IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第五十八話 合流先にて

「ずいぶんとお久しぶりね~、元気だった?」

 

「ああ、それはもう。元気すぎて死にそうだったくらいだよ。最近は新しい玩具を手に入れたから、退屈ではないのだけれどね」

 

 大倉は、ニッと白い歯を見せた。

 相も変わらず、変わらない男だとエクセレンは思う。こうして直接会うのは、実に四年ぶりだろうか。ただ一回会っただけだが、そのなりは四年前と全く変わらないものだった。

 

「しかし、君が追跡任務とはね。ハワイで銀の福音稼働テストがあることは事前に知っていたけれど、まさか君まで駆り出されるとは」

 

「あら、博士。テストの事は極秘だったはずでけど?」

 

「はっはっはっ。僕はなんでもお見通しなのだよ。……というよりも、その武装を開発したのは僕だからね。情報が回ってきても可笑しくないのさ」

 

「ふーん」

 

 まあ、そういうことにしておこうとエクセレンは思う。

 本来であれば、極秘も極秘だ。エクセレンでさえも、この一件に関しては箝口令が敷かれている。

 いくら武装の開発者といったからといって、国家の事情を知るわけにもいくまい。何かしらの方法で知ったのだろうが――――まあ、あまり褒められた方法ではないのだろう。

 聞かなかったことにするとともに、エクセレンは大倉の隣に座りこみ、空を見上げた。

 

「――――で、博士。貴方はこの空を……いや、この現象をどう見てる?」

 

「どうって言ったってね……。まさに、世界の終わりってやつかな?」

 

 冗談と本気が入り混じったような、そんな表情。

 だが、それも致しかがない。そのくらい、彼らの周りに張り廻っているものは説明がつかないものなのだ。

 

 彼らの目線の先は―――赤く澄み渡った空間のようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 キラーホエール参番艦内部にて。

 ブリッジ内には、作業を行っているブリッジ要因のほかに、初老の艦長、そしてツィーネがいる。

 両者とも訝しげな表情でモニターを凝視しており、一体何が起こったのかすら掴めないといった表情であった。

 

「残念ながら外部との通信は完全に遮断されています。コルニクスによる偵察の結果は、通常となんら変わりありませんでしたが……あの壁のような、いや……障壁といった方がよろしいのでしょうか。それを越えることは適いませんでした」

 

「……適わなかった、というと?」

 

「こちらをご覧ください」

 

 そういって、艦長はコンソールを操作し、一つの映像を映し出す。

 映し出されたのは、おそらくコルニクスが見ている映像であったもの。空に浮かぶ赤色の空間のようなもの以外は、一面が海面で一杯であった。

 バサバサと、翼で羽ばたくような音が聞こえる以外は、何もない。そう―――何もないはずであった。

 あたりを一通り見渡した後、コルニクスは移動を開始する。そして、赤い壁のようなものに近づいた瞬間、コルニクスの映像は突如として途絶えた。

 画面はノイズで包まれ、それ以上映像が復活することはなかった。此処まで見せた後、艦長はそのモニターを消し、ツィーネに向けて言葉を発する。

 

「コルニクスが'“あれ”に触れた瞬間、コルニクスの反応は文字通り消えたのです。送られてきた映像が、先ほど目にしてもらったものですが……」

 

「あれが、かい。突っ込んだ瞬間、映像が途切れてしまったあの映像がね……」

 

「はい。我々の技術をもってしても、これに関しては不可解な現象と言わざるを得ません。幸い、クタルフ、テンブラーの両艦は健在。ただ、両艦とも相当の混乱が生じているとの事ですが……」

 

「それは仕方のないことでしょう。こちらとしても、状況が全く分かっていないのだから」

 

