IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第二十二話 アリーナの決着

トントントン。

 小刻み良く机を人差し指で軽く叩き、辺りに微かな音を立てながら眼前で光るモニターをしっかりと眺める。

 怯える生徒達。動くに動けない二人の生徒。素直に指示に従う愚かな教員たち。

 笑ってしまう。此方は鼻からアリーナ内の人質を無事に帰す気など更々ないというのに、彼女達は愚かにも従う選択を取った。

 その答えを聞いた時、それを聴いていた人物――IS学園を監視していた人物は、この状況に笑った。そう、女など所詮はこの程度。絶対的有利な立場をとれば、奴らはひれ伏すしかない。

 元々、その人物は女尊男卑の社会が気に食わなかった。ISが使えるだけで自分たちが有利? 笑わせてくれる。それに、必要な時にISが呼び出せるわけでもないのに、なぜ女たちに従わなくてはならないのか。

 そんな社会に嫌気が立った。だから、女など皆殺してしまえ―――。そういった下らない経緯で『混沌(カオス)』に参加した工作員は少なくない。

女への醜い嫉妬? 上等だ、その程度で大義名分になるのならば、彼らは喜んで与えられた任務を忠実に実行するだろう。

 無論、組織自体は『女に復讐する』などと“本当に”くだらない事の為に組まれたわけではないのだが。

 

「ハッ、怯えろ豚どもが。今まで散々俺達を見下してきた罰だ」

 

 ガタガタと怯える女子生徒達をモニター越しに眺めながら、男は汚い言葉で本来ならば関係のないはずの彼女たちを罵る。

その言葉が彼女たちに聞こえる訳ではない。しかし、この光景を見て男が堪らずに口走った結果だった。

 今にも押してしまいそうな、ゴーレムへの射撃命令を発するスイッチ。

幹部である№Ⅴ――ツィーネ・エスピオの指示さえなくても、俺の手でこいつ等を始末したい――。そんな欲望が、男をどんどんと支配していく。

 いや。考えてみれば、元々そのつもりで此処に来たはずだ。命令を待て、などと温い。“殺す”為に来たのだ。今更躊躇う必要など皆無である。

 

「そうさ、俺がこのスイッチを押せば……命令違反? はっ、そんな事はどうでもいい。

俺達の力を世界に知らしめるにはいい機会だろうが。上が指示を出さねえなら、俺がやってやるさ」

 

 乾いた唇を舌で軽く撫でる事で潤し、男はゴーレムへ発射指示を命ずるスイッチに目を向け、手をかざす。

 その行為は目の前で大虐殺が始まると同義。それだけで、この男の心は躍った。

 そうさ、自分はただ指示を出すだけ。実際に手を下すのはゴーレムであり、傍観しているだけで仕事は終わるのだ。なんて簡単な仕事なのだろうか。

 

「楽な仕事だぜ、全く。あばよ、間抜けな女が」

 

 そういって、男はスイッチを押す―――その瞬間だ。

 ズドン、と一発の銃声が室内に響いたかと思うと、それは男の右肩を正確に撃ち抜いた。

 

「がぁっ!?」

 

 肩部を貫通してから、痛烈な痛みが男を襲う。

 自らの肩部から飛んで行った血痕がモニターを赤で濡らし、それを見てから男は自分が撃たれたのだとようやく察した。

 

「だ、誰だ!?」

 

「ようやく見つけたぞ。貴様が実行犯の一人か」

 

「て、てめえは……」

 

「IS学園教員、織斑千冬だ。観念しろ」

 

 警告もなしに拳銃を発砲し、室内に乗り込んできたのは織斑千冬だった。

 男の肩部を正確に撃ち抜いたのも、勿論彼女だ。鋭く、冷たい目付きを男にぶつけ、抵抗するのならば射殺も辞さないとばかりに拳銃を向ける。

 そんな千冬を見て、男は顔を歪めた。まさかこうも簡単に見つかるとは思っておらず、多少動揺していた部分もあったのは確かだが。

 

「……チッ、何でこうも簡単に……」

 

「人質ばかりに関心があったのがお前の敗因だ。潔く降伏しろ」

 

「そいつは……無理な相談だな!」

 

