よもや、この二話を書くだけで数ヶ月も掛けるとは……
日差しがきつく、気温湿度ともに高い位置で安定する季節。それが夏。南半球は違うよという声もあるかもしれないが、それは脇に置いておいて、とにかく夏。この時期スクールは夏休みを迎える。それはこのハジツゲタウンにあるスクールも例に漏れず。
しかし、スクールは休みでも、子供たちには大自然をポケモンと共に満喫してみようという趣旨で、事前に決めたグループの何人かと共に何日かの泊りがけで行う、サマーキャンプというものを各町で開催している。
そして、今日はハジツゲタウンのスクールにおける夏のサマーキャンプ初日。
ユウトとラルトスもこのキャンプに参加していた。
「ラルトス、マジカルリーフ!」
「ラルッ!」
「ジャンプして躱して、アメタマ!」
「アッ!」
サマーキャンプにはいくつものカリキュラムが組まれているが、今は、その初日の始めに行われるポケモンバトルの真っ最中。一対一の方式で、自分のポケモンを持っているのならそれで、持っていないのならサマーキャンプ期間内限定でポケモンをレンタルして参加する。ちなみにそのレンタルしたポケモンは期間内は自分のパートナーになる。
「よし! よくやったよ、アメタマ!」
「アッアッ!」
さて。
アメタマは、トレーナーの少年の指示通りに、ラルトスの放ったマジカルリーフを跳躍することによって躱した。七色に光り輝く二枚の不思議な葉っぱはフリスビーのように横回転しながら、アメタマのちょうど真下を通過する。
「反撃だ、アメタマ! バブルこうせん!」
「アッアッッ!」
アメタマは頭を後ろに若干反らした。
「アッ、アッメッ!?」
若干後ろに反らしたことで後方にも視界が開けたが故にアメタマはそれに気がつき、アメタマは目を見張った。
なんとアメタマに向かって、つい今しがた避けた不思議な葉っぱが迫ってくるのだ。
「ええ!? な、なんで!?」
「マジカルリーフはスピードスターと同じで百パーセント相手に当たる技でね! 当たるまで相手を追い掛け続けるんだよ!」
「うぇぇぇ!?」
「アッ、アーッ!」
アメタマはバブルこうせんを放つどころではなくなり、アワアワと慌てふためいている間にマジカルリーフがアメタマを直撃。
「アメタマ!?」
アメタマはそのまま木の葉が舞い落ちるように地面に墜落。
「あっちゃ~。これは僕らの負けか」
アメタマが目を回している様子を見て、そう判断を下したトレーナー。
「ゆっくり休んで、アメタマ」
彼はレンタルにてのバトル体験だったが、これからの三日間を共に過ごす相方をキッチリ労って、モンスターボールに収めた。アメタマも申し訳なさそうにしながらも、安心した様子でボールに戻っていった。
「いやったぜ!」
「ラルッラー!」
「怪我はないか?」
「ラル!」
「よし! これからも頼むな!」
「ラルラル!」
一方のユウトたちも満面の笑みを浮かべ、喜び合っている。
どちらにも共通するのは自身の相棒であるポケモンに対しての労わりと慈しみの思いだろうか。負けた方も勝った方も、トレーナーはポケモンのことをまず気にかける。そしてポケモンもそれに応えようとする。
「いやー、キミ強いね」
「いやいや。オレもラルトスもまだまだこれからだよ。それに君とアメタマのコンビワークもとても良かった。絶対才能あるよ。すごい」
さらにバトルした者同士の健闘の称え合いもここだけでなく、彼方此方で見られる。
互いが互いを思いやる気持ちを育むことが出来たこの企画はまず成功といって間違いはないだろう。
* * * * * * * *
マグマッグに襲われた一件以来、二人は特訓を重ね、あのときとは比べるまでもないほど強くなっているという自負が二人にはあった。
「はーい、みんなー! ちゃんとついてきてねー!」
さて、このサマーキャンプだが、スクールの先生や生徒の保護者のみならず、お手伝いとして参加する外部の人間も存在する。今、声を張り上げて生徒を促した彼女もその一人だ。赤毛のショートヘアの女性、ポケモン預かりシステムのホウエン地方での管理人であるマユミの姉に当たる人物、アズサもその一人だ。彼女は本来なら参加するはずではなかったのだが、妹のマユミがポケモン預かりシステムの緊急微調整とメンテナンスを行わなければならなくなったため、代わりに参加したという格好だ。
「はーい! みんな聞いていると思うけど、もう一度確認ね。これからこの班員のみんなでこの流星の滝を、いくつかのチェックポイントを通過しつつ、115番道路に向かいます。ここは野生のポケモンも住む大自然の洞窟の中なので、十分注意を払って、班のみんなやポケモンたちと協力しながら切り抜けてね。私も付き添いますが、極力私を頼らずにみんなの力を合わせて頑張るようにしてくださいね!」
