IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第二十四話 通達

 

 男は、仮面をつけていた。

 

 それは、姿を隠すためか。それとも、己に課せられた任務を全うするためか。

 男が誰を殺そうと、前に立ち塞がるというのなら。彼は迷うことなく人を殺めた。

 彼の前に慈悲などない。人はいずれ死ぬ―――。それが、ただ単に早くなっただけの事。

 

 イギリス国内・カシソン研究所。

 

 この場は、見るに堪えない殺戮の現場となっていた。

 

 赤一色。

 

 いや、深紅というべきか―――。人体から流れ出た血痕が研究所の中を汚し、特有の臭いが漂う。

 本来ならば白色に染まっていた周囲が真っ赤に染まったのも、全て血痕が飛び散り濡らしたものだ。その下には、屍と化した体がいくつも転がっている。

 答えは簡単。彼が研究員を殺めたのだ。何人も。数えきれないほどに。

 彼の手には鋭いナイフが三本。三本全てが深紅の色で染められ、男の手の中で微かに輝く。

 全て、人の血を吸った刃。立ち塞がる者――いや、此処にいる研究員を全て殺して回った結果だ。彼等に非があったと? いや、そんな物などない。

 彼等を殺めたことに対する罪悪感など―――ない。それどころか、男は人を殺すことに関して無関心だった。それもまた、彼に与えられた任務であったから。

 

 返り血を気にすることなく、血の海の中を表情一つ変えずに突き進む。

 

 ―――その姿はまるで、人の形をした化け物。

 

 彼、“織斑秀麗”の姿を例えるならばそういったところか。

 

 男は勿論、女も例外なく殺した。男も女も関係なく、殺戮の限りを尽くしたのだ。

 誰一人として、秀麗の前に散った。今、この研究所にいるのは彼一人。他は全て死んだ。彼が殺したのだ。

 

 彼の目的は、研究所内に保管されているサイレント・ゼフィルスの確保。

 それからもう一つ。“研究所内にいる全ての人間を抹殺せよ”、という内容。

 

 彼の主人―――沢渡健二の命令だ。彼としてもカシソン研究所の存在が鬱陶しかったのだろうか。真相は定かではないが、命令通り秀麗は実行した。

 それが、この結果だ。懐には奪取したサイレント・ゼフィルスのコアが輝きを放っている。あとは、持ち帰るだけの話。

 が、その時。急に秀麗の足首を何者かが掴んだ。

 

「……………」

 

「ま、待て……」

 

 秀麗の足を掴んだのは四十代くらいに見える研究員。

 まだ息があったか、と秀麗は感心する。確かに致命傷を負わせたはずだが、研究員はそれでも尚、秀麗の足を掴んで逃がすまいとする。

 その手を振り払い、踏み潰して砕く事ぐらい造作でもない。だが――秀麗はまだ息があった研究員に興味を抱いた。

そんな事をしている時間などない事など百も承知だが、秀麗は研究員の方に視線を向ける。

 

「―――其処までしてお前は私を逃がしたくないか?」

 

「あ、当たり前だ……。ゼフィルスは、我々……の、傑作………。おまえ、などに……」

 

「なるほど、確かに。たったそれだけの理由で私の足を掴んだか。

 ―――そのまま何もしなければ、お前は生きていられた可能性を、わざわざ捨てるほど……これが大事か?」

 

 秀麗の問いに、研究員は迷うことなく首を縦に振る。まったく、正義感の強い男だと感心させられると共に、この男がとんだ間抜けなのだとも思った。

 ―――人間、自分の命よりも大事なものなんてない。

 秀麗の口が歪に変わる。

 笑っているのか、呆れているのか。それとも研究員の執念に感心しているのか。

 

「フッ……フフフ」

 

「な、なにが………おかしい……?」

 

「いや、なに。君の態度は敬意に値する。しかし、だ。―――君の執念は、どうやら私の求める答えとは違うようだ」

 

「い、意味が……っ!?」

 

 刹那、秀麗は研究員の頭部に銃弾を撃ち込んで仕留める。

 ピクリとも動かなくなった研究員を尻目に、秀麗は再び歩き出す。

 

 彼の言葉の意味とは、なんだったのか。

 

 少しずれたような感覚をも漂わせる発言。執念は、求める答えとは違うとは。

 

 ―――もっとも、秀麗個人としても答えなど求めていないのかもしれない。

 

