IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】 作:ダラダラ@ジュデッカ
「―――受諾。此方、クラリッサ・ハルフォーフ大尉」
『あ、ああ……クラリッサか。久しぶりだな……』
ラウラが日本に飛び立って早数週間、自室にて筋トレを行っていたクラリッサに突如としてプライベート・チャネルが開かれる。
特に驚くことはない。定期報告か何かかと思ったクラリッサは筋トレを中断し、すっと立ち上がると直立不動で向こう側からの声を待つ。
相手は勿論というべきか、クラリッサの上官でもあるラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女自身、ISのプライベート・チャネルは親しい―――というより、個人的な回線は上官であるラウラにしか教えてはいない。
上からの命令は文章で来る。故に必要などない。いや、上の人間からプライベート・チャネルで通信が来るなど考えられる筈がない。
しかし、クラリッサは通信に出たものの違和感を感じた。なんだか、いつもと様子が違うのである。
滅多な事で通信などしない方だ。氷のように冷たい表情を崩さず、何処から出てくるのか知らないが、やけに自信満々に命令していた上司。それが、なんだか妙な声を出している。違和感しか感じない。
「む…。隊長ともあろうべきお方が所属と階級も仰らないとは…。如何なさいましたか?」
やや眉を寄せ、クラリッサは通信越しにラウラに尋ねる。プライベート・チャネルとはいえ、あのラウラが所属と階級を飛ばしてまでいきなり名前を呼んでくるとは。
これは、非常にまずいのではないか。ラウラに、何かまずい事態が起こっているのではないか。
クラリッサはまずは落ち着けと自分に言い聞かし、彼女の返事を待つ。しばらくすると、再びラウラからの声がクラリッサの耳に届いた。
『う……うむ。その、クラリッサ? お前に尋ねたいことがあるのだが……』
「尋ねたいこと? なんでしょう、隊長」
間を置かず、すかさず返事を返すクラリッサ。なんだか向こう側でラウラが言いにくそうにあーだのうーだの言っているが、そのことに言及はしない。ただただ、ラウラの返事を無言で待つ。
『その、だな………じ、実は………その………えっと』
(……本当にどうしたのだ、隊長は。何かいけないものでも食べたのだろうか…?)
こんなラウラの様子は、クラリッサでさえ見たことがない。いや、誰も見た事などないだろう。
何に悩んでいるのか分からないのは当たり前だが、向こう側で言いにくそうにもじもじと体をクネクネさせているラウラの姿がクラリッサの脳内で思い浮かべられる。
「……隊長?」
『あ、うん……。こほん。クラリッサ……お前は、誰かに恋をした事があるか……?』
(―――――!!!??? こ、ここここ鯉……だと!?)
クラリッサ、字を間違うほどの衝撃を覚える――!
いや、それほど衝撃的事実だ。だが、すぐにあちら側に誰がいるのかを考え―――内心動揺してしまった自分に呆れたように嘆息を吐く。
そうだ。ラウラが本気で愛しているのは師である織斑千冬の筈。それは本人も豪語していた事だ。まさか、見ず知らずの男などに恋心を抱く等―――地球が滅亡しようがありえない事だ。
乾いた笑いが自然と出てしまう。なにを、馬鹿な事を思い浮かべていたのだろうか。
「ふぅ……。相変わらず、隊長は織斑千冬大好きの百合っ子なんですね。申しわけございませんが、百合は帰っていただけないかと……」
『ち、違う。そのだな……じ、じちゅ…ううん! 実はだな……お、おお…男で気になる奴が……出来てだな……』
「はっはっはっ。またまたご冗談を。誰もが認める百合っ子であられる隊長が、男に興味などある筈がありますまい」
『じ、事実だ。お前は上官を――――私を、う、疑うのか?』
「……………え? 事実なのですか?」
『だからそうだと言っただろう。それでだな……その、男との付き合い方がいまいち分からなくて……クラリッサならば、私よりもそういう事を知ってると思ってだな……』
「…………」
何故だろう、今物凄くクラリッサは叫びたかった。驚きの声を上げたかった。が、人間あまりにも驚くと声など出ないのかもしれない。まさに、そんな感じだった。
未だに信じられないが、画面の向こうのラウラの声からしてもしかすると事実なのかもしれない。いや、もしかしなくても事実なのかもしれない。
ラウラはこんな冗談を言わない。いや、冗談でもこのような事は言えない人だ。
「隊長、少々お待ちください。少し、心の整理をいたします」
『こ、心の整理…? なんだ、それは?』
「すぐに終わりますので、少々お待ちを。では」
そういって、クラリッサは一方的に保留状態にし、ふぅと小さく息を吐いた。
そうか、あのガチな百合っ子が遂に現実に目覚めたというべきなのだろう。喜ばしい事だが、いきなりの事で少々動揺している。いや、そもそも日本で何があったのだろうか…?