「ねぇ! わたしたちはいつ行けるの!?」
「あなたたちはユウトくんが班長の班だから、えー、次の次よ。あ、私があなたたちと一緒に行くからよろしくね!」
そして、今は班ごとにチーム分けをしてオリエンテーリングに取り組むというプログラムを進行中である。ちなみにユウトの班は偶然同い年くらいが固まり、周囲からの推薦で彼が班長に収まったようである。
「あら、もうすぐ出発ね。みんな、準備はいいかしら?」
「「「「「いいでーす!」」」」」
そうしてユウトたちの班は出発していく。
いくら子供たちだけといえど、事前に入念に下見をしている上、いざというときのために大人も脇に付いている。
何も問題はないはずであった。
* * * * * * * *
「で、これはなんなんだよ!?」
誰かの声が洞窟内を木霊する。
ユウトたちが洞窟内を順調に進んでいた。そして中頃に差し掛かったところで現れたのが、
「なんなの、このズバットの群れは!?」
「多いよ! 多過ぎるよ!」
進路と退路、そして洞窟の天井を覆い尽くすかの如く群れるズバットの大群であった。
「くっ! こんなの聞いてないわよ!? それに、前の班はいったいどうしたのよ!?」
「それはともかく、何とか隙間作って逃げましょう! さすがにこの数は多勢に無勢過ぎます! ラルトス!」
「ラルッ!」
アズサの愚痴のようなものを切り捨て、ユウトはラルトスを繰り出した。
「そうよね。今はここを何とか切り抜けましょう! お願いよ、ビジョン!」
「アメタマ、頼んだ!」
それを受けて、アズサさん、さらには先にユウトとバトルをしたアメタマ使いの少年も躍り出た。
「ピジョン! つばさでうつよ!」
「アメタマ、バブルこうせん!」
ピジョンはボールから飛び出した勢いそのものを利用してズバットの群れに
「ラルトス、なきごえ!」
そしてその混乱をさらに煽り、かつ相手の攻撃を下げるラルトス。
「ラルトス、特攻上げるぞ! チャージビーム!」
さらにズバットの弱点でもある電気技で、ズバットを手当たり次第に攻める。ちなみにチャージビームは追加効果の特攻上昇が比較的起きやすい技として、よく二人で練習を繰り返していた技でもある。
そのチャージビームは撃てば当たるという具合に次々とズバットを攻め立てる。
「ね、ねえ、私たちもやろ!」
「そ、そうだな!」
「よーし! ワンリキー、いけー!」
ピジョンやアメタマ、そしてラルトスたちの様子を見ていた残りの三人も活気付いた。その戦列にワンリキー、ポチエナ、アゲハントが加わる。
アゲハントはその翅で飛びながらたいあたりで攻撃を加えていき、一方、飛べないワンリキーやポチエナ、アメタマも、跳び上がったり、あるいは直接相手に接触しなくても相手を攻撃出来る技で以って攻め立てていく。それを受けてアズサとユウトは全体を見回しながら、サポートや攻撃といった具合に切り替えていた。
「アズサさん、ピジョンはふきとばしって技出来ますか?」
「出来る、ピジョン?」
アズサはこのユウトという少年が、この年齢の子供としては卓越したセンスと視点を持ち合わせている、否、偶にだが、自分と同等かそれ以上とも感じていた。だから、この、自分よりも一回り以上下の年齢の少年のことを随分と頼りにし始めていたし、彼の言うことに協力することも吝かではなかった。
「ピジョ、ピジョー!」
そしてピジョンから返ってきた答えは、力強いYES。
「出来るかどうか聞いてきたってことはそれをしろってことよね?」
「お願いします。ふきとばしで相手を吹っ飛ばしてしまえば、そこに逃げ道が出来ますので、そこから出口に向かって駆け抜けましょう。外に出られれば、ラルトスのテレポートで逃げられます」
「OK! ということでふきとばしよ、ピジョン! 全力でやりなさい!」
「ピジョー! ピジョピジョーー!」
ピジョンの力強い羽ばたきによって生み出された、かぜおこしやたつまきを遥かに上回る突風は、洞窟の複雑な地形も相まって、極小規模ながらも乱気流のような状態となり、それがズバットたちに襲いかかった。
その気流の中を目が退化してしまって見えないズバットたちが飛ぶのはとても無理があったようで、ある個体は風に煽られて壁に叩きつけられ、またある個体は平衡感覚を無くしたのか飛ぶこともままならないで墜落したり、また、違う個体は近くを飛ぶ個体と衝突を繰り返す等という状況にズバットたちは陥った。
