IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第七話 ひとまずの決着

 

「き、響介さん……」

 

「どうやら無事のようだな、オルコット」

 

「ええ、なんとか……ですが」

 

「それならいい」

 

 待ち望んでいた人物――キョウスケの出現に、セシリアは姿こそボロボロではあったが、ゆっくりと微笑んだ。

 セシリア自身も自分で情けない姿だとは思うが、なによりキョウスケがこうして助けに来てくれたことの方がとてつもなく嬉しかった。そして、その後ろ姿は彼女にとってこれ以上なく頼もしく見えた。

 ただし、当のキョウスケはセシリアを気遣った後はその視線をレヴィ――いや、別の誰か――に向けており、その周囲に殺気を充満させる。

 もはや近寄りがたい雰囲気を前面に醸し出しており、目には眼前にいる女の事しか映っていない。すぐにでも狩ってやると言わんばかりの鋭い眼光を飛ばし、彼女を睨む。

 

「はっ、今更来たか。だが、遅かったな。セシリア・オルコットのブルー・ティアーズは既に我が手中にある」

 

 女はその手の中にある球型のクリスタルコアをキョウスケに堂々と見せつけ、怪しく笑みを浮かべた。

 キョウスケは相変わらず黙ったまま。それどころか、臨戦態勢を敷き――女を瞬時に貫かんとするような姿勢を見せる。

 そんなキョウスケを見て、女は眉を寄せる。それと同時に自身が展開していたIS『ジュベール』をあろうことか解除した。

 

「……何のつもりだ?」

 

「フフ、貴様にはジュベールよりも――こいつを使ってやろうと思ってな。我が元に出でよ、ブルー・ティアーズよ!」

 

 女が高々と宣言したかと思うと、その手にしていたブルー・ティアーズのクリスタルコアが女に吸い込まれるようにして消えていく。

 それと同時に、女の周囲にブルー・ティアーズの装甲が展開される。その全てをセシリアに合わせて調整された筈のISを、女はいとも簡単に展開したのだ。

 本来ならば、操縦者のデータなどを書き換えなくてはならない作業を、この女は奪った瞬時にとり行った。

 その行動に、今度はセシリアが目を見開く。信じられない事が目の前で起き、彼女自身も驚くしかなかった。

 

「そ、そんな……。どうしてブルー・ティアーズが起動しますの……?」

 

「クク、我ら――【混沌(カオス)】の技術に掛かれば、この程度造作もない。まあ、この場合はISを強制的に服従させただけだ、とでもいっておこう。だが、その支配力はセシリア・オルコットの何倍にも及ぶのだよ」

 

「服従……させた?」

 

「そうだ。詳しくは話せんが――ともかく、剥離剤(リムーバー)を使用したと同時にそうする仕様になっていたのだ。流石は我が組織の№Ⅱが作った技術だ。実に素晴らしい」

 

 ブルー・ティアーズを舐めるように見ながら、女はうっとりと目を細める。

 だが、奪われた側のセシリアからすればたまったものではない。悔しさで表情は険しさを増し、拳を力強く握って悔しさと憤りを表現した。

 だが、女はそれをあざ笑うかの如く、手にした長大なライフル――スターライトMk-Ⅲをキョウスケの方へと向け、トリガーに指をかける。

 セシリアの時と同じく、構えただけでエネルギー弾が装填され、セーフティは解除される。まるで長年付き添ってきた相棒のような――そんな感じがした。

 

「さっさと撤退したいところだが………こいつの性能を試してやろう。その相手は勿論お前だよ、イレギュラー。残念だったな、記憶喪失とは聞いていたが、記憶を取り戻せないまま死ぬことになるとは」

 

「御託はいい。……さっさと来い」

 

「ほう。随分と強気な事よ」

 

 女の挑発とも取れるような発言に、キョウスケは淡々と返す。

 女はキョウスケの返しに眉を潜めるが―――同時に口端を動かす。

 

――まだまだ青いな。所詮は若造か。

 

 女は悟ったのだ。キョウスケが完全に“きれている”事を。

 だから先ほどから言葉を発さず、隙あらば攻めようと姿勢を崩していなかった。

 女もそれぐらいは承知しており、セシリアと話しているときでも常に警戒は崩していなかった。それは現状においても同じである。

 

「……では、早速始めるとしよう。だが、此処では少々分が悪いのでな……。勝負は屋外で付けようじゃないか」

 

「…………」

 

 黙ってはいるが、異存はないらしい。それに、キョウスケとてこのような狭苦しい場所では自由に動けないのも確かだ。

 女は肯定したのを確認すると、ブルー・ティアーズのスラスターを噴かして、先ほどキョウスケが破壊した壁の方から出ていく。

 

 キョウスケもそれに続こうと機体を向けるが、出ていく前にちらとセシリアの方を見やる。

 

「必ず取り返す……。待っていろ」

 

「はい……。お気をつけて」

 

「ああ」

 

 コクンと頷き、キョウスケを見つめるセシリア。

 キョウスケはそれを確認すると、女同様に背後のバーニアスラスターを噴かして加速状態に入った。

 ギュンと一瞬だけ風が舞ったかと思うと、すでに其処にはキョウスケの姿はない。

 セシリアはゆっくりと立ち上がりながら、その胸元を力強く、そして祈るように握った。

 

