「あ~あ、失礼しちゃうわ!」
今オレの目の前には結構激おこぷんぷん丸な状態のトウコちゃんがいる。
なんでそんな状態になったかというと、
「人のポケモンを笑って
とまあつまりはこういうことだ。
トウコちゃんと出会った場所が、2番道路ーサンヨウシティ・3番道路ーシッポウシティをそれぞれ直角三角形の底辺と高さとすると、ちょうどその三角形の斜辺の真ん中よりやや2番道路寄りぐらいというところだった。
また高レベルのペンドラーに追いかけられるといったトラブルに見舞われるのもかわいそうかと思ったので、旅は道連れということで、しばらくの間は共に行動をすることにしたオレたち。そこから使われなくなって久しいと思われる旧道を通ってオレたちは町を通らずにヤグルマの森に抜けた。サンヨウシティやシッポウシティは、二年前ならいざ知らず、今はジムがないので無理して寄ることもないかということで、そのままヒウンシティを目指していたわけだ。
ちなみにトウコちゃんはこのヤグルマのもりで三匹目のポケモン、モンメンをゲットしてみせた。水辺に水を飲みに来たモンメンが相手ということで、相性的には分が悪いものの、ラルトスではなくヒンバスでのバトルだった。森を散策してる途中で採取したリンドの実を持たせた上でミラーコートを鮮やかに決めてのゲットに、
(うわぁ、リンドの実の効果はユウトが説明したけど)
(おいおい、マジで本当に初心者なんか?)
と思わずラルトスと二人で唸ってしまったほどだ。
そして全員の顔合わせも兼ねて、その水辺でひとときの休憩をしていたオレたちに、バトルを仕掛けてきた短パン小僧がいた。彼はオレではなくトウコちゃんと対戦し、ここでも見事に勝利を収めて見せた。
そして彼の去り際のいわゆる負け惜しみ的なものが、ヒンバスに対しての外見から来る中傷である。
図鑑にもあるようなその醜さと負けた悔しさから思わず口走ってしまったのだろうが、そこから彼女は今の
オレとしてはここで慰めるのもいいし、一緒に怒ってあげることも大事だとは思うが、ヒンバスのままであれば今回のようなことはきっとまた起こることだろう。
ならば、もう少し建設的な案で行くかー。
「んじゃあ、ヒンバス進化させよっか」
「(まあ、それが一番簡単で手っ取り早いわよね)」
そういうことだな。
「……ハイ?」
一方、言われたトウコちゃんの方は何を言っているのかといった具合にポカンとした反応を返すに留まったのみだった。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「ポケモン図鑑のヒンバスの項目を出してみて」
「わかりました」
スマートフォンとタブレット端末のちょうど中間くらいの大きさのポケモン図鑑を操作してもらい、ヒンバスのページを表示してもらう。
『ヒンバス さかなポケモン
一か所に集まる習性を持ち、水草の多い場所で生息するが、なんでも食べるそのしぶとい生命力で、海でも川でも、また汚いところでも僅かな水しかないところでも生きのびていける。
また、みすぼらしく醜いポケモンで研究者を始め誰にも相手にされないポケモンだったが、近年新たな研究結果が発表されて、俄かに注目を集め始めたポケモンでもある。』
「ここの『近年新たな研究結果が発表されて』っていう説明が書いてあるでしょ?」
「あ、え、ええ」
トウコちゃんの隣に腰掛け、ポケモン図鑑の該当する部分を指でなぞる。
「これってヒンバスの進化についてのことなんだよ。ヒンバスの進化方法はかなり特殊でね、つい最近まではわかってなかったんだ」
(ちなみに発見したのは当然ユウトなんだけど!)
ラルトスはフフンと胸を反ってドヤ顔を決める。
まあ、それはここでは言わないし、あとオレのことも自慢したいんだろうけど、そんな姿に「カワイイ奴め」と思うと同時に「そんな幼児体型でそんなことをされても……」とも思ってしまう。
「(ふん!)」
「あいてててて! ちょ! 耳引っ張んなって!」
「(知らない!)」
「あの、どうかしました?」
ラルトスとちょっとふざけたらこちらに振り向いてきたトウコちゃん、ってちょっ!? 顔近っ!? うわやっべ! メチャクチャ近いよ、あとちょっとでその美人でちょっと赤らんでるその
「あ、ご、ごめん!」
気づかなかったとはいえ他人の、しかも女の子のパーソナルスペースに勝手に侵入とかヤバいよ! 一歩間違えれば変質者でジュンサーさんと手錠付きで仲良くランデブーしちゃうよ! 事案だよ!
と、とりあえず一歩分離れてっと!
(あー、ユウト、そういうの全然大丈夫みたいよ?)