 言うや、男は血塗れた左手で素早くハンドガンを抜き取ると、千冬に向けて発砲する。

 ドンドンと続けて二発が発射されたが、それが千冬に当たることはない。激痛で照準がずれていたのか、銃弾自体があらぬ方向へと飛んで行ったためだ。

 それを確認する以前に、千冬は構えた拳銃を男の左腕に合わせ、躊躇なく発砲する。射出された銃弾は先と同様に見事に男の左手に直撃し、鮮血が宙を舞う。

 

「ぐぁ!?」

 

 死にそうなほどの激痛が右肩と左腕を襲い、男はその場に転がって悶えるしかなかった。

 悲鳴を上げないのは流石だと言いたいが、千冬は手早く男の元に近寄ると、男を押さえつけると同時に頭に拳銃を突きつける。

 未だに痛がっていた男は、押さえつけられた事によって動きを止めた。

 激痛は未だに続くが、それよりも今すぐ息の根を止められてしまうという考えが圧倒的に頭を占めているからだ。

 

「ち、ちく…しょう……」

 

「此処までだ」

 

 トリガーに指にかけるが、撃つまではしない。ただ、千冬は緊急連絡用に持ち歩いていた内線を取り出し、ある場所へと連絡する。

 

「私だ。混沌(カオス)のメンバーを取り押さえる事に成功した。すぐに人手を。それから、クラックを再開。完了後、戦闘教員達をアリーナ内に入れるように城ヶ崎に指示するように伝えろ」

 

 言うや、千冬の顔は再び男の方へと戻される。

 冷たく、殺意の籠った目付きで男を見つめる。今すぐにでも殺してやりたいと―――そんな欲求が千冬自身を覆っていたのもまた事実である。

 

「さっ、さっさと殺せよ……」

 

「―――すると思うか? 貴様は貴重な情報源だ。少なくとも、私にとってはだが」

 

 拳銃を男のこめかみに強く突きつける。

 そう、殺す事などしない。“彼”を殺した組織の情報を、少なくとも握っているのは確かなのだ。そう簡単に殺してたまるものか。

 

「まず、一つ聞きたい。混沌(カオス)の№Ⅰ―――“オウカ・ナギサ”とやらは知っているか?」

 

「な、何の事やら………」

 

「答える気はないか。そうか―――残念だ」

 

 相も変わらず冷めた表情で男を見やっていた千冬だったが――今まで男のこめかみに突きつけていた拳銃を離す。

 何を思ったのか? と男が思った刹那、ズドンと発砲音が一発なるや、今度は男の右足に風穴が空いた。

 

「ぐ、ぐわぁぁぁぁ!!」

 

「黙秘すれば、お前の体中が風穴だらけになるぞ。それが嫌ならば、答える事だな」

 

「あ、悪魔め……」

 

「どう言われようが、私は止める気など全くない。早く答える事が身のためだ」

 

 憎しげに千冬を睨む男。だが、男の言葉なぞ千冬の耳には届きもしていないのか、千冬は答えもせずに拳銃を頭に向けた。

 もう少しで応援が来る。それまでにどうにか情報を聞き出しておきたいが―――さて、どうしたものか。

 恐らく男のような工作員は、そう簡単に口を割るような輩ではないだろう。

 口を割れば、それはすなわち男にとって未来はないという選択肢を取ることになるのと変わりないだろうから。

 と。千冬が其処まで思った時、何者かの気配を扉の向こう側から感じた。

 それに感づいた千冬は拳銃を握る手に力を入れる。極めて微弱な気配であり、始めから監視していた可能性も否めない。千冬でさえも、今になってようやく気付いたほどなのだから。

 感じたのは、その微弱な気配のなかでも最も押し出されているもの―――それは、紛れもなく殺気だった。

 怪訝に眉を寄せ、千冬の意識が扉の向こう側に絞られる。もっとも、男を逃がすまいと抑える手に力を込め、男が痛がるのも無視したのだが。

 

(くるか……!)