(響介さん……)

 

 

 その視線はしばらくキョウスケが出て行った方向に向けられていたが、やがてセシリアもその場から足を引き摺るようにして歩き出していく。

 キョウスケだけに戦わせることなど、出来る筈はない。何かできずとも、見守る程度の事は出来るのだから。

 そして、キョウスケの姿をしっかりと見ておきたいという気持ちも――彼女の中では強かったのだった。

 

「必ず、勝ってください……!」

 

 

 セシリアの微かな、それでも力強い呟きが静かに流れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キョウスケが指定通り外に出た瞬間、耳をつんざくような音と共にエネルギー弾が襲い掛かる。

 だが、その程度の奇襲など予測済みだ。外に出ても加速を終えず、エネルギー弾も後ろの方を通り過ぎていく。

 

「フン、不意打ちは失敗か。まあ、当たったとしてもバリアで防がれるだけだったが」

 

 面白くなさそうに女は鼻を鳴らすと、続けてライフルを連射。キョウスケのアルトアイゼンを襲う。

 いつまでも直線加速を続けているわけにもいかないキョウスケは、機体を一瞬だけ制止して反転、横に移動しながら反撃とばかりに展開したマシンキャノンを放つ。

 だが、それが女に当たることはない。おまけに、女の扱うブルー・ティアーズはキョウスケの扱うアルトアイゼンとは違って高機動戦闘を可能にした機体でもある。その程度の射撃を回避するなど、造作もない。

 

「ちっ」

 

 現時点で射撃は当てにならない――いや、元より当てにすらしていないが――と感じ、接近戦に移行しようと女に狙いを絞る。

 いくら相手の扱っているISがブルー・ティアーズだろうと、動きを止めなければ此方がやられてしまう。

 なんとか動きを止められればそれで構わない。なにはともあれ、接近しなければ話は始まらないのは確かだ。

 

「まずは……!」

 

「お得意の接近戦を仕掛けるつもりか? 笑止!」

 

 ライフルによる射撃を続けながらも、女はあろうことか周囲に展開していたビット達を動かし、キョウスケに向かわせる。

 その行動に今度はキョウスケが眉を寄せた。確か、ビットとライフルの同時に攻撃は出来ないとセシリア自身が言っていた筈だ。そして、それがブルー・ティアーズの弱点だとも。

 だが、女はそれを可能にしている。いや―――それは女が並大抵の実力ではなく、セシリアよりも強大だという事を示しているも同様。

「行け、ブルー・ティアーズ。我――レビ・トーラーの指示に従い、奴を撃ち貫け!」

 

 女――自身をレビ・トーラーと名乗った彼女は、いとも容易くBT兵器を扱って見せた。これにもまた驚きの事態であるが、回避を念頭において行動する。

 しかし、BT兵器のオールレンジ攻撃もセシリアとの訓練で見慣れている。射線に入らなければ、攻撃自体は避けられるのだから。

 

(攻撃開始と共に奴に突貫。奴にステークをぶち込む……!)

 

 攻撃方法自体が分かっているのだから、あとは意表をついてやればよい。

 キョウスケはハイパーセンサーを駆使し、ビットが飛んで行った方向をすべて詮索させる。そして、その全てが出揃ったところで、予測される射撃ポイントも割り出し、把握した。

 

「落ちろ、イレギュラー!」

 

 レビの冷たい一言がキョウスケの耳に入った瞬間、ビット達の砲口が一斉に火を噴いた。

 だが、それを狙っていたかのようにキョウスケは瞬時に加速し、レビの正面を取る。

 

「取ったぞ……!」

 

「フン、確かに早い事は早い。だが……お前の考えなどお見通しだよ」

 

「抜かせ!」

 

 恐ろしく早いスピードで放った筈のステーク。だが、レビはいつの間にか手にしていたショートブレード【インターセプター】により、キョウスケの一撃を阻む。

 

「近接戦闘武器……?」

 

「驚いたか? まあ、あの実力もない小娘がこの武装を展開する筈もないだろうからな。

だが、教えてやろう。このブルー・ティアーズにも近接戦闘武器が搭載されているのだよ。所詮はただのナイフ――だが、懐に飛び込んできた時点で次の手を考えようにも……もう遅い!」

 

 ならばと手早くヒートダガーを展開しようとしていたキョウスケの耳に、相変わらずの耳障りな警告音が鳴り響く。

 何事かと思い、確認しようとした瞬間――背後から先ほど回避したはずのブルー・ティアーズのレーザー砲が一斉に直撃した。

 おまけに悪い事に、それらは全て同じ個所を撃ち抜いた。いくらバリアがあろうとも高出力のレーザー砲が一度に同じ場所にこられては防ぎきることは出来ない。

 

「ぐっ…! なに……!?」

 

 衝撃と防ぎきれなかったダメージが同時に襲い掛かり、キョウスケの表情が歪んだ。

 