 彼は自分が何に悩んでいるのかも、分かっていないのかもしれない。ただ、命令通りに従うだけの殺戮マシーン。少なくとも、沢渡はそう思っている。

 ともかく。ゼフィルスを奪取した秀麗は、人知れず研究所から消えた。

 彼が去った後、研究所は原因不明の爆発を起こす。犯人は秀麗。政府が事態に気付いた時には、全てが遅かった。

 

 研究所の壊滅。いや、それよりもイギリス政府が重要視したのは完成したサイレント・ゼフィルスの行方であった。

 今年の夏には第三次イグニッションプラン—―――欧州連合における統合整備計画の名だ―――におけるトライアルに提出する量産型のプロトタイプも兼ねている機体だ。

 既に量産型の開発には着手しているものの、一国家がISを易々と奪われるなどと広まれば国家の恥どころの問題ではない。

 更に、サイレント・ゼフィルスはティアーズ型の最新モデルだ。最新技術を駆使した機体なのである。

 無論、奪取事件の全容は政府上層部によって隠蔽された。研究所の壊滅に関しては、不慮の事故とし、事態を収拾する事しか出来なかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を戻し、IS学園―――ではなく、日本国内に存在するイギリス国大使館内部。

 イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットは今現在、呼び出しを受けていた。

いきなりの政府の呼び出しにセシリアは首を傾げたが、呼び出された以上は無視する事も出来ず、大使館を訪れた。

 到着するなり、セシリアは奥の方へと連れて行かれる。用意されていたのは薄暗い部屋であり、幾人かの警備員が待機するように立っていた。

 その光景にセシリアは怪訝な表情を浮かべるが、黙ってその場を通り抜け、案内された部屋の中心に立つ。

 すると、正面に用意されたモニターに人が映る。その人物を見た瞬間、セシリアの表情が強張った。

 

『オルコット候補生、久しぶりだな』

 

「……ええ。お久しぶりですわね、ラグナー卿」

 

 セシリアがラグナ―卿と呼んだ人物―――本名をラグナ―・オルセスという――は、イギリス内部におけるIS部門の重役である。

 彼の担当は、主に代表候補生の監督役といったところか。

それもあってか、セシリアは嫌でもその顔を覚えており、彼が出てきたという事だけで嫌な予感しかしなかった。

 

「それで、わたくしを此処まで呼び出した理由をお聞きしたいのですが?」

 

『そうだな。では、単刀直入に言わせてもらう。セシリア・オルコット―――貴様、これまで一体何をしていた? 

 貴様から送られてきたデータの殆どは毎日同じものばかり。それどころか、段々と数値が下がってきているではないか。どういう事だ、これは』

 

「…………っ」

 

 ―――予想はしていた。

 そう、呼び出された理由は此処最近のセシリアのBT兵器の稼働率の悪さにあった。

 確かに稼働データも重要だが、日に日に変わっていかなければ意味がない。しかし、今のセシリアは違う。

 ラグナ―の発言通り、セシリアのBT兵器稼働率は当初の頃よりも低下していた。

 まだ適性はAランクを保っているものの、AとBの間で止まっているようなものなのだ。

 セシリア自身もそれは分かっており、必死に稼働させ続けているが―――成果は見られていない。

 

『さらにだ。貴様は当初、大倉研究所にて混沌(カオス)の女に機体を奪取されかけたと聞いている。

 他にも、先日の襲撃で機体を損傷させているではないか! 貴様、それでも代表候補生か!』

 

「……………」

 

 言われている事は正論な為、やはり反論することは出来なかった。

 苦々しげに口を紡ぐセシリア。彼女の様子を眺め、ラグナ―ははぁと溜息を吐き、口を開く。

 

『我々には時間がないのだよ、セシリア・オルコット』

 

「分かって、ますわ……」

 

『ふん、どうだか。もしもこのままの状態が続くようであれば―――貴様を代表候補生から下す事も検討せねばならん』

 

「なっ……!?」

 

 その言葉に、セシリアは言葉を失う。

 代表候補生を下される? 自分が? といった表情であろうか。ただ、ラグナ―卿の表情はピクリとも変わらず、更に言葉を続けた。

 

『そうだな、貴様に与えられる猶予は一か月。――IS学園内における学年別のトーナメントがあるだろう。それで結果を出せ。

 そうすれば、考えを見直してやっても構わん。最低でも、偏向射撃(フレキシブル)が完全に制御できるようになるくらいにな』

 

