IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第三十二話 準決勝

 

 

「こちらが、束様より預かった物です。お受け取りください」

 

 突如現れた謎の少女。

歳は十二歳ほどの小柄な少女で、銀色の―――それこそ、ラウラと同じような―――髪を腰までなびかせていたが、それが邪魔にならないようにか、それを三つ編みにして纏めていた。

 その少女の眼前にいるのが、篠ノ之箒。いきなり妙な少女が現れたかと思えば、自分の姉の名を出してくる。それだけで、箒は全てを察した。

 

「―――一応、礼だけは伝えておいてくれ」

 

「ええ、束様もそのお言葉だけで十分でしょう。

 内容は同封してある用紙に書き込んでありますので、それを読んでください。では、私はこれで」

 

「ああ―――。ところで、“あの人”は元気か?」

 

「それはもう。……では」

 

 言葉少なに、少女はその場より立ち去る。

 急いでいたのか、箒から少し離れたところで走り始めたので、すぐに彼女の視界から消えてしまう。

 が、箒は少女を見送ってすぐに少女が渡してきた箱を開け、中身を確認する。

 

「……IS」

 

 先日、束に頼み込んだIS。力が欲しい――足手まといになりたくない、と箒が願った願望が具現化したもの。

 微かに赤い色を放ったコア。箒はコアを持ち上げると、ギュッと強く握りしめる。

 

「……一応、感謝します。ですが—――」

 

 ―――――あの時の事を、許したわけではありませんから。

 

 

 箒の眼光は、鋭さを見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会が始まって六日が経過していた。

 この日は準々決勝、および準決勝が予定されており、既にキョウスケ&ラウラペアが先ほど準決勝へと駒を進めた。

 一回戦の簪のような苦になりそうな相手もなく。

 順当に勝っていった二人ではあるが、やはりというべきか、彼等の中にはチームワークというものは見られない。

 流石に此処まで来ては、観客である一般生徒達もキョウスケとラウラの関係性を見抜けない者などほとんどいない。

 二人の不仲説が現実であるという噂が校内中を飛び交っているのは、至急当たり前ともなっているような状態に近かった。

 

「…………」

 

 周りの視線が集中する。誰にか、と問われれば、それはラウラ・ボーデヴィッヒ自身に。

 生徒達にとって羨ましき二席の座の一枠を取っておきながら、キョウスケと不仲とはこれ如何に。

嫉妬の視線が多数存在すれば、私と代われと叶うはずもない願いを飛ばす者も。

 その視線など、気にするものではない。ラウラにとっては特に。

 変わってやれるものなら遠慮なく変わる。が、一度決まってしまった事に異を唱える事も出来ない。それこそ見苦しく、恥であるから。

 

(ふん……)

 

 周囲の視線など関係ないとばかりに歩き続ける。いや、このような視線は過去に何度も向けられたことがある為か、気にも留めないのが現状か。

 それでも鬱陶しいのは確か。何処か一人になれる場所にでも行き、準決勝に向けて体を休めておきたいところだが、生憎とそううまくはいかない。

 

(……そんな場所などないか)

 

 目に飛び込んできたのは、対戦表。眺めながらラウラは心の中で溜息を吐いた。

 Bブロックを勝ち抜いて準々決勝に進もうとしているのは織斑一夏・シャルル・デュノアのペアか、その対戦相手。まあ、順当に行けば一夏とシャルルの二人であろう。

 専用機持ち故に当たりまえ、というべきだろうか。

 

(誰が勝ち進んで来ようと、叩き潰すのみだが……)

 

 これまで物足りない―――いや、それ以下の勝負をしてきた分、ラウラといえども鬱憤がたまっていた。

 加えてキョウスケとのコンビだ。対戦相手ならばともかく、コンビなどと。

 

(次の試合は午後から……。さて、そろそろ歯ごたえのある相手だといいが)

 

 踵を返してその場から立ち去る。

 後ろからの視線がラウラに突き刺さるが、それが彼女にとって堪えるという事などない。

 いつも、彼女は一人。友も、親も、信頼できる上官などもおらず。寧ろ、いつもの事だった。

 

(それでいい……。私に、友などいらない。教官がいれば、それで……)

 

 千冬の事を思い出すだけでラウラの頬が思わず綻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所を移して保健室。

 その保健室内に設置されている大型モニターの前で二人の少女がこれから始まる試合を観戦しようとしていた。

 一人は金髪の少女、セシリア・オルコット。先日ラウラと模擬戦をした時に負傷してしまい、今の今まで保健室にて絶対安静状態ということで、出る事も出来ないような窮屈な思いをしている彼女。

 絶対安静ということで授業すら受けられない事は、退屈を既に通り越していた。今は試合を眺めているが、本心ではあのフィールドに立って体を動かしたいのは明白。

 セシリアの隣にいるのは、日本の代表候補生でもあるセツコ・オハラ。パイプ椅子を持ち出してベッドの隣に腰掛け、セシリア同様試合を観戦中。

 

 何故、彼女が此処にいるのかといえば―――考えるまでもない。

 

「やはり、準決勝には響介さんが進みましたわね。当然の結果ではありますけど」

 

「ええ、そうですね。……私とは違って、本当に凄いです、響介さんは」

 

 自信満々。セシリアはキョウスケの事となると熱が入ってしまう。

 キョウスケが活躍する場面が映ると、うっとりしながら画面を眺める彼女が拝める。

 この光景には思わず周りが引いてしまうほどであるが、セシリアはそんな事は関係ないとばかりに黄色い歓声を一人で上げる事もある。

 