 そこまで言ってツィーネは一息吐いた。

 銀の福音を追跡していて、みすみす取り逃したばかりか、異様の空間に閉じ込められることになるとは。

 ハワイ沖での戦闘にて、此方も相当の被害を被っている。シュヴェールトも粗方撃墜され、帰還したものは幾ばくか。

 おまけに、自機もかなりやられた。カチーナの捨身ともいえるような攻撃であったが、その後の追撃といい、エリファスには負担を掛けすぎたのだった。

 更に、相方のスレイも同様か。エクセレンに遊ばれた形になったとはいえ、生還しただけでも奇跡ともいえる。

 ただ、機体の状態は同じく芳しくない。本当にエクセレンが本気を出していればどうなっていたことか、とツィーネは思った。

 

「――――問題はそれだけじゃないでしょう?」

 

「ええ……。別の偵察機に映し出されていた映像――――こちらの方が、本命といえるかもしれません」

 

 今度は別のモニターに映像が映し出される。

 そこに移ったのは、一面が何かで覆われていいた。覆われる――――言いえて妙かもしれないが、そうとしか言えない。

 その物体群は、何かを守るようにしてその場に鎮座し、その中央には一体何があるのかすら理解しがたい。さらに、その周囲には異様―――この世のものとは思えない―――な物体たちが渦巻いていた。

 ISのようにフロートシステムを使用していなくても、空中に浮かんでいる骨のような物体たち。さらに、驚くべきはその数だ。

 それが十体、二十体であればまだ可愛げのあると思えてしまう。だが――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もはや、何百、何千という数だ。この映像を見たとき、艦内では悲鳴を上げた者もいるという。

 人間を相手にするのならば、まだいいとすら思える。もはや、人知の超えるような者を目の当たりにし、いくら混沌の人間であろうが、これには怖気づくしかなかった。

 

「――――数は?」

 

「……当初、この物体群は数十体程でした。しかし、時間が経つにつれ、こいつらは異常なほどに数を増やしてきています。映し出されているだけで、およそ七千。さらに、その数を増やしているとの報告もあります」

 

 報告を聞き、ツィーネはいまいち現実感を感じられなかった。

 まるで、小説などの物語に出てきそうな、そんな化け物どもが今、目の前に存在する。何かの立体映像だと思えば多少は気が楽にもなるだろう。

 

(だけど、これは現実……。おそらく、こいつ等の中央にいるのが……)

 

()()()()。そうであろうと、ツィーネは直感した。

 IS学園側が何かしたか、それとも篠ノ之束が施したか。

 いや、今はそんなことは後回しだ。状況を整理し、打開しなければと考える。

 だが、一体どうやって? この空間自体、こいつ等が発生させたものだという事はなんとなくわかる。しかし、この数をどうやって撃滅する? 

 恐らく――――いや、ここにいる面子だけでは、こいつ等には適わない。今のところ、動き出す様子は見せていないが、いつまでも此方を野放しにしているとは思えない。

 ゴーレムは破壊され、自分の愛機も現在は修理中。動けるようになったとしても、もう少し時間はかかるし、二機しかISは存在しないのだ。

 コルニクス達を総動員させたとして、焼き石に水。とてもではないが、これだけの数を相手にするには数が足りなすぎる。

 

「……№Ⅴ?」

 

「……しばらく、様子を見る。ただ、監視を怠らないようにね、艦長」

 

「はっ」

 

 結局、現在ではそれぐらいの指示しか出せない。

 ただ、その脳裏にはもう一つ考えが浮かんではいたのだが。

 

(…………)

 

 ただ、その策を打ち出すには博打が過ぎる。もう少し様子をみてからでも遅くはないと、ツィーネは思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 旅館の一室。そこにキョウスケは寝かされていた。

 頭には包帯が巻かれ、痛々しい姿があると思いきや――――外傷は頭の包帯ぐらいで、それ以外はほとんど目立ってはいなかった。

 これはISの最終保護装置によるもの。()()()()の攻撃により、アルトアイゼンのシールドバリアーはゼロとなり、搭乗者が危険となった時に適用されるものだ。

 その隣にはセシリアが座っており、その眼には涙のようなものが零れているのが伺える。

 セシリアはキョウスケの左手を両手で包み込むようにして握り、眠り続けている彼を案じていた。

 

