IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】 作:ダラダラ@ジュデッカ
「全員揃ったようですね。それでは、これより我々が置かれている状況を説明いたします。ですが―――」
薄暗い部屋―――本来であれば旅館の一番奥に設けられた宴会用で使用される大座敷・風花の間と呼ばれるその部屋には、キョウスケを始めとした一学年の専用機持ち全員と、教師陣、更には大倉利通まで勢ぞろいしている。
先ほど慌ただしい動きを見せていたかと思えば、すぐさまテストを中止し、この部屋に皆を集めた。一般生徒は各々部屋に戻っているが、状況も何も知らされずに戻されたのだから溜まったものではない。
が、教師陣のただならぬ雰囲気を皆も感じたのであろう。すぐさまISを停止し、きびきびとした動きで撤収した動きを普段からしてくれればと思わず漏らした城ヶ崎が、彼等の前に立っている。
―――ただ、彼女の目線は今一番彼女が激怒している対象であろう人物に向けられた。
「何故、この部屋に部外者を入れたのですか? この案件は、我々IS学園の問題の筈ですが」
彼女の視線の先は、勿論というべきか、大倉利通だ。
自分がいる事がさも当然だと思っているのかは定かではないが、彼は不思議そうな表情で城ヶ崎を見やる。
「いやいや、城ヶ崎ちゃん。一応、僕も関係者だよ? ほら、南部君とセシリアちゃんの保護者という―――」
「そんな御託が通じる訳ないでしょう。先日、貴方が学園の機密を強奪している事等を含め、貴方を今ここで拘束してもおかしくはないというのに」
その言葉を受け、教師陣の目の色が変わった。
それを隠していた城ヶ崎もそうだが、それを悪びれもせずいけしゃあしゃあとこの場に入れる大倉にもだ。
こいつは旗色がよくないなと大倉は内心思いながら苦笑するが、それを遮るように千冬が前に出てくる。
「城ヶ崎、こいつの処分は後でも出来るだろう。今は、現状の事が大事な筈だが?」
「……庇うつもりですか、織斑先生? こんな、犯罪者を?」
「そうじゃない。だが、優先順位が違うと言っているんだ。こんな小物を裁くことはいつでもできるだろう。お前の怒りはもっともだが、怒りで我を失うなよ?」
「―――チッ。貴方に言われなくとも、わかっています」
一瞬の間があったが、仕方なさそうに書類を開く城ヶ崎。
軽く後ろを向いてニヤニヤと笑んでいる大倉に、千冬は更に呆れたように溜息を吐いたが。
「では、改めて現状を報告いたします。皆、中央のモニターに注目を」
そういって全員を中央に映し出されている空中投影ディスプレイに向けさせる。
其処に映し出されたのは、一枚の写真。画像が荒くて見えにくくはあるが、それが何だというのかはなんとなく判断できる。
これは―――紛れもなく、ISであると。
「IS、ですか?」
「その通りです、南部響介。この写真は、現在より二時間前に撮影されたもので、現在も太平洋上を進行中。更に――」
続けて、別の写真を写しだす。
其処に映し出されている画像に、反応したのは意外にもセツコ・オハラだ。
「ツィーネ・エスピオの機体……? まさか、混沌が?」
「そうとってもらって構わないでしょう。ただ、奴等はこの機体の追跡に入っているようで、決してこの機体が奴等の傘下に入っているという訳ではないようです。今はまだ、ですが」
「この機体が太平洋を進んでいる原因は、どうなんですか?」
「――報告によると、本日の明け方にハワイ沖の軍事基地、ヒッカムが混沌により襲撃されたそうです。そのヒッカムにて開発されていたIS――
聞き終わったところでシャルルは、ふむと考える。
近々、大規模な作戦があるとは聞いていたが、恐らくヒッカム基地を襲撃する事がそれなのだろう。
しかし、写真から推測するに、№付きのISまで稼働させて逃げられているとは、相当な事だ。
おまけに、作戦遂行能力が秀でているツィーネが失敗しているとなると、尚更である。もう一機はシャルルも知らない機体だが、新しく№Ⅳが追加されているという話も聞いたので、それだと判断する。
「その後、衛星による追跡の結果―――対象の目標地点がこの場所であるという推測に至っています。故に、学園上層部は我々にこの件を対処させる事を決定いたしました」
その言葉に、キョウスケの眉がピクリと動く。いや、反応を示したのは皆同じだが、キョウスケは決して動じなかった。
腕組みをしながら話を聞いていたが、不思議と落ち着いているのはもしかすればこういった緊迫した場面に何度も遭遇しているからなのだろうか。
少し離れたところにいる一夏はやや動揺した姿が見受けられるが、他は真剣そのものだ。特に、ラウラ・ボーデヴィッヒの目付きはこれまで以上に鋭いものとなっている。
―――いや、よく見てみればセツコと鈴音も多少なりとも震えているのが見て取れる。
代表候補生ではあり、実戦経験も多少なりとはある。が、それもわずかだ。今はこの部屋にはいないセシリアも、いれば同じような反応を示したのだろうか。
(だが―――シャルル・デュノア。あいつは、恐ろしいくらい冷静だ。
肝が据わっていると言えば聞こえはいいが、それよりも違う何かを彼女から感じる。
これ以上の修羅場を潜り抜けてきたか、それとも確信めいた何かがあるのか――。懐疑的な視線を向けていると、シャルルはキョウスケの視線に気が付いたのか、軽く笑顔を向けて返してくる。
(……彼女なりの、強がりか? いや、これは……)
その笑顔から少し感じた、悪寒。
彼女の笑顔の裏は、一体何を考えているのだとキョウスケは思わず顔を顰める。
(奴は、一体……?)
