ユウトVSヒカリ
ユウト手持ち:クラブ(瀕死寸前の大ダメージ)、グレイシア(ダメージ+マヒ)、残り1体
ヒカリ手持ち:ベトベトン(ダウン)、エルレイド(無傷)、残り1体
『ベトベトン、ダウン! ヒカリ選手はこれで残りのポケモンは二体になりました! 一方、ユウト選手は三体が残っています! しかし、クラブはかなりのダメージを負っている上にグレイシアは麻痺状態です! 一方ヒカリ選手は二体に減りましたが、どちらもまだまだ十分にバトルは行える様子! 数ではユウト選手の方が上でも、ポケモンの状態ではヒカリ選手の方が上! これはどちらに勝利の女神がほほ笑むのか、まだまだわかりません!』
「ほぅ……」
今のはマジで危なかった。クラブでベトベトンを倒せたのはただ運が良かったとしか言えない。運ゲーはあんまり好きじゃないけど、これはこれで良しとしよう。
ポケモンバトルっていうのは、計算だけじゃなくて、“運”っていう要素も掛かってくる。現実での話だけど、ヌケニンがウインディに勝っちゃったり、コイキングがクロバットやカブトプスを葬り去ったこともあるわけだし。
でも――
「戻れ、クラブ!」
この先何が起こるかわからない緊張感、ギリギリの競り合いに勝ったときの高揚感とほんの少しの安心感。
これだからポケモンバトルはおもしろいんだ!
『ユウト選手、ここでクラブを戻します! ポケモンの交代です! はたして次のポケモンは双方どのようなポケモンが出てくるのでしょうか!?』
さっきの攻防の余韻が、手のひらを僅かに湿らせる汗の感触として残っていたが、拭い去ることなくそのままオレは次に出すポケモンのモンスターボールに手をかけた。
「グレイシア、キミに決めた!」
「エルレイド、もう一度行って!」
そしてフィールドに降り立ったグレイシアにエルレイド。エルレイドにはまだダメージは一切与えていないのでピンピンしている一方、グレイシアはみがわり分の体力消耗は差し引いたとしても麻痺がなかなかに痛い。おまけに、こっちは弱点タイプと来てる。エルレイドだったらインファイトをやられたら確実に一発で持っていかれる。かわらわりだと、ギリギリ一発耐えられるかどうかとみている。
さーて、どうすっか。
『これはなんと! 最初のポケモン同士の対決になりました! しかし、グレイシアは麻痺状態! おまけに氷タイプのグレイシアは格闘タイプのエルレイドに相性が良くありませんが、エルレイドにとってグレイシアは極めて有利な相手です! グレイシア、絶体絶命のピンチ! 逆にエルレイドは絶好のチャンスです!』
「エルレイド、グレイシアを退場させるわよ! かわらわり!」
いや、ここは防御アップでチャンスをつくるべき! それにかわらわりならば!
「グレイシア、バリアー!」
麻痺ってるからどうなるかわからないけど、成功すればインファイトだって耐えられる! ここはそれに賭けて立て直しを図ろう!
「シ、シィア……」
っておい! マジか!?
『ああ、グレイシア不運! 痺れて体が動きません!』
『今度はさっきと違って、女神はヒカリ選手の味方だったようですね』
ブルブル震えながらも懸命に動こうとするグレイシアに対して、エルレイドのかわらわりが決まった。かわらわりの衝撃が地面に着弾した影響によって後方に吹き飛ばされるグレイシア。
頼む! 立ってくれ、グレイシア!
「……シ、シア~!」
よし、立った! グレイシアが立った!
『グレイシア、何とかかわらわりを耐え切りました! しかし、これはキビシイ! その覚束ない足取りを見るからに満身創痍といったところです!』
「あと一発で終わりですよ! エルレイド、トドメを刺しなさい! 続けてもう一発かわらわり!」
頼む! 次は決まってくれよ!
「グレイシア! 最後だ! 最後、頑張ってくれ! ねがいごとだ!」
ヒカリちゃんはオレの指示を聞いてやや俯いて考え込んだ。なにか意図があるのだろうかと考えてのことだろう。ただ、次の瞬間、ハッと顔を勢い良く上げた。
「まさか!? エルレイド、絶対にねがいごとを発動させちゃダメよ! なんとしてもねがいごとを決められる前にグレイシアを落としなさい!」
ヒカリちゃんはどうやら、オレの意図を察したようだ、このねがいごとを指示したことで、次のポケモンに誰が出て来るのかということに。厄介だとばかりに何が何でも阻止せんと必死な様子だ。
「頑張ってくれ、グレイシア!」
尤も、こちらも危ない。
麻痺は二十五パーセントの確率で行動が出来ない。さっきはそこに運悪く当たってしまった。ここはタワーやサブウェイ、ハウスではないので、運悪くそれを引き続けることはないだろうが、それでも、そうならないことを願わずにはいられない!
