IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第三章
第三章プロローグ


 

 

 いつもと変わらない、平凡な朝。今日もIS学園は決まった時間に授業を開始する。

 もう何度も顔を合わせて、見知ったクラスメイト達。教壇に立って、クラスの皆に今日の連絡事項を伝える真耶。

 何も変わらない、いつもと同じような朝の始まり。ただし、一つ違う事があった。

 何かと聞かれれば、クラスの皆が一斉に同じ答えを出すだろう。その答えとは、『織斑先生が今日はいない』という事。

 通常、一年一組のHRには必ず出席する筈の千冬。しかし、今日に限って言えば彼女の姿は教室のどこにも見受けられなかった。

 入ってくるなり座れと言い放ち、圧倒的威圧感を放って周囲の生徒を黙らせる。それから淡々と連絡事項を伝えていくのだが、今日は副担任である真耶がその役割を担っている。

 副担任である真耶が連絡事項を伝えることは時々機会があったために生徒達に違和感というものは生まれない。

ただし、織斑千冬がいないという事実に気付いた時、消えていた違和感というものはどうしても芽生えてしまうものだ。

 

「―――というわけで、今日は午後からISの実習です。本日は第四アリーナにて実習を行いますので、遅れないようにしてくださいね~」

 

 はーい、という生返事に近い返事がクラスの皆から返される。

 締まらない返事に、キョウスケは頬杖をつきながら小さく息を吐く。千冬がいないだけで教室の空気が一変している事に、呆れと諦めが混ざったような、小さな溜息を。

 真耶もそれは感じているのであろう。顔にこそ出さないものの、彼女の心の中ではガックリと肩を落としているに違いない。やや引きつった感じの笑顔をしている事を、キョウスケは真耶の表情から読み取った。

 

「……では、今日のHRは終わりますね。皆さん、一時間目の準備を――」

 

「山ぴー。今日は織斑先生の姿が見えないんですけど、どうしたんですかー?」

 

 真耶がHRを終えた瞬間、一人の女子生徒が真耶に質問を飛ばした。恐らく、全員が気になっている質問を。

 皆の目が真耶に行く中、真耶は一瞬だけ黙った。言ってよいものか、と頭の中で考えているような、そんな姿のようにキョウスケの目には映ったが、真耶は一瞬だけ見せた表情をすぐに和らげてニコリと微笑み、質問を飛ばした女子生徒と目を合わせながら返事を返した。

 

「えっとですね、織斑先生は急な用事が入りまして…。それで、今日は学校をお休みするそうです」

 

「急な用事ですかー? それってなんですー?」

 

「えーっと……。いえ、それは言えないんです。ごめんなさい」

 

 ぺこりと頭を下げ、それ以上の質問を拒む真耶。

 女子生徒からすれば、いきなりの用事の内容を是非とも知りたいに違いない。しかし、真耶の表情があまりにも真剣で、それ以上は聞くに聞けず、結局それ以上は何も言わなかった。

 

(急用、か…。何があったんだろうか……)

 

 少々気にはなるものの、真耶の表情や態度から見ても言い出しにくい事かもしれない。

 とにかく、今日は織斑先生はいない。そういう事で納得し、一時間目に必要な教科書を鞄の中から取り出す。

 もう、彼の頭の中では千冬の事から次に始まる授業の内容の事へと切り替わっていた。

 

 

 

 

 

 

 墓地。

 限りなく広がっている敷地内に、無数に存在している墓石の数々。死者が眠る穏やかなる場所に、スーツを着た女が花束を持ってやってきた。

 女が着ているのは、スーツというよりも限りなく喪服に近い服装。辺りに人は誰もおらず、蝉のなく声が絶え間なく鼓膜に届くくらい。

 日差しが強く、ようやく夏を感じられる季節。梅雨も過ぎ、本格的に暑くなってくる墓地であるが、女は暑さも感じないようにゆっくりと歩みを進め、やがて一つの墓石の前で立ち止まる。

 見てみれば、女が真正面に立った墓石の前には無数の花束が添えられていた。其処に眠る―――遺骨すら、其処にはないのだが―――者に向けられたかのように供えられた花束が墓を埋め尽くし、墓を花の色で飾る。

 死んだ今でも、この時期になれば知っている人はやってくる。それが、女にとっては少しだけ嬉しかった。まだ、皆の記憶からこの人物が消えていない事に、女は柄にもなくクスリと微かに微笑んだ。

