IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

64 / 70
第五十三話 ヒッカム基地攻防戦4

 ()()()()()()()を殲滅した秀麗達は、ヒッカム基地の中心部―――つまり、目標の場所にたどり着く。

 あっけないものだなという感想しかでないのだが、こうして辿りついてしまえばこちらのもの。部下の一人に目配せをすると、すみやかに部屋のロックを解除させる。

 

「…………」

 

『どうした、オータム?』

 

「別に、なんでもねえよ……」

 

 目線を逸らしながら呟くように言った彼女に対し、秀麗は無理もないと思うと同時にその態度を心の中で嘲笑する。

 後ろを振り返れば、それは死体の山。惨たらしく、残虐に―――。別に意図したわけではないが、障害は取り除くべきだとはいえ、やりすぎだと彼女は感じているのだろう。

 だが、彼等に慈悲を与えてどうする。もはや間に合わないであろうが応援を要請されて一々始末しているようでは、それでこそ時間がかかる。

 効率的に、任務を全うする――――。今の彼は。()()()

 

「隊長、解除完了。開きます」

 

『ああ』

 

 ブシュ、という空気音と共に、その重苦しく厳重な扉が開いてゆく。

 其処に広がるのは、ヒッカム基地の研究室ともいうべき場所。何人かの研究員が未だに残っていたらしく、驚いてこちらの方を見ると同時に、女性の職員が秀麗の姿を見るなり悲鳴を上げる。

 すぐさま秀麗は拳銃を取り出し、研究員に向けて発砲。それが合図となってか、部下のサイボーグたちも一斉に彼等に襲い掛かる。

 

『全て、殺せ』

 

 その一言で、彼等の運命は決まったも同じだ。

 男は勿論、女にも容赦などない。隠れたところで熱源すら特定できる彼等にとっては無意味に等しく、このような非常時に此処にいる事を呪うべきだとオータムは苦々しい表情をしながら思う。

 まさに、悪魔の所業だ。皆殺しにされた彼等に多少の同情をしながらも、その行為を見ている事しか出来なかった。

 

 もはや、研究員たちは一人も残っておらず、おびただしい血痕が流れ、遺体が辺りに転がっている。見るに堪えない光景に、さしものオータムも絶句してしまう。

 さらには、非戦闘員すらこの扱いかとオータムは吐き気すら覚えた。このような場所に配属した()を呪いもすれば、送り込んだ()()にすら怒りを覚える。

 そんなオータムなど余所に、秀麗は目的の場所に近付く。部屋の中心部に存在したそれは、眠るようにしてその場に存在していた。

 ()()()()()()()I()S()―――。そのように謳って開発された代物であるISを目の当たりにし、秀麗の口角がやや吊り上る。

 既に混沌にはゴーレムというISが存在するが、所詮あれは()()()()がお遊び目的で作り出した、玩具のような物に等しい。

 ただ、これは完全なる自立型IS。よくもまあ、アメリカという国はこのような代物を作り上げたものだと感心していた。

 だが、いくら厳重に守ろうとも――――このように奪われては意味がない。そう思った矢先。

 

「隊長、対象が!」

 

『―――!?』

 

 部下の一人が放った言葉であろうか、すぐさま秀麗は面を上げて目標を見る。

 

『なに……?』

 

 仮面の下で怪訝な表情を浮かべるのは、容易だった。

 急に目標であるIS――――通称、()()()()が動きだし、全身に張り巡らされたケーブルを一気に、そして力強く引き抜く。

 そのまま力強く拳をガラスに叩きつけるや、すぐさま大きな音を立てて試験官型の器が破損する。

 勝手に動きだすとは聞いていない。しかも、相手は無人機だ。迎撃システムでも働いたのかとオータムは瞬時に考えたが、それよりも早く秀麗は周りの部下共に指示を出す。

 

『―――取り押さえろ』

 

 それが如何に無謀な行為であるのか、という事は秀麗が一番よくわかっている。

 しかし。所詮は捨て石である部下のサイボーグたちには逆らうという概念はないらしく、四体のサイボーグ共が()()()()目掛けて一斉に飛びかかるようにして近づく。

 人間の姿を借りた、ほとんどが機械である彼等だ。過度な期待などしてはいないが、それでも足止めにはなると考えたのだが。

 

『――――!!』

 