「ハハハッ! 私があの小娘と同等の性能しか引き出せないと思ったか? 私がわざわざこの研究所に潜入したのは、他でもない――BT兵器のデータを盗む事でもあったのだ。

 これの扱い方は既に頭に叩き込んでいるのでな、机上の空論であった偏向射撃(フレキシブル)も私にとっては造作もない事。代表候補生など、聞いて呆れる!」

 

 高笑いを上げるレビ。既に大倉研究所にあったデータはレビの手中にあるらしく、それすらも彼女の脳内にインプットしたらしい。

 まるで機械だな、とキョウスケは聴きながら思う。そして、セシリアとはまた違うのだと改めて思い知らされた。

 セシリアよりも数倍上をいく実力。未だ初心者に近いキョウスケにとって、これは本当に分の悪い勝負だ―――。

 しかし、分の悪い勝負――。このワードが出てきた瞬間、キョウスケはどうしてだか面白いと感じた。

 本来ならば絶望的状況。ISの事をよく熟知した相手が圧倒的有利であるはずなのだ。

 なのにも関わらず、面白いとそう感じる自分は異常なのか? いや――もしかしたら、これがキョウスケ・ナンブという人物なのかもしれない。

 

「……フッ」

 

 軽く、キョウスケが笑う。

 レビには分からないような、小さな笑み。それでもキョウスケがこのような状況下にも関わらず、笑ったのは事実だった。

 

 それに―――彼の“切り札”は、まだ残っている。

 

「さて、そろそろ終わりにしてやろう。ブルー・ティアーズの餌食となれ、イレギュラーよ」

 

 レビの呟きと共に、一斉に火を噴く銃火器。

 ビットが、ライフルが、ミサイルが―――全ての攻撃がキョウスケに向かい、アルトアイゼンに直撃する。

 ただ、何故かキョウスケはそれらの攻撃を避けなかった。まるで、意図したかのようにその場に留まり、自ら攻撃を受けたのだ。

 その様子にレビは疑問符を浮かべたが、あれだけの攻撃を受けてキョウスケが無事である筈がない。爆発の中からキョウスケが現れ、アルトアイゼンごと地表へと真っ逆さまに落ちてゆく。

 

「哀れな……。だが、奴のISも奪うべきか。腐ってもゲシュペンスト、それなりの価値はあろう」

 

 落下していくキョウスケを見つめていたレビであったが、スラスターを動かし落下していった場所へと降下する。

 はたして、其処にはぐったりとうな垂れているキョウスケの姿があり、レビはフッと口元を動かし、地に降り立つ。そして、一瞬でも疑った自分を心の中で嘲笑もした。

 

「他愛もないな、お前も……。いや、私がティアーズを握っていた以上、本気を出せなかったというのも大きいかもしれんが、これが勝負というものだ」

 

 周囲の草をISの脚部で踏み、ゆっくりとした動作でキョウスケに近寄るレビ。

 ただ、レビが近寄ってもキョウスケはピクリとも動かなかった。生体反応がある以上、生きてはいるが――気絶しているのかもしれないとレビは思う。

 

 だが、とどめを刺すならば今のうちだ。男がISを扱えるなど――言語道断。それに、生かしておけば危険な存在に違いない。

 

「我ら混沌(カオス)の為、ミスタJの為―――貴様には死んでもらう」

 

 ガチャリとライフルが向け、その砲口の先にはキョウスケがいる。

 ライフルが向けられたのに気付いたキョウスケは、ゆっくりと瞼を開き――その場にいたレビを見やる。

 ただ、動けはしない。辺りを見渡せば、ライフルの他にビット達がいつでもキョウスケを撃ち抜けるように待機しており、逃げ場はない。

 

 いや――レビがそう易々と逃してくれるかも甚だ疑問だが。

 

「……混沌、か。くだらんな」

 

「貴様に言われる筋合いはないな。いや――その減らず口を私が動かなくしてやろう。ありがたく思え」

 

 淡々と言葉を述べ、トリガーに指を掛けるレビ。

 キョウスケもその一連の動作を見ていたが――何故か、彼はフッと口元を動かし、再び笑った。

 その行動に、レビは苛立ったように眉をよせる。とてもではないが、死ぬ間際の人間がとるような行動ではなかった。

 

「……何故笑う? この絶望的状況下の中、貴様は何故笑うのだ?」

 

「―――おかしいからに決まっている」

 

「おかしい……? 何がおかしいと?」

 

 頭が狂ったか? と、キョウスケの言葉を聞きながら思うレビ。

 しかし、それは同時に死の恐怖を紛らわすための動作だと思えばなんてことはない。ただのやせ我慢だ。キョウスケなりの――。そう、信じこますが。

 

「フン、遂に狂ったか」

 

「違うな……」

 

「違う? では、何が違うというのだ?」

 

 レビの尋ねに、キョウスケは正面からレビを見やり――こう、口にする。

 ただ、その表情は何故か晴れやかであり、なにかを確信した――そんな目付きであり、表情であった。

 

「お前がまんまと、“俺達”の術中に嵌まっていることだ。時間稼ぎはもういいですか、大倉博士?」

 

『ああ――待たせたね、南部君。こっちは終わったよ』

 