「あ、あの、わ、わたし大丈夫ですから。えーと」
ラルトスの言うようにどうやらトウコちゃんの方は怒ってないようだ。
いやぁ、嫌われちゃうとこの後のヒウンシティまでの旅がものすごく気まずくなるから助かったといえば助かった。
「あー、本当にゴメンね、トウコちゃん。今度から気をつけるから」
「あ、は、はい……」
ふう。とりあえずなんとかなったようで、話を戻すか。
えーと、なんだったっけか?
(ヒンバスの進化の話よ)
「あーそうそう! ヒンバスの進化の話ね」
そうそう。図鑑の説明のところまでは出してもらってるんだったな。
じゃあ、その続きと行こうか。
■□■□■□■□■□■□■□■□
「えーと、あっ! あれかしらね」
ヤグルマの森の中、わたしはユウトさんと手分けして木の実の採取を行っている。この森、自然に生っている木の実が多いみたいで、「ハーデリアも歩けば棒に当たる」じゃないけど、ちょっと歩いているだけでもすぐに木の実を見つけられる(ちなみにこのことわざ、地方によって入るポケモンが違うみたい。例えばカントーだとガーディってポケモンらしい。ホウエンではポチエナだった)。
「モンメン、樹上の木の実に向かってはっぱカッターお願い」
「モン! モン、メーン!」
モンメンは体の両脇についている葉っぱを羽ばたくように動かすと、そこからはっぱカッターが飛び出していく。はっぱカッターの刃で木と切り離された木の実はそのまま万有引力の法則に従って次々と地面に落ちていく。
「ラル!」
しかし、地面とぶつかって潰れるという直前でそれらの木の実は落下を止め、ふわふわと宙を漂い始めた。そのままその木の実はラルトスの頭上に向けて飛んでいく。
「ラルトス、大丈夫?」
「ッル! ルッ!」
ラルトスの頭上には既にこれまで採取したたくさんの木の実が浮かんでいた。
なんでラルトスがこんなことをしているのかというと、ユウトさん曰くラルトスのサイコパワーの持久力を伸ばすための訓練なのだそうだ。母親であるユウトさんのラルトスにも何かを言われたらしく、本人自身は非常に奮起している。傍目には宙に浮かぶ木の実も歩くラルトスもフラフラしているし、ラルトス自身かなりきつそうなので、見ているこっちとしてはハラハラものなんだけど。
「うん。一回戻ろうか」
「……ル」
「モンメーン!」
浮遊している木の実の中には青い色の木の実の割合が多くなっている。それにそれを差し置いても大分木の実も集まったし、これで必要量は揃ったんじゃないかとも思う。足りなかったらまた取りにくればいいし、一旦ラルトスを休憩させないと。
「モンメン、辺りの警戒お願いね」
「モンメーン!」
歩きながら木の実を見やって思うのは――
(ヒンバスの進化、かぁ)
ヒンバスってコイキングと共通点が多いから、コイキングみたいにレベルが上がれば進化するものと思っていたら、どうやら違うみたい。
『トウコちゃんがポケモンコンテストとかトライポカロンに出るのなら、知っていなければいけないものなんだけど、ポケモンには【コンディション】ってものがあってね』
コンディション。
なんでも、“かっこよさ”“美しさ”“かわいさ”“賢さ”“逞しさ”の五つの要素で構成されるものだそうだ。これらを上げているとポケモンの魅力が大いに引き出され、ポケモンパフォーマンスやポケモンコンテストでは大いに注目を集めるのだそうだ。というよりもパフォーマンスやコンテストで勝ち続けるにはこれらを上げていないとお話にもならないらしい。“ホウエンの舞姫”や“ホウエンコンテストアイドル”“クイーン”といった称号を持つ人たちは、勿論演舞やパフォーマンスの実力も高いけど、これらの要素も抜かりなく最高位にまで上げている人たちなのだそうだ。
『ここで負けていたら、彼女らと同じスタートラインにすら立つことができない。いやいっそのこと、試合会場にすらたどり着いてないと言ってしまってもいいかもしれない。それぐらいパフォーマンスとかコンテストでは重要な要素なんだ』
まあ、わたしはトレーナーなので、目標はポケモンリーグチャンピオンだから、それはいいとして。
『図鑑にはヒンバスのこと、醜い醜いって書いてあるよね。ヒンバスをこれの反対、つまりは美しさ、このコンディションを相当高くまで上げる必要があるんだ』
……うん。
美しさのコンディションをかなり上げてレベルアップとかそりゃあ進化方法見つからないわ。てかコレを見つけた人っていったい何者なのよ? そんな変態チックなことを見つけた人のツラ、是非とも拝んでみたいわよね。
「まあ、そんな人のおかげで進化できるんだから、変態ってのは取り消しておこうかしらね」
とりあえず、これでヒンバスの進化の目途がついたわけだ(ついでになんかもう一つ進化方法があるらしいけど、設備の関係で今すぐにはできないらしい)
『この美しさのコンディションを上げるには青い色の木の実が多く必要だから、二人で手分けして集めてこようか』
「おっと!」
浮いていた木の実のうちの一つがわたしの目の前に落ちてきたので、思わず手に取る。
うん。
さすがにラルトスが限界に近いっぽい。わたしはラルトスを両腕に抱えて待ち合わせの水辺に戻ることにした。
(さっきの……)
ユウトさんと思わず身体が密着したとき。
ユウトさんはすごい謝って恐縮していたけど、わたしとしては別に嫌というわけではなかった。
あれかしら。通勤電車とか昔ライモンシティにある地下鉄に乗ってイベントとかにも連れて行ったもらったこともあったけど、人が混み込みしててすし詰め状態だったけどそこまでは不快というわけでもなかったし。まあ、離れたときはちょっとは残念かなぁとも思ったんだけども。で、でもそれだけだったと思うし。いや、でも――
「モン!」
「んえ?」
気がつけば、先には待ち合わせの場所でもあった水辺が見えた。
あれ? わたし、そこまで考えに耽っていたかしら?