「だって、考えられないですもの。響介さんが負ける姿なんて。

 それにしても……節子さんがあんなところで負けるだなんて、予想外でしたわ」

 

「ええ……。油断、しちゃいました」

 

 少し残念そうに、セツコ苦笑した

 セシリアの発言通り、セツコは負けた。日時としては四日目に。

 相手は織斑一夏とシャルル・デュノア。

 キョウスケ達と同じく両方ともに専用機持ちという絶望的事態。更には彼らと同じく優勝候補筆頭に数えられている。

 開始早々速攻で片方を潰されたが、一人となってもいい勝負を仕掛けはした。

 が、所詮は其処まで。流石に二人を相手にするにはセツコにとってはまだまだ苦しかった。

 

「といっても、デュノアさんにうまくやられた感じでしたね。

 織斑君の攻撃は南部さんの助言通りに、直線的だったから機動力でなんとかなった部分もありましたけど……」

 

「それを逆手にとられていましたね。いくら機動力があっても、行動を読まれたら意味などありませんわよ?」

 

「それは反省部分です。また、課題が出来ちゃいました」

 

 セシリアの発言を聞きながらも、セツコの頭の中では二日前の光景が蘇っていた。

 なんとまあ、無様な試合をしたものだとセツコ自身も反省する事しか出来ない。

 しかし、それだけシャルルのレベルが高い事を実証した試合内容でもあり、観客は大いに沸いた事は覚えている。

 まるで、手が出なかった。これを機にシャルルの株は上がり、密かにファンクラブまで設立されているとの事。聞いた時は苦笑いしか出てこなかったが。

 更にクラブ勧誘までされたセツコ。丁重にお断りしたが、断った今でも勧誘の誘いは来ているという。

 

「ヨーロッパのレベルは凄く高いとこの大会で改めて思い知りました。私も負けないように頑張らないと……」

 

「それは勿論ですわ。……まあ、こうして怪我をしているわたくしが言ったところで説得力がないのが悲しいですけど」

 

 セシリアは溜息を漏らし、セツコから視線を逸らしてうな垂れる。

 こうしてベッドの上で寝ているだけで歯痒く、やるせない気持ちが今でもセシリアを襲っているのだ。

 その時。画面の向こうが一際大きい歓声に包まれた。

 歓声を聞いて、二人も画面の方に目をやる。どうやら一夏達の準決勝進出を賭けた試合が今から始まるようだった。

 ピットからはISを身に纏った一夏とシャルルが登場し、武装を構えるだけでまたも歓声が上がる。

 

(本当に、ああして試合に出場できるというのは……羨ましいですわね。

 そして……こんな日々も、もうすぐ終わってしまうのですね……)

 

 あの時、ラグナーと交わした約束を思い出す。今までの思い出に浸るたびに別れがつらくなる。

 本国に呼び戻されるだろうか。ISは当然剥奪され、代表候補生も実質的に失われる。国籍や財産なども危うく、果たしてこれからどうやって生きていくか―――。

 暗い事ばかりが頭に浮かぶ。既に本国には報告書が行っており、ラグナーも通達書を作成している頃だろう。拳を力いっぱい握り、悔しさのあまり下唇を噛む。

 

「……セシリアさん?」

 

「―――え? どうしましたの、節子さん?」

 

「いえ、急に黙り込んでしまったので。……どうかしたんですか?」

 

「ああ……別に、おかまいなく。ちょっと考え事をしていただけですから」

 

「それならいいんですけど……」

 

 不安げに見てくるセツコに、セシリアは軽く笑って返す。

 その言葉を受けて安心したのか、セツコは再びモニターに目を戻す。気遣ってくれるセツコの存在が、今のセシリアにはありがたかった。

 あと数日で学園を去ってしまうとしたら―――セツコはどう思うのだろうか。そして、キョウスケは。何も言わずに去る予定のセシリアを、どう思うのだろうか。

 

(でも……)

 

 でも。いや、間違いなくキョウスケは何も言わないだろう。

 去る者追わず。それがキョウスケらしく、そしてセシリアが想っているキョウスケの姿だ。引き留めてくれるのは嬉しいが、それでも。

 

「………響介さんの事、お願いしますね」

 

「え? どうしたんですか、セシリアさん?」

 

「いえ、別に。独り言ですわ」

 

「……?」

 

 今度はしっかり見ていたが、予想通りというべきか。セシリアの言い回しが分からず、セツコは可愛らしく首を傾げた。

 自分がいなくても、キョウスケが幸せであればそれでいい。

 

 

 それで、いい筈なのだ――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりー! なんぶっくーん!」

 

「はぁ」

 

 キョウスケは盛大に溜息を吐いた。遠慮などなく、目の前の人物――何故か此処にいた大倉利通――に聞こえるようにわざとらしく。

 しかし、眼前にいるハイテンションの男、大倉利通には届くことはない

 うきうきと、にこにこと表情を緩めながらキョウスケに近付き、左腕を手に取った。

 

「おやおや? 全然嬉しそうじゃないね。僕はこんなにも嬉しいのにさぁ!」

 

「正直、面倒です」

 

「うはぁー、それは効くねぇ! でも、其処に痺れる、憧れるぅ! だっけ? ねえ、松崎君」

 

「……そのネタ、もう飽きましたよ」

 

 キョウスケと同じく、盛大に溜息を吐いてみせるのは大倉研究所所員の一人、松本。

 未だに名前を間違えているらしく、彼も半ばあきらめているらしい。

 失礼極まりない行動を取っているにも関わらず、大倉は相変わらずテンションが高い。松本の肩をバンバンと強めに叩き、アホみたいにハハハと笑い始めた。

 

「何が可笑しいんですか、アンタは……」

 

「ハハハハッ、気にする事なんて何もないのだよ、小松くぅん!

