万全にしてから仕事に入るべきだろう

 

「…もう少し、寝るか」

 

そう決めて、イタチは再び布団の中に入る

何やら嫌な夢を見た様な気がするが、眠りに入り始めたイタチはそれ以上気にする事もなく

昼の仕込までの数時間、ただひたすら熟睡していた。

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 




あとがき
前回の更新から一ヶ月…前よりは大分早めに更新できました
次回はもう少し早めに投稿を目標に頑張りたいと思います。

さて本編ですが、この話の主役は我等が直江大和
ちなみに今回の「黒歴史編」原作では大和の黒歴史は一部しか語られていなかったので
今回の話は作者の実体験を元に作られています。もちろん100%じゃないです、大体全体の6割くらいです。

そしてもう一つ、今回の事でイタチはイタチで一歩前進、まさかの「元中二病患者」の疑いあり!
…というのが風間ファミリー(大和以外)の共通認識です。

最後のイタチの夢に関してですが、まあたかだか夢の事ですからそんな大した話はないです
だって夢ですもんHAHAHAHAHAHA!

という訳で、今回の「黒歴史編」もこれで終了。
次回もできるだけ早めに更新する様に頑張ります、それでは!

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