「………!?」

 

 瞬間、レビの目が見開かれる。

 何が起こったかと言えば、形成されていたライフルが消えたかと思うと、自身を覆うように展開されていたISアーマーが消え、再びコアクリスタル状態へと戻される。

 

「な、なんだと……!?」

 

 一体何が起こったのか理解できず、形相を変えてキョウスケの方に目を向けるレビ。

 だが、その瞬間にはキョウスケはブースターを噴かせてレビに体当たりを食らわせると、その手にしていたコアクリスタルが宙を舞う。

 

 宙を舞っていたコアクリスタルは、パシッという音と共にキョウスケがその右腕で掴んでいた。

 

「ブルー・ティアーズのコアは確かに返してもらったぞ、レビ・トーラー」

 

「くっ……! 私になにをしたというんだ……?」

 

 胸元を押さえながら、体当たりを食らった箇所をギュッと掴む。

 何が起こったのか理解できていないレビは、叫ぶようにキョウスケに言い放った。

 だが、帰ってきたのはキョウスケではない別の誰か――それこそ、レビからすれば始末したと思っていた人物、大倉利通その人であった。

 

『僕がやったのはISの強制解除さ。君の扱った剥離剤(リムーバー)とはまた違って、コア・ネットワークに直接ハッキングしたんだよ。それで、書き換えられていた部分を修正しただけさ』

 

 にやけ面がレビに向けられ、レビは悔しくてたまらず歯噛みをしながら激昂した。

 

「馬鹿な……! そんな、事が……出来るはずがない! 我らの技術が、貴様程度の男に……いや、そもそもコア・ネットワークにハッキングだと!? ISには興味がないはずの貴様に、そんな事など……ありえるはずがない!」

 

『出来るよ。だって、僕天才だから。それに、僕の持論は【ありえない事なんて、この世にはない】だよ。そう――元々は人間が作り出した技術だしね、これは。出来ないなんてことはないのさ』

 

「ふざけたことを……!」

 

『僕は至って真面目だよ、レビ・トーラー。君自身が直接僕を殺しに来なかったのが一番の失敗だったね』

 

 きっと、向こう側でほくそえんでいるに違いない大倉を思い浮かべるだけで、レビの怒りは限界まで到達する。

 キッと鋭い目つきが研究所の方に飛んでいくが、大倉はそんな事をされたとて気にはしない。

 だが、キョウスケは違う。機体を立ち上がらせると、殺気だった目付きを前面に押し出しながら、レビと改めて対峙する。

 

「そういう訳だ、レビ・トーラー。俺は単に時間稼ぎをしていたに過ぎない。個人的には不本意だったがな」

 

 キョウスケもキョウスケで研究所の方をちらと見やるが――大倉の提案のおかげでブルー・ティアーズを取り戻せたのだ。

 ただ――後はキョウスケの仕事だ。セシリアを甚振り、研究所を滅茶苦茶にしてくれたレビを、倒すだけだ。

 

「くそっ、ただの武器商人風情が! こんな、こんな事で作戦が失敗するなど、断じてならない!」

 

「だからどうした。……行くぞ」

 

「ちっ……! だがまだISは存在する! ジュベール! 奴を斬り裂くぞ!」

 

 怒りで周りが見えないレビは、自身が初めから持っていたIS『ジュベール』を展開する。

 決して重装甲ではないそれは、ギリギリまで装甲を排した結果のISだ。特徴と呼べる武装は、なんといっても腕に搭載されてある巨大な双爪だろうか。

 その双爪をレビは構え、展開すると同時にキョウスケに向かって突進、まずは右爪を振り下ろす。

 だが、キョウスケもヒートダガーを展開して素早く振り下ろされた爪を防ぐや、そのままマシンキャノンを発射する。

 

「くっ! 味な真似を!」

 

 バッと飛び退くように後ろに後退するレビだが、すぐさまキョウスケは追撃に入っており、気が付けばレビの眼前にキョウスケの姿があった。

 その姿に一瞬ハッとなるが、追撃をかけてきたキョウスケに対して左爪を向ける事によって斬り裂かんとする。

 レビの攻撃は確かに手早く、一瞬で攻撃が迫ってくる。だが、キョウスケも近接戦闘では負けておらず、直感でステークを押し出し、左爪にぶつける。

 ガリッという音と共に両者の間で火花が散るが、その耳に残るような嫌な音もキョウスケは気にせず、背後のブースターを噴かしてレビに向かって突撃した。

 

「がぁっ!」

 

「このまま……押し出す」

 

 

 爪を止められた際に出来た一瞬の隙を逃さず、キョウスケはレビに向かって体当たりし、研究所の外壁へとぶつける。

 ゴウンという轟音が辺りに鳴り響き、衝撃を抑えきれなかった分のダメージがレビへと直接襲い掛かる。

 口からは微かに血がにじみ出た。その血を右手で拭い、未だ眼前にいるキョウスケに向かって双爪を向ける。

 キョウスケはその双爪をダガーとステークの両方を駆使して遮る。だが、両腕を封じられれば後は相討ち覚悟のクレイモアしか選択肢はない。

 

「…………」

 