 それよりなんで僕がこんなところにいるのか知りたいでしょ? いいよ、教えてあげよう」

 

「まだ何も言っていませんが……」

 

「細かい事は気にしない気にしない。ほら、僕って一応世界的に有名な武器開発専門家じゃない?

 実はIS学園にもいろいろ貢献していてさ、今回はこうしてご招待されたわけ。VIP席だよ、V・I・P! 羨ましいでしょ~?」

 

「いえ、全く」

 

「連れないなぁ、南部君は。あ、そういえば彼女出来た?

 その辺に女の子が転がってるんだからさ、一人ぐらい出来たでしょ? え? 僕? そんなくだらないものがいると思っているの~?」

 

 聞いてもいないのに話を進めていく大倉に、キョウスケはもはや言葉すら返さなかった。

 勝手に話を進めていく男。一緒にいるだけで疲れるのに、今回はやけに上機嫌だ。もしかすると、準決勝が始まっても解放してくれないかもしれない。

 全く面倒な奴が来たものだと思っていると、キョウスケの視線が大倉の随伴としてついてきたのか、整備担当の田中を目で捉える。

 

 大倉を松本に任せ―――すごく嫌そうだったが―――、キョウスケは田中の方に近付いてゆく。

 

「お久しぶりです、田中さん」

 

「おお、南部か。三か月ぶりぐらいか? まあ、元気そうでなによりだ」

 

 ポンとキョウスケの肩を叩き、にっと笑顔を見せてくる田中。

 久しぶりに会った田中だが、どうやら彼も大倉同様に何も変わっていないようだ。

 

「それより、俺に何か用ですか? 大倉博士が顔を見せる為だけに俺のところに来たとは思えないのですが」

 

「ん? ああ、用があるのは俺だよ。所長は勝手についてきただけさ」

 

「田中さんが?」

 

「ああ。この際、アルトアイゼンを少し整備してやろうと思ってな。

 お前は一応大倉研究所所属なんだし、いつも自分で整備するにも限界があるだろ?」

 

「ええ、確かに」

 

 こればかりはキョウスケといえど肯定するしかない。

 専用機ということも相まって、整備に関する事は基本的に自分自身でしなければならない。

 訓練機に関しては専門の暑苦しいおっさんが—――ザ・ヒートとかザ・クラッシャーなんて事もいわれているらしいが―――担当しているのだが、流石に許可なしに触れさせるのはまずい。

 おまけにその人物は直すよりもあだ名の通りに壊す方が得意らしい。

聞いた時はそんな人物が果たしてIS学園お抱えの整備士でいいものかと首を傾げたが。

 しかし、何度もアルトを見たことがある田中ならば安心して預けられる。そう思い、キョウスケは素直に彼の発言を吞む。

 

「分かりました。アルトアイゼンを宜しくお願いします、田中さん」

 

「おう、任せとけ。それじゃ、メンテナンスルームを借りてるんでな。そっちに行くぜ」

 

「はい」

 

 促され、キョウスケと田中は共にメンテナンスルームの方に歩いていく。

 この場に残されたのは大倉と松本。大倉のテンションがあまりにも高いせいか、松本が少々げんなりし始めたていた頃。

 

「でさ、次の競馬だけど……大穴狙いでいいかな? いつも通りに」

 

「好きにしてください……。知りませんよ、そんな事」

 

「おお、松林君から許可が出るなんて珍すぃ! 

 いつもは給料が減るからやめてくれって叫んでるのに! 気前いいね、今日は!」

 

「はいはい……」

 

「あ、そういえばさ。またパチンコ行こうよ。今度は絶対勝つからさ。ね?」

 

「…………二十万も出して当たる要素が全くなかった人が何を言ってるんですか……」

 

「あれはまぐれだよ、まぐれ。絶対遠隔だよね、うん」

 

(正直、面倒くさい……)

 

 松本の表情には、疲労の色しか見えていなかった。

 

 

 

「おっと、そういえばメンテナンスルームにもう一人お客さんがいるからよ」

 

「客、ですか?」

 

「おうよ。そいつの武装を設計したのもうちでな。それの整備をやってるんだよ」

 

 メンテナンスルームの扉を潜ると、意外な人物が待っていた。

 流れるような美しい銀髪に黒い眼帯。しかし、いつものような刺々しい感じはまるでなく。子猫のよういちょこんと小さくなって座っている―――ラウラ・ボーデヴィッヒの姿があった。

 

「おう、待たせたな」

 

「別に構わ………何故、そいつがいる?」

 

 キョウスケの姿を見るなり、ラウラの表情が一変する。

 殺気を露わにし、今にも飛びかかりそうな姿勢。右の眼光が鋭く光り、キョウスケに狙いを定めている。

 しかし、それを察してか田中がラウラの頭をボカッと容赦なく叩く。

 

「き、貴様!」

 

「おいおい、そんなに殺気を放出させるんじゃねえ。南部はうちの大切な人員だ。事を荒立てるようなら、お前の武装のメンテは一生してやらねえぞ」

 