 ()()は、まるで獣のような咆哮――――そのように秀麗は捉えた――――をあげ、今まで収納していたのであろうか、その後頭部より一対の巨大な翼を大きく広げ、バサッという音と共にその場に広げる。

 本体と同様に銀色に輝くそれは、確かに()()()()という名称を与えられたほどのものであろう。一瞬、あのオータムですら目を奪われてしまうほどの輝きであった。

 ただし、この翼こそ()()()()の固有の特徴であり、アメリカが開発した大型スラスターと広域射撃を武器と融合させるという、これまでにない新たな、そして出鱈目な代物だ。

 まさに、アメリカ軍の技術の結晶であるか。そして、これにセツコ・オハラが使用しているバルゴラの技術すら応用されているという。

 ただ、分かる事は一つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(―――そうか。そういう、ことか)

 

 秀麗は、悟る。

 此度の襲撃の件から、全ては仕組まれていた。()()()の掌で、全ての人物が転がされていたのだ。

 フッ、と口元が吊り上る。彼女のやりそうな事だ。そうでなくては。

 ()()()()()側としては、この場面は怒るのが普通なのだろう。ただし、秀麗はそのような感情は沸かなかった。全て、()()()()()()()()()()だとしても、だ。

 

『――――』

 

 ()()()()が、動き出す。

 広げた翼に仕込まれているのは、砲口だ。それが一斉に噴き出すように射出され、近づいてきた四体のサイボーグたちを瞬時に撃ち貫く。

 ISの攻撃だ。いくら体を機械にしていたとしても、それに勝る砲弾を受ければ一溜まりもない。鮮血のような液体が彼等から飛び散り、胴体が吹っ飛ぶ者もいれば、全身に穴が開く者も。

 頭は正常に動いていても、何しろ体が動かない。もはや身動きすら取れない四体が倒れたところで、()()()()その翼を羽ばたかせ、飛び上がる。

 

『―――――』

 

(…………)

 

()()()()が、秀麗を見下ろす。

 その行為が、何を意図しているのかオータムには理解できない。秀麗の表情は仮面で隠れているため、彼が何を感じ取っているのかすら分からなかった。

 ただ、時間はそう長くなかった。()()()()はそのまま飛び上がると、研究室の固い壁、更にはヒッカム基地の内壁をも破壊し、はるか上空に飛び立ってしまう。

 

『フン……』

 

(なにを笑ってやがる、こいつ……)

 

 この状況下で、そのような余裕があるとは思えないのだが。

 チッと舌打ちをしながらも、どうするんだといった表情を秀麗に対して向けていた。

 

『――――撤収だ』

 

「まあ、そうだろうな。で、本当にどうするんだよ? ()()()()がどっかに行っちまったぞ」

 

『行き先は想像できる。―――あの女の事だ、最初からこういった魂胆だったのだろう』

 

「おいおい、それじゃあこの作戦の意味は……」

 

『作戦、か。アメリカの軍事基地に対して、テロを行った―――。その名を世に知らしめた、といったところか』

 

「テメエ……こうなる事がわかってたんじゃねえのか?」

 

『――――そのような考えがなかったわけではない。あの女の思考など、私に理解できるはずもないからな。いや――――誰にも理解など出来ないか』

 

 そう言いながら、残った部下に目配せを送る。

 その意図を受け取ったサイボーグたちはすぐに行動に移す。爆薬を研究室内に仕掛けていき、セットしていく。

 証拠は全て隠滅し、()()()()()()()()()()を全て抹消する。

 基地内の警報装置など作動はしない。作戦司令室では、外の事しか映らないようにしてある。この場で何があったのかすら、彼等は知らないのだ。―――()()()()()()()の介入は予想外であったが。

 

『篠ノ之束―――。まったく、よくやってくれる……』

 

 その仮面の下で、彼が苦笑したのは間違いないのだろう。

 オータムの内心の怒りは収まらないが、彼女もまた秀麗に続いてその場を離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すーう、はぁーと何度も、そして大きな深呼吸を何度も、何度も繰り返す。

 表は命が散りあう戦場の最中。自身がいつも飛んでいる心地の良い大空の光景など皆無であり、緊張感と戦慄がどうしようもなく自分自身に襲い掛かってくる。

 

(怖い―――)

 

