外伝の特別長篇を書いていたら、そちらに詰まり、さらには諸々の事情も重なってモチベーションの低下、更には書くことが苦痛という状態にも陥っておりました。
しかし、新作も出ることですし、これからも少しずつ書き上げて続けていけたらと思っております。
今後もよろしくお願いします。
第1話 新たな始まり
はじまりはいつだったのか。
わたしが生まれたとき?
幼なじみのトウヤとチェレン、ベルと知り合ったとき?
わたしが一度家族と一緒にイッシュ地方を離れたとき?
わたしが又家族と共にイッシュに戻ってきて、それでポケモンと一緒に旅に出たとき?
それともわたしが初めてポケモンバトルで勝ったとき?
ううん、違う。
確信できる。
「なるほど、キミがその子を選んでくれて本当に良かったよ」
それは、わたしがこの子と出会ったときに他ならないんだって――
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
イッシュ地方カノコタウン。
わたしは、いや、わたしたち――わたし:トウコ、幼なじみのトウヤ、ベル、チェレン――はこの町で生まれ育った。
何をするにも常にいっしょ。どこに行くにも常にいっしょ。
一心同体とまでは言い過ぎだけど、でも、誰が何を考えてどういう人柄かなんてのは当たり前のように熟知している。
いや。『していた』、と言うべきか、今では。
わたしは、あるとき家族の都合でイッシュ地方を離れ、ホウエン地方で暮らしていたときがある。
別れのときはそれはもう四人が四人共、お互いに抱き合って別れを惜しんだ。四人とも最後には涙も枯れるほど泣き腫らしていた。
それから幾星霜。
わたしが家族と共に再びこのイッシュ地方に戻ってきたとき、幼馴染たちはポケモン博士の助手、ジムリーダー、果てはイッシュリーグチャンピオンマスターにまで登り詰めていた。
彼等はわたしがここにいない間に自分のポケモンたちと旅に出て、それほどまでの地位を築き上げたのだ。そこに至るまでは様々な艱難辛苦があったに違いない。だけど、それらを乗り越えたからこそ彼等の今があるハズだ。
それを思えば、わたしと彼等との間に広がる差を改めて実感する。
彼等もポケモンを持つ今、トレーナーの一人である。そしてわたしもまた一トレーナー。ならば、わたしは勝手ながらも、幼馴染である彼等三人をライバルであると思っている。競い合うべき相手だと思っている。そんな相手が自分より先にいる。誰よりも負けたくない相手が先を行く。
「追いつかなきゃね、なんとしても!」
追いつき、肩を並べて、そして胸を張ってこう言えるようになりたい。
――わたしは彼らの
その志を胸にわたしは旅に出た。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「あぁー、ゴメンね~。旅に出せそうな子たちがちょうどいなくて」
わたしはカノコタウンのアララギ博士の自宅兼研究所を訪れていた。理由はイッシュ地方の初心者用ポケモンを貰うためだ。まだポケモンを持っていないわたしにとっての初めての相棒、それを選ぶために今日は一段と気合いも入れて研究所のドアを叩いた。
そして、用件を告げた結果、返ってきた博士の答えがコレであった。
詳しく聞くに、なんでもここのところ今日も含めて、カノコタウンは元より、カラクサタウンを始めとした近くの町から初心者用ポケモンを貰いに来た子たちが多かったらしい。勿論身元もしっかりして、かつポケモンたちに愛情を注げる彼らに全て渡していった結果、人に慣れて、かつ強さもそこそこといったポケモンたちが全ていなくなってしまったそうだ。今博士の手元にいるのは生まれたばかりの子たちか人に慣れる訓練をしている子たちだけなのだとか。
「本当に間の悪いというか、タイミングが悪かったというか。とにかくゴメンね。一週間ぐらいすれば大丈夫だと思うし、そのときにはベルちゃんも帰ってきてるだろうから、そのときでもいいかしら?」
「あの、ベルはどっか行ってるんですか?」
「ちょっとヒオウギシティに行ってもらってるの。わたしの代わりに初心者用ポケモンを渡してもらうためにね」
なるほど。どうりで家に寄っても居なかったわけだ。
しかし、話には聞いてたけどベルも立派に博士の助手をやってるみたいだ。これは益々早く追いつかないと!