「くっ……。ちっ!」

 

 そういわれては是非もない。

 どうする事も出来ずにラウラはもう一度椅子に腰かける。ただし、不機嫌さ全開の様子を放出させながら。

 キョウスケは黙ってみていたが、やがて左腕に装着していたガントレットを外すと田中に手渡す。

 

「お願いします」

 

「おう。それより、あの嬢ちゃんと仲が悪いのか?」

 

「……色々とありまして」

 

「ほう、そうか。ま、あの態度はそうだろうな」

 

 しかし、察したのだろう。田中はそれ以後、追及することはなかった。

 田中はガントレットを手に持って奥へと向かってしまう。

 その場に居合わせているのは、ラウラとキョウスケ。

ラウラは腕を組みながら静かにしていたものの、田中がいなくなるのを悟るとすぐさま殺気の籠った視線をキョウスケにぶつけた。

 

「貴様……。あの変人の下にいるのか」

 

「変人は否定しないが、そうだ。ただ、俺としても成り行きではあったが」

 

「成り行きだと……? 成り行きであんな変人の下にいるなどと。頭がどうにかなっているとしか思えんな」

 

「……否定は出来ないな」

 

 ラウラの発言に、キョウスケは珍しく苦笑した。

 ただし、意外だったのはラウラだ。キョウスケが苦笑いとはいえ笑ったのを見て、思わず呆然となってしまう。

 

「な、何が可笑しい」

 

「いや……思いのほか的を得ていると思ってだ。俺も何故あんな変人の元にいるのか、今でも分からん」

 

 何の因果だろうな、とキョウスケは呟きながらもう一度苦笑した。

 別に自分が笑われている訳ではないと分かり、ラウラは黙り込む。もしもラウラの事で笑っているのならば、その時はキョウスケをぶん殴るのも辞さなかったが。

 

「それより、次は準決勝だ。対戦相手はどうやら、あの織斑一夏とかいう小僧とフランスの代表候補生、シャルル・デュノアだろう。―――どちらとも私の獲物だ。手を出してくれるなよ」

 

「一回戦の時もそうだったな、お前は」

 

「当然だ。代表候補生同士の勝負などそうはない。

 ――訓練機程度で出てくるなど、正気の沙汰ではないと思ったがな」

 

「事情があるのだろう。察してやれ」

 

「事情だと……? 私は侮辱されたも同じなのだぞ! 貴様には分からないだろうがな!」

 

 激昂し、思わず立ち上がるラウラ。

 怒声はメンテナンスルームに嫌でも響き渡る。まあ、プライドが高いラウラがそのように解釈するのも無理はない。

 しかし、事情もなしに専用機を持ち出さない筈がない。キョウスケが黙り込んでいると、益々苛立ってくるのはラウラの方だ。

 

「何とかいえ、南部響介! 貴様はどうだ。候補生が専用機も持ち出さず訓練機で十分といっているのだぞ。これ以上の侮辱はない!」

 

「………知らないな、そんなもの」

 

「何!?」

 

 音が鳴るほど歯を食いしばり、キョウスケに詰め寄るラウラ。

 身長差があるため、胸倉を掴むことは出来ない。が、今にも握った拳でキョウスケの腹を殴りかかりそうな状態。

 ただ、それに臆しないのがキョウスケの持ち味だ。しかし、これだけは言ってやる。

 

「たとえ相手がどんな状態でこようと、立ち塞がるのならば全力で撃ち貫くのみだ。俺は、“今まで”そうしてきた」

 

「それがどうした?」

 

「勝負事の世界に私情を挟んでは足元をすくわれる。―――今の俺達のようにな」

 

「貴様……何が言いたい?」

 

 キョウスケの言い回しに、ラウラは意味が分からないと睨みつける。

 はぁと嘆息するのはキョウスケ。それがラウラの機嫌を逆なでるのだが、彼は言う。

 

「次の試合、俺はお前のフォローに回る」

 

「何……?」

 

「ここまで来ると、もう相手は並大抵ではなくなる。何時までもこんな状態が続けば負けるのは俺達だ」

 

「ふん…。だからどうした? 貴様など、私にとっては足手まといにしかならない。

 貴様など、私にとっては存在しているだけで邪魔なのだ!」

 

「…………」

 

 再び黙るキョウスケ。そのまま壁から離れると、メンテナンスルームの入り口付近へと足を進める。

 そのまま出ていくのかと思いきや、キョウスケは扉の前で立ち止まった。そして、彼は言う。

 

「―――伝えたい事はそれだけだ」

 

「……ふざけるな! 貴様のフォローだと? 貴様まで私に泥を塗る気か!」

 

「…………」

 

 何も答えず、部屋を出る。

 

「待て、南部響介!」

 

 叫ぶが、キョウスケは立ち止まることはない。プシューという音だけを残して扉が閉まる。

 残されたラウラは俯き、拳を握る。歯を限界まで食いしばり、なんともいえないこの気持ちを静めるのに精一杯だった。

 

「くそ……。馬鹿にして……っ! ふざけるな、ふざけるなふざけるな!」

 

「おいおい、また喧嘩か? 全く、ガキだな……」

 

 声に反応して出てきた田中は、ラウラの様子に溜息を吐く。

 ラウラは田中の声も、溜息すら耳に入っていないようだ。ただただ抑えきれない憤りをどうにか堪え、その場に立っている。

 田中はポリポリと頭を掻いたが、ポンとラウラの肩を強めに叩く。ピクッと小さく反応したラウラだったが、田中の方を見ようとはしなかった。

 

