IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第三話 訓練

「しかし、まあ……いきなり決闘を申し込まれるなんて、君も災難な事で。おまけに初対面でしょ、君たち」

 

「……いえ」

 

 セシリア・オルコットから決闘を申し込まれた翌日、キョウスケは改めて昨日訪れた演習場へと足を運んでいた。

 今回ばかりは一人だけなく、この施設の責任者でもある大倉も同伴している。なんでも、キョウスケにISに関してレクチャーしてやるとの事らしい。

 確かに一人でよくわからない代物を何も考えずに動かすよりも、その筋の専門家がいてくれた方が助かるといえばそうなる。

 もっとも、この男がそう素直に教えるとは到底思えないのだが。

 

「けど、代表候補生から直々に決闘ね~。よほど彼女のプライドに傷をつけたんじゃないの、君?」

 

「それは知りませんが……その、代表候補生というのは? 」

 

 俺は大倉の言葉の中から飛び出してきた言葉を彼に改めて問う。

 

 この男、当たり前のように専門用語を言ってくるのが困る。此方もある程度の知識はあるのだが、そのような専門の言葉を言ってくるとどうにも分かりにくい。

 ただ、代表候補生という辺り、何かの代表になる前の人材の事だとは分かったが、正確な知識が欲しいというのが個人的な本音だろうか。

 

「あら、それも忘れちゃったかな? 代表候補生っていうのはね、今の世界にはそれぞれ国家があるだろう? その国家代表のIS操縦者として選出される前の状態――つまりは国家代表の卵みたいなものさ。お分かり?」

 

「なるほど……。それで、あのセシリアはその代表候補生の一人、という事ですか」

 

「そういう事。理解は早いようだね、南部君」

 

 パチンと指を鳴らし、ドヤ顔をしながら一指し指を向けてくる大倉。正直そんな顔を向けないで欲しい。

 普通に失礼な事を思ったが、この男に至っては特に考えを改めようとは思わない。いや、思いたくても思えない。

 

「おまけに代表候補生は、他人にISをかなりの時間をかけて動かしているんだよ。国の威信を背負うんだからそれくらいはしなくちゃいけないってね」

 

「具体的には、どれくらいですか?」

 

「そうだね~。ざっと三百時間程度かな。おまけに訓練も相当厳しいらしいし、普通の人間ならば早々に悲鳴を上げるって噂も聞いたことがあるよ。

 ま、噂程度だし僕自身が見た訳でもないから本当の事は知らないけどさ」

 

「…………」

 

 その中で生き残っているセシリアは、相当な実力者と見た方がいいのかもしれない。

 それに、先日の狙撃――あの戦車の急所を的確に撃ち抜いた点からしても、あれはいとも簡単に出来る事では中々ない。それこそ、相当の努力をした結果身についた技能の筈だ。

 

 だが、同時にセシリアは射撃型。言わば戦車の時と同じである。距離を詰める事さえできれば、キョウスケが貫けない相手ではない。

 ――問題はどうやってその懐に潜るか、という事だが。

 

「その為に僕がこうして来てあげたんでしょ、南部君」

 

「……そうでしたね」

 

 特に何も言っていないが、どうやら大倉にはキョウスケが何を考えているのかが読めたらしい。

 余裕たっぷりに笑みを浮かべる大倉に、キョウスケは若干苦笑しながら答えた。が、内心では益々こいつに対しての警戒が強まる。

 何を考えているのか読みにくいだけではなく、こうして心まで読まれるとは―――侮れなくもなってきた。

 

「じゃ、早速訓練を始めようか。先日の戦闘を拝見したけど、君の機体――アルトアイゼンは突撃仕様だよね。肉を切らせて骨を絶つ、って言葉を地でいってるような機体だし。

 防御面もシールドエネルギーもエネルギー量が増加されているからね。その分、ISならではの高機動戦闘をある程度無視しているけど」

 

 勝手に一人で喋っているが、大倉の言いたいことは、従来の機体のように自由に動き回って相手の攻撃を回避することは難しいという事らしい。

 攻撃は避けれずとも、その為に相手に向かって直線に向かっていき、近接戦闘で決める。一見簡単そうだが、実はそうでもない。

 何より、直線を軸にしてのみあのような加速ができるだけというのだ。おまけに猛スピード。途中で止まろうにも、身体にかなりの負担がかかりすぎるというおまけつきで。

 扱い方を間違えば、一大事にもなりかねない異常な機体である。だからこそ、面白い運用方法もできるというもの。

 

