IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第三十六話 シンクロ

 浜辺。

 時期的に考えてももうすぐ海開きが始まるか、というくらいの季節。しかし、本来ならば夏の遊び場にもなるであろう浜辺は戦場と化していた。

 美しい、とはいいがたいものの、それなりに整備されてあった砂浜のあちこちに弾丸痕が撃ち込まれ、遠くの方で小規模ながらも爆発音が鳴り響く。

 音の原因は、二機のISが戦闘状態に入っているものだということは、誰の目から見ても明らかだ。

 

 ダークブルーのISを纏った少女は、甲高く、そして壊れたように笑い声を上げながら。

 

 対となる様な蒼いISの少女は、撃ち込まれていく攻撃を辛うじてよけながら。

 

「あはははっ! 玩具如きを扱う貴様などに、このレビが……ゼフィルスを駆る私が遅れを取ると思っているのか?」

 

「くっ……!」

 

 ダークブルーのIS、サイレント・ゼフィルスに搭載されているライフル『スター・ブレイカー』から撃ちだされる閃光がセシリア目掛けて次々に撃ちだされていく。

 的確に、そしてセシリアの隙を狙って撃ちだされるその光の銃弾を掻い潜りながらもレビへ攻撃のチャンスを探るセシリア。が、レビが連続で攻撃してくるためにどうにも反撃に移る事が出来なかった。

 いや、理由はそれだけではない。先ほどから―――いや、開始早々から気が付いたことだが――ラウラとの戦闘によって受けたダメージが未だにブルー・ティアーズ内に蓄積されているようで、機体の反応に鈍さを感じずにはいられない。

 更に、セシリア自身もまだ完全に完治しているとは言い難い。それどころか絶対安静状態にも関わらず保健室を抜けて此処まで足を運んだ状態だ。

 苦々しく顔を顰めるセシリアとは違い、彼女の事を嘲笑し、終始面白そうに笑っているレビの姿が彼女の目に映り込む。

 

「はっ! 逃げてばかりでは面白味も糞もないぞ、貴様!」

 

「……好きで回避に徹している訳ではありませんけど…!」

 

 悔しさを押し殺し、薄く歯噛みをしながら呟くセシリアは、鈍い機体をなんとかして動かす。

 左右に向けて放たれた銃弾を下降することによって回避。その先に待ち伏せていたBT兵器を確認し、今度は後ろに下がってレーザーを避ける。

 機体が鈍いこともあってか、それは紙一重での回避。僅かに反応が遅れていればあっという間に集中砲火を受けて撃墜なども考えられなくはない。

 

(それにしても……遊んでいますの? 仕留めようと思えば、すぐにでも出来そうですけど…)

 

 レビの実力ならば、それは当然可能だろう。

 だが、レビはセシリアを十分に甚振ってから落とそうとしているのか、まだ本気を出す素振りもない。それどころかセシリアが自身の攻撃を避け続ける事を眺め、面白がっている状態。

 それこそ癪に障る行為であるが、今の状態では逆にありがたい。怒り狂って声を荒げるという若さゆえの行動を起こしてしまいがちのセシリアであるが、この時ばかりは冷静になる事が出来た。

 

(となると、勝負は一瞬……! ですが、今は耐え忍ぶことが絶対条件ですが……)

 

 レビが遊んでいる間、勝機を見出し全弾全てを叩き込む。

 が、ゼフィルスの周囲に浮かんでいる“あるもの”がセシリアの攻撃を遮る様を見て、眉を寄せた。

 

(試作段階のシールドビット……いえ、既に完成された物といっても過言ではないでしょうね。わたくしが知らないうちに、本国(イギリス)は着々と次の段階に進んでいたのですね……)

 

 ゼフィルスが開発されていたこと自体は知っていたが、セシリア自身に機体のスペックなどは知らされていなかった。

 そんな事よりもまずは自分自身の事に精一杯であったが、イギリスはセシリアの頑張りとは裏腹に着々と準備を進めていたらしい。当然、あの機体にはセシリアが送ったデータも多々流用されている事であろう。

 ―――ともかく、攻撃の遮蔽物となりかねないシールドビットは邪魔でしかない。おまけにゼフィルスはティアーズと違ってビットの数は六機近く存在する。

 更に言えば、ビット使用中はライフルを使えない、などといった他動作不可能がサイレント・ゼフィルスにはない。

 現に、ライフルを放ちながらビットも連射している姿は今現在眼前で確認している。

 まさにティアーズ型の完成品。それが敵に回ったという事は厄介だが、だからといって負けを確信する訳にはいかない。幾ら不利な条件が揃っていようと。

 

(そう……。わたくしは、負けるわけには……!)