「モン! モン!」
「そうね。早く戻りましょうか」
わたしはモンメンに先導される形で歩を進めた。
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ヤグルマの森の水辺。ここではトウコちゃんがモンメンを捕まえ、トレーナーとのバトルにも勝利し、そして木の実を手分けして探したらここに戻ろうということで待ち合わせにもした場所。
今、オレとトウコちゃんたちの目の前には森で集めてきた木の実の山。それからもう一つ、ヒンバスを進化させるに当たって重要な器具が木の実の山の隣に鎮座していた。
「さて、こうして木の実を集めてもらったわけだけど、このポロックキットを使ってポロックを作ってもらうよ。あ、ポロックはコレのことね」
オレは自分のポロックキットに付属しているポロックケースの中から一つポロックを取り出す。
「ポロックはこの四角いポケモンのお菓子のことね」
取り出したポロックは青・桃・赤・黄・緑の五色が段々重ねになっている普通の虹色ポロックだった。ちなみにこのポロックは五つすべてのコンディションが上がる効果を持つ。
「で、このポロックなんだけど作り方は――」
そうしてオレはトウコちゃんの目の前でポロックの作り方を実践していく。
まずはポロックを作るにあたって、ポロックキットの木の実ブレンダーに投入する四つの木の実を選び出す。今回は美しさを上げるために青い木の実を四つ使って青系統のポロックを作る。その選んだ四つの木の実を木の実ブレンダー上部の器に入れて蓋をしたら、ブレンダー本体にその器をセットしてスイッチオン。ウィーンという音と共に少ししてからピピーンというチャイムが鳴れば出来上がりの合図だ。ブレンダー下部にある取り出し口からポロックを取り出せばOK!
「ざっと、こんな感じかな。うーん、普通の青いポロックか」
出来上がったのはなんてことはない単なる青いポロックだ。ツブツブが全面に
「なるほど。案外簡単ですね!」
「そうだね。この新型ブレンダーが出来てだいぶ楽になったよ」
昔の旧式のタイプなんて、タイミングよくブレンダーのボタンを押して木の実を砕いていかないといいポロックはできなかったんだからね。今のはオートでやってくれるし、確率でいいポロックも出来上がるから、ホント科学の力ってすげーなー。
「じゃあ、やってみよっか」
「ハイ!」
ということでトウコちゃんにポロックを作ってもらうことにしたんだ――
したんだけどね――
「ねえ。ちょっと聞いていい?」
「はい? なんでしょう?」
「あなた何者?」
「はいぃ?」
トウコちゃんはオレの質問に眉根を寄せて至極困った表情を作っているんだけど、これだけは言わせてほしい。
――アンタのリアルラックはナニモンだ!?
「いや、連続六回すごい青色ポロックが出来て、じゃあ試しにってことで四色の木の実を使って全部のコンディションが上がる虹色ポロック作ってもらったら十三回連続ですごい虹色ポロックが出来るとか」
「あ、また出来ました!」
「じゅ、十四回連続だと……!?」
なんだよそれ。今回は別に大した木の実は使ってないから、“すごい”ポロックってできる確率結構低いんだぞ。それを十四回連続とか。ヒンバスの色違いのときも思ったけど、この子幸運ランク絶対A以上はあるよね?
