IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第五十七話 銀の福音

「今回の作戦……本当にうまくいくと思っているのですか?」

 

「うん? ま、あの子たち次第でしょうよ。バックアップはするけれども、実際にやりあうは響介君たちだし?」

 

「まあ、その通りなのですが……」

 

 空中にいくつものディスプレイを発生させ、特殊な操作をしている大倉はやや不安がっている職員にそう嘯く。

 実際のところ、大倉にだって今回の作戦がうまくいくかなどということが分かるはずもない。いくら大倉が天才だろうが、先の展開を読むことはできても、果たしてそれが本当に彼の想像する通りにいくのか、あるいは違う結末になってしまうのか。

 まあ、どちらにせよと大倉は続ける。

 

「今回の件、いいデータがとれることは間違いないからね。つくづく、《あの女》には感謝しないとだね」

 

「《あの女》……?」

 

「ああ、別にいいよ。聞き流してくれればさ」

 

「はぁ……」

 

 腑に落ちないであろう様子の職員だが、それが一体誰を指すのかというものは、一目瞭然。

 傍らで様子を伺っていた千冬の目付きが一層鋭くなったのも、答えに近いだろう。

 大倉と千冬は、わかっていた。理解していた。今回の黒幕が一体誰なのかということなど。

 

 ――――いや、《このようなことができる人物》など、彼女を置いて他にいないのも確かか。

 

(さて、響介君たちと対象が交戦状態に入るまで、大凡五分ほど。これまで一直線にこちらを目指してきてはいるものの、これまでに変わった動きはない。さて――――《目的》は、どっちだ?)

 

《あの女》――――篠ノ之束は、果たして誰を目的としているのか。それが、大倉には測り兼ねた。

 こちらを目指しているのだから、因縁のある織斑千冬と考えるのがまず妥当。しかし――――。

 

(ま、自ずと答えは見えるから別にいいとしてだ。もしも、彼らが負けた場合――――次の標的は間違いなくIS学園の連中だ。もちろん、僕も対象に含まれてしまうのだろうけど)

 

 ああやだやだと呟く。巻き込まれるというのは、正直勘弁してもらいたいものだ。

 こちらに恨みはなくとも、もしかすると束は大倉を狙う可能性もある。現に、数か月前には研究所が襲撃されたばかりだ。

 混沌が束と組んでいるのは間違いない。あの篠ノ之束が組織と組むなどという行為に走ったのは首をかしげるところであるが、おそらく利害の一致というやつなのだろう。

 なんにせよ、最新型の自立型AIを積んだISを乗っ取り、研究所にまでよこしたということは、何かしら考えているに違いなかった。

 

(……奴の狙いは、私か。あるいは――――。だが、この間の篠ノ之箒の一件もある。あいつだという可能性もゼロではない、か)

 

 さて、と千冬は心の中で考える。

 彼女もまた、考えることは大倉と同じだ。今回の黒幕であろう人物――――篠ノ之束の狙いに関して。

 予想通り、千冬だというのならば話は早い。だが、もしも狙いがキョウスケだというのならば――――。

 

(もしもその通りであれば、今回の作戦に南部を行かせたのは愚行だったのかもしれない)

 

 学年別トーナメントの件を、千冬は映像でしか確認していない。

 しかし、妹であるはずの篠ノ之箒を利用してまで、あのようなISを送り込んできたのは、間違いなく彼女であるのだ。

 狙いは、IS学園の混乱だけではない。南部響介―――一点狙いだと千冬は確信していた。

 ずいぶんと、回りくどいやり方であり、効率的なやり方なのかもしれない。

 箒の心に傷を負わせただけでなく。学園にまでダメージを与え、さらには目的である南部響介を殺害できればなおもよし。

 

(どこまで――――お前は私の前に立ちふさがれば気が済む? 南部を――――響介を、そうまでして苦しめたいのか?)

 

 《響介》の事に関しては、自分だって忘れられるものならば、すぐにでも忘れたい。

 だが、お互いに固執しているのだろう。千冬も、束も。忘れられないから、こうして手をかけてしまう。かまってしまうのだ。

 本人は覚えていないという。それだからこそ、もどかしい。

 本人だというのならば、早く思い出してほしい。早く、その口で自分の名前を言ってほしい。

 

 ただいま、千冬と――――。

 

「…………」

 

「おや、千冬ちゃん。そんなに怖い顔をしてどうしたの?」

 

「……普段から、このような顔のもので。大倉博士こそ、無駄口をたたいてる場合ですか?」

 

「ちゃんと、みんなのモニターはしてるから大丈夫さ。バイタル問題なし、機体の状態も良好さ。ま、ちょっと離れた場所だから、エネルギーは少々食っているけれどね」

 

 それが一番の不安か、と大倉はついでのように言うが、ここまでは取りあえず何事もなくことが進んだということ。

 一旦戦闘に突入してしまえば、後は彼らに任せるほかない。

 ラウラの指揮能力を疑うわけではないが、まともな実戦経験も乏しいメンバーが多い。特に、鳳鈴音と小原節子の両名か。

 両名とも、代表候補生なだけあって実力自体は問題ない。ただ、今回のような事態にうまく対応できるかといえば、それはなかなか難しい。

 相手が人間でないというだけ事実だけが、彼女たちにとっては朗報か。相手が人間であるというのならば、普段の試合のような生ぬるいものとはわけが違う。

 これは戦争ではないが――――少なくとも、命の危機がある戦闘に違いない。

 さらに、今回の作戦の要ともいうべき織斑一夏。彼の単一能力、『零落白夜』にて対象である《銀の福音》にとどめを刺す予定であるが―――そこまで、どう持ち込めるかが鍵か。