 

「………ふん。それにしてもよく避けるな。まるで蠅のようだがな、はははっ!」

 

 スターブレイカーを瞬時に実弾モードへと切り替え、打って変わって急降下する。

 そして、レビの右目にスコープを出現させ、バーニアを噴かして急接近する。

 

「実弾はあまり飛ばないのでな、そろそろ当たってもらうぞ。いい悲鳴を上げるのだな」

 

(なっ!? わたくしの想像以上に速い!?)

 

 最新鋭機故か、ゼフィルスのスピードはセシリアの想像以上だった。

 機体に手が加えられているという事も考えられなくはないが、それにしてもだ。

あっという間に後ろを取られると、照準を付けられたことを知らせる警告音が頭の中に響き渡る。

 逆手にとって反撃するという手を一瞬考えたが、まだ機ではない。今はとにかく勝機を伺うために回避に徹する。

 

「ふん、まだ逃げるか。そろそろ反撃してきてもいいんだぞ? ―――できればの話だが」

 

「生憎、安い挑発には乗りませんわよ!」

 

「ほう、そうか…。だが、減らず口も何処まで続くかな?」

 

 にやりと如何にも面白そうかのように口元を緩ませて笑むと、レビは指先に軽く力を込めて弾丸を発射する。

 撃ちだした後、薬莢が浜辺へと落ちていく。が、それを確認するまでもなく瞬時にリロードすると、連続で三発発射。ただ、それをわざと当てる事はせずにブルー・ティアーズの装甲に掠らせる。

 まだ勝負を決める事などせず、本当に玩具のように見ているらしいレビはセシリアの引きつった顔を見て、更に笑みを浮かべた。

 

(ククク、自分では避けているつもりだろうが……甘いな。貴様の行動は“ある程度先読みできる”のだよ、私は。

 わざと当てないように撃っているこっちの身にもなって欲しいが……まあいい。そら、逃げろ逃げろ。お前にはそれがお似合いだ)

 

 心の中で更に嘲笑しながら迷いなく引き金を引くレビ。

 懸命に機体を動かして避ける―――実際には、レビがわざと外している―――姿を見て、思わず高笑いを上げたくなる。

 それをなんとか堪え、ひたすら追い続ける。銃弾が切れれば手早くカートリッジを変え、その間にビットによる連続射撃でじわじわとセシリアにダメージを与えていく。

 レビの掌で踊らされているのも知らず、ただただ逃げまわるセシリアは、本当に滑稽だった。さっさと止めを刺したいのも反面、まだこの遊びを続けたいのも事実。

 

 さて、どうしたものかと考えている矢先、遂にセシリアが動いた。

 

「おお? 遂に反撃か、小娘?」

 

「……さあ、どうでしょうか」

 

 飛翔しながらスターライトMk-Ⅳを構え、エネルギー弾をレビに向かわせる。

 しかし、レビは軽く体を捻っただけで銃弾を回避。お返しとばかりに、此方は実弾を向かわせる。

 

「その程度の攻撃で私が倒せるとでも?」

 

「……………」

 

 何も答えず、セシリアは休む間もなく機体を駆る。彼女の態度が気に食わず、逆にレビの方が微かに眉を寄せた。

 

(何かを狙っている…? この女……気に食わん)

 

 行動を見ている限り、セシリアが何かを狙っているのは確実だろう。ただ、何を狙おうが所詮は無駄な足掻きというものだ。

 レビの方が絶対的有利な状況は変わらない。

 特に気にする必要などないであろうと高を括り、レビはセシリアを追い掛け回す。後ろを取っては実弾を放ち、少し離れるとビットの波状攻撃。

 レビの目論見通り、セシリアは反撃すら出来ずに逃げ回る事しか出来ない。さて、流石にそれでは面白くも何もないが、一方的に甚振るのもまた面白いといえばそうなる。

 

(取るべきは後者だろう。……余興はここまでにして、後は一方的な攻撃でも加えてやろうか)

 

 想像しただけで高揚感が湧き上がってくる。

 歪に歪んでしまったレビの感性は、誰にも止められなかった。彼女自身でも止める事は愚か、止める術すら知らない。

 何故か湧き上がってくる気持ちに、ただ正直に答えるのみ。考えが心の中を支配した瞬間、ゼフィルスのビットが動いた。

 逃げ回るセシリアよりも早く動くビットは、瞬く間にセシリアを射程距離に捉える。それどころか、その周囲を取り囲むように布陣し、発射体勢に入る。

 

「さあ、悲鳴を上げろ! お前の落ちていく様、この目でしかと見ておいてやる!」

 

「…っ。そう簡単には、行きませんわよ!」

 

 セシリアも心で念じ、ビットを動かす。ただし、向こうが六機なのに比べ、此方は四機と数では負けている。

 それもあってか、レビはククと小さく笑った。勝ち目のない勝負に興じるか、面白いと思いながらもレビはビットに攻撃の指示を送る。

 ビットは、レビのいう事を忠実に聞く僕のようなものだ。それも、レビ用に調整されたこの機体を扱っているのもあってか、彼女の思うように機体が動く。

 

(流石はJ……! 我が主!)