 

 千冬が思った瞬間、扉が勢いよく蹴破られたかと思うと、其処から一本の缶が投げ込まれる。

 その缶が投げ込まれ、地に落ちた瞬間、其処から勢いよく煙が立ち上がる。目くらまし用のスモークか、と千冬は察する。

 

(スモーク? 姑息な手を……)

 

 刹那、千冬の目の前に誰かが躍り出たかと思うと、千冬に対して素早く、そして鋭い蹴りを放って来る。

 慌てることなく、千冬は腕をクロスにして蹴りを受け止めるが、その蹴りは千冬でも想像していなかったほど重かった。顔を顰め、耐え切れないと判断すると、仕方なく後ろに後退する。

 男は、放っておいても深手でそう容易く動くことは出来ないと判断したためだ。それよりも、千冬は今自分に蹴りを入れてきた相手の方が厄介だと察す。

 だが、千冬に考える暇など与えないとその相手は再び千冬の眼前へとやってくる。

 その行動のすべてに無駄というものがなく、まるで機械か何かかと勘違いしてしまうほどの動きに千冬は驚くしかなかった。

 

「こいつ…!」

 

「…………」

 

 相手は何も答えない。タタタと足音が近づいてくると、今度は千冬の胸でも抉るかのような鋭い鉄拳が伸びる。

 その拳を難なく―――いや、実際には紙一重で避けるや、千冬は出してきた手を掴み、その勢いを利用して相手を背負い投げる。

 だが、相手は投げられたにも関わらず、ダンと音を立てて足をつけた。千冬の掴んでいた手を振り払い、いつの間にか手にしていた拳銃を千冬に向け、発射する。

 

「くっ!」

 

 それに素早く反応できるのは、やはり織斑千冬という人物なのか。銃弾が発射される瞬間に体を倒す事によって急所に直撃することを避けたのだった。

 しかし、放たれた銃弾は千冬の頬を掠る。其処から微かな鮮血が飛び、血が頬を伝った。

 掠ったのを見た相手は、一時的に後退する。千冬も身構えているが、危険だと判断したのか、深追いすることはしない。

 

「……なかなか出来る」

 

「貴様………何者だ?」

 

「答える義理はない」

 

「なんだと……?」

 

 煙がようやく晴れ、千冬は襲い掛かってきた相手を見やる。

 しかし、相手は白い仮面をかぶっており、その素顔を見ることは敵わない。だが、その仮面の下から漏れる声に千冬は何処かで聞き覚えがあると――そう感じた。

 それが相手の言う通りだから、ではなく。本当にどこかで聞いた覚えがあると千冬は感じたのだった。

 

「あ、貴方は……」

 

「……………」

 

 男は、仮面の相手を見て軽く笑んだ。

 そう、仮面の相手は自分を助けに来てくれたのだと、そう思ったのだ。痛む手を揺れながらも動かし、仮面の相手に助けを求めるかの如く手を差し出す。

 しかし、仮面の相手が下した答えは別だった。仮面の相手は手にした拳銃を男に向けると、躊躇いもなく―――男の頭を撃ち抜いた。

 即死。何が起こったかもわからず、男の意識はその場で途絶えた。

 

「―――仲間じゃないのか? 貴様らは」

 

「勘違いするな。今回の私の目的はこいつの後始末。

我々の事を探らせるわけにはいかないのでな。余計な事を口走る前に始末しただけだ」

 

「……なるほど、私はその為に邪魔だったという訳か」

 

「―――個人的に葬っておきたい、という願望もあるがな」

 

「何……?」

 

 言うや、仮面の相手は拳銃をしまうと、何処からともなくナイフを取り出す。

 恐らくは服の下にでも隠していたのだろう。銃ではなく、接近戦の方が得意分野だ、という理由もあるのかもしれない。

 

「織斑千冬……だな。この私が引導を渡してやろう」

 

「やれるものなら、やってみろ」

 

 構える仮面の相手と同様、千冬も身構える。しかし、脳裏に過るのは先の接近戦の光景のみで、接近戦用の武器もなしに戦うのは少々分が悪い。

 それに、相手の実力も千冬と同等か、悔しいがそれ以上の使い手だ。ハッキリ言って、今は相手にしたくはない人物でもある。

 額から一つ、嫌な汗が滴り落ちる。それが頬を伝い、先ほど流れた血痕と同化した時――両者が動く。

 

「遅い」

 

「っ!」

 