(響介さん……)

 

 悔しくてたまらない。

 あの時、もう少し到着が早ければ。いや――――無理を押してでも、キョウスケ達と一緒に()()()()と相対していれば、こうはならなかったと。

 変われるものならば、変わってあげたい。彼がこのような重傷を負う姿など、セシリアは見たくはなかった。

 彼には、元気な姿でいてほしい。その眼で、セシリアを見てもらいたい。言葉をかけてほしい。眠り続けている姿など――――悲しくてたまらない。

 そう思っているうちに、キョウスケを握る手が一層強くなる。

 

「わたくしがずっと傍にいますわ。だから、響介さん……安心して、眠ってくださいな」

 

 祈るように、セシリアは彼の左手を握り続ける。

 前に、セシリアが倒れたときはキョウスケがずっと傍にいてくれた。それを聞いて、セシリアはとても感謝したし、更に気持ちが脹れあがった。

 今度は、自分がキョウスケにお返しする番だと。いや―――それ以上に、彼の傍にいたかった。もう、自分の見えないところで傷ついてほしくない。無理をしないでほしいと。

 

(響介さん、わたくしは……)

 

 そんなセシリアの様子を隙間から覗いていたラウラは、面白くないと感じる。

 この林間学校に着いてきていた保険医の如月の話では、あれだけのダメージを負っても、命に全く別状はないとの事。

 如月もこれには目を丸くしていたが、これが持ち味なのか。それともたまたまなのかはわからない。

 ただ、このような事態になった以上、大きな病院に連れて行くべきだと進言されたが、身動きが取れるような状態ではなかった。

 IS学園の教員たちが、大広間に集まって何事かを話し合っているようだが、話し合ったところでこの状況が打破できるとは思っていなかった。

 ただ、それ以上にセシリアばかりキョウスケの看病をしているなど―――許せるものではなかったが、一番彼の近くにいて、彼を守ることができなかったのはラウラの責任だとも考えていた。

 

(もう少し早く、反応できていれば……!)

 

 拳を限界まで握りしめる。

 あの時の一瞬の判断が、キョウスケを危険に晒した。好きな男が嬲られる姿を見たくもないのは、ラウラとて同じだ。

 少し前の自分ならば、考えられないことだと自嘲気味に笑う。まったく、あの男にはペースが乱されっぱなしだと。

 だが、今度はラウラがキョウスケを守る番だ。

 ラウラは太平洋の方を向き、いつ動き出すとも分からない異形の化け物たちを睨み付ける。

 

(私の嫁に傷をつけた事―――後悔させてやる。絶対に、な)

 

 彼女の決意は固い。

 例え、この身が滅びようとも――――奴等を根絶やしにする。キョウスケを傷つけたという事は、ラウラの逆鱗に触れたのだと同じことだという事を、奴らに思い知らせるために。

 

 

 

 

 

 

 旅館内、大広間。

 この話し合いも、もはや何度目だろうか。状況確認はできていても、果たして打開策など到底ない。

 IS学園の生徒たちはもちろん、旅館のスタッフも含め、此方には非戦闘員が多すぎる。

 教員たちはいざとなればISに搭乗して戦うこともできるが、如何せん向こうの数は何千という大群だ。

 一騎当千ともいえるISの能力でさえ、敵うかも分からない。この状況になって、早三日目だが、緊張状態を常に保ち続けているために、疲労は蓄積されていた。

 

「アンノウン達の状況は?」

 

「……昨日と変わらず、静止したままです。ただ、更に数を増やしているのは確認できることです……」

 

「そうですか……」

 

