リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り) 作:不落閣下
「どんな娘と戯れてきたんですか?」
アリシアと遊びを終えて夕方に返って来たシロノを待っていたのは嫉妬オーラで武装した
そして、ティンと浮かび上がったのはシロノにとって諸刃の剣にして、恋する乙女へのリーサルウェポンの一つだった。これを使うためにシロノは身の何かが削れる様な気がするが、ここで使わなくていつ使うのか。シロノは切り札を放つ。
「ただいま、すずか」
「んっ……、はい。おかえりなさい……♪」
それはおでこへのただいまのキスであった。しかも、シロノからという倍増効果付きの、だ。暴落した株がストップ高へと飛翔するかの如く機嫌が良くなったすずかがやんやんと頬擦りし始めた。端から見れば幼女を溺愛する少年であるため、外では絶対にできやしない諸刃の剣であった。効果は弱点見極めて八倍と言った具合で、うがい手洗いをする洗面所からリビングまでべったりと甘えているすずかが良い証拠だろう。そして、そんな二人の背中側から壁を蹴ってシロノの頭に乗っかるアリアの身のこなしは十点物である。
最近アリアを頭にすずかを腕にという姿が普通に成り始めたシロノの幸福指数は鰻上りである。もっとも、無言の異種嫁vs愛人対決が水面下で起こっている事を知らないシロノは幸せ者だろう。
交渉の緊張とアリシアとのお飯事等の遊びで疲れたシロノはくったりとソファに座り、すずかは右手を絡める様にして恋人繋ぎにしつつしなだれ、アリアは然も当然と言わんばかりに膝の上で丸くなっている。いつしかそんな光景が当たり前になったのを紅茶片手の忍は苦笑せざるを得ない。キスの一件があってから二人の仲が進展し、更には今では見慣れた猫の介入もあって微笑ましい限りだ。
そして、その光景を見て「私ももう少し出会うのが早ければなぁ」とトリップして高町家の長男が背筋を凍らすまでがお約束になりつつあった。恭也曰く、忍がシロノとすずかに中てられたのか発情期じゃないのに甘えてきて色々と迸って困るとの事。もしかするとゴールインの時期が早まるかもしれない雰囲気らしい。
そんな恭也の惚気を聞いてダメージを受けるのは勿論ながら淡い恋心を持っていた美由希であり、高校の友人に慰められる毎日だそうだが、幸せそうな恭也を見てアンニュイ気分のようだったとなのは談。だが、なのははなのはで新しいお友達にして魔法のライバルであるフェイトと仲睦まじい雰囲気であるとユーノが苦笑交じりに言っていた。固定砲台に特化する道を選んだらしいなのはは強固な障壁と大規模な砲撃魔法を習得し、アリスの仕業か「落ちろ蚊蜻蛉なの!」という勇ましい台詞がちらほら聞こえてユーノが戦々恐々であるらしい。アクセルシューターを魔弾の射手の如くひうんひうんと飛ばして足止めと障壁削りを同時進行しながら、固定砲台でズドンという恐ろしい戦法でフェイトを落としたという進捗を聞いてシロノは冷や汗を流したとか。
「ふふっ、シロノ君もこの家に慣れてきたわね。……というか昔の恭也とそっくりだわ。無表情じゃない意外殆ど差が無くなって来てるわね……」
現在のシロノの印象は、日溜りの様な表の顔と冷徹な微笑を浮かべる裏の顔を持つ、戦闘狂候補な槍術家の逞しい少年だ。なのは曰く優しくて甘えたくなる人、ユーノ曰く厳しいけれど意味のある誠実な人、アリス曰く羊の仮面を被った狼野郎、勇人曰く完全無欠の師匠との事で、概ね好印象が目立つ。それは何よりもすずかと一緒に居る事が多いため、鍛錬中での烈火の如く厳しい一面もあっさりと砕ける笑顔を見て「お似合いだなこの二人」と小学三年生に言わせる程のラブっぷりを見せていたからである。
