リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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無印35 「妖艶なる月村姉妹、です?」 

 一足先に湯船から出たシロノは後続である士郎たちに部屋へ戻る旨を伝えて、部屋へと戻るが部屋鍵をリニスが持っていた事を失念していて入る事が出来なかった。一つ溜息を吐いたシロノは精神通話で売店に居るとすずかに伝えて、旅館の売店スペースを冷やかしていた。

 売店は一階のエントランスの端に存在し、風呂場から少し離れた程度の場所に位置していた。ギリギリ海鳴市に位置する蜜草湯は観光旅館として結構有名な様で、テレビで紹介されましたというポップがある海鳴饅頭やウミネコクッキーなるものが陳列されていた。部屋から財布を持ってきていないシロノが数分程売店を冷やかしていると慣れ親しんだ魔力と気配が後ろから接近するのを察知する。

 振り返ってみればホクホクと上気した肌が色っぽさを魅せる浴衣姿のすずか居た。精神通話で出た事を伝えたが故に一足早く出てきたらしい。少しバツの悪そうにシロノは近寄るすずかへと歩む。

 

「ゆっくり入ってて良かったのに」

「何だか騒がしくなっちゃったから出てきちゃいました♪」

「ん……、すずかも早く出ちゃったみたいだし、少し旅館を歩いてみようか」

「はい!」

 

 すずかはシロノの左腕に抱き付く様に小さな膨らみを当てる様に抱える。浴衣一枚の薄さであるが故にその感触はダイレクトに近い。少女でありながら確りと成長の余地を見せているその柔らかさにシロノは「うぐ」と呻く。なまじ婚約者であるが故に意識してしまう。それはすずかが歳相応らしからぬ精神を持つ大人びた雰囲気が後押ししているのもあるが、すずかもまた少し恥ずかしいのかそれとも湯船に逆上せたのか顔が赤いせいでもあった。ぶっちゃければ、可愛いのである。

 同棲しているが故に距離が近過ぎて少し慣れつつあったが、すずかは容姿端麗頭脳明晰将来有望なパーフェクトお嬢様である。更に淫靡属性を隠し持っているからか子供の可愛らしさに妖艶さが垣間見れてしまう。同学年の男子生徒曰く月村が大人びたお姉さんの様に美しくなったとの事で、シロノと関係を持った頃から可愛さと美しさが五割り増しくらいになっている。

 そんなすずかのはにかんだ赤面顔を直視したシロノは年齢差を忘れて少し見蕩れてしまう。「えへへ」ともじもじするすずかをエスコートする姿は仲の良過ぎる兄妹と言った具合に見える。もしかして禁断の関係かとこの場に他の利用者が居れば勘繰ってしまうぐらいに熱々だった。

 浴衣美少女と化したすずかを片腕にシロノは歩幅を合わせて庭園へと歩いて行く。そのゆったりとした雰囲気は殺伐とした戦いの世界から解き放たれた楽園の様に感じてしまう。少し、一ヶ月前の激務の頃を色惚けて忘れてしまいそうになる程に、それはもう平和な時間だった。

 もしかすると貸し切ったんじゃないかと思ってしまうくらいに人に会わず、シロノとすずかは庭園が見える窓がある廊下へと足を踏み入れる。其処から見える光景は和の境地と言った所だろうか。素人目でも落ち着く空間として目の保養になる侘び寂びのある見事な庭園がそこにあった。

 

「あ、シロノさん。あそこから庭園に行けるみたいです」

「ん、行って見ようか。見事な庭園だし、近くで見るのも乙ってもんかな」

 

 縁側のある場所まで歩いた二人は窓越しじゃない庭園の雅な風景に息を呑む。それは華道を嗜んだ事で学のあるすずかを持ってしても素晴らしい光景が其処にあった。近くで見るのと写真で見るのとは違う、そんなはっきりとした開放感と静寂の雰囲気を庭園は作り出していた。

 暫く立ち尽くしていた二人だったが、どうせだからと縁側へと座り込む。寡黙な夫に寄り添う妻の様にしなだれかかったすずかのシャンプーの匂いが香って、シロノがすずかを意識してしまう。どうやら、月村邸という聖域から出た事で、外という新鮮な感覚に戸惑っているらしい。そんなシロノの心情を機敏に察したすずかはむふぅと満足げに肩に頬を擦り寄せる。

 既に庭園観覧から惚気空間を作り上げた二人は静かにイチャつくのだった。庭園を見て劣情という名のイけない感情を押し殺すシロノと、その葛藤にニヤァと笑みを浮かべる策士すずかという図は端から見れば初々しいカップルに見える。もっとも、年齢を知れば「ふぁっ!?」と驚く事間違いない無いが。

 

「んふふー、シロノさん」

「ん?」

「シロノさんは大きいのと小さいのどっちが良いですか?」

「ん、んん? 比較対象を提示して貰ってもいいかな」

「んー。それは勿論……」

 

 ふにゅふにゅっと猫の様な表情で小さな膨らみを態と当てる。それにより、巨乳派か貧乳派かを問われていると至ったシロノは内心焦った。一応ながらシロノは未来知識とも呼べるstsの内容からすずかが大変発育良く育つ未来の選択肢がある事を知っている。シロノとて思春期真っ只中な男の子。アリアの胸に目線が行ってしまう事も多々あったし、揺れるそれをつい見てしまう男の性がある。

 けれど、正直に言えばシロノは童貞であったのに加え、前世の環境が病院だったのもあってその手の意識には疎い方だった。今生も真面目に勤勉に真っ直ぐ仕事中毒者だったのでその手の考えを持った事がそもそも少なかった。なので、シロノは正直に言った。

 

