IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第二十五話 転入生

「では、自己紹介の方をお願いしますね」

 

 転校生として教室に入ってきた二人――金髪の少女と、銀髪の少女だ――に呼びかける真耶。

 金髪の方ははいと快く返事するが、銀髪は腕組みをしたままで動じる様子はない。

 左目には眼帯をつけており、背も金髪の少女に比べて低い事が特徴か。ただ、彼女から発せられる雰囲気は、恐ろしく冷たいものだった。

 人間であって、人間ではない。どんな非常な事でも、命令ならば実行できる――。第一印象としてはそういったところであろうか。

 キョウスケはやや眉を寄せて銀髪の少女を見るが、先に金髪の少女が自己紹介を始めた。

 

「シャルル・デュノアといいます。フランスから来ました。

 この国では不慣れな事が多いと思いますが、皆さんどうぞよろしくお願いします」

 

 名乗った後で礼儀正しく一礼する金髪の少女―――シャルル・デュノア。

 容姿は可愛いの一言。だが、話し方や動きを見ている限り、何処か紳士の趣を感じられる。

既に一部の生徒達はシャルルに目が釘付けのようで、彼女から中々目が離れない。

 

「えっと、あの……何か可笑しな部分があったでしょうか?」

 

「い、いや、違うの。ただ、なんだか素敵だな~って思って!」

 

「は、はぁ……」

 

 不思議に思ってシャルルが前側に座っていた女子に問うと、問われた女子は目を輝かせながら堂々と答えた。 

すると、シャルルは若干困惑したように苦笑を浮かべる。

 ―――普通に挨拶したつもりが、何故このような事になっているのか、という事に理解できないでいるのだろう。

 

「では、次の方の自己紹介を……」

 

「…………」

 

 未だにざわつきは収まらないが、時間も押している為、真耶は次へと進めることにした。

 だが、銀髪の少女は相変わらず腕組みをしたまま動かず、言葉すら発しようとしない。

 真耶がやや不安そうな目をしながら銀髪の少女を覗き込むが、それでも効果はなかった。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

 

「そんなものに意味などないかと思われますが」

 

「それでもだ。これから一緒にやっていくクラスメイトなんだ。お前の名前くらいは知ってもらえ」

 

「……………。了解しました」

 

 しばしの沈黙の後、千冬からラウラと呼ばれた銀髪の少女が、ポツリと返事をした。

 千冬にだけは従う様を見せられ、これに関してもざわつき始めるクラスメイト達。

 何か関係があるのは間違いないだろうが、考えるよりも早くラウラが口を開いた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 背筋を伸ばし、手は体の真横につける。更には足をかかとで合わせた。

 彼女が行う規律正しい姿勢は、素人ではとてもではないが真似できない代物。

 雰囲気からも物語っていたが、軍人関係者で間違いないのだろう。

 ただし、本当に名前だけしか言わなかったので、クラスメイト達がポカンと口を開けて固まる。

 ラウラはくだらないとばかりに見下すように視線を向けるが、姿勢を変えることはなかった。

 

「えっと……それだけですか?」

 

「他に喋る事などない」

 

「そ、そうですか……」

 

 真耶は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

 これ以上、真耶が何を言ってもラウラは返事をしないだろう。

 千冬は例外であろうが、ラウラの性格を知っているためか、千冬も真耶に首を振る事で進めた方がよいと判断した。

 と、その時。ラウラの右目がとある人物―――キョウスケを捉える。

 

 刹那、ラウラがいきなり駆け出す。

 それなりに広い教室ではあるが、キョウスケ以外誰も見えていないかのように素早い動作で迫ると、何処から取り出したのかは分からないが―――ナイフを取り出してキョウスケに突き出す。

 

「――――っ!?」

 

「響介さん!?」

 