 恐怖。―――それは、当然のように湧き上がる感情であった。

 命のやり取りをするような空で、自分は飛んだことがない。いや、それが例え命令であろうとも、絶対に飛びたくなどなかったのに――――。

 ()()()()()。それは、彼女にとって嫌いな空だ。そのような場所で飛んで、何になる。

 

『きこえますかな、―――――候補生』

 

「………………はい」

 

 聞こえてくるのは、この艦の艦長――――代理だと本人は言っていたが――――である男の声。名を確か、ショーン・ウェブリーといったか。

 こうしてこの艦に乗ったのにも理由がある。彼女が候補生になったのも、全ては()の為。

 いつか皆でと誓ったのにも関わらず、今では数人のスタッフを残し、皆がいなくなってしまった。―――皆、()()()()()が原因で絶望してしまったのだと。

 だが、諦めたくないというのは皆が同じ意見だったと思う。それでも―――それでも、離れて行ってしまった。

 

 何故、こうなってしまったのだろうと彼女自身も考えた。考えて、考えて――――それでも、諦めきれなかったからここにいる。

 

『今、我々が頼れるのは貴方だけ。―――あなたも辛かろうかと思いますが、やっていただくほかないのです』

 

「――――分かっています。私がやるしか、ありませんから」

 

 それは、彼女だって理解している。

 彼女と共にこの艦に乗ってきた世界に名だたる二人の人員は、迎撃の為に出はらってしまった。

 ショーン艦長代理とて、未だ代表候補生である彼女の力を好きで借りている訳ではない。ましてや、彼女は軍人でもなければ、将来がある人材なのだ。

 それでも、この非常時に甘えた事など言ってはいられないか。それを理解しているからこそ、益々重圧という名の目に見えないものが彼女に重くのしかかる。

 ()()()()()()()なのだ。今のISという代物は。

 

『貴方に与える役目は、出来るだけ敵機の目を引き付ける事。私共も敵を全滅させろ等という無茶な命令はいたしません。うまく、敵を引き付けていただければ結構です』

 

「囮、ですか」

 

『――――そう捉えていただいても構わないでしょう。なにしろ、こちらは最新鋭の航空母艦であると同時に、敵機にとってはいい的ですので』

 

「そう、ですか―――」 

 

 ほっほと彼は笑うが、この状況下でそのような笑いが出てくる筈もない。

 ただ、彼女が出れば戦局が少しは変わるだろう。――――彼女が纏う、ISの機動性ならば。

 

『艦長代理! 準備、全て整っております!』

 

『そうですか―――。此方もそろそろ受け続けるともちませんからね。それでは出撃を。ご武運を祈っております』

 

 そこまで喋ると、彼は通信を切ってしまう。やや冷たく感じてしまうが、これ以上言葉をかけたところで意味などないと悟ったのだろう。

 それに、彼自身も艦の指揮をしなければならない。必要であろうと、一パイロットにこれ以上かまけてられないと思ったのだろう。

 

 いよいよか、と彼女は目を閉じながら思う。

 体はいやというほどガタガタと揺れている。寒気すらあり、眩暈もする。果たして、このような中で飛び立てば、自分がどのようになるのかも目に見えているだろう。

 

(だけど、こんなところで死ぬわけにはいかない―――)

 

 彼女の()のため。それを託してくれた、恩人の為にも―――。

 

 顔を引き締め、パンと頬を両手で叩く。

 それを二、三度と繰り返し、よしと呟いて気合を入れる。

 既にISは装着している。その、戦闘機のようなフォルムに両肩には最新鋭の二対のテスラ・ドライブまで装着した機動性に特化した機体。

 ()が残した、プロジェクトの為の――――皆の為の、機体。

 

壊されてなるものか。傷つけてなるものか。

 

 ゴウンという大きな音をたて、目の前の頑丈な扉が次々に開いていく。

 艦のオペレーターたちが何事かを自分に指示していたが、その指示すら耳には入らない。ふうと大きく息を吐き、ただその時を待つ。

 ドクンドクンと心臓の鼓動がよく聞こえる。それが溜まらなくて、苦しくて。

 それでも行くと決意した。この艦をやらせるわけにはいかないから。―――夢を叶えずに、ここで終わる訳にはいかないから。

 

 そして、彼女にとってその時がくる。彼女にとっての、始まりの時が。

 