 手にしたナイフを振りかざし、千冬に斬りつける仮面の相手。千冬は一つバックステップをして回避し、再び仮面の相手に特攻する。

 尚も仮面の相手は表情一つ変えずに千冬に対してナイフを向ける。今度は斬るのではなく、突く形だった。

 まるで弾丸よりも早く突きつけられるナイフに、千冬は辛うじてよけながらも冷や汗をかく。ただ、避けた時点で右足を仮面の相手に関して動かし、蹴りつける。

 だが、その蹴りも仮面の相手の出した左腕によって阻まれる。千冬の蹴りを受け止めても仮面の下では表情一つ変えないその姿に、逆に千冬の眉がピクリと動いた。

 

「その程度か」

「―――!」

 

 千冬が足を離す前に、仮面の相手は千冬の右足を掴む。

 そして、何をするかと思えば先ほど千冬が仮面の相手にした時と同じく、千冬を背負い投げたのだ。叩きつけられた千冬の背中から痛みが走り、更に顔を顰めた。

 

「くっ……!」

 

「ふん――」

 

 起き上がろうとした千冬だったが、その前に仮面の相手が先に動いていた。

 仮面の相手は、千冬の腹部を足裏で踏みつけたのだ。二、三度同じように踏みつける。

 

「が――。ぐはっ!」

 

「…………」

 

 痛烈な痛みは、千冬の全身を駆け巡った。その口から僅かに吐血し、飛び散った鮮血の雫が床を濡らす。

 そんな光景を見ても、仮面の相手はやはり表情を変えなかった。それどころかナイフを構え、千冬を冷たい目付きで見やっていた。

 

「とどめだ。織斑千冬」

 

「っ………」

 

 強い。それだけが、今千冬が考える事での出来る事柄であった。

 生半可な訓練を行ってきたわけではない。だが、この相手はいとも簡単に千冬の実力を上回り、こうしてとどめをさそうとしている。

 ―――悔しい、というより情けなかった。また、自分は負けるのか。“あの時”と同じように。

 この二年、何の為に動いてきたか。全ては“彼”を殺した犯人を見つけるためだ。その為に、動いてきた筈なのに―――。

 その時。誰かが扉を開けたかと思うと、其処から数人の者たちが室内へと侵入する。その者達は手にサブマシンガンを持ち、照準を仮面の相手に合わせていた。

 

「織斑先生!」

 

 入ってきたのは、どうやら真耶が率いる部隊のようだ。その声が聞こえたかと思うと、千冬は微かに安堵する。

 

「増援か。―――これ以上、留まるのは得策ではないな」

 

「き、貴様……」

 

「織斑千冬、命拾いしたな。次は―――確実にしとめる。楽しみにしていろ」

 

 

「………っ……」

 

 述べるや、あろう事か仮面の相手は扉に向けて特攻する。

 何を血迷ったか、自ら銃を持った相手に向けて特攻していったのだ。そのあまりにも無謀な行動に真耶は驚き、一瞬言葉を失ってしまう。

 

「なっ―――!?」

 

「邪魔だ、女」

 

 驚く真耶を余所に、仮面の相手は立ち止まることなく特攻し、その勢いそのままに真耶達を飛び越えてしまう。

 まるであざ笑うかの行動に、真耶は動けなかった。武器を持った者たちも呆気にとられた様子であったが、逃がすわけにもいかないと銃口を仮面の相手に向ける。

 

「に、逃がすものか!」

 

 一人がサブマシンガンの銃弾を仮面の相手目掛けて放つ。

が、仮面の相手は立ち止まることなくガラスをぶち破って外へと出たのだった。銃弾もまたガラスを撃ち抜くが、破片が下に散るだけである。

 すると、まるで仮面の相手を待っていたかのようにツィーネがその場に飛んでくると、仮面の相手の手を掴み、そのまま何処かへと飛び去っていく。

 

「織斑千冬―――か。ふん……」

 

 仮面の相手はどんどんと離れていくIS学園に軽く眼を向けながらも呟く。

 それを聴いていたツィーネであったが、あえて何も言わない仮面の人物を手にしたまま、IS学園を飛び去ったのだった。

 そう、目的は果たした。もう此処に用はないと言わんばかりに。

 

