IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第四十一話 監視

「……ん」

 

 最初に目に映ったのは、白い天井であった。

 汚れ一つない、綺麗な天井。ぼんやりとした表情で暫くその白い天井を眺めるが、眺めているうちに意識がはっきりと覚醒していくうちに、彼女はハッと目を見開き、寝かされていたベッドから飛び起きる。

 

「ぐっ! いっつ……」

 

 だが、起き上がった瞬間に彼女を待ち受けていたのは、全身の痛みに加えて頭痛ときたものだ。

 頭を軽く押さえ、更には痛みに悲鳴を上げている体をも抑え、苦悶の表情を浮かべる。

 

「あら、篠ノ之さん。随分と遅いお目覚めだったわね」

 

「……? 如月、先生……? どうして、ここに……?」

 

「どうしてって、ここは保健室だから当たり前でしょ」

 

 ふふと軽く微笑み、篠ノ之箒の方へと近づいてくる遥。

 箒は状況が理解できない様子で頭を押さえていたが、やっと少しは冷静になれたのか、彼女に問いかけた。

 

「あの、試合はどうなったんですか? 私は……」

 

「ん? ああ、決勝戦のことね。残念だけど、決勝戦はアクシデントにより中止になったわ。再試合も行わないみたいだし、優勝者なんてもってのほかよ。

 で、貴方はその煽りを受けて三日三晩寝込んでいたってわけ」

 

「……三日、ですか」

 

「ええ。体の方もそれなりにダメージを受けているみたいだったけど、それぐらいだったらここで安静にしていれば自然と治る筈だから」

 

 と、遥は簡単に言ってくれるが、箒にしてみればかなり全身が痛い状態。

 文字通り体が悲鳴を上げている状態であるが、だからといって遥が何もせずにそのまま放置したという訳ではない。

 自身の体を見てみると、いたる所に包帯が巻いてあり、いくらかのあざも確認できる。そして、頭痛もおさまっておらず、遥の話も半分ほどしか入ってこない。

 

 しかし、中止という言葉を聞いた時、箒の口から自然とため息が漏れたのは事実であった。

 三日。短いようで、それだけ長い間眠っていたというのか。

 意識を失う前、覚えているのは“姉”の顔。無表情且つ壊れた人形のように語りかけてきた彼女の言葉は、今でも忘れる事はないはず。

 

「…………?」

 

 そう、思い出そうとした。なのに、その言葉が全くと言っていいほど“思い出せない”。

 

「――――」

 

 恐ろしい言葉を投げかけられた筈だ。彼女の言葉一つ一つに恐怖を感じ、悪寒が止まらなかった筈なのに。

 それにも関わらず、“思い出せない”。あのシステムの機動の言葉も、束が箒に投げかけた言葉全ても。

 

「おもい、だせない……?」

 

「ん? どうかした、篠ノ之さん?」

 

「……いえ」

 

 ポツリと呟いた箒を気にした遥であったが、箒はゆっくりと首を振って否定する。

 記憶に混乱が見られるのか。いや、そもそも、自分があの場で一体何をしたのか。

 

(思い出せない……? いや、思い出す事を私自身が否定している……?)

 

 ずきりと、箒の頭が痛んだ。

 その感覚が嫌で、箒は頭を抱え込む。思い出したくない。だが、それでも何があったのかを知りたい。

 矛盾しているようにも見える思考だが、現在の箒の頭の中はこれまでにもなくグチャグチャだった。

 いや、過去に一度こういった体験をしたことがあるか。それは―――。

 

「其処までにしておきなさい、篠ノ之さん」

 

「……先生」

 

 頭を抱え込んでいる箒を見て、遥は察したのか。箒は虚ろな目をしながらも遥を見上げる。

 

「無理に思い出す必要はないわ。思い出したところで、貴方が後悔するだけよ」

 

「ですが……私は……」

 

「今は、ゆっくり休みなさい。まだ、貴方の身体は万全ではないのだから」

 

「―――はい」

 

 まだ、何かを言いたげにしていたが、箒は口を紡いだ。

 下唇を軽く噛みしめ、かけられていた白いシーツをギュッと力強く握る。こんな事になってしまった原因である自分自身の事を悔いているのか、それとも。

 