「結果を……ですか? それに、いきなり偏向射撃(フレキシブル)は……」

 

『言い訳は結構だ。先も言ったように、我々には時間が惜しい。

既に量産型の開発にも着手している状態なのだ。生き残りたければ―――結果を示せ。以上だ』

 

 ブツリとモニターが消え、取り残されたように立ち尽くすセシリア。

 拳を握りしめ、下唇を強く噛む。言葉は何も発さなかったが、彼女に近付ける者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「終わったか?」

 

「え? ええ、一応は……」

 

 大使館を出てすぐに、セシリアは右の方から声を掛けられた。

 多少を驚いたものの、セシリアは声を掛けてきた人物に向かって笑顔を―――無理やりだったが―――作って見せた。

 その人物は、セシリアの表情に何処か思うところがあったが、あえて追及はしない。彼女を連れ立ち、歩き出す。

 

「何の要件だったんだ?」

 

「……その、て、定期連絡ですわ。一応機密ですので、響介さんにも教えられませんけど…」

 

「……そうか」

 

 セシリアが響介――セシリアの同級生であり、彼女の想い人でもある南部響介だ――と呼んだ人物は、それ以上何も聞かずに口を紡ぐ。

 しばらく続く沈黙。どうしようもなく気まずい雰囲気が漂う。

 ただ、セシリアとしても今は何も話したくなかった。話せば、キョウスケに必ず迷惑をかけてしまうと分かっていたから。

 泣きたい気分だったが、我慢強いのもセシリアの持ち味か。微かに視線を下に向けているものの、キョウスケの後ろをゆっくりとした足取りでついてくる。

 キョウスケとしても、セシリアが落ち込んでいる事には気付いていた。理由は恐らく、大使館の中で何かがあったのだろうと推測するのは容易だ。

 もっとも、無理に聞き出すつもりはない。今は考える時間も必要だろうと、キョウスケなりの配慮だ。

 それに、聞き出したとてセシリアが答えるとは到底思えないという事情も絡んでくるだろうか。

 

「…………」

 

「…………」

 

 両者共に、沈黙が続く。

 

 沈黙は、IS学園の寮に帰りつくまで続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明朝の朝食の時間。

 食堂はいつも通りの賑わいを見せ、周囲を見渡せば相変わらず女子ばかり。キョウスケと一夏を覗けば全て女子という羨むべき場所である。

 しかし、入学してから今日までで比較的落ち着きを見せてもいた。

 学校生活にも少しは慣れてきた、というのが一番の理由だろうが、キョウスケや一夏を見るために集まってくる野次馬がそれほどいなくなった、という事もある。

 前までは朝・昼・夜の時間に物珍しさで女子が集まってきていた。

しかし、流行がさっさと変わるように、キョウスケ達の騒ぎも時がたてば収まるという事だろう。

 前までのような好奇な目付きで見られることもなくなり、ほっと一息。ただ、それでもキョウスケの周りには何故か女子が集まる。

 現に、今現在キョウスケの周りにはいつものメンバー―――彼のほかにセシリア、セツコが共に朝食を食べている様子が映る。

 この三人、例の襲撃事件からより一層仲が良くなったのか、前以上にワイワイと盛り上がることが多かった。特に、一番変わったのがセツコであろうか。

 入学当初はあまり人と接する事もなかったが、それに比べて明るくなったという意見が多かった。

 確かに心の傷を癒すことは簡単ではない。だが、今は――今のこの時間が、セツコにとっては楽しいものなのだという事は疑いようのない事実であろう。

 

「此処に入学してから三か月か……。思えば随分と長い三か月だったな」

 

「そうですわね……。色々な事がありましたし、そう思うのも致し方ないとは思いますけれど」

 

 思い出したかのように言葉を発したキョウスケに、セシリアも首を縦に動かしてこれまでの学園生活を思い出す。

 襲撃事件はともかく、此処までずっと勉学中心だった。特にキョウスケは覚えることが多く、訓練の合間で色々と参考書を眺めている。

 もっとも、知識を頭に詰め込むよりも体を動かして体感で感じた方がキョウスケとしては性に合っている。

 実戦でも、マニュアル通りに戦う訳ではないのだ。特に、この男の場合は。

 

 

「そうですね。ホント、時は早いものですわ。

 わたくしも今、こうして皆さんとお話が出来るなんて思ってもいませんでしたから」

 

「そう……ですね。私もそう思ってます」

 