 普段誰にも見せないような小さくも柔らかな笑顔を浮かべた女は、自身も持っていた花束をそっと墓石に添え、持ってきていた線香に火をつけた。

 線香を入れ、手を合わせる。暫しの間、墓石の前で手を添えていた女は、手を合わせ終えると、くるりと方向転換をし、墓石に背を向ける。

 そのままこの墓地を去るかと思いきや、そうではなかった。女は服が汚れるのも厭わず、その場へと腰を降ろし、日光によって熱くなっているにも関わらず、墓石に背を預けた。

 

「……………」

 

 無言のまま、女は墓石をそっと撫でる。手から伝わる熱が彼女の全身を伝わるように行きわたるが、とても愛おしそうに墓石を撫でていた。

 傍から見れば、女の気が正気ではないのではと思われるその行為。ただし、女からすれば唯一過去に――いや、現在でも尚だが――愛した人物が近くに感じられるだけでよかった。

 だが、それも仮初に過ぎない。此処には、彼の遺品も遺骨だってない。共に、彼の物は失くしてしまったからだ。他でもない女の手によって。

 遺物は燃やし、遺体は見つからず。遺物を燃やしたことは後から心底後悔した。その時は何を思ったのか、思い出すのが辛いとでも思ったのか、無意識に火を放っていた。

 気が付けば、ほとんどが消し炭と化していた事も目を閉じるだけで瞼の裏に焼き付いているかのように思い出される。愛していた―――愛していたが故に、どうしようもなかった。

 

「もう、お前が死んで三年か……」

 

 もう、三年。いや、まだ三年といってもいいかもしれない。

 女―――織斑千冬の心に、くっきりと焼きついた心の傷。この先一体何をしようが、この心の傷が癒える事はない、一生の傷跡。

 墓石に刻まれている名前は『南部響介』。千冬の婚約者だった者の名前である。

 こうして千冬がこの場所を訪れたのも、今日は彼の命日だったからだ。IS学園の教師という身分を忘れ、“織斑千冬”個人として訪れたかった場所。此処に通うのも、もう何度目になったものだろうか。

 ―――数えるだけ、途方もない数字に千冬は苦笑する。

 それほど何度も訪れている場所で、何度も何度もこうして墓石を撫でた。もしかしたら、この場に愛した者が――響介がいるのではないか、という有らぬ期待を持って。

 千冬がその場に腰かけていると、一人の人物が向こう側から歩いてくる。だが、千冬はその場から立とうとせず、一歩も動かずその場に座り込んでいた。

 離れたくても離れられない。普段から気を鋭くしている千冬が、唯一女になれる場所も此処なのだから。

言いたいことがいっぱいあって。報告したいことがたくさんあって。だから、千冬は一歩も動かない。周りの目なんてどうでもよく、ただ感じていたかったのだから。

 

「……もう、来ていたのか」

 

「………。お義父さん…」

 

 力のない目を微かに上げ、千冬の目先に映った人物の事を呼ぶ。

 お義父さん。―――千冬が目の前に立った人物の事をそのように呼ぶのは、この場所限定だ。この場所だけは千冬も自然と素直になってしまうという魔法の場所に近く、彼の事も自然とそう呼べた。

 

「お義父さんも墓参りですか? わざわざ、ありがとうございます」

 

「構わんさ。ワシにとっても、彼は孫の様な存在だったからな。命日くらい覚えているよ」

 

「響介も、きっと喜んでいると思います」

 

 ゆっくりと微笑み、千冬はその場からようやく立ち上がった。

 少し名残惜しそうに後ろを向くが、いつまでもその場に座り込んでいては彼―――水無瀬大鉄の邪魔になってしまう。

 大鉄も千冬が動いたのを見計らって線香に火をつけ、それを鉢に添えてから腰を屈ませて手を合わせる。国際IS委員会理事長も、この場では千冬と同じように一人の保護者となる。

 千冬の時と違ってスケールこそ落ちるが、それでも意味合いとしては同じに等しい。大鉄に子はなく、妻も若いうちに死別した。

 織斑姉弟の後見人になったのも、そのことが大きな要因になっている。彼女等の父親であった男とは以前から交友もあり、そういった繋がりがこうなったのだと大鉄は思っている。

 別に養子でも構わなかったかもしれない。だが、自分の名前が付きまとうというのは千冬や一夏にとっても足かせになるであろうと判断した大鉄は、あえて後見人という立場を取った。

 それでも、千冬からこうして“お義父さん”と呼ばれるのは嬉しく思う。血は繋がっていなくとも、親子だという事を感じられる言葉だからこそ――。

 