 そんな様子の箒を尻目に、遥は静かに保健室から出ていく。

 今は、箒を一人にさせておいた方がいいだろうと踏んだという事もあるが、それ以外にも目的はある。というのも、それは隣の部屋に待機していた人物に用があるから。

 コンコンと二回ノックをした上で、遥はドアノブに手を掛けてその部屋に入室する。最新鋭の技術で建造されているIS学園であるにも関わらず、自動ドアではないのは遥の要望だという。

 

「失礼します」

 

「うむ。篠ノ之箒が目を覚ましたか」

 

「はい。ですが、やはり記憶に欠落が見られます。この事から察するに、篠ノ之箒が搭乗したISに搭載されていたのは、“デストロイシステム”に間違いないかと」

 

「“デストロイシステム”、か。このタイミングで仕掛けてきたか……」

 

 その場にいたのは、水無瀬大鉄。険しい面持ちで腕を組み、何かを思いだすかのように天井を見上げていた。

 その表情は、忘れもしないといったような、そんな感じであった。軽く拳を握り、目元もやや険しくなる。

 

「やはり、奴か」

 

「ええ。篠ノ之箒が接触をした時点である程度は予想していましたが、まさかここまでとは……」

 

 監視。それは、ある程度当然であるといえばそうなるであろうか。

 篠ノ之箒は、世界的指名手配犯である篠ノ之束の妹である。いつかは彼女と接触すると読んでおり、大鉄は遥に命じて箒を監視させていた。

 もっとも、束の使いは取り逃がしてしまい、箒も束に利用される形で負傷した。もはや、束が箒に接触する事は考えにくい。

 

「あの女は我々の予想をはるか上にいく。この度の騒動も、全ては計算されたものであろう。だが……」

 

「問題は、この光景を“本当に見せたかった”人物が現場にいなかったということ、ですか」

 

「ああ。これを、千冬に見せる訳にはいかん。いや、思い出させるわけにはいかないと言った方っがいいか。

 このタイミングで混沌もこちらに接触してきたのは、不幸中の幸いか」

 

 大鉄の顔が更に険しい表情へと変わる。

 そう、今回の束の狙いはIS学園の会場を混乱させる事ではない。更に言うならば、束が口に出した事もある程度真実を含んでいるとはいえ、それが真意という訳ではなかった。

 では、何が目的か。答えは一つ。

 

“システムを起動させた光景を、織斑千冬に見せるということ”。

 

「妹まで利用して、千冬に、ですか」

 

「あれが千冬に固執する理由も分からない訳ではない。いや、固執するのも当然であるといえるか」

 

「……南部、響介ですか」

 

「――――ああ」

 

 それ以外に、束がここまで千冬を狙ってくるとは思えない。

 まだ彼が存命であれば、現在の束を止められたかといえばそれこそ難しい質問であるが、こうして指名手配されるまではいかなかったかもしれない。

 すべては憶測であるが、それだけの事をやってきた女だ。過去も、そして現在も。

 

「ともかく、篠ノ之箒の監視はこれまで通りに。もはや、意味を成さないかもしれないが」

 

「それは承知しています。しかし、これでいいのですか?」

 

「―――これでいいとは?」

 

 遥の言葉の意味を理解しているのか、それとも理解しているうえで大鉄がそのように聞いたのかは分からない。

 しかし、大鉄はしっかりと遥の目を見た上でそのように問い、遥も大鉄の視線に息を吞みそうになりながらも、尋ねた。

 

「千冬の事です。真実を知った時、恐らく……いえ、確実に彼女の心は……」

 

「だからこそ、篠ノ之束を一刻も早く捕える必要がある。あの時の事件を千冬に思い出させようとしているのは、奴だけだからな」

 

「…………」

 

「無論、あれを野放しにしておけば世界が危険なのも承知の上だ。が、ワシはIS国際委員長という立場の前に、親でもある。

 娘を陥れようとしている輩を許すことは出来ないのだよ」

 

「ですが……」

 