『――――アイビス・ダグラス、アステリオンで行きます!』

 

 その言葉と共に、彼女――――アイビス・ダグラスの身体が動き出した。

 スラスターに火が入り、二対のテスラ・ドライブの調子も良好だ。これまで欠かさず整備をした結果だ。

 あまり慣れない、射出のGを感じながらも、アイビスは戦場の中へと出る。

 

 まさに戦場の真っただ中。艦の周りにはテロリストが搭乗すると思われる航空機が多数、艦―――()()()()に押し寄せている。

 ただ、アイビスが出た瞬間に彼等もこちらを探知したのだろう。何機かの機体が自身に迫ってくるのをハイパーセンサーにて感知していた。

 

(流石にこっちに狙いを定めたか……!)

 

 それは当然か。この機体は、彼等にとってこのISは脅威にしかなりえない。

 アメリカの一プロジェクトの機体であり、本来であれば戦闘用ではない。ただ、ISの名をつけられれば、当然のように自衛の為に武装を装着しなければならない。

 武装などなしに、自由に飛び回りたかったが―――致し方がない。

 ただ、相手も器量が高い。すかさずアイビスの後ろにつくと、彼女を追う様にして飛び回る。

 およそ、二機。気持ちが逸るが、とにかく振り抜こうと全速で飛び続ける。

 

(くっ、しつこい……!)

 

 アイビスが自在に飛び回っても、懸命に食らいつく二機の戦闘機。

 相手もアイビスが迎撃をしてこないのを見越しているのか、徐々に距離が縮まってくる。

 流石にこのままではまずい。くっと歯を食いしばったかと思うと、彼女は更にスピードを上げた。

 艦から近すぎず、離れすぎずの距離。自在に滑空するIS―――アステリオンと呼ぶそのISの特徴だ。

 

 中々早いと航空機のパイロットは思う。が、それでも反撃してくる様子はない。

 馬鹿にしているのか、それとも反撃する術がないのか。ならばと照準のカーソルをISに合わせる。

 

『喰らえ……!』

 

 アステリオンに照準を合わせ、ミサイルを射出。放ったミサイルは追尾型のミサイルであり、それは次々にアイビスに向けて襲い掛かる。

 

(振り切れない……。なら!)

 

 意を決し、アイビスが180度回転する。そのまま搭載されているマシンキャノンを速度を落とさずに撃ちまくり、なんとかミサイルを落としていく。

 それでも、これは彼女の技量不足か。物凄いスピードで飛び回りながらの迎撃など、これまでの訓練でもあまり成功したことはない。

 勿論、()()()()()に関しての訓練は多少なりとも積んでいるものの、それでも全弾撃ち尽くすのは難しい。

 

『くっ!』

 

 マシンキャノンでは無理ならば、と今度は彼女も戦略統合ミサイル「CTM」―――俗称、マイクロミサイルを射出する。

 それは、残ったミサイルを迎撃するには十分だ。当たった瞬間に、本人もよしと呟くほど。

 ただ、敵もそう甘くない。いつのまにか更に後ろにつけられており、再びミサイルが発射される。

 逃げても、迎撃しても、この数では圧倒的すぎる。

 

(どうすれば……)

 

 ―――撃墜など、もっての外だ。

 自分は、殺し合いをしたくて此処に出てきたのではない。そういった心情があるから、敵のミサイルは壊せても、敵の機体を壊す事など――――ましてや、命を奪う事など出来ない。

 甘い考えか。()()()に離せば、笑われるだろうか。だが、()の為の機体でこんな事をするなど、間違っている。

 そんな時、彼女の回線にコールが入った。

 

『こんな時に……っ!』

 

『それは申し訳ない。ですが、此方側の指示も伝えなくてはならないもので』

 

 つながったのは、ショーン・ウェブリー艦長代理。本当に、今はそれどころではない。必死に敵の攻撃を避けようとしている最中に、回線をつなげてくるのはどうかと思う。

 

『それで、指示っていうのは?』

 

『ええ。とりあえず、ポイント1108に敵機を引き付けていただきたい。それあらは、全速力でその場を離脱』

 

『……了解!』

 

 ポイント1108―――それは、ヒリュウの正面に近い場所だ。

 この二機、あるいは三機ほどを引きつけることが出来れば、ヒリュウがなんとかするという意味なのだろう。

 しかし、それは敵の撃墜を意味する。テロリストに慈悲などないといえばそうなのだが、それでも彼等の命を奪う事に等しい。

 だが、それでも。アイビスは機体を指定されたポイントに走らせる。それに続くように追いかけていた敵機もアイビスを追ってくる。

 

(ポイントまで、3、2、1……!)