 それはセシリアの声だったか。禁止されているとはいえ、非常事態に変わりはない。咄嗟の判断でセシリアは部分的にISを展開した。

 展開したのは腕部とスターライトMk-Ⅲ。キョウスケにナイフを突き出すところで彼女の鼻先に銃弾を掠めさせることで動きを止める。

 

「邪魔をするな、女」

 

「邪魔をするな? わたくしは当然の判断をしただけですわ。

 それに、響介さんが目の前で殺されかかっていますのに手を出さない筈がありませんもの」

 

 セシリアの方に視線を向けながら、邪魔された事にやや苛立っているのか怒気を含ませた声を発する。

 セシリアもラウラの意は理解している。だからこそ、次は本気だと言わんばかりにラウラの頭にスターライトの砲口を構えた。

 

「ボーデヴィッヒ! オルコット! 武装を解除しろ! 命令だ!」

 

「……ちっ」

 

 千冬の声が飛び、ラウラは舌打ちしながらもナイフを収める。

 しまうのを確認した上で、セシリアもISの部分展開をやめる。ただし、ラウラに対する警戒心からか席から立ち上がったまま、ラウラを睨みつけていた。

 

「……俺に恨みでもあるのか?」

 

「―――ふん。貴様にはなくとも、私にはある。それだけだ」

 吐き捨てるようにキョウスケに言葉を放つと、ラウラは踵を返して空いていた席に着席する。

 ラウラが去っていくのを見ながら、キョウスケは首を軽く撫でた。

 恨み―――当然、キョウスケは彼女とは初対面の筈だ。

 しかし、いきなりナイフで殺されかけた辺り、向こう側からすれば相当恨まれているのは明白。

 

(織斑先生関係か…? まったく、前もそうだがこの件に関する話題は事欠かないな……)

 

 一夏の件といい、今回の件といい。千冬と関係があるのかは定かではないが、関わったところで碌な目にあっていない。

 挙句の果ては殺されかける始末だ。呪われているのか、と真剣に頭を抱えてしまう。

 

「……ボーデヴィッヒ、オルコット。後で職員室に来るように。

では、HRを終了する。各人は着替えて第二グラウンドに集合。以上だ」

 

 静かに、そして怒気を含ませながら終了を宣言する千冬。

 なんともやり辛い空気が教室内を漂っていた。まさか、あんな現場を眼前で見せられるとは思ってもみなかった事だ。

 千冬と真耶は授業の準備の為か、さっさと教室を出ていく。

 またしても妙な空気が流れているが、その流れを絶つかのようにセシリアがラウラに向かって行き、彼女の机を両手で強く叩く。

 

「貴方、先ほどの件はどういう事ですの!? 響介さんにナイフを向けるなんて!」

 

「―――貴様に何の関係がある? これは、私と奴の問題だ。部外者は引っ込んでいろ」

 

「なんですって!? 聞き捨てなりませんわ、今の言葉!」

 

「本当の事だろう。理由も分からぬくせに、口達者な事だ」

 

「この………っ!」

 

 セシリアの右手が上がり、それがラウラに向けて放たれる。

 が、その右手はすぐに止められた。はっとしてセシリアが後ろを向くと、其処にはキョウスケがおり、セシリアの右手をやや力を込めて握っている。

 

「響介さん! とめないでくださいな!」

 

「やめておけ、セシリア。

 ―――そいつの言う通り、確かに俺達の問題なのかもしれないな。もっとも、一方的な恨みになっているとは思うが」

 

「ふん」

 

 キョウスケの言に、ラウラは興味がなさそうに目を閉じる。

 セシリアは不満顔をしながらキョウスケを見やる。しかし、キョウスケの顔を見るなり顔を下に背けた。

 

「すまんな、セシリア。世話をかける」

 

「――――。いえ、当然の事をしたまでですから」

 

 笑顔を作り、キョウスケに応えるセシリア。

 彼女の肩をポンと叩くと、キョウスケは着替えを持ったまま教室を出ていく。

 最初の授業は千冬が言っていたように実戦形式の訓練であり、これからISスーツに着替えなくてはならない為に、移動しなくてはいけないのからだ。

 