「ねえ、アゲハント、あなたもあれ、出来る?」
「ハーント!」
「そう! じゃああなたもあれやって!」
「ハーーント~!」
さらにそこにアゲハントも加わり、その状況が一層加速した。
「みんなよくやったわ! さっ、逃げましょう!」
「「「「「はい!」」」」」
そうして、とてもバトルする状況でないズバットたちを置いて、アズサやユウトたちはその場を抜け出そうとした。
しかし、それは
「ゴルバッ!」
一体のゴルバットによって遮られる。
「で、でかいな」
ユウトの呟きに誰しもが内心首を縦に振った。
通常ゴルバットの平均的な大きさは一.六メートルほどで、少なくとも二メートルはない。進化系のクロバットでさえ、一.八メートルほどなのだ。
しかし、今自分たちの目の前にいるゴルバットは二.五メートルはありそうなほどの大きさであった。ゴルバットの大きさを正確には知らなくても、それが異常な大きさであるということは誰しもが感じ取っていたのだ。
そのおかげで前方の通路は半分以上塞がれている。では引き返して逃げるのはどうかというと、間違いなくあのゴルバットが後ろから襲い掛かってくるだろう。大人一人だけならまだしも、六歳程度の子供が五人もいる状況ではとても逃げられるものでもない。
「くっ、ピジョン!」
「ピジョッ!」
アズサの掛け声でピジョンがゴルバットの前に躍り出た。
「私たちが少しでも時間を稼ぐわ! その間にあなたたちは逃げなさい! ピジョン、かぜおこし!」
そうした中で彼女の取った手は、自分たちを囮にして子供たちを逃がすというものだった。
「ゴルバッ! ゴルバッ~!」
「いや~!」
「な、なんだよ、この音!?」
しかし、それもゴルバットの放ったちょうおんぱによって状況が変わった。皆が皆、その不快な音波に耳を塞ぐ。
「ピジョ!? ……ピジョピジョ」
一方ピジョンは、ちょうおんぱを受けて、ゴルバットに対峙していたのが一転、こちらに向き直った。目元には隈のようなものが浮かび上がり、目つきも危うくなっている。
「ヤバイ! 混乱してる! アズサさん、逃げて!」
「ピジョジョジョー!」
そのままピジョンはアズサの方を向き直り、自身の羽を強く羽ばたかせてかぜおこしを放った。アズサもユウトの言葉を受けて避けようとするも、完全には避け切れず、かぜおこしの風に巻き込まれて洞窟の内壁に強く打ち付けてしまった。
「アズサさん、大丈夫ですか!?」
「……ぐっ。戻って、ピジョン、ユウト君、後、おねが、い」
混乱してわけもわからない状態のピジョンを必死に戻して彼女は気絶してしまった。
ユウトは辺りを見渡す。
ゴルバットはなんのダメージも受けておらず、健在。ピジョンとアゲハントのふきとばしを受けて大混乱をしていたズバットたちも復帰し始めている。そして班員の子供たちはゴルバットとピジョンたちのやり取り、それからアズサの状態を見て、足を竦ませて怯えてしまっている。残念ながら、戦力にはカウントできない。
「ユウト、僕たちはどうしたらいいと思う?」
その声にユウトは振り向いた。見れば、先程はいち早くアズサを援護し、そしてこのサマーキャンプが始まって最初にユウトと対戦した、あのアメタマ使いの少年だった。班員の中で彼だけは他の三人とは違って、怯えの中に自らを奮い立たせようという気概が見て取れた。
「……オレとラルトスでゴルバットを引き付ける。その間にキミたちはここを脱出して応援を呼んできて。リーダーはキミでお願い。アズサさんはワンリキーに運んでもらって」
「わかった。すぐ助けを呼んでくるから」
ユウトは自らを囮にして彼らを逃がすという策を取った。ゴルバットを何とかする必要があったからだ。今の状況の彼なら皆を先導出来るだろうし、何より自分も逃げて誰かを残すという選択を、誰かに押し付けているように思い、その選択を取ることを嫌ったからであった。
「巻き込んじゃってわるいな、ラルトス」
「ラルラル、ラルラトー」
ラルトスはすまなそうにするユウトに、全然気にするなと言うかのように首を横に振った。
「そっか。気張るぞ、ラルトス! マジカルリーフ!」
「ラル!」
ラルトスはユウトの言葉に力強い言葉を返すと、そのままゴルバットに向けてマジカルリーフを放った。
相性的には威力は四分の一となり、かなり分が悪い。それにゴルバット自身もラルトスのことを舐めていたのだろう。
マジカルリーフがゴルバットに命中した。
「ルバッ!?」
ゴルバットは思った以上の威力とダメージで、少々怯んだようだ。
「オレのラルトスを甘くみるなよ!」