因みにテスタロッサ家での印象は、プレシア曰く期待してるわ将来の……ふふふ、リニス曰く将来性が楽しみな少年、フェイト曰く強くて格好良い優しいお兄さん、アリシア曰く大好きなお兄ちゃん、アルフ曰く気遣いができる良い少年との事。普段のシロノしか見ていないために好印象がちの印象に本人が頬を引き攣らせていたが満更でも無いらしいとは後日談。
「そうですね。あれからそろそろ一ヶ月ですか……、感慨深いもんですね」
「ふふっ、シロノ君はすずかの騎士様だったものね。第一印象と今も変わらないままよ?」
「あはは……、騎士だなんて誇り高い人間じゃないですよぼくは」
「そう言えばシロノさんってミッド式とベルカ式のどっちが強いんですか? 練習風景を見ていると満遍なく使っている感じだけど」
「うーん、遠近で使い分けてるだけだからなぁ。だって、ぼくの切り札って結界張って凍結魔法で空間冷却して絶対零度っていう外道戦法ですし」
「え?」
「え?」
「……あれ? ああ、模擬戦じゃ見せた事無かったですね。ぼくの持っているデバイスはS2Uの他に、奇襲及び空間制圧用の専用ブーストデバイスのSBMがあります。これはアリアさんに貰った凍結付加ができる専用デバイスで、使い勝手は良いんですが周囲への配慮をしなくちゃならないので模擬戦で使えないんですよね」
「またアリアさん……。ふふふっ、デバイスマイスター教本を手に入れたわたしに不可能は無い……ッ! んぁ……」
「……すずかの扱いに手馴れて来たわねシロノ君」
「ええ。流石に頻度が多いと慣れてきちゃいまして。それに可愛いですし」
(そこであっさりと真顔で惚気る辺り恭也に似てるわぁ……)
シロノはバリアジャケットの上着だけ展開し、懐から出した懐中時計型のSBMをじゃらりと見せた。アンティークチックでありながらデバイスという最新魔法科学の先を行く懐中時計に忍は興味津々な様子で見つめる。
「SBM、セット」
《Stand by Me》
何処かで聞いた事のある女性音声で機械語を発したSBMが瞬いて消え失せ、シロノの両腕を覆う様な籠手へと変わる。近接戦闘も可能である珍しいアームドとブーストのハイブリット式のデバイスに見る人が見れば目を輝かす試作品の一つを完成させたデバイスである。言わずもがなデュランダルの試作機であり、アリアがシロノに手渡した辺りでお察しである。加えて言えば名前も含めてバレバレであるが、恋心から頼れる先輩への尊敬となっていたシロノはSBMの意味を「後ろから見守ってあげるからね」という励ましのそれだと勘違いしているので、音声まで頑張って入れたアリアは泣いても良いと思われる。だが、自分の作ったデバイスがシロノの二つ名に関係しているのもあって今となってはアリアは気にしていない。気にしていないのだ。
「へぇ……、格好良いわね。デザインは甲冑の籠手かしら」
「ええ、アリアさん曰く刃を受け流せるデザインを突き詰めたらこうなったとの事で、日本好きなぼくからすれば大満足の一品ですね」
「そうなの? もしかして刀とか好きだったりするのかしら」
「……お恥ずかしながら大好物です」
「あら、それなら業物あるわよ? 無銘と言う小太刀なんだけれども恭也は要り様じゃないって言ってて倉庫に入ってるわ」
「是非とも見てみたいですねそれ」
名前からして刀子であろうそれはS4Uへ組み込む機能の模範と成り得る。現代でそれなりの業物を手に入れるのは至難の事だろうと諦めていたシロノにとって僥倖であった。シグナムのレヴァンティン然り、基にする剣が鈍らであっては魔力刃や耐久性等に支障が出る。業物と呼ばれるそれらは在るだけで価値のある物が多いが、有名になるエピソードと言えば人切りの性能が元になる事が多い。多くの人を切るだけの性能を非殺傷設定に組み込む事ができれば、一太刀で魔力ショックによる瞬間決着を望める。言わば、業物のアームドデバイスを作り上げる最善手とも言えよう。