 

 主―――Jに感謝をしながら、レビはセシリアが放ってきたビットを一機、また一機と確実に落としていく。

 ビット同士による射撃戦となったが、圧倒的にレビの方が力も技量も勝っていた。双方ともかなりの速さでビットが動いていくが、それも続々と破壊されて四散していく。

 偏向射撃(フレキシブル)さえ獲得しているゼフィルスのビット――レビの力によるものが大きいが――に、セシリアの扱うビットは成す術もなく落ちていく。だが、二機目が落とされた時には、既にセシリアは動き出していた。

 ビットを破壊していくたびにレビが笑む。そして、最後の一機を自身のビットで落とした後、レビはそのままの表情でセシリアを見やった。

「貴様如きが、BT兵器を扱う事など出来な……」

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

 気付いた時、セシリアはレビの眼前に存在した。手にはインターセプターを持ち、限界近いスピードで接近してくる。

 ビットを捨て、近接格闘戦に持ち込む算段だったのだろう。確かにレビにも慢心があり、セシリアのビットを破壊しつくす事に集中していた事も否めない。

 だが、所詮は浅知恵。レビは黙ってシールドビットをセシリアに向かわせると、彼女にあろう事か体当たりをさせた。

 

「あうっ!」

 

「残念だったな。……自爆しろ、ビットよ」

 

 レビがパチンと指を鳴らすと、セシリアに向けて体当たりしたシールドビットが赤く光り、彼女の指示通り爆発する。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 シールドビットには高性能爆薬が積んである。防御面でも優れていると共に、相手に向かって突撃させ、自爆させることも可能な代物だ。

 爆発はブルー・ティアーズに大きなダメージを与えるのに十分だった。

 元々限界に近い状態で戦っていたのだ。今にも意識が飛びそうなほどの痛みがセシリアを襲い、まるで力尽きたように浜辺へと落ちてゆく。

 機体は中破か、それ以上。セシリアの体もほとんど動かない。

 スラスターは死に、もはやレビに太刀打ちできるほどの機動力もない。力なく地に落ちたセシリアは、辛うじて残っていた意識の中で悔しげに砂を握った。

 

(チャンスすら……まともに決められないなんて……!)

 

 悔しさのあまり浮かぶ涙がセシリアの瞳に溜まっていく。

 機を焦り過ぎたか、それともあの程度で行けると意気込んでしまったのが仇となったか。終始遊んでいるように思えたレビであったが、攻撃する隙すらないとは考えられなかった。

 微かに顔を上げると、見えたのはスターライトMk-Ⅳ。インターセプターさえも爆発によって失ってしまった今、頼れる武装はこれしかない。

 必死で手を伸ばし、ライフルを求めるセシリア。が、その手がライフルに届くことはなく、踏みつけられることによって再び地へと置いた。

 

「うっ!」

 

「フン、この程度か。本当に残念だな」

 

 つまらなそうな声が上から降ってくる。セシリアが顔を上げることはないが、恐らくは笑みを浮かべているか、それとも心底つまらなそうな表情を浮かべているかのどちらかだろう。

 しかし、レビにはセシリアの態度が気に食わなかった。悔しげにレビを睨んで来たら、それこそ遠慮なく踏みつけてやるというのに。

 ギリッと歯を噛みしめ、セシリアの右手から足を離すと、今度は彼女の頭を容赦なく踏みつけた。 ISの絶対防御も意味を成さず、ジャリという音と共にセシリアの頭部が激しく砂へと打ち付けられた。

 

「所詮、貴様はこの程度の存在だ。 

 ろくに機体を扱う事も出来ず、出来そこないの烙印を押され、今や没落寸前の貴族! 知っているぞ、お前が代表候補生から外される事を!」

 

「………っ」

 

「反論できまい。お前に力がないから……お前は何も出来ないから。分かっているだろう? お前には力など最初からないという事を」

 

「……………」

 

「力が欲しい…。だからこそ代表候補生になったそうだな。だが、現実はこれだ。

 お前はゼフィルスが完成するまでのデータ収集係でしかないのだよ。適性が高いとは言うが、私にとってはお前達BT兵器適性者などゴミ屑程度にしか思っていない」

 

「…………………」

 

「だからこそ、最後は私の玩具となって無残に死んでいくがいい。

 もはや何も残されていない貴様に相応しい最後だ。―――お前を殺せば、あの男はどのような反応を見せるだろうな?」

 

「………………………ぁ」

 

「私に煮え湯を飲ませたあの男! お前を殺し、奴を殺す! 