「うっ………くっ」

 

 仮面の相手が飛び去っていくのを見届けると、千冬は手に力を込めてようやく立ち上がる。

口元に付着した自分の血痕を拭い、仮面の相手が去って行った方向を睨んだ。 

 戦ってみた感想としては、これまで一度も感じたことのないプレッシャーに、千冬といえども飲み込まれそうだったのだ。

 いくら体術を駆使しても、あの相手にはまるで適わない。それだけの相手だった事は―――悔しいが認めざるを得ない。

 

「お、織斑先生! 大丈夫ですか!?」

 

「……問題ない。それより、早くアリーナ内をなんとかしろ……。まだ、問題が完全に解決されたわけではないのだからな」

 

 心配して駆け寄ってきた真耶を制し、千冬は言った。だが、真耶にとってはどう見ても千冬がやせ我慢を言っているようにしか思えず、心配そうな表情を浮かべる。

 ただ、此処の問題はクリアしたとはいえ、まだアリーナ内にゴーレムがいるのは確かだ。千冬としては、自分に構っている暇などないと考えているのだろう。

 

「しかし、織斑先生が……」

 

「構うな。それに、一夏もそろそろ限度が近いはずだ。早く、客席の隔壁を―――くっ」

 

「動いちゃ駄目です、織斑先生!」

 

 千冬の体を押さえ、とりあえずは落ち着かせようとする真耶。

 しかし、千冬の懸念が収まることはない。奴らがいなくなったことで、ゴーレムが暴走しないとは言い切れないのだ。いや、寧ろ暴走するであろう。

 指示を失った無人機というのは、何をするかわかったものではない。だからこそ早く客席の隔壁を下し、突入班に制圧してもらわなければならないわけだ。

 そのためには、今自分がこんなところで倒れている訳にはいかない。しかし、歯を食いしばって立ち上がろうとしても、思うように体が動かないのも確かだった。

 

「くっ……!」

 

「無茶は禁物です、織斑先生! 今は体を休めないと…」

 

「休んでいる暇など、ない……。早く、クラックを…」

 

「―――いえ、その必要はありません」

 

 千冬が真耶の制止を振り切って歩き出そうとしたとき、彼女達の前に一人の女性の声が届く。

 その声に反応し、千冬はゆっくりと顔を上げる。そして、千冬は声の主の顔を見るなり――微笑を洩らした。

 

「そうか……来ていたのか」

 

「ええ。今回は視察、という形ですが。“あの方”はアリーナで戦況を見守っています」

 

「―――あの人が来ている、か。では、既に…?」

 

「ええ、勿論。後は“あの方”が指示を出すだけですので」

 

 言うや、声の主――高倉つぐみは、微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナ内。

 今まで微動だにせず砲口を客席に向けていただけのゴーレムであったが、そのゴーレムが遂に動いた。

 突如として両腕を左右に向けたかと思うと、露出している四本の砲口に光がどんどんと集まっていく。

どうやら、工作員の男が死亡する事によって発射するというプログラムが施されていたらしい。

 だが、それを見て焦ったのは一夏だった。ゴーレムが動いた瞬間からおかしいとは思っていたが、今の行動からして動かない訳にはいかない。

 

「くそっ、やらせるかよ!」

 

 白式を限界まで加速させ、ゴーレムに突進する一夏。

 右手にはすでに零落白夜を作動させた雪片弐型を強く握りしめている。砲撃などやらせない。絶対に阻止して見せると、自分で意気込んでもいた。

 

「い、一夏! ああ、もうっ!」

 

 急に突進し、頭をわしゃわしゃとかくのは鈴音だ。策もなしに突進していくのは無謀に等しい行為であり、返り討ちにされるのが関の山である。

 が、一夏の我慢の限界というものもあるのだろし、見過ごせない状況である。

 なんにせよ、鈴音が止めたところで一夏の行動が変わるわけではないだろうが。

 

「おおおおっ!!!」

 

【!】

 

 一夏の接近に気付いたゴーレムは、客席に向けていた腕を一夏の方へと向ける。

 すでにエネルギーがチャージされていた砲口からは白い閃光が発射され、それは一夏目掛けて真っ直ぐに飛んでくる。

 回避すれば後ろに被害が及び、当たればダメージがデカい。ならば、この場合どうするか?