「災難だな、南部」

 

「かもな。それに、お前の時とは違ってより物騒だ」

 

「確かに…そうだな」

 

 教室を出るなり、待っていた一夏に苦笑しながら答えた。

 一夏も一夏で、あの時の事を思い出したのか笑っていた。

 思い返してみれば、ラウラ以上にインパクトのある言葉を発していたのも一夏自身だ。

 IS学園内で、たった二人だけの男子という事もあり、移動もほぼ一緒だ。

 当時からすれば、まさかこうして話しながら移動するなど夢にも思わなかっただろう。

 

「にしても驚いたな。いきなりナイフだぜ?」

 

「まあな。流石に肝を冷やした」

 

「俺だったらそれどころじゃないかもしれない。そういうところは凄いよな、南部は」

 

「………さて、どうだかな」

 

 微かに上を見上げながら、キョウスケは自嘲気味に呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――結論から言うと、初回の授業は騒がしいものとなった。思い返してみれば。

 

 集合場所は第二グラウンド内。

 授業専用グラウンドでもあり、放課後に使えるようなアリーナとはまた違う。しかし、基本的な構造はアリーナと同じな為に違和感というものはそれほど存在しない。

 授業の内容としては、千冬の説明通りISの実戦訓練。ようやく本格的な授業であった――専用機持ちにしてみればだが――が、ここには初めてISに触れた者も数多くいる。

 実戦訓練とはいえ、初回はそれほど難しいことはせず、あくまでオリエンテーションと思ってもらえればいいだろう。

 

「全員揃ったようだな。では、これより授業を始める!」

 

 いつものスーツ姿、そして手には竹刀を持っている千冬が開口一番に授業の開始を宣言する。

 今回は二組との合同授業な為、この場にいる人数も多い。

 後方ではお喋りをしている生徒がいないか、二組の担当である城ヶ崎葵が目を光らせており、生徒達の間でも緊張が走る。

 学園における厳しい先生のトップと№2の共演だ。互いの仲もよくないと聞くが、授業に限っては関係ないのだろう。

 

「本日より本格的な実戦訓練へと突入する。まずは格闘、及び射撃訓練だ」

 

『はい!』

 

 元気のいい返事が両クラスの生徒達の口から発せられる。総勢で五十人を超えるのだから、威勢の良い声でなくとも困るといえばそうなるのだが。

 返事を聞くなり、千冬は竹刀を地に突き立てたまま、次の指示を生徒達に送る。

 

「まずは戦闘に関しての行動を実演してもらう。

 他の生徒達は見て覚えろ。手本をよく見て目に焼き付け、自分のものとして吸収しろ。では、織斑! オルコット! お前たちが前に出ろ」

 

「……は?」

 

「はい?」

 

 呼ばれたのは千冬の弟でもある織斑一夏と、セシリアの二人だった。

 ただし、素っ頓狂な声を出し始めたのは両者共に同じ。

 それどころか、セシリアは前に出てくるなり愚かにも千冬に噛みつくかのように声を発し始めた。

 

「お、織斑先生! 何故、わたくしがこのような方と実戦訓練などしなければならないのですか!?」

 

「射撃に特化した機体と格闘専門の機体を扱う者同士だろうが。実演にはちょうどいい」

 

「納得がいきませんわ! それに、格闘戦に特化した機体ならば、このような方ではなく、響介さんがおりますわ!」

 

 一夏と戦うのが嫌なのか、交代しろと迫るセシリア。

 しかし、千冬としては呆れるしかない。

 それほどまでに南部が好きか――と、軽い嫉妬心のようなものまで生まれてくる。

 思わず奥歯を噛みしめてしまった千冬であったが、一旦目を閉じて心を落ち着ける。

 そして、再び目を開くとセシリアを真っ直ぐに見ながら言い返してやった。

 