「触るな……!」

 

「話の内容は聞かせてもらったが、非は嬢ちゃんにもあると思うぞ」

 

「私に非だと……? そんなものなど、あるはずがない!」

 

「いいや、あるね。純粋っていえば聞こえはいいが、嬢ちゃんの場合は行き過ぎだ。自己中心的に考え過ぎだぞ」

 

「………っ」

 

 だから、どうした。

 自己中心で何が悪い。他人が心情を理解してくれる事など、決してない。千冬を覗いて、後の人間などに興味など―――ない。

 田中はその後も何事かをラウラに言ってきていたが、生憎とラウラの耳には何も聞こえなかった。

 ただ、一つだけ聞こえたこと。それは「少しは、他人の事を信じてみてもいいんじゃねえか?」という言葉だけ。

 

 何を偉そうに。こいつが、一体何を知っているというのか。ラウラの、何を―――。

 

 考えるだけで頭痛がする。他人を信じるなど、出来るはずもない。

 そのまま、時間だけが過ぎていく。どうすればいいのか、この気持ちを何にぶつければいいのか。それすらも分からず、もがく事しか出来ない自分自身に腹が立つ。

 こんな気持ちにさせるのも、全てあいつのせいだ。憎らしい。憎らしくて、怒りが爆発しそうなのに――――切ない。

 

 

 

 

 今のラウラの感情は、ぐちゃぐちゃだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準決勝の日を迎えた。

 

 観客席の盛り上がりとは裏腹に、アリーナ内部は静けさで満ちていた。向かい合うのは、専用機を持った四人。

 優勝候補筆頭であるこの二組。準決勝で対戦するというのが、非常に残念な組み合わせでもある。

 

「ようやくお前にリベンジできる時が来たな。今度は絶対に勝たせてもらうぜ、南部」

 

「そうか。では、こちらもお前の期待に応えられるよう、全力で相手させてもらう」

 

 冷静に返答するキョウスケ。キョウスケが発言する事で何処か余裕が見られたが、一夏にとっては面白いとばかりに口端を吊り上げる。

 あの時―――四月に行った、クラス代表決めの試合。

 あの時は全く歯が立たずに敗退したが、今回はきちんとした勝負が出来る。一夏としても待ちに待った勝負がこの場面で来たため、正直に言えば心が躍っている。

 だが、それを遮るかのように隣に控えていた眼帯の少女―――ラウラ・ボーデヴィッヒが一夏の方を鋭く睨み、言い放つ。

 

「―――残念だが、貴様の相手も私だ。専用機相手ならばそれなりの勝負が出来そうだからな」

 

「ん? いや、俺は……」

 

「ふん。こんな軟弱な男と戦って勝ったとして、果たして貴様はそれで満足か? 私は物足りないところでは済まないがな」

 

「……いや、残念ながらそういう訳にはいかないんだよ、俺の場合は。―――この勝負、絶対に負けられないんだ」

 

「ふん、馬鹿馬鹿しい…」

 

 ラウラの言葉を物ともせず、ただ一直線にキョウスケの方にのみ視線を向けている一夏。

 そこまでこの男と戦いたいのか、こいつは。こんな絶好の獲物をキョウスケなどに取らせはしない――が、どうにも面白味のない男だとラウラは思う。

 

「それじゃあ、私が相手してあげようか? ボーデヴィッヒさん」

 

「シャルル・デュノアか」

 

 にっこりと笑顔を振りまきながら、ラウラに声を掛けてきたのはフランス代表シャルル。・デュノア。

 一夏の直線的な性格とは違い、腹の中では何を考えているのかいまいち分かり辛い相手。

 この笑顔にしてみても、どうしても信用できるものではない。ラウラはやや眉を寄せて、シャルルの方から視線を逸らし、指定位置へと移動する。

 

(……予想通りの反応、か。ということは、戦い方も恐らくはそう変わらない筈。

 ――もしもそうだったら、これ以上データを取る必要もないけど……)

 

 誰に対しても心を開かず、常に単独で動く。

 この数試合―――経験も全くない生徒相手ならば通用したであろうが、代表候補生と専用機持ちには相当な技量でなければ出来るものではない。

 ―――まあ、確かに技量はある。だが―――。

 

(少なくとも、まだ越えられるほどじゃないけどね……)

 

 冷静に判断するが、だからといって油断はしない。

 軽く一夏に目配せをしてから、各々が配置につく。

 そして、試合開始のブザーが鳴った瞬間、飛び出していったのは一夏であった。向かう先は勿論、キョウスケの元だ。

 

「初手、貰うぞ!」

 

「……!」

 

 いきなりには単一能力である『零落白夜』を使っては来ないのか、白式の剣―――雪片弐型を実体剣のまま振るう。

 初手の上段斬りは左腕のマシンキャノンをガードに回す事で防ぎ、一撃必殺のステークをぶち込もうと素早く構える。

 しかし、ステークを使ってくることは想定済みな為か、一夏としては珍しく後ろに下がって距離を取ってくる。

 

「ほう……」

 

 一夏の行動を見て、唸るキョウスケ。しかし、後退したからといって逃がす筈はない。

 バーニアを噴かし、とんでもないスピードで一夏へと接近するキョウスケ。今度こそステークをぶち込もうと右腕を折りたたみ、狙いを定める。

 

