リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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無印30 「テスタロッサ家へ、です?」

「んー、あんまり芳しくないね。封印の具合が区々で、おまけに反応も薄くて後手に回るし」

「そうか……。アースラも後数日で転移範囲内に到着する。いざとなれば人海戦術も考えねばならないな……」

「そうだね。一応ローラー作戦しとくけど期待はしないで欲しいかな。……ああ、そう言えば民間協力者のリストはそちらに送った通りだよ。第一協力者高町なのは、第二協力者赤星勇人、第三協力者フェイト・テスタロッサ及びに使い魔のアルフの計四人が手伝って貰ってる人物だ。あんまりこの手の仕事はしたくないんだけどね……」

「ふっ、そうだな。シロノは自分を棚に上げておいて子供の局入りを良く思っていないものな」

「当たり前だよ。上に使い潰されるだけだ。だけど、流石に第九十七管理外世界住人全てが範囲内なら、百より十を取りたいぼくでも流石に無理だ。お手上げだね。手放しても次元震で死ぬかもしれないし、何よりまだ子供だから何をしでかすか分からない。無茶をする前に手綱を引いた方が安心できるしさ」

「……お前の信念はいつ見てもブレないな」

「……………………いや、そんな事無いかなーってぼくは思うんだけど」

 

 私用の通信でクロノと会話するシロノは感心する様に言われた言葉に素直に頷く事が出来ず、そっぽを向いて棒読みするという何とも茶番めいた言葉を選んだ。それにクロノは少し首を傾げたが、謙遜もまた美徳の一つかと納得してしまう辺りクロノの中のシロノの評価は著しく高いらしい。そんな心情を察したシロノは良い方向への勘違いだったなら捨て置こうと発しかけた言葉を飲み込んだ。

 最近アリアとの触れ合いが多いなと思う今日この頃であるが、温水プールにて烏賊の形をした水の暴走体をフェイトとアルフが回収しⅩⅦのシリアルを確保したっきりで進展が無い。その代わりに海鳴市を中心に魔力の濃い霧が発生しては寄せては返す波の如く追っ手を振り切って隠れてしまう謎の現象も確認されている。現在、実働部隊はなのは&ユーノとフェイト&アルフ、遊撃兼探索の勇人&アリス、指揮官兼最終実行部隊シロノという万全な状態でのローラー作戦を決行しているが成果は芳しくない。ユーノの傷と疲労が治り切るまで海にある六つのジュエルシードは手を付けずに要警戒対象としているが、未だに十個しか回収できていない状況が緊張状態を取り消せない要因となっていた。日々の吸血により貧血耐性が出来てきたシロノは検査の結果血液量が増加していたらしい。シロノの吸血鬼ならぬ増血鬼状態に忍はとある漫画を思い出したそうな。

 明日には子供たちの疲労回復と労いを狙って、兼ねてから計画していた三連休の温泉旅行へと赴く予定であるので、原作通りであれば一つや二つくらいは回収できるだろうというのがシロノの考えだ。海鳴市を中心に探索をしているが残り五つのジュエルシードの居場所が未だ不明なのが痛い所であるが、成果が出ない空回りは何の役に立たないので無理をしても意味が無い。

 

「ま、これからテスタロッサ家への民間協力手続きに行って来るからそろそろ切るね」

「ん、ああ。もうそんなに経っていたか。すまないな、手伝ってやりたいのは山々だが……」

「ああ、構わないよ。何なら何事も無く回収し切ってやるさ」

「……明るくなったな。良い出会いでも合ったか?」

「あー、うん。まぁね。そんなとこさ。あー、そうそう、今回の陸と海での隠蔽の件を忘れないでね。協力者じゃない現地人に勧誘しちゃ駄目だからね。……くれぐれも無い様に、ね?」

「ああ! 分かってる! 分かってるからその友人でも躊躇い無く切り捨てられるよぼくはっていう表情を止めろ! ……艦長にも釘を刺して置くつもりだが、もしもの時は全力ですまないと謝ろう」

「……そんな事が無ければ良いんだけどね。それじゃ、そろそろ行くよ。息災で」

「ああ、宜しく頼む」

 

 冷や汗を流すクロノの安堵顔の映ったモニターが通信が切れると同時に消え失せる。シロノはモニターのあった場所を一瞥してから、熱い日差しを反射して熱くなるコンクリートを見やる。五月に入って夏へ近付く季節を感じる気温にシロノはうんざりという顔をした。シロノの手には翠屋のシュークリームとケーキの詰め合わせが入った紙箱があった。

 先日のフェイトの事情聴取はなのはの同伴もあってとてもあっさりとしたものだった。それはシロノからすれば、フェイトと戦うフラグを折ったのもあって胸に乗っかっていた何かが降りた気がしたものだ。