「でも、そういう機体だからこそ燃えるものがあるよね?」

 

「そうですね……。それに、こういった仕様は嫌いじゃありません」

 

 それは本心だ。

 昨日の初起動の時もそう思ったが、癖のある機体だからこそ出来る芸当もある。

 それに、今は形振り構っている暇でもない。あのセシリアに勝つには――こいつを物にしなくてはならないのも事実だ。

 

「しかし、一体どういった訓練を?」

 

「うん? それは勿論……君の長所をさらに伸ばす訓練さ」

 

 大倉がそういうと、キョウスケに対して踵を返し、向こう側を見やる。

 キョウスケも同様に大倉と同じ方向を見ると――其処にはやや大きな的のような物が存在していた。

 昨日の戦車と違い、何の武装も持っていない的。狙ってくださいといっているように立っており、思わず首を傾げた。

 

「まずはあれに向かって体当たり。壊した後は何とかして機体を止めて、あっちの方向にもう一回突撃。その次は東側に向かって突撃と……まずは君の突撃性を上げる訓練だ。突撃した後は、素早く姿勢をなおして次の行動に繋げることも忘れないでよね」

 

「高機動戦闘が出来ぬ故、ですか」

 

「そ。意図は分かっているじゃないか」

 

 不敵に笑みを浮かべる大倉。

 短所などは長所で補ってしまえばいい……恐らくはそういう事だろう。

 その第一歩として、まずはアルトアイゼンの突撃性能に目を向けたのだ。これを向上させない以上は、どんな相手にも立ち向かうことは出来ない――からだと思われる。

 

「じゃあ、僕はモニタリングルームから見ているから。機体のエネルギーが切れそうな時はすぐにスタッフを飛ばすようにするよ。それが終わったら、すぐに再開。夕方までほとんど休みはないからね。覚悟しておいてよ?」

 

「……了解」

 

 大倉の言葉に、素直に承諾する。レクチャーはどうした、という前に今日はこれをしろという事だろう。

 ちなみに今現在は午前十時。夕方まで休みなく――というのは、昼食など食べさせる暇ないといっているに等しい。

 しかし、今は一分一秒が惜しい状況。休んでいる暇があったら少しでも機体に慣れておきたいというのが本音なため、大倉の提案に不服はない。

 それに、これくらいしなくてはセシリアには追いつけないだろう。こちらとしても望むところだった。

 

「じゃあ、僕はこれで。訓練頑張ってね、南部君」

 

「……分かりました」

 

 瞬間、キョウスケは昨日と同様にアルトのとんでもないスピードを生かし、直線上にあった的に向かっていく。

 今回は突撃だけの訓練なため、重荷となるステークとマシンキャノンは展開しておらず、機体に収納している。

 ISには何時でも自分の好きな時にイメージしだいで武装を展開できるという機能が搭載されているらしく、キョウスケもそれを利用しているに過ぎない。

 ただ、今後はそれらの武装をどのタイミングで使用するか――という事も課題になってくる。一週間の訓練中にそれまでは身に着けておきたいところだ。

 と、其処まで考えた時には先ほどの的が目の前にあり、それに体当たりすることによって破壊する。

 体当たりした時の衝撃はISの補助によって吸収されているらしく、パイロットに支障はない。これは少し物足りない気もするが、我慢することにした。

 

 そして、俺は体当たりした直後に地を滑るようにして機体を止めながらもその間に機体を反転させ、再びバーニアスラスターを噴かして突撃する。

 

 反転させるときにISの補助を持ってしても相殺できない衝撃が襲う。しかし、この程度ならば問題はなかった。

 

「次だ…!」

 

 再び的に向かって体当たりし、的をぶち抜く。

 

 基本的にはこれの繰り返しだが――まずは突撃になれなければいけないというのは先にも言った通り。ひたすらにこの作業を繰り返した。

 言われるままじゃなく、これは自分の中でも必要だと感じたからだ。

 それに、いらない訓練などこうやって最初にやる分ならばあまりない。まずはやらなければどうにもならないというのもある。

 