「確かに南部と組み合わせるのもいいだろう。

 だが、お前たちはほとんど毎日共に訓練していると聞いている。互いに手の内は知っているだろうからな。

 それよりはほぼ戦った事がない相手と訓練とはいえ、相手をした方がいいだろう。それに、いつまでも我儘が効く等とは思うなよ、小娘」

 

「うっ……」

 

 セシリアの額に人差し指を乗せ、弾くように押し出す千冬。

 冷静に考えれば、確かに先ほどの発言はセシリアの我儘だ。痛いところを突かれ、セシリアの表情が曇る。

 しかし、表情が曇っていたのは何もセシリアだけではない。相手に選ばれた一夏も同様だった。

 一夏も、どちらかといえばセシリアは苦手な方だ。

 それほど話したことはないが、高圧的な態度がどうにも好きになれない印象が強い。故に曇った表情を浮かべていたのだ。

 ―――ただし、千冬の指示に逆らえば命がないということは承知している一夏。

 あまり気乗りはしないものの、セシリアとは違って肯定するように首を縦に動かした。

 

「ISを展開すればいいですか……織斑先生?」

 

「ああ、そうしろ。時間も押しているのでな」

 

 素直で宜しい、と千冬は呟く。

 多少織斑先生といいにくそうにしていた一夏であったが、指示通りにISを展開する為にガントレットに触れた。

 

「こい、白式……!」

 

 自身のISの名を言うや、すぐに彼が光に包まれる。時間としては一秒も掛からないうちに白式の装甲が一夏の周囲に展開され、装甲が彼を包み込む。

 違和感がないかを確かめるためにマニュピレーターを軽く動かすが、特に異常は見られない。

 

「こっちは大丈夫です、織斑先生」

 

「だそうだ。オルコット、お前もさっさと展開しろ」

 

「……。分かりましたわ。はぁ……」

 

 やや不満げな表情を浮かべながら、セシリアは溜息を吐く。

 大人気ないとは自分も思うが、よりにもよって一夏とは。全くついていない――などと思いながらイヤーカフスに意識を送る。

 既に手慣れた作業。セシリアもまた一夏同様にブルー・ティアーズを展開し、己が武装であるスターライトMk-Ⅲを手にする。

 

(イギリス製の最新モデルのプロトタイプ……。けど、まだまだ未完成か…)

 

 ブルー・ティアーズを目にして考えを浮かべたのはシャルルだった。

 他の生徒と同じく見ることに徹している彼女。

 が、その内ではある任務が通達されている。こういった面でも、彼女のきちんと自分の仕事をこなす。

 

(―――そう。それが、私とお母さんが――――)

 

「どうしたの、デュノアさん。あ、もしかしてセシリアのティアーズ型が珍しいのかな?」

 

「………え?」

 

 急にシャルルの横から声を掛けられたので、シャルルは其方の方に視線を向ける。

 声を掛けてきたのはどうやら一緒のクラスの女子生徒のようで、やや棒立ちとなってティアーズを見ていたシャルルが気になって声を掛けたようだ。

 不審に感じられている訳ではないという事は表情を見て感じ取れたので、シャルルも軽く笑顔を作ってその女子生徒に笑顔を作りながら答える。

 

「あ、うん。同じヨーロッパの機体だって聞いていたし、実物は映像でしか見たことがなかったらね」

 

「へぇ、そうなんだ。そういえば、デュノアさんはフランス出身だったよね。フランスの方はどうなの?」

 

「うーん、言いにくいことだけどIS部門に関しては他国より少し遅れ気味かな。

 けど、その部分を解消する為に私が派遣された、って訳だけど」

 

「へー。そうなんだ」

 

「うん。これから頑張らないといけないんだけどね」

 

 内心では苦い表情を浮かべていたが――答えるシャルル。女子生徒はそうなんだ、と少し興味を持ったのか軽く相槌を打った。

 ―――無論、嘘である。しかし、このようにしてかわさなければならない事情がある。

 