 ニコリと微笑むセツコ。

 こうして笑顔になれるのも、彼女が変わったからだろう。小さな一歩でも、彼女にとっては大きな進歩といっても過言ではないだろう。

 お茶を啜りながら、キョウスケはこんな事を思った。彼女たちに言えば爺臭いと笑われそうだが、それはキョウスケ自身も自覚している。

 

「……? 響介さん、今日はコーヒーではないのですか?」

 

「ああ。篠ノ之が少し分けてくれたものでな。たまにはいいものだ」

 

 珍しくキョウスケがお茶を啜っているかと思えば、それは篠ノ之箒がキョウスケにあげたものだという。

 聞いた瞬間にセシリアの目付きが箒に飛ぶ。感づいた箒もセシリアの方を見やるが、箒はセシリアを見るなりやれやれと首を振った。

 セシリアの思っているような気など、彼女には更々ないといった態度であろう。が、セシリアは軽く頭を押さえるやブツブツと何かを呟き始める。

 

「迂闊でしたわ……。まさか、篠ノ之さんが響介さんにプレゼントを贈っているなんて…。おまけにお茶などと…」

 

「どうした、セシリア?」

 

 内心で毎度の事だが、と付け加えたのは秘密にしておこう。

 ただ、セシリアはキョウスケの手を唐突にとると、両手で包みこむやキョウスケに顔を近づける。

「きょ、響介さん! 今度、わたくしがおいしい紅茶をプレゼントいたしますわ! で、ですから、その……い、一緒に飲んでいただけませんこと!?」

 

 やや強気に、そして顔を真っ赤にしながら叫ぶように声を発したセシリア。

 キョウスケはやや引き気味であったが、セシリアの頭をやんわりと押す。あまり近づかれても困るのはキョウスケの方であり、答えにくい。

 

「……分かった。飲んでやるからとりあえず離れろ、セシリア」

 

「ほ、本当ですの!? い、一緒にですわよ!?」

 

「本当だ。そんな事で嘘は言わん」

 

 やんわりとセシリアを引き離しにかかるキョウスケであったが、答えを聞いてセシリアが引き離れるはずがない。

 更にギュッとキョウスケの手を包み、光悦の笑顔をさらけ出していた。

 

「や、約束ですわよ! 絶対ですからね!」

 

「………分かっている。分かっているから、離れろ……」

 

とりあえず、承諾はした。セシリアとしては内心でガッツポーズ。

 

(……ただ、大丈夫なのか、セシリアは)

 

 一連の会話を聞いた後、キョウスケはセシリアの方を軽く見ながら思った。

 昨日の様子から尋常ではないほど落ち込んでいる様子だという事は見ているだけで分かった。

 今も無理に明るく勤めようとしている感じが見て取れ、キョウスケとしても眉を寄せるしかない。

 

(杞憂に終わればいいがな……)

 

 ―――恐らく、それは適わぬ願いだろう。

 だが、そうであればいいという願望が、今のキョウスケにはあった。

 果たして、それが一体何であるか―――キョウスケ達が知る由はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響介君って、何処のISスーツを使ってるの?」

 

 教室にて。ふと、クラスメイトの女子からこんな話題を振られた。

 それまでクラス内ではどの会社のISスーツがいいか、という話題が持ち上がっていた。

 というのも、もう少しで実機を使用した授業が始まる為、ISスーツを各自注文することになるのだ。

 其処で、他の代表候補生たちはともかくとして、興味が沸いたのがキョウスケのスーツといったところだろう。

 話題を盛り上げていた女子たちもキョウスケの周りに集まり、後方でセシリアが嫉妬の炎を上げ、セツコは苦笑いを浮かべてセシリアを見る。

 

「俺の場合は、大倉研究所の所長が勝手に作ったのを使っている。なんでも、奴曰く高いものらしいが」

 

「大倉研究所の所長って……あの、変人って噂の?」

 

「………間違ってはいないな」

 

 確かに大倉は変人だ。何を考えているのか読みにくければ、いきなり競馬の話を振りかけてくる。

ただし、武装開発においては何故かスペシャリストだ。

 人間、分からない事だらけだ。大倉の場合、常人の二倍くらい分からない奴だが。

 

「でも、南部君って日本所属なんでしょ? 日本が用意したISスーツとかじゃなくていいの?」

 

「確かに日本に保護された身だが、所属としては大倉研究所のISパイロットという事になっている。

 つまりはあいつ……大倉の為にあるようなものだ。個人的には面倒極まりないが」

 

