IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第五十話 ヒッカム基地襲撃戦1

「だぁー! ムシャクシャする!」

 

 そういって荒々しく椅子に腰かけ、足を組むのはカチーナ・タラスク中尉。やや―――いや、かなりの不機嫌ムードを醸し出し、今にも怒り狂いそうな様子。

 そんなカチーナの姿を見て、苦笑いを浮かべるのは相棒であるエクセレン・ブロウニング少尉。彼女はカチ―ナの怒りの原因を知っているが、それは双方ともにしょうがない事だと思う。

 

 何せ、カチ―ナがイラついている原因は、ヒッカム基地にて稼働テストが予定されている“銀の福音”に関してだからだ。

 

 先日、カチ―ナは着任の挨拶と同時に、この基地の責任者であり、司令であるグレッグ・パストラル准将に向かって、堂々とテストパイロットの件を直談判したのだが――――結果は、ご覧のとおり。

 カチ―ナの試作機に対する思い入れがあるという事はエクセレンも知ってはいるが、だからといっていきなり直談判することはないだろうと思う。

 厳格な面持ちの司令であり、融通の利かない人物ではないのだが、いきなりの発言にはエクセレンもびっくり。それに、本人はその為に此処に配属されたと言っている始末だ。

 

(だからといってねぇ……)

 

 新型と聞けば、エクセレンと言えど興味が出てくるもの。しかし、聞くところによると、稼働テストは明日に控えており、必然的に警戒レベルも上昇している。

 新型の詳しい情報は国でもトップクラスの秘匿情報であり、それこそ佐官クラスでも中々知る事の出来ない最重要機密情報だ。

 それを預かるグレッグの胃も心配だが、今は此方の方が問題なのは確かか。

 

「いい加減諦めたら~? 決まっているものはしょうがないし、此処で駄々こねてもしょうがないのは事実だし」

 

「はっ、そんな事は分かってるよ」

 

「でも、諦められない?」

 

「当たり前だ。ゲシュもいい機体だが、新型と聞いちゃ黙っちゃいられねぇ」

 

「だけど、中尉も知っているでしょ? 私たちの任務は――――」

 

「……アメリカ軍最高機密機体“銀の福音”の護衛任務、だろうが。どんな機体かは知らねえが、護衛なら“自分で着た方”がよっぽど守れるんじゃねえか?」

 

「そりゃそうだけど、それじゃあ本職のテストパイロットの仕事がなくなっちゃうわよん」

 

「知ったことじゃねえだろ。それに、最高機密機体をテストパイロット如きに任せられると思ってんのか?」

 

「だからこその私達でしょ、中尉?」

 

「……チッ」

 

 わかってはいるが、そう答えられると何も言い返せない。

 実験機であり、最高傑作と名高い軍のISに何かあった場合、その損失は計り知れない。だからこそ、こうしてエクセレン達をヒッカム基地に寄越したのだ。

 本来であれば、エクセレンと同じ隊の人間も此処に着任し、第七艦隊のゲシュペンスト部隊―――通称、『オクトパス小隊』が勢ぞろいする筈だった。

 しかし、先日のファイヤバグ事件にて小隊員の五名が負傷。現状、動けるのは隊長であるカチ―ナとエクセレンのみという惨状。

 ゲシュペンストの運用を目的としたオクトパス小隊の名は世界にとどろいているが、それをほぼ壊滅に追い詰めたファイヤバグの実力は計り知れない。

 もっとも、マリリンを捕縛したのはこの二人であるが、どちらも無傷で彼女を捕えている訳ではない。ただ、こうして動けるという事は、かなりの実力者だという事も伺える。

 

「だがよ、本当に来ると思うか?」

 

「間違いなく来るんじゃない? テスト中だと警戒が増えて厄介になるけど、その前なら、幾らかは勝算があると思って」

 

 現に、エクセレン達はスクランブル要員として、いつでも出撃できるようにこの部屋にいる。

 文句は出ても、彼女達も分かっているのだ。“混沌が仕掛けてくるのならば、今しかない”と。

 何も、わざわざ警戒網が濃くなっているテスト中を狙わず、夜を狙う。姑息な手であるが、彼等にとっては常套手段であろう。

 ただ、そんな彼等のやり方が気に食わないのがカチ―ナ・タラスクという女であった。

 正々堂々、正面からやってくればいいものを、こうして姑息な手段をとってくる混沌の事が、彼女は大嫌いであった。マリリン・キャットの時もそうであったが、組織というのは妙に姑息な手を使ってくる。

