リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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A’s41 「アバンチュールは突然に、です?」

 太陽光の熱さが跳ね返る浜辺でシロノは海パンと白いパーカー姿で立ち尽くしていた。

 どうしてこうなったんだろうなぁと若干遠い目をしているのは無理も無い。夏休み期間に入ったすずかとの会話で海を見た事が無いとシロノが溢した結果がこれである。まさか、休暇最終日手前の日まで月村家が所有する別荘が立つ管理されている無人島へバカンスに行くとは思うまい。

 回想は二時間程巻き戻る。

 目を覚ましたらログハウスの中のベッドという大混乱間違い無い状況下で、左腕を絡めて幸せそうに寝ているすずかを発見してSUN値を戻す羽目になったシロノは静かに嘆息した。誘拐や拉致と言った可能性を考えるが、結界を張った月村邸でそんな輩が現れたら即座にシロノは目を覚ますだろう。ならば、この状況は確実に身内の犯行だなと考えて、某菓子店マスコットの如く舌をぺろっと出す忍の姿が脳裏に浮かんだ。

 S2Uを召喚し手元に戻したシロノはエリアサーチにより、元凶であろう忍が恭也と一緒にリビングらしき空間でファリンとノエルと共に居る事を把握した。そして、もう少しサーチを続けると桃子がなのはを抱いて寝ている部屋、士郎の監督の下美由希が訓練している浜辺、山を掛ける楽しそうなアリアの姿を確認してからサーチを切った。

 

「……高町家と月村家の旅行に連れ出されたって事で良いのかな。サプライズにしては少し規模がでかいなぁ……」

 

 覆う様に右掌を顔に置いてシロノは取り越し苦労の心配を頭から振り払う。犯人たちのアジト付近で仮眠を取った時の様な反応をしてしまったシロノは、平静になるためにすずかのさらりとした髪を撫でる。指の先へと抜けて行く高級な絹の様な肌触りに癒されたシロノは頬を緩ませた。

 ジュエルシード事件を終えてからシロノは高町家へと足を運ぶ機会を増やし、恭也に一撃を入れる程に成長を果たした。だが、それは戦闘民族高町家の認識を改める一件へと繋がった事で地獄を見る機会を増やした事にも繋がった。そのせいで触れ合いが若干減っていたのもあって、こうして静かな環境ですずかに触れるのは久方振りの事だった。

 

「……駄目だな。一週間もすればまたミッドだって言うのに……」

 

 「んぅ」と髪を撫でる右手に頬を摺り寄せたすずかの可愛らしさに骨抜きになっていたシロノはドアノックが室内に響くまでその天使の様な寝顔を眺めていた。数分後の入室への問いに肯定を返せば、微笑を浮かべたノエルが顔を見せる。ノエルから見ればすずかを愛しそうに撫でるシロノの姿が見えるので微笑ましい光景が映っていたのだろう。

 

「おはようございます、シロノ様。ご機嫌は如何ですか?」

「大変宜しいですよ、ノエルさん。まぁ、こうしてS2Uを手元に召喚しちゃうくらいに驚きましたけどね」

「ふふっ、それはそれは……。忍お嬢様のご期待通りの反応の様ですね。シロノ様とすずかお嬢様のお部屋はログハウス二階に当たります。朝食の準備も進めておりますので、三十分後程に一階のリビングへお越しくださいますようお願い致します」

「分かりました。朝食期待しておきます」

「おや……、承知致しました。では、失礼致します。ごゆっくりとどうぞ」

 

 シロノと出会って、いや、具体的にはシロノが忍へデバイスを含めた技術を教えてからだが、段々とノエルとファリンの仕草や動きが人間らしく成りつつあり、先ほどの微笑もクールなお姉さんが弟へと向ける親愛感が垣間見れた。退室していったノエルを見送ったシロノはS2Uを忍が持っていたのだろうと目星を付けて若干眉を顰めた。ノエルが高性能な自動人形であっても流石に目を覚ましたか如何かを察知できる機能は無い。と、なれば召喚されるだろうS2Uを忍が持っていれば、必然的に見知らぬ場所で目を覚ましたシロノが取るであろう行動、愛機召喚によってノエルを送るタイミングを計れるだろう。