 そう思い、再び眼前にある的に向かって飛び込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……突撃がメインのISか。時代からしてあまりにも逆行しすぎた機体……それでいて今更ゲシュペンストのカスタム機だと? 笑わせる」

 

 演習場の光景を一人の女性が深紅の機体を見て、吐き捨てるように呟く。

 女性の周囲には誰もおらず、研究所の職員もそれぞれの研究室か大広間のIS武装開発部門に密集している。ということで、この場所は無人であった。

 実際のところ、ほとんど使われていない場所でもあるのだが――この女性……いや、イギリス国重役である筈のレヴィ・パウレスはこの場所へと足を向けた。

 

 理由は簡単、キョウスケのアルトアイゼンを見るため――いや、見極める為である。

 

 昨日は男がISを動かしていることに信じられない様子を見せていたレヴィだったが、現在はそのような様子は見られず、寧ろ冷ややかな目付きでアルトとキョウスケを見ていた。

 驚きという感情など存在しない。今あるのは、何者でも凍らせるような目付き――それだけだった。

 

「それに、ただでさえ使いやすさに重点を置いているアメリカがあんな馬鹿げた機体を開発するはずがない……。やるとすれば、あの変人だが……それも考えにくいか」

 

 自分の持論を呟く披露するレヴィ。

 どうせ、この研究所にはレヴィに関心を持つ人間などほとんどいない。それこそ、大倉と同じような変人ばかりが多数存在すると言っていいくらいで、人間よりもISに関して熱心になっている点が大きい。

 

 だからこそ、動きやすいのも確かであり、“重要な資料”も幾つか入手することが出来た。

 そんな時、彼女の個人端末に通信が入る。それを確認すると、レヴィは掛かっていた前髪を手で少しだけ横に持っていき、回線を開く。

 

『――――。首尾はどうだ?』

 

「順調です、ミスタJ。それに、この研究所には私を疑うという人間がいませんから」

 

 レヴィとの会話相手の顔は映っておらず、【SOUND ONLY】としか書かれていない。おまけに声まで変えているのか、その声はくぐもっており、機械音に近い。

 レヴィとの通信相手、彼女曰く『ミスタJ』。事実、この人物は通信しているレヴィですらその正体を知らない。いや――“誰も知らない”いった方が賢明か。

 

『そうか……。それで、例の一号機の新型兵器のデータは取れたのか?』

 

「無論です、ミスタJ。それに、“例の物”があれば、あれを我らの手で運用することも可能になります。

 ですので、早期に我らのものとするのが得策だと思われます。すぐ、私に作戦開始の意をお申し付けくださいませ」

 

『確かに。だが、もう少し様子を見ろ』

 

「何故です? すぐに工作員を動かせるよう、手配しておりますが」

 

『フフ、奪うのは簡単だが、少しは抵抗して欲しいというのもある。お前もそう簡単に奪っては面白くないだろう?』

 

「……ですが」

 

 ギリッとレヴィがわずかに歯噛みする。

 ミスタJの言葉には絶対だが、彼女は仕事を済ませたいという気持ちが強い。悠長に待てないというのもあるのだが。

 

『ともかく、もう少し様子を見てからでも遅くはない。まだ目標(ターゲット)があの学園に入学する訳でもないのだ。チャンスはいくらでもあろう』

 

「……了解しました、ミスタJ」

 

『いい子だ。ただ、私からの次の連絡が入り次第作戦を決行してもらう。それ以前に事を起こすのは……私への反逆だと思え。いいな?』

 

「……はい。肝に銘じております」

 

 反逆、という言葉にレヴィはやや身を引きながらもなんとか口を開いた。

 その姿にはいつもの彼女の姿はなく、どことなく怯えているようにも見えた。

 

『では、期待しているぞ。№Ⅶよ』

 

 それだけ言うと、ザッと音がして通信が途絶える。

 通信が途絶えたのを確認すると、レヴィは打って変わってやや苛立った表情を浮かべ、近くにあった壁を拳で思いっきり殴りつけた。

 ガンと大きな音が部屋中に鳴り響く。しかし、気に掛ける人間などいないため、レヴィにとっては益々苛立ちが込み上げるのみだった。

 

 

「なんとかして地位を上げなければ……その為には…」

 

 キッと鋭い目つきで外を見やり、彼女は再び拳を作った。

 

