IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】 作:ダラダラ@ジュデッカ
『新手、か。それも生体反応あり――――』
つまり、有人機。反応は二つあり、いずれもISの反応だ。一機はデータベースに登録されていない新型であるが、もう一機の方はそうではない。
確認した瞬間、カチーナがん? と唸ったが、混沌という組織は奪取したISも平気で戦場に出してくるのを思い出す。ただ、それでも―――。
『おい、エクセレン。あの赤い機体――――』
『こっちでも確認したわよん。
『
『といっても、あの子は艦に残して来たでしょうに。もしかしたら、出撃しているかもよ?』
この非常事態だ、上も猫の手を借りたいほどだろうよとカチーナは思う。
しかし、話の人物は軍人ではあるのだが、如何せん経験不足だ。故に艦――――
ただ、守っている筈の基地が攻撃を受けている状況なのは間違いない。自ずと、彼女から申し出るかもしれないなと思う反面、そういった事態がない事も願ってしまう。
『さて、中尉? 物思いに耽っている時間はないわよん?』
『うっせえな、分かってるよ』
エクセレンに対し、溜まらず悪態をつくカチーナであるが、それと共に向かってくるのはあの赤い機体がまき散らしたであろうミサイルの数々。
確認するまもなく、手早くマシンガンのカートリッジを交換し、カチーナは回避行動に移る。エクセレンは言わずもかな、オクスタンランチャーを片手に自在に空を飛びまわる。
(ちっ、誘導式かよ)
ミサイルを避けても、旋回してカチーナに向かってくるミサイル群。自動誘導式のミサイルである。
半数はエクセレンの方に向かったであろうが、もう半数は勿論カチ―ナを狙う。あまり高機動下の機動が好みではないカチーナであるが、当たってやるのも癪だと振り返ってミサイルを何発か撃ち落とす。
『くそっ、ゲシュはあんまり自在に動かねえんだよ! さっさと動け、この野郎!』
機体に文句を言いながら、それでもミサイルを落としていくその様は、流石としか言いようがない。
迫ってくるミサイルを二、三発落とした後に下降し、海面を背にしながら上空に向けてマシンガンの弾を乱射。命中するのもあれば、誘爆によって落ちるのも存在する。
更に、マシンガンを持つと手とは反対の方にショットガンを出現させ、そちらは九時の方向に向ける。
目標は、迫りくる新型のIS。蝙蝠のようなずんぐりとしたフォルムに搭乗しているのは――――ツィーネ・エスピオだ。
『こちらを捉えたようね。だけど……!』
ツィーネが軽く笑めば、ギュンと加速することによって海面を斬るようにして機体を走らせる。
急加速したことに対してちっと舌打ちをし、カチーナはショットガンを放つが、それもかわされる。ちっともう一回舌打ちをし、同時にかなりの反応速度に舌を巻く。
(こいつ、こっちが思った以上の機動性か―――!)
刹那、彼女の脳内で小うるさい警告音が鳴り響く。その警告音はカチーナにとってはやかましく、少しばかり苦手なものでもあるのだが。
相手は当然、ツィーネ。カチーナの想像以上に早くレンジ内に接近を許してしまったのだ。
『はっ、随分早いじゃねえか。この蝙蝠野郎!』
『挑発のつもりかい? ご生憎―――そういった言葉には慣れているのよ!』
ツィーネは両手に紫色の炎を纏わせ、それを手にカチーナに迫る。
いきなり炎が宿ったことにカチーナは目を見張ったが、接近戦なら望むところだとマシンガンを収納。一度は格納したプラズマカッターを呼び出し、ツィーネに迫る。
『おらぁ!』
『フフッ、甘いわ』
斬り付けた筈のカチーナだが、ツィーネは笑みを浮かべると共にプラズマカッターの刃部分をなんとその手で受け止める。
いや、もはや握りしめるといった方がいいか。実体もないような刃を掴むという事をされ、カチーナは更に目を見張った。
『な、なんだと!?』
『これだけじゃないわ。こういう事も……出来るのよ』
妖艶な笑みを浮かべるツィーネの表情に、カチ―ナの背筋はゾクリと寒気を感じる。
マリリンとはまた違う、気味の悪い笑み。これまたカチ―ナの苦手なタイプであり、何を考えているのかが読めないその行為は、カチーナの感情を逆立てる。
(コイツ……! っ―――!?)