 

 アイビスが彼等を引き連れたのは、当然ヒリュウも確認済みだ。

 オペレーターが艦長であるショーンに伝えると、彼はやや表情を険しくしながらも指示を送った。

 

『艦長、敵機射程圏内です!』

 

「進路そのまま。主砲、斉射」

 

 指示を受け、ヒリュウはその艦首に備え付けられている主砲から一斉に火を噴かせる。

 戦艦級の手法が猛スピードで敵機に向かってくるのだ。無論、当たれば一溜まりもない。

 ただ、敵機もアイビスを深追いしすぎたのが運のつきか。警告音を示すアラートが鳴った瞬間、アイビスを追っていた戦闘機二機が一瞬にして火に包まれる。

 

(……!)

 

 それを確認したアイビスが、少し下唇をかんだ。

 誘導は成功。味方からすればよくやったと褒められるが、個人的にはそうはいかない。

 

 戦場―――そう、これが戦場だ。命など、所詮は軽いもの。こんなにも簡単に、人の命が散ってゆく。

 

(そんな事をするために、此処にいる訳じゃないのに――――!)

 

 それは、彼女のエゴだ。だが、それでも彼女にも信念がある。―――この場において、そんな事など通用する筈がないと、頭の中で理解しながらも。

 人を殺すのは、覚悟がいる。それを平然と行う周りの人間は、その()()が出来ている連中だ。

 

(私は、そんな―――)

 

 そう、思った矢先。

 

(警告音!?)

 

 突如、アイビスのIS、『アステリオン』が警告音を発する。

 だが、レンジ内に敵機の反応はなし。攻撃が飛んできている訳でもない。なら、この警告音は一体何なのか。

 

(あれは……)

 

 その正体は、すぐに判明する。

 大きな音を立て、後方に聳えるヒッカム基地よりいでし存在。まだ夜だというのに、月明かりに照らされ、それは神々しくも見える。

 恐らく、この場にいる殆どの者が見たであろう、その存在。目を奪われてしまった、その存在――――()()()()という、ISに。

 

「まさか、あれが()()()()か……?」

 

 実物を目の当たりにしたことがないショーンは、目を疑う様に呟く。

 大きな翼状のスラスターを広げ、この戦場にいう全ての者達を見下ろすようにしてその場に鎮座しているこのISに、ショーンですら目を奪われた。

 いや、それよりも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という疑問が浮かぶ。

 確かに、明朝にはテストを開始する予定であった。その前に奪取しようという混沌側の襲撃も理解できる。

 だが、本来であれば秘匿する筈の代物が、何故稼働している? こうして、目の前にいるのか。

 

『―――――!!!』

 

 鎮座していた()()()()が、突如として咆哮をあげる。

 機械に咆哮など、馬鹿げている。だが、この場にいる者達が、あれはそのようにしていると。()()()()()()()()()()()()と思わされるのには十分であった。

 そして、()()()()が動き出す。翼を一回だけ羽ばたかせたかと思うと、そのままヒッカム基地より飛び立ってしまう。

 ぐんぐんと加速し、すぐに視界からは消えてしまう。慌ててモニターからも()()()()の反応を探すが、それもロストしたようだ。

 

「……。グレッグ司令に、通信を繋げますかな?」

 

『は、はい。すぐに―――』

 

 これはまた、厄介な事になったものだ。

 ヒッカム基地を取り囲んでいた敵機も、目標である()()()()を追ってか、その全てがこの場より離脱している。

 たった一機のISに、これだけの人員を導入したのかと思うと、ショーンも呆れて溜息が零れる。

 

「まさか、ISに逃げられるとは思いませんでしたな、グレッグ司令」

 

『……こちらも予想外の事態です。更に、悪い知らせもあります』

 

「というと?」

 

『どうやら、基地内部に侵入者がいたようです。数はさほど多くはなかったようだが……どうやら精鋭ばかりが潜入していたようで。気付いた時には、もはや……』

 