「やらせるかっ!」

 

 対する一夏はここぞとばかりに零落白夜を発動し、雪片弐型を真の姿へと変貌させる。

 案外早く使ってきたな、とキョウスケは内心で思う。

 恐らくはエネルギー切れを恐れて限定的に使うのであろう。更にキョウスケのステークを真正面で防ぐのなら、それくらいでなくては困る。

 

「……!」

 

 力を込め、右腕を一夏に向かって解き放つ。

 一夏はどうにかステークの正面に雪片弐型を持っていくものの、キョウスケの勢いは凄まじく、すぐに押される形となった。

 だが、此処で押し切られるわけにはいかない。両足に力を込め、足が地面にめり込むほど踏ん張る事でキョウスケの勢いを封殺しようとする。

 

「……甘い!」

 

「くっ!?」

 

 それでも。それでもキョウスケの勢いは凄まじく、徐々に押されていく一夏。

 顰め面を浮かべながらキョウスケを見やるが、キョウスケも最初に言ったように遠慮などするつもりはない。

 真正面から全力で向かってきているあたり、流石だと一夏が思ったその時。

 

「織斑君!」

 

「……! ああ!」

 

 刹那、キョウスケの後ろを取る。誰がと言われればシャルルしかいない。

 六一口径アサルトカノン〈ガルム〉を手にしたシャルルは、機体をキョウスケの方に向けながらガルムの砲口から銃弾を発射する。

 その射撃は的確にキョウスケを狙い撃つが、シャルルが撃ち放った瞬間に別方向から砲弾が飛んできたかと思うとそれが誘爆を起こして銃弾をかき消す。

 すぐに撃ってきた相手を確認すると、其処にはラウラの姿。肩部のレールカノン砲から煙が上がっている辺り、彼女の妨害だろう。

 

「私がいる事を忘れてもらっては困るな」

 

「……助かる、ボーデヴィッヒ」

 

「黙れ。別に貴様を助けた覚えはない。さっさと其処を退け。そうしなければ、お前ごと撃つ」

 

「……そうか。なら、頼むぞ」

 

「-――ちっ」

 

 苦笑しながら答える。

 キョウスケの言葉にぷいと視線を逸らしたラウラだが、すぐに目標をシャルルへと変える。プラズマ手刀を呼び出し、シャルルに向けて機体を駆りだした。

 

「お前は私が落とす」

 

「……流石に専用機持ち二機は厳しいね。でもね!」

 

「俺達も負けちゃいない!」

 

「……っ!?」

 

 瞬間、先ほどまでキョウスケとやりあっていた筈の一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)によってラウラとシャルルの間に躍り出てきたのだ。

 いきなり出てきた一夏に目を見開くラウラだが、関係ないとばかりにプラズマ手刀を向ける。

 輝きを放った刃が一夏へと向かって行くが、一夏は難なくそれを受け止めた。

 

「何……?」

 

「そんな刃、南部のステークに比べたら軟なものさ」

 

「貴様……っ! 馬鹿にしてっ!」

 

 キョウスケと比べられたことが心外だったのか、ラウラはギリッと歯を食いしばり、やや力を込めて刃を振るう。

 それも難なく一夏に防がれ、更に反撃とばかりに雪片弐型を突き入れてくる。

 紙一重でその突きを避けるが、避けた瞬間に彼らは動いた。

 

「シャルル!」

 

「分かってるよ!」

 

 一夏の後方で待機していたシャルルがいつの間に手にしたのかアサルトライフルを構えていた。

 すかさず放たれる銃弾にラウラはちっと舌打ちする。

 シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されているシステム、“AIC”で受け止めてもよかったが、銃弾を止めている時に他方から攻撃されては元も子もない。

 咄嗟の判断で後ろへと後退するという選択を選ぶ。しかし、それを避けられると悟っていたのかすぐさま接近してきたのはシャルルであった。

 

「逃がさないよ、ボーデヴィッヒさん」

 

 今まで手にしていたアサルトライフルは既になく、代わりに呼び出したのは近接ブレード〈ブレッド・スレイサー〉。呼び出す時間は一秒とかからない。

 これはシャルルの持ち味でもある『高速切替』(ラビット・スイッチ)によるものだ。事前呼び出しを必要とせず戦闘と並行して行える武装呼び出しなのだという。

 これが出来る事は相当な技量を持ち合わせているという事になる。おまけに判断力も高いとなれば中々厄介な相手だとラウラは考えた。

 

(こいつさえ倒せば勝機はある。……狙いをこいつに絞るべきか。だが、もう一人も邪魔だ……。さて、どうする?)