 あはは、強いて言うならばお前の目の前で奴を殺してみたかったものだが……私の任務は先にお前を殺す事だ。―――葬花を送ってやろう。お前の死という最高の花をな」

 

 スターブレイカーがセシリアの胸元に向けられた時、セシリアの意識は半分消えかかっていた。

 もうすぐ死ぬのかと考えれば考えるほど、意識がどんどんと遠くなっていく。体を動かそうにも力が入らず、瞼も薄く開いているのみで焦点すら合っていない。

 ふっ、と力が抜ける。どうせ、この場を生き延びたところで待っているのは地獄のみ。果たしてこの先どうなるか、皆目見当もつかない。

 

―――ならば、この場で楽になってしまえばいい。

 

 悪魔の声がセシリアの耳元で囁く。

 そう、楽になってしまえばいい。死という永遠の眠りについてしまえば、何も考えなくていい。全てから逃げる事が出来る。

 

(楽に……なってしまえば……)

 

 そう、考えた矢先だった。

 

【だからこそ、最後は私の玩具となって死ぬがいい。何も残されていない貴様に相応しい最後だ。  ―――お前を殺せば、あの男はどのような反応を見せるだろうな?】

 

 レビの声が耳に入り、セシリアの心の中にとある人物が思い浮かぶ。

 

 あの男―――南部響介。

 

(響介、さん………)

 

 彼の名前を呟く。すると、彼と過ごした思い出が脳裏に浮かんでいく。

 

―――いつもそっけないですけど、誰かの為に一生懸命になってくれて。

 

―――わたくしが傷ついた時、気遣ってくれて。

 

―――無茶をするなと、初めてわたくしに優しくしてくれた人。

 

―――生まれて初めて――――好きになった男の人。

 

―――わたくしは、彼が大好きで、堪らなく愛おしくて、誰にも渡したくなくて。

 

 彼―――南部響介がいるから、今まで過ごして来れた。

 

 生まれて初めての気持ちを体感させてくれた人。

 

 一緒に笑いあった人。

 

 共に学び、そして戦った。

 

 そんな彼を残したまま、自分だけ逝くわけにはいかない。おこがましい事かもしれない。それでも―――。

 

(馬鹿ですわね、わたくし……。本当に)

 

 心の中で軽く苦笑した刹那、セシリアの腰元が動き出す。

 それは、残った二機のBT兵器。それもミサイル型という代物。もはや虫の息と考えたレビは、急にセシリアの腰元についたそれが動き出したことに目を見張る。

 

「なっ、貴様!?」

 

「……全弾、持っていくといいですわ」

 

 それはまるでキョウスケが言ったかのように呟き、ミサイルを射出。回避運動を取ろうとしたレビは回避する事が出来ずにぶち当たる。

 まさに捨て身の戦法。正面から直撃を受けたレビは直撃と爆風によって後方へと吹き飛ばされる。

セシリアも射出と共にどうにか機体を動かしたが、爆風によって更に吹き飛ばされた形になった。

 もはやシールドエネルギーがゼロになる寸前ではあったが、こうして生き残れたのも残ったシールドエネルギーの殆どを絶対防御に扱ったのも大きい。なんと悪運の強い事か、と彼女はなんとか立ち上がりながらも苦笑した。

 

「ぐっ……この、糞がぁ! がはっ…。はぁ、はぁ……。…何故、動ける? あれだけのダメージを負って、何故まだ貴様は動けるのだ!?」

 

 直撃を受けたレビの口元から、微かに血痕が漏れる。しかし、そんな事など気にしている余裕はなく、叫んでいた。

 戸惑いからか、声を上げるレビ。叫びにも似たその声は、セシリアの耳によく届いた。

 ただ、セシリアはレビを見ながらゆっくりと笑った。意味の分からない行動に、レビは怒りに満ちた顔をセシリアに向けていた。

 

「その笑みはなんだ!? 私を愚弄するというのか、貴様は!」

 

「愚弄……? 違いますわよ、レビ・トーラー。わたくしは……思い出しただけですわ」

 

