IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第三十八話 崩壊

「ああ、かかってこい。私は……逃げも、隠れもしない! この皇で、私はお前を超えて見せるぞ、南部ッ!」

 

 ああ、なんて体が軽いのだろう。

 まるで重りがついていたように鈍く、思い通りに動きもしなかった皇が、先の行動によってようやく箒のいう事を聞いた気がした。

 長刀を携え、キョウスケに迫る。体はふらふらで、受けたダメージによって意識も若干朦朧となる。

 だが、この状況が箒にとって、何処か心地の良いものとなっていた。

 

(このISがあれば……! もう、足手まといなどにはならない!)

 

 これまで、打鉄しか使用できなかった。

 専用機が扱える一夏や、キョウスケに対して劣等感や嫉妬を抱いたこともある。それがどんなに無駄な事だと気が付いていても、それでも抱かざるを得なかった。

 自分もISを、自身の専用のISを持てば、こうはならない、と。

 だから、今の状況が凄く嬉しく、楽しかった。姉である束から受け取ったISではあるがそれでも。それでも、初めて自分が手にした力なのだから。

 

「おおおおおっ!」

 

「……っ!」

 

 来る。

 箒が突っ込んでくるのを目視で確認し、キョウスケは再度身構える。

 先の反撃でアリーナの壁にぶち当たったが、その程度の事は実を言えば大したダメージではないが、油断は禁物だ。

 敢えて動きはしない。ただ、キョウスケは冷静に箒の動きを読んでいた。

 

 突っ込んでくるスピードは先ほどと比べれば、速い。次の一撃で全てをかけるつもりなのだろう。

 

(……なら、それに応えよう。第二ラウンドは……)

 

((一撃勝負!))

 

 両者ともに、考える事は同じだ。

 長期戦にすれば、いくら専用機同士の戦いとはいえ、まだ不慣れな箒が圧倒的に不利。だったら、次の一撃で勝負を決めるほかないのだ。

 皇の持てるスピードで突っ込んでくる箒は、まさに鎧武者そのものだった。昔の日本という国にいたという、侍。何処かで見たことのある様なビジョンが、ついつい彼女と重なってしまう。

 

「ふう」

 

 そう思った時。キョウスケは、ふうと少しだけ息を吐き出した。

 気が付いたのだ。自分が、勝負に急いでいると。冷静になっていると、自分に嘘をついて。実を言えば、箒に釣られて熱くなった自分がいる事に、彼は気付いた。

 相手の感情に飲まれるというのは、あまりいいことではない。いや、キョウスケ自身も箒との勝負を楽しんでいた、という解釈も出来るが。

 そして、箒がキョウスケの前にやってくる。今持てる全ての力を振り絞り、彼女はキョウスケに対して剣を振るった。

 

「はあああっ!!」

 

(悪いな、篠ノ之――)

 

 キョウスケは、振り下ろされる斬撃の軌道を読み、鈍いはずの機体をこの時ばかりは機敏に稼働させ、斬撃を紙一重にて回避する。

 

「避けた!?」

 

キョウスケならば、真っ向勝負を挑んでくると踏んでいた。

 いや、その一点に拘ってしまったのが仇になったか。

 

(残念だが、こちらも)

 

 回避する行動をするのと同じく、彼は右肘を折りたたみ、右腕に力を込める。

 目標は目の前のIS、皇の胴体部分。隙を見せたその部分に、キョウスケはリボルビング・ステークの照準を定めた。

 

(負ける訳にはいかんのでな!)

 

「しまっ……」

 

 もう遅い。キョウスケにこんな至近距離で睨まれたら最後、もはや逃れる事は出来ない。

 もはや限界寸前だった箒にとって、あの斬撃を避けられた時点で勝敗は決した。残念ながら、この勝負は私の負けだと、心の何処かでは気が付いていた。

 いや。本当は、試合を始める前から気が付いていた。いくら専用機を使用しようが、キョウスケに勝つことは難しいと。

 でも、挑戦したかった。戦って、認められたかった。

 

 ただ、それだけの為に、彼女は。

 

(…………私は)

 

 今は、これでいい。また挑戦して、“彼等”に挑もう。

 その時は、必ず。そう、篠ノ之箒は思う。

 

『―――それじゃあ面白くないんだよね、箒ちゃん』

 

「……!?」

 

 声が、聞こえた。

 脳内に直接、箒に声が届く。その声が届いた瞬間、箒は目を大きく見開いた。

 まるで、時間が止まったかのように動かない。いや、動けない。

 聞いたことがある声。違う、箒の事を“箒ちゃん”なんていう人物なんて、この世の中において二人しかしない。

 一人は、箒の母親。しかし、あの時、彼女は死んだ。“誰か”が、彼女を殺した。いや、検討はついている。だからこそ、箒は今でもそれが許せない。

 もう一人は姉、篠ノ之束。ISの生みの親であり、此方も行方不明。だが、こんな事が出来るのは彼女をおいて他にいない。

 

『面白くない……。全然、面白くないよ、箒ちゃん。

 自分から勝負を諦めるなんて、箒ちゃんらしくないし、面白くもないよ、ホント……』

 

「ねえ、さん……?」

 

 その声は、酷く冷たかった。

 電話の時のようなハイテンションではない。それは、束が家族以外の――箒や千冬以外に対する話し方と、酷似していた。

 そう、まるでその辺に漂っている虫けらでも見ているかのような、そんな声が耳に届く。

 息が詰まる。寒気がし、鳥肌がたってくる。気にもならない筈の束の態度が、この時に限っては酷く恐ろしかった。

 が、これが彼女の本性なのだと改めて感じる。

 

『もうちょっと痛めつけてくれるかと思ったんだけど、仕方ないか……。

 じゃあ、箒ちゃん。そのIS――――皇の本当の力を出してあげるから、さっさと目の前にいるキョウ君の偽物を殺してよ』

 

「は……?」

 

 意味が、分からない。理解したくない。

 殺す? この人は、何を言っているのだ?