「なるほど……。敵も三段構えで来ましたか。恐らく、本命はその潜入部隊かと」

 

 先ほどの敵機共は、勿論全て揺動の為に攻撃を仕掛けたのだろう。

 ―――というよりも、やはり()()()を誘い出すための策にしか思えない。内部情報が悉く漏れているのは感心しないが、それほどに()()も、彼女達を警戒しているという証か。

 

「見事に、やられましたな」

 

『くやしいことに。―――しかし、()()()()の福音が勝手に起動するなど……』

 

「―――。予想外の事態は、勘弁してほしいものですな」

 

 訝しげな表情を浮かべるグレッグに、ショーンは苦笑したような表情を浮かべる。

 

「それはともかく。()()()()をこのヒリュウで追った方がよろしいですかな? まさか、あのままという訳にもいかないでしょう?」

 

『……そのようにしたいのは山々だが、一司令である私の判断では決められん。()()は、それだけの代物だ』

 

 苦虫を潰したように、彼は言う。

 ああ、それはそうだろう。このヒリュウはアメリカが開発した最新鋭艦であり、()()()()と同じく秘匿対象に当る。

 ただ、此度の戦闘で混沌側には情報が漏れた。この戦艦がリークされるのも時間の問題であり、当然グレッグの指揮問題が取りざたされるのだろう。

 それ故に、今はこの場より動かせない。動かしたくても、そうは出来ないのだ。

 

「―――歯痒いものですな。通常のイージス艦ならば、追跡任務を行えたかもしれませんが」

 

『そこまで任せる訳にはいきません。ただ―――()()()()の行き先を予想したところ……ある場所に向かっている事が予測できています』

 

「ある場所?」

 

『ええ。行き先は――――』

 

 その座標を見た時、ショーンはフッと鼻で笑う。

 そして、彼も気付く。ああ、これはしてやれたのだと。このような事が出来る人物は、()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

「どうやら、一杯喰わされたようですな。我々も、あちら側も」

 

『…………?』

 

 更に訝しげな表情を浮かべるグレッグを余所に、ショーンはおどけて見せる。

 ただ、これもシナリオ通りか。―――彼女の。

 

(さあ、面倒な事になってきましたぞ、ミナセ殿―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁ、はぁ、はぁ――――』

 

 酷い息切れ。弾薬、推進剤も残り僅かか。

 それでも、目の前の女はぴんぴんしている。いや、まるで子供と遊んでいたかのように、簡単に窘められたかのようだった。

 冗談じゃないと女はキッと鋭い目付きをかの女に浴びせるが、それもどこ吹く風。寧ろ、にんまりと笑う彼女に、寒気すら感じる。

 

『あらあら、もう終わりかしら?』

 

『貴様―――』

 

 小馬鹿にしたように、女は言う。

 ミサイルを撃とうが、テスラ・ドライブによるフィールドアタックを浴びせようが、そいつはそのことごとくを回避され、ピンポイントで弾丸を浴びせられる。

 的確に、こちらの弱点を突くその攻撃は、ギリギリでこちらを落とさないレベルのそれだ。実際、あと一発でも攻撃を受ければ、間違いなく落ちる。

 

『確かに早いし、攻撃も正確。でも、マニュアル通りの攻撃なんて、回避するのは簡単よ?』

 

『ちっ―――。だから、どうした?』

 

『もう、そんなに怒ったら可愛い顔が台無しよ?』

 

『茶化すな! 第一、何故私に加減をする!? 私は、敵なのだぞ!』

 

『そうねぇ……。でも、貴方には明確な殺意ってもんが感じられないのよね。そうでしょ、元テスラ・ライヒ研究所のテストパイロット―――スレイ・プレスティさん?』

 

『くっ……!』

 

 女――――スレイと呼ばれた彼女は、かなぐり捨てる様に目元にしていたバイザーを取り払う。

 くっくっと少し癪に障る笑みを浮かべるのは、エクセレン・ブロウニングだ。オクスタン・ランチャーを右肩に乗せるようにしてスレイを見下ろす彼女の姿に、スレイは屈辱しか感じない。

 だが、同時に思い知らされる。彼女との()()()()に。

 

『で、まだやるのかしら? これだけ痛めつけたんだから、大人しくお家に帰った方がいいんじゃない?』

 