「思い、出した…?」

 

「ええ。とても大事な事を」

 

 意味が分からないとばかりに、レビが尋ねると、セシリアは堂々とした態度で頷く。

 今更一体何を思い出したというのか。彼女を再起させるだけの事があったに違いないが、それにしては元気になり過ぎている気がする。あくまで気のせいなのかもしれないが、レビにはそう思えた。

 ふうと大きく息を吐き、何やら心を落ち着けているセシリア。レビは柄にもなく首を傾げそうになったが、その前にセシリアがゆっくりと胸に左手を添えると、こう宣言し始めた。

 

「わたくしが………わたくしがどれだけ、響介さんを愛しているかという事ですわ!」

 

「………はぁ?」

 

 頭に疑問符を浮かべながら、レビは無意識に声を漏らしていた。

 しかし、レビの疑問などなんのその。ヒートアップしてきた彼女の舌は止まらず、どんどんとレビにとって――無論、他の他人にとってもだが――妙な言葉が飛び交った。

 

「ええ、そうですわ! わたくしは響介さんを愛しています!

 でもそれの何がいけないというのですか? あの人に助けられたあの時から、わたくしはあの人に惚れていたのですから!」

 

「お、おい、貴様……」

 

「それよりも、どうしてこんなにもアプローチしているにも関わらず、どうしてあの人はこの気持ちに気付いてくれないのでしょうか!?

 わたくしが一生懸命料理を作っても、響介さんはすぐに青い顔をして何処かに行ってしまいますし…。折角わたくしが丹精込めて作ったというのに、あの態度はどういうことですの!?」

 

「な、なんだ、こいつ……?」

 

 ダメージの受け過ぎで気でも狂ったか、と言いたくなるように今まで溜まった声を叫びまくるセシリア。

 もはや困惑するしかないレビだったが、ぶんぶんと頭を振って正気に戻る。手にしていたスターブレイカーの銃口をセシリアへと向け、苛立ちを隠せないのか声を荒げる。

 

「ば、馬鹿にして! そんなくだらない言葉を私に漏らしてどうする!? ……っ。ええい、ともかく! 所詮貴様は虫の息! 死ね、金髪が!」

 

「くだらない? くだらないとはなんですの、レビ! では、貴方は人を愛したことがあるのですか? もしないのでしたら、貴方にわたくしをとやかく言う権利などありませんわ!」

 

「愛だと……? そんなくだらないものなど、私にはない! 貴様のいう言葉も所詮は偶像に過ぎんのだ!」

 

「可哀そうですわね、レビ・トーラー。愛を知らないだなんて……」

 

「はっ、何が愛だ! 愛など……愛などいらない! 人を惑わす偽りの心など……いらないのだ!」

 

 レビはスターブレイカーの引き金を引き、セシリアに向けて弾丸を発射する。

 だが、それは浅はかな考えであった事をこの時のレビは知らない。いや、それはすぐに思い知らされることになるのだが、激情に身を任せて攻撃してしまう事は危険極まりない事。

 

「そう……。そして、それが貴方の弱点でもありますわ、レビ・トーラー」

 

「何……?」

 

 それは一瞬の事だった。

 レビより放たれた弾丸がセシリアの頬を掠めると同時に、セシリアは立ち上がるときに杖代わりに使用していたスターライトMk-Ⅳを構え、レビに向けて撃つ。

 セシリアの選択した銃弾は、実弾ではなくエネルギー弾だった。一つの光弾がレビの胸元へと飛んでいき、見事に直撃する。

 先ほどのダメージと相まって、絶対防御が発動したゼフィルスのシールドエネルギーが大きく減ってゆく。

 シールドビットでの防御も、それ以前のビットによる波状攻撃も間に合わない。完全に不意を突かれた形となったレビだったが、それはゼフィルスに致命傷を負わすほどの力は持ち合わせていない。

 胸元を押さえながらも、レビはゆっくりと立ち上がる。憎々しげにセシリアを一睨みするや、周囲に待機させていたビットをセシリアに向かわせる。

 

「私に二度も傷をつけたな……! 万死に値するぞ!」

 

 怒り狂うレビが指示を送るだけで忠実な僕であるビットがセシリア目掛けて飛んでいく。

 今度こそ本気で殺しにかかってきているだろう。ただ、ビット達が向かってきているにも関わらず、セシリアはフッと口元を動かして笑みを浮かべた。

 

(ブルー・ティアーズ……わたくしに力を貸してくださいな……!)

 

 ―――リィン………

 

(ありがとう…。さあ、いきますわよ!)