「は、はははっ! ここでその近接炸裂弾を扱うつもりか? それは愚かな選択肢だぞ、イレギュラーよ。

それに、前の演習でも小娘相手に使用して相打ちになったではないか。その愚を二度も繰り返すつもりか?」

 

「確かに。だが――お前を仕留められれば、俺はそれでいい。それに、動きを封じた時点で俺がとる選択肢も一つだ」

 

 にやりと、キョウスケが悪い笑みを浮かべる。

 

 ――――この男、本気だ。

 

 その笑みにレビの背筋にぞくっと悪寒が走るが――キョウスケは迷うことなく両肩のハッチを開放し、レビへと照準を合わせる。

 

「ば、馬鹿な事はやめろ! お前まで巻き添えだぞ!」

 

「誘爆の事を言っているのか? ……残念だが、一度経験済みでな。だが……死ぬほど痛いと思っていた方がいい」

 

 この発言に、レビは改めて目を見開く。

 機動性と奇襲性に重点を置いたジュベールでは、こうした馬力のある機体に抑えられれば当然力では勝てる筈がない。

 だからこそ、なんとかして抜け出したかった。だが、キョウスケはそんなレビの考えなど、半ば無視し――呟く。

 

「クレイモア…! 全弾、持って行け!」

 

「やめっ……!」

 

 勢いよく射出されるクレイモア。その炸裂弾が直撃した瞬間、両者の間で爆発が鳴り響くのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……がはっ!」

 

 

 辺りが煙で包まれる中、外壁の残骸から這い出るようにして出てきたのはレビの方だった。

 元々薄い装甲に包まれていたレビのISは、その所々が破壊され、唯一の武装であった双爪も左爪がへし折られたようになくなり、右爪も五本中三本がなくなっている。

 地を這うようにレビは移動していたが、何かが込み上げてきたかと思えば、それが口から吐き出される。

 それは、血。あまりにもダメージを負いすぎたため、吐血したのだった。

 

「く……そっ……! 何故だ、何故こうも……うまくいかないのだ……!」

 

 悔しさと怒りが混合し、レビは拳を地に叩きつける。

 “ミスタJ”の期待に反する――。それはレビが一番恐れている事だ。

その恐怖も同時に襲い掛かり、レビはわなわなと震えながらも、それを抑えようと自身の体を必死に包む。

 

「うわぁ……ああっ………あああっ!」

 

 先ほどの様子とは一変し、頭を押さえながらガタガタ震え、仕舞いには叫び始めるレビ。

 恐怖に体を支配され、体の自由が利かなくなる。ガタガタと体が震え、抑えは効かない。

 

「嫌だ……嫌だ……。あのころは、もう嫌だ……。アヤ、アヤ……私を助けて、アヤ……!」

 

 誰かの名前を必死に呟き、目をギュッと閉じるレビ。

 そんな彼女の傍に誰かが近づく。それはキョウスケではなく――別の誰か。ゆっくりとした足取りでレビに近づき、錯乱状態にある彼女の手を取った。

 

「無様な姿ね、№Ⅶ」

 

「ああっ……ああああっ!!!」

 

「……おやおや、例の持病が出たようね。連れて帰るしか方法はないか……」

 

 その誰か―――バイザーで表情こそ隠しているが、其処から出ている髪の色は深紅に染められており、妙に露出度が高い衣装を身に纏っている――は、震えているレビを右肩に担ぐと、自身のISを展開した。

 そのISはピンク色に染められ、その背後からはまるで蝙蝠(こうもり)を彷彿させるかのような巨大な羽を展開する。

 それはまるで生き物のように鮮明に作られている。まるで、意図したかのように――。

 

「さて、帰るよ。作戦は失敗、長居は無用だ」

 

「う、あっ……」

 

「と、今は聞けるような状態じゃないか。でも、其処のアンタは私達をこのまま逃がしてくれるつもりなんてないだろう?」

 

 その声に、反応したのは――後ろで様子を伺っていたキョウスケだ。すぐにでも接近できるように臨戦態勢を敷いており、ステークを構えている。

 だが、突如現れた人物――ISを展開している点からして、女であろうが――はどうやら戦う気はないらしい。キョウスケの方を見てはいるが、此方も此方ですぐに飛翔できるような構えに入っていた。

 

「当たり前だ、逃がしはしない……。その手助けを行うというのなら、お前ごと貫くことになるが?」

 

「フッ、そう簡単に貫かれちゃ敵わないからね。でも……レビはまだ必要な存在だから、渡せはしないのさ。我らの主、ミスタJにとってもだけどさ」

 

「…………知らんな」

 

 静かな声が辺りに響く。女はキョウスケの態度にフッと笑みを浮かべるが、その手から青白い炎を出現させると、それをキョウスケに向かって投げつける。

 

「……炎っ!?」

 

「この【エリファス】は特別でね、そういった技能もあるのさ。じゃあ、私らは失礼させてもらうよ」

 

「逃がさん……!」

 

「無理だね。私のエリファスには追いつけないだろうからさ」

 