『馬鹿にして!』

 

 感情のまま、彼女は動こうとしたが―――機体が、もはや動きを示そうとしない。

 その殆どがほぼゼロを示していれば、機体も安全を考慮して動く事すらしようとしないのだろう。ISに諌められるなどとスレイは思ったが、ここは彼女の気が変わらぬうちにさっさと退くべきか。

 ―――いや、彼女がそう簡単に見逃してくれるはずもないか。ちらともう一方を見てみれば、あの蝙蝠女が海面に叩きつけられている姿が見える。

 叩きつけた方は満身創痍のような状態だが、それでも目に生気が宿っている。エクセレンもそれを確認したのか、フフンと何故か彼女が得意気に笑んだ。

 

『隊長やるー♪』

 

『うるせえぞ、エクセレン。楽な方の相手しやがって』

 

『別にいいじゃない? 中尉も、強い相手の方が燃えるでしょ?』

 

『テメエ……!』

 

 機体がボロボロなのにも関わらず、今にもエクセレンに殴りかかりそうな中尉―――カチーナ・タラスク。

 それだけ元気があるなら安心だと、エクセレンは思う。いや、強がりなのかもしれないが―――まあ、喋る元気があれば大丈夫だろう。

 

『ちっ。まあ、いい。こいつ等を捕まえて帰還するぞ』

 

『そうね―――。中尉、新手!』

 

『ッ!?』

 

 即座に、エクセレンがオクスタン・ランチャーを構える。

 声に反応してカチーナも武器を取り出そうとしたが、どうやら先ほどの攻撃で収納部分の何処かが破損したのか、呼び出すことが出来ない。

 ちっと軽く舌打ちした瞬間、その対象がこの場を猛スピードで突っ切る。

 

『なっ―――』

 

『―――!』

 

 そのスピードがあまりにも早かったため、カチーナにしては情けない、そして呆然としたような声が出てしまう。

 エクセレンも狙いを付けたはいいものの、その対象を見て引き金を引くのを躊躇ってしまう。何故ならば―――。

 

(あれは……()()()()?)

 

 資料で見たことがある、本来ならばヒッカム基地にいる筈のISが、何故かこの場にいて、それも動いている。

 いや、無人機だという事は知ってはいるのだが、何故―――。

 

 スレイも唖然としてISが通り過ぎていくのを見ていたのだが、突如として下の海面から蝙蝠女―――ツィーネ・エスピオが飛び出してきたかと思うと、スレイを抱えるようにしてそのISに向けて加速を始めていた。

 

『お、お前!』

 

『あれが対象だよ。―――そんな状態じゃ、まともに飛べないだろ?』

 

『くっ……!』

 

『ともかく、あれが此処に出てきたってことは潜入部隊が失敗したってことさ。なら、私達は本来の目的を果たす。そうすれば――――()()()()()()も少しは達成できるんじゃないかい?』

 

『――――! ……分かった』

 

 フッと口元を吊り上げると、ツィーネはISの追跡に入る。

 温存していたスラスターを最大出力で噴かし、視界からはすぐに消えてしまった。

 このタイミングを逃せば、恐らくセンサーからもロストしてしまう。エクセレン一人であれば、追跡も可能であろうが―――。

 

『―――追え、エクセレン。まだ、余力は残ってるだろ?』

 

『だけど、その損傷じゃ――』

 

『はっ。こっから基地の方が追うより近いだろ。ただ、絶対に捕まえろ。これは、()()()

 

『――――。はいはい、それじゃあ、チャチャっと片づけてくるから、中尉は休んでてねー?』

 

『―――ああ』

 

 少しの間を置いた後、カチーナが呟くのを確認した後、エクセレンもスラスターを噴かしてISの追跡に入った。

 はっともう一度笑った後、カチーナはその後姿を見送る。既に視界にはおらず、モニターからもロストしてしまったが―――まあ、あいつならば大丈夫だろうとカチ―ナは思う。

 

『頼むぜ―――エクセレン』

 

 はあと大きく溜息を吐いた後、半壊した機体を圧しながら彼女はヒッカム基地を目指す。

 

『くそっ、派手にやってくれやがって……』

 

 ―――いつも通りの愚痴を吐けるのならば、彼女も大丈夫だろうと信じるしかなかった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。