 

 微かになった小さな音。鈴の音にそれは似たそれは、もしかするとブルー・ティアーズの声だったのかもしれない。

 セシリアだけに聞こえたその音。音に対して優しい声で礼を述べた後、セシリアはスターライトを構え―――信じられないスピードでビットを狙撃していく。

 

「何!? 馬鹿な、貴様にそんな事が……そんな芸当が、出来る筈がない!」

 

 驚きを隠せないのは、レビの方だった。

 まるでビット達が動く方向が見えているかのように、的確に狙い撃つセシリアの弾丸。

 レビの先読みもこの時ばかりは通用しないのか、それとも考えが読まれているのか定かではなく、一瞬のうちに沈んでいくビット達を見て、思わず後ずさる。

 

(な、なんだ……? この射撃は…? まさか、単一能力? いや、違う。―――“機体とシンクロしている”とでも言うのか? 奴が……だと?)

 

 馬鹿げている、と思うと同時に混沌(カオス)内でも実験が続けられてきている事柄なのだから、尚更困惑した。

 機体とのシンクロ―――機体、パイロット共に極限の状態まで達すると可能とされるISならではの能力なのだという。

 ただし、全員がその能力を行使できる訳ではない。篠ノ之束が何を意図して作ったシステムなのかはいざ知らず、度重なる実験を繰り返しているものの。成功例はないに等しい。

 それどころか、被検体の殆どがあまりもの苦痛に耐えかねて死亡している。だが、眼前の人物はそれを熟しているのだ。

 

「そんな……あり得るはずがない! お前が……お前に、そんな事が…っ!」

 

 レビの叫びが上がった時には、最後のビットが爆発四散した後であった。

 目を見開くレビに、セシリアは銃口を向けた。レビは銃弾を防ぐためにシールドビットを手前に配置するが、何処か別の方向からグレネード弾が飛んできたかと思うと、それがレビの前で爆発し、シールドビットを弾き飛ばした。

 

「グレネード…? 誰が…」

 

 慌てて横を見た瞬間、またしてもレビの目が大きく開かれる。

 其処にいたのは、あろうことか仮面をつけた男、織斑秀麗だった。援護するどころか、わざわざレビを捨てるかのような行動に、レビは戸惑うしかなかった。

 

「な、何故……?」

「終わりですわ、レビ・トーラー!」

 

「……!?」

 

 疑問が口から洩れた瞬間、セシリアが放ったエネルギー弾がレビの体を直撃した。

 合計で二発。絶対防御が発生する肩部と左足をほぼ同時に撃たれ、機体はシールドエネルギーがゼロになったことを示した。

 衝撃によって倒れ込んだレビであったが、それよりも信じられない事が起こった為、放心状態に近い状態で倒れていた。

 

(馬鹿な……。奴も、混沌(カオス)の一員の筈…。それが何故、私に向けてグレネードなど……)

 

 分からない事が多すぎる。ともかく、一旦退いた方が身のためだと感じ、レビは起き上がろうと力を込めようとした瞬間―――誰かが彼女の傍に立った。

 気付いて其方に目を向けると、レビを見下ろすように秀麗が立っていた。

 殺気立った目をしながらレビは秀麗に向けて怒鳴ろうとした瞬間、秀麗は右手に持っていた“何か”をレビの胸元へと落とした。

 

「貴様……なっ、がぁぁぁぁぁ!!!」

 

『………』

 

 電撃に似た何かがレビを襲う。セシリアはその光景を見ていたが、あの仮面の男がレビに何をしたのかは大体検討がついた。

 それはセシリアも過去に体験させられた装置、剥離剤(リムーバー)を使用したのだろう。レビが纏っていたサイレント・ゼフィルスの装甲が消え、コアクリスタルをあの四本足の装置が手にしていた。

 秀麗は剥離剤(リムーバー)のみを手にし、コアクリスタルを取る。ようやく電撃から解放されたレビは、意味が分からないと言わんばかりの表情で秀麗に目を移した。

 

「な、何を……」

 

『お前の役目は終わった、レビ・トーラー。サイレント・ゼフィルスの稼働任務、ご苦労だったな』

 

「は………?」

 

 ご苦労だった、とはどういう意味なのだろうか。戸惑いと困惑が心の中を占めてゆく。いや、そもそも。秀麗のいった稼働任務とはどういう事なのだろうか?