 咄嗟の事に驚きはしたものの、その炎を弾いてキョウスケは女の追撃にかかろうとする。

 だが、女のISは予想していたよりも数倍素早く――瞬時に飛びあがったかと思えば、背後にあった蝙蝠(こうもり)の羽のようなものを羽ばたかせ、研究所から撤退していく。

 流石のキョウスケもこれには苦虫を嚙み潰したような表情しか浮かばすことが出来ず、女が飛び去った方向をじっと見ている事しか出来なかった。

 

「レビ・トーラー……そして、混沌(カオス)か……。次こそは、必ず……」

 

 飛び去って行った方向を見やりながら、キョウスケは微かに呟くのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、それにしてもこっ酷くやられたものだね~」

 

「……私はあやうく死ぬかと思いましたが」

 

 研究所内を歩いているのは、大倉利通と彼と一緒にモニタリングルームにいた研究員だった。

 かなり破壊された様子の研究所内を見渡しながら、大倉は辺りをチラチラと見ながら歩き続ける。

既に避難していた整備班や補修班が損傷部の修理に入っており、夜中――それも深夜にも関わらず彼らの声が研究所に内に響く。

 

「おー、やってるね、皆。いいことだよ」

 

「しかし、セシリア嬢のISが目当てとはいえ……普通は此処まで破壊するものなのでしょうか?」

 

「ま、それが彼ら―――混沌(カオス)のやり方でしょうに。以前から情報こそ掴んでいたからこそよかったけど、いざ目の前に現れるとビビるよね。ま、あの設備が役に立った訳だけどさ」

 

「……確かに、モニタリングルームにエネルギーフィールドを用意しているなど考えもしませんでしたよ」

 

 今更だが、何故大倉たちが助かっているのかといえば、大倉は非常用に幾つもの設備を構えているのが大きな要因になる。

 無論、それはモニタリングルームも同様で、あの場所には予算をつぎ込んで完成させた小型エネルギーフィールド発生装置が常備している場所でもあるのだ。

 それを発生させた事によって襲撃者達の銃撃を防いだ。そう、あの場にいるという事は、絶対的に安全な地帯ということになる。

 

「ま、彼等の撃退は南部君任せだったけどね」

 

「彼がISを動かせるのは非常に助かりましたね。奴らは彼の実力を軽視していたようですし、そのおかげで多くの所員が助かりました」

 

 実を言えば、キョウスケはセシリアを探しながらも研究所に侵入していた侵入者たちを撃退していたのだ。

 モニタリングルームに入ってきた侵入者たちもキョウスケの手によって排除。今は拘束し、遅れて到着するであろう日本政府側の人員へと引き渡す準備に入っている。

 おまけに、負傷者こそいるものの、死者はゼロという奇跡のような成績。

キョウスケがいなければフィールドがあるとはいえ反撃することは出来なかった大倉は非常に助かった存在だといえよう。

 

 ――ただ、そのおかげもあってセシリアを救出するのが遅れた訳だが。

 

「しかし、一体どうなさるおつもりですか?」

 

「どうって……何が?」

 

「分かっておいででしょう。南部響介の件です。今回の事もありますし、やはり政府に連絡を入れた方がよいかと」

 

「……分かっているよ。今回の件で南部君の株は上昇したも同然だからね。

 やっぱり……彼にはちょっと苦痛だろうけど、IS学園に行ってもらう事にしようか。厄介者をあっちに押し付けたような感じにはなるけど」

 

 

 そういって、大倉は自嘲気味に笑った。

 いや―――最初から大倉はそのつもりだった、と言った方が正しい。それが今回の件で拍車をかけるような事態になったといった方がいいのかもしれなかった。

 

「それに、セシリアちゃんも喜びそうだしね。南部君のIS学園入学は」

 

「はぁ……?」

 

「ああ、意味は分からなくていいよ。それより、例の武装……どう?」

 

「例の武装―――日本政府の要望にあった“ガナリー・カーバー”はロールアウト寸前です。しかし、あの機体――バルゴラは次期主力量産機の座を失っていますから、実質一機のみですが…」

 

「構わないよ。それに、日本政府もガナリー・カーバーのスペックが高すぎてバルゴラの量産を見送ったんだ。

僕自身もあれを設計するのには骨が折れるし、十機以上開発したら此処の研究所が火の車だからね」

 

 諦めのポーズ……いや、両手を広げながら、大倉はそう嘆く。

 プロジェクト・グローリー―――。アメリカで開発されたゲシュペンストを超える主力量産機の開発プランであり、その試作型として生み出されたのが大倉のいうIS『バルゴラ』である。

 しかし、機体そのものに問題はないものの――そのオプションとしての武装であるガナリー・カーバーと呼ばれる武装のスペックが広大であり、とてもではないが量産ができるような代物ではなかったのだ。

 

 結果、従来通りに日本政府は打鉄を量産型として固定。ただ、バルゴラという機体自身は量産型のスペックでありながら、ガナリー・カーバーの性能故に専用機として扱われることになっている。

 

「で、そのパイロットが…………この子か」

 

「はい。名はセツコ・オハラ。日本名は小原節子……と言った方がいいのでしょうが……。それはともかく。彼女は幼いころに何者かに両親を殺され、日本政府の管轄下で育っています。