 

『コードは、“デストロイ”。全部……ぜーんぶ、壊しちゃってよ、箒ちゃん。その手で。私の、代わりに』

 

「い……や………」

 

『だーめ。拒否権なんかありませーん。その場にいる全てを壊せ。壊して、壊して……滅茶苦茶にしろ』

 

 ぶつり、と強引に通信がカットされた。

 それと同時に、自分の意図しない情報が次々と皇に流れ込む。数字や英文が羅列し、それは一瞬のうちに処理されていく。

 怖い。これから起こる事が、酷く恐ろしい。

 

(なに、これ……? 私、何を……)

 

 何も指示していないのに。何も触っていないのに、このISは箒の制御下を離れて勝手に動く。

 まるでかなしばりにあったように、箒は動けない。

 そして、その時は来た。映し出されていた画面が消え、最後に一つだけ残る。

 

 

『承 認 さ れ ま し た』

 

 

 そう、画面には書かれていた。

 

 何を承認したのか、箒にとっては分からない。

 

(何が……? いや……怖い。助け)

 

 その後から、彼女の記憶は途絶えた。まるで、テレビの電源を消すかのように、プツンと。

 

 

 

「…………?」

 

 一方。この勝負を決める一撃を放とうと力を込めていたキョウスケは、並々ならぬ異変を箒から感じ取っていた。

 まず、彼女の表情がおかしい。何かに恐れているのか、それとも驚いているのか。

 ピクリとも動こうとしない箒。キョウスケとの勝負に負けた故、このような表情になったのではないとは思う。

 なら、一体彼女の身に何が起こったのか? 不審に思ったキョウスケは、構えをとかずに彼女に問う。

 

「……篠ノ之?」

 

「――――――」

 

 物々と、彼女は何事かを呟いた。

 だが、キョウスケにははっきり聞こえた。彼女が、その口から発した言葉を。耳を疑うような発言を。

「―――――――――」

 

「しっかりしろ、篠ノ之!」

 

 これは完全に異常だ。そう判断したキョウスケは、急いで彼女に近寄り、彼女の右肩を強く掴む。

 皇の肩部装甲をアルトアイゼンのマニュピレータにて強く握る。

 彼女の様子を伺おうとしたその時、右肩に搭載されているビームキャノン砲がキョウスケの方に砲口を向ける。

 

「……!?」

 

「―――――」

 

 また、箒が何事かを発した瞬間、閃光がキョウスケに襲い掛かる。

 咄嗟に回避しようと後ろに下がりかけたが、まさに一瞬の出来事だった為に避ける事も出来ない。閃光は不意を突かれた形でキョウスケに当たる事となった。

 

「……ぐっ!」

 

 このアルトアイゼンに、ビームコートが用意されているということを、大いに感謝しなくてはならないようだ。

 幸い、ダメージは軽微。それがなければ、顔面付近に攻撃が直撃し、一気にシールドバリアが削られる。

 眼光を鋭くさせ、キョウスケは箒を睨むように見やる。

 

 いや、もはや目の前にいる人物は篠ノ之箒ではない。

 

 篠ノ之箒の姿をした“何か”。まるで、悪魔のような何かが彼女に憑りついたような、そんな感じがした。

 

「お前は……何だ?」

 

「破壊……破壊、せよ」

 

 “破壊”。箒の口から、またしてもとんでもない発言が飛び出してきた。

 先ほどの熱くなっていた箒の姿は何処にもない。死んだような目で、ふらふら体を揺らしながら、彼女は尚も呟くように言い放つ。

 

「破壊、せよ……破壊、せよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度も、何度も。同じ言葉を口にし、箒は長刀を握りしめる。

 それと同時に、どういうわけか、キョウスケとの戦闘によって損傷した装甲部分が修復されていく。

 最初から自己修復機能が搭載されていたはずはない。ならば何らかの形でそれが表に現れたのかと考える。

 そう考えている間にも、皇の装甲は修復するだけではなく、なんと箒の体全体を覆っていき、遂には顔まで覆ってしまう。

 

「全身装甲(フル・スキン)……!?」

 

 その姿はまるで、先日戦った正体不明のISと被るものがあった。あの時は無人機だったが、今回は違う。

 いや、そもそも。ISにおいて、全身装甲の機体など存在しない。いずれも、胴体部分は搭乗する事もあってか、生体部分がむき出しの筈だ。

 異常すぎる事態が、今目の前で起こっている。

 

「何が……一体、何が起こっている……っ!」

 

 苦虫を噛み潰したような、そんな表情にキョウスケはなった。

 しかし、現実は無情だ。考えたところで、何も変わらない。変えられない。

 刹那、皇がキョウスケをはっきりと捉える。両目であろう部分のモノアイが緑色に輝き、ブンと大きな音を立てて長刀を構えた。

 

『破壊せよ……! 破壊せよ……!』

 

 

 

 

 

 

 ――――コード承認。“デストロイモード”、始動。

 

 


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