感情的になりやすいカチーナであるが、すぐに異変に気付く。なんと、プラズマカッターに紫色の炎が伝わっていき、柄の部分が真っ赤に光り出したのだ。
これはまずいと放り捨てるように手を放すと、その直後にプラズマカッターが爆発。 そこまで大きくない爆発ではあるものの、いきなり意味の分からない事をされたため、カチーナは困惑するしかなかった。
『何をしやがった、テメエ……!』
『――――これが私のIS、エリファスの力。お前達の汎用武装など、私の前では無意味に等しいわ』
『ちっ……! とんだISを作りやがったな、テメエらは!』
『あら、
『んだと……?』
『フフッ……』
挑発だという事は分かっているが、こういう女は更に苦手だ。なんといえばいいか、とにかく殴りたくなるような――――そんな、相手。
ただし、カチーナにとっては無知な相手だという事を忘れてはならない。武装を爆発させた技術も、まさか手に触れただけで全てを爆弾に変えるなどといったオカルト染みた事などではないだろう。
ただ、厄介な事に極まりない。エクセレンと連携すれば叩ける相手ではあるが、生憎彼女はもう一機と交戦中だ。
(ちっ……。ゲシュじゃ、どうにもやりにくい。愛着はあるが、もっとマシな機体をよこしやがれってんだ……!)
Mk-2型とはいえ、ゲシュペンストという機体は今や旧式化―――それも、第二世代の初期型だ―――している。
今や、世界各国では第三世代の実用化が始まったばかりであるが、このゲシュペンストは統合整備計画といったアメリカ主導の計画の元に開発された機体。
更に、この機体は計画通りに開発された第二世代型のプロタイプに限りなく近い汎用機である。元となった機体ではあるが、どうにもカチーナの技量とは釣り合わないほどの汎用機に過ぎないのだ。
言ってみれば、カチーナの技量に機体が伴っていない。自身で改造などしてどうにか保っている状態でもあり、これ以上のチューンナップも難しい。
更に、こうした第三世代型との戦闘に置いては、こちらが圧倒的に不利だ。技量や力比べなどは負けるとは到底思えないが、ISのスペックは当然ツィーネの方に分がある。
旧式が新型には勝てないという道理こそないが、これはこれで難しい戦況だ。
しかし、無理でも押し通すしかない。このような現状に、カチーナははっと笑って見せた。
(まあ、文句を言ったところでしょうがねえ。今は――――こいつをぶん殴る。それだけだ!)
気に入らない相手は、ぶん殴る―――。それこそ、カチーナ・タラスクの心情だ。相手が混沌の幹部だろうが、どうでもいい。
『さて……やるか。少しばかり、こっちも本気で相手してやるよ、蝙蝠女』
『へえ。そいつはありがたい事だわ。だけど……いつまで減らず口が叩けるかしら?』
『何……?』
言うや、ツィーネのエリファスが急上昇する。
絶対に、何か良からぬことを考えていると、カチーナは瞬時に察した。その何かというのは分からないが―――ともかく、好きにさせる訳にはいかない。
『この、待ちやがれ―――!』
『フン――。さあ、黒こげになりな! ミラージュ・ライトニング』
ツィーネが手を振りかざすや、その足元に中規模の円が発生する。
魔法陣にも見て取れる
『!? なんだ、この……!』
バチバチという激しい音と共に、カチーナの周囲に雷撃が降りかかる。
それが紛れもない電撃だというのは見て取れる。警告音が異常に鳴り響くし、ましてやISのセンサーにも引っかからない代物だ。
避けるという芸当は中々難しいが、流石はエース級の力量を持つカチーナか。目視でなんとか機体を走らせ、紙一重ともいうべき状態でなんとかやり過ごす。
が、稲妻の速度は並大抵ではない。何度も降り注ぐそれは、次々とカチーナの駆るゲシュペンストに襲い掛かり、ダメージを負ってしまう。
『ぐっ……! くそっ、この……!』
『そらそら、休んでいる暇なんてないよ!』
相手は近くにいるのに、届かないもどかしさ。どういうトリックを使ったのかは知らないが、こんな奇天烈な相手ではゲシュペンストでは荷が重い。
いや―――全てのISを並べても、この機体と張り合えるほどの代物はないだろう。
両手に炎? 雷を使役する? 冗談も休み休みいえ。このようなふざけた機体が、許されていいものか。
鋭くツィーネの方を見やるが、彼女は相も変わらず妖艶な笑みを浮かべているだけ。