 

 さて、接敵までもう少しかというところで、少し遠くの方からドタドタと慌ただしい様子で職員が走りこんできた。

 こんな忙しいときに無粋だねと大倉は言いかけたが、ただならぬ様子に大倉の顔もやや険しくなる。

 

「しょ、所長! 至急、お耳にしたいことが……」

 

「―――なんだい? 手短に頼むよ」

 

「はい、実は……」

 

 周囲からの注目を浴びてはいるものの、職員は他には聞こえないように大倉の耳元でその報とやらを伝える。

 険しい顔をしていた大倉であったが―――その報を聞くと、困ったような顔を半分、そしてやはりそうきたかといったような顔が半分といったものすごく微妙な表情をしながら、フッと吹き出すような感じで笑った。

 こんな時にずいぶんと気味の悪い表情をするなと千冬は思ってしまう。失礼だともなんとも思わないところから、普段の大倉に関する感情が読み取れるが今は置いておこう。

 

「あー、千冬ちゃん。非常に申し訳ないのだけれども」

 

「……なんです? 面倒事なら、後にしていただきたいのですが」

 

「いや、まあ……面倒事かな。というより、僕らの監督不行届きってやつ?」

 

「は?」

 

 意味が分からない、と千冬。続けて、大倉はこのような報告をした。

 

「いやまあ、なんでもセシリアちゃんが僕らに黙って出撃したって報告が今届いたんだよね……」

 

「――――何?」

 

 ピクリ、と千冬の眉根が動いたその時であったか。

 一筋の風が舞ったか思うと、それは一瞬のうちに過ぎ去っていく。

 ちらりと見えた、蒼い機体。本来であれば、オーバーホール中であったそれ――――ブルーティアーズを纏ったセシリア・オルコットであろう――――は、今まさにこの場を過ぎ去ったのだ。

 職員は、茫然。大倉といえども、ポカンと口さえ開けてはいたが、その内心ではケラケラとほくそ笑んでいた。

 

「…………」

 

 千冬は、セシリアが過ぎ去ったあとを黙ってみていたが、懲りない奴と思いながらも、ああまで言われて黙っている奴でもないだろうとも思っていた。

 本来であれば、今すぐにでも止めるべきなのだろう。待機を命じたはずなのに、無断で出撃など。懲罰――――いや、それ以上の事態になりかねないというのに。

 

(駒は一つでも増えた方がいい、か。城ヶ崎は怒り狂うだろうが……それも覚悟の上だろうな)

 

 どうせ、何を言ったところで止まるわけがないのだ。

 ならば、行かせてやる。正直に言えば、セシリアの射撃の腕は今回の作戦において、必要になる。

 

「……止めなくていいのかい?」

 

「――――それは、本来であれば貴方の仕事では? 奴は、今では貴方の子飼いでしょう?」

 

「ああ、まあ……そうなんだけれどねぇ……」

 

 ぼりぼりと頭をかく大倉。

そんなつもりなど微塵もないくせに。罰が悪そうな振りだけは一丁前だと千冬は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 太平洋上。といっても、陸上は目と鼻の先といったところか。

 ヒッカム基地にて暴走し、一直線に日本を目指していた《銀の福音》が、突如として静止した。

 混沌の二機が退いた今、この《銀の福音》を追撃しているのはアメリカ海軍第七艦隊所属のエクセレン・ブロウニングのみである。

 しかし、そんな彼女もさすがに《銀の福音》のスピードには届かず。はるか後方にいるような状態。

 目標がその場で静止するなど、彼女にとってはどうぞ狙ってくださいといっているようなものである。

 しかし、静止したのを確認したのはいいが、この距離では如何せん射程不足か。

 

(何をするつもり―――?)

 

 訝しげなエクセレンであったが、その答えはすぐに出た。

 

『標的、確認』

 

 電子音が、その場に響き渡る。

 それが嫌でもエクセレンの耳に届く。IS特有の広範囲のセンサーにまで届く声―――しかし、標的? まさか、エクセレンに目的を定めたか?

 

(その可能性はなくはないけど――――)

 

 都合こそ良いが、それは直感で違うと思った。

 いや、考えなくてもわかる。このような所でエクセレンを狙う必要はない。ならば、誰を―――。

 

(まさか――――)

 

 はっと気付き、エクセレンの表情は一変する。

 現在の唯一の武装であるオクスタンランチャーを構え、すぐさま狙いをつける。距離はあるが、何もしないよりはましだと思って。

 

(ちょいと遠いけど!)

 

 果たして、エクセレンが銃口に指をかけた瞬間、《銀の福音》の主翼が大きく開いた。

 《銀の福音》の何相応しい、輝かしく美しい主翼。しかし、それは芸術品の一つではなく、兵器であった。

 《銀の福音》が暴走した理由はこれか? エクセレンは一瞬だけそんなことを考えたが、今はそれどころではない。

 正直に言えば、エクセレンのオクスタンランチャーの射程よりも遠い場所に対象は存在する。だが、それでも――――。

 

(そこ!)

 

 オクスタンランチャーEモード。ランチャーの下段よりヴァイスリッターのジェネレーターに直結されたエネルギービームを発射する代物だ。

 使用者のエクセレン曰く「このEモードはかなり飛ぶわよ?」とのこと。

 つまりは、遠距離仕様に特化したものだ。使い慣れているBモードよりも使用頻度は少ないが、今はこれしか手がなかった。

 

『標的、排除』

 

 果たして、《銀の福音》が広げた主翼からエネルギー弾が発射される―――瞬間という時に、エクセレンの放ったビーム砲が《銀の福音》の主翼を一部撃ち貫いた。

 が、命中したにも関わらず、エクセレンの表情は優れなかった。

 

(外した―――!)