SBMを仕舞ったシロノはノエルが持って来た一尺程の木製の鞘と柄に収まったドスの様な無銘を見て生唾を飲んだ。受け取ったずっしりとした感覚こそ人を切る重さと言えよう。その重さに触れたシロノは息を止めて少しだけ引き抜いた。飾りの気の無い本来の意図により打たれたのであろう刀身に見蕩れる。その時のシロノの顔は玩具を貰った子供の如く高揚の表情をしていた。数十秒眺めてからシロノはS2Uにスキャンを頼み、その構造と長さや重さをデータとして保存した。現物を持つのは質量兵器法に引っかかるため名残惜しそうな表情で泣く泣くと言った様子のシロノはノエルへ鞘へ収めた無銘を返した。
「……感無量ってこんな気分なんですね」
「そ、そう。喜んで貰えて何よりだわ」
何時ぞやの小太刀を眺める恭也に似ていると思ってしまった忍は、
そこで地球の知識を持つシロノは発想を変えた。質量兵器であるから駄目なのだと。ならば、魔法によって質量兵器と同等の物を作り上げてしまえば万事解決である、と。
その原点こそが地球では一般的な電池という発想であった。カートリッジシステムは弾丸型の充填機に貯蔵した魔力を使い手に還元する事で爆発的な効率を打ち出す代物だ。対してシロノが考えたバッテリーシステムは本人ではなくデバイスへ還元して魔力を抑えて効率を良くする代物であった。言うなれば、副作用のあるドーピングと微々たるサプリメント。幸い組み込む魔法の術式はそこらに存在していた。魔力刃を収束する術式を組み込んだのがオフェンサー、魔力障壁を生み出す術式を組み込んだのがディフェンサーだ。未だ実用段階まで出来上がっていないのは偏にシロノがこのアイデアを止めているからだ。
バッテリーシステムのメリットにしてデメリットであるのは、上等な魔法資質を持たぬ人物でも運用できる可能性がある事だ。それは戦力増強となるメリットを抱えながら、質量兵器を使うテロリストもまた使えるデメリットを持っている。力も何も無いシロノが公表すれば天才デバイスマイスターの名を飾るだろう。そして、そのアイデアを軍事的に流されテロリストや違法魔導師が研究した物が悪用され、それを管理局が捕縛という名の刈り取りをして有効活用されるという悪循環を孕んでいた。
銃を使用したのは農民でも武士を殺せるからだ。効率化された道具とは時に悲劇の芽にも成り得る。それを歴史という教本で知っているシロノはレジアスへ手渡すのを躊躇せざるを得ない。そう、それはアインシュタインの嘆きの様なものだ。そんな事のために作り出した訳じゃないと、嘆く側に、第一人者に成る事がシロノは怖かった。それは非殺傷を切れば質量兵器よりも効率的な兵器と化すと分かっていたからだ。
この発明で救われる人は増えるだろう。
けれど、この発明によって散った人もまた増えるだろう。
そんな葛藤があってシロノは執務官になる時期になって忘れる様に開発を止めた。勇人に手渡した試作品こそがバッテリーシステムの最初で最後の試作品。どんな媒体にもシロノはバッテリーシステムの全貌を残さなかった。バッテリーシステムを組み上げるために労したデバイスマイスターとのコネの数々は眠りへと誘われた筈だった。
久方振りに引く設計図の書き方を未だに覚えているシロノは笑う。すずかに背中を押されたシロノだからこそ、バッテリーシステムの先の事を考える事が出来た。翌日には旅館へと向かうと言うのにそれはもう楽しそうにシロノは設計図を引いていた。