「分かっている。しかし、知っているからこそ千冬に事実を教えたくはないのだよ。

 世間では鋼の女とも呼ばれているらしいが、“彼”の事となると話は別だからな」

 

「そう、ですね……」

 

「ああ見えて、未だに切り替えが出来ておらぬ。混沌に固執するのもそれが原因だ。

 だが、ワシはあの子を止められぬ。故に、あの子が足を止めぬよう、ワシなりに全力を尽くすのだよ」

 

 そういって大鉄は遥の肩を叩き、部屋から出て行ってしまう。

 遥はその後姿を見送っていたが、その姿はどうにも寂しそうに見えた。そして、大鉄ですら千冬を止める事は本当に出来ないのだと感じる。

 

 憎しみ。この感情が、織斑千冬を狂わせた。

 

 ある程度、織斑千冬という人物を知っている遥も、ここ数年の彼女の行動は異常だと感じる。

 復讐という二文字に憑りつかれた悪鬼、とでもいうべきか。目的のためにはなんだってする人物に、彼女は変貌してしまった。

 そして、それはまた今回も。教え子を利用する事によって、混沌の一人をおびき寄せたと聞いている。

 其処までして混沌にこだわるのは、やはりあの男の存在ゆえか。しかし、大鉄が止められるぬならば、当然遥が千冬を止める事など出来ない。

 

「……千冬、貴方は……」

 

 真実を知った時、千冬は何を思うか。

 壊れてしまうか。それとも、そんなことなど関係ないと千冬は更に復讐の鬼と化すか。

 

 果たしてどうなってしまうのか。それは、今の遥には当然分からない事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 場所はもう一度保健室に戻る。

 といっても、箒がいる病室ではなく、もう一つの保健室といった方がいいのか。箒がいる保健室が第一保健室ならば、こちらは第二保健室というべきか。

 というのも、今の箒を誰かと相部屋にするのは危険だと判断したからである。彼女自身も混乱し、記憶にも若干の欠落が見える以上、外部からの刺激は非常に危険だ。

 というわけで、第一保健室は事実上箒の貸切状態である。

 では、この第二保健室には誰がいるのかといえば、金髪の女とこの学園に二人しかいないと言われる男の一人。つまるところ、南部響介とセシリア・オルコットの二人であった。

 

「…………」

 

 セシリアがこの病室に運び込まれてはや三日が過ぎていた。箒とは違ってセシリアの方は目を覚ましていたが、今は眠っているのか目を閉じて穏やかな寝息を立てている。

 しかし、彼女もまた箒と同じく絶対安静と診断されている。本人は不服そうな表情をしていたが、たまには休むことも必要だとキョウスケが諭したところ、意外にも素直に応じた。

 といっても、セシリアの懸念は学校に出席できないということではないという事は、キョウスケも察していた。が、それが一体なんであるのかという事は未だに聞くことは出来ていない。

 いや、聞く必要などないか。それはセシリアを追い詰めてしまった原因でもあり、学年別トーナメントに向けて必死に調整していた彼女を更に追い詰めてしまう結果になるかもしれない。

 

(無理はするなと、あの時にいったはずだが……)

 

 セシリアの性格上、それは無理な相談か。今回もまた、彼女は誰にも話してはいない。キョウスケにすら相談することなく、一人で混沌の一人であるレビと死闘を演じている。

 心配させたくなかったのか、それともプライドが邪魔したか。しかし、何も言わずに勝手に傷ついて戻ってくるのは、流石にキョウスケといえども憤りを感じた。

 

(心配をかけたくはなかった、か。お前が運び込まれたと聞いた時は、どんな感情を抱いたか……)

 

 大会があのような形で収束した後、セツコが慌ててキョウスケの元に駆け込んできた時、キョウスケはどんな感情を抱いたのか、思い出しても思い出せない。

 それこそ憤りか、不安か。少なくとも、安心したという感情はない。

 気が付けば病室に駆け込んでいたし、何人もの大人に落ち着けと窘められたことか。

 そして、セシリアの眠っている表情を見た時――――その時、ようやくキョウスケは安堵した。無事でよかったと、そう思えた時だった。

 