 よく言えば真っ直ぐな女であり、悪く言えばやや脳筋である。だからこそ、エクセレンの気苦労も分かるのだが、その真っ直ぐさが人を引きつける。

 代表選手を引退し、こうして軍人職に就いた当初から同じ部隊で飯を食ってきた仲だ。今更、カチ―ナの事をどうこう思わないし、それどころか信頼している。

 それは、同じオクトパス小隊の面々も同様だ。カチ―ナなしでは、今の部隊もないだろうし、彼女達は怪我を押してまで最後までこのヒッカム基地に同行する事を求めていた。

 その時の事を思いだし、エクセレンはクスクスと小さく笑む。ただ、それを見たカチ―ナは、気に入らなかったようだった。

 

「何を笑ってやがる」

 

「んー? 別に、大したことじゃないケド」

 

「だったら、アタシを見ながら笑うんじゃねえよ、気色悪い」

 

「まあ、酷い言いぐさですこと」

 

 ―――こうして口は悪いが、悪い人物ではないのだ。

 チッと舌打ちしてそっぽを向くカチ―ナが更におかしくなり、エクセレンはどうしても笑ってしまう。

 

「だから、笑うなつってんだろうがっ!」

 

「うふふ、ごめんごめん。でも、可笑しくって」

 

「ああっ!?」

 

 ガタッと椅子から立ち上がり、エクセレンに詰め寄るカチ―ナ。

 

「はいはい、落ち着いて。どうどう」

 

「アタシは馬じゃねえ! 絞めるぞ、バカ野郎!」

 

 顔を真っ赤にして詰め寄るカチ―ナを宥める様子は、まるで子供をあやす母親のよう。

 子供の対象となる人物は随分と大きいが、それもいつもの事。寧ろ、他の隊員がいれば皆でカチ―ナを茶化すところか。

 ただ、そんな折に二人の目付きを変える出来事が起こる。

 

【ビーッ! ビーッ!】

 

「「!」」

 

 それは、基地内に盛大に鳴り響くアラート警報の音。

 瞬時に二人の目付きが変わり、そえは軍人のものへと変貌するのだった。

 

【スクランブル発令、スクランブル発令。西洋方面から未確認のアンノウン飛行編隊確認。アラート待機要員は至急スクランブル。オクトパス小隊は格納庫に集合し、指示を待て】

 

 そういって更にアラートが鳴り響く。

 ただ、二人は確信する。奴等が来たのだと。未確認の飛行編隊というのは気になるが、この基地にやってきた意味が此処に来て発揮される。

 

「行くぞ、エクセレン」

 

「はいはい、やる気十分ね、隊長は」

 

「当たり前だ。あのバカ野郎共にアタシ等の実力を見せてやる。遅れんなよ」

 

「了解、了解」

 

 軽く敬礼しながら答えるエクセレンに、どうにも調子が狂うと考えるカチ―ナ。

 ただ、これはちょうどいい機会だ。ムシャクシャした気持ちを敵にぶつける事が出来ると、カチ―ナは意気込み、愛用のISを手にし、部屋を飛び出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、基地司令であるグレッグは作戦室に赴いていた。

 オペレーターたちが忙しそうに情報を処理していく中、難しそうな面持ちを浮かべている。

 

「状況は?」

 

「現在、確認されたアンノウン飛行編隊は真っ直ぐにこの基地目指して飛行を続けております。此方の警告は完全に無視され、既に西部、南部の対空システムの幾つかが機能を停止している状況であり、既に第四防衛ラインに侵入しています!」

 

「……飛行編隊の機種の類推は出来んのか?」

 

「まだ、なんとも。ただ、航空機の該当データは確認できています」

 

「モニターに映せ」

 

 言われ、オペレーターは該当データをモニターに映し出す。

 其処には一機の戦闘機が映し出されており、それを見たグレッグは思わず眉根を寄せた。

 

(これは……F-32 シュヴェールトか? アメリカでも碌に配備されていないこの機種を、敵が?)