「シィィア~!」
よし! キタ! キター! ねがいごと発動!
「エルレイッ!」
そこにエルレイドのかわらわりが決まった。そして今度こそ起き上がること叶わず、グレイシアはフィールドにうつ伏せに倒れ伏した。
「グレイシア、戦闘不能! エルレイドの勝ち!」
『決まりました! エルレイドの二発連続のかわらわり! 効果は抜群です! そしてグレイシア、ついにダウン! これで双方、残りのポケモンは二体! しかし、ユウト選手のクラブは残りの体力が相当厳しいです! これはユウト選手、苦しくなってきました!』
『いえ、そんなことはありません。今のグレイシアの技で、お互い完全な互角に戻ったと見るべきでしょう』
『ええ!?』
ダイゴのその一言で会場の空気が一気に下がったのを感じ取れた。
『……ええっと、ダイゴさん、それってどういういみなのでしょうか?』
きっと今の実況の発言は、今のダイゴの発言で、この会場内の全員が思った気持ちを代弁して言った感じだな。いや、これもなんか肌でそう感じるんですよ。
「ねがいごと決まっちゃった」
ヒカリちゃんはヒカリちゃんで若干気落ちしている。まあ、さっきの様子を見る限り、この後の展開がわかっているんだろうからね。
「フゥ~、おつかれさま、グレイシア。よく、やり遂げてくれた!」
とりあえず、そんな空気を無視してオレはグレイシアを戻した。
ホントによく頑張ってくれたよ。ありがとう。
「キミの頑張りは絶対ムダにしない!
さあ、出番だ! もう一度頼んだぞ! クラブ、キミに決めた!」
*†*†*†*†*†*†*†*†
『こ、ここでユウト選手、再度クラブを投入です! しかし、クラブは先程のベトベトン戦にて大ダメージを負っています!』
たしかにユウトさんのクラブはさっきのあたしのベトベトンのかみなりでおそらくはもうダウン寸前のハズ。あちこちに見える黒いこげがクラブのダメージ量の多さを物語っていると思う。
だけど。
『ん? ええ!? わ、私の見間違いでしょうか!? クラブの傷がだんだんと回復していっているように見えます!』
ああ、始まっちゃった。クラブの身体が微かに光り輝くとともに、クラブの傷がどんどん回復し始めていく。
『いや、見間違いではありませんよ』
『しかし、ダイゴさん。クラブはねむる以外の回復技は覚えませんよ? いったいどういうことでしょうか?』
『回復技は使いました、尤も、クラブじゃなくてさっき倒れたグレイシアが、ですけどね』
『い、いったいどういう?』
『ねがいごとです。ねがいごとという技は一定時間が経つとねがいごとを使ったポケモンの半分だけの体力を回復する技なんです。グレイシアはこの技を使った直後、エルレイドに倒された。そして出てきたクラブが、ねがいごとによって回復したわけです。しかも今回はおそらくほぼ全回復に近いですね。だから、今は二対二の完全な互角というわけなんです』
まさにダイゴさんの言うとおりです。おそらくグレイシアのHPの種族値からのねがいごとなら、クラブのHPはほぼ全快まで回復するはず(クラブのHP種族値はグレイシアの半分以下。だから、グレイシアの体力の半分が回復するならば、クラブはほぼ全回復したことになる)
まあ、さっきのグレイシアのバトンで引き継いだ効果を打ち消せたのが、救いといえば救いよね。あとは多分来ないだろうけど、進化さえしなければ――
『あら、クラブの様子が……! これはまさかまさかの!?』
見ると、クラブの身体が白く発光していっている。そしてそれに併せて身体がだんだんと大きくなっていった。
えっ? アレ?
そんな、マヂで?
「ゴキゴキ」
……あー、ナニソレ?
このたいみんぐでですか?
ホンット、カンベンしてよ!