訝しむようにシャルルを見るが、それよりも先に城ヶ崎が口を開く。
「教員は学園の訓練機に搭乗し、空域及び海域を封鎖。場合によっては混沌の機体との戦闘もあり得ます。テスト用の装備ではなく、実戦用の装備を装着し、事に当たる事。尚、
(軍用のIS相手にか? いくらなんでも無謀すぎる……)
その決定にキョウスケは眉を潜めた。
まともな実戦経験があるのは、この中でも恐らくラウラのみ。そのほとんどが多くても指の数で数えられる程度しかない筈だ。
このような状況下の訓練は受けている筈だと主張されたところで、訓練と実戦は大きく違う。現に、先の二人に一夏などか。
おまけに、混沌のISも交じっている。まだ経験が浅いキョウスケ達に任せるというのは、どうかと思うのだが。
「では、これより作戦会議に入ろうかと思います。山田先生、対象ISの詳細データは転送されてきましたか?」
城ヶ崎の視線が真耶に向けられたが、真耶はバツが悪そうな表情であった。
その表情から結果がどうだったのかはすぐに判別できるが、一応報告させた。
「それが……申請はしたのですが、国家機密のISデータを開示する訳にはいかないとの回答が……」
「何を馬鹿な。こちらは非常時で、彼等の尻拭いをする立場だというのに……」
軽く頭を押さえる。
国家間の問題というのは非常にややこしく、面倒だ。本来であれば開示するのは当たり前なのだが、アメリカ側がそれを渋ったのだろう。
それでは対策の仕様がないではないかと考えたその時、後ろで聞いていた千冬が口を開く。
「大倉博士、貴方ならばこのISの武装ぐらいは判断できるのではないですか? 武器開発専門の貴方ならば、このシステムに一枚絡んでいるのでしょう?」
「うん? まあ、そうだね。っていうか、このシステムを作ったのも僕だし―――」
そういった矢先、当然というべきか城ヶ崎が彼に近付き、その胸倉を掴んで迫る。
「そうだとしたら、さっさとその詳細データを開示なさい! さもなければ……!」
「お、おいおい。暴力的なのは反対だよ?」
「早く!」
怒気が先行し過ぎているが、それも彼女の特徴か。
「はいはい、分かったよ。所々改造してあるみたいだけど、基本的なものは画像から見ても変わってなさそうだしね。ほら」
言いながらパチンと指を鳴らすと、いつの間に準備したのか、中央のディスプレイに
それを見た城ヶ崎は大倉を投げ捨てる様に放り投げる。ぐえっと大倉が唸ったが、それも無視した。
「これは―――いや、なんて出鱈目な……」
「出鱈目? 良い褒め言葉だよ、それは。そいつの通称は
「この武器の詳細は?」
「そう急かしなさんな。まあ、いっぱい砲口があるウイングスラスターとてでも言えばいいかな? 高密度に圧縮されたエネルギー弾を全方位に射出できる優れもので、おまけに凄く速い。作った僕も中々の傑作だと唸った代物だよ」
「―――では、それに対処する方法は?」
「は? そんなもん教えたら面白くないじゃん。君たちで対処するなら、僕はそれを見させてもら―――」
言いかけた矢先、城ヶ崎が懐から自動小銃を取り出す。
もはや、脅しでもなんでもないだろう。可能であれば頭をぶち抜いてやりたいのは彼女の本意だ。
「城ヶ崎!」
「うるさいですよ、織斑教員。これが、私のやり方ですので」
千冬を目で牽制しながらも、その銃口を大倉の額に押し当てる。
これには溜まらず大倉も両手を上げながらあははと乾いた笑いを出してしまう。
「あ、あら? なんと物騒な物をお持ちで……」
「さっさと言いなさい。此方も、遊びではないんですよ?」
今すぐにでも引き金を引いてしまいそうだが、其処はなんとか我慢する。
ケラケラとおどけていた大倉も、これには度肝を抜かれたか。ただ、本人としてはやれやれといった様子で立ち上がり、何処からか取り出した指さし棒をすっと伸ばす。
「はいはい、皆様ご注目。これから僕のありがたい講義が始まるからね~」
「……時間がありません、博士。出来れば三分で終わらせていただたい」
「もう、せっかちだね、南部君は。まあ、要点を言えばこいつは全方向に対して死角のないオールレンジ攻撃を可能としているけれど、その分消費エネルギーがかなり大きい。多発は出来ない代物だね」