(注意しなきゃな……。変なところでぼろがでないようにしないと)

 

 女子生徒を横目で見ながら、シャルルは表情を引き締める。

 それは自己紹介の時の人の良さそうな表情ではない。冷たく、そして何処か切羽詰っている―――表情であった。

 話を戻し、一夏とセシリアに戻る。

 互いに武装は展開済み。一夏は雪片弐型を手にし、セシリアと対峙。彼は右手に剣を持ち、いつでも加速出来るように構える。

 

(このようなところで負けていいわたくしではありませんわ…。それに――)

 

『結果を出せ』

 

 脳裏に浮かんでくるラグナー卿の言葉。

 結果を出さなければ、代表候補生を下されてしまう。

 もしもそうなれば、IS学園も離れなくてはならず、専用機も返還するという事態になる。

 

 それに、何より―――。

 

(響介さんと、離れ離れになるなんて――――嫌ですもの!)

 

「セシリア! 前を見ろ!」

 

「……っ!?」

 

 突如、キョウスケの声がセシリアの耳に入ってくる。

 ハッと気づいてセシリアが前方を見た時、既に一夏が視界に入ってきていた。

 どうやら千冬が開始の合図を出していたらしく、一夏が機体をセシリアに向けて突撃させたのだろう。

 

「はぁぁぁぁぁーーー!!!」

 

 無駄に叫んで突進してくる一夏だが、この場合はセシリアの判断が遅れる事になった。

 初歩的なミスを踏んでしまったセシリアは、一夏の太刀を長大なライフルを縦にすることで受ける。

 ただ、流石は男子か。キョウスケほどではないにせよ、その力はセシリアを軽く凌ぐ。

 

「ううっ!」

 

「もう一度!」

 

 太刀を受け止められた一夏であったが、続けて二撃目を振り下ろす。

 ただ、キョウスケと散々接近戦をやってきたセシリアだ。その程度のスピードの攻撃など、たかが知れている。

 

「あまり調子に、のらないでくださいませ!」

 

 今は集中する時だ。雑念を振り払い、戦闘に集中する。

 難なく剣撃を弾いたセシリアは。間を入れずスターライトのエネルギー弾を撃ち込む。ほぼ零距離の距離。

 射撃専門の使い手ならば致命的な距離感であるが、セシリアはそれをも有効に扱う。

 

「っ! やらせるかよ!」

 

 スラスターを駆使し、やや後ろに後退しながら真正面のエネルギー弾を零落白夜を発生させた雪片弐型で斬り飛ばす。

 成長しているのは、セシリアだけではない。

一夏も先日のゴーレムとの戦闘でエネルギー攻撃はほぼすべてにおいて零落白夜の力をもってすれば斬り飛ばせる事は判明している。

 もっとも、他の機体には無理な芸当だ。実戦訓練というより、力と力のぶつけ合いに変わりつつあるのは誰もが感じ取っていた。

 

「……変だな」

 

「響介さんもそう思いますか? 私も、少し思うんですけど……」

 

 セシリアの戦いを見ながら、呟いたのはキョウスケとセツコ。

 顎に手を当てて、その戦いを鑑賞しているのはいいのだが、何処か様子がおかしいのは二人ともに感じていた。

 しかし、最初の不注意さといい、やや焦っている様子といい―――いつものセシリアとは違いすぎる点が多すぎる。

 

「織斑は相性が悪い部類に入るとは思うが、あそこまで余裕のないセシリアは初めてだな…」

 

「何かあったんでしょうか? いつものセシリアさんらしさがないというか……」

 

 キョウスケとしてはやはりセシリアがおかしい事に注目せざるを得なかった。

 大使館から出てきた後、セシリアは無理やりにでも元気に振る舞おうとした。――それが逆に、キョウスケ達に不審がられる結果となっていたのだが。

 更に、最近でも時間ぎりぎりまでISを稼働させた実戦訓練に勤しんでいる。

 方法は主にBT兵器が中心で、イギリスからなにか注文でも受けたのか? と首を傾げていたところだ。

 

(なにがあった、セシリア……?)