『ここでユウト選手のクラブがキングラーに進化しました!』
進化前に全回復したので、つまりは体力満タンのキングラー。攻撃はカイリキーやガブリアスと同等、防御はジバコイルやドータクンとかと同等。
てか、マッズ! こっちは物理アタッカーでしかも物理耐久は低いのに!
「あー、もう! 仕方ない! やってやるわよ! エルレイド、おにび!」
「ねっとうで打ち消せ、キングラー!」
エルレイドの前には怪しげな紫色の炎がゆらりゆらりと漂い始める。かたや、キングラーはその巨大な挟みの方を開いて前方に向かって突き出す。
『さあ、バトルは中盤戦に突入です! エルレイドとキングラーのバトルが始まりました! 開始初手、エルレイドはおにび、対するキングラーはねっとうによる攻防です!』
ただ、おにびはねっとうと衝突した瞬間に白煙を上げて消滅してしまった。尤も、ねっとうも掻き消されているので、お互い五分の威力、いや、まだ雨が降っているから、雨が止んだら確実にあたしのエルレイドのおにびの方が威力が上というところだと思う。
「エルレイド! おにび連打!」
「キングラー! こっちもねっとう連発だ!」
そうして撃ち合い、かき消し合う両者。エルレイドは動き回りながらなんとかおにびを浴びせようとするけど、キングラーのねっとうで相殺されてしまう。
『おにびとねっとうの激しい攻防が続きます! ダイゴさんはこの攻防をどう見ますか!?』
『おそらく、ヒカリ選手はおにびでなんとしてもキングラーを火傷状態にしたいのでしょう。火傷になれば、攻撃力は半減しますし、時間が経つごとにダメージも受けていきますからね。カイリキー並の攻撃力が半減するというのは物理耐久の低いエルレイドにとっては非常に大きいですよ。ただ、おにびはねっとうに比べるとスピードが遅いので、エルレイドに素早さで負けているキングラーでも上手く抑え込めているといったところでしょうか』
『なるほど。ユウト選手もそう易々と思い通りにはさせない、ということですか?』
『ええ。それにユウト選手としてはねっとうの追加効果も狙っているのでしょう』
『というと?』
『ねっとうは三割の確率で相手を火傷状態にします。エルレイドも、キングラーにはやや劣るとはいえ、それでも物理攻撃には凄まじい火力がありますから、火傷になればユウト選手としてはかなり有利な試合展開となるでしょう。ただ、キングラーは雨による強化でようやくおにびを打ち消していますから、雨が止んだり、天候を変えられるとかなりキツイところでしょうね』
『す、すごい! たったこれだけの攻防の中に随分と色々な意味が隠されているのですね!』
ダイゴさんの言うとおりだと思うんだけど、雨が止むにはまだもう少し時間が掛かると思う。ちなみに天候を変える方策を取ると、その間にねっとうをズバズバ食らい続けると思われるので、今のところそんな余裕はない。雨ブーストが掛かっている上に、火傷になったら目も当てられないからね。
ということで、ここは攻撃を仕掛けてキングラーの体勢を崩した隙に、おにびを叩き込むしかない!
「エルレイド、リーフブレード!」
「キングラー、てっぺき!」
げっ! 読まれた!
まあ、そろそろ攻撃に転じるだろうということはユウトさんも予測していたのかもしれない。
エルレイドがキングラーに接近する間に、キングラーの全身に鈍色の光が走る。
「エルレイッ!」
「ゴッキー! ゴキゴキ!」
キングラーの体躯を斜めに走るような軌跡でリーフブレードが決まった。でも、キングラーはその勢いを、フィールド上をほんの少し後方に足を擦っただけで踏み止まって、消し去った。
『エルレイドのリーフブレードがキングラーにクリーンヒット! しかし、キングラー、ほとんど効いているようには見えません!』
『防御を二段階上げるてっぺきの影響ですね。もともと、ドータクン並の硬さを誇るキングラーの防御が約二倍になったんです。いくらエルレイドが攻撃が高い上に弱点を突いたとはいえ、あれではなかなかダメージを与えられない』
たしかにそうだ。
でも、これで間合いの中には入った。
素早さはこちらの方が速い。
これならば――
「エルレイド、もう一度おにびよ!」
「キングラー、クラブハンマー!」
そしてあたしは見た。クラブハンマーよりおにびの方が先に決まっていたことを――
キングラーが一瞬早くやけどになり、これでダメージは相当押さえられたとおもう。後は、なんとかこのキングラーを退場させるだけ!