 

 やはり、少々距離が離れすぎているのが問題であったか。

 本来、エクセレンは《銀の福音》のコアが存在するであろう機体の中央部―――つまり、心臓部を狙った。

 いくら距離が離れていても、相手はその場で静止。いわば、エクセレンにとっては格好の的であったはずなのに。

 距離、そしてらしくもない焦りか。誰が狙われているかもわからない状況で、事を急かしすぎたのかもしれない。

 

『――――。損傷軽微。戦闘行動に支障なし』

 

 果たして、エクセレンの行動は無意味ではないにせよ、《銀の福音》としては問題ではないらしい。

 主翼の一部に風穴が空いているとはいえ、さすがは無人機というべきか。

 エネルギーの充填も終了したようで、主翼であるウイングスラスターを大きく広げた。

 

『排除開始』

 

 刹那、《銀の福音》より複数のエネルギー弾が次々に放たれる。

 その一発一発が、非常に威力が高い代物だ。下手な兵器では、おそらく一発で落とされるに違いない。

 

「ずいぶんとサービスがよろしいことで……」

 

 初手からほぼ必殺の一撃をお見舞いだ。無人機というものは遠慮というものを知らないらしい。

 と、軽口をたたいている場合ではない。それはともかくとして、エクセレンは距離を縮めるためにスラスターを吹かし、《銀の福音》に迫る。

 今は、前方で狙われている方よりも、目の前のISの排除だ。被害が甚大になる前に、こいつを仕留める。

 

「さぁ~て、銀の福音ちゃん! いっちょ、派手にやりあいましょうか!」

 

 オクスタンランチャーを構え直し、エクセレンは息巻く。

 正直、エネルギー等に関しては心許ないが――――やるしかない。先ほど、Eモードを使用しなければ、もう少し余裕を持てたはずだが。

 

『――――』

 

 もっとも、そんなエクセレンの存在など、まるで興味すらないように《銀の福音》は前方にエネルギー弾を撃ちまくっていた。

 さらに、ある程度撃ち尽くすと、その場で静止していた筈の《銀の福音》はまた一直線に動き出す。

 

「って……あら、せっかちさんね~」

 

 恐らくは本格的に行動を開始するのだろう。標的は、前方にいるであろうIS学園側の迎撃部隊か。

 自分を無視してそちらに向かうとは少々やるせない。オクスタンランチャーを握る手に少しだけ力を入れ、早く追いつくためにヴァイスリッターのスラスターを強めに吹かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その出来事の三分ほど前の事か。

 IS学園による《銀の福音》迎撃チームは、まっすぐこちらに向かってきているであろうルートに陣取るようにして待ち構えていた。

 向こうがこちらにやってくるというのならば、いたずらにこちらから接近するようなことはしない。何の準備もないままに接敵するよりは、まずはこちらのペースに乗せたいところであった。

 向こうは完全な兵器であるが、こちらは実戦経験も乏しい者が多い。それに、無駄なエネルギーの節約にもなるとラウラは踏んだのだ。

 陣形の一番前にキョウスケ・ナンブが陣取り、その両側にはやや表情が硬いセツコ・オハラ、そして鳳鈴音が控える。

 さらにその少し後ろにシャルル・デュノアが位置し、最後方に司令塔であるラウラ、そして作戦の要である織斑一夏が控えていた。

 

『…………』

 

 《銀の福音》接近が刻一刻と迫る中、皆が緊張しているのか言葉を発する者は誰一人として存在しなかった。

 各々がそれぞれの役割を。おそらく、一番しんどい役割になるのがキョウスケなのだろうが、まさに自分にうってつけだとキョウスケはラウラの肩を叩きながら答えた。

 ―――というより、それ以外に《銀の福音》の猛攻に耐えられそうなISが他にいないのも確かだ。皆、大倉研究所の面々からビームコーティング施行を受けたとはいえ、それがアルトアイゼン並みの装甲になったわけではない。

 キョウスケのアルトアイゼンだからこそ、あのビームコートが機能するというのもある。まさに今回の作戦では一夏と並んで要になる存在だ。

 

(計算では、約五分後に接敵。響介が接近戦にて《銀の福音》と交戦に入り、鳳、小原、デュノアがそのフォローに回る。隙を見て私がAICにて《銀の福音》を拘束し、とどめは織斑一夏の単一能力である零落白夜にて《銀の福音》を撃墜―――)

 

今現在、《銀の福音》に対処するには最善策の筈だ。

 問題は、どこまでキョウスケ達が《銀の福音》と対等に渡り合えるかという事だ。

 シャルルはともかく、残り二人。代表候補生とはいえ、過信は禁物。

 

(それに――――こいつが何処まで我慢できるか、だが……)

 

 ちら、と視線を一夏の方に向けた。

 まさに絵に描いた様な熱血漢である織斑一夏。自身が作戦の要だと理解していようが、仲間のピンチには即座に駆けつけたくなるだろう。

 だが、今回に限ってはそれでは駄目なのだ。敵の行動が未知数故、勝手な行動を取ってもらっては困る。

 

(いざとなれば、こいつにAICを使う可能性もあるが……そうなってくれないことを祈るばかりか)

 

 これは訓練ではなく、実戦なのだ。一人の独断行動が全員を危険に巻き込む場合も大いに存在する。

 ラウラとて、伊達に隊長という立場にいるのではない。さらに、今回に至ってはラウラの指示一つで戦局が揺るぎかねないのだ。

 懸念する事は数多いが、今はやるしかない。ここでやらなければ、後方に控えているIS学園の面々に被害が出る可能性だってあるのだから。

 

(接敵まで残り二分―――)

 

 そう、誰かがモニターを確認した瞬間であったか。

 ほぼ全員のISが一斉に危険を知らせるシグナルを発する。小うるさい警告音に何事かと思えば、こちらに向かってまっすぐにエネルギー弾が飛来しているではないか。

 

(馬鹿な、その距離から撃ってくるのか!?)