「対策としては?」
「当たらなければどうという事はないってね。だけれども、その攻撃はオールレンジといってもビーム砲だ。各ISにビームコーティングを施せばダメージは軽減できる。全てではないにしろ、ね」
「そのような時間があるとでも? 対象はもう目と鼻の先に迫っているというのに」
「おいおい、うちのスタッフを舐めないでくれよ? コーティング施行なんざ、すぐに終わらせるよ。まあ―――アメリカさんがどれほど出力を上げているかは分からないけれどね」
要するに、アルトアイゼンの対ビームコーティングを専用機に施すのだとキョウスケは思う。
確かにダメージは軽減できるが、各々がアルトアイゼンのような強固な装甲を持っている訳ではない。ないよりはマシであろうが―――。
更に後方からは混沌のISが迫りくる。寧ろ、問題なのは其方の方なのかもしれない。
ツィーネに、もう一機は見たことのないIS。更に、その後方にもISらしき機影が確認できる。
―――そのISは、何処かで見覚えがある。いや、それに近いものを常日頃から見ていたような気分だ。
(―――何だ? 俺は、
知らないのに、知っている―――。
非常に気分が悪い。頭の中で出そうであるのに、もう少しのところで出てこない。
「ところで……あの後ろのISは一体……?」
「およ? そういえば城ヶ崎ちゃんの報告にはなかったね。でも、この機影は……おいおい、まさか彼女かい? こんなところまで出てくるとはね」
セツコの問いに大倉には心当たりがあるらしく、顎に手をやると共に、ちらと千冬の方を見やる。
その視線は、
(知っている―――決まっているだろう。嘗てのモンド・グロッソで雌雄を決する予定であった相手だ。そして、
そのような相手を、千冬が忘れることはない。
操縦技術はぴか一で、今や全世界のIS乗りの憧れの的。アメリカが誇る最強のIS使い―――。
「ああ、伝え忘れていました。今回、アメリカ側より
(――やはり、か)
報告するのが遅いだろうと千冬は思ったが、そのやはりというべきか。
あの機影は、彼女が駆る『ヴァイスリッター』。ゲシュペンストを改造した機体であるが、今や彼女の代名詞ともよべる機体である。
アメリカで作られた機体であるにも関わらず、名前がドイツ系なのは開発者の意向からか。更に、その意は『白騎士』。
故に、エクセレンは今では二代目白騎士という呼び名をされている。本人はどうにも気に入らないようだが、その名を使用するには十分すぎる腕前を誇っている。
「え、エクセレン・ブロウニングだと!? 教官、それは誠ですか!?」
「―――ああ。お前も、彼女の噂はよく知っているだろう。その彼女だよ」
ラウラが驚くのも無理はない。千冬と同等か、あるいはそれ以上の技量を持った人物。それを彼女が知らない筈がなかった。
更に、エクセレンの名が飛び出した瞬間、ラウラ以外の専用機持ちだけでなく、教師陣も驚きを隠せなかった。かの有名な人物が、まさかこのような場所まで出張るとは。
(エクセレン・ブロウニング、か。随分と厄介な人物を連れてきたね、彼女達は……)
ということは、ヒッカムにエクセレンが護衛として存在していたということになる。それほど、アメリカ側は、この
「エクセレン・ブロウニング……!? ぐっ!」
―――その名前を聞いた刹那、キョウスケの頭に一瞬稲妻が走ったように思えた。
「響介!? 大丈夫か?」
「あ、ああ……。いや、何でもない……」
「そうは見えないが……だが、無理はしてくれるなよ?」
「分かっている……。もう、大丈夫だ」
「…………」
キョウスケの異変にすかさず気付くラウラ。が、すぐに制されてはどうする事も出来なかった。
いや―――このような気付きも、先の言葉も。少し前のラウラならば考えられなかった事だと内心で苦笑する。
多少は心を許したのだとすれば、それは構わない事だ。未だ理解不能な行動をするのは止めて欲しいのだが、それはひとまず置いておく。
(だが、聴き覚えのある名前に、妙に懐かしさを覚えるのは……一体?)