(しかし……まさか隊長に先を越されるなどと思ってもみませんでしたが…)
実はこのクラリッサ、生まれてこの方恋などしたことがない。
いい年齢なのにもかかわらず、いい話などは上がってこない。本人が『男などいらん。私は今を貫く!』などといっているのもあるが、周りに女性しかいないのも原因の一つなのかもしれない。
いや、結婚願望がないわけじゃない。実はクラリッサにもそれくらいはある。あるのだが―――条件は“自分よりも遥かに強い人”だ。肉体的にも、精神的にも。そのくらいでなくては困る。
あまりにもハードルが高すぎて、近づいてくる男がいない。だらしないとクラリッサは呟いているが、それだけは譲れない。
―――いや、今はそんな事を思い浮かべている場合ではない。クラリッサは保留を切ると、もう一度ラウラと会話をし始めた。
「それで、隊長。その気になる男というのは?」
『その……な、南部響介といってだな……。そ、そいつが今、どうしても気になる…』
「oh……」
憎しみを超えて愛にでもなったのか? 実に歪んだ愛だなとクラリッサは聞いた瞬間に思った。
それもそのはず、その男は確か織斑千冬の婚約者の筈。いや、新たに現れたという千冬の婚約者そっくりの男で間違いないだろう。
「……隊長、その男は隊長にとって抹殺対象だったのでは…?」
『じ、事情が変わった。…ともかくだな、クラリッサ。そいつの気を引きたいんだが……どうすればいいんだ? あまり、私には分からなくてだな…』
「…………ふむ、気を引くですか…? ああ、そうだ。隊長、私が愛読している日本の少女漫画にこのような記述があります」
『それはなんだ、クラリッサ!?』
「まあ、そう急かさず。そうですね、日本では、自分の気に入った相手を『自分の嫁にする』という風習があるそうです」
『よ、嫁だと!? いきなり大胆な発言ではないか…?』
「しかし、お前は自分の所有物だという事を相手にも、そして周りにも納得させるのには最適な言葉だと私は考えています。隊長、試してみてはいかがでしょうか? 隊長が面と向かって相手に仰れば、相手は簡単に堕ちるかと」
『そ、そうか! 助かるぞ、クラリッサ!』
パァァと笑顔を振りまいているような気がした。クラリッサはうんうんと満足そうに頷いて、再びラウラに激励を飛ばす。
「それから。嫁にする宣言をした後の接吻も効果的です」
『せ、接吻!?』
「はい。これは今から私の所有物だ、誰も手出しするなという証を明確に見せるために有効です。それを見せつければ、周りも隊長を祝福するでしょう」
一体どんな漫画を読んでいるのだろうか、この子は。
『証を見せる…。なるほど、流石はクラリッサだ。お前に相談して良かった』
「お喜びいただき私としても喜ばしいです。では隊長、ご武運を」
『ああ!』
やけに元気よく返事をし、回線を切るラウラ。
直立不動だったクラリッサは姿勢をといてベッドの上に腰かけると、深々と嘆息する。いや、改めて考えてみるとラウラに先を越されたのが少々堪える。
「隊長も乙女か……」
似つかわしくもない言葉を呟いた後、自分の発した言葉のクサさに頭を抱えたクラリッサだった。
■
「失敗した……」
『失敗? 隊長ともあろうべき御方が一体どうなされたのです?』
翌日、沈んだ声でラウラはクラリッサにプライベート・チャネルにて回線を開いていた。
向こう側からはやや驚いたクラリッサの声。しかし、今のラウラは少々沈んでおり、クラリッサの驚き交じりの声にも動じることなく言葉を続ける。
「お前に言われた通り、皆の前で嫁にすると言ったんだ。だが、接吻をすることが出来なかった……」
『なんと……! まさか、隊長の接吻を拒んだと!?』
「いや、違う。阻まれた。あの金髪の女に」
『………。まさか、恋のライバルが?』
「ああ……」
まあ、それに関しては最初から分かっていた。
しかし、ああも簡単に阻止されることになるとは、ラウラといえども少々堪えたのかもしれない。周りには見せてなどいないが。
『なるほど…。では、そう簡単には隊長の所有物にはならないかもしれませんね』
「そ、それは困る! どうにかしなくては……!」
焦るラウラ。ただし、クラリッサの言葉は尚も続く。
『落ち着いてください、隊長。私は“簡単に”といったまでで、決して隊長の物にならないとは申し上げておりません』
「だ、だが! 私がこうしている間にも響介がとられてしまうかもしれないのだぞ!」
『ですから、その方の気を引くのです。前の定期報告のお話から伺いましたが、隊長とその男は相部屋だそうで』
「あ、ああ……。そうだが」
『ですから、それを逆手に彼の気を引くのです。私にお任せください、隊長』
私に秘策あり、とでも言いたげな声でクラリッサがやけに自信満々でラウラに助言を送る。
ラウラはクラリッサの言葉を信じ、その日から行動を実行したのだった―――!
■
「……そのクラリッサという人に従った結果がこれまでの行動だった、という事か?」
「ああ、そうだ。どうだ、響介よ。どうだ、どきどきしただろう?」
自信満々に話す姿に、キョウスケは黙ってうな垂れた。
ラウラの話を聞く限り、今までの奇怪な行動は全てクラリッサによるものだろう。シャワー室の扉をわざと半開きにして覗かせようとしたのも、全裸でベッドに潜りこんで来る行動も。
「だが、当のお前は覗こうともせずに無視し、ベッドに潜りこんだ私に対して服を着ろと言った。私は覚悟を示しているのに、何故お前は私を襲わない!?」
「……すると思っているのか、お前は?」
「ああ。きせーじじつ…だったか? それを作ってしまえば問題ないとクラリッサは言っていたからな」
「…………」
胸を張ってとんでもない事を言い始めたラウラに、キョウスケはもう一度うな垂れ、今度は嘆息する。
毎日、こんな生活は勘弁だ。心臓に悪いというべきか、なんというべきか。少なくとも、いつも以上に疲れがたまる。主に精神的な疲れが。
「…お前はこれからもこんな事を続ける気か?」
「当然だ」
「………………」
言葉が出ない。妙に胸を強調しているラウラが、キョウスケにとって何故か眩しかった。