 

 接近してくるシャルルに対してワイヤーブレードを展開し、刃を向かわせる。

 しかし、シャルルは呼び出した近接ブレードにて向かってくるワイヤーを正確に打ち払って逆にラウラとの距離を詰める。

 初めて目前で使ったにも関わらずに正確に打ち払っているシャルルの様子を見て、ラウラは思わず息を吞む。

 鈴音も前に打ち払ってはいたが、流石にこれほどとは思えない。いや、そう思わざるを得ないほど正確に払う姿はただの代表候補生とは思えなかった。

 

「お前……本当にただの代表候補生か!?」

 

「……さあ、どうかな」

 

 ぼそりと呟いた言葉だったが、ラウラの耳にはしっかりと届いた。

 その言葉だけ何処か無感情に聞こえたにも関わらず、何故か悲しげで。聞いていたラウラの方が眉を寄せるが、シャルルは尚もラウラに詰め寄る。

 と、その時。シャルルの方に警告音が鳴ったかと思うと、彼女はすぐさまラウラへの攻撃をやめて後方へと下がる。

 ただし、下がったといっても片腕にはアサルトライフルを呼び出しており、警告音が鳴った理由―――キョウスケに向かって銃弾を放つ。

 

「貴様、手を出すなと!」

 

「生憎、そういう訳にはいかないさ。……その程度なら」

 

 銃弾を避けることなく、キョウスケはあえて攻撃を受けた。

 ただし、シャルルの方に突っ込みながら三連マシンキャノンにて反撃する。

 

「堅い機体故に、ね。これくらいの銃弾じゃビクともしないよね、やっぱり」

 

「その程度で落ちるようなら、俺はこの場にいないさ」

 

 それはそうだとシャルルも思う。彼女も報告書は読んでいるが、レビやツィーネといった混沌(カオス)の幹部クラスと渡り合って生き残っているのだ。

 機体も軟ではないし、なによりあの赤い機体を駆るパイロットが尋常ではない。

 内心でかなりの脅威だなと感じていたが、だからといって臆することはない。

 

(それに、直接戦った方がデータも取れるし。丁度いいのかな、これはこれで)

 

 アサルトライフル如きの威力で到底アルトアイゼンを落とすことは出来ない。かといって、あの重装甲を破るには苦労するであろう。

 となると、やはり一撃必殺しかない。鍵を握るのは織斑一夏。彼の単一能力ならば、あるいは。

 

(にしても、想像以上に速い……!)

 

「貰った……!」

 

「……そう簡単には、いかないよ」

 

 接近された瞬間にアサルトライフルを投げ捨て、もう一本近接ブレードを展開。

 右手のブレードでキョウスケのステークを受け流すように打ち払った。

 

「何!?」

 

「いくら行動が速くても、そう簡単に決められるとは限らないよ」

 

(こいつ……!)

 

 眉を寄せ、シャルルを見やるキョウスケ。

 いとも簡単そうに受け流すその姿は、ラウラが声を上げたのも無理はない。決めに行くつもりで放った筈が、こうもあっさり返されるとは。

 更に、マシンキャノンを放とうにもシャルルは残った左腕でマシンキャノンの砲口目掛けて剣先を突き入れた。

 

「……!?」

 

 頑丈に作られているマシンキャノンも、砲口部分から突き入れられれば元も子もない。

 砲口部分が潰され、敢え無く使い物にならなくなってしまう。

 

 ―――なるほど、わざと接近させたのか。

 

 キョウスケは瞬時に悟った。もはや器用だとか言っている場合でもなく、彼女の実力自体が別格と言えるほどに。

 

「さて、それじゃ……!?」

 

 止めを刺そうとしたその時、シャルルの体が固定されたように止まる。

 体を動かそうにもピクリとも動かないそれに、シャルルはふうと嘆息。そして、その原因となる人物に声を掛けた。

 

「ちょっと予想外だね……。まさかボーデヴィッヒさんが南部君を援護するなんて」

 

「……癪だが、お前はしばらく黙らせていた方がいいと思ったのでな。ようやく捕まえたぞ、女狐め」

 

「女狐…か。……ま、そう見られてもおかしくはないけどね」

 

 右手をかざし、シャルルの動きをAICにて止めたのはラウラだ。

 その行動にはシャルルも意外だったのか、少し驚いた様子を見せていた。しかし、これは好機。これを見逃すキョウスケではない。

 

「ボーデヴィッヒ、お前に貰ったチャンスは無駄にはしない」

 

「…………黙れ。喋っている暇などないはずだ」

 

「―――ああ、分かった」

 

 鼻で笑った後、キョウスケは目付きを変える。

 今度は逃がさない。いや、絶対に仕留めてみせる。キョウスケが右肘を折りたたみ、ステークを撃ち込もうとしたその時。

 

「なーんてね♪」

 

「……何?」

 

 追い詰められているにも関わらず、シャルルは笑顔を見せた。

 それでいて、ラウラに拘束されていた筈の右腕が動き、解き放たれたステークを間一髪で防ぐ。

 

「それを食らったら本当に終わりだからね。ちょっと危なかったけど」

 

 こうしてシャルルが動くという事は、ラウラに何かがあったという事。

 すぐに彼女の方に視線を向けると、其処には肩を被弾しているラウラの姿があった。

 

(被弾……? まさか、一夏か?)

 

 しかし、一夏の白式には火器が積まれてはいない筈。それどころか雪片弐型一本で戦うという無茶なスペックであったはずだ。

 だが、ラウラが被弾しているという事実。其処まで考えた時、キョウスケの頭にシャルルが収納するのではなく投げ捨てたアサルトライフルの存在を思い出す。

 

「――――あの時のライフルか」

 

「正解。アンロックした銃だから、織斑君も撃てるってわけ。

 ボーデヴィッヒさんが織斑君の事を牽制はしていたみたいだけど、銃を使ってくるとは予想外だったようだしね」

 

「ふん……。サマ師め」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ、南部君」

 

 にやりと笑みを浮かべ、シャルルは一瞬だけ下がったように見せかけて至近距離でショットガンを展開し、キョウスケに食らわせる。

 撃墜するには難しいが、ある程度のダメージを食らわせられる代物。

 使い物にならなくなった左腕で銃弾を受けるが、シャルルは機体を動かしながらもキョウスケに向けて銃弾を発射。動く隙を与えない。

 

「ちっ…!」

 

 舌打ちするが、状況は好転せず。ショットガンの衝撃が次々にキョウスケに襲い掛かり、シールドエネルギーを減少させてゆく。

 他のISに比べれば減少度は低いが、連続で受ければ危うい。

 事実、堅牢なアルトアイゼンの装甲も所々吹き飛ばされており、それを顧みたキョウスケがまたしても舌打ちするくらいだ。

 

(一旦突破し、ラウラと合流した方がいいか…。ならば!)