「ん……」

 

 そこまで考えたときか、セシリアが微かに声を出し、ゆっくりと目を開けた。

 

「おはよう、セシリア。随分と遅いお目覚めだな」

 

「ん……響介さん……? ―――きょ、響介さん!?」

 

 いきなり視界に映ったキョウスケに驚いたか、セシリアは痛む体の事も忘れてガバッと起き上がり、シーツを口元まで持ち上げている。

 何をそんなに恥ずかしがっているのかとキョウスケは思ったが、セシリアにとっては一大事である。

 いや、目を覚ませば想い人が目の前にいるという幸せな事ではあるのだが、それよりもこんな無防備な自分をキョウスケにみられるのは、やはり恥ずかしいものである。

 そんな事など今更であるようにも思えたが、セシリアはそうは思っていない。

 

「み、見ました……?」

 

「何をだ?」

 

「その……わ、わたくしの寝顔を……み、見たと聞いていますの」

 

「ああ、見たと言えば見たことになる。いけなかったか?」

 

「い、いけないという事はありませんが……その、わたくしの準備が出来ていなかったというか……」

 

「…………?」

 

 モゴモゴと小声で話し始めるセシリアに、キョウスケは少し首を傾げた。

 別に寝顔など見られて減るものではない。まあ、驚かせてしまったのは申し訳ないが、ここまでの反応をされると気になってしまう。

 嫌がられている訳ではない―——ならば、恥ずかしかったという訳か。よくみれば、顔も少し赤くなっており、人には見せられない表情になっていた。

 

「と、ともかく! いきなりなんて卑怯ですわよ、響介さん!」

 

「あ、ああ。驚かせてしまったのならばすまない事をした。許せ」

 

「謝ってほしいわけではないのですが……それより、もう学校は終わったのですか?」

 

「ああ。外を見てみろ、もう夕方だ」

 

「え……?」

 

 言われてセシリアが窓の方を見ると、キョウスケの言う通りに日没が近いような外の景色であった。

 窓から見える景色は、ここ数日何度も見てきたIS学園の景色。昼間の静かな景色とは違って、何処かざわめいたような景色に、セシリアの胸は少し痛くなった。

 

「……そんなに眠ってしまったのですね、わたくしは……」

 

「そうだな。時間は、早いものだ」

 

「…………」

 

 そう、時間は早い。

 過ぎ去って行く時間が速くて、セシリアは戸惑う。今まで、こんな事を気にした事などなかったというのに。

 早く、早く時間など過ぎてしまえばいい。そう、今までは思っていたというのに。今は時間が過ぎ去って行くのが惜しい。

 キョウスケと共に過ごす時間が惜しいのか。それとも、この過ぎ去って行く時間で、自分が置いていかれると感じたのか。

 

 ちらとキョウスケの方を見る。

 毎日のようにキョウスケはこうしてセシリアの見舞いに来てくれる。何気ない話でも、セシリアにとっては幸福感に満ちていた。

 そして、この幸福感を何時まで味わっていられるのかという、不安も。

 

(恐らく、わたくしが学年別トーナメントに出場できなかった事は本国にも伝わっている筈。

 ―――結果を出せというラグナー卿の言葉が守れていない以上、わたくしは……)

 

 その先は考えるまでもない。

 あの男は本気だ。それに、まだセシリアの母が存命の頃、その母と対立していた事実もあり、現にオルコット家に対するラグナーの風当たりは強い。

 今でもオルコット家を目の仇としており、娘であるセシリアの事も恨んでいるに違いない。

 学年別トーナメントに出場できなかったという事実は、ラグナーにとっては好都合の筈だ。

 

(あと、どのぐらい此処に留まっていられるのでしょうか……)

 

 不安と焦燥。通知が来るのはいつか、そんな事ばかり考えている自分が嫌になる。

 しかし、嫌でも考えてしまうのが現状だ。この保健室で一人の時、何度その事を考えてこのような気持ちになったか。

 

「はぁ……」

 

「最近、よく溜息を吐いているな。何かあったか?」

 

「そう、ですわね……。―――体を動かせないと、響介さんの指導が出来ないので、そのせいかもしれませんわ」

 