「エルレイド、かみなりパンチ、連打!」
「エルレイッ!」
「キングラー、からげんきで応戦しろ!」
「ゴキゴキ!」
もはや、ボクシングの打ちあいのようになり始めている。避けて、かわして、当てて、避けて、かわして、当てて。それの繰り返し。その間も雨は降り続き、とうとう降った雨水が吸収し切れなくなってきたのか、フィールドのあちらこちらでは大きな水たまりが形成されていた。やがてそれらは、その水たまりから溢れ出た雨水によって繋がり出し、小川を形成し始めた。
『これはすごい! かみなりパンチとからげんきの応酬! もはやこれはキングラーとエルレイドの意地のぶつかり合いです!』
『エルレイドはかみなりパンチで効果抜群のダメージを与えているけど、てっぺきで防御がグーンと上がっています。一方、キングラーはからげんきで応戦していますが、からげんきは状態異常になると威力が2倍になる技で、かつ、エルレイドは先程も言ったように物理耐久は低い。なので、このままでは――』
「エルレイド、大きく後退!」
「逃がすな! 追え、キングラー!」
ダイゴさんの言うとおりあのままではエルレイドの方が先に落ちる。
というかもう落ちる寸前だ。
ならば――
「にほんばれ!」
「エッ、エルレイッ!」
エルレイドが拳を天に突き上げると、そこから光の塊が現れて天に昇っていく。それが雨雲に到達するや、ピカーッと光り輝き、それによって雨雲を蹴散らした。
「決めろ、キングラー! クラブハンマー!」
ユウトさんはエルレイドにトドメを刺しにきているけど、お願い、エルレイド! もう一働き頑張って!!
「エルレイド、みちづれ!」
「っ!? しまった!!」
そしてエルレイドのみちづれが決まると同時に、キングラーのクラブハンマーがエルレイドに突き刺さる。
……
……
エルレイドもキングラーも微動だにしない。
……
……
だけど、今度はお互い動き出す。そして、バッシャン、続けてさらにもう一つバッシャンという音が耳を打ち――
「エ、エルレイド、キングラー、ともに戦闘不能!」
*†*†*†*†*†*†*†*†
『予選リーグBブロック決勝戦もいよいよ佳境に入ってきました! ホウエン地方ハジツゲタウン出身ユウト選手とシンオウ地方フタバタウン出身ヒカリ選手という今大会までまったく知られていなかった選手同士のバトル! しかし! しかしですよ! 大波乱が予想されていた今大会! 私は思います! そして敢えて言葉にしましょう! 【なぜ、この戦いがシンオウ一を決定するバトルではないのでしょうか!?】、と! 皆さん、これはまだ予選、予選なんですよ!! 私はここまで心揺さぶられ、手に汗握るほどのバトルを知りません! そして、これほどの高度な戦略が練られたポケモンバトルというものを知りません! 私は今まさに、時代が動き出しているような、いえ、新たな時代の到来に立ちあえた、そんな感動と喜びで打ち震えています!』
熱い実況の音声が聞こえてくるけど、それはそれで置いておこう。
「あたしの最後のポケモン! いっけぇ、リザードン!」
やっぱり最後はリザードンか。あのリザードンはポッチャマと肩を並べるヒカリちゃんの二大エースだ。
さっきのにほんばれは後続へのサポートだったのだろう。にほんばれなんだから三体目はポッチャマやジバコイルではない。ポッチャマなら、晴れによって水技の威力が減退するし、ジバコイルなら弱点の炎技が強化されてしまうためだ。とすれば、他にこの晴れが合い、それを活かしきれそうなポケモンはあのリザードンしかいない。さらにみちづれで相討ちを狙い、一対一の状態に持っていく、晴れというリザードンに有利な状況の下で。
このエルレイドの最後の流れは本当に『お見事!』の一言だった。
『さあ! この白熱、かつ高度な読み合いを繰り広げる決勝戦もいよいよ大詰め! ヒカリ選手ユウト選手共に残すポケモンはあと一体! その一体、ヒカリ選手はリザードンでした! 二回戦はその圧倒的強さでも相手選手のポケモンを三体下して三回戦進出を決めたリザードンに対して、ユウト選手のラスト一体はどんなポケモンを繰り出すのでしょうか!?』
おっと、オレも投入しないとな!
「オレの三体目はコイツだ! デンリュウ、キミに決めた!」
さあ、これでラスト!
このバトル、絶対にオレが勝つ! 勝ってみせる!
「いくよ、ヒカリちゃん!」