 しかし、秀麗は無言。それどころか、胸元から拳銃を取り出すと、あろう事かそれをレビの方に向けた。

 

「なっ……?」

 

『お前はもう、用済みだ。我ら混沌(カオス)に敗者も弱者も必要ない』

 

「ば、馬鹿な……! 私は混沌(カオス)の№Ⅶだぞ!? それを始末するというのか、貴様は!」

 

『……知らんな。私の任務はレビ・トーラー……いや、【マイ・コバヤシ】の抹殺だ。“特脳研”の遺児はここで始末しろ、との命令なのでな』

 

「マイ・コバヤシ……? ああ、うわぁぁぁ!! 頭がいたい……! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 急に苦しみ始めたレビに、セシリアは何がどうなっているのか分からない。

 ともかく、仲間割れした事は確実なのだろう。かといって、このままレビがあの仮面の人物に殺されるのを見ている訳にもいかない。

 そう思った矢先、秀麗はセシリアに対してレビのシールドビットを弾き飛ばしたグレネード弾を射出する。

 無駄のない動き且ついつ手にしていたか分からなかったグレネード弾の不意撃ちに、セシリアは何とか回避―――今にも崩れそうなボロボロの体を押して―――する。

 

「くっ……うぅぅ」

 

 爆風で倒れ込んだセシリアであったが、今度こそ体に力が入らなかった。ISも今の爆風により限界が来たのか、強制解除されてイヤーカフスに戻る。

 そのイヤーカフスも無理がたたったのか、半分ヒビが入っている状態であり、ISも危険な状態であることを示していた。それはセシリアも同じであり、微かに唸りながらも意識を失う。

 最終保護装置が働いた結果かもしれないし、これ以上は病み上がりという事もあり、体力の限界だった事も挙げられる。

 ともかく、これで邪魔は入らないと秀麗は再びレビ―――いや、叫び声を上げているマイ・コバヤシに拳銃を向ける。

 人を殺す事すら何とも思わないのか、酷く落ち着いていた。手慣れた、といっていいほど冷静に照準を合わせ、引き金に指を当てる。

 

『…………』

 

 無言のまま、秀麗が引き金を引くかと思われた瞬間、秀麗の手の平が一発の弾丸によって正確に撃ち抜かれる。

 だが、秀麗は手を撃ち抜かれたのにも関わらず、仮面の下では顔色一つ変えずに損傷した場所を眺め、特に痛そうな素振りすら見せずに指を動かして見せた。

 撃ち抜かれた場所からは、機械のコードのようなものが何重にも存在していた。痛みを感じないのは、この男の体の殆どが既に生身の人間ではないから。

 強化人間―――いや、サイボーグに近い体を有している彼にとって、この程度の損傷などほとんど意味を成さない。しかし、秀麗を撃ってきた相手を右目の内蔵型スコープによって確認。

 

(未確認IS一機……。距離、約3000。第二射…発射確認)

 

 もう一度放たれた弾丸は、秀麗の胸元を狙っていた。しかし、秀麗は手早くナイフを取り出すと、あろう事か弾丸を真っ二つに裂く。

 飛んでくる弾丸―――それも、ISの武装だ――を真っ二つに裂くという事は、神業にも等しい。秀麗は簡単に成して見せたが、それもこの男にしか出来ない技なのかもしれない。

 射撃が外れた事を確認したIS搭乗者はごうと砂を巻き上げ、向かってくる。白と紫色を基調としたそのISは、秀麗の中にインプットされているデータベースを駆使しても引っかからない全くの新型だという事を示していた。

 搭乗者は蒼髪の女。知的なクールビューティというべきその美貌を見た途端、秀麗は仮面の下で眉を寄せる。

 改めて確認するまでもなく、見たことのある人物に秀麗は苦笑した。そして、女が眼前まで接近してきたのを見ると、秀麗は彼女の方に視線を向けながら声を発する。

 

『貴様は……ヴィレッタ・バディムか。あの時死んだとの報告を受けていたが…生きていたか』

 

「ええ、そうね。確かに公式上では死亡扱いになっているわね。

 でも、私はしぶとく生きていたという訳よ。“生かされている”といってもいいかもしれないけど」

 

 “生かされている”か。言葉の意味を察した秀麗はククと微かに笑んだ後、女―――ヴィレッタにこう返した。

 

『フッ……そういう事か。それに、このタイミングで割り込んでくるという事は、大方レビを助けに来たといったところか。

 そのISは本来レビ専用となるべきISだろうからな。それに、お前にとっても最後の被検体を殺されたくはないだろうからな』

 

「……そうね。特脳研の技術をかき集めて作り出したのがこのR-GUN…。元々は支援用だったのだけれど……」

 

『…なるほど、SRX計画か。ケンゾウ・コバヤシ博士と共に頓挫したあの計画の名残という訳か…。つくづく、因果だな』

 

