リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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無印31 「民間協力、です?」

 シロノがアリシアに服の裾を引っ張られながら上がった先には気配が三つ存在した。すずかの愛の吸血タイムによって貧血ギリギリまで吸われる毎日を過ごすシロノは生存本能なのだろう、気配感知や生命活動維持等の吸血鬼スキルを会得していた。もっとも、そこに誰かが居るな程度の気配察知なので、魔法でエリアサーチした方が早かったりするのは言わぬ約束である。順調に人の道を踏み外しつつあるシロノはぴょんぴょんとドアノブに手を伸ばすアリシアの一生懸命な姿に苦笑しつつ、代わりにドアノブへと手をかけた。振り返ったアリシアは少し恥ずかしそうにはにかんでから舌足らずなお礼を言う。その様子に出来たお子さんだなとシロノは感心しつつ、意気揚々とリビングへ踏み入れたアリシアに連れてかれる。

 

「ママ! シロくん来たよ!」

「あら、アリシア。プレシアなら寝室に……、ああ、管理局の方ですね。初めまして、主プレシアの使い魔であるリニスです」

「これはご丁寧に。自分はシロノ・ハーヴェイ執務官です。本日は遅れながら御礼と民間協力者のご説明にあがりました」

「存じております。アリシア、プレシアに伝えて来てくれるかしら」

「うん!」

 

 とてとてと寝室がある方向へと小走りしたアリシアの背中を二人は微笑ましい表情で見送る。ふと視線が重なり、お互いに苦笑する。シロノ的にこの手の話が分かる人は好ましい。特に今回の件の様な非常事態に加えイレギュラー要素のある案件は本当に助かる思いだった。民間協力者の資料を手配するために少々時間掛かったのもあり、尚且つフェイトという娘を貸し出している側であるため一つや二つ程に皮肉を言われるのも甘んじようというスタンスだった。けれど、リニスの好意的且つ理路然とした振る舞いは警戒を解くに値するお出迎えである。むしろ、怯えたり卑屈になる方が失礼に当たるだろうと考える。

 ビジネスライク的な関係になるであろうプレシアとの会談にシロノは緊張を解きつつ、リニスの勧めでリビングのソファへと座り翠屋印の手土産を手渡した。テスタロッサ家にはアリシアとフェイトという子供が居るため、この様な手土産は印象を良くする手品になる。その様な経験はミッドチルダでよくあったシロノだ。鉄板の看板メニューを外す様なチョイスはしないし、数も複数食べれる丁度良い数を揃えている。

 そして、ソファに座ってからシロノは少し気を抜いた様な素振りで辺りを顔を動かさずに観察する。リビングの棚に絵本や可愛らしいおもちゃがあるあたりアリシアは相当に可愛がられているのだろう。キッチンのカウンターには何やら入学案内と書かれた何処か見た事のある校章の入った紙封筒があり、シロノはもう既にフェイトの転入手続きについて考えているプレシアに好感を持った。原作のプレシアはフェイトをアリシアとは別人と見ていたが故に虐げた経緯があったが、今のプレシアはアリシアが蘇生され健康的な精神状態でフェイトと向き合っているのだろう。そうで無ければ棚の上に置かれたフェイトとアリシアを笑顔で抱き締めるプレシアとその隣に立つ苦笑気味のアルフと微笑を浮かべるリニスが写る集合写真がある理由にならない。

 

(……フェイトちゃんの性格は元々真面目だし、良い家族と環境があれば礼儀正しい娘になるのは当然の結果だろう。プレシアさんに振り向いて貰いたいっていう暗い感情も、あそこまで溺愛されていれば微塵も考えないだろうし……。テスタロッサ家随分と平和になったな。本当に良かった)

 

 シロノはふっと微笑を浮かべて集合写真から視線を外した。生活観が溢れる普通の家庭の雰囲気に遣る瀬無い気分と微笑ましい気分が混ざって複雑な気分だった。原作という名の他世界の在り方を知っているが故に比較しがちになる自分が醜く感じてしまう。いつから、自分は雲の上の存在であると考えていたんだかと自嘲してしまいたくなる。

 

「お待たせしたわね、シロノ・ハーヴェイ執務官」

「いえ、本日はお忙しい時間を割いて頂き感謝します。テスタロッサ博士」

「ふふっ、その肩書きは数年前に放り投げたものよ。プレシアで良いわ」

「では、プレシアさん、と。此度は此方の実力不足によりご迷惑をお掛け致しました。誠に申し訳ありません」

「……そうね。管理局の人手不足は右肩上がりですものね。辺境の地へ派遣するのも遅れるのは理解しているわ。それに、今回は貴方も休養だったのでしょう? 其処まで畏まらなくて構わないわ。フェイトも新しいお友達ができて楽しそうだし、民間協力の件は継続して良いわ」

「感謝致します。此方が民間協力者への説明資料とその誓約書です。此度の件は既に次元航行艦アースラによる任務が決定されていますので、自分の指揮に入る事とその身の保護をお約束する内容となっています。匿名による協力も可能ですので、将来管理局に入る予定が無い場合は其方をお勧め致します」

「あら? 珍しいわね。管理局の勧誘は狡猾だと聞いていたのだけれども。うちのフェイトの資質はAAAは行くわよ?」

「……そこまで腐っていないという事ですよ。自分が言うのは何ですが、子供に荷の重い案件を高ランク魔導師というだけで送り出す輩は気に入りません。裏も見せずに捨て駒にする輩は特に」