 

 セシリアを見ながら、キョウスケは眉を顰める事しか出来なかった。

 

「――――よし、両者止め!」

 

 ある程度時間が経ったところで、千冬が二人に中止の合図をする。

 指示を受けて両者共に攻撃をやめるのだが、セシリアの表情は相変わらず不満げだった。

対する一夏は終わったことにふぅと溜息を吐き、ゆっくりと降下する。

 途中で終わったことに対してセシリアは不満げだったようだが、あくまで実演だ。

 勝負をつけろとは一言も言っておらず、千冬の指示を仰ぐしかない。セシリアからすれば物足りないのであるが、こればかりは仕方がなかった。

 

「諸君、先ほどの光景が本当の実戦というものだ。

 ―――もっとも、オリエンテーションにしては少々やり過ぎな点も多いが……諸君らにもこのような芸当ができるよう、これからみっちりと仕込んでいく。覚悟しておけ」

 

『はい!』

 

 まるで軍隊だな、と皆の威勢の返事を聞いた一夏の内心の声がそれだった。

 号令を放つのが千冬で、後は兵隊たち。鬼教官は今日も兵士たちを死ぬほど訓練させ――。

 

「くだらない事を考えている暇があるならば、さっさと戻れ。織斑」

 

「あ………はい」

 

 何故ばれたのだろうか? と一夏自身不思議そうにしながら戻っていく。

 セシリアも戻るが、表情は相変わらず不満げ。更には苛立っているのか拳に力が籠っており、悔しさまでにじみ出ているように思えた。

 

「ふーん、イギリスの力もそんなものなんだ。あーあ、つまんないの」

 

「な、なんですって!?」

 

 セシリアが戻ってみると、隣にいた人物――凰鈴音だ――が挑発とも取れるような言葉をセシリアに向ける。

 ギリッと、歯を食いしばる音が周囲に響く。鈴音の発言に怒りを覚えるセシリアであったが、すぐに千冬の視線が飛ぶ。

 

「無駄話をするな、オルコット! 凰!」

 

「「は、はい!!」」

 

 千冬より指摘を受け、ビクッと体を震わせて反応する二人。

 しかし、千冬の視線が逸れた瞬間にまたしても言い合いが始まるのだった。

 

「…………貴方のせいですわよ」

 

「知らないわよ、そんな事。でも、無様よね。初手でいきなり詰められるなんて」

 

「このっ………!」

 

「いい加減にしろ、馬鹿どもが!」

 

 更にいがみ合う様子を見せたセシリアと鈴音に、千冬は遂に制裁に出た。

 てっきり竹刀を使うのかと思いきや、いつの間にか手にしていた出席簿で両者の頭を叩く。

 だったら何のための竹刀なのだろうと疑問に思うのも致しかたないが、考えたところで織斑先生に睨まれるのでやめておいた。

 すぱーんと乾いた音を鳴らし、鳴ったところで二人が頭を押さえる。周囲はクスクスと微かに笑うが、制裁を食らわされても二人はにらみ合ったままだった。

 

「あ、貴方のせいですわよ……っ」

 

「あんたが不甲斐ないのがいけないんでしょうが……」

 

 もはや懲りない二人。呆れる千冬であったが、事がなかなか進まない事を危惧してか、二組担任の城ヶ崎が前に立つ。

 

「さて、皆さん。余興は此処まで。次は皆さんが実戦に移る番です。

 専用機持ち――は七人でしたね。出席番号順に一人ずつ各グループに分かれなさい。十秒で完了させる事。初め」

 

 パン、と手を叩く城ヶ崎。

 冷徹の城ヶ崎というあだ名をつけられている城ヶ崎の指示を無視する事など出来ない。

 多少混乱しながらも、専用機持ちの後ろに並んでいく。一筋の望みを抱きながら。

 