 珍しく悠長に話をし始める秀麗。ヴィレッタと呼んだ人物とはどうやら知り合いのようだが、秀麗は愛用の近接格闘戦用ナイフを彼女に向け、改めてヴィレッタと対峙する。

 

「残念だけど、その子は返してもらうわ」

 

『素直に返すと? ……残念だが、この失敗作はここで始末しなくてはならないのでね。お前に渡す事など、ない』

 

「……っ!」

 

 秀麗の発言に、ヴィレッタは少しきれかけた。

 もはや話すことなどないと判断したヴィレッタは、手にしたライフル――ブーステッド・ライフルと呼ぶ――を秀麗に向けた瞬間、左の方から何かが近づいてくることを察した。

 瞬時に防御態勢を取ろうと身構えるが、その前に先の砲口部分が爪の様な何かで斬り裂かれる。

 中々の速さにヴィレッタは多少なりとも驚くが、彼女は後ろに下がりながらもライフルを捨てて新たなライフル――ツイン・マグナライフルという―――を呼び出し、飛び出してきた人物に向けてビーム砲を浴びせる。

 しかし、向こうの方が機動性が速い。瞬時に移動されることによって回避されると、少し後ろに下がったところで動きを止める。

 カチャカチャと小うるさく爪を鳴らしながら、その女はヴィレッタを冷たい目付きで見やる。

 

「……混沌(カオス)の一人か」

 

「正確には違うんだけどよ。だが、そいつをやらせるわけにはいかねぇんだよ、こっちは。

 ったく、避ける気もねぇのかよ、てめえは」

 

『そいつは貴様に任せる。暴れたかったのだろう?』

 

「まあそうだけどよ。それより打ち合わせと随分違うんじゃねえのか?

 私が小娘を殺るって話だったけどよ」

 

『…さあな。単に気が変わっただけだ』

 

「はっ。まあいいや。こいつを殺せばいいんだろ?」

 

『……好きにしろ』

 

「そりゃあいい。おらぁ!」

 

 突如現れた女―――オータムの事だ―――は嘗てレビが使用していたIS、ジュベールを駆ってヴィレッタに襲い掛かる。

 鋭い爪とスピードが自慢のIS。そのせいもあってか、ヴィレッタはレビに近づく事が出来ない。 R-GUNの固定武装であるビームカタールソードを展開し、オータムのジュベールと刃を合わせるのが精一杯。

 

「くっ……! それなりの実力はあるようね」

 

「当たり前だろうが! そらそら、余所見するんじゃねえよ!」

 

 ヴィレッタの相手はオータムに任せ、未だに叫びながら苦しんでいる少女に、秀麗は躊躇することなく拳銃の照準を合わせる。

 照準がついたらすぐにでも撃つと決めていた秀麗であったが、今度は左側から鋭い蹴りが襲い掛かる。

 しかし、秀麗はその蹴りをいとも簡単に左手一本で受け止めてみせると、目線のみ対象に向ける。

 目線の先には黒いスーツに身を包んでいる女。その姿が織斑千冬だという事に気付くのは時間が掛からなかったし、また彼女の顔がやけに険しい表情へと変化している事に、秀麗は微かに彼女を見た。

 

『ほう、今度はお前か』

 

「……私もこの女に用がある。むざむざ殺させるわけにはいかないんだよ」

 

『……フッ。そこまでして我々に復讐を果たしたいか?』

 

「黙れ………」

 

 千冬の事を仮面の下で嘲笑していた秀麗であったが、千冬の冷たい声にかき消される。

 目線を少し下げ、表情が見えない状態。しかし、そんな状態であっても、今現在の千冬がどういう状態なのかはある程度理解できた。

 恐らく、この娘は本気で自分を殺しに来るのであろうと。それだけの意思が、ひしひしと伝わってくる。

 

「―――私の目的はな、混沌(カオス)に関わる者全ての抹殺だ。お前を含め、全て……この世から消してやる! 一人残らずな!」

 

『フッ……。其処まで堕ちたか』

 

 千冬の並々ならぬ思いに、秀麗はただただ苦笑した。そして、彼は後ろに下がる事によって間合いを取り、ナイフをしまって肉弾戦の構えを見せる。

 千冬も武器等持っておらず、己が拳で戦う気だったのだろう。

 それも、前回とは比べものにならないほどに覇気を放出しており、常人には耐えられないほどの空気が辺りに充満する。

 つくづく、無謀な女だと秀麗は思うが、互いに走り出す時には既にそのような雑念など消え失せているのだった。

 

 いや、それどころか、秀麗は仮面の下で微かに笑みを浮かべているのだった―――。

 

 

 


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