 

 あまりにも遠距離からの砲撃に、ラウラは目を見開く。

 牽制か? あるいは本命か? いや、前者の方が今は正しいか。

 何にせよ、こちらの存在を向こうはすでに意識している。予定よりも少々早い段階だが、それは開戦の合図でもあった。

 

「全機、散開! ただし、向こうはあくまで牽制だ。陣形を崩さず、落ち着いて行動しろ!」

 

 動揺して陣形を崩すのはよろしくないと判断し、そのような指示を出した。

 威勢のいい声であったが、その声で落ち着けと言われてもどうにもピンと来ないのはセツコと鈴音。しかし、攻撃は避けなくてはと機体を動かす。

 まずは前衛の四人を狙ってきたのだろうか、やや広範囲にエネルギー弾が降り注ぐ。

 ラウラは牽制といったが、それにしてはあまりにも数が多いと思った。

 

「ちょ、落ち着いても何も、数が多いわよ!?」

 

「無駄に動いてエネルギーを減らすようなものなら、向こうの思う壺だ。代表候補生ならば、それぐらいは出来るだろう?」

 

「まったく、簡単に言ってくれるわね!」

 

 本当に、簡単に言ってくれる。

 鈴音は機体を上空にて駆りながら、双天牙月を構える。

 セツコは自前のガナリー・カーバーを、シャルルはアサルトライフルであるガルム、そしてキョウスケはいつでも行動を開始できるよう、固定武装であるリボルビング・ステークを構える。

 

(想定よりも早い行動……軍用ISというのは、伊達ではないというわけか)

 

 迫りくるエネルギー弾に対して回避行動を取りながら、キョウスケは考える。

 未だにキョウスケ達は《銀の福音》の姿を視認してはいない。エネルギー弾を一直線に撃ってきているので敵の方向くらいはわかる程度か。

 なるほど、なかなか大したISだとも思う。牽制とはいえ、これほどの砲撃。こちらの意表を突くのにはもってこいだ。

 

「それで、今のところ避けてばっかりだけど? こっちから打って出ないの?」

 

「無暗に打って出るのは愚策だ。私の予測では、おそらく後数秒後に砲撃が止む。本番は――――それからだ」

 

 ラウラの眉間が一層険しくなる。

 所詮は牽制。本命は、すぐにやってくると踏んだ上で。

 

(確かにどうせやってくるのなら待った方が正解か。悪戯に突貫しようものなら、それこそ士気にも影響する。――――ラウラ・ボーデヴィッヒ、やっぱり侮れないかな)

 

 横目でラウラを見ながら、シャルルは思う。

 ドイツの部隊長という、この中では唯一の軍属だ。自分の部隊であればもっとやりやすいであろうが、ここにいるのは癖が多い面々。それも実戦自体が少ないというのもある。

 冷静に、沈着に。全体を考えているからこそ、そのような指示が出せるのかもしれない。

 

(この後、どんな指示を出すか――――見せてもらうよ)

 

 IS学園のデータ収集。シャルルが何の為にこの学園に潜入しているのかをもう一度思い出す。

 スパイ行為――――。正直に言えば、最低な行為だ。此処の皆は、自分に良くしてくれる。仲間だと、思ってくれている。

 それを裏切る行為だ。それも、世界的なテロリストと相違ない組織に身を置いている。

 心が痛む。それでも――――それでも、やらねばなるまい。すべては、シャルルの目的のために。

 

(……。砲撃が、止んだか)

 

 ラウラの予測通り、間もなく牽制用の砲撃が止んだ。

 だが、本番はここからだ。《本命》が、間もなくこの場にやってくるという合図でもある。

 

「来るぞ!」

 

 最初に《銀の福音》を感知したのは、キョウスケであった。

 回避に徹した動きをやめ、全員が一斉に身構える。果たして、そのISはすぐに眼前に現れた。

 《銀の福音》――――その名の通り、全身を銀色が包み込み、説明通りに人が搭乗しているような気配はない。

 無機質であり、不気味。鈴音とラウラ、シャルルは無人機を相手にするのは初めてだが、キョウスケとセツコは違った。

だが、数か月前に戦ったゴーレムとはまた違う雰囲気を纏ったそれに、キョウスケの眉根が寄せられた。

 

「あれが、《銀の福音》……」

 

 そうつぶやいたのは、織斑一夏だったか。

 思わず見とれてしまうようなフォルムに、感嘆するような声を出してしまうのも仕方のないことなのかもしれない。

 凛々しくも輝くようなISが今は敵だというのが何とも残念なことだと感じてしまうほどに、そのISからは神々しさすら感じられる。

 

「……っ、感心している場合じゃないでしょ」

 

「確かにその通りだけど……。ただの観賞用のISじゃないみたいだよ」

 

 鈴音は感心した一夏に対して呆れたように言ってやるが、シャルルもまた現物をみたのは初めてであるため、物珍しそうにはみていた。

 しかし、如何にも余裕そうな態度は肝が据わっているといえば聞こえはいい。しかし――――どうにも、解せないとラウラ、そしてキョウスケは思う。

 

(この女……)

 

(シャルルも実戦は初めての筈だ。だが、この違和感……なんだ?)