 

(“全てのエネルギーを消滅させる事が出来る”。こいつの能力は、それだった筈だ。だったら――!)

 

 もう一度、零落白夜の性能を思い返す一夏。

 対象のエネルギー全てを消滅させる事のできる絶対の能力。ただし、それは自分のシールドエネルギーを削ってしまう諸刃の剣でもある。

 エネルギーをすべてかき消す事が出来るとしたら―――。一夏に、もはや迷いはなかった。

 

「なっ!? 一夏、そのまま突っ込む気!? 馬鹿じゃないの!?」

 

 一夏が選んだのは、なおも特攻だった。凄まじいスピードでゴーレムへと迫り、零落白夜が発動した剣を握る。

 しかし、ゴーレムも愚かではない。突っ込んでくる一夏を愚かと思ったのかは知らないが、集めたエネルギー砲を一夏目掛けて容赦なく放っているのだ。

 淡い光が一夏に向かって行き、遂には直撃するか――と思った矢先だった。

 

「一夏ぁ!」

 

「それを……待ってたんだよぉ!」

 

【―――!!??】

 

 一夏が吠える。ゴーレムには何を意図しているのかサッパリだったが、それは次の行動を見てゴーレムは驚くしかなかった。

 

「なっ―――! ビーム砲を、斬ってる!?」

 

 そう。あろう事か、一夏は刃を前面に押し出すと、ゴーレムから放たれている閃光をその剣で斬って行ったのだ。

剣に当たっていくエネルギー砲はまるで吸い込まれるようにして消えていき、尚も一夏は進む。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 遂にゴーレムにたどり着いた一夏は、ゴーレムの左腕を下段からの袈裟切りによって斬り裂く。

斬り飛ばされた左腕は宙を舞い、斬られた左腕からはまるで鮮血のように大量のオイルが漏れる。

 これには幾ら無人機といえど慌てたのか、ゴーレムは残った右腕を振るって一夏を弾き飛ばそうとする。

一夏も反応して防御するが、力の差が違いすぎる。軽く吹っ飛ばされ、体制を崩してしまった。

 

「くそっ、この馬鹿力め!」

 

【―――!】

 

「させないわよ!」

 

 体制を崩した一夏を追撃するようにゴーレムが迫るが、それは鈴音によって阻まれた。

 双天牙月でなんとかゴーレムの腕を防ぎ、力いっぱい押すことによってゴーレムを一時的に押し出す。

 

「お、お前も馬鹿力だな……。やっぱ、本当に女か?」

 

「うるさいわね! 後で殺すわよ、一夏!」

 

 思わず出てしまった本音に、鈴音は顔を真っ赤にしながら怒る。いや、今の発言は怒る他ないとは思うのだが。

 しかし、無駄話をしている暇などない。鈴音に押されて後退したゴーレムであったが、再び前進するや右腕を一夏達に振りかざす。

 

「鈴!」

 

「分かってる! 隙は作ってあげるから、絶対に失敗するんじゃないわよ!」

 

「当たり前だ!」

 

 もはや正常な思考をするのが困難なのか、と思うくらいにゴーレムは大きく右腕を振りかざしていた。

 このゴーレムを、鈴音はもはや滑稽とさえ思ってしまう。すかさず両肩の龍砲をゴーレムへと向け、腹部に衝撃砲を放った。

 見えない衝撃がゴーレムを襲い、ゴーレムが吹っ飛ぶ。地面にぶっ倒れたゴーレムは、なおも右腕とスラスターを使って起き上がろうとするが―――一歩、遅かった。

 

「一夏、今!」

 

「おおおっ!!!」

 

 零落白夜を三度発動し、一夏はゴーレムの前へと躍り出た。

 無防備な状態をさらけ出し、今にも逃れようと足掻く姿。学園に恐怖を植え付けた無人機に、一夏は手にした剣を突き刺す事によってとどめを刺す。

 

【―――――!!】

 