 完全に忍の掌で遊ばれている感じがするシロノだが、恭也から教わった忍対処術により気にしない事にした。実際、高給取りであってもミッド貨幣はこの世界では使えないし、持ってきた地球貨幣は日本円に換金しているが数日程度の予定だったのもあって一万と少しであり、居候の身であるシロノは忍へあまり強く言える立場には居ない。もっとも、既に居候の肩書きは一日目で脱ぎ捨てており、妹の婚約者という立場ではあるが、金銭的に役に立ててない所から居候と何ら変わりない。

 

「ごゆっくり……、ね」

「んふふ……、シロノさん……、すきぃ……」

 

 結局シロノは寝ていて甘えに磨きが掛かっているすずかが目を覚ますまで骨抜きにされ続けたのは言うまでも無いだろう。寝ぼけ眼をぼんやりとさせるすずかの手を引きながら、シロノはノリノリで今回の件に参加したであろうすずかに苦笑する。一階のリビングへと下りてファリンにすずかを任せたシロノは、少々ながら冷ややか視線で恭也と談笑していた忍を見やった。そんなシロノを見て恭也はすまなそうに、忍は何処か楽しげに笑みを浮かべる。

 

「おはようシロノ君。無人島ツアーへようこそ、と言っておくわね」

「おはようございます、恭也さん。……ああ、忍さんも居たんですね」

「し、シロノ君? 何だか私への態度が冷たくない?」

「……冗談ですよ、ええ」

「だから止めとけと言ったんだ……。すまないなシロノ。忍の暴走を止められなくて」

「いえ、恋人に弱いのはよく分かりますから……」

「……そうか」

「と、兎に角シロノ君も座りなさいな。因みに其処ね」

 

 やれやれと冷たい雰囲気を取り払ってシロノは忍に指された椅子へと座りテーブルに着く。少々遣り過ぎたかなぁと忍はシロノの様子を見て苦笑する。席に座ったシロノの視界に壁時計が映り、時刻は六時半と少しばかり朝錬の時間よりも遅い。そう言えば、とシロノは恭也へと疑問を問い掛ける。

 

「士郎さんと美由希さんが浜辺で鍛錬をしている様でしたが恭也さんはもう終えたんですか?」

「……ああ、少し膝の古傷が疼いてな。針での治療を終えたら参加する予定だ」

「治癒魔法で治療しましょうか?」

「そうだな。俺も出来るなら早く鍛錬に戻りたい。後で頼めるか」

「はい。道場でお世話になっていますし、任せてください」

「良かったじゃない恭也。でも神速は体を壊しやすいんだから自重しなさい。あ、それともシロノ君みたいに夜の一族の仲間入りしてみる?」

「それは……」

 

 恭也は痛む膝に視線を落として答えに詰まる。別に夜の一族に属するのには忌避を感じない。だが、シロノが初め感じた様に、脅威的な身体能力を努力も無しに手に入れるのは武人としては避けたいのだろう。恭也はまだ若い。武人とは生涯に渡り流派の技や肉体を極め続ける者だ。瀕死になり命を落とす瞬間でも無い今、夜の一族化するのは軽く頷く事は出来ない。それは、忍と永遠に近くも有限な一生を過ごす事を拒否している訳ではないのだ。その葛藤を知っているからこそ、忍は神速と言う体へ負担を掛ける奥義の多用を自重させるための出しにしたのだろう。

 

「すまない。善処する」

「もう、善処するってしない人が言う台詞じゃない」

「……まだ、早いからな」

「まだ、ね。……ふふふ♪」

 