「やった、南部君のグループゲット!」

 

「ふふん、こっちは織斑君だもんね。いいでしょ~」

 

「デュノアさん! 分からないことだらけですので、私に色々教えてください!」

 

「お~、セッシー。奇遇だね~。一緒に頑張ろーねー?」

 

「だ、誰がセッシーですか! 妙なあだ名はよしてくださいな!」

 

 反応は各々違う。特に喜んでいたのは、キョウスケのグループと一夏のグループ、そしてシャルルのグループであった。

 

「…………………」

 

 逆に、妙に冷たい空気が流れているのはラウラのグループだった。

 冷たい雰囲気。他の生徒とは目を合わせようともせず、更に教える気など更々ない態度。

 後ろに並んだ女子たちは、まるでこの世の終わりのような顔を浮かべている。―――他のグループの皆が、どれほど彼女たちを憐れんだであろうか。

 

「……少々タイムオーバーしましたが、まあいいでしょう。

 では、各班は訓練機を一機取りに行くように。

 打鉄、リヴァイヴ共に四機ずつですので。以後、各班のリーダーに従ってISを操縦するように」

 

 言うなり、城ヶ崎は後は自分たちでやれと言わんばかりに口を閉ざす。

 千冬の台詞をほとんど全てとっていった形となったが、進めてくれたのは感謝するしかない。千冬の視線が生徒達に飛び、さっさと始めろと合図する。

 

「実戦訓練か……」

 

 キョウスケは呟きながらも、訓練機があるハンガーへと歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業は終わった。ただ言えるのは、疲れたという一言のみ。もっとも、授業はまだ後半戦が残っているため、気は抜けないのだが。

 時間が少し過ぎ、現在は昼休みとなっている。

 昼食をとるために、キョウスケ達は学食へと赴いていた。

 ただ、学食内もいつものようにやけに騒がしいが、今日はそれ以上だと感じられた。

 

「どうだ、空? 転校生はいたか?」

 

「今探してるところよ。……コーネリア、あんたも少しは探せば?」

 

「フッ。私は空を信頼しているのだ。

 だからこそ、こうして昼食を採っているのだよ。それに、日本語にはこのような言葉がある。『腹が減っては戦は出来ぬ』とな」

 

「ドヤ顔しながら言うセリフじゃないわよ! ほら、あんたも行くわよ!」

 

「待て、空。まだからあげくんを食べていないぞ。おい、空」

 

「うっさい! さっさと行くの! 早くしないと薫子に怒られるでしょ!」

 

 慌ただしく走り回っている女子たちは、新聞部だ。

 少しでも転校生の事を調査したいのか、昼休みという時間にも関わらず走り回っている。

 そんな事で果たして大丈夫か? とは思うが、キョウスケ達は気にせず昼食をとる。

 ただ、彼女の行先をキョウスケ達は知っていたのだが。

 

「転校生が来ると騒がしいですね」

 

「噂好きですからね……。

わたくしはそれほど興味などありませんが。ですが、あの銀髪さんの態度は流石に許せませんわ!」

 

 ダンと音を立ててティーカップを叩きつけるセシリア。

 中身は既に飲み干しており、中身が零れて火傷するという初歩的な事はなかった。が、カップが悲鳴を上げていたのは間違いない。

 そんなセシリアの意見に同調するように、セツコも口を開く。

 

「確かに、いきなり襲い掛かるのは私もどうかと思います。セシリアさんが動いてなかったら、私が動いてましたから…」

 

 セツコもセシリアに同意のようだ。

 いきなりあのような態度を取られたキョウスケは、彼女達の声を聞いて内心で感謝する。

 もっとも、確かにラウラはナイフを突き出したが、果たして本当にキョウスケを殺そうとしたのか。その点に関しては彼自身疑問だった。

 というのも、ラウラはキョウスケを試しているようにも思えたのだ。殺気は微かに感じたが、あれは本当に殺そうと出したものではない。

 押し殺している、というのはあながち間違いないだろう。―――恐らくは私怨(しえん)であろうが、解せない。

 