 とても声には出せないような奇声をあげ、悶えるように体を動かすゴーレム。

 だが、突き刺された刃はゴーレムのコア部分を正確に貫いていた。自身を形成しているコア部分を貫かれては、幾ら痛みを感じない無人機といえども溜まったものではない。

 しかしだ。ゴーレムは頭部にある不規則に並んだセンサーレンズをすべて一夏の方へと向ける。不気味ともいえるその赤いレンズたちに見られ、一夏は一瞬だけ息を吞む。

 

「こいつ……」

 

【―――、―――。さ………だ……。いっ……】

 

「ん……?」

 

 ノイズが架かっており、ゴーレムが何を発言したのかは聞き取れない。

 ゴーレムの突然の行為に一夏は目を丸めるが、ゴーレムは突如として雪片弐型を掴むと、それを抜き取って一夏をドンと突き飛ばす。

 

「うお!」

 

 突き飛ばされた一夏は少しだけ後ろに下がる。対してゴーレムは、先ほどコアを刺されたにも関わらずにゆらゆらと揺れるように立ち上がり、頭部のセンサーレンズを不規則に動かしていた。

 もはやどこを見ているのかも分からないような状態のゴーレム。そんなゴーレムの様子に、眉を寄せたのは鈴音だった。

 

「気を付けて、一夏。こいつ……何かする気よ」

 

「何かって……なんだよ。確かにコアを貫いた筈だぜ…?」

 

「それでも、まだ倒れてないじゃない。絶対、何か仕掛けてくる」

 

 鈴音が其処まで言うのなら、一夏も従わない訳にはいかない。

 雪片弐型を構え、ゴーレムへと意識を集中する一夏と鈴音。すると、ゴーレムは残った右腕を一夏が刺し貫いた胸部へと持っていき、出来た傷跡に腕を突っ込んだ。

 

「……! まさか、こいつ!」

 

「な、なんだよ、鈴?」

 

「分からないの? こいつ、コアを暴走させて自爆する気よ! ―――まさか、最初からこれが狙いだったの……?」

 

 鈴音が焦る様子からして、爆発の範囲も相当にデカいのかもしれない。いや、そうでなければこのような反応はしないだろう。

 しかし、鈴音の推測が正しければゴーレムは自ら自爆する為にこの場に来たという事になる。

いや、実際には保険であり、証拠を残さないための得策な方法であるが――状況がまずかった。

 アリーナを覆うエネルギーシールドも、非常時に観客席を守る筈の隔壁も作動していない。

 そんな状況で自爆などされれば、一夏と鈴音はまだしも、観客席にいる生徒たちは一溜まりもない。

 

「やられた……! 最初から気付くべきだったんだわ。どうして、シールドも隔壁も解除したのかを! ああ、でも分かったところで打つ手がなかったけど…」

 

「今更考えている場合じゃないだろうが、鈴! 今はこいつをどうにかしてアリーナから離さないとまずいだろうが!」

 

 今更になって目的に気付いた鈴音に対し、一夏は強い口調で促す。

 だが、もはや暴走状態といっても過言ではないゴーレムを外まで連れ出すのは難しい。担いでいくにも運んでいる間に爆発されたらたまったものではない。

 

「くそっ、どうすればいい……? やっぱり、俺達が担いでいくしか…」

 

「危険すぎるわ、一夏。それに、たぶんちょっとでも動かしたら確実にアウトよ。確実に詰んだわね…」

 

 そう話している間にも、ゴーレムは諤々と動き始める。どうやら、もうすぐで爆発するに違いないと一目でわかるほどの行動だ。

 このままでは皆が犠牲になる。そんな最悪な展開になるくらいならば―――一夏は意を決し、鈴音に話す。

 

「鈴、俺があいつを上まで持っていく。お前は、俺があいつを持って飛んだ時、俺に向かって衝撃砲を最大出力で撃ってくれ。あれの出力なら、アリーナの上空に行くくらいは余裕だろ?」

 

「な、なに言ってるのよ! そんな一か八かの賭け事みたいな事なんて出来るわけないでしょ!」

 

「だけど、このままだったら確実に終わる。だったら、その前に動かないと意味がない。俺は、此処にいる皆を守りたい。―――守らなきゃいけないんだ」

 