 

 最新鋭の機種であるが、それはまだアメリカも採用したばかりの最新機種である。

 それを堂々と持ってくる辺り、敵の技術性の高さが伺える。航空機が鹵獲されたという情報は届いていない為、恐らくは彼等なりに補修を加えた全く別のものになっているか、あるいは。

 

(利害が一致する軍需産業が提供した、という考えもある)

 

 彼等の影響を恐れた者達の仕業か、あるいはいい商売になるとでも思ったか。

 軍需産業というのは、大きな戦いになるほどその利益も上昇する。自分たちの懐が潤うのならば、それはテロリストであろうが武器や兵器の提供は惜しまないという事か。

 

「このアンノウンは、依然不明のままか」

 

「はい。未確認の形状であり、現状では不明です。ISであることは間違いないのですが、それにしては聊か不可解な点もあり……断言できません」

 

「む……」

 

 言われて、グレッグは納得した。

 モニターに映し出されている物体は、形状こそISそのものである。しかし、肝心の生体部分が全く存在せず、本来ある筈の場所には機械的な何かかが存在する。

 軍のデータにも存在しないという事は、これが噂に聞く混沌の新型ISなのだとグレッグは思う。

 

(ISを出撃させている以上、向こうも本気とみるべきか。狙いは分かりきっているが、果たして守り切れるか……)

 

 この襲撃の数、もはや軍隊のそれである。

 今から増援を要請したところで、到底間に合うものではない。さらに、アメリカ軍も立て直しに必死の状態であり、望みは薄いか。

 だからこそ、あの二人を寄越した訳だが、たった二人で戦局が変わるものか。大きな戦力であることは間違いないのだが、それでも。

 

「! 司令、東の対空管制網にも反応有、です!」

 

「数は!?」

 

「約4編隊! こちらにはISは確認されておりませんが、かなりの数です!」

 

「ぬぅ……!」

 

 二方向からの攻撃。いや、もしかすれば更なる増援も予想される。

 

「司令、如何為さいますか?」

 

「……カチ―ナ中尉につなげ! オクトパス小隊を投入する!」

 

 形振り構っている暇ではないか。今は、この基地に近寄らせない事が重要である。

 

「オクトパス小隊には西部第二防衛ラインで侵入機を迎撃しろと通達! バックス隊とメリックス隊のメッサー部隊は東部第三防衛ラインにて敵を迎え撃て!」

 

「了解! すぐに各隊に通達します!」

 

 指示を出した後、グレッグは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 愚手である事は自分でも分かっている。だが、ISを抑えるためには、此方もISを投入する他ないのだ。

 それも、未確認であり、此方のデータに存在しない部類。“未確認”という事を聞けば、上層部が飛んで喜びそうな代物であるが、今のグレッグにそのような事を考える余裕はない。

 

(後は、敵がどう出てくるかだが……この嫌な予感は何だ?)

 

 どうにも悪寒がし、グレッグは腕組みをしながら考える。

 何か、見落としている気がする――――。そんな予感が、グレッグの頭に過るのであった。

 

 

 

 

『始まったか』

 

 そんなヒッカム基地の様子を、少し遠くで眺めていたのは織斑秀麗であった。

 慌ただしくあちこちをかけていく人員に、発信していく戦闘機。更に二つの光が基地から飛び出していくのを見届け、その仮面の下で笑みを浮かべる。

 

「どうやら、うまく釣られたようだな」

 

『あの基地の惨状は分かっている。碌なISもおらず、対空網もボロボロ。パイロットの腕は確かであるが、如何せん数が少なすぎる』

 

 事前の調査の結果の賜物か、その程度の情報は秀麗も知っていた。

 アメリカ軍の要所でもあるヒッカム基地であるがファイヤバグ事件は予想以上にアメリカ国内を騒がせたらしい。その点においてはあの女に感謝しなくてはなるまい。

 

『ISが出撃した以上、あの基地に小回りの利く兵器は存在しない。行くぞ、オータム』

 

「あいよ。ところで、取り巻きの仮面集団の姿が見えねえが、何処に行きやがったんだ?」

 

『彼奴等は先行し、基地内部に潜ませている。後は、此方が潜入するのみだ』

 

「相変わらず、抜け目のない事で」

 

 感心するオータムを余所に、秀麗はヒッカム基地を見つめ、嘯く。

 

『目標、“銀の福音”。さあ、狩りの始まりだ』

 

 

 


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