「あの、他に初心者が扱えそうなポケモンっていますか? 別にイッシュ御三家でなくても構わないので」
少しでも早く旅に出たいと思ったわたしは他のポケモンがいないのかを聞いてみた。イッシュ御三家(イッシュ地方の初心者用ポケモンである草タイプのツタージャ、炎タイプのポカブ、水タイプのミジュマルのこと)を選べなかったのは残念だけど、ポケモンさえいればもう旅に出られるような準備をしてきたのだ。
「そうねぇ。一応何匹かいるわね。見てみる?」
「ぜひお願いします!」
「そう。じゃあちょっと待っててね」
そうして博士は白衣を翻して研究所の奥に引っ込む。少しして戻ってきた彼女の両腕の中にはたくさんのモンスターボールが抱えられていた。それを近くのデスクの上に置く博士。
「一応これだけいるんだけど、じゃあ一匹ずつ見ていきましょうか。あ、全部貰うっていうのはダメよ?」
「はい。もちろんです。ではお願いします!」
そうして博士はまずはということで適当なモンスターボールを取り上げた。
ん? これはモンスターボールじゃない? ボールスイッチが赤い以外は全て真っ白で――
「まずはこの子ね。出てらっしゃい、ポケモンちゃん」
そうして博士が生卵を片手で割るかのようにボールを開ける動作をすると、中から機械的な赤い光がボールから床に降り立った後、一匹のポケモンが姿を現した――
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
今わたしは1番道路を歩いている。そして隣にはわたしの相棒のポケモンがいる。
彼女は博士の開けたモンスターボール(これは性能的にはモンスターボールと変わらないけど、ちょっと珍しいプレミアボールというものらしい)から出てきたポケモンだ。彼女を見た瞬間、わたしの背筋に電流が走った。御三家を選べなかったのはたしかに残念だったし、博士には
「本当にこの子でいいの? まだ一匹目しか見てないのよ? まだ他にもあなたの気に入る子がいるかもしれないわ」
と何度も念押しされたけど、わたしにとってはそれはまったくもって問題がなかった。
もはや『御三家の代わりに』や『他の子と比べて』“彼女”というのではなく、『御三家や他の子ではなく』“彼女”と言及してしまっても差し支えがなかった。
「ラトー、ラト!」
そんなわたしの隣を歩くわたしの相棒――きもちポケモンラルトス――が何かに気がついたようだ。
「あら、あれは。とりあえず、図鑑図鑑」
わたしはラルトスと一緒に博士から貰ったポケモン図鑑を手に取り、ラルトスが見つけた野生のポケモンにそれを向ける。
すると、今までスイッチが入ってなくてわたしの顔が反射していた黒い液晶画面が突如光り出した。その液晶画面には今目の前にいるポケモンが映し出され、さらにそのポケモンについての説明が機械的な音声として流れ始めた。
『カモネギ かるがもポケモン
植物の茎を1本、いつも持ち歩いているが、この茎は自分の巣を作るための道具であり、武器でもあり、非常食でもある。
茎がなくなると生きていけない。だから、茎を狙う相手とは命を懸けて戦うし、最近は数の減ったカモネギを守るために茎を育て増やそうとする人が現れてきた。』
わたしが旅に出て初めて出会った野生ポケモン。さらにわたしのラルトスについてもさらに詳しく知っていきたい。まだバトルすらしたことがないからだ。
「ラルトス、行ける?」
「ラト!」
ラルトスは「任せて!」と言っているかの如く、力強い返事を返した。
そのままピョンと跳んで前に出る。すでにラルトスは臨戦態勢のようだ。
わたしも目の前のカモネギを見据える。カモネギの方はまだこちらの方に気が付いていない。
「よし! いくわよ、ラルトス!」
「ラル!」
「じゃあ、スピードスター!」
わたしは以前全国チャンピオンをスクラップした記事の中で見たことのある技を指示した。たしかこの技は必ず相手に命中する効果がある。仮に避けられたとしても相手に命中するまで相手を追いかけまわす技だ。
「ラ、ラルト?」
ところが、ラルトスは首を傾げるだけで一向に攻撃をする気配が見えない。
……いや、どちらかといえばわたしの指示に困惑しているような……?
「どうしたのよ、ラルトス? もしかして出来なかった?」
「ル」
わたしの言葉にコクンと頷くラルトス。そっかー、出来ない技を指示しちゃってたかー。
「あー、じゃあ、10万ボルトとかサイコキネシスとかどう? 10万ボルトなら鳥っぽいカモネギなら効果抜群だろうし、サイコキネシスはエスパータイプのメジャーな技の一つだし」
「ル!」
ラルトスはそのちっちゃい手をギュッと握る。そのまま技を繰り出そうとして――
「……ル~」
どうやらこちらも失敗だったみたい。
結局、サイコキネシスも失敗して落ち込むラルトスを励ましているうちに、いつの間にかカモネギはどこかへ飛び去っていた。
「……そういえば、この子がどんな技を使えるのか知らないかも……」
こうしてわたしたちの初バトルはわたしの至らなさばかりが浮き彫りとなる結果のみが残った。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
それからわたしは適度に休息を取りつつ、ラルトスと身振り手振りを交えて話をした。その中で使うことができる技も把握出来たし、ラルトスの性格や仕草、クセなんかも把握できた。
たとえば、彼女はちょっとしたイタズラが好きらしい。肩に乗ってるときに呼びかけられて振り向いたら、ラルトスの手が私の頬に食い込んだりとか。引っかかったわたしは微妙な面持ちだっただけど、ラルトスは大層楽しそうだった。もちろんわたしもお返しとして、たとえば物音を立てるようなイタズラを仕返すと、ビクッと反応してくれてちょっと楽しかったり。
またバトルについても最初のよりは幾分マシになった(と自覚したい)。尤も、トレーナーとのバトルでは負けが続いたりもした。そのとき、この子はそれを申し訳なく思ってくれてるようで、なんとかバトルに勝利しようってすごく頑張ってくれる。
でも、わたしはラルトスが傍に居てくれるだけで十分だった。
で、旅を始めて数日。順当に町を回っていくならカノコタウンからカラクサタウンに抜けて、次の町はサンヨウシティのハズだったけど、今現在、わたしたちは道に迷っていたりする。カラクサタウンからサンヨウシティまでは2番道路で道なりに一本道のはずなのにだ。
なぜかというと――
「うわあああああ! こっち来ないでぇぇぇぇぇ!!」
「ペンドラー! ドラ、ドラーーーー!!」
暴走するペンドラーに現在進行形で追いかけ回されてるんです!