 その間、ISの適性が高いというのと機体操縦が丁寧だという事で一気に代表候補生の一人へ。今度はIS学園に進む予定らしいですが……」

 

「ふむふむ。それにしても可愛い娘だね、この子。悲壮感が漂いまくっている点はマイナスだけど」

 

「……所長」

 

「個人的な感想だよ、これは」

 

 写真を見ながらククと笑う大倉。

 そんな大倉の様子に所員は頭を抱えて溜息を吐くが、大倉はそんな事など気にせず――再び写真に目をやった。

 

「幼いころに両親を……ね。犯人は判明済み?」

 

「いえ。まったくと言っていいほど進展はないそうです。尚、彼女はその時は二歳程度らしかったので、覚えていないそうなのですが……」

 

「それはそれは。でも、扱えるかな? 彼女に、これが」

 

「癖さえ掴めば問題はないかと」

 

「ま、そうだね。それにしても今年はセシリアちゃんと南部君も加えて専用機持ちは三人か……。あ、間違えた。倉持の馬鹿のところも合わせて四機だったね。ま、あれの作った代物なんて誰が乗るのかさえ知らないけどさ」

 

「……まだ、倉持博士とは折り合いがつかないのですか?」

 

「お互いに興味がないだけだよ。それに、あいつは頭でっかちだ。あいつの頭では出来もしない武器の構築――マルチ・ロックオン・システムなんてものを搭載するだって? 馬鹿の極みだね、奴は」

 

「…………」

 

 吐き捨てるように言ってのける大倉だが、それほど倉持という人物と大倉の間では何かがあったのだろう。

 事実、今の大倉はまるで見たことのないような冷たい目つきをしており――その表情にはいつものふざけた様子は微塵にも感じられなかった。

 

「泣きつかれた場合はどうするおつもりですか?」

 

「はぁ~? けり落とすよ。僕とあいつはそういう仲だからね」

 

 職員の尋ねに、大倉はいとも簡単に言ってのける。

 その目は本気であり、その考えをかえるつもりはないらしい。職員は一瞬だけ目を伏せるが、すぐに手元の資料を眺め始めた。

 

「けど、今年の専用機持ちは従来に比べて多いね……。いや、異常といってもいい。何かが起こる前触れかな、これは?」

 

「確かにそうですね……。それに南部響介の情報を流せば他の国々も黙ってはいませんよ。特にフランスのデュノア社などは相当焦っているようですが」

 

「あそこはラファールにこだわり過ぎたせいで統合整備計画に参加できなかったからね。

ゲシュペンストをベースにしているアルトアイゼンのデータ収集にこれ幸いと誰かを仕向けそうだけど……どうかな? デュノア社も最近不穏な噂を耳にしているし。ま、僕には関係ないけど」

 

 大倉はそれだけいうと、職員に対して踵を返す。

 専用気持ちが五人―――うち、三人は大倉の方から武装を出すことになる。

 

――これはまた、面白い事態だね。それに、彼……南部響介、か。そういえば似てるよね、“彼”に。いや、似ているなんてものじゃない。

―――ああ、そうだ。彼女に教えてやろう。その方が楽しくなりそうだからね。

 

 とある事を思いつき、大倉はぽんと手を叩いた。

 一体何事かと思って職員は大倉の方を見やると――大倉はもう一度踵を返して職員の方を振り向いた。

 

「どうなさったのですか、所長?」

 

「連絡を入れてほしいところがあるんだけど……頼まれてくれないかな? 僕の名前を出せば一発の筈だから」

 

「連絡……ですか? 一体どこへ……?」

 

 首を傾げる職員だが、大倉はにやりと笑みを浮かべながら――こう発する。

 

 

 

 

「IS学園教員、織斑千冬に―――ね」

 

 

 

 

 それこそ、全てのはじまりだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 時刻としては午前四時ほど。襲撃が起こってレビ達が撤退してから一時間ほどが経ったときの事だ。

 研究所の屋上にキョウスケの姿はあった。真ん丸であり、更に金色に輝く月はキョウスケを照らし、キョウスケもそれに身を任せていた。

 この日までに色々な事があったと、キョウスケは今日までを振り返る。

 大倉に拾われ、ISを動かし、更にセシリアと決闘をして、今日の襲撃―――。短い期間であったが、実に様々な事があった。

 だが、これだけの出来事が連続しても自身の記憶が元に戻るわけではない。いや――寧ろ、サッパリだった。

 このまま、自分は何処に行くのだろうか―――ずっと、このままなのだろうかと思った時もある。

 

(俺は……一体誰なのだろうな。何処から来て、誰の為に動いていたのか……)

 

 それが一番の疑問であり、変わらない疑いだ。

 自分が分からない――これほどまでに怖いと思う事はない。出自は? 家族は? ――それすらも、いや――何も知らない。

 ただ、そんな自分が此処にいるのも、ISを動かせるからという理由。懐かしさと共に違和感を感じる機体。それがこのアルトアイゼンだ。

 掌を広げ、キョウスケはそれを上に掲げる。

 

 そして、それを軽く握りしめ―――力なく落とす。

 