それが癪に障るし、更に苛立つ。絶対にぶん殴ってやると再度思ったその時、ツィーネが動いた。
『あいつ、何を……?』
カチ―ナが見た光景は、彼女の後方の翼が赤色―――いや、あれは深紅と言った方がいいか―――に輝いたかと思うと、まるで巨大な羽が生えてきたかのように大きく広がった。
後ほどわかった事だが、これはエネルギーの塊であったのだが、今のカチ―ナにそれを解析できるほどの余裕はない。
更に、その大きな羽が一つに収束したかと思うと、そのエネルギーは縦に大きく広がり、まるで巨大な槍と化す。
エリファスのおよそ三倍、いや、四倍ぐらいか。それほどの巨大な槍を生み出した彼女は、それをものともせずに振り回し、カチーナに迫る。
『……!』
『さあ、永遠に眠りな! 終わらない悪夢の中でね!』
そういって薙ぎ払った刃は、ミラージュ・ライトニングの中に閉じ込められるような形になっていたカチーナの機体を斬り裂く。
実体のないエネルギー刃の容赦のない斬り裂きは、ゲシュペンストでは持ちそうにない。更に直撃を喰らってしまったのならば、深刻なダメージがカチ―ナ機に襲い掛かっていた。
『ぐわあ!』
『さあ、次で終わりだよ!』
『!?』
それだけで手を止める彼女ではない。更にエネルギー刃を両手で持ち、今度はカチ―ナの上空を取る。
何をするのか、カチーナには良くわかる。黒く光るそれを持つツィーネの姿は、堕ちた堕天使のようにも見えた。
『この、クソったれ……!』
『フッ……』
そのまま、カチーナ目掛けてエネルギー刃を突き刺す。そのまま後方へと後退し、エネルギー刃が消滅するようにして爆発した。
その真下にいたカチ―ナは、エネルギー刃の爆発に巻き込まれた。姿も見えなければ、センサーにもかからない。恐らく、落としたのだろう。
(……随分と呆気ないものね。アメリカ最強部隊の隊長と言えど、所詮はその程度か。実に、つまらない相手……)
期待はずれね、と呟き、彼女が踵を返したその時。
『……まだ、終わってねえぞぉ!』
『!?』
刹那、海面から何かが飛び出してきたかと思うと、それは一直線にツィーネに向かって行き、その頭を掴んだ。
いきなりの事で、ツィーネも反応できなかった。かなり驚いた反応を見せたが、隙を見せた自分自身を呪う。
『き、貴様……!』
『ようやく捕まえたぜ、蝙蝠野郎ッ!』
『この、離せっ! 汚らわしい女め!』
『テメエに言われたくねえ! だが、今までのお返し……してやるよ』
カチーナの手は想像以上に重く、振りほどこうにも絶対に離さない。
これでは間合いも取れなければ、ツィーネが得意としている中距離での戦闘にも持ち込めない。カチ―ナ機はほぼ大破に近い状態であるが、それでも稼働できているのは、彼女の執念に近い何かがあるからか。
『テメエだけはぶん殴るって決めてたからよ! 覚悟しろや、この野郎!』
『あれだけの直撃を受けて、その余裕……一体、お前は!?』
『ああ? ―――知らねえよ。アタシは……決めたことは絶対にやり通す。それだけだからなぁ!』
言い放ち、カチーナの左腕にエネルギーが溜まる。
狙いは前方の敵機。外しはしない。いや、外しようがない。渾身の一撃を叩き込むだけ。
今までの鬱憤を晴らすかのように、カチーナは、邪悪な笑顔を浮かべながら、ツィーネを見やった。
『ジェット—―――』
『ぐっ……!』
『マグナムッ!』
■
主に暗部の仕事を主としている者達の俗称であり、それはオータムも聞き及んだ事がある。もっとも、混沌と亡国企業のダブルスパイとして活動している彼女にとって、それぐらいの情報は知っていない筈がない。
が、オータムと言えど敵にはしたくない存在であることは間違いない。
暗部に属している身からか、その手口は卑劣極まりない。こうして出張ってきたのは、よほど銀の福音を渡したくなかったのだろう。
それほどの精鋭を、この場所に配置した。トップ――――最上位に存在する大統領の意思か、あるいは彼等を動かせるほどの大物か。
この基地司令すら知らない事であろう。最悪な敵であるが―――眼前の人物、織斑秀麗にはさも関係ないとばかりに隊長格の人物の前に躍り出ていた。
大見得を切っているが、既に隊長格の人物はISを展開。アンネムイドが所持しているであろうそのISの名は、アラクネ。