 

 強がりではない、彼女の態度。《まるで、何度もこのような場面を体験しているような》、そんな感覚であった。

 それは兎も角。ついに《銀の福音》と接敵することになったIS学園の面々。

 各々が自分の武装を持つ手に力を込めたところで、《銀の福音》も次に行動に移った。

 

『標的確認。排除、開始』

 

 主翼が、またも開く。

 大型スラスターと広域射撃武器を融合させたという新型のシステム。先ほどは牽制用にパワーを抑えていた筈だが、今回は本命の攻撃だ。

 しかし――――《銀の福音》のいう《標的》というのは――――。

 

(…………!)

 

 警告音が鳴ったのは、キョウスケのアルトアイゼン。

 スラスターを吹かし、《銀の福音》がキョウスケに迫る。まるで、《キョウスケの事しか眼中にないように》。

 

(こいつ……!)

 

 狙いは、キョウスケ・ナンブ。この場に千冬がいれば、ああ、なるほどと呟いたかもしれない。

 そうだ。最初から、《彼女》の狙いはキョウスケただ一人。それは、この間の皇の一件を見ても明らかだ。

 

「……!」

 

 《銀の福音》が迫り、銀の鐘による波状攻撃を仕掛ける。

 とてもではないが、アルトアイゼンで避けきれるような攻撃ではない。直撃すればひとたまりもないないであろうが――――。

 

(アルトならば!)

 

 アルトの装甲と、ビームコートの技術に賭ける。

 そちらが喧嘩を吹っかけてくるのならば、此方とて容赦はしない。

 それに、今のキョウスケは一人ではない。

 

(狙いは響介一人。今の動きからして、ほかのISは眼中にない。――――だったら)

 

 キョウスケが突貫する中、指揮官のラウラは考える。

 ラウラもまた、今の動きで《銀の福音》がキョウスケのみを狙いに定めていると判断した。少し前の自分ならば、頭に血が上って突っかかっていたかもしれないが。

 だが。今はそのような場合ではない。今、ラウラは指揮官なのだ。彼女の判断は全体の戦況にも関わってくる。

 

「鳳、小原! 響介が正面から攻める間、対象の左右に展開! デュノアは響介のフォローに回れ!」

 

 即座に指示を出す。首を縦に動かし、両者は《銀の福音》の左右を挟み撃ちするような場所に移動し、シャルルはキョウスケの後ろに回り込む。

 その間、キョウスケは何度かビーム砲を食らったが、それは直撃でないと判断すると、そのまま突っ込んだ。

 

『――――!』

 

 《銀の福音》もまた、アルトアイゼンの動きが予想以上に速いことに気付いた。

 さらに、前方に張ったバリアだ。すべてが無効化されているわけではないとはいえ、それが有効であるとはとてもではないが言えない。

 ただ―――《銀の福音》の神髄は、そんなものではない。

 

「なに!?」

 

 キョウスケが驚いた様な声を出したのは、《銀の福音》のスピードだった。

 対象が速いというのは理解している。ただ《それは予想の数倍だ》。さらに、《銀の福音》はエネルギー弾を射出しながら一夏が使用するような瞬時加速のような行動でキョウスケとの距離を開ける。

 

「瞬時加速!?」

 

「あれを撃ちながらの行動だと? 出鱈目なISだな……」

 

 射撃武器がメインなのだから、確かに詰め寄られると弱い。

 だが、攻撃を行いながらもあのスピードだ。広域範囲での殲滅を目的としたIS。さすがは軍用であり、本来であれば混沌のようなテロリストたちを標的にしたような使用目的だったのだろう。

 

「早い!」

 

「挟み込んでも、すぐに移動されると厄介ね!」

 

 セツコはガナリー・カーバーを、鈴音は龍咆を構えていたが、すぐに包囲を突破する様に舌を巻いた。

 挟み込んでもこれでは、埒が明かない。ラウラはもう一度考える。

 

(あれだけの出力で攻撃していては、いくら軍用のISといえど長くはもたない。だが、エネルギー切れを待っていれば響介はおろか、前衛の四人が全滅しかねないか)

 

 行動を封じるのは不可能。であれば、次の手は。

 

「小原、お前は右翼側から対象に接近し、実弾にて奴を攻撃。鳳、時間差で左翼側から龍咆にて波状攻撃を仕掛けろ!」

 

「僕はどうするの?」

 

「デュノアは響介の後ろから牽制を頼む。此方側に誘い込むように、な」

 

 ――――そう。今回の目的は確かに《銀の福音》の迎撃であり、撃墜だ。

 だが、そのために《銀の福音》を拘束しなくてはならない。その役割はラウラの役割だ。

 しかし、ああも対象が高速で動くのであれば、いくらラウラでもすぐにAICにて拘束するのは不可能だ。

 だから、そのポイントに誘い込むための陽動役がいる。今のところ負担が大きいのはキョウスケ一人だが、いつまでも持つとは思えない。

 まずは、倒すのではない。捕まえることを優先する。

 

「響介……すまないが、今は耐えてくれ」

 

「わかっている。奴を誘い込むまで、持たせる」

 

 狙いがキョウスケだとわかれば、少しはやりやすい。

 それに、この中で一番の盾役はキョウスケに違いないのも事実だ。

 

(後は……)

 