対抗しようにもわたしのポケモンの技がまったく効きません!
なので、今必死にこの子を腕に抱えて逃げています!
「サイアクーー! こんな不幸ってないわぁぁぁぁ!」
正直どこをどう走ったのかなんて全くと言っていいほどわからない。それにわたしも体力が無限にあるわけでなく、そろそろもう……限界。
「お願いします! 誰か助けてぇぇぇぇ!」
こんな深い誰も立ち入らないような森の真ん中でそんな助けを呼ぶ声を上げたところで返ってくるわけ――
「待ってろ! 今助けるから!」
そんな声がわたしの頭上から――って、えっ、あれ!?
わたしの思いが天に通じた!?
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「あの、助けていただき、本当にありがとうございました」
「いいっていいって。偶々通りかかっただけだし、それに困ったときにはお互い様って言うだろ?」
散々追いかけ回されて疲れ果てた上に、太陽が真上に昇っているようなお昼にはちょうどいい時間、さらに川縁で綺麗な水がたくさん汲めたこともあり、助けてくれた男の人がお昼ご飯をご馳走してくれた。
ちなみに今は食後の休憩といったところである。ちなみに「せっかくだから何か釣れるかも」と釣り竿をセットして釣り糸も垂らしていたりする。
あのペンドラーについてだけど、ペンドラーはこの男の人のラティオスという非常に珍しいポケモンがバトルをして、弱ったところをこの男の人の投げたモンスターボールによってゲットされた。
この男の人の名前はユウトさんといって、わたしが一時期住んでいたホウエン地方出身なのだそう。
「ところでずっと気になってたんだけど、トウコちゃんって最近旅に出たカノコタウン出身の新人トレーナー?」
「え!? は、はい。でも、どうして?」
言ってしまえば初対面の男性にいきなりそんなことを聞かれれば、やはり気になるもの。
「いやさ、コイツが言うには、トウコちゃんが連れてるその子が自分の娘だっていうからさ」
そう言って彼は、彼の足元にいるポケモン――ラルトスを指差した。
「えっ?」
わたしのそんな驚きをよそに、彼のラルトスがトコトコとわたしのラルトスの元に寄る。
「ラル、ラルラルラル」
「ラル~♪」
そして、わたしのラルトスは嬉しそうに彼のラルトスに抱きついていた。
なんでも、彼が言うには、以前アララギ博士に『研究と旅立つ新人トレーナーが稀にイッシュ御三家以外のポケモンを欲しがるから、そのために新人にも扱いやすい子を1匹融通出来ないか?』って相談されたらしい。
「で、オレがラルトスを提供したのよ。新人トレーナーのためにラルトスを提供したのって、イッシュ地方では、カノコタウンのアララギ研究所が初めてだからさ」
なるほど、そういうこと。これならそれぐらい知っていても不思議じゃない。
そしてそのときに渡したのが彼のラルトスのタマゴで、そこから孵ったのがわたしのラルトスなんだとか。
わたしはそれを聞いて、今までの新人トレーナーに彼女が渡ることがなかったことに感謝した。
「見てるとだいぶあのラルトスはトウコちゃんに懐いているみたいだけど、どうだい、あの子は? 気に入った? 好き?」
言葉は軽いような気がするがなんとなく居住まいを正さないといけない気がして背筋を伸ばす。横目ではラルトスたちがじゃれあって遊んでるのが見えた。
「そうですね。正直わたしはあの子のことを見た瞬間に気に入ったというか。正直に言ってしまうとあのときはあの子以外は眼中になかったんですよね。それほどです。そしてその直感というか、考えは間違ってはなかった」
チラッとその様子に目を向けるとあの子が本当に嬉しそうにしているのが見え、するとわたしにもその感情が芽生えてくるのが自覚出来る。
「なるほど、キミがその子を選んでくれて本当に良かったよ」
すると、彼は「ああ、安心した」とばかりに穏やかにほほ笑んだ。
このとき。
『この人とはずいぶん長いつき合いになる』
なぜだかわからなかったけどわたしはそう直感した。