とりあえず、すごい虹色ポロックは十六個あればコンディションがすべて最大値になるので、進化に必要なポロックの数はもう十分なのだが、ここまできたらどこまでその連続記録が伸びるのか個人的に気になったので、普通の虹色ポロックが出来上がるまでポロックを作ってもらったのだが――
「あ、今までの虹色ポロックじゃない! これはユウトさんが最初に見せてくれた普通の虹色ポロックですね」
――連続記録は四十九にまで伸びました。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「ユウトさん、準備はいいですか?」
「あーっとー。うん、これでOK! トウコちゃん、いつでもいいよ!」
ヒンバスは虹色ポロックを十六個食べ終えてコンディションがすべて最大の状態になり、水辺に浮かんでいる。見れば、確かに醜い中でも艶や輝き、スタイリッシュさなんかが以前とは雲泥の差、比べ物にならないレベルで見違えている。
そんなヒンバスを囲むように佇むオレやラルトス、トウコちゃん、そしてトウコちゃんのポケモンたち。皆、ヒンバスの進化を見守るためである。ついでにオレとラルトスは各地方のポケモン研究所に渡すための映像資料を作るためにカメラを構えている。ちなみにポロックを与えるところから含めてすでに収めてあったりする。図鑑にあった通りで、まだまだヒンバスの資料が少ないらしく、各地方の博士から「機会があれば是非に!」と頼まれていたからだ。
さて、今トウコちゃんの手元にあるのはふしぎなアメ。これはポケモンのレベルを1だけ上げるための道具だ。めったにない貴重な道具だが、悠長にバトルで経験値を重ねてレベルアップというよりも、とっとと上げて進化させてしまいたい。そう思ってオレが手持ちにあったアメを一つ、トウコちゃんに譲ったのだ。
あ、そうそう。ヒンバスは「自分の姿がちょっとでも変わるなら」と進化に相当前向きな状態である。
「うん! じゃあヒンバス、このアメを食べて。それであなたのすべてが変われるはずよ」
「バスー」
トウコちゃんが手ずからふしぎなアメをヒンバスの口に入れる。少し口の中で転がしたところで、ヒンバスはゴクリとそのアメを飲み込んだ。
そして始まる生命の神秘。神々しいまでの白光を伴いながら、徐々に変化をしていくヒンバスの身体。まるで蛹から羽化して成虫へと変態するかの如く。身体は細長く変化していき頭部からは特徴的な触覚と長いヒレが生え、細長い体の先、尾の先端が扇のような尾ひれに変化していった。
そして神秘の輝きが止む。
「う……そ……」
頭部から生える触覚は淡いピンク色をして、同じく頭部から生える長いヒレは薄青色。ヒレの先端が水面に浸かるほどの長さからメスであるという特徴が読み取れる。長いヒレが棚引くとその下にはエラのような小さい穴が片側に一列ずつに三つ、縦に並ぶ。その非常に淡い黄色く細長い体の下半身部分から尾ひれにかけて、通常であれば青と赤を主体とした七色に輝く鱗は、体色とは違って濃い黄色とマゼンタを主体とした七色の輝きを放っている。その部分が、見る角度によって色が変わって見えるのは通常色も色違いも変わらない。
ヒンバスは“いつくしみポケモン”ミロカロスへと見事な進化を遂げたのだった。
「(……綺麗よねぇ……)」
たしかに。何度かこのミロカロスへの進化を見てきたが、この進化だけは何回見ても見惚れてしまう。それほどの美しさと気品あふれる姿がこのミロカロスというポケモンにはあった。
「こ、これが……あのヒンバスだった子……。これが……わたしのポケモン……?」
「そう。これがヒンバスの進化だ。ミロカロスといって、いつくしみポケモンともいわれている。その美しい姿を見た者は心が癒されるという謂れからだね。最も美しいポケモンの一つとも謂われている」
ミロカロスは透き通るような美しい鳴き声を一声響かせると、トウコちゃんの元に寄っていき、その美しい身体をすりすりと擦りつける。
「ほーら、トウコちゃん。ミロカロスが挨拶してるよ?」
「は、ハイ! あ、ミロカロス、うん、これからもよろしくね!」
惚けていたトウコちゃんがそうミロカロスに声かけるとミロカロスはそのままトウコちゃんに寄りかかって彼女を押し倒してしまった。
「こーら、ミロカロス♪」
トウコちゃんの方も満更ではないようで、口ではああ言いつつも、ミロカロスのされるがままにされている。
「ラル。ラールト」
「モン、モンメーン」
そこにトウコちゃんのラルトスとモンメンが加わる。四人はとても和気藹々とした様子だ。
「(いい景色よね)」
「そうだな」
ポケモンとトレーナーの理想のような光景に、オレとラルトスは彼女らが飽きるまでその様子を眺めているのだった。
ということでヒンバス進化回。
早い? でもさっさと進化させないとレベルアップで技ほとんど覚えませんし。そこはコイキングと似てますね。
途中Fateの幸運ランクが出てきてましたが、Fateあんまり詳しくないので間違ってたら誤字報告等で訂正お願いします。