(解せないな……)

 

 考え込むキョウスケ。

 しかし、考えたところでラウラの真意を読み取れるはずもない。

 難しい顔をしながら考えていたが、悩んでいるキョウスケを心配してか、セツコから声をかけられた。

 

「響介さん? その、大丈夫ですか? 難しい顔をしていますけど…」

 

「ん? ああ、すまない。少し考え事をな。あまり気にするな」

 

 心配そうに見つめてくるセツコであったが、この考えを彼女たちの前で披露するものではないと思い、それ以上は答えなかった。

 セツコはキョウスケが答えないのを悟り、気にしながらも食事に戻る。

 と、其処に。ややほんわかとした雰囲気を醸し出しながら近づいてくる人物がおり、それに気づいたキョウスケが近づいてくる人物の方に目線を向ける。

 

「お~。何時もにぎやかだねー、ここは~」

 

「布仏(のほとけ)か。どうした?」

 

「うっ! の、布仏さん!?」

 

 彼女――先ほどのほんわかとした雰囲気を醸し出した人物――が声を掛けてきたのを見て、一番反応したのはセシリアだった。

 普段ならば絶対に口にしないような反応を見せ、彼女から視線を背ける。ただし、当の布仏という少女はセシリアの反応を見て首を傾げる。

 

「どしたの、セッシー? そんな顔しちゃ駄目だよ~?」

 

「だ、だからですね! その、セッシーというあだ名はやめてくださいと!」

 

「えー? 可愛い名前だと思うけど~?」

 

「わたくしが嫌なのです! せ、セッシーなんて……」

 

 ―――顔を赤く染めながら、此方もチラチラとキョウスケを見るセシリア。

 キョウスケはセシリアの行動に眉を寄せるが、つまりはキョウスケにそんなあだ名を披露されるのが恥ずかしいのだろう。

 キョウスケとしては別に気にしない部類なのだが、セシリア自身はそういう訳にはいかない。

 この少女、授業中の中ではあるがセシリアと同じグループのメンバーの一人でもある。

 本名を布仏本音(のほとけほんね)といい、不思議系であり、何を考えているかいまいち読みにくい人物――といったところか。

 あまり深く考えず、名前の通りただのほほんとしているだけかもしれないが。

 

「それで、何の用だ?」

 

「うん? あー、いつも皆一緒で楽しそうだね~と思って。声をかけただけなのだぁ~☆」

 

「そ、そうか……」

 

 布仏の返答を聞き、キョウスケが苦笑いを浮かべる。

 苦笑いを浮かべる際、やや返答に困り、このような形でしか答えられなかった。

 

「まあ、わたくし達はいつも一緒にいますし……」

 

「その中で自然と仲も良くなっているんです。ね、南部さん?」

 

「まあ、そうかもしれないな……」

 

 確かに、この二人とは学園内ではほとんどの時を過ごしており、指摘通り仲も良好だ。

 一夏からは『両手に花だな』なんて事を言われたが、キョウスケからしてみればどちらも友人以上の感情はない。

 ―――こんな、自分の正体すら知らないような人物に接してくれるだけありがたいと思う。普通ならば関わらないであろう、存在を。

 

「…………」

 

「響介さん?」

 

「ん……。また黙り込んでしまったようだな。すまないな、セシリア」

 

「いえ……。ですが、響介さんがいつまでもそのような顔をなさると、わたくし達まで心配になってしまいますわ」

 

「…すまんな。これからは気を付けよう」

 

 心配してくれるセシリアが、キョウスケにとってはありがたかった。

 

 こんな自分にも、友がいる。それを認識しただけで、キョウスケは瞳を閉じ、暫くの間黙り込むのだった。

 

 


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