 ご馳走様ですと言わんばかりにシロノは肩を竦めて、リビングへと戻って来たすずかと入れ替わる様に洗面所へと歩いて行く。何処か嬉しそうな姉と頬を分かり辛いが若干だけ染めた恭也を視界に入れたすずかは小首を傾げ、ファリンはそんな二人を見て微笑みを向ける。熱々なカップルが二組も入り浸る月村邸のメイドの片割れである。主人に対する機敏な察知はノエルよりかは些か鈍いが察する事はできる。もっとも、自動人形であるから耐えられるのであって、普通の人間のメイドだったなら胸焼けで体調を崩しかねない光景である。

 

「では、朝食の用意が出来ましたので食堂へとお越しください」

 

 だが、月村家のメイドは伊達じゃない。美麗な表情で惚気のオーラを物ともしない凛とした動作でノエルは朝食の完成を告げた。その堂々とした姿は正に威風堂々の鳳凰の如く、パーフェクトメイドと名高いノエルの仕事振りには脱帽である。そんな先輩メイドをファリンが憧れで感動したという場面もあったが特段無く食堂へ此度の旅行メンバーが集まり、食事を開始した。

 一部、いや大部分が惚気空間を作った事でなのはが膝元に置いたユーノと喋る姿があったが、食事を終えた一同は本日の本題である話題を持ち出した。それは、高町ブートキャンプもとい高町式無人島鍛錬合宿の始まりを告げる宣言であった。

 これを聞いて戦慄したのは拉致られてこの場に居るシロノだけだ。士郎と恭也と美由希の手招きに初参加のシロノは諦めた表情ですずかへ今生の別れの様な茶番めいた別れを告げ、別室で紫迷彩色のトランクスタイプの水着と白いパーカーを羽織って指定された場所、すなわち冒頭に戻り浜辺に立っていた。

 

「……確か柔らかい砂場は足を鍛えるのに適してるんだっけ」

 

 昔、具体的には二年前程前にゼストブートキャンプもといゼスト式極訓練任務によって得た知識を魂が抜けた様な表情で海を眺めながらシロノは呟いた。忍は言っていた。この島に一週間滞在する、と。つまり、一週間士郎監修の御神流鍛錬合宿に強制参加される事になる。武人として鍛える環境が出来上がっているのは嬉しい。嬉しいのだがせめて心の準備くらいは欲しかったなぁと脳裏にすずかの笑顔が浮かび始めたシロノは一人思う。

 そして、三人の屈強な武人の気配を感じたシロノは嘆息を一つ漏らしてから表情を引き締めて後ろを振り返った。服の上からでも分かる筋肉質な肉体であるとは思っていたが、筋骨隆々という言葉を細身へ引き締めた士郎の見事なボディバランスに戦慄した。人はここまで極められるのか、と一種の真理を見たかの様に海パン姿で仁王立ちする士郎を見てシロノは一瞬だけ呆けた。その隣で準備は完了していると言わんばかりに目をギラギラとさせている恭也と何処か苦笑気味のオレンジ色のビキニタイプの水着に白いパーカーを羽織っている美由希が立っていた。

 

「いいかい、シロノ君。武人にとって必要なのは、屈強な意思により強靭なる肉体を用いて極めた技を会得する事だ。その領域に至るためには先ず、強靭な肉体を得て、屈強な意思を自覚し、技を極めるという三ステップが必要だ。シロノ君は基礎は出来ている。だが、肉体の伸びが著しい現状で止めておくには勿体無いポテンシャルがある。よって、今回の君の鍛錬メニューは基礎に重点を置いた内容にしてある。……ついて来れるな」

 

 初っ端から拒否権は存在しないようである。高町道場でのスパルタな鍛錬内容からして想像できていたので、もう驚く事を止めたシロノは真摯な眼差しで頷く。地獄への片道切符は既に手にしているのだ。それも、手に縫い合わせたかの様にがっちりと。ならば、もう飛び込む以外に道は無い。毒を喰らわば皿までもと言わんばかりに、シロノはこれから過ごすであろう過酷な環境へ自ら足を踏み入れるのだった。


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