背中に八つの独立したPICを展開している装甲脚が大きな特徴で、まるで蜘蛛のようだと感じる。
思い出しただけでゾッと鳥肌が立つが、秀麗はふんと鼻で軽く笑った。笑う余裕なんてあるのか? とオータムは心の中で問いかけたが、相手が待ってくれるはずもなく。
「―――死ね」
『ふん……』
刹那、アラクネの背後から巨大な爪のようなものが飛び出し、秀麗に迫りくる。
流石はISであり、そのスピードは常人であれば即座に胴体を貫かれているような代物。ただ、秀麗は袖口から隠し持っていたナイフを二本取り出し、一瞬のうちに投げる。
別に、それによって相殺を狙ったわけではない。無論、ナイフ程度の力では阻む事など不可能であろう。ただ、秀麗には狙いがあった。
秀麗が放ったナイフは、正確に爪先に命中する。それによって少しだけ刃先を逸らした。
刃先が秀麗の真後ろに突き刺さる間もなく、秀麗は相手に向けて走り出す。これが彼の本気なのであろうか、そのスピードはオータムには追い切れなかった。
「……」
眼前に迫る秀麗を見て、少し顔を曇らせる。ただ、そう易々と接近させまいと今度は四本のPICを稼働させ、秀麗に襲い掛からせる。
(安易な手だ……)
走りながらまたしてもナイフを取り出すが―――今度は投げる事はしなかった。
ただ、彼は迫りくる装甲脚を―――斬った。文字通り、
「なぁっ!?」
「……!」
一度に二本両断し、更に反対側を素手で受け止める。
受け止められた装甲脚はビクともせず。離そうにも秀麗がガッチリと止めているので、どうにもならなかった。
(……なんだ?)
知らず知らずのうち、隊長格の女は冷や汗をかいていた。
いや、そうならない方が可笑しい。生身の身体で、ISの攻撃を受け止めるなど、聞いたことがない。此方が手を抜いている訳でもないのに。
更に、あのナイフだ。どんな強度をしていれば、ISの装甲脚が斬れるのか。冗談ではないと女は脚に備わっている銃口を秀麗に向け、発砲する。
それを見透かしていたのか、秀麗はすぐに掴んでいた手を離し、あの異常な速度で走る。ビーム系ではなく、実弾ではあるが故に回避するその様は異常としか言いようがなかった。
(これが、こいつの力……)
只者ではない―――いや、全てを見透かされているといってもいいほどの存在であったが、もはやこの男にこの世で勝てる相手を見つけるのが困難なのかもしれない。
オータムにとってはいけ好かない野郎でも、決して敵にはしたくない。いや、敵にした場合、勝機を見いだせないのだ。
(化け物……。こいつは他の奴等よりも異常だ。異常すぎる……)
怪訝な表情を浮かべるオータムを余所に、秀麗はマシンガンを装備。アラクネに対して撃ちまくる。
まるで武器庫のような奴だと女は思いながら、その銃弾を残った装甲脚で防ぐ。
所詮、ISの武装ではない通常の武装。が、どうにも違和感を感じた。
(この威力……シールドバリアーで防ぎきれないほどのものだと?)
本来であれば、ISの前において秀麗の放っている銃弾の威力など考えるまでもない。
だが、
刹那、秀麗が再び駆け出し、アラクネの前に躍り出た。防御に使用していた脚にて秀麗を止めようと動かそうとした瞬間、女は目を見開く。
(……! 防御に使用していた脚が斬られている? 何時の間に……)
秀麗が至近距離に躍り出たという事は、女の予想以上に秀麗が上手だったという事か。
恐らく、仕込みをされたのは脚を秀麗の手によって掴まれた時であろう。
更に、あの異様な威力の銃弾。最初はさっさと斬って捨てたかと思うと、今度はこのような手か。
遊ばれている――――。そう悟った彼女は、珍しく怒りというものを抱いた。
感情を常に殺して来たはずの彼女であるが、此処まで自分をコケにされた事はない。
成功率はほぼ100%。どんな仕事でもやり遂げるアンネムイドの自分が、
女は、チッと大きく舌打ちし、腰部の装甲からカタールを引き抜く。最早、小細工など必要ないとばかりに秀麗に食って掛かったその姿は、秀麗の思う壺であった。
(アンネムイドといっても、所詮はこの程度か。――――つまらん)
失望。噂に聞く特殊部隊も、所詮はこの程度かと肩を落とす。
秀麗は、今度はナイフではなく、ショートブレードを取り出す。器用に取り出されたそれを手に、カタールと刃を合わせた。
(―――! 何故、折れん?)