 ちら、とラウラは後方に控えている一夏の方に視線を送った。

 表情としては――――今すぐにでも助太刀したいような、そんな顔。いてもたってもいられないといったところか。

 気持ちはわからないでもないが、AICを使用してでもこいつをこの場に留めておかなければならない。

 無駄なエネルギーなのだが、そうでもなければ一夏はすぐにでも飛び出してしまうだろう。肝だとは理解していても、身体が勝手に動いてしまうとばかりに。

 そんなに長くはもつまい。短期で決着をつけなければ。

 そんな中、セツコと鳳はラウラの指示通りに《銀の福音》の側面を取る。相も変わらず瞬時加速のようなスピードでキョウスケを追い回すが、キョウスケも致命傷を受けないように立ち回っていた。

 

「っ!」

 

 側面に回り込んだセツコが、ガナリー・カーバーより実弾を連射する。

 ただ、これを直撃させようという意思はない。牽制および誘導になれば十分なものだ。

 当然、《銀の福音》はその攻撃の回避に入る。瞬時に軸線から対比すると、体制を立て直すとばかりにキョウスケの方に狙いを定める。

 

「南部ばっかり狙ってるんじゃないわよ!」

 

 体制を立て直す前に、今度は鈴音が肩部の龍砲にて《銀の福音》を狙い撃つ。

 不可視な砲弾の筈なのだが、機械相手には相性が悪いのか、それも難なく避けられてしまうのだが。

 

(~~~っ!)

 

 お膳立てとはいえ、攻撃が当たらないというのは鈴音にとってはもどかしいことに違いなかった。

 ただ、その攻撃に意味がないという事はない。《銀の福音》は大きく後退し、あの厄介な攻撃も一時的にはいえ、止んだようだった。

 

「シャルル!」

 

「わかった!」

 

 後退しようが、攻撃の手を緩めることは許されない。

 即座にシャルルがマシンガンを手に追撃する。

 

『――――!』

 

 機械音を発し、《銀の福音》は再び稼働する。

 さすがに最新鋭のISは早いな、とシャルルは内心で感心するが、持ち前の高速切替で武装を変えてゆく。

 それでも、なおキョウスケを付け狙うのは流石はプログラム通りといったところか。おまけに、これまで被弾はゼロという徹底ぶり。

 伊達に世界初の無人ISという肩書を背負ってはいないのだろう。しかも、相手が代表候補生というそれなりに経験を積んだ者たちを相手に、だ。

 評価試験では好評価なのだろうが、生憎と今回はそれとは違う。この機体は――――堕とさなくてはならない。なんとしても。

 

『――――――!』

 

「ぐっ……!」

 

 一発の砲撃が、ビームコートを抜いてアルトアイゼンの装甲を破壊する。

 それなりに被弾はしているが、今回はなかなかやばかった。知らずにキョウスケも冷や汗をかいており、顔をしかめる。

 

「ラウラ、まだか!?」

 

「もう少しだ! もう少し、此方に――――」

 

 引き寄せろ、と言いかけたところで、《銀の福音》が畳み掛けるようにキョウスケに接近した。

 瞬時加速での接近。即座に目の前に出現する《銀の福音》を眼前に、キョウスケといえども息を呑んだ。

 

「…………っ!」

 

 ―――――だが、その判断は《銀の福音》にとって浅はかな行動であった。

 

『―――――!?』

 

「捕らえたぞ」

 

 ほぼ零距離で砲撃を浴びせようとした《銀の福音》の体が、急激に止まった。

 あと少しで手が届きそうな――――そんな距離だというのに。

 そう、ラウラがAICにて《銀の福音》を捕らえたのだ。うまくいきすぎだ、と少しだけラウラの脳裏にそんな考えが過ったが、今は勝負を決めに行くのが先決だ。

 

「織斑!」

 

「おう!」

 

 待ってましたとばかりに、一夏が自身の単一能力である零落白夜を発動させる。

 刀身から輝きを放つその刃は、ISであれば何物を打ち落とす必殺の刃。

 

「おおおおっ!」

 

 構え、一夏は白式を駆って《銀の福音》の前に躍り出た。

 これまでの鬱憤を晴らすかのごとく、一夏は両手で構えた雪片を力強く握りしめる。

 

「これで、終わりだぁ!」

 

 叫び、一夏は雪片を《銀の福音》目掛けて振り下ろす。

 刃は、見事に直撃。《銀の福音》の胴体を斜めに斬り裂いた――――。

 

『――――!?』

 

 胴体を斬られ、《銀の福音》が雄叫びのような電子音を発した。

 肩で息をするかのような一夏の眼前には、自身が何故このような状態になっているのか理解できていないような様子の《銀の福音》。

 それでもなお、キョウスケの方に視線を向けるのは――――もはや、執念といった方がいいのかもしれなかった。

 

(終わった、か……)

 

 キョウスケに手を伸ばしながら、下方の海へと落下してゆく《銀の福音》。

 そんな《銀の福音》をぼんやりと眺めていたが、何か胸騒ぎがしてならなかった。

 あまりにもあっさり過ぎる――――何か裏があるのではないのかと勘ぐってしまう程に。

 

 ――――そんな時だったか。

 

『……お……る』

 

(…………声?)