 真耶の報告を聞き、城ヶ崎は嘆息を吐く。

 ()()()()に関する問題で、このような事態に巻き込まれたのは、彼女からしてみればいい迷惑だ。

 尻拭いどころか、逆にこちらがこのような危険に晒されるとは。周囲を見渡してみても、誰もが疲れ切った表情をしており、それも城ヶ崎が嘆息を出してしまう原因の一つでもある。

 気持ちはわかる。それに、城ヶ崎自身も疲れているのは明白だ。

 だが、油断はできない。いつ、どういった状況になるかもわからないというのに、自分が警戒を怠るわけにはいくまいと。

 

(しかし……先の戦闘での報告から、あれらの狙いは明白ですが……)

 

 さて、どうしたものかと考える。

 専用機達の話では、()()()()があのような状態になる前から、ターゲットになっていたのは南部響介だという。

 そのようにプログラムされたのであろうが、果たしてAIの自我が残っていれば、いずれはこちらに襲撃してくるのは間違いないだろう。

 

(やはり……)

 

 顎に手を当て、城ヶ崎は考える。

 リスクは高いだろうが、可能性がないわけではない。

 もしも、南部響介という人間一人が犠牲になれば、この状況が解かれるのはないか――――と、どうしても思ってしまう。

 生徒一人と、大勢の命。天秤に掛ければ答えは明白だ。

 ただ、彼に影響された者たちは少なからずいる。キョウスケを犠牲にしようというのならば、彼女たちは自分の命令に逆らってでも彼を守ろうとするだろう。

 命が惜しくないのか、と言われれば、そんなことはない。だが――――。

 

(実に、くだらない。――――考えるまでもない、か)

 

 顔を上げ、城ヶ崎は周りを見渡す。

 疲労は濃いだろうが、教員たちの目が死んでいるわけではない。いや――――皆、わかっているのかもしれない。

 彼女たちも、専用機持ち達の報告は聞いている。だが、その後誰一人として、城ヶ崎に意見してくるものはいなかった。

 もしかすれば、キョウスケ一人を犠牲にすることで、自分たちが助けるのならば。

 後味が悪かろうと、命があっての物種だ。無碍にすることはできないし、もしもキョウスケが元気な姿で健在ならば、もしかしたら一人で今頃飛び出しているかもしれない。

 ――――といっても、他に策がないのであれば致し方がない。

 意を決し、城ヶ崎は一つ息を吐くと、真耶の方に向き直る。

 

「山田先生、大倉博士をこちらに呼んでいただきたいのですが」

 

「えっ、大倉博士を……ですか? ですけど、城ヶ崎先生はあの人の事が苦手なんじゃ……」

 

「……彼に伝えたいことがあります。至急、この場に呼び立てていただきたい」

 

「伝えたいこと……? 一体それは……」

 

「余計な詮索は無用です。貴方は、私の指示通りに動けばいいのですから」

 

「……わかりました」

 

 癪に障ったのか、少し不機嫌ながらも真耶は近くにいるであろう大倉に通信をつなげ始める。

 この異様な空間でも、別に電子機器等は正常に作動している。本当にどうしようもないのは、このあたり一体が囲まれており、脱出することはほぼ不可能だという事である。

 可能性があるとすれば、それは――――。

 

(この世で最も顔を見たくない人物の一人ではありますが、もはやこれは決定事項。彼にも働いてもらうとして……後は、ここにいる彼女たちがなんというか、ですか)

 

 そう思い、城ヶ崎は口を開く。

 

「皆さん、私の考えをお伝えします――――」

 

 城ヶ崎の考え――――その言葉に、ここにいる皆が言葉を失う。

 真耶に至っては通信機を落とすほどのもので、目を見開くとともに、思わず立ち上がり、城ヶ崎に詰め寄った。

 

「じょ、城ヶ崎先生。今、あなたはなんと……?」

 

「――――何度も言わせないでください。南部響介を――――アンノウン群に差し出すと、そういっているのです」

 

 非情ともいえるその言葉に、真耶は絶句せざるをえなかった――――。

 

 

 


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