 瞬間――深夜にも関わらずにごうと風が鳴り、キョウスケのメッシュがかかった前髪が揺れる。

 その時、ふと後方に人の気配を感じたが―――キョウスケは黙っていた。やがて、その人物はキョウスケに迫ると、声を掛けてくる。

 

「お隣、宜しいですか?」

 

「……好きにしろ」

 

 素っ気なく答えてやると、その人物――予想通り、セシリアだったが――はキョウスケの隣に腰掛ける。

 ふとキョウスケが彼女に目をやると――セシリアは少しばかり小首を傾げる。

 そんな彼女を見ながら、キョウスケは手にしていたコアクリスタルを取り出し、セシリアに渡す。

 

「約束通り取り戻したぞ。いや……借りを返した、といったところか」

 

「借り……ですか?」

 

「……この前の栄養剤の事だ」

 

「ああ……あの程度の事など別に、気にしないで宜しいですのに……」

 

 やや頬を赤らめながら、セシリアはおずおずとそれを受け取る。

 渡したキョウスケもそれ以上は何も言わず、再び正面を見ていたが――唐突に、こう切り出した。

 

「そういえば、まだ起きていたんだな」

 

「……あんな事があった後ですから、そう簡単に眠れませんわ。南部さん……いえ、響介さんも同じなのでは?」

 

「そうだな……」

 

 自身の事を名前で呼んだが、キョウスケは特に気に留めなかった。

 呼び方は人それぞれだ。別に許可を下したわけではないが、セシリアがそう呼びたいのならばそれでいい。特に嫌な気分はしないのも事実だ。

 

「それに……怒ってます?」

 

「……一体何を?」

 

「わたくしがあんな簡単にやられてしまった事ですわ。その……相当無様な、姿でしたし……」

 

 悔しさ半分、恥ずかしさが半分といった表情か。

 やや視線を泳がせながらキョウスケに尋ねるセシリアだが、当のキョウスケはフッと軽く笑ってやった。

 

「馬鹿を言うな。やられたくらいで何故俺が怒る必要がある」

 

「ですが、わたくしは響介さんの訓練を見ている立場ですし、その……」

 

 モゴモゴと、何かを言いたいが言い出せないセシリア。

 そんなセシリアに対してキョウスケは再び笑って見せた。

 

「な、何が可笑しいのですか?」

 

「いや……お前もそういう表情をするのだと思ってな。少し、可笑しくなっただけだ」

 

「……失礼ですわよ、それは」

 

 口を尖らせ、不服そうなセシリア。

 またしてもキョウスケは吹き出しそうになるが、なんとか堪える。と、いきなり真面目そうな顔つきへと変わり、セシリアの方を見た。

 

「だが、これだけは言っておく。……あまり、無茶をするな」

 

「え……?」

 

「無茶をするのは、俺だけでいい」

 

 そんな事をいうキョウスケに、セシリアは一瞬ポカンとなったが――直後、フフッと声を上げて笑った。

 今度はキョウスケの方が不服そうな顔を浮かべたが、セシリアは笑顔のまま。そんなセシリアを見て、キョウスケはやや諦めたように息を吐いた。

 

「おかしいか?」

 

「それはそうですわ。ですが……残念ながら、その要望には応えられかねますから」

 

「…………?」

 

 キョウスケがやや不思議そうに首を傾げると、セシリアはキョウスケの左肩に頭を乗せる。

 そして、目を閉じ――こう言った。

 

「響介さんの無茶には――わたくしもお付き合いたしますわ。何処までも……いつまでも」

 

「………好きにしろ」

 

 キョウスケはそのまま黙ってしまう。しかし、特に彼女を除けなかった点からして、別にそのままでいいようだ。

 

(…………)

 

 この時、キョウスケもセシリアもある程度悟っていたのかもしれない。

 “それは到底適わぬ望みである”という事を―――。

 だが、彼はそれを受け入れ、少女はそう宣言した。

 

 

 今だけは―――今だけでいいから、この温もりに浸りたい。

 

 

 

 

 そんな男女二人を見守るのは金色に輝く月のみだった――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミスタJ、真に面目ありませんが……今作戦は失敗いたしました」

 

『……構わない。それに、これもまた予想していた事だ。案ずることはない』

 

「………」

 

 深紅の髪を持った女がやや肩をすくめる。

 モニター上には相変わらずの【SOUND ONLY】の文字が表示されており、その姿は見えない。

 彼女も一体誰に仕えているのか時々分からなくなってくるが――だが、ミスタJの意見に賛同したのも彼女自身だ。

 まあ、何かあればこちらから切り捨てればよい。向こうも、こちらと同意見であろうから。

 

『……レビの容体は?』

 

「今は落ち着いており、眠っています。ですが、当分の間の作戦行動は不可能かと」

 

『…よかろう。今、レビに欠けて貰っては私としても困る。だが、次は――お前の番だ、№Ⅴ―――いや、ツィーネ・エスピオ』

 

「はっ」

 

 恭しく頭を下げる女。いや、その名をツィーネ・エスピオという。

 その瞳は、静かに、そして怪しく光っているのだった―――。

 


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