「……フフ、今のところ全ては私の手の中。イレギュラーの存在があるとはいえ、あれは無視して構わないレベルだ。それに――あの鉄屑は我々には必要ない。ゲシュペンスト本体ならばともかく…だが」

 

 

 再び彼女が呟き、怪しい笑みを作る。

 その笑みは美しいように見えて、実は恐ろしい。それが彼女――レヴィ・パウレス…いや、『彼女』だった。

 

 

「すべては我らの為に……。ミスタJの為に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その日の夜、キョウスケは柄にもなくがっくりとうな垂れていた。

 疲れた、とかの問題ではない。あれだけの時間をああして突撃ばかりにしていてはこうもなる。

 更に昼食は抜いたために恐ろしく腹が減っている。今はパンをかじっているが、もうすぐまともな夕食も届くことだろう。

 

 と、そんな状態でパンをかじっていると―――ふと俺の近くに誰かが近寄り、傍に座り始める。

 何の断りもなしに堂々とキョウスケの隣に座ったが、特に言及しない。いや、しようとしても出来なかったというのが正しいか。

 それに、隣に座ったのは――なんと、あのセシリア・オルコット。彼女に注意しても恐らくは無駄だろうと踏んでいるので、何も言わなかったのもある。

 

「あら、御機嫌よう。ムッツリさん」

 

「…………誰がムッツリだ」

 

「勿論、貴方の事ですわ。わたくしが自分の事をそのように表現すると思いまして?」

 

 まあ、それはないだろう。

 言われる筋合いのない言葉だが、何と呼ばれようが別に構わない。今は、この疲れをどっと増やす原因のような人物を何処かにやってくれる方が一番いいと思われる。

 

「……で、俺に何の用だ?」

 

「別に用などありませんが、たまたま傍を通りかかったものですから。挨拶をするのは当然ではないでしょうか?」

 

「……そうか」

 

 セシリアの言葉に、そのままの姿勢で頷く。

 正直、今はあまり体力を使いたくない。会話も無駄な体力を使用してしまう可能性が高く、あまりしたくない。おまけに明日もまた大倉から特別メニューを渡されており、それを実行しろとの事らしく、夕食を食ったらさっさと眠りたいのだ。

 大方、今日と同じような感じで訓練は続きそうだが――これもデータ収集の一環なのだろうか。鬼畜とも言えかねないが、あの大倉の性分を考えれば納得せざるを得ない。

 

「……それよりもどうなさったのですか? 昨日の生意気な態度を見せなければ、反論もしてきませんけど」

 

「……疲れているだけだ。分かったらさっさと行け」

 

 言い終わると、先ほど淹れたコーヒーをのどに流し込む。

 此処にはインスタントしかないが、ないよりはマシだ。これで少しばかり気も落ち着く。疲れはとれないが心を落ち着かせるには丁度いいのかもしれない。

 

「相変わらず失礼な態度ですわね、貴方は。嫌われますわよ?」

 

「知らん。これが性分だから仕方ないと思え」

 

 セシリアに嫌われたところで、別に支障はない。

 それに、喧嘩を吹っかけてきた時点でセシリアのキョウスケに対する評価は相当低いだろう。今でも何故こうして話しかけてきているのか分からないくらいだ。

 

「……そうですか。お疲れのところ、すいませんでしたわね」

 

「分かってくれればいい。……一週間後の対戦、楽しみにしている」

 

「当然、勝つのはわたくしですけど」

 

「……そうか。だが、俺を甘く見るなよ」

 

 立ち上がって去っていくセシリアに、自分でも少々小生意気と思えるような態度で返した。

 ただ、セシリアは何も答えずにそのまま立ち去っていく。個人的には願ったり適ったりだが、本当に何をしに来たのかが見えない。

 

「……ん?」

 

 その時、セシリアが座っていた場所に一つのビンがあるのが見え、それを手に取った。

 見てみると、それは栄養ドリンク。これに対し、キョウスケは軽く苦笑し、セシリアが去って行った方向をもう一度見た。

 

「……余計な気遣いだな」

 

 ――それでも、何故こんなことをして来たのかは分からない。

 ただ、キョウスケはそのまま栄養ドリンクの蓋を開け、それを口に流し込むのだった――。

 


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