「……千冬」

 

「はい」

 

「やはり、まだ忘れられんか…」

 

「……勿論です。私が唯一、この世で愛した男ですから。一生、忘れることはありませんし、この先恋をすることもないでしょう」

 

「………故に、修羅の道を進むか?」

 

「だからこそ、です。例え刺し違えたとしても、私は奴等を一人残らず葬ります。この手で」

 

「そうか……」

 

 大鉄に背を向けながら、千冬はきっぱりと答えた。

 声を聞く限り、恨みが籠っている様子はない。しかし、彼女の表情を見れば明らかだった。

 確実に混沌を恨んでおり、表情は険しく厳しい表情へと変貌している。先ほどまで浮かべていた笑顔をも消え、いるのは“復讐人・織斑千冬”の姿だ。

 大鉄はそれだけ聞くと、黙って立ち上がり、その場を後にする。千冬が大鉄を見送るという事はせず、もう一度墓石を見た後、千冬も黙ってその場を後にした。

 大鉄とは別の方向に歩き出した千冬。既に“いつもの織斑千冬”へと戻っていた。

 

 

 

「あれでよろしかったのですか、委員長?」

 

「ああ。今の千冬に何を言ったとしても聞きはしないだろうな」

 

「それには同感です」

 

 用意されていた車に乗り込むなり、座っていた黒服の女―――ヴィレッタだ―――の問いに大鉄は小さく息を吐きながら答えた。

 答えを聞いて女は苦笑を浮かべる。まるで、答えが分かっていたかのように笑んだヴィレッタ。しかし、すぐに顔を険しくさせると大鉄の耳元に近付いてもう一つ問う。

 

「……いつまで彼女に事実を伏せておくおつもりですか?」

 

「……………」

 

 何も答えず、目を閉じて押し黙る大鉄。

 ヴィレッタは大鉄から離れるが、やはり言い出すタイミングが難しいのだと判断した。いや、言いだそうにも言える筈のない事だという事はヴィレッタでも分かっている。

 

「……この事実は、暫く伏せておくことにしている。口出しは無用だ、ヴィレッタ」

 

「ですが……」

 

「それにな、ヴィレッタよ。もしも“この事実”が明るみになり、千冬の耳に届けば―――千冬がどんな行動をとると思う?」

 

「…………考えるだけ恐ろしいですね」

 

 控えめに口にするヴィレッタ。大鉄も軽く頷き、車を出すように指示する。

 車はゆっくりと走りだし、やがて加速して道路を道沿いに走り始める。暫しの間無言だった両者だが、先に口を開いたのは大鉄だった。

 

「“マイ”の容態はどうだ?」

 

「ショックが強かったのか、未だ昏睡状態。最悪、このまま植物人間状態になる可能性もあると…」

 

「そうなった場合、まさに生きた教本になってしまうな。彼女には悪いが…」

 

「させませんよ、そんな事は。私が守りますから」

 

 ヴィレッタは大鉄の目を強く見て、力強く答える。

 生きた教本―――無論、そのままの意味だ。マイと呼ばれた人物は混沌のメンバーの一人であるレビ・トーラーの事であり、十年前に壊滅した特脳研の生き残り、更に被検体の一人である。

 それが植物人間状態になれば、その力を解析しようと人が集まる。非人道的な実験を幾度となく繰り返され、もはや再起不能になるマイの姿を思い浮かべたのであろう。

 涼しげな表情をしているものの、胸のうちではそんな事は絶対にさせないと息巻いているのだろう。大鉄にもその決意は伝わってきており、それ以上は何も言わない。

 

「……マイの事は君に任せる。要件を別件へと移すが………“0”の行方は掴めたのか?」

 

「探知は至難の業です。ようやく居場所を突き止めたとしても、向かってみれば蛻の殻というのは何度もありましたから」

 

「やはり、そう簡単に尻尾は掴ませてはくれんか。だが、現在の混沌の上層部に近い人間だ。必ず、探し出せと連絡を」

 

「それは勿論ですが………やはり、先ほどの件も絡んでいるので?」

 

「……否定はできん。だからこそ、早く捕まえなければならないのだ」

 

 ヴィレッタは微かに頷き、何処かに電話をかけ始める。

 大鉄は目を伏せ、何かを考え始める。その内容を、隣にいるヴィレッタは少しだけ考えたものの、電話先の相手と繋がった為に断念せざるを得なかった。

 

「ヴィレッタだ。例の件についてだが―――」

 

 

 


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