感じる既視感。心臓がバクバクと動き、それが非常に気持ち悪く感じる。
彼女と会えば、その理由が分かるのか。
鳥肌すら立ち、冷や汗が流れる。このような感情は、今までになかったというのに。
「―――ともかく。今回の一件は貴方達専用機持ちに掛かっています。本来であれば一学生である貴方方に任せる訳にいきませんが、訓練機であのISに対抗する事はまず不可能でしょう。不甲斐なくはありますが―――」
流石にこれは、城ヶ崎なりの本心からの言葉であろう。
専用機持ちと言えど、キョウスケ達は学生である。そんな彼等に大役を任せるなど、あってはならない事だ。
―――最近、何度も死ぬ思いをしたとはいえ。
「だが、どうするつもりだ? この
「……チャンスは、恐らく一回きりでしょう。向こうの意図は理解できませんが、それ以上はこちらのリスクも大きすぎます。それに、混沌を食い止めている時間もありません」
「ということは、一撃必殺の攻撃力を持った機体を中心としたフォーメーションを組むことになりますね」
「……一撃必殺、ですか。そのような事が出来るISといえば……」
そのようなISなど、この場においては約一機しかいない。
皆の視線が一斉に織斑一夏の方に向けられる。まさか、自分に話の方向が向くとは夢にも思っていなかった一夏は、唖然としているようだった。
「え? お、俺……?」
「―――そうです。というよりも、白式の能力である『零落白夜』であれば、あるいは」
「ちょ、ちょっと待て! 確かに零落白夜は強力だけれども、他にも高威力の武装は――」
「いえ、一夏が適任よ。小原さんのレイ・ストレイターレットや南部のリボルビング・ステークとかもあるけれども、小原さんの場合は相手の動きを止めなければ、まず当てることは不可能に近い。南部のISは、そもそも動き回るであろう
候補を上げればそれなりの意欲を持つものはいるが、それでも決定打に欠ける。
鈴音の発言は理にかなっているものの、それでも自分に出来るのかという事の不安の方が大きい。こんな大役を、一夏自身が実行できるのかという、不安が。
「―――こいつに全てを託すのは癪だが、それしかないだろう。だが、どうやって
「―――高機動戦闘化における訓練を、織斑君は受けていないと思います。超高感度ハイパーセンサーも装備しなければならないかと」
「それに、こっちも総がかりでかかるわけだから、フォーメーションの確認は重要だよ。とどめは織斑君の仕事はいえ、それまでにどうやって対象を追い込むか、だね」
そのように、他の候補生たちも話に入ってくる。
勝手に話が進んでいき、どうにも話が見えないのは一夏の方だ。承諾したわけではない。更に、このような事態に臨む覚悟もない。
だが―――自分以外に適任がいないのであれば、やるしかない。
「…………」
不安であろう。怖いであろう。が、千冬は敢えて何も声を掛けなかった。
逃げるのもやむなしだ。
決めるのは当人だ。――いや、あの表情をみていれば、そのような心配もいらないのかもしれないが。
それよりも。千冬の目につくのは、エクセレンの名を聞いてから何処か上の空であるキョウスケの事だ。
専用機持ち達の話にも入って行こうとせず、今現在何を考えているのかが読みにくい。
(――――いや、止めだ。深く詮索するなど、らしくない……)
そっと目を閉じ、ふうと嘆息を吐く。
そんな様子を大倉は横目で見ながら心の中で笑みを見せていた。
(さぁーて、面白くなってきたかね。―――それで、君はどう動く? 織斑千冬ちゃん)