「……ん、正直どっちでも良いかな。性欲とかで女性を見た事無いし……。見た目よりも中身に引かれる性質(たち)っぽいし」

「え、えっとそれって……」

「うん。ぼくは月村すずかという女の子が好きになったんだ。別に打算的な考えはした事無いよ」

「あぅ……、シロノさんって本当にストレートに伝えてくれますよね……」

「そうかな?」

「ふふふっ、でもそんなシロノさんも大好きですよ」

「そっか、なら十全だ」

 

 甘々で熱々な惚気空間を作り出している二人を遠目で見やるカップルが居た。浴衣美人となった忍と浴衣武人の恭也である。夕飯の時間を伝えに来た際に部屋に二人が戻っていないのを知って、散歩のついでにと探索を申し出たのだ。実を言えば毎年恒例である庭園デートに繰り出したのだが、先に小さなカップルが居座っていたので野次馬の如く眺めているのだった。

 

「……すずかちゃんは本当に変わったな」

「ええ、あの通りシロノ君に夢中みたいでね。家でも見かけたら一緒に居るってぐらいにラブラブよ」

「それはまた……」

(成る程、それに中てられたのか最近のお前は)

 

 納得という表情を無表情の下に出した恭也は小さく溜息を吐いて、愉悦顔でニンマリと微笑む恋人を連れてきた道を戻って行く。「あーれー」と小声で言っている辺り仲が良い。それよりも、久し振りの恋人との戯れに喜んでいる節があった。それは毎日シロノという恭也の子供の頃を連想させる人物が居たからだろう。一人の時に素の顔を見せ、二人を越えれば仮面を被る少年を監視もとい観察していたから。何処ぞの馬の骨よりかはランクが上がり、妹を任せてもいいかなと思えるくらいには信頼しているが、愛しい妹の相手であるが故についつい評価をしたくなってしまう。

 勿論ながら、恭也もなのはに悪い虫が付かぬ様に徹底的にやるだろう。それはもう、御神流の真髄とも言える奥義を無駄に発揮してしまう程に。だが、今は一応苦労人らしいシロノの心労を増やさぬように恋人の手綱を握る事にしていた。それに、目の前ですずかとシロノばかりに目を向けられるのも何だか癪に障ったというのもある。

 

(あら? もしかして恭也嫉妬してくれてる? ふふふ……、可愛いんだから本当にもう♪)

 

 そんな男心を的確に掴み取る忍もまた妖艶の乙女である。月村姉妹は惚れた相手に一途であるが故に、その彼氏は理性的に困る運命にあるようだった。特に、思春期真っ只中である男二人である。例えどちらも鋼の様な精神を発揮する猛者であろうとも、乙女の計略は火急に陥る効果を発揮するようだった。

 

(視線が消えた。というかあの雰囲気だと恭也さんと忍さんか。……ああ、把握できた。もしかして毎年庭園に来るのが恒例だったりするのかな。悪い事したなぁ……)

 

 地味に吸血鬼能力を発揮しているシロノは、ポーカーフェイスの仮面を被って十メートル以内の気配を探る臨戦態勢を解除した。彼の懸念は純粋にこの場(デート)が見られるのが恥ずかしいというだけだ。特に、主人公勢たちには見られたくない。何故なら彼女たちは近い将来管理局入りする可能性が高いからだ。

 と、言うのも、見た感じなのはの様子が原作と変わらないからだ。つまり、アリスという転生者が居ようがなのはが寂しい生活をしていた幼年期に関わっていないが故に、魔法という誰よりも稀有な才能を開花させたなのはが魔法を捨てる可能性が低いのだ。

 魔法凄い。

 それを使っている才能ある私も凄い。

 だから皆見てくれるし一人にならない。

 そんな考え方を無意識に構築して、防衛機能として心の防波堤を作り上げているのだろう。そうならば、アースラクルーの、というかリンディの勧誘にホイホイと乗るに決まっている。何故ならば、なのはの根底に良い子であるという前提があるからだ。大人に歯向かう子供は良い子ではないと、寂しさに押し潰されてきた頃に築き上げた歪な防波堤にはでかでかと描かれているだろう。

 それをシロノは何とかしようと思えない。いや、如何する事も出来ないと考えていた。何故ならば、彼はなのはの恋人でも師匠でも無いからだ。言うなれば年上の知り合いでしかない。友人と言える関係でも無いし、学友の先輩とも言えぬ立場だ。手を出す理由も無いし、出して良い立場でもない。

 だが、それを含めてシロノは先の事を考えていた。それは、なのはとフェイトの出会いの場である月村邸の中庭に落ちたジュエルシードを回収した経緯からして感じ取れる。原作とは違う可能性。環境が違えばアリシアのクローンが、フェイトという別人となる様に。出会う場が、紡がれる筋書きが、違えばまた違う未来が待っている筈だと考えていたからだ。もっとも、アリシア生存ルートという見当違いのコース変更で何とも言えない仲良しさんになったが。

 

「シロノさん」

「ん?」

「今、他の女の子こと考えてました?」

「んんっ、いや、すずかの将来の事を考えてたら、ね」

「ふーん?」

「す、すずか?」

 

 警戒網を解いた瞬間の緩みを抜かれ、シロノがすずかの押しにたじたじになる。シロノはやはり尻に敷かれるタイプの様で、シリアスがシリアルの如く砕かれる運命らしい。押せ押せのすずかの嫉妬めいた悪戯心が見える瞳に見つめられて、後ろへ下がらずを得ないシロノは旅館を支える木柱に追い込まれる。がっしりと両肩を掴まれて抵抗できなくなったシロノをすずかが妖艶に微笑んだ。その後、口元を押さえる格好で部屋に戻って来たシロノと肌艶が良いすずかの雰囲気は正反対だったと供述しておく。


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