 キョウスケの発言通り、現状のキョウスケの行き先を左右できるのは大倉利通ただ一人である。

 大倉個人としては日本政府管理内で研究をしている身であるが、キョウスケを保護したのは自分だと言い張り、今はIS学園に送り込んでいるというのが現状だ。

 もっとも、これは土壇場で言い出したことなので、その点に関しては色々と揉めたらしいが―――結局は大倉が勝利したらしい。何をしたのかはさておき。

 

「そうか、もうすぐ実習か」

 

「うんうん。それで、今皆でISスーツを決めてるところなの」

 

 余談であるが、このISスーツというものは極めて重要な部類だ。

 このスーツを着用する事で、肌表面の微弱な電位差を検知。それによって操縦者の動きをダイレクトに各部位に伝達し、IS自身が其処で必要な動きを行う。

 また、耐久性にも優れており、防弾チョッキの代わりにもなる事で有名だ。ただし、小口径拳銃程度のものなので、防弾に極めて優れている――という訳ではない。

 以上の事柄を現在、山田真耶副担任が生徒達に説明している様子がある。

キョウスケもこれは勉強済みなので、復習するような感覚で聞いているのだった。

 

「というわけです、皆さん」

 

「流石山ちゃん、詳しいね!」

 

「えへん、先生ですから。って、山ちゃん?」

 

「山ぴー、見直したよ!」

 

「これくらいは朝飯前ですから。……え、えっと、教師をあだ名で呼ぶのはやめていただけないかと…」

 

「えー? いいじゃん。可愛いしさ」

 

「か、可愛い……ですか?」

 

「うんうん、いい響きだよ、山ちゃん」

 

「えー? 山ぴーの方がいいと思うけどなぁ」

 

「其処はまーやんでしょ、常識的に考えて」

 

「え、えっと、みなさーん……?」

 

 話がどんどんとずれていくにつれ、真耶が幾ら頑張って声を掛けても無意味な事。

 ISスーツの事をそっちのけで真耶のあだ名について考え始め、やがては話の主題になっていく。

 私、教師なのに…という真耶の嘆きにも似た呟きが聞こえてきたが、キョウスケはあえて無視した。

 と、その時だ。ガラッと教室のドアが開くと同時に、これまでわいわいと騒がしかった教室の空気が一瞬にして凍りつく。

 

「諸君、おはよう。さっさと席につけ」

 

『お、おはようございます!』

 

 この声――担任である織斑千冬の声に、皆が一斉に背筋をピンと伸ばして挨拶すると、指示通りにさっさと席に着く。

 織斑千冬に逆らえるはずもない。即座に皆が席に着くのを見ると、千冬は教壇の上に手を置き、口を開く。

 

「本日より本格的な実戦訓練を開始する。

 訓練機ではあるが、ISを使用しての授業になるので、全員気を抜かないように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のISスーツを使用してもらう。もしも忘れた場合は代わりに学校指定の水着で受けてもらう事になるだろう。

 それもない者は……そうだな、下着でも構わん。どうせ、男二人は興味がないだろうからな」

 

(………無茶苦茶な事を言うな……)

 

 恐らくは全員が同じような考えであっただろう。しかし、千冬ならば普通にあり得そうなのだから困る。

 

「さて、余談は此処までだ。山田先生、ホームルームを」

 

「はい、織斑先生」

 

 呼ばれた真耶は、とことこと小走りで教壇へと向かい、途中でずり落ちた眼鏡を上げて元に戻す。

 そして、急にパンと手を叩いたかと思うと――彼女の口から、意外な言葉が発せられる。

 

「ええと、皆さん。今日はなんと、転校生を紹介します! おまけに二名です!」

 

『………………ええええっ!!??』

 

(この時期…に…? しかし、このクラスに転校生という事は……やはり、そういう事なのだろう)

 

 皆は騒いでいるが、キョウスケだけは冷静に分析する。

 この時期というのも不可解だが、千冬のクラスにするという事は専用機持ちだという事だろう。

 さて、一体何処の者が来るか―――興味があった。

 

「では、入ってきてください」

 

「はい、失礼いたします」

 

「……………」

 

 真耶に呼ばれ、教室のドアが再び開く。

 

 そして、転校生という二名が入ってくるが―――入ってきたのは金髪の少女と、銀色の髪を持った少女の二人であった―――。

 

 


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