 

 何処からか聞こえてきた声に、キョウスケの意識が引き寄せられる。

 だが、誰かが喋ったというわけではない。いや、そのあまりにもか細い声でしゃべるとは思えない。

 では、誰が―――――と考えたとき、落下していた筈の《銀の福音》の周囲に突如として何かが出現した。

 

『―――――!?』

 

 誰もが、目を見張った。

 《銀の福音》が空中で静止したのもそうだが、その周囲に出現した物体――それを、物と呼んでよいのか――があまりにも現実離れしたような、そんな感じであった。

 言うなれば、その全身が骨のようなものでできていた。右手は金色に光るような大きな爪状の手があり、全体のフォルムはまさに骨だ。

 

「なんだ、あれは……?」

 

 ようやく、ラウラが声を発した。

 まさに、全員の感想を代弁したようなものであろう。あのシャルルまでもが、こればかりは予想外であったのか、声を失っていた。

 その骨たちは全部で四体。《銀の福音》を取り囲むように配置されている。

 

『お……お……』

 

(また、声が……)

 

 周囲を見渡す。

 あのような無機質且つ人間とは思えないような声を放つのは、キョウスケの周りにはいない。

 ならば、必然と誰が喋っているのかは理解できた。いや――――理解したくなくても、理解せざるを得なかった。

 《あの骨は、喋っている》。果たして、その声がキョウスケ以外に聞こえているのかはわからないが、その事実だけはキョウスケの胸に刻まれた。

 人間とはとても思えないそれが。何事かはわからないが、確かに喋っているのだ。

 そして、次の瞬間――――その骨たちは、まるで《銀の福音》に襲い掛かるように《銀の福音》に取り付き、機体を貪り始める。

 

「ひっ……!」

 

 あまりにもグロテスクな光景に、鈴音が小さく悲鳴を上げた。

 貪るというより、まるで食しているような――――そんな光景。《銀の福音》はなすすべもなく蹂躙され、その骨たちは自分たちの一部にするように貪り、そして同化していく。

 

「食ってる、のか? あれ……」

 

「わからん……。だが、そのようだな」

 

 キョウスケの視線が鋭くなる。

 《銀の福音》をただ取り込むためだけに出現したとは到底考えにくい。

 何か目的があるはずだ。言語を話すという事は少なくとも知能が存在するという事にもなる。

 何も考えなしであのような行為をするはずがない。では――――何を?

 

 そうしているうちに、《銀の福音》のフォルムが変わった。いや、強制的に変えさせられたといった方がいいのか。

 出現した四体の骨が《銀の福音》と融合したような形か。美しかった銀色のフォルムからは所々骨のような物体が飛び出ていた。

 銀の翼とよばれていた大型のスラスターも、まるで堕ちた天使のようにぼろぼろに引き裂かれ、その原型はもはや保っていない。

 右腕はあの骨のような存在と同じく巨大な爪状になっており、さらに、頭からかぶりつかれたようにあの骨の顔が《銀の福音》の頭部に出現しており、その異常性をさらに引き立たせる。

 もはや、その場に存在するのは《銀の福音》というISではない。

 

 ――――化け物。誰もが、そのように表現するしかなかった。

 

『きょ……な……ぶ』

 

「……!」

 

 また、キョウスケにしか聞こえない声を発する。

 だが、一体何を言わんとしているのかは理解できた。理解せざるを得なかった。

 

『キョウスケ……ナンブ』

 

「俺の、名を……?」

 

 信じられないが、はっきりとこいつはそう述べた。

 キョウスケの、名を。こいつは――――《キョウスケの事を知っている》。

 

「名前……? 響介、どういう事だ?」

 

「……ラウラ、お前には何も聞こえなかったか?」

 

「聞こえるだと? 一体何を――――」

 

 そう、ラウラが言った時であったか。

 突如として、異形な存在になった《銀の福音》が動き出す。

 その動きは、あまりにも早かった。まるで瞬間移動でもしたのではないのかという程に、一瞬で移動し、眼前に現れる。

 狙いは――――キョウスケか。

 

「なっ……!?」

 

『お、お――――おおおおおおおおっ!』

 

 雄叫びのような声。不意を突かれた形のキョウスケは、まるで金縛りにあったかのように動けなかった。

 周りが、何事かを叫んでいる。キョウスケの名を叫ぶ者もいれば、逃げろという声が聞こえる。

 だが、身体がびくとも動かない。動けなかったのだ。

 そんな折、キョウスケに目掛けて巨大な爪が飛来する。

 もはや、シールドエネルギーは幾ばくも無い。先の《銀の福音》戦で被弾しすぎたのが仇になった形だ。

 結果は、直撃。爪で斜めから切り裂かれるような形で、キョウスケは直撃を受けたのだ。

 さらに、こいつはキョウスケに追撃をかける。瞬時に爪を振りかぶり、キョウスケのアルトアイゼンを紙のように斬っては裂く。

 

「響介!」

 

 その光景に、一番声を張ったのはラウラだ。

 あまりにも一瞬過ぎて対応が遅れたが、キョウスケが無残にやられている姿を見て、黙っているはずがない。

 すぐさま肩部の大型レールガンを起動。キョウスケから引き離そうとしたとき。

 

『…………!』

 

 何かに感づいたのか、化け物は両手を広げた。

 その広がった両手に吸い寄せられるように、二つの弾丸が飛来する。それはむなしくも弾かれたが、キョウスケへの攻撃を一瞬でもやめさせるのには十分であった。

 

『あらあら、やっと追いついたと思ったら随分な姿になっているわね』

 

 声を発したかと思えば、即座にキョウスケに近づき、その手を取って引き離す。

 

「あ、んたは……?」

 

「んー? ふふ、頼りになる助っ人お姉さんってところかしら?」

 

「…………」

 

 なんとも軽い感じだが、少なくとも援軍には違いない。

 いや、それは強力な助っ人だ。身にまとったISは、白きIS――――ヴァイスリッター。

 エクセレン・ブロウニング。ハワイから《銀の福音》を追撃していた彼女が、ようやくIS学園の面々と合流したのだ。

 だが、援軍というのはエクセレン一人ではなかった。

 

「響介さん!」

 

 叫ぶように、そして今にも泣きだしそうな声が、キョウスケの耳に届いた。

 

「せ、セシリア……?」

 

 先ほどの弾丸は、エクセレンとセシリアの物であったか。だが、セシリアがどうしてここに?