『ふん……。驚くほどか?』
「何……?」
『言っただろう。お前は垣間見ると。
「それが、貴様だと?」
『そうだ。現に、私は貴様の前に立っている』
「ISと同等の力を持つ貴様のその力――――まさか、貴様……」
『――――そのまさか、だと思ってもらっていいだろう』
それを聞くと、女は競り合っていた刃を押し出し、後退する。
秀麗は仮面の下で薄く笑い、真っ直ぐに女を見つめる。感情の籠っていないその目は、女にとって肝を冷やすもの。
『貴様の想像通りだ。私は―――普通の人間ではない。ましてや、その辺でお前の部下と戦っているサイボーグ共ともまた違う』
「それはそうだろう。お前は――――
「『化け物―――――』」
『ククク……。そうだ。人の手によって創造された化け物―――それが私だ。
「では、貴様が成功例――――。その身体に、
秀麗は一旦目を閉じ、ふんと鼻で笑った。
決して、望んでこのような形を得たのではない。彼とて、彼の人生があった。それは―――もはや、叶えられるものではない。
今の彼は
『さあ、これで終焉だ、
仮面の下で不敵に笑んだ秀麗。その余裕を持った笑みは、女の方にも伝わる。
「終焉、だと? ―――笑わせる」
カタールを両手に構え、女はアラクネにて駆け出す。
例え、目の前の人物がISと同等の力を持っていようと、所詮は生身。
そう思った矢先であった。
『愚か―――だ』
「――――!?」
刹那、秀麗の右手が彼女の胸元を抉る。
その右手は多量の血痕がこびり付き、その手の中では灰色のクリスタル状の物体が輝く。
それは、アラクネのコア。ISの心臓ともいうべき代物を、彼はあろうことか
剥離剤などという代物など使用せずとも、彼はこれぐらいは出来る。いや、
「ひっ……!?」
その信じられない光景に、小さな悲鳴を上げたのは、オータム。今にも腰を抜かしてしまうそうな光景ではあったが、声を出す事しか出来ないといっても過言ではない。
「ぐっ、が……―――!」
声にならない。辛うじて下唇を噛んでいるのは、今にも口元からあふれ出そうな血液を防ぐためか。
彼女なりの意地か、と秀麗は心の中でせせら笑う。
『所詮、暗部もこの程度か』
「―――かも、しれないな。だが……」
そういった瞬間、女は微かに笑んだ。
その意図を理解し難い秀麗は一瞬眉を寄せたが、その瞬間に彼の仮面に僅かながらにひびが入った。
『―――貴様なりの意地か』
「ふっ……。所詮、私も……氷山の一角。
その言葉を最後まで聞くことはなく、秀麗は右手を彼女の胸元から引き抜く。
多量の鮮血が地にはい堕ち、もはや亡骸と化した女の遺体は小さな音を立てて倒れる。
左手で軽く仮面を抑え、仮面の傷跡を軽く指でなぞった。
「隊長」
『―――終わったか』
「はっ」
それだけを確認したかと思えば、秀麗は奥に向けて歩みだす。
オータムはその後ろで未だ動けずにいたが、ちらと女の遺体に目を移す。
胸元に風穴が空き、無残にも地に転がっている。ただ、その死に顔は、何処か満足したようなものであった。
(一矢報いたからか? ……むごいことをしやがる)
そういった組織だという事は知っているが、あの力は危険すぎる。
だが、目的を果たすためには―――あのような輩に続くしかないのだと改めて思う。
(嫌な役を押しつけやがるぜ、まったく……)
死体を横目に、オータムは秀麗に続いて歩みを進める。
あの姿は、自分がしくじった時になる姿だと、その胸に刻みながら—―――。