「ラル!」
「ゴ、ルバッ!」
しかし、それも少しの間で、ゴルバットはこの二人の認識を改めたようだ。
「ラルトス、マジカルリーフ!」
「ラー、ルッ!」
ラルトスが両腕をサイドスローのように前方に投げ出すと共に、どこまで相手を追いかけ続けるマジカルリーフが発射される。
「ゴル、ッバッ!」
しかし、今度はゴルバットもそうやすやすとは当たってくれようというものではない。マジカルリーフはゴルバットのいた位置を通過した。
「今だ、ラルトス! チャージビーム!」
尤も、そんなことはユウトもわかっていたことであるので、ゴルバットがマジカルリーフを避けて幾分注意が散漫になったところで、チャージビームを放つよう指示した。これを受けてラルトスもすぐさまチャージビームを発射。それは見事、ゴルバットの左の羽に命中した。
「ンバババババ!」
羽から全身へと電流が走り、ゴルバットは大きなダメージを負って、一時動きが止まる。さらにそこにマジカルリーフが追い打ちを掛けた。
「今だ!」
「ああ! みんな行くよ!」
それを好機とみた二人は少年を、そして共に脱出する班員やポケモンたちを促した。そして、ユウトたち以外の面々はこの場を抜け出すことに成功した。
「ゴルバ、ゴルバッ!!」
一方、ゴルバットは先程のダメージから立ち直る。顔には井桁が浮かび上がり、その心情を表すかのごとく羽を激しくバタつかせていた。
「来るぞ!」
「ラル!」
ゴルバットが大きく息を吸い込む様を見て二人は身構える。
「ルバアアァ!」
ゴルバットは紫色の球体状に纏まったネバネバしている液体を吐き出した。
「いっ!? ラルトス避けろ! ヘドロばくだんだ!」
「ラ、ルラ!?」
ラルトスが自身にねんりきも掛けて無理矢理その場から跳び退く。直後、ヘドロばくだんがそこに着弾。水風船が叩きつけられて割られたときのごとく、ヘドロが詰まったボールが弾け、中のヘドロが辺りに飛び散った。
「おいおい、こんなのヘドロばくだんじゃないだろ……」
ヘドロばくだんが着弾したところは、劇薬を掛けられて溶け出しているかのようにジュウジュウと湯気を上げている。これではようかいえきと言っても良さそうなものである。
「ラル!?」
「どうしたラルトス!?」
ヘドロばくだんを避けたラルトスにさらに追撃が加えられた。しかし、ゴルバットはただその場でホバリングしているだけで何の行動も取っていない。
「ズバッ」
「ズバッ、ズバッ」
ゴルバット以外でこの場でラルトスに敵対している存在、つまりはズバットたちがラルトスに攻撃を加えたのだ。
「ギャギッ」
すると一体のズバットがエアカッターをラルトスに向けて放つ。
「ラルトス!」
「ラルラ!」
今から迎撃するには間に合わない。二人はそう思って、横っ飛びにその場を飛び退いた。エアカッターの着弾による爆風を背後から受けたこともあり、何とか避けることには成功するも、
「ズバッバッ」
「ズバギャッ」
それによって出来た隙を突いて、何体かのズバットがラルトスに噛み付き、宙に釣り上げ始めた。
「おい、なにやってるんだ!! ラルトスを放せ!!」
ユウトも人間がポケモンには敵わないと思いつつも、ズバットの群れからラルトスを解放しようとして飛びかかった。しかし、既にラルトスたちは子供のジャンプではとても届かないような高さにいるのだった。
「ギギャ、ギィィィ!」
さらに別のズバットからはちょうおんぱが放たれる。そして、そのズバットに続いて他にも何体かから、同じくちょうおんぱが放たれた。
「くそッ! ラルトス、ねんりきだ! 辺り構わずやれぇ!」
ユウトは耳を押さえ、その不快な音に顔をしかめながら叫ぶ。ラルトスも同じく、その不快さに苦しみながらも、あちらこちらにねんりきによるサイコパワーを送った。ズバットたちは弱点であり、かつその味わったこともない感覚に、思わずラルトスをその口の拘束から解き放ってしまう。
「ラルトス!!」
ユウトはこのときを待っていたとばかりに飛び出す。
今まで生きてきた中で最も速い走りで助走をつけたかと思うと、そのままジャンプ。勢いそのままに宙を跳び、見事落下してきたラルトスを自身のその胸に受け止めた。
「ラルラ!」
「ああ! おまえは大丈、夫!?」
ユウトの視線の先には大きな水の流れ。この流星の滝内を流れる川だ。
「うわあああ!」
「ラルうう!?」
ユウトたちはどうすることも出来ずに、プールの飛び込みよろしく、大きく派手な音を立てて着水。そのまま流されることになった。
ズバットたちはねんりきの影響で追ってこれませんでした。