「お前に言われずとも、俺は俺でやっている。まあ……お前がいないと物足りないのも事実だが」

 

 無理に作った笑顔と、言葉。キョウスケは素直に返しはしたが、何か思い詰めている事などすぐに察せる。

 しかし、無理に聞き出す事も出来はしない。彼女が自分から話してくれるまで、キョウスケとしては待つしかない。

 彼女が何でも相談してくるとは言い難い。だからこそ、待つしかないのだ。

 

 と、その時だったか。急に保健室のドアが開く。

 

「おい、南部響介はいるか?」

 

 と、入ってくるなりいきなりキョウスケの名前を呼び始めたのは、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 といっても、現在この保健室にはキョウスケとセシリアしかいない。ラウラはすぐにキョウスケの姿を見つけると、彼等の元へ歩み寄った。

 ただ、ラウラの姿を見た途端、セシリアの表情がやや険しくなった。

 

「なんだ、ラウラ。俺に用か?」

 

「ああ、あの変人―――――いや、大倉がお前と私を呼んでいる。すぐに第四アリーナまでこいとな」

 

「第四アリーナ? IS関連か?」

 

「さあな。では、私は確かに伝えたぞ」

 

 伝言を伝えるだけ伝え、ラウラは踵を返して保健室から出て行ってしまう。

 一体なんだと思ったが、これでもキョウスケに対する話し方は砕けた方か。

 当初ならば、今の言葉ですら殺意にまみれ、最後には舌打ちすらしたであろうから。

 

(しかし、いきなりの呼び出しか……。まだ帰ってなかったんだな、あいつ……)

 

 学年別トーナメントが終ればさっさと帰るものだと踏んでいたが、未だ大倉はこの学園内に留まっているらしい。

 何か目的があるからこそ、こうしてキョウスケを呼んだのであろうが、ラウラまで呼ぶとは一体どういう事なのだろうか。

 

「まあ、考えても仕方がないか」

 

 はぁと軽く溜息に近い息を吐き、キョウスケは立ち上がる。

 その後ろ姿を、セシリアは少し寂しげに見つめる。普段ならば自分も行くと言い出していそうだが、この体だ。流石に無理をするわけにもいかないから。

 

「すまないな、セシリア。今日はこれで帰る事になる」

 

「……ええ。全く、こんな時間まで響介さんを呼び出すなんて、あの人は一体何を考えているのでしょう?」

 

「そうだな。だが、奴は一応俺の雇い主だ。無碍には出来ん」

 

 いつものことだしなとも付け加え、キョウスケはそのまま歩き出す。

 去りゆくキョウスケに、セシリアは手を伸ばしかけたが、それもすぐに引っ込める。いってほしくはないが、彼女が止めたところで止められるものではないと理解していたから。

 

「また、明日だな。あまり無理はするなよ、セシリア」

 

「―――ええ、分かっていますわ。また明日ですわ、響介さん」

 

「ああ」

 

 最後に笑顔を作り、キョウスケを見送るセシリア。

 一言だけ言って、キョウスケはさっさと出て行ってしまうが、その後姿を見送った後、セシリアの口から小さく息が零れる。

 

「また、明日……ですか」

 

 何気ない言葉が、とても残酷に聞こえる。

 寒気がする。悪寒が止まらず、思わず両腕で自分の身体を抱きしめた。

 

(響介さん……わたくし……わたくし……)

 

 小刻みに体が震え、押さえつけようとしても抑えられない。

 怖くて、虚しくて、悲しかった。一緒にいたいのに、また孤独な夜がやってくる。

 

「響介さん……響介さん……! うぅっ、ぐすっ……」

 

 依存しているつもりはない。だが、誰かにいて欲しかった。いや、あの男ともう少し一緒に過ごしたかったのだ。

 声を押し殺し、嗚咽がもれる口を押える。

 止めようとしても零れ落ちる雫を、抑える方法があったら教えてほしいものであった。

 

(わたくしは……わたくしは……!)

 

 止め処なく落ちる涙は、暫く収まる事はなかった――――。

 

 

 

 

 

 

 


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