 いや――――先の言葉で、セシリアが飛び出してくることは予想できたこと。

 突き放したような発言であったが――――少なくとも、今は心強い。

 

「セシリアさん、どうしてここに……?」

 

「……それは」

 

 バツが悪そうに、彼女はセツコからの問いに目を伏せた。

 ああまで言われては、彼女のプライドが黙っていない。我を忘れて飛び出してきたのが事実だ。

 

「まあまあ、今はそれどころじゃないでしょう? 積もる話はまた後でって事で。それよりも今は……」

 

 話を遮り、エクセレンはあの化け物の方を見た。

 距離を取ったとはいえ、奴の狙いはキョウスケ一択に違いない。ベースがベースなのだから、そうインプットされていてもおかしくはないのだろうが。

 しかし、《銀の福音》を追ってきてみれば、《銀の福音》の信号が途絶えたかと思えば、眼前にいるのは異形の化け物ときた。

 一体何がどうなっているのか、とエクセレンは思ったが、今は奴から離れるのが先決。

 更に、先ほど助けた赤いISを纏った少年――――いや、青年と言った方がいいか。

 

(ふーん、映像では見たことあるケド……実物もなかなかいいじゃない?)

 

 状況が状況な為、口には出さないが、キョウスケを見て思った感想はそれだった。

 それはともかく、エクセレンは左手に何かを呼び出す。見たところ爆弾らしき代物であった。

 

「さて、今は立て直すのが先決でしょ? 一旦退きましょうか」

 

「しかし、あの状態の《銀の福音》を放っておくわけには……」

 

「それはそうでしょうけど、この子がこんな状態なのよ? 庇いながら、貴方達は戦える?」

 

 エクセレンは、少し意地が悪いような笑みを浮かべながらそう述べた。

 キョウスケは《銀の福音》にやられ、ラウラ達のエネルギー残量も心もとない。

 今、この場で雌雄を決しようとやられるのは明白だ。この子たちが此処にいるという事は、少し戻れば補給は受けられる。

 あれを野放しにするつもりはないが、必ず勝つためには必要な事だ。

 

「……それは」

 

 キョウスケの方を見やるラウラ。

 見るからに重傷な彼の肩を抱くようにセシリアがいるのはやや不快であったが、それよりも彼の傷の方が心配だ。

 ―――少し前ならば、任務優先と切り捨てたであろう、と心の中で少し思いながらも、この場は致し方がなしと頷く。

 

「はい、それじゃあ決まり~。全速力でこの場を離脱って事で。さ、善は急げってね」

 

 これがエクセレンか、とラウラの眉根が寄せられた。

 千冬とは全く違う。違っても違いすぎる、IS部門では屈指の腕前を持つ彼女。初対面であるにも関わらず、この感じ―――。果たして、演技か、それとも素なのか。

 ともかく、今はこの場を離れた方がよい。そう決意し、ラウラは指示を下す。

 

「全機、すぐにこの場を離脱……後退する」

 

 後退。その言葉は、ラウラにとって屈辱以外の何物でもない。

 誇り高き軍人である彼女からすれば、後ろに退く事など許される事ではない。だが、この場は――――《あれ》は、危険すぎる。

 

「それじゃ、部隊長さんの命令も受けたって事で――――そりゃ!」

 

 言うや、持っていた爆弾らしき物を投げつけるエクセレン。

 それは大きな音を立てて爆発したかと思うと、《銀の福音》の周囲が煙幕のような白い煙に包まれる。

 

「今のは……?」

 

「ん? ただの煙幕よ。ま――――本当に少しの時間稼ぎにしかならないケド、逃げるには十分な時間は稼げるでしょ」

 

 そんな物を持っていたのか、と上司のカチーナが聞けば言い出したかもしれない。

 それほど、エクセレンが出撃の際にオクスタン・ランチャー以外の武装を搭載して出ていくのは稀なのだ。

 が、今回の場合には予備として一つだけ持っていたことが多少の時間稼ぎにはなるとは思わなかったが。

 

 ともかく、煙幕が晴れる前にIS学園の面々とエクセレン・ブロウニング。

 重傷を負っているキョウスケは、薄れゆく意識の中で後方より聞こえる声が頭の中に響くように聞こえてきた。

 

『キョウスケ……ナンブ…………逃がしは……しない……逃がしは……』

 

 凄まじい執念だと、キョウスケは思う。

 果たして、《銀の福音》がそのように命令されていたからなのか、あるいはあの化け物の意思か――――。

 

(…………後者ならば、俺の……何かを、知っている……?)

 

「響介さん! しっかりしてください! 響介さん!」

 

 ――――今にも意識が飛びそうなところに、彼女の声がその声と同じぐらい響いた。

 届いている。届いているが――――体が動きそうになかった。

 

(セシ、リア……)

 

 手を伸ばそうにも、もう体のどの部分も動きそうになかった。

 彼女に、そんな顔をさせたくはないのに。自分の事などで、心配などして欲しくはないのに。

 

(おれ、は……)

 

 それ以降、キョウスケの意識はまるでシャットアウトしたかのように途絶えた。

 恐らくはISの自己防衛機能が働いた結果なのであろう。さらに、自身もこの傷である。

 

 ――――その後方で、《銀の福音だったもの》が、その周囲からどす黒いオーラのような物をだしているのも気付かずに。

 

 

 


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