 そう、最初は、だ。

 話を聞けば、十数年前の次元エネルギー駆動装置ヒュードラによる暴走事故でアリシアは魔力中毒及び酸素欠乏症による仮死状態になってしまっていたらしい。差異はあるが概ね原作に準じている内容にシロノは言葉を促した。そして、その後の内容でシロノは固まった。

 アリシアを蘇生しようと足掻くプレシアはクローンによる汚染された体を移し変える方法を考え付いた。けれど、クローン被検体一号ことフェイトを作り上げた時にふと気付いてしまった。もしも、失敗してしまった場合、目の前のアリシアに似た少女を処理できるのか、と。リニス曰く一時期であるが悩みに悩んでいたようだ。だが、それも転機が訪れる。それはヒドゥンと名乗る人物との邂逅だった。その人物はイデアシードと呼ばれる宝石により、願いを叶えるロストロギアであるジュエルシードを浄化し、本来の力を取り戻す事ができる事を仄めかしたそうだ。

 そして、プレシアが取った行動は――。

 

『……魔力を浄化する事で中毒以下の数値に抑えられるかもしれないわね』

 

 ――アイデアが閃くと言うヒドゥンからすれば想定外も甚だしいものだった。

 それから、プレシアはヒドゥンにお礼を言って即座にラボへ篭ったそうで、リニスがすまなそうな顔でヒドゥンを見送ったとの事。プレシアはクローンによる研究の弊害で患った病気を押さえ込みながら、中毒率を徐々に洗い流す生体調整ポットを開発。それにはクローンを収納する調整ポットの設計図が役に立ったらしい。それから一年前に完全に魔力を抜いたアリシアの蘇生に成功。クローンは必要無くなったが、破棄捨てる事が出来なかったがアリシアの「この娘がわたしの妹なの?」という台詞で「そ、そうよ!」と運命的なご都合主義に感謝して、運命という名を取ってフェイトと名付けたそうだった。

 その経緯を凄く嬉しそうに且つ幸せそうに語る純粋無垢なフェイトの笑顔を見ていたシロノは内心で呟いた。ちょっと待て、と。ツッコミ所が満載だった。イデアシードと言う重要ワードが孕むテスタロッサ家族物語に関わろうとしていたヒドゥンという人物が哀れ過ぎやしないか、とツッコミたくなった。恐らくヒドゥンとやらは転生者に連なる人物なのだろう。だが、その話を聞くだけならば間抜けにしか見えなかった。それでもプレシアに対しある意味最善の助言を与えた人物であるとフェイトの中では良い人扱いだった。

 楽しそうに手を繋いで翠屋へ遊びに行った二人を見送ったシロノは冷静になって考えた。ヒドゥンと名乗った人物の目的はジュエルシードだろう、と。イデアシードにその様な機能があるかは分からないが、ジュエルシードを集めるであろうプレシアへ持ちかけた時点で複数のジュエルシードを求めていた筈だ、と執務官としての思考で考えた。もしかすると、未だ見つからないジュエルシードを持っている可能性もある。そうなるとこちらへの接触も考えられる。近頃発生する魔力の霧もこの人物ではないか、と警戒を強める方向へ至った。

 テスタロッサ家は原作でフェイトとアルフの拠点としていたマンションの一室である様で、ヒドゥンなる人物の話も聞くためシロノはアポを求めた。けれど、返って来た返事は「貴方から来なさい」という簡潔な物だった。フェイト曰く、プレシアママはアリシアお姉ちゃんと一緒に療養しているので室内での安静状態なのだそうだ。それなら仕方が無い、とシロノはすずかに出かける事を説明して翠屋で手土産を持ってマンションへ向かっていたのだ。

 薄っすらと見覚えのあるマンションの前に辿り着いたシロノは一階のロビーからテスタロッサ家の部屋番号を打ち込む。すると、暫くしてから扉のロックが開いた。エレベーターで十一階へと昇り、部屋番号の表札を見送りながら114号室へと歩く。ドアの横に付いているドアフォンを押そうと指を出したタイミングで、ドアが内側へと開かれて金髪の少女が現れた。

 

「あ! フェイトが言ってたお客さん?」

 

 訂正、金髪の幼女が現れたようだった。やけにきらきらと好奇心旺盛な瞳を輝かせながらシロノを見上げるフェイトを小さくした様な幼女。いや、本来は逆で幼女にフェイトが似ているのだが、精神年齢は五歳の姉と九歳の妹という首を傾げる家族構成のせいで何とも言えなかった。

 

「そうだよ、君がアリシアちゃんかな? ぼくはシロノ・ハーヴェイ、よろしくね」

「うん! シロくんこっちだよ!」

「あ、あはは……」

 

 しゃがんでアリシアと目線を合わせて挨拶をしたシロノを気に入ったのか、服の裾を掴んでアリシアはぐいぐいと部屋へと連れ込む。愛称を付けられて苦笑気味のシロノはお邪魔しますと一言掛けてから靴を脱いで入室を果たした。同時刻、学校に居たすずかが何処ぞのニュータイプ宜しく不穏な影を察知したのは余談である。


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