 

 受け続けるだけではどうしようもない。機体を走らせてラウラの元に向かうが、その道中を遮るように一夏が現れた。

 

「南部っ!」

 

「お前を相手にしている暇はない……!」

 

 遮る一夏などなんのその。

 体当たりして強引に吹き飛ばすと、ラウラの元へと合流。すぐにプライベート回線を飛ばし、彼女に話しかける。

 

『フッ、無様だな。あれを仕留められないのだと、先が思いやられる』

 

『拘束を中断されたのはお前だろう? お互い様だ』

 

『私が縛ってなければ敵も仕留められないのか、貴様は』

 

『さて、どうだろうな……。だが、さっきの援護は助かった。感謝する』

 

「…………ふん。私とて、何故お前を助けたのか分からないんだよ。……ちっ、なんなんだ、この気持ちは……」

 

 こうして話すのは何処か違和感を感じるものの、妙な事に悪い気はしない。

 ラウラもキョウスケの隣に立って戦況を見極めるが、どうにも思わしくない。

 早くも一夏とシャルルはアイコンタクトで合図しあって行動しており、キョウスケとラウラを挟み込むように構えた。

 そこで、ラウラは珍しくキョウスケにプライベート通信を送る。キョウスケも少し意外に思ったが、素直に応じる。

 

『向こうの連携は完璧のようだな。はっ、ご苦労な事だ』

 

『連携、か。……ラウラ、お前のAICを見て少し閃いたんだが。やってみるか?』

 

『閃いた? ふん、どうせろくでもない事なのだろう? 私が貴様に協力するとでも思っているのか?』

 

『してくれなければ、困る。それに、無茶をやらかすのは俺自身だ』

 

 正気か? と、ラウラは思った。

 それにAICを使うとは益々意味が分からない。二人いる以上、どちらかを止めたとてさほど意味を成さないのは分かっている筈だが。

 

『……ふん。お前の意見を酌んだところで、私にメリットはあるのか?』

 

『さあな。だが、分の悪い賭けに任せてみるのも悪くはない。俺はそう思うが』

 

『……好きにしろ。だが、私もそろそろ本気を出させてもらおう。……あまり使いたくはなかったが』

 

『……?』

 

 言うなり、ラウラが左目の眼帯に手を掛ける。それを無造作に取り払ったかと思うと、其処から出てきたのは金色の瞳だった。

 右目とは違い、美しく輝く金色の瞳。キョウスケも見た瞬間は言葉が出なかったが、ラウラもそれはそうだろうと自嘲気味に笑った。

 

『これはヴォーダン・オージェ(オーディンの瞳)。私の忌まわしい記憶の一つでもある』

 

『その金色の瞳が?』

 

『……笑うがいい。私は、これのおかげで人とは違う者となった。

 常に成績は最下位、他人からは化け物扱いされ……織斑教官がいなければ此処に私はいなかった』

 

『…………』

 

『私は……『だから、どうした』……?』

 

 途中で言葉を遮ってきたキョウスケ。彼女はキョウスケの方に目線をやるが、キョウスケは相手を見ながらも彼女に話す。

 

『お前が金色の瞳を持っていようが、なんだろうが……お前はお前だろう。誰が何と言おうと、変わる事はない』

 

『何がいいたい……?』

 

『言っているだろうが。だからどうした、と。

 それがお前という人間なら、それでいい。他人が何と言おうが関係なんてないだろう。お前は、お前だ』

 

『…………』

 

『もっと胸を張って堂々と生きればいい。それがお前だろう? ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

『―――――』

 

 ポンと肩を叩き、キョウスケはラウラの前へと立つ。

 所々に損傷は目立つものの、ラウラは彼の後姿に目を見張った。そして、今までのもやもやが、少しではあるが晴れた気がした。

 はは、と口から乾いた笑みがこぼれる。無意識に、自分でも止められないか細い笑い。

 ただ、ラウラは黙ってキョウスケの隣に立つ。久しぶりに両目で見た視界も、何処か清々しい。

 

『お前は、おかしな奴だ。あの変人並に』

 

『……一言余計だと思うが』

 

『ふん。なあ、南部』

 

『?』

 

 ラウラはしっかりと両目でキョウスケを見る。

 一方のキョウスケは首を傾げながら彼女を見ていたが、ラウラは鼻で笑った後こう呟く。

 

『やるからには、成功させろ。

 ……この勝負においては、お前を信用してやる。あくまで少しの間だ。勘違いするなよ」

 

「分かっているさ。……やるぞ、“ラウラ”」

 

「………………。ふん」

 

 名前を呼ばれても、ラウラはキョウスケに殺気を含んだような目付きを送ることはなかった。

 ただ、心の中に浮かんできたこの妙な気持ち―――。これが、今のラウラには理解できなかった。

 

 


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