「成る程ね……。管理局も一枚岩じゃない、と。……そうね、貴方にならフェイトを任せられるわ。シロノ執務官、フェイトをよろしく頼むわ」

「はい。任されました。無傷で、とまでは自惚れません。ですが、最悪を回避する事に最善を尽くすと誓いましょう」

「あら、威勢が良いわね。期待してるわ」

 

 品定めする様な視線でプレシアはシロノを見ていたが、真摯な姿勢とフェイトを気遣う素振りで警戒を抑えた。民間協力者の誘いというのは管理局側からすれば何も知らぬ相手をカモにするのと同義だ。幾らプレシアがミッド出身の博士号持ちとは言えミッド法を全て覚えている訳ではないし、加えて局員として働いていなかったのもあって現場の事は良く知らない。色々な噂を知っていたプレシアからすればシロノの口から匿名協力を勧められるのは意外な事だった。十三歳という若い歳でありながら相手側をきちんと気遣える精神を持ち、尚且つ上部の黒い一面も知っているある意味大人びたという印象を過ぎた雰囲気があった。絶対に、必ずと言った口だけの台詞を吐かなかったのも好印象の一つだ。

 もっとも、一番の好印象部分はアリシアが懐いているという事に尽きるのであるが。

 アリシアはプレシアの隣に座りつつもシロノを見てそわそわしていて、普段の様子を知るプレシアは遊んで欲しいのだと察していた。そんな可愛らしいアリシアに微笑みそうな頬を誤魔化しつつ、シロノとの会談に挑んでいたプレシアは列記とした親馬鹿であった。

 そんな主人を見てリニスは内心苦笑を隠せない。だが、一番気になるのはシロノが大人びている理由だった。そこらの大人よりも大人かもしれないと思わせる風格を何処で手に入れたというのか。普通の少年では経験も無い年齢だというのに。数日前にフェイトからシロノとの接触を聞いたプレシアとリニスは即座に彼の情報を集めた。マスコミが発行した雑誌の内容には目を疑う様な煌びやかな経歴があった。

 シロノ・ハーヴェイ地上本部所属執務官。階級は三等陸尉、十三歳の少年。苛烈な案件を一人で数十件も解決した手腕は素晴らしく、幾度か表彰もされている最年少執務官であり将来が期待される新星。彼の管理局最強の騎士ことゼスト・グランガイツに手解きを受けている弟子で、陸戦AAA+という輝かしい才能の持ち主。任務中の凍った仮面を被る雰囲気と専用デバイスによる凍結魔法の行使から冷徹の執務官として名を馳せている。だが、現在は休暇を取っていて行方は不明である。地上本部局員からの証言では有給休暇にて休養をしているとの事で……。

 その優秀過ぎる経歴を持つ人物の名を語る少年だ。それなりの猛者であると二人は考えていた。そして、民間協力者の高町なのは経由でフェイトからアポイントを取ってきたのも好印象に値する。拠点へ招く事をせずに会いに来る気概は素晴らしい。態々民間協力者を呼ぶ様な真似は相手側を舐めているとしか思えないからだ。そもそもミッドの管理外世界への偏見は少なくない。管理外だからと言って住宅を持たないとか言語がしっかりしていない等のイメージを持つ者も少なくなく、そのため管理外世界の住人を軽視する局員も多い。

 原作でリンディがなのはとユーノをアースラへ招いたのも、海側の立場を気にして疎かにしていた節や取り込もうとする相手への威厳を保つためのブラフ等の要因があった。要するに探索が遅れて被害が出ている事を隠したい思いがあり、有無を言わさぬ関係を持つ事で上官へ送る資料に口出しをさせない立ち位置を狙っていたのだ。もし、シロノがあの場に居たらクロノへ冷ややかな視線を向けていただろう。そして、事態に気付いたクロノによって必死のお話が始まるに違いなかった。その点で言えばクロノたちは一歩遅れているディスアドバンテージで済んでいるだけまだマシだろう。

 

「さて、それでは誓約書は事件終了後二週間以内に提出をお願いします。また、アースラとの揉め事が発生した場合には自分に連絡をお願いします。陸の執務官の手腕をお見せ致しましょう」

「ふふふ、それは楽しみにしとかないといけないわね」

「では、自分はこれで失礼します。ご協力の件、どうぞよろしくお願い致します」

「えー! シロくん帰っちゃうの……?」

「あら、アリシアはシロノ執務官を気に入ったようね」

「あ、あはは……」

「難しいお話は終わったんでしょ? シロくん遊ぼ! こっちこっち!!」

 

 純粋無垢な笑顔でシロノを引っ張るアリシアに苦笑しながら、シロノはプレシアへ目線を向ける。「どうしますか」という視線に「よろしくね」と微笑まれて返され、シロノは頷いて分かりましたとしか返すしか無かった。テスタロッサ家への案件がさくっと終わってしまったので、午後にも何も用事が無いシロノはアリシアと戯れる事を選んだ。下手に出ているというのもあるが、今回の件で管理局への偏見を持たないで貰うための一種のサービスの様なものだ。打算的ではあるがアリシアの笑顔に屈服せざるを得ないシロノは諦めて引っ張られる方向へと歩くのだった。


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