 力強く拳を握り、鈴音に力強く発言する一夏。

 しかし、鈴音としてもそんな無謀且つ一夏がどうなるかもわからないような行動に出る訳にもいかない。

 だが、一夏の言う通りに此処で黙ってみていたところで結果は見えている。

 

「一つ、約束しなさい」

 

「ん……?」

 

「絶対、失敗するんじゃないわよ! 失敗したら、駅前のクレープどころじゃ済まないんだからね!」

 

「―――分かってるって」

 

 ポンと鈴音の頭に手を乗せる一夏。そんな一夏が鈴音としては何処か大人びて見えた。

 

「じゃあ、行くぞ。鈴!」

 

「………はぁ。仕方が『いや、その必要はない。凰鈴音君、一夏を連れて観客席まで後退。後は問題ない』…だ、誰?」

 

 さあ、これから動こうとした際、一夏と鈴音の回線に割り込んできた声に鈴音が反応し、顔を顰めた。

 これから大事な時だっていうのに、何故観客席までいかなければならないのか。

 いや、そもそもゴーレムが自爆しようというこの時に、一体何を考えているのかと鈴音は耳を疑ったのも確かだが。

 

「―――鈴、すまん。さっきの発言は撤回だ。下がるぞ」

 

「はぁ!? 何を言ってるのよ、馬鹿!」

 

「―――多分、俺の意見みたいな無謀な事をしなくてすむ結果になったんだろ。それに、“この声”は信用できるからな」

 

「な、何言って……きゃあ!」

 

 言うや、一夏は鈴音の手を引っ張って観客席まで後退する。

 連れられながらも鈴音はボカボカと一夏を叩くが、一夏は痛がる様子を見せながらも鈴音を掴んで離さない。そして、二人が観客席まで逃げ込んだ次の瞬間だった。

 

「シールドエネルギー、再起動。隔壁閉鎖せよ」

 

 ダン、と杖か何かで地を叩く音が響き渡ったかと思うと、今まで全く作動していなかったシールドエネルギーが再始動し、観客席を覆うかのように隔壁が展開される。

 一瞬で薄暗くなる観客席だったが、この光景に目を丸くしたのは鈴音だった。

 

「な、なんで……?」

 

「言ったろ、信用できるって」

 

 一夏がそう呟いた瞬間、微かな揺れがアリーナ内を襲う。恐らくは中央にいたゴーレムが遂に自爆した余波なのだろう。

 ただ、頑丈に作られているのか、それともシールドエネルギーを兼ね揃えた絶対防御システムを貫通するに至らなかったのか、閉じられた隔壁自体はビクともしていなかった。

 

「―――はぁ、焦り損ってやつ?」

 

「かもな」

 

 ははっ、と一夏が苦笑する姿が何故かムカつき、鈴音は一夏をとりあえずグーで殴った。

 

「な、なんで殴るんだよ!?」

 

「ムカついたから。あとその気持ち悪い笑い、やめてくれない?」

 

「う、うるせえ」

 

 鈴音に言われ、一夏は目を逸らす。こういうところはまだまだ子供か、と鈴音はやれやれと呆れるのだが。

 その時、二人に近付く人物がいた。白い髭を揺らし、右手には今時珍しい煙管を持っていた。その姿を見た途端、一番に反応したのは一夏だった。

 いつになく緊張した様子の一夏に、鈴音は首を傾げる。あのオッサンは一体誰だ、と内心では思っているのだが。

 

「よくやった、一夏。少し心配していたが、どうやら問題はなかったようだな」

 

「い、いえ。全力を尽くしただけです」

 

「そうか」

 

 白い髭の人物は、一夏を見上げながらもホッとしたような表情を見せる。

 しかし、一夏がどうして其処まで馬鹿正直になっているのかが鈴音には理解できなかった。

 何処かで見たことのあるオッサンだな、と鈴音は思う程度だったが――ここは聞くのが一番だと思い、一夏に尋ねる。

 

「一夏、この人は?」

 

「あれ、鈴は知らなかったけ? えっと、一応俺達姉弟の後見人立場の人で、名前は―――水無瀬(みなせ)大鉄(だいてつ)さんだ」

 

「み、水無瀬大鉄って……えええっ!?」

 

 この発言を聞いた時―――鈴音の開